1.はじめに
海洋研究開発機構は平成 10 年度に自律型無人潜水機 (AUV; Autonomous Underwater Vehicle)の建造を始め、
平成 12 年3月に組立を終了した。この無人潜水機は、 深海巡航探査機「うらしま」と命名され、平成 12 年度 から海域試験を開始した。同年に4回の海域試験を行い、 12 月初旬に行った第 4 回目の海域試験において深度 1,753 mに達することができた。翌、平成 13 年8月、目 標の潜航最大深度 3,500m を越える 3,518m に到達するこ とに成功した。さらに平成 17 年2月末の駿河湾におい て実施した自律航行試験で目標の 300km を越え、317km の世界新記録を樹立した。 海洋の平均水深は 3,500m もあり、水という障壁に阻 まれ、その調査は陸上に比べて遅れている。近年、クロ ーズアップされている地球温暖化現象に大きな関わりを 持つ海洋、また海底下で発生する地震活動など、海洋は、 我々にとって近い存在でありながら、あまり知られてい ない。水上船舶の位置が GPS によって世界中のどこで も高い精度で計測できるようになったのは、わずか十数 年前のことである。日本は広い経済水域を持つが、これ まで、その海洋資源、海底構造の調査には、あまり熱心 ではなかった。海底を往来して調査する単純な仕事は “ロボット”に適した領域である。このような海洋調査 に、各国で自律型無人潜水機の開発が進められている。 地球温暖化の原因究明の手段の一つとして、海水中の 炭素を分析し、炭素の循環メカニズムを明らかにするこ とが重要な課題となっている。このため大量の海水サン プルを採水し、海水中の放射性炭素14Cを分析するシス テムが必要となる。「うらしま」に海水サンプリング装 置を搭載して、任意の水域及び水深の海水を自動的に採 水して持ち帰り、陸上に設けた加速器型質量分析計で 14Cを計測し、これを基に海水中の二酸化炭素量を把握 する研究に役立てる計画を進めている。
深海巡航探査機の研究開発
青 木 太 郎Development of Deep Sea Cruising Autonomous Underwater Vehicle
Taro Aoki
Abstract
The URASHIMA, a third-generation AUV (Autonomous Underwater Vehicle), can dive to a depth of 3,500 meters, and cruise for a range of 300 kilometers. The third-generation AUV is defined to have a long range cruising ability at greater depths. Many countries around the world have been promoting development of third-generation AUVs. URASHIMA could dive to 3,518 meters depth at 2001. And, at the end of February 2005, URASHIMA was able to cruise autonomously and continuously for 317 kilometers beyond its target range, 300 kilometers. This record is the longest one in the world. Neither light nor electromagnetic waves can reach the deep-sea. The deep-sea areas we know of constitute only a small fraction of the entire deep-sea. The information that can be obtained by artificial satellites is limited to that pertaining to the surface or subsurface portions of the sea. Today, man dose not have a means to canvass the entire deep-sea at one time. If a number of AUVs like the URASHIMA autonomously cruise at various deep-sea areas of the world, man will then, for the first time, be able to get the entire picture of the deep-sea.
Keywords: AUV, robot, fuel cell, metal hydride, INS
Received on August 24, 2006 独立行政法人海洋研究開発機構
「うらしま」の大事な別のミッションは、海底探査で ある。陸地においては、陸上調査活動だけでなく、航空 機や人工衛星を活用した調査により地形や資源分布が詳 細に分かってきた。しかし、深海底の探査は科学技術の 進んだことで、ようやくその一端が分かりはじめたばか りで、ここ数十年の歴史しかない。海中は 10m 深度を 増すごとに 1 気圧、圧力が増大する。また海水中は電波 を通さないため、陸上ではごく普通の計測方法を使えな いという、調査が難しい環境である。さらに、海洋には 流れがあり、海中で長時間にわたり探査機等の位置を保 持することは容易ではない。 このような環境下で、AUV が確実に探査活動を実現 するためには、高精度の海中ナビゲーションシステムや 高エネルギー効率の動力源等の要素技術に先進技術を取 り入れて進展することが重要である。 2.システムの構成 2.1 自律型無人潜水機(AUV) 「うらしま」は、長距離を航行することを目的とした 自律型無人潜水機(AUV)であり、当機構が本格的に開発 した1号機である。運用深度が数百mといわれる潜水艦 は、大きな耐水圧ケース内に乗員や動力源、計測器を置 き、特別に浮力材を用いなくとも浮力を得ることが出来 る。しかし、この方式では使用深度が増加するにつれ耐 水圧ケースの壁をより厚くし、このことで次第に機体の 重量が増え、比重8程度の鉄材の機体だと深度 2,000 m を過ぎると海水中で浮くことができなくなる。「うらし ま」の最大使用深度は 3,500 mである。また将来、更に 大深度の巡航探査機を開発することを考慮して、有人潜 水調査船「しんかい 6500」と同様の機体構造とした。 機体の骨格となるフレームに耐圧容器や推進装置を取り 付ける。コンピュータや慣性航法装置等の海水に直接、 晒すことができない電子機器等はチタン合金製耐水圧容 器に収納する。深度計測用水圧センサーをはじめとする 独立した各種センサーや、推進器、バッテリー等の搭載 機器は、チタン製シャーシに固定設置している。これ等 の機器の空隙に浮力材を入れ、このシャーシの外側をF RP製のカバーで覆い外観は、流線型で主翼のない飛行 機のような形状を成している。ガラスマイクロバルーン (直径数十ミクロンの中空ガラス球)をエポキシ系樹脂 で固形化して浮力材として用いる。このシンタクティク フォーム浮力材の比重は約 0.5 である。機体に効率よく 収納するために、浮力材ブロックの多くは、機体の外形 や搭載機器の形状に合致するように3次元機械加工によ り製作されている。これは「しんかい 6500」とは異な った方法となっている。1950 年代に活躍したバチスカ ーフ型有人潜水艇は、当時、ガラスマイクロバルーンの ような軽比重で安全性の高い素材が無かったため、浮力 図1 317km 航走後に支援母船に回収される深海巡航探査機 「うらしま」
Fig.1 Deep sea cruising AUV URASHIMA recovered onto its support vessel
図2 外皮の FRP カバーを取り、整備中の「うらしま」 Fig.2 URASHIMA under construction without its FRP crust covers
機体 全長 10 m 幅 1.3 m 高さ 1.5 m 質量 10 tons 航続距離 300 km(燃料電池) 最大深度 3,500 m 巡航速力 3 kn.(Maximum 4 kn) 測位システム 慣性航法装置 ドップラ速度計 SSBL測位システム 運用形態 自律制御モード 遠隔制御モード (音響, 光) 観測機器 サイドスキャンソーナー マルチビーム音響測深機 デジタルカメラ 前方監視ソーナー 電気伝導度、温度、溶存酸素量 表1 深海巡航探査機「うらしま」主要目 Table 1 Item of AUV URASHIMA
材に比重 0.8 ∼ 0.9 のガソリンを使用していた。このた め、人間が入る耐水圧容器やバッテリー等の水中で浮か ない重い構成機器を使用して、機体全体を海水比重約 1.03 にするためには、多量のガソリンを浮力材として用 いる必要があった。 2.2 航法システム 自律航行を実行するために最も重要な装置は、慣性航 法装置(INS: Inertial Navigation System)である。中核を なす装置がリングレーザジャイロで、この性能向上が自 律航行誤差を小さくする重要な開発課題である。一般の 旅客機で用いられている慣性航法装置では、誤差が約 2 海里/時である。「うらしま」用に、リングレーザジャ イロの改良を進め、平成 12 年度中には、誤差が 0.2海 里/時となり、更に平成 15 年度には 0.1海里/時とな る性能に進展することができた。 「うらしま」は慣性航法によって移動距離を計算し、 予めプログラムされたルートに従って航行する。また、 超音波によるドップラ効果を利用し、対水速度あるいは 対地速度を計測する。海中に複数の音響ビームを放射し、 海中の塵等から反射して戻る音波の伝搬時間を計測し、 演算することで、左右、上下方向の移動速度を知ること ができる。「うらしま」に搭載しているドップラ速度計 は、4つの円盤型音響トランスデューサで構成されてお り、300kHz のバースト波を発信する。海底までの高度 が 150m 以内であれば海底からの反射波を受信し対地速 度を計測することができる。それ以上の高度においては、 海底を探知することは難しく、この場合は、塵や水流の ような異なる海流の“壁”に反射した音を計測して対水 速度を知る。対地に比べ精度が落ちる。この速度計測値 を、慣性航法装置で移動量を演算する際のパラメータの 一つとして用いる。このような方法で、海中の自己位置 を把握できるが、誤差は小さくなく、時間の経過ととも に大きくなり、やがて、自分の位置を把握できないほど になる。これを防ぐために、海中に予め“音の灯台”を 設置し、この音の灯台を捕捉すると、これを基準に自分 の位置をセットしなおす音響位置測位システムを用意し ている。航行試験前に調査海域に音の灯台を設置し、そ の位置情報を探査機のコンピュータに入力しておく。 「うらしま」の機体の先端にはソーナーが取り付けら れており、10km 先の音の灯台の方位と距離を計測する ことが出来る。「うらしま」は、東京・名古屋間に相当 する 300km の距離を約 55 時間かけて航行できるが、誤 差 0.1 海里/時の高性能慣性航法装置を用いると、その際 の累積位置誤差は、約 10km となる。予め海底に設置し ておいた音の灯台である音響トランスポンダに接近する と、ソーナーで音響トランスポンダを確認し、慣性航法 の累積誤差をリセットする。 3.動力源の開発 3.1 水中動力源について 自律型無人潜水機を含む無索無人潜水機で最も重要な 要素技術は、動力源(電力源)である。従来、水中動力 源として鉛電池や銀亜鉛電池が用いられてきた。長距離 を航行する巡航型の場合、航続距離に比例して、必要電 力量が増加する。したがって電池の体積及び重量が増加 して、機体が大型化する。将来、航続距離数千kmの巡 航探査機の開発を計画しているが、また運用の簡便性や 保守整備等の面からも、流体抵抗を軽減し、機体の寸法、 重量を出来る限り小さくする必要がある。このため従来 にはない高エネルギー密度、高エネルギー効率の動力源 を必要とした。 近年、水中用動力源として、燃料電池、スターリング エンジン、CCDE(Closed Cycle Diesel Engine)、RI(Radio Isotope)電池等が開発あるいは試作されている。長距離 を航行するため、一般的に推進器にはエネルギー変換効 率の高い電気モータを使用する。 発電機を用いて機械エネルギーを電気エネルギーに変 換しなければならないスターリングエンジンや CCDE は 省エネルギーの点から不利である。また無人潜水機は、 前方障害物探査ソーナーや高度ソーナー等の音響機器を 図3 機器配置図
Fig.3 Device arrangement 図4 音響ドップラー速度計測器
多用する。このため搭載機器は、音響ノイズの発生を出 来るかぎり小さくする必要がある。更に、燃料に軽油、 エタノール等を使用した場合、炭酸ガス、窒素酸化物、 硫化物等の二次生成物が多く発生するが、これらを機体 の中にどのような形状で蓄えるのか、あるいは高水圧下 の機体外にどのような方法で排出するのかという技術課 題に直面する。 燃料電池は、水素と酸素を発電セルに供給し、電気出 力と生成水を得る原理から、機械駆動音を発するような 音源が少なく、静粛性が高い。燃料電池の場合、純水素、 純酸素を使用すれば、生成物は、水のみである。「うら しま」が 300km を航行したときの生成水は、約 70 リッ トルと、比較的少量であることから機体内のタンクに蓄 える方法を採用した。将来、数千kmの航続距離を走る 次期探査機の場合は、生成水も大量となるため機体の外 に高圧ポンプで排出することを考えている。窒素酸化物 や硫化物の液化は、簡便ではないが、生成水は、比較的 簡単に機体外へ排出することが出来る。 3.2 リチウムイオン電池 深海では水圧が高いだけでなく、温度も5℃以下であ り蓄電池の化学反応に適した環境とは言い難い。有人潜 水船や無人潜水機においては、従来、銀亜鉛電池等の蓄 電池を用いてきた。必要な電力量は運用時間や仕事量に 比例して大きくなり、電池の収納容器も工夫しないとま すます重くなる。ゴムのような柔軟なブラダーを収納容 器に取り付け、収納容器内部が機体外の水圧と均しくな るようにすることで、収納容器の壁厚を薄くできる。こ のことで電池を収納するために耐圧容器を使用せずにプ ラスティック等の軽量材を用いて小型化を実現すること ができる。一般的に油漬均圧型と称され、酸化銀亜鉛電 池、ニカド電池および鉛電池などにも使用されている。 リチウムイオン電池は単位重量あたりのエネルギー密度 が高いこと、寿命も長く、そして低温でも効率が低下し にくいなどの利点を有している。有人調査船「しんかい 2000」や「しんかい 6500」では、開発当初から銀亜鉛 電池を使用してきたが、これに換わる二次電池の研究開 発を進めてきた。平成7年度に、7 ,00 0m 級 の R O V (Remotely Operated Vehicle :遠隔操縦型無人探査機) 「UROV7K」の電力源として 30Ah リチウムイオン電池を 開発した。エネルギー密度 150Wh/kg と銀亜鉛電池の約 1.5 倍、充放電寿命は5倍以上と水中電力源としては過 去にないほど高性能であった。また充放電時にガスの発 生がほとんどなく、他の電池のように定期的に補水する 必要もない。数十回の使用毎に活性化放電などの保守作 業は必要であるが、それ以外に日常的な保守は必要とし ないため運用面においても簡便性の高い電池である。こ の 30Ah 電池の後に、平成 11 年度に更に大容量の 100Ah のセルを開発した。さらに有人潜水船「しんかい 6500」 用 に 4 0 0 A h セ ル を 開 発 し 、 こ れ を 組 み 合 わ せ て 120V400Ah の群電池として搭載した。「うらしま」の燃 料電池が完成するまで開発初期、自律制御プログラムを はじめ、搭載機器の初期不良やバグ取りを推進するため に、120V100Ah の群電池を 3 群並列接続し搭載して用いた。 3.3 閉鎖式燃料電池 当機構では平成3年から固体高分子型燃料電池の研究 開発を始め、平成5年に 1.5kW の固体高分子電解質型の 試作機を開発した。これを基に「うらしま」用4 kW の 燃料電池開発を平成 10 年度より始め、平成 12 年度には、 基本的な性能試験を開始した。海域での運用を想定して、 波の動揺をシミュレートできる試験装置を製作し、この 上に設置して発電試験を行い、負荷試験、連続発電試験 を実施した。平成 14 年、ほぼ当初の計画性能を得るこ とが可能となり、平成 14 年度秋以降から、それまで 「うらしま」に使用していたリチウムイオン電池に代え て燃料電池を搭載した。 図5 油漬均圧式リチウムイオン電池 Fig.5 Oil immersed Li-ion battery
図6 燃料電池発電スタック 2kW x 2 個 Fig.6 Fuel cell stacks 2kW x 2 sets
陸上の自動車に搭載した燃料電池は、大気圧中で作動 し、かつ大気中の酸素を利用できる。一方、深海では水 素と酸素をどのような形態で機体に搭載するかという技 術課題があった。酸素ガスは球形の高圧ガスボンベに貯 蔵したが、水素ガスは可燃性で漏洩しやすいため、貯蔵 の安全性を最優先する必要があった。水素の貯蔵は当機 構が、別途進めていた研究成果から水素吸蔵合金を用い て水素を貯蔵する方式を採用することにした。水素吸蔵 合金は金属結晶の中に水素を取り込む作用があるので、 高圧容器よりもはるかに低い圧力で貯蔵することができ、 水素の吸蔵と放出を熱で制御することができる簡便性も ある。水素を放出する場合は吸熱反応、その逆は発熱反 応となる。運用中、水素を放出させるためには、水素吸 蔵合金を暖めなければならないが、燃料電池の発電の際 にでる排熱を利用している。 4.水中通信 海中探査機の電子機器は、耐圧容器に収納されている ため、陸上のように電子回路や制御プログラム等のデバ ックが簡単にできない。例えば、耐水圧ケースの中の微 調整用ポテンショを回すといった陸上では簡単な作業が、 水中機器では困難である。ソフトウェアとハードウェア のデバッグが必要な場合、耐圧容器を開放して調整する 作業を出来る限り少なくする手段を講じている。具体的 には耐圧容器内の CPU と支援母船上の CPU を、有線通 信、光ファイバー通信、音響通信、無線通信で結び、無 人探査機が陸上、船上、海面上、水中の何れにあっても、 通信可能としている。 支援母船上での通信は無線 LAN を使用し、潜航中は 光ファイバーによる有線通信、または音波による無線通 信を用いる。水中での探査機の制御方法は、内蔵コンピ ュータによる自律モードと、音響による遠隔モード、 UROVモードである。UROV とは、直径約1 mm の光フ ァイバーで水中の無人潜水機と支援母船を結んだ方式で、 魚釣りで使用するリールのように糸巻に光ファイバーを 巻いて、その糸巻を無人潜水機の機体内に収納して用い 図7 燃料電池を収納したチタン合金製の耐水圧容器
Fig.7 Pressure canister made of titanium alloy for fuel cell system
図8 水素吸蔵合金 Fig.8 Metal hydride
表2「うらしま」と支援母船間の通信の要目
Table 2 Item of communication between AUV and its support vessel. 伝送速度 名称 方式 Down Up 変調方式 1) 電波 LAN 2Mbps(2.4GHz) SS 32kbps MSK 音響 Serial 2kbps (max) QAM/DPSK 光 Serial 32Mbps 620Mbps PCM 「うらしま」の通信方式 1):上段はダウンリンク、下段はアップリンクを示す. 図9 ダウンリンク用音響トランスデューサ Fig.9 Acoustic transducer for downlink transmission
る。張力がかかると光ファイバーがほぐれ出ていく方式 で、細い光ファイバーを用いれば機体の運動性能に影響 を与えることなく海域試験ができる。この UROV モード は、主に開発初期の自律機能の不具合点を洗い出して訂 正する簡便な手段として用いた。またエラーの少ない音 響通信を確立するためにも光ファイバーを用いた。支援 母船から発信した音響コマンドを水中で航走中の「うら しま」が確実に受信できるかを調べる方法として、音響 受信波を、光ファイバーを介して支援母船に再返信して 分析する。この方法で効率のよい開発作業が実現できた。 自律機能を確立するために、また安全に試験を遂行す るためにも、信頼性の高い音響通信を確立する必要があ る。水中の「うらしま」の深度、方位のデータや、搭載 機器の状況、実行ルーチン名などのプログラム・データ を音響信号で、支援母船に送る。このことで、ハードウ ェア、ソフトウェアのバグを発見し、訂正することが簡 便に実施できる。探査機から水面の支援母船へ送る音響 による上記した UPLINK 信号は、カラー TV 静止画信号 と同時に伝送することができる。海水中において電波に よる無線通信は現在の技術では不可能に近い。このため 通信だけでなく、高度計、速度検出ドップラ、前方障害 物探査の“水中レーダ”にも音波を用いている。無人探 査機自身の状況や、制御装置、燃料電池の状態を水面の 支援母船上で把握するために音響通信を用いている。電 波通信に比べ、水中音響通信は、速度が遅く、マルチパ スの影響を受けやすい性質があり、エラーの無い通信は、 技術的に難しい。 大気中での音源には主に紙など軽量な振動板を磁力で 駆動するスピーカを用いているが、水中の音響インピー ダンスは大気に比較して大きく、軽量な振動板では駆動 できない。そこで、圧電素子や磁歪材を音源として利用 している。音源の単純な等価回路は共振回路として表さ れる。共振系の Q を高めて効率を上げたい一方、通信 帯域を広げるには Q を抑制しなければならない。両者 を同時に満足するために複数の共振系を組み込んだトラ ンスデューサが必要で、新たにトランステューサを開発 した。 図 11 の音響特性図は、AUV から支援母船への伝送系 に利用する送波器の周波数特性である。通信帯域は中心 周波数 20kHz で8 kHz の帯域を使用する。縦軸は音波の 圧力を示しているが、一般に 1μPa の音圧を0 dB re 1μ Paと表示する。周波数特性からわかるようにトランス デューサの送波感度は、この帯域において約 10dB の範 囲にある。図 12 は、鉛直方向の指向性を示し、音波は 送波器からメガホンを介して放射するように円錐形の指 向性を有することがわかる。一般的なトランスデューサ は、共振を利用して効率を高めているため、周波数特性 の帯域は狭い。「うらしま」に搭載したトランスデュー サの周波数応答には複数のピークが見られる。複数の異 なる共振周波数を有する素子を組み合わせることで、高 速通信に不可欠な広帯域と高効率を同時に実現すること ができた。 支援母船「よこすか」は、探査機のトランスポータと いうだけでなく、潜航試験中の探査機制御の状態と観測 機器で取得したデータをリアルタイムにモニタする重要 な役割を担っている。「よこすか」は有人潜水船「しん かい 6500」の母船として建造された船舶で、深海用音 響機器や高精度測位機器を多数装備している“ハイテッ ク船”である。多数の音響機器が異なる周波数帯域で使 用されるため、利用する周波数帯域の決定には神経を使 う必要がある。また、支援母船と水中の探査機が、良好 な音響通信を保つためには、お互いの音響装置の指向範 囲に位置しなければならない。 図 10 アップリンク用音響トランスデューサ
Fig.10 Acoustic transducer for uplink transmission
図 11 音響特性の一例 送波器の周波数特性
Fig.11 An example of acoustic character, frequency/sensitivity of uplink transducer
5.調査機器 「うらしま」は、主に二つの研究ミッションに応えら れるような調査観測機器を装備している。第一のミッシ ョンは地球温暖化究明の研究に用いることを目的として いる。長距離を航行しながら、予め設定した海域の海水 を自動的に採水する。1サンプルの採水量は 250cc で 200 サンプルを採水できる。同時に、CTDO(電気伝導 度、温度、深度、溶存酸素量)を連続計測することが出 来る。採水した水は、陸上の施設にある海水前処理装置 で固形化し、これを加速器型タンデトロン質量分析計に セットする。この分析計で炭素同位元素14Cを計測する と、海水中の二酸化炭素量を推測することができる。 また、熱水噴出口の“上空”において深度を変えて3 次元的に航行しながら採水し、採水したサンプル中に含 まれるマンガン等を分析することでその熱水域の活動状 況などを知る手段とすることができる。 第二のミッションの深海底探査用としては、サイドス キャンソーナー、マルチナロービーム音響測深機、音響 画像装置、低照度デジタルカメラ、カラー TV カメラの 5 つの観測装置を同時装備できる。観測する目的に応じ て、あるいは調査する海底までの距離によって必要とす る観測装置を選択して使用する。海底からの距離 100 ∼ 200m ではサイドスキャンソーナーを用いる。更に高度 を下げ、高度 80 ∼ 100m では、音響画像装置により、リ アルタイムに目標を2次元画像でとらえることができる。 調査海域の透明度に関係するが、条件が良ければ、高度 30m 前後から低照度デジタルカメラによる海底の連続撮 影ができる。取得した画像は、後で、モザイク画のよう に継ぎ合わせて大きな一枚の海底図にするソフトウェア を開発している。更に2∼3 m の距離であればカラー TVカメラによる撮影を行うことができる。このカラー TVカメラの画像や音響画像装置の映像、サイドスキャ ンソーナーの画像は、機体内の記憶装置に記録するとと もに、音響信号により、支援母船に送ることができる。 従来の海底探査の手法は、先ず曳航体によるサイドスキ ャンソーナーによる探査、次にケーブル付きの遠隔操縦 無人探査機を出動させて水中 TV カメラによる探査とい う機能を分担し、連携した探査手法であったが、「うら しま」のような無ケーブル無人探査機は、一機で概査か ら精査までを行ってしまおうという“欲張った”狙いも ある。更に、「うらしま」の航行中の方位保持、深度保 持などの姿勢制御は非常に安定しており、上記した調査 を、従来になかった高い精度で行うことができる。 図 12 音響特性の一例。送波器の鉛直方向指向特性
Fig.12 An example of acoustic character, Directional character of transducer.
図 13 AUV の航跡(支援母船が計測)と INS の航跡(無人機に搭載) Fig.13 Trace of AUV measured by its support vessel, and another
6.海域試験 6.1 基本性能試験 陸上で慣性航法装置の誤差の評価を実施する場合、 GPSデータなどを位置の基準として用いて比較できる が、海中での慣性航法データの精度の計測試験において、 リファレンスとなる基準点が存在しない。一般に、海中 の目標物の位置を計測するには超音波を利用するので、 海中を航行する探査機を追走する支援母船によって音響 により位置を測位し、水面の支援母船は GPS で位置を 測位する(ANS データ)。支援母船が計測した探査機の 航跡と、探査機に搭載している慣性航法装置による航跡 データ(INS データ)は違いがある。支援母船による位置 測位は GPS を基準としていることから誤差の少ない位 置データである。INS データによる座標は ANS データの 座標と一致せず、時々刻々誤差が拡大していく。INS デ ータは音響信号により水中の探査機から支援母船へと伝 送される。我々は支援母船上でこの誤差を把握しながら 試験を実施してきた。音響測位座標を基準に、INS のず れを検討すると、マクロ的に判断すると、ずれる方向は 同じ方向ではなく時間によって変化している。海中で定 量的にどの程度ずれるのかは、潮流、機体特有の癖等未 だ解明できていないさまざまな要因があり、今後も継続 して研究を重ね、航走誤差を出来る限り小さくする努力 を続けている。 現状において誤差があることを念頭におき実用的に運 用する方法は、“音の灯台”の利用である。探査機は Start点から航走シナリオに従って航走し“音の灯台” である音響トランスポンダに向かって走り音響トランス ポンダから距離 10 kmの圏内入るとトランスポンダを 捉え探査機は自分の慣性航法装置の累積誤差をキャンセ ルする。 「うらしま」のフェアリングカバーを外した正面にお いて、右舷側上部の黄色の容器が“音の灯台”に呼びか ける送波器で、正面中央に、3 本のハイドロフォンを用 いて SSBL アレイ(SSBL: Super Short Base Line Array)を 構成し、“音の灯台”からの回答信号を受信し位相差を 計測して“音の灯台”からの自己位置を算出する。正面 左舷側には、支援母船から送られてくるダウンリンク信 号を受ける受波器を配置している。 探査機を海中で停止させ、方位を変化させながら“音 の灯台”の測位用 SSBL ソーナーの探知範囲を調べた。 右舷、左舷側で若干傾向が異なるが、7 km までの距離 で 50 °から 70 °の探知範囲を有し、ほぼ計画どおりであ ることがわかった。SSBL ソーナーは、音の灯台である トランスポンダを 12km の距離で探知し、以降2 km ま で計測していた。計画通りである。斜距離データ上にス パイク状ノイズが見られるが、トランスポンダから放射 された音波が海底などに反射した信号を捕らえたためと 考えられる。 6.2 長距離自律航行試験 高分子型燃料電池および水素貯蔵装置からなる燃料電 池システムの適合性、および海中ナビゲーションをはじ めとする探査機すべての機器の性能が計画通りに現れな いと成功しない総合試験が長距離自律航行試験である。 駿河湾の中央付近で南北に約 30km 離して音の灯台で あるトランスポンダ2基を設置し、その間を 300m の間 隔で、“芝刈り”をするように行ったり来たり航行させ 図 14 「うらしま」正面図
Fig.14 Front view without FRP covers
図 15 支援母船「よこすか」(4,439 ton) Fig.15 Support ship 「YOKOSUKA」(4,439 ton)
るシナリオを実施した。 1)P 1から P20 までを順番に通過する。 2)南下の P2 → P3、P10 → P11、P18 → P19 および北 上の P6 → P7、P14 → P15 では直線上を航行する。 3)北側トランスポンダ近くの P7 → P9、P15 → P17 と南側トランスポンダ近くの P3 → P5、P11 → P13、P19 → P20 ではそれぞれソーナーで位置修 正を行う。 4)P1、P2、P6、P10、P14 および P18 は各座標に向 かう。 5)航行深度は 800m を自動保持、速力は3ノットで 自動航行する。 その結果、約 56 時間の連続自動潜航を行い、航行距 離は 317km に達成した。位置計測とその自動修正や、 自律制御だけでなく燃料電池システムの深海への適合性 も実証することができた。図 16 に計画ルートと実際の 航跡の航走図を示した。まず上述のシナリオの直線航走 について、探査機はこの直線上を慣性航法によって正確 に航行しているかのように判断できることである。次に 折り返し点で、SSBL ソーナーによって音の灯台である トランスポンダを測位し、INS の誤差修正を実施したが、 予定のコースから外れていくことがわかる。この原因と して考えられることは、探査機は INS によってコース上 を航行しているが、実際は INS に蓄積した誤差によって 若干ずれたルートを航行していたことがわかる。その結 果、トランスポンダとソーナーによる位置修正が実施さ れていることがわかった。更に、誤差の修正も一回で完 了せずに、トランスポンダに接近しながら複数回にわた り位置が修正されていることがわかった。正確に位置を 計測する性能を求めていたが、まだ水中における位置計 測技術の未熟なこと、測位センサー等の測位機器の研究 と開発が必要なことを痛感した。 後日に実施した海底に近づき、サイドスキャンソーナ ーなどを利用した海底探査試験においては、常にドップ ラソーナーで対地速度を計測し、移動距離を算出し用い ることで位置計測精度が向上した。対水速度データを用 いて航走した試験時より、格段に正確な自律航走が出来 ることを確認した。 6.3 通信と低ノイズ対策 探査機を支援母船と連携させ、船上の研究者に調査結 果をリアルタイムで送ることができれば効率的な観測が 期待できる。音響通信装置については、音響指向性を、 頂角 60deg、伝送距離 4,100m として設計し、全2重デ ジタル通信を実現した。表2に通信の要目を示す。大容 量である画像データを伝送するため、「うらしま」から 支援母船に送る UPLINK は、通信速度を優先し、中心周 波 数 を 2 0 k H z と す る 変 調 方 法 に Q A M( Q u a d r a t u r e Amplitude Modulation)を採用した。最大通信速度は 32kbps、一昔前のファックスの伝送速度とほぼ同じで ある。一方、支援母船から探査機「うらしま」への DOWNLINKは、観測機器操作および運動制御等のコマ ンドが主な通信データで小容量である。このため通信速 度より信頼性を優先し、中心周波数と変調方法をそれぞ れ 9.5kHz と MSK(Minimum Shift Keying)とし、通信速 度は2 kbps とした。通信の SN 比は、当初、探査機の推 進装置から発生するノイズによって期待した性能が得ら れなかったが、推進装置にノイズ低減対策を施した結果、 伝送距離が遠くなる最大使用深度 3,500m に潜航しても、 良好な通信が出来るようになった。 (計画ルート(左)) (実際の航跡(右)) 図 16 プログラムした計画ルート(左)と実際の航跡(右)
推進器は、モータ、減速機およびプロペラで構成され ている。大水深での高い水圧に耐え、出来うる限り小型 軽量でなければならない。これらの問題を解決するため にモータおよび減速機を収納した容器を油で満たし、圧 力調整用ブラダを設けて、海水の圧力と容器内部が均等 になるような方式とした。開発当初、減速機から機械ノ イズが発生し、音響通信の障害となった。歯車から出る ノイズは、歯の形、材質および噛み合っている歯数など が、要因となっていた。当初、平歯車を用いていたが、 斜歯歯車を製作し使用することで、ノイズを音響通信に 影響のない低いレベルに抑えることができた。 「うらしま」に、水中カラー TV カメラで撮影した水 中画像を音響信号で水面の支援母船に伝送する音響画像 伝送装置を搭載した。8秒毎に一枚のカラー静止画を送 ることが出来る。海中で航行する探査機の深度、方位、 あるいは燃料電池の状況等、そしてデータだけでなく水 中映像も確認することができることで、探査機の技術開 発を効果的に実現することができた。 7.おわりに 地球温暖化現象は極域に顕著に表れるといわれ、氷厚 計測や氷下の形状観測等に、氷下を自由に活動できる巡 航探査機の活躍が期待されている。また、東海沖はじめ 巨大地震の研究のため、或いは日本の広い排他的経済水 域の資源調査に、深海底を精密に調査できる巡航探査機 の能力に期待が集まっている。夏期の北極の氷の直径は、 およそ 3,000 キロメートルである。また沖の鳥島まで、 沖縄から 1,100 キロメートルである。2 ∼ 3,000 キロメー トルの航続距離性能があれば、多くの科学研究者の要望 のみならず、海洋ロボット産業の将来性を示すことが出 来る。3,000 キロメートルは、現在の「うらしま」の航 続距離性能の約 10 倍であるが、燃料電池の高性能化の 研究を進め、さらに高精度の位置測位ができる自律制御 システムを完成させれば可能な数字である。過去にそう であったように将来も、日本が技術立国として存在する には、このような高度の技術開発を弛まなく、推し進め る必要がある。欧米のライバルに伍して、常に先頭を走 っていかねばならない。深海の全海域を一挙に探査する 観測手段は現在のところない。「うらしま」のような巡 航探査機が数多く建造され、世界のあらゆる海域を自律 して探査する日が来れば、人類は深海の全容を初めて知 ることが出来るようになる。 謝辞 深海巡航探査機の研究開発おいて、また本紀要を 執筆するあたり、多くの方々のご支援をいただきました。 謹んで感謝申し上げます。 参考文献 1)青木、村島、門馬、橋崎、橋本;水中観測機器用燃料電 池システムの開発、第3回燃料電池シンポジュウム、pp274-279、1996.
2)T.Aoki, S.Shimura, T.Murashima, H.Nakajoh,S. Tsukioka; Development of Fuel Cell Power Source for Long Range AUV, Underwater Intervention 97 MTS/IEEE, Vol.1, pp74-81,1997. 3)T.Aoki, T.Murashima, S.Tsukioka, H.Nakajoh; Deep and Long Range Cruising AUV Hybrid-powered with Li-ion and Fuel Cell, Underwater Intervention 2001,CDROM, 2001. 4)T.Aoki, T.Murashima, S.Tsukioka, H.Nakajoh, T.Hyakudo-me; Cruising Autonomous Underwater Vehicle, ISOPE2002, Vol.2, pp315-318,2002.
5)青木、月岡、吉田、百留、橋本、橋崎、谷、横山; PEFC深海巡航探査機「うらしま」、第 10 回燃料電池シンポ ジュウム、pp90-95、2003.
6)T.Hyakudome, T.Aoki, S.Tsukioka, H.Yoshida, S.Ishibashi, T.Inada, T.Kabeno, T.Maeda, K.Hirokawa, K.Yokoyama, T.Tani, R.Sasamoto, Y.Nasuno; Fuel Cell Underwater vehicle "URASHIMA", Proc. of 14th ISOPE Conf., Vol.2, pp.250-254, 2004.
図 17 音響信号で支援母船に送られた TV カメラ(「うらしま」に搭 載)の静止画
Fig.17 A frame image of TV camera picture transmitted from the vehicle to its support vessel.
図 18 北極海を行く「うらしま2号」(構想図)
Fig.18 「URASHIMA 2」cruising under the Arctic Sea ice (plan illustration)
7)S.Ishibashi, T.Aoki, I.Yamamoto, S.Tsukioka, H.Yoshida, T.Hyakudome, T.Sawa, T.Inada, A.Ishikawa, K.Hirokawa, K.Yokoyama, T.Tani; Deep-Sea Cruising AUV“URASHIMA” ?Challenge to the Record for the Autonomous Navigation-Proc. of 15th ISOPE Conf., Vol.2 pp.246-251, 2005.
8)S.Tsukioka, T.Aoki, I.Yamamoto, H.Yoshida, T.Hyakudo-me, S.Ishibashi, T.Sawa, T.Inada, A.Ishikawa, K.Hirokawa; Prospective Deep Sea Detailed Survey with the AUV “Urashima”, Proc. of 15th ISOPE Conf., Vol.2 pp.252-258,
2005. 9)山本、青木、月岡、吉田、百留、石橋;長距離自律無人 探査機「うらしま」の制御システム開発、日本船舶海洋工学 会講演会論文集 第1号 pp.23-26、2005. 10)百留、青木、山本、月岡、吉田、田原、石橋、澤、石 川;海中探査機用閉鎖式燃料電池システムの開発、日本船舶 海洋工学会講演会論文集 第1号 pp.27-28、2005.