文化財を構成する漆材の反射特性計測
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(2) れまで、こういった計測は BRDF(双方向反射率分布関数)に. いる。こういった不均質誘電体は、このように大きく2つの反. 基づいた手法が提案されてきた 。本研究では計測物体である. 射成分を持つ2色性反射の特性を持つ。このため、本研究で用. 棗の一部を円筒形状と仮定して画像情報のみから光反射特性を. いる漆材のほか、ウレタン、カシューもこの特性を持つ。反射. 定量化する。このような手法を用いる理由は、漆の独特な光沢. の幾何モデルは、照明、物体、視覚系の3者の幾何的な関係で. の特性を計測するとき、ゴニオメトリックな方法では十分な精. 記述する。ここでは視線方向ベクトルは 、物体の法線ベクト. 度が得られない可能性があるためである。. ルは 、照明方向ベクトルは で表す。このとき と のなす. 6). 反射特性の計測は漆のほかにウレタン、カシューといった他. 角は 、 と のなす角は となる。このモデルでは物体表面. の塗料に対しても行う。ウレタンは合成樹脂であり、漆よりも. が微細な凹凸で構成されていると仮定しており、その微小面の. 安価で耐久性も高いことから、漆調を意識した日用品などに使. 法線ベクトルは. われていることが多い。一方、カシューはウレタンと同様に漆. のなす角が である。プラスチック、塗料などの不均質誘電体. に比べ安価であり、加工の自由度が高いという特長があり、さ. の表面反射は、物体色として見える拡散反射成分とハイライト. らに視覚的にも漆に近い質感を出すことができる。. として見える鏡面反射成分によって構成されている。物体表面. 本研究ではこれらの塗料と漆材の光反射特性の違いを検証す る。そのために、対象とする三つの塗料に対して光反射特性の. である。 と. のなす角は. であり、 と. の光反射のプロセスを分光関数として記述すれば視覚系に入射 する色信号は光の波長. の関数として次式のようになる。. 計測から得られた値を Torrance-sparrow モデルをベースとし た光反射モデルでモデルフィッティグし、そのときのモデルパ. (1). ラメータを推定する。また、物体を3DCG 化する際にはその物 体の形状情報が必要となるため、画像から形状情報をモデリン. 右辺第1項は拡散反射成分、第2項は粗い鏡面反射成分を示. グする。最後に計測データに基づいて分光ベースで計測対象と. す。. する漆器を3DCG 再現する。. である。 ,. は物体表面の分光反射率、. は光源の分光分布. はそれぞれ拡散反射、鏡面反射成分の重み係数. である。 は Fresnel 関数である。 は物体表面の屈折率であ. 2.漆材の光反射モデル. る。一般に不均質誘電体の屈折率は波長に依存しない定数とし. 本研究では計測対象である漆材の光反射のプロセスを光反射 モデルと呼ばれる数学モデルで記述する. て記述できることが知られている。 は物体表面の滑らかさを. 。図1は本研究. 表す微小面の分布関数であり、 によって滑らかさを決める。. で対象としている漆材の光反射の幾何モデル図である。本稿で. は物体表面の微小な凹凸により生じる微細な影をモデル化し. 5)、7). は、表面の光反射は、物理的に詳細な Torrance-Sparrow モデ ルをベースとしたモデル. 5)、7). た幾何的減衰係数である。. で記述できると仮定して採用す. る。視覚系に到達する分光分布を色信号と呼ぶが、この色信号 が得られるプロセスを光反射モデルで記述する。. 3.漆材の光反射特性計測系 本研究では、漆器の光反射特性を計測するための計測系を構. 不均質誘電体(プラスチック、革製品、塗料、木材などの多. 築する8)。図2は構築した計測系である。この計測系はカメラ、. く)の物体が持つ表面反射は、物体色として見える拡散反射成. 計測物体、光源で構成されている。使用している機材として、. 分とハイライトとして見える鏡面反射成分によって構成されて. デジタルカメラは Nikon D810を用いる。このカメラは3,675 万画素の解像度を持ち、14bit のダイナミックレンジを持つ。 カメラレンズは表面の情報を詳細に計測するためにマクロレン. 図1 漆材の光反射特性計測結果. 図2 漆材の光反射特性計測系. デザイン学研究特集号 Special Issue of Japanese Society for the Science of Design Vol.24-3 No.95 2017. 39.
(3) ズである AF-S VR Micro-Nikkor 105mm f/2.8G IF-ED を用い. 5.棗の形状のモデリング. る。光源はスライドプロジェクタである CABIN CS-15を用い. 棗を3DCG 再現するためには3次元的な形状情報が必要とな. る。この計測系で棗に対して単一光を当て、そのときの漆材表. る。本研究では3次元形状を光反射特性計測により得られた画. 面の反射光強度分布を計測する。. 像情報からモデリングする。一般的に手で触れることができない 文化財の場合、3次元形状の計測はレーザーレンジファインダ. 4.漆材の光反射モデルパラメータ推定. 等による非接触型の方法を用いることが主流である。しかし、こ. 本研究では、3章で述べた光反射特性計測系で獲得した画像. の方法は黒色、透明な物体、強い光沢を持った物体に対しては. から漆材の反射光強度分布の計測データを2章で述べたモデル. 適用できない。そのため、本研究で対象とする棗は強い光沢を. とフィッティングし、モデルパラメータの推定を行う。ここで. 持った黒色であるためレーザーレンジファインダ等を適用するこ. は計測する棗の一部を円筒形状であると仮定して、その部位の. とができない。そこで、画像情報のみから形状情報を生成する。. 画像情報を用いて光反射特性を推定する。図3は計測に用いた. 棗は真円であると仮定し、3章で述べた光反射特性計測から得. 棗と光反射特性の推定に用いる部位を示している。図4は本研. られた画像上の棗の輪郭線を抽出し、3次元形状を生成する。. 究の光反射特性推定の幾何図である。ここでカメラは 軸方向 にあるものとする。また は円筒の半径を示している。 は円. 6.分光情報の計測. 筒の中心から着目点までの距離(画素単位)である。 は法線. 物体を分光ベースで3DCG 再現するためには物体固有の分光. の角度である。まず、計測画像の各抽出画素の法線方向を求め. 反射率と光源の分光分布を知る必要がある。まず漆材の分光反. る。そして光反射モデルの未知変数は 、 、そして照明角度. 射率を獲得するために、3章で述べた計測とは別に分光光度計. の3つである。拡散反射成分である は対象としている漆材が. を用いた計測を行う。使用した計測機は x-rite 社製 i1Pro 2で. 黒色であることから極めて微量であり、計測画像から反射特性. ある。次に、光源情報は計測時に用いたスライドプロジェクタ. を推定するときにノイズ等の影響により推定精度が下がる可能. の分光分布を用いる。そのため、この光源の分光分布を分光放. 性があるため今回は省いた。未知変数は2章で述べたモデル式. 射輝度計で計測する。計測機材はコニカミノルタ社製 Glacier. を最小化することにより求める。. X BTC112E を用いる。 7.分光ベースレンダリング 本研究では、計測データに基づいて分光ベースで山中塗りの 漆器を3DCG 再現する5)。分光ベースにすることにより、映像 デバイスに依存しない色再現が可能となる。2章で述べた光 反射モデルと等色関数を用いて次式のように三刺激値 CIE-XYZ を求める。. (2). 図3 反射特性を調べるために抽出した部位. なお、分光情報は可視波長域400−700nm を5 nm 間隔でサ ンプリングして61次元のベクトルとして扱い計算する。次に、 固有のディスプレイの色特性に応じたデバイス RGB 空間へ変 換する。これらの計算手法は PC の GPU 上に実装しレンダリン グを高速化する。そして最後に計算結果をディスプレイ上に色 として出力する。. 8.実 験 8. 1. 漆材の光反射特性の計測 (a)正面図. (b)上図. 図4 漆材の反射特性推定の幾何図. 40. デザイン学研究特集号 Special Issue of Japanese Society for the Science of Design Vol.24-3 No.95 2017. 3章で述べた計測系を用いて漆材の計測をした。ここでは図 5にある研磨済みの(a)漆塗の棗(山中塗)を用いた。その.
(4) 他に、材質が異なる2つの棗の光反射特性を計測した。材質は. を3次元グラフで示したものである。図8は漆塗の反射特性. それぞれ(b)ウレタンを吹付けた棗(以下からウレタン吹付. 計測結果とモデルフィッティングした結果のグラフである。推. と呼ぶ) 、 (c)カシューを吹付けた棗(以下からカシュー吹付と. 定した漆塗のモデルパラメータは. 呼ぶ)である。形状は(a) 、 (b) 、 (c)3つすべて同様である。. となった。図9はウレタン吹付の反射特性計測結果とモデル. 次に計測から得られた画像から光反射モデルのパラメータを推. フィッティングした結果のグラフである。またウレタン吹付の. 定する。ここでは材質別に分けて比較を行う。このとき、3つ. モデルパラメータは. の棗からそれぞれ図3が示す赤枠の部分を抽出し、画像の画素. 10はカシュー吹付の反射特性計測結果とモデルフィッティング. 値をグラフ化した。図6は計測対象の三つの棗の光反射特性を. した結果のグラフである。モデルパラメータは. 、. 、. となった。図 、. 同一のグラフ上にプロットしたものである。このグラフの縦軸. となった。これらのグラフやモデルパラメータの. は計測画像の画素単位の輝度値を示しており、横軸は棗の法線. 推定値から今回計測対象とした漆塗が他のものに比べ波形が鋭. の角度を示している。このグラフは赤の実線が(a)漆塗であ. いことがわかる。また、漆塗とカシュー吹付は輝度値の低い部. り、青の点線が(b)ウレタン吹付であり、緑の鎖線が(c)カ. 分において推定誤差が大きくなっている傾向が見られた。. シュー吹付を示している。図7は(a)漆塗の反射光強度分布. (a)漆塗「山中塗り」の棗. (b)ウレタンを吹付けた棗. (c)カシューを吹付けた棗. 図5 計測対象とする3つの異なる材質の棗. 図6 材質が異なる三つの棗の反射特性計測結果. 図7 漆塗の3次元的な反射光の空間分布. デザイン学研究特集号 Special Issue of Japanese Society for the Science of Design Vol.24-3 No.95 2017. 41.
(5) 図8 漆塗のモデルフィッティング結果. 図9 ウレタン吹付のモデルフィッティング結果. 図10 カシュー吹付のモデルフィッティング結果. 8. 2. 分光情報の計測結果 分光反射率は分光光度計を用いて漆材の棗表面を計測した。. ス API は OpenGL を用いる。このとき7章で述べた PC を用い て800×600画素の解像度でレンダリングを行った。図14は光. 図11は計測から得られた漆材の分光反射率である。対象の漆材. 反射特性の計測時に使用した光源で照らした漆器の CG 再現結. は黒色であるため、極めて低い反射率であることがわかる。次に. 果である。 (a)は照明光を側面から当てたときの様子である。. 光源の分光分布を計測した。図12は計測から得られた光源の分. (b)は照明光を正面から当てたときの様子である。このときの. 光分布である。この光源はランプとしてハロゲン電球が使われて. レンダリング速度は60fps 以上となり、リアルタイムにレンダ. いるため、波長の600nm 近辺にピークのある特性が見られた。. リングできたといえる。. 8. 3. 棗の形状のモデリング結果. 9.まとめ. 棗の3次元形状は反射特性の計測画像の輪郭線を用いてモデ. 本研究では漆器の光反射特性を画像計測に基づいて推定し. リングした。図13はモデリングした棗の3次元形状データを. た。計測対象となる漆器は棗とし、一部を円筒形状と仮定して. ワイヤーフレームで示した画像である。この3次元形状のデー. 画像情報のみから光反射特性を推定した。対象物体は塗料とし. タ量は397312ポリゴンとなった。. て漆材のほかに同一形状のウレタン塗、カシュー塗を対象とし て計測し、光反射特性の違いを検証した。このとき、計測値は. 8. 4. 分光ベースのレンダリング. 42. Torrance-sparrow モデルをベースとした光反射モデルでフィッ. 分光ベースの CG 再現手法と計測データに基づいて漆器の推. ティングし、そのときのモデルパラメータを推定した。このと. 光反射特性を3DCG 再現した。このときレンダリングに使用し. き本研究で計測した漆材はウレタン、カシューと比べ極めて強. た PC は CPU が Intel Core i7-4930K 3.40GHz、GPU は NVIDIA. い光沢をもつことがわかった。ただし、今回は漆材のみ磨きを. GeForce GTX980Ti、OS が Windows 7 64 bit、グラフィック. 加えてあることから、純粋に他の材質と光沢の強さを比較する. デザイン学研究特集号 Special Issue of Japanese Society for the Science of Design Vol.24-3 No.95 2017.
(6) 図11 漆塗の分光反射率. 図12 レンダリングに用いた光源の分光分布. (a)側面方向から照明光を当てた様子 図13 ワイヤーフレームで示した棗の3次元形状. ことが難しい。比較する場合はすべての材質に対して同様の磨 きを加える必要があると考えられる。しかしながら磨きを加え ていないウレタン、カシューの計測値や推定値を比較した際、 それぞれに違いが見られたことから、今回計測した材質ごとの 特性の違いは定量化できたと考えられる。また、今回は黒色の 漆材のみを対象としたため、今後は明るい色を持つ漆器を対象 として光反射特性を検証したい。また、漆材の反射特性は時代 ごとや、劣化の具合により光反射特性が異なっていることが考 えられる。これらの状態を精密に光反射特性推定するために は、実際の古城に使われている円筒形状以外の物体に対しても 適用できるようにしなければならない。そして漆材以外のさま ざまな材質の反射特性の推定を目指すなど、条件の幅を広げな がら古城全体の質感の再現を目指したい。. 謝 辞 本研究は JSPS 科研費(26350057)の助成を受けたもので す。ここに深謝いたします.. (b)正面方向から照明光を当てた様子. 図14 3DCG 再現した漆塗の棗. 【注および参考文献】 1)国宝松本城 http://www.matsumoto-castle.jp/ 2)M. Levoy: The Digital Michelangelo Project. In Proc.SIGGRAPH 2000, pp.131-144, 2000. 3)池内克史,倉爪亮,西野恒,佐川立昌,大石岳史,高瀬 裕,The Great Buddha Project ─大規模文化遺産のデジタ ルコンテンツ化─,日本バーチャルリアリティ学会論文 誌,Vol.7, No.1, pp.103-113, 2002. 4)A. Banno, T. Masuda, T. Oishi, and K. Ikeuchi: Flying. Laser Range Sensor for Large-Scale Site-Modeling and Its Applications in Bayon Digital Archival Project, International Journal of Computer Vision, Vol. 78, No. 2-3, pp. 207-222, 2008. 5)N. Tanaka, K. Mochizuki: A digital archive method based on multispectral imaging with goniometric multiband camera, The Bulletin of Japanese Society for the Science of Design. Vol. 61, No. 3, pp. 35-44, 2014.. 6)井上岳,池戸恒雄:計測データを用いた漆器の質感表現, 情報処理学会研究報告,Vol.142, No.19, 5pages, 2011. 7)K. E. Torrance and E. M. Sparrow: Theory for off-specular. reflection from roughened surfaces, J. of Optical Society of America A, Vol.57, No.9, pp.1105-1114, 1967.. 8)足立優奈,望月宏祐,田中法博,季元貞:光反射特性計測 に基づいた漆器の3DCG 再現,日本デザイン学会春季大 会概要集,pp166-167, 2016. デザイン学研究特集号 Special Issue of Japanese Society for the Science of Design Vol.24-3 No.95 2017. 43.
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