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第4回大会 予稿集

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Academic year: 2021

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(1)

第4回 九州医学哲学・倫理学会 学術大会

大会テーマ 

「先端医療と倫理」

日時:2013年9月7日(土)

会場:鹿児島大学 郡元キャンパス(法文学部)

主催:九州医学哲学・倫理学会

共催:日本医学哲学・倫理学会 研究委員会

予 稿 集

(2)

学術大会プログラム

開会式 

09:00∼09:10 開会の挨拶 日本医学哲学・倫理学会 九州支部長 藤野昭宏

演題発表① 療養する力 ─ 高次脳機能障害者の手記を通して ─

09:15∼09:45

福岡大学大学院 人文科学研究科 教育・臨床心理専攻 大学院生 中野桂子

演題発表② 自閉症者の人間学的研究 ─ 操作的診断に焦点をあてて ─

09:50∼10:20

倉敷市立短期大学 保育学科 准教授

 眞次浩司

座長 : 村若修

(鹿児島女子短期大学 児童教育学科 教授)

臨床ケア哲学・倫理学セミナー テーマ:医のプロフェッショナリズムを考える

10:25∼11:55

日本医学哲学・倫理学会 研究委員会 主催

「医のプロフェッショナリズム教育とは何か ─ 現状と課題について」

日本医学哲学・倫理学会 研究委員会 委員長

 藤野昭宏 

「医のプロフェッショナリズムと生命倫理」

日本医学哲学・倫理学会 会長

 小出泰士 

昼食休憩/運営委員会 

11:55∼13:15

総会 

13:15∼13:45

演題発表③ 『ケアの倫理』からみた看護教育の視座

13:50∼14:20

 ─ ネル・ノディングスのケア教育論から

旭川大学 保健福祉学部保健看護学科 教授

 泉澤真紀

座長 : 村 若修

( 鹿児 島女 子短 期大 学 児童 教 育学科   教授)  

シンポジウム連動 特別発表 本邦初の新型着床前診断臨床適用に関する倫理的考察

14:25∼14:55 鹿屋体育大学 教授

 児玉正幸

シンポジウム テーマ:先端生殖補助医療と倫理

15:00∼16:50

「当院における着床前遺伝子診断(PGD)の現状と今後の展望について」

医療法人仁知会 竹内レディースクリニック 院長

 竹内一浩

「施行中の扶助生殖医療(非配偶者間体外受精や代理出産)についての私の考え方」

医療法人登誠会 諏訪マタニティークリニック 院長

 根津八紘

座長 : 高 橋隆雄

(熊本大学大学院 社会文化科学研究科 教授)

閉会式

 16:55∼17:05 閉会の挨拶 日本医学哲学・倫理学会 理事 板井孝壱郎

懇親会 於・ジェイドガーデンパレス 2階中ホール

17:30∼19:30 (鹿児島市 上荒田町19番1号 ℡099-257-1211) 懇親会費 5,000円

(3)

臨床ケア哲学・倫理学セミナー

「医のプロフェッショナリズムを考える」

日本医学哲学・倫理学会 研究委員会 主催

「医のプロフェッショナリズム教育とは何か ─ 現状と課題について」

日本医学哲学・倫理学会 研究委員会 委員長

 藤野昭宏 

「医のプロフェッショナリズムと生命倫理」

日本医学哲学・倫理学会 会長

 小出泰士 

最近になって、医学教育の中で「医のプロフェッショナリズム教育」の重要性を強調する動きが あり、大学医学部の教員対象のFD(Faculty Development)の際のワークショップのテーマに もなることが少なくない。  しかしながら、この「医のプロフェッショナリズム教育」の動向が、患者のオートノミー(自 律性)を最も大切にするバイオエシックス(生命倫理学)による「患者中心の医療」の流れに対 して反動するかのように、医師の専門職としてのオートノミーを涵養するためのであるとする と、一時の流行する教育方法論に終始してしまう可能性も少なくないものと考えられる。  今回のセミナーでは、現時点での「医のプロフェッショナリズム教育」の内容と課題について 言及すると共に、医のプロフェッショナリズムとバイオエシックスとの関係性について、臨床ケ ア哲学・倫理学の立場から根源的に問い直すことを試みてみたい。

(4)

療養する力 ─ 高次脳機能障害者の手記を通して ─

福岡大学大学院 人文科学研究科 教育・臨床心理専攻 大学院生 

中野桂子

   高次脳機能障害者・山田規畝子は、三度にわたる脳内出血によって、視覚失認、左半側空間 無視、短期の記憶障害、日常的に起こる痙攣発作など、多くの症状をもって生きている。にも 拘らず、この障害者は機能回復への努力を続け、四冊もの手記を上梓している。こうした療養 の力は何によって生まれるのか。本研究はこの問いに答えることを目的としている。  手記によれば、あいまいで、はっきりしない症状は不安を生む。不安は回復への努力を失わ せる。それゆえ、手記は病名を知ることが安心を生み、療養の意欲になることを明らかにして いる。病名を知ることによって、立ち向かうべき相手の顔が見え、それを撃つ構えがとれるの である。さらに手記は、病名を知ることから、それを科学的に理解する努力をしている。すな わち医学の知見でもって、障害の原因を知ることは、障害者本人が治療の担当者ではなくて も、知の支配圏に障害をおくのである。これは障害を科学の目で見て、知る、つまり治ること になるからである。そうしたとき、障害は、障害をもつ当人から切り離され、無人称(それ) として見られているのであって、障害者自身は心にひと時の安らぎを得るのである。さらに、 手記は、自分の行動、姿、心身の状況を俯瞰して、客観的に見ている。これは、自我ないし人 格の働きによって自分を第三者の視点に持ち上げ、その高みから自分を見ることであり、そう したとき、障害者は、現在の自分を余裕をもって見ることができる。それゆえ手記には、厳し い障害にも拘らず、暗さはない。そこには楽天的な明るさとユーモアさえも見られる。  かくして、手記は、障害をもっている者が自分をありのままに肯定し、普通の人と見て生き られることを語っている。それは、自分が、ここにあることのかけがえのなさの自覚である。 この自覚はさらに深い人間的関わり、すなわち愛している者がいることによって生成する。母 と子の二人暮らしの山田においては、それは息子への愛であり、息子からの愛である。山田に よれば、幼い息子の「いいよ、病気はしかたないよ。生きていてくれるだけでいいよ」という 愛のことばが山田をして生かしめている。病名を知り、症状を科学し、自分の状況を客観的に 俯瞰することを可能にしている力は、愛である。この手記は、他者への無償の愛が療養する力 の原点であることを明らかにしている。 演 題 ① 3

(5)

-自閉症者の人間学的研究 ─ 操作的診断に焦点をあてて ─

倉敷市立短期大学 保育学科/専攻科保育臨床専攻 准教授 

眞次浩司

 本研究の目的は、自閉症者における診断の意味を問う。本研究に着手する動機は、今年(2013 年)5月に米国精神医学会の『精神疾患の診断・統計マニュアル(以下、DSMと称す)』の改定に よって生じたものである。この改定により、DSMは第5版となる(以下、DSM−5と称す)。今 回の改定により、前版のDSMの新訂第4版(以下、DSM−Ⅳ−TRと称す)において、自閉症と 診断されていた一部の者たちが、その診断から外されることとなった。つまり、「あなたは、以前の DSM−Ⅳ−TRでは、自閉症だったが、DSM−5に改定された今、もはや自閉症ではない」とい うやり取りが診察室で行われることになる。医師の現前にいる自閉症者の何が変わったのか。いった い診断とは何なのか、との問いがおのずと生じる。  現在、我が国において、自閉症の診断は、米国精神医学会のDSM−5や世界保健機構の『疾病及 び関連保健問題の国際統計分類(以下、ICDと称す)』の第10版などの操作的診断基準によって 行われている。操作的診断基準とは、任意の精神障がいの診断を行う際に用いられる、患者の行動に ついての基準である。その基準が、一定水準で満たされることによって、障がいの有無を診断する。 したがって、診断は、症候をもたらす病因のレベルを離れ、観察可能な行動に基づいて行われること になる。観察可能な行動に基づいて行われるということは、操作的診断は、心的世界に関する概念を 観察可能な行動の記述へと還元した行動主義と同じ考え方であるといえる。  DSMやICDの操作的診断によって、自閉症の症状、種々の障がいの状態を見分けることは可能 である。確かに、これらの操作的診断は、医学を始め、心理学、教育学、社会学、法学等で承認を得 られている。しかし、本来、診断とは適切な治療のために行われるものである。適切な治療は、病め る人間、いわゆる自閉症者を了解せずして成就することはない。自閉症者を了解するとは、彼らに目 を注ぎ、耳を傾けて彼らの全てを見出すことである。このことは、単に人間を有機体として存在する ものとして観察することとは、根本的に違った方法である。  本研究は、DSMやICDの操作的診断基準に準拠する診断を否定するものではない。ただ、使い 方によっては、人間不在という陥穽に嵌る可能性がある。このような陥穽に嵌らないためにも、人間 学的診断が必要となる。我々は、操作的診断と人間学的診断を相対的なものとして捉えてはならな い。我々は、操作的診断と人間学診断を融合させ、自閉症者の位相を捉えなければならない。このよ うな診断が実現したとき、自閉症者の生の地平が開かれるのである。 演 題 ②

(6)

『ケアの倫理』からみた看護教育の視座

 ─ ネル・ノディングスのケア教育論から

旭川大学 保健福祉学部保健看護学科 教授 

泉澤真紀

 看護する人をどのように育てるかは、看護する人の職業観をどのように育てるかである。職 業観とは、看護する人の倫理や道徳といった内なる自分の心の構え方である。昨今、ケアリン グが、看護の倫理であり道徳であるといった議論は尽きない。ケアリングは、看護の本質であ り中心的焦点であることは、多くの理論家が述べるとおりである。  クーパーは、看護の知には経験知、審美知、個人知、倫理知の4つの基礎的パターンがある と述べている。これまで看護の知は、科学の知に裏付けされた経験知によって発展、手順化さ れ方法化されてきたしてきたのは言うまでもない。しかし看護の知の発展が人間関係という主 観的文脈から離れてしまったことに対し、人間関係に依拠する看護学発展に一石を投じてい る。看護教育はまさにその限界のはざまに立たされ、今なすすべを見失っている。  筆者はその限界に挑むため、ネル・ノディングスのケア教育論に示唆を得ようと考える。ノ ディングスは、「ケアリング」を ケアする者の意識状態は、専心及び動機付けの転移 と特徴 づけ、学校教育での統制的イデオロギーなカリキュラムに反論し、ケアの心を育てる教育の重 要性を示唆している。いうならば、ケアするものとケアされるものの主観的世界の中で成就す る、良い行いや正しい行いに対する教育論である。看護の科学の知に対するこれら審美知、個 人知、倫理知を、看護の中にどのように位置づけ教え育むかが、今後の看護教育の課題である と考える。  何が正しく良いことであるかは、客観的法則性ではなく倫理の問題である。しかも職業観と 個人の中の看護観の問題である。看護教育でこのような職業観を看護観にどう成就させるの か。筆者は経験知以外の3つの知を、ケアリングの立場で考察しながら、今回は特に、審美知 に対する筆者の看護教育論を、ノディングスの教育論にあるケアリングとケアの倫理に着目し まとめたいと考える。なお、審美知とは身体的心理的な振る舞いと構え、社会的なまとまりと しての姿勢や態度と位置付ける。 演 題 ③ 5

(7)
(8)

-シンポジウム 「先端生殖補助医療と倫理」

「当院における着床前遺伝子診断(PGD)の現状と今後の展望について」

医療法人仁知会 竹内レディースクリニック 院長

 竹内一浩

「施行中の扶助生殖医療(非配偶者間体外受精や代理出産)についての私の考え方」

医療法人登誠会 諏訪マタニティークリニック 院長

 根津八紘

本年度の大会テーマは「先端医療と倫理」ですが、日本医師会が昨年9月より「生殖補助医療法 制化検討委員会」を設置し審議結果を出しました。その現状をふまえ、シンポジウムではテーマ を「先端生殖補助医療と倫理」とし、提題者として先端生殖補助医療分野で社会に問題を提起さ れている現役医師をお二方お招きすることにしました。

 お一人は、PGD(Preimplantation Genetic Diagnosis 着床前診断)に関して日本産科婦人科 学 会へ国内最初の認可申請を鹿児島大学が行った際、その中心人物のお一人でいらっしゃった竹内 一浩先生です。PGDの現状と倫理問題について提題いただく予定です。  もうお一人は、患者に寄り添う医師としての使命感に基づいて代理出産や非配偶者間体外受精 などの先端生殖補助医療を手掛けておられる根津八紘先生です。  また、シンポジウムに先立って、両院長と研究交流のある児玉正幸本学会員より、シンポジウ ム連動の特別発表があります。  ここ鹿児島の地で、「先端生殖補助医療と倫理」について活発な議論が巻き起こることを祈念 しております。 7

(9)

-本邦初の新型着床前診断臨床適用に関する倫理的考察

鹿屋体育大学 教授 

児玉正幸

 平成24年7月11日付読売新聞紙上に、大谷徹郎医師が流産予防目的で、日産婦学会未承認の染色体 数的異常の検査に新型PGDを無申請で適用したと公表した。それに伴い、日産婦学会は7月27日に 【「着床前診断」報道に関する日本産科婦人科学会の声明】を出して、「その行為を決して容認しな い」と旗幟を鮮明にした。そこで本発表では、大谷医師の画期的な治療成果が惹起する新事態①と新 型PGDの適用に際して今後解決されるべき生命倫理のボトルネック②を指摘するとともに、そのボト ルネックについて倫理的考察③を加える。  新事態①:大谷医師が染色体数的異常患者に対する新型PGDの適用による顕著な治療成果を公表 した結果、「染色体構造異常保因者(染色体転座保因者を含む)」だけでなく、日産婦学会未承認の 染色体数的異常患者(染色体異常患者全般)がこぞって、大谷レディスクリニックで新型PGDの受診 を希望する事態が十分に予測される。  ボトルネック②:日産婦学会が新型PGD(CGH法によるPGS)の臨床適用に慎重な姿勢を崩さな い理由の根拠は、米国産科婦人科学会(ACOG)委員会の2009年3月公表の見解(No.430)を含む 最近のメタアナリシスと欧州ヒト生殖学会議(ESHRE)の2010年声明であるが、それらを自らの主 張の科学的エビデンスとするにはデータが古い。前二者とも旧型PGD(FISH法によるPGS)に基づ く治療実績データであるからである。2009年以降に旧型PGDに代替する方法として広まった新型 PGDによる治療実績データを立論の根拠とすべきであろう。今後、新型の着床前遺伝子スクリーニン グの有効性を示すランダム化比較試験(RCT)が出てくるものと思われる。そうなると、新型PGD の適用を規制する日産婦学会上層部の判断の背後には、先進生殖医療技術の科学的エビデンスの問題 よりも、別の大きな問題点、即ち「新型PGDは命の選別や障がい者の存在否定につながるという懸 念」が伏在すると考えざるを得ない。  倫理的考察③:上記ボトルネック「新型PGDは命の選別や障がい者の存在否定につながるという懸 念」について倫理的考察を加えると、明らかに日産婦学会の方針は論理的整合性を欠く。  大谷医師が画期的な治療成果をあげた新型PGDも、ある意味で「命の選別」であり、したがって、 「障がい者の存在否定」に全くつながらないわけではないが、それら(「命の選別」や「障がい者の 存在否定」)はすでに日産婦学会や専門家集団も認めるかたち1で先行実施されている現状を踏まえ れば、新型PGDだけを取り立てて「命の選別」「障がい者の存在否定」だと言って禁止するのは著し く論理的首尾一貫性を欠く。 1 先天的疾患の回避を目的に命に質的差異をつける疾患遺伝子診断の承認(H10)/「染色体転座(相互転座 及びロバートソン転座)に起因する習慣流産(反復流産を含む)」に対する旧型PGDの承認(H18)/「均衡 型染色体構造異常(逆位inversion、欠失deletion、重複duplication等)に対する旧型PGDの承認(H22)/着 床しやすい胚を形態で視覚判断して良好胚と不良胚を取捨選択して子宮に戻すIVF-ETの日常臨床化/日常臨床 シ ン ポ ジ ウ ム 連 動 特 別 発 表

(10)

着床前遺伝子診断PGDの現状と今後の展望について

医療法人仁知会 竹内レディースクリニック 院長

 竹内一浩

 当院では以前からPGD (Preimplantation Genetic Diagnosis) に関する基礎実験を続けており、 2009年より習慣流産の原因となる均衡型相互転座について臨床応用を行っている。本講演ではPGD の歴史や基礎実験、さらに当院での臨床応用などについて紹介する。

 診断に十分な数の受精卵を得たのちDay3胚よりExtrusion法(K.Takeuchi, et al. Fertil Steril 57:425-430,1992)にて1個の割球をbiopsyしFISH法を用いて診断した。均衡型の胚が得られた症例 はDay5に胚移植を行った。  9症例のうち1例は均衡型が得られず高齢であった為、初回で治療を断念した。8症例12周期で胚移 植を行い5症例で妊娠が成立した(妊娠率:症例あたり;62.5%, 移植あたり;41.6%,着床率; 29.4%(5/17) ) 。そのうち1例で流産が確認された(流産率:12.5%(1/8))が流産物の核型は均衡型 であった。患者の平均年齢は35.8歳(29-42歳)であったが、できるだけ年齢の若いうちに治療を開 始することが重要であると考えている。  現在、Biopsy法についてはExtrusion法を改良したmodified(m)-Extrusion法を中心に行っている。 Aspiration法、Extrusion法、m-Extrusion法において胚盤胞形成率ならびにシグナル検出率を比較検 討した。シグナル検出率はいずれの方法でも有意差は認められなかったが、胚盤胞形成率が高いこと や施行時間が短くて済むことより分割期胚のbiopsyとしてm-Extrusion法は有用であると考える。  均衡型相互転座症例に限ればsingle cell を用いたFISH法で十分であると考えられるが、今後は PGS(Preimplantation Genetic Screening)が必要になってくると思われる。

 PGSの方が患者の受けるメリットがはるかに大きいと考えられるからである。その為には CGH(Comparative Genomic Hybridization)法が必須である。これには複数細胞が得られる blastocyst biopsyが必要である。基礎実験としてカット法(眼科用バイオカットブレード)を行っ た。生存率は85%(17/20)で, blastocyst biopsy後の再凍結後の復活率は100%であった。今後、PGS の臨床応用について準備をすすめているところである。現在、日本産科婦人科学会はPGSを認めてい ないが海外では数多く施行されている。海外におけるPGDおよびPGSの現況についても言及する予定 である。 シ ン ポ ジ ウ ム   「 先 端 生 殖 補 助 医 療 と 倫 理 」 9

(11)

-施行中の扶助生殖医療

(非配偶者間体外受精や代理出産)

についての私の考え方

医療法人登誠会 諏訪マタニティークリニック 院長

 根津八紘

 私は、母校である松本深志高校における「自由と自治」の精神の下、「自由という不自由を悟れ」 という校長訓辞を受けつつ、己を律して生きることの大切さを身に沁みて感じながら生きて来た。 「己を律するその規範」とは、それまでの人生の中でわれて来た 倫理観 や 正義感 、即ち、 人と しての道 であると私は信じている。その人としての基本理念の下で、私は医師となり現在に至って いる。その中でかち得た医師としての基本理念とは、以下の如くである。  「医師」とは 自らは博愛心、正義感、生命力(体力、精神力)を兼ね備え、時としては己をも顧 みずして傷病に立ち向かう医療の専門家 であり、医師は与えられた職務に対する、この基本を忘れ てはならない。  「医師の裁量」とは、 医師が最善の技量の下に、目の前の患者さんのためにより良い医療を、責 任を持って全うする権利と義務 であり、医師は与えられたその重責を忘れてはならない。  一方、人としての倫理観には、①人を殺傷してはならない②人の物を盗んではならない③人を売買 してはならない④人を してはならない、の4項目を有する絶対的倫理観と、価値観にも通ずる時代 や状況の中で変化して行く相対的倫理観の大きく分けて二つの倫理観があるものと私は考えている。 法は総じて前者の絶対的倫理観を侵した場合を考え、人間の集団である社会の秩序を守るために存在 しているものと考える。  又、自由主義社会の中で、元来各人の持つ特性と共に、優劣、貧富、強弱等の格差を生み、多数の 健常者の中で障害者が放置されるという、これ等の格差が放置されれば歪みは増強、社会の崩壊へと 進むことは歴史が証明している。そのような格差を補い助け合いながら社会を構成・維持するため に、相互扶助精神(これにより社会保障制度は作られている)は、人間の考えた倫理や法を越えたレ ベルで、存在しているものと私は考えている。即ち、社会を構成する根本的理念は、相互扶助精神に 外ならないものと考える。  このような考え方に則り、一人の人間として、一人の医師として私は生きて来た。たまたまその私 が、生殖医療、中でも不妊治療に関わる中で、精子や卵子(配偶子)の無い方や、子宮の無い方に遭 遇、相互扶助精神の下において、非配偶者間体外受精や代理出産(これ等を扶助生殖医療と呼ぶこと にする)を行って来ている。様々なバッシングを受ける中で、このような配偶子や子宮が無く普通の 状態では妊娠不可能な患者を、不妊症の分野のみにおいて考えていたことの間違いに、私は気付くこ ととなった。本来、配偶子や子宮の無い方は生殖分野の障害者としても対応されるべきであった。他 の分野の障害者達は相互扶助精神の下、恩恵を受けられるようになって来ているのに対し、生殖分野 の障害者は、現在に至るまで充分その恩恵を受けられずに来てしまった。  以上からして生殖分野の障害者は、当然扶助生殖医療を受ける権利を持っているものとの考えに則 って、今も変わること無く仕事をしているのが今の私である。

参照

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