1.緒 言 筆とは,繊維の束を軸の先端に付けた,字や絵を書くための 道具で,皮膚に化粧品を塗布するメイクアップのプロセスで広 く利用される。とくに,爪にネイルエナメルを塗布する際には, 筆を使って細かいデザインを描き,美しく鮮やかな仕上がりと する場合が多い。筆を使って文字や絵画を描くプロセスについ ては,これまでにいくつかの研究がなされており,ヒトが描く プロセスをバーチャルに再現したり,技術の習得をサポートす るシステムの開発が報告されてきた1-3)。しかし,ネイルエナ メルの塗布プロセスで起こっている物理現象や,それが仕上が りに及ぼす影響についてはほとんどわかっていない。 われわれは,ヒトがモノに触れたり道具を使用したときの動 きを高速カメラで観察するとともにヒトや道具に加わる力を測 定する触覚センシングシステムや,ヒトの指の形状や力学的特 性を模倣した指モデルを装着した摩擦評価装置を開発し,化粧 品原料や化粧道具の特性を明らかにしてきた4-8)。これまでに, 水に界面活性剤や増粘剤を加えることによって皮膚表面で起こ るスティックスリップ現象が抑制され,ぬるぬるした感触にな ること9),スポンジを使ってファンデーションを塗布する際に は皮膚とスポンジの間に粉体層が形成され,潤滑効果があらわ れること10,11),シリコーンオイルで毛髪を処理すると潤滑現 象が起こり,滑らか感ややわらか感のスコアが高まることを報 告してきた12)。 本研究では,筆を使ってメイクアップをしたときの運動と仕 上がりの関係を評価する方法を開発した。まず,ネイルエナメ ルの仕上がりを評価するために,被験者が見本を真似てネイル チップ上に描いた1本の線の塗布面積,線の幅,直線性,色む らを定量化した。次に,ネイルアート用の筆を用いてネイルエ ナメルをネイルチップに塗布したときにネイルチップに加わる 力を評価した。ネイルチップはオリジナルの力学評価装置に固 定されており,ネイルアート用の筆を用いてネイルエナメルを 塗布したときに発生する摩擦力・垂直力を評価するとともに, 高速カメラによる撮影も行うことができる9)。本研究により, ネイルエナメルの塗布プロセスにおける力学現象と仕上がりの 関係が明らかになることが期待される。 2.実 験 2.1 見本ネイルチップの作製 見本ネイルチップの作製方法を以下に示す。ネイルチッ プ(レミアクリアティップスバイサイズカジュアルスクエア P7N-x,㈱ビューティーネイラー,大阪,日本)にネイルエナ メル(シャレドワネイルカラー 05 レッド,㈱サファ,大阪, 日本)を1滴垂らし,乾燥させた。このネイルエナメルの成分 は下記のとおりだった。 成分:酢酸ブチル,酢酸エチル,ニトロセルロース,イソプロ パノール,(トシルアミド/ホルムアルデヒド)樹脂, クエン酸アセチルトリブチル,エタノール,安息香酸ス クロース,ステアラルコニウムヘクトライト,カンフル, オキシベンゾン-3,リンゴ酸,酸化チタン,メチコン, 赤202,赤226,黄4,水酸化AI,硫酸Ba 次に,2.3および2.4に記述した方法でネイルエナメルのRGB 値を測定した。さらに,測定したRGB値(R:245,G:50,B: 118)と同じ色を作製し,プリンター(Satera MF722Cdw,キ ヤノン㈱,東京,日本)でプリントアウトした後,縦20 mm× 横3 mmに成形した。成形した紙を両面テープ(ニチバン㈱,
ネイルエナメル塗布プロセスにおける摩擦ダイナミクス
澤 田 彩 音
*・佐 野 百 香
*・野 々 村 美 宗
*,† *山形大学大学院 山形県米沢市城南4-3-16(〒992-8510)† Corresponding Author, E-mail: [email protected]
(2020年4月4日受付,2020年9月18日受理) 要 旨 筆はさまざまなメイクアッププロセスで使用される。しかし,メイクがなされる際の動きや力の入れ具合について定量的な解析は ほとんどされておらず,メイクのしやすさや仕上がりの上手下手を支配する因子についてはほとんどわかっていない。われわれは, サンプル台に置かれたネイルチップに筆で線を描くプロセスを高速カメラで観察しながら,チップに加わる垂直力と摩擦力をセンシ ングするシステムを開発した。さらに,このシステムを用いて20名の被験者がチップ上に市販のネイルエナメルを用いて1本の線を描 いたときの運動と仕上がりの関係を解析した。その結果,塗布開始直後に垂直力を徐々に強めながら,目的に合った線を引くための 力の入れ具合や筆の角度の調整が行われると,幅が均一で真っ直ぐな線を引くことが可能になることが示唆された。本研究の成果は, メイクの仕上がりの支配因子を明らかにするうえで有用である。 キーワード:化粧品,ネイルエナメル,摩擦 【図表について】電子ジャーナルサイト「J-STAGE」ではカラーでご覧 いただけます。https://www.jstage.jst.go.jp/browse/shikizai/-char/ja/ -7-
技術論文
東京,日本)でネイルチップの中央に貼り付け,見本ネイルチッ プとした(Fig. 1)。 2.2 ネイルエナメル塗布プロセスの力学評価試験 評価試験は,21-24歳の女性20名を被験者とし,室温25± 1℃,湿度50%の部屋で行った。被験者は市販の液体ハンド ソープで両手を洗浄した後,ペーパータオルで水分を除き,順 応させるために20分間待機した。力学評価装置9)にアクリル 板で作製したネイルチップスタンドを置き,ネイルチップをネ イルチップ用両面テープ(㈱ゆずデザイン,埼玉,日本)で固 定した(Fig. 2)。被験者は見本ネイルチップを見やすい位置に 置き,筆(アートブラシ,㈱ビューティーワールド,大阪,日 本)にネイルエナメルをつけた後,見本ネイルチップを真似て チップの奥側から手前側に1度だけ塗布した。この筆に装着さ れている毛束はポリブチレンテレフタレート製だった。爪の根 元から先端に向かう筆の動きは,ネイルを爪全体に均一に塗る ために頻繁に行われる,基本的な動作の一つであることから, 被験者にはこの塗布動作を行ってもらうこととした。この試験 を1人につき3回行った。なお,これらの試験の内容は事前に 口頭および書面で説明し,試験に参加するかどうかは被験者自 身が決定した。 今回使用した力学評価装置は,試料台下部にある2枚の板 ばねよりなる平衡機構に貼り付けられた歪みゲージ( KFG-03-120-C1-11 M2R,㈱共和電業,東京,日本)により,試料に 触れたときの接線力Fx,Fy,法線力Fzを測定することができる (Fig. 2)。これらの歪みゲージは二つの電子計測システムから なるデータロガーユニット(NR-500およびNR-ST04,キーエ ンス,東京,日本)を介してデータ処理用PC(VW-9000,キー エンス,東京,日本)に接続されている。また,ネイルエナメ ル塗布時の力を測定するとともに,塗布時の運動をハイスピー ドカメラで撮影した。この際,筆には2カ所の追尾点を付け, ハイスピードカメラ(VW-300,キーエンス,東京,日本)で
撮影した映像を解析ソフトMotion Analyzer VW-H2MA(キー エンス,東京,日本)を用いて解析した。撮影した映像から, 解析ソフトMotion Analyzer VW-H2MA(キーエンス,東京, 日本)を用いて筆とネイルチップの間の角度(θ)を算出した。 また,X方向の接線力FxおよびY方向の接線力FyとZ方向の法 線力Fzの比fxおよびfyを摩擦係数とした。 2.3 ネイルチップの撮影方法 光の反射が少ないマット加工の施されたアクリル板(㈱菅 原工芸,東京,日本)を用いて作製した撮影ボックス(30 cm ×30 cm×30 cm)の底面に18%グレーカード(銀一㈱,東京, 日本)を敷き,ネイルチップ撮影台を置いた(Fig. 3)。クラン プを取り付けたスタンドを用いて照明器具(スパイラルバイタ ライト,㈱マルトキ,東京,日本)を35 cmの高さに固定した。 また,撮影ボックスの奥面には白色のコピー用紙を貼り付けて 光を反射させ,ネイルチップの背面から光が当たるようにし, 影の影響を受けずに撮影することを可能にした。撮影は,デ ジタルカメラ(SX720 HS,キヤノン㈱,東京,日本)を用い て,撮影ボックスの手前面に空いた直径6 cmの穴から行った。 このときの条件はシャッタースピード=1/100秒,ISO感度= 1600,F値=4.5,照度910 lxだった。 2.4 画像解析 ImageJ(アメリカ国立衛生研究所,ベセスダ,アメリカ合 衆国)を用い,見本ネイルチップのRGBカラー画像を8-bit画 像に変換した。スケールのキャリブレーションを行った後,ネ イルエナメルを用いて描かれた線を縦方向に20分割し,それ 3 mm 20 mm Model Sample x y
Fig. 1 Application procedure of nail enamel on nail tips.
Data Logger Fy Fx Fz PC High-speed camera
: Plate springs with strain gauges Nail tip Brush
(b)
High-speed camera Nail tip Nail brush Mechanical evaluation system(a)
Fig. 2 Mechanical evaluation system:(a) Image and (b) schematic.
Light Paper Nail tip Nail tip stand 18% Gray card (a) Digital camera Light 30 cm 30 cm 30 cm Paper (b) Nail tip 25 cm 35 cm (c) Light Nail tip 7 cm Fig. 3 Photographic equipment:(a) Image and (b)(c) schematic.
ぞれの面積aとグレー値gを求めた(Fig. 4(a))。また,20分 割して得られた各エリアの重心における幅と,ネイルエナメル で描かれた線の上端から20分割された各エリアの重心を通り, 下端に至る線の長さをそれぞれwおよびlとした(Fig. 4(b)(c))。 次に,これらの画像データを基に,ネイルエナメルで描かれ た線の特性を示す四つのパラメーターを算出した。まず,線の 幅と色みの均一性は20のエリアの面積とグレー値の標準偏差 s(a)およびs(g)を用いることとした。また,被験者の描いた線 の太さの見本からのずれd(w)は20分割された各エリアの幅w の平均値wと見本の幅widealから算出した。 d w w w s w ideal ここでs(w)は20名の被験者が線を描いた60のチップのwの 標準偏差である。一方,被験者の描いた線の長さの見本からの ずれd(l)は長さlと見本の長さlidealから算出した。 d l l l s l ideal ここでs(l)は20名の被験者が線を描いた60のチップのlの標 準偏差である。被験者がチップの根元から先端まできちんと線 を引いた場合には,d(l)は直線性の指標として位置づけること ができる。ただし,被験者の描いた線が極端に短かったり,か すれてしまった場合には,d(l)は負の値となる。この場合に は,d(l)を直線性の指標として位置づけることは適切ではない ので,注意を要する。 2.5 ネイルエナメルの仕上がりの官能評価 ネイルエナメルの仕上がりの上手・下手を決定する因子を明 らかにするために,画像解析によって得られたパラメーター s(a),s(g),d(w),d(l)が特徴的であったネイルチップA~H の仕上がりについて官能評価を行った。官能評価は温度25± 1℃,相対湿度50±3%の静かな部屋で行われ,被験者は21~ 23歳の女性20名だった。被験者は2.3に記した撮影用評価ボッ クスに置かれたネイルチップを目視で観察し,そこにネイルエ ナメルで描かれた線の仕上がりの「上手さ」「色むら」「直線性」 「太さ」を視覚的アナログ尺度法を用いて評価した。すなわち, 被験者は両端に「上手・下手」,「(色むらが)多い・少ない」 「真っ直ぐである・曲がっている」「細い・太い」と書かれた長さ 10 cmの線分の上の自分が感じた感覚と最も合致する位置に マークを付けた。このマークの位置の「下手」「(色むらが)少 ない」「曲がっている」「細い」と書かれた側の端からの距離を 「上手さ」「色むら」「直線性」「太さ」のスコアとした。すなわち, 被験者が「上手い」「(色むらが)多い」「真っ直ぐである」「太 い」と感じたときのスコアは10,「下手」「(色むらが)少ない」 「曲がっている」「細い」と感じたときのスコアは0となる。官能 評価の内容は事前に口頭および書面で説明し,評価試験に参加 するかどうかは被験者自身が決定した。この調査が被験者にとっ て健康上安全であること,かつ精神的ストレスに問題がないレベ ルであることは山形大学の倫理審査委員会によって確認された。 2.6 統計分析 各評価試料による仕上がりの違いを示すためにSPSS 25.0
Base Systemソフトウェア(IBM,ニューヨーク,米国)を使
用して多重比較法を実施した。多重比較法の一つであるSidak 法により,各試料の仕上がりの「上手さ」の平均値の差を比較 した。帰無仮説はp値が0.05より大きい場合に棄却された。 3.結果と考察 3.1 ネイルエナメルの仕上がりの画像解析 Fig. 5に20名の被験者が3回ずつネイルチップに描いた線の 画像解析の結果を示す。線の幅の均一性を示す20のエリアの面 積の標準偏差s(a)は平均値0.390 mm2,最大値0.687 mm2,最 小値0.127 mm2,色みの均一性を示すグレー値の標準偏差s(g) は平均値11.1,最大値は21.6,最小値は2.9だった。一方で, 被験者の描いた線の太さの見本からのずれd(w)は平均値1.40, 最大値3.94,最小値-0.06,線の長さのずれd(l)は平均値 -0.23,最大値1.09,最小値-5.12だった。 画像解析によって得られた四つの指標に従って,仕上がりに 特徴のある八つのネイルチップを選出した。標準偏差s(a)が 最小で線の幅が最も均一なFと最大で最もゆらぎの多いC,標 (a) (b) (c) Nail tip Nail enamel
Fig. 4 Analytical method of image of nail tips:(a) area a, (b) width w, and (c) length l.
A B D C E G H F
-6
-5
-4
-3
-2
-1
0
1
2
-2
0
2
4
6
d
(l)
d (w)
(b)
0 5 10 15 20 25 0 0.5 1 s ( g) s (a) / mm2 A B D C E G H F(a)
Fig. 5 Image parameters of nail tips:(a) s(a) and s(g), (b) d(w) and d(l).
準偏差s(g)が最小で色みが最も均一なHと最大で色むらの多い Gを選択した。一方で,d(w)が最大で線が最も太いAと最小 で細いBも評価した。さらに,d(l)が最大で最も長いD,最小 で最も短いEも選出した。Fig. 6にネイルチップA~Hの画像を 示す。 それぞれのチップの仕上がりの特徴のうち,線幅の均一性と 色むらは目視でも認識できる程度に顕著であることが確認され た。ネイルチップA~Fの仕上がりの官能評価の結果をTable 1 に示す。線の幅が最も均一なFと最もゆらぎの多いCは直線性 (Linearity)のスコアがそれぞれ8.6±1.2および1.0±0.9,色 みが最も均一なHと色むら(Unevenness of color)の多いGは 色むらのスコアが3.3±2.2,8.2±1.4だった。一方で,線の太 さ(Thickness)の平均スコアは3.3~7.8の範囲で変化したが, その傾向は画像解析の結果とは必ずしも一致しなかった。 3.2 ネイルエナメルの仕上がりの官能評価 ネイルエナメルの仕上がりのうち,上手・下手の評価を支配 する因子を明らかにするために,仕上がりに特徴のある八つの ネイルチップの外観を20名の被験者が目視観察したときの官 能評価を行った。Table 1に官能評価のスコアを平均値±標準 偏差で示す。仕上がりの上手さ(Quality)のスコアが高かっ た の はB(5.6±2.8),F(5.8±2.9),H(5.6±2.6) だ っ た。 一方で,スコアが低かったのはC(1.3±1.1),D(1.3±1.1), E(1.7±1.3)だった。仕上がりスコアが高かったB,F,Hの グループと,低かったC,D,Eのグループの間では有意な差 が確認された一方で,これらのグループ内では有意差は確認さ れなかったことから,「1本の線を引く」という単純なタスク でも上手な仕上がりが得られる場合とそうではない場合がある ことが確認された。 これらの評価がネイルエナメルにより描かれた線のどのよ うな特徴によるものであるかを検討した。まず,最も評価の 高かったFはs(a)が最小で太さのブレが小さかった(Fig. 5, Table 1)。一方で,最も評価の低かったC,Dは官能評価を行っ たネイルチップの中で最もs(a)が大きく,太さのブレが大き かった。また,2番目に評価の高かったBはFに次いでs(a)が小 さかった。一方で,Hはs(g)が最小で色むらが少なかったこと に加えて,s(a)は小さいほうから4番目で,太さのブレは比較 的小さいほうであった。これらの結果は太さのブレが小さいこ とがネイルエナメルの仕上がりのうち,上手・下手の評価を支 配する因子の一つであることを示唆している。
Table 1 Sensory evaluation of nail enamel finish.
A B C D E F G H Quality 2.7±1.5 5.6±2.8 1.3±1.1 1.3±1.1 1.7±1.3 5.8±2.9 3.0±2.2 5.6±2.6 Unevenness of color 7.6±1.6 4.6±2.5 8.9±1.1 8.3±1.0 6.7±2.1 6.1±2.9 8.2±1.4 3.3±2.8 Linearity 5.5±2.5 5.1±2.0 1.0±0.9 1.4±1.2 6.0±2.4 8.6±1.2 5.2±2.5 5.6±2.3 Thickness 7.5±1.5 4.9±0.7 3.3±1.4 7.8±1.0 7.4±1.1 5.2±1.1 4.8±0.5 4.9±0.4 C H D F G E B A Model
Fig. 6 Images of model nail tip and selected samples.
Fig. 7 Temporal profile of movement and friction data, Fz (red line), fx (blue line), and fy (yellow line):(a) B, (b) F, and (c) H.
3.3 ネイルエナメル塗布プロセスにおける摩擦力と筆の傾 きの定量的評価 仕上がりのスコアが高かったグループ(B,F,H)と,低かっ たC,D,Eの力学データのプロファイルを比較した。チップB の力学データをFig. 7(a)に示す。塗布開始後から垂直力Fzは なだらかに増加し,2秒の間に0.3 Nに達した。一方で摩擦係 数fxは0.5秒の間に0.25まで増加し,その後,減少した。この 最初の0.5秒の間に,fxのプロファイルには三つの明確なピー クが観察された。一方で,fyは塗布開始後1秒間は-0.05~0.08 の間で変動が観察されたものの,その後はほぼ一定だった。こ の間,筆の角度θは37度から41度まで増加し続けた。 標準偏差s(a)が最小で線の幅が最も均一で,仕上がりの評 価が最も高かったチップFの塗布プロセスにおける力学データ をFig. 7(b)に示す。塗布開始後から1秒の間に垂直力Fzは0.18 N まで,摩擦係数fxは0.5秒の間に0.3まで増加した。その後,Fz はなだらかに増加し続けたのに対して,fxは減少した。チップ Bの場合と同じように,この最初の0.5秒の間に,fxのプロファ イルには三つの明確なピークが観察された。一方で,fyは塗布 開始後1秒間は-0.02~0.06の間で変動が観察されたものの, その後はほぼ一定だった。この間,筆の角度θは63度から68度 まで増加し続けた。また,チップHの場合も垂直力Fzとθが塗 布過程で増加したものの,Fzは最大で0.1 Nだった(Fig. 7(c))。 ただし,摩擦係数fxは1秒の間に0.5まで増加し,チップBおよ びEの場合と同じように,この最初の0.5秒の間に,fxのプロ ファイルにはピークが観察された。 次に,仕上がりのスコアが低かったC,D,Eの力学データ のプロファイルを紹介する。標準偏差s(a)が最大で最もゆらぎ の大きく,仕上がりの評価が最も低かったチップCの塗布プロ セスにおける力学データをFig. 8(a)に示す。塗布開始後も垂 直力Fzは小さく,最大値は0.04 Nに止まり,筆の角度の変化量 も約3度に止まっていた。かかった時間も約2.1秒とチップFの 場合の約60%の時間で塗布が終わっていた。一方で,ネイル チップDもs(a)が大きく仕上がりの評価も低かったが,チップ C,Eとは異なる力学パターンを示した(Fig. 8(b))。すなわち, 垂直力Fzは塗布開始直後から増加し,2秒後には0.6 Nに達した。 この間,摩擦係数fxおよびfyには明瞭なピークは観察されなかっ た。チップEではチップCと類似した力学パターンが観察され た(Fig. 8(c))。すなわち垂直力Fzは塗布開始後0.5秒後以後 は約0.2 Nでそれ以上の増加は観察されなかった。また,摩擦 力fx,fyには明瞭なピークは観察されず,塗布開始後1.8秒で塗 り終わっていた。これらの場合は,きわめて弱い力ですばやく ネイルエナメルが塗布されたものと推察される。 3.4 ネイルエナメルの塗布方法が仕上がりに及ぼす影響 3.3で示したとおり,本研究で開発した力学評価装置によっ てそれぞれの被験者がネイルエナメルをチップに塗布するプロ セスの特徴を捉えることが可能になった。そこで,これらの結 果から,この被験者がチップB,F,Hを描く際に幅が均一で 真っ直ぐな線を引くことができた理由を推察する。Fig. 7に示 した三つのプロファイルはそれぞれ異なり,1本の直線を引く という単純なタスクを実行する場合にも,力の入れ具合や塗布 の速度は人それぞれであることを示している。しかし,塗布開 始後1秒間に着目すると,共通点があることが確認された。す なわち,これらの仕上がり評価の高いグループでは,ネイル エナメル塗布の初期過程において,垂直力Fzと筆の角度θが増 加するとともに,摩擦係数fxに複数のピークが観察された。こ のことは,筆の動きにある種のゆらぎが存在したことを示唆し ている。筆者らは,この過程において被験者は,垂直力を徐々 に強めながら,目的に合った線を引くための力のいれ具合や筆 の角度を調整していたものと推察している。一方で,仕上がり の評価の低いグループC,D,Eにおいては,この過程でFzとθ がほとんど増加しなかったり,摩擦係数fxにピークが観察され なかった。また,チップCおよびEにおいては塗布の時間が約 2秒間と短かった。これらの結果は,この初期過程において摩 擦係数fxに複数のピークがあらわれる調整プロセスが仕上がり に優れた塗布プロセスの特徴であることを示唆している。 4.結 論 ネイルチップに筆で線を描くプロセスを高速カメラで観察し ながら,チップに加わる垂直力と摩擦力をセンシングするシス テムを開発した。それぞれの被験者の塗布プロセスにおける垂 直力と摩擦ダイナミクスに注目して仕上がりを支配する因子を 解析したところ,垂直力の大きさと塗り始めの調整期間の有無 が仕上がりの良し悪しに影響を与える可能性を示すことができ Fig. 8 Temporal profile of movement and friction data:(a) C,
た。今後は,より多くの被験者を対象に塗布挙動と仕上がりの 関係を系統的に解析することで,この仮説を検証していきた い。本研究の成果は,メイクアップのプロセスを直接観察す ることによって,化粧品の処方や化粧道具の設計,それぞれの ユーザーに合ったメイクアップ方法の提案に有用な情報が得ら れることを示しており,今後の技術開発が期待される。 謝 辞 本研究の一部は,科学研究費助成事業新学術領域研究16H01661 および基盤研究(B)18H01402の助成により行われた。 文 献
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Friction Dynamics of Coating Process of Nail Enamel
Ayane S
awada*, Momoka S
ano*and Yoshimune n
onomura*,†*Department of Biochemical Engineering, Graduate School of Science and Engineering, Yamagata University, 4-3-16 Jonan, Yonezawa, Yamagata 992-8510, Japan
†Corresponding Author, E-mail: [email protected] (Received April 4, 2020; Accepted September 18, 2020)
Abstract
Brushes are used in various make-up processes. However, there are few reports on quantitative analysis of movement and mechanical stimuli in the make-up process, and factors that control the usability of the make-up tool. In this study, we developed a system consisting of a high-speed camera and a mechanical evaluation device to evaluate motion and vertical/friction forces when a subject draws a line on a nail-tip with a brush. Here, we analyzed the relationship between movement and finish when 20 subjects drew a line using a commercially available nail enamel on a tip. The mechanical data suggest that the adjustment of the strength of the force and the angle of the brush, and the stable application process in which the vertical force gradually increases are important for drawing a straight line with uniform width. The present findings are useful to show the controlling factors of make-up cosmetics.