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はじめての

(5)

はじめての沖縄   目次 序

7

27

55

79

97

(6)

121

声、ひ

147

縄、ふ

165

205 終 章

231 謝 辞 252

(7)
(8)

序 章

(9)

私 は 社会学者 で、おもに 沖縄 を 研究 している︒ 特 に 戦後 の 沖縄 の 社会構造 とアイデンティテ ィの 変化 について 調査 している︒しかし、もとから 研究者 として 沖縄 に 関 わっていたわけでは な い︒ 私 は 若 い こ ろ、 た だ の ﹁ 沖 縄 病 ﹂ だ っ た︒ 内 地 ︵ 沖 縄 以 外 の 都 道 府 県 ︒ 本 土 、 大 和 、 あ る い は 文 脈 に よ っ て は ﹁ 日 本 ﹂ と 呼 ぶ ︶ か ら 沖 縄 を 訪 れ た 観 光 客 が、 そ の 魅 力 に は ま り、 熱 病 に 浮 かされたように 沖縄 に 恋 い 焦 がれてしまう 状態 を 指 して、 沖縄病 という︒ 一九六 〇 年代 からあ る 言 葉 ら し い︒ 私 も、 二 十 四 、五 歳 の こ ろ、 は じ め て 沖 縄 を 訪 れ、 そ う な っ た︒ 大 阪 に 帰 っ て きても 毎日沖縄 のことを 思 い、 沖縄 の 本 を 読 み、 沖縄 の 音楽 を 聴 き、 当時 はまだ 本土 では 珍 し かった 泡盛 を 探 して、たまに 見 つけると 必 ず 買 って、 家 で 飲 んでいた︒   そうとう 気持 ち 悪 い 奴 だったと 思 う︒ただ、それはそうなる ﹁ 理由 ﹂ があった︒そして、そ の 理由 について 考 え、 調 べているうちに、いつのまにかそれが 専門 となり、 一生 の 仕事 にまで なった︒それについて 考 えることは、 自分 を 沖縄 から ﹁ 引 き 剥 は がす ﹂ ことだった︒ 長 い 時間 を か け て 努 力 し て、 よ う や く 沖 縄 か ら ︵ あ る 程 度 は ︶ 距 離 を 取 れ る よ う に な っ た の だ が、 気 が つ くとそれが 自分 の 本職 になっていた︒ 観光客 として 沖縄 に 出会 ってから 二十五年以上 、 社会学者 として 研究 テーマにしてから 二十

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9 序章 沖縄について考えることについて考える 年 ほどが 経 つ︒そのあいだに、たいしたものではないが、 沖縄 についての、あるいは 社会調査 と 社会学 についての 本 や 論文 をいくつか 書 いてきた︒あるいはもっと、 人生 そのものについて の 本 も 書 いた︒これからもそういうことがらについての 本 や 文章 を 書 いていくつもりだが、そ ろそろ 沖縄 について、あるいは 沖縄 について 考 えることについて、もう 少 し 自由 に 書 きたいと 思 うようになった︒そして、この ﹁ よりみちパン ! セ ﹂ のシリーズで 書 かないかというオファ ーをいただいた︒ 私自身若 いころとても 好 きだったこのシリーズの 一冊 として、あらためて 沖 縄 について 考 えて 書 くこと、あるいは 沖縄 について 考 えることについて 考 えて 書 くことは、ふ さわしいテーマだと 思 った︒ だ か ら こ の 本 は、 ﹃ は じ め て の 沖 縄 ﹄ と い う タ イ ト ル が 付 け ら れ て い る︒ 私 自 身 が は じ め て 沖縄 と 出会 って、 沖縄病 になって、 自分勝手 な 沖縄 イメージを 沖縄 に 対 して 当 てはめてしまっ ていたときのことが、 本書 の 思考 の 出発点 となっているのである︒このタイトルから 連想 され るのはおそらく、はじめて 沖縄 に 行 くひとに 知 っておいてほしいような、 沖縄 についての 基本 的 な 事実 やデータ、 歴史 や 文化 を 並 べた 解説本 だろう︒しかし、この 本 を 読 んでも、 沖縄 につ いてたくさんの 事実 を 勉強 できるわけでもないし、それに 詳 しくなるわけでもない︒これは 沖 縄 についての 解説本 ではない︒ 中立 に、 客観的 に 書 かれている 本 ではないのだ︒そういう、 時 事問題 や 歴史的事件 などについての 解説 は、ほかに 良 い 本 がたくさんある︒もし、 本書 を 読 ん

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10 で わ か ら な い 言 葉 が 出 て き た ら ︵ 特 に 説 明 せ ず に 固 有 名 詞 や 歴 史 的 用 語 な ど を 使 っ て い る ︶ 、 ど う かそういう 本 にあたって、ご 自身 で 調 べてみてほしい︒ ここではただ、はじめて 沖縄 に 出会 ったときにさかのぼって、 沖縄 について、 個人的 な 体験 から 個人的 に 考 えたことを 書 いてみたいのである︒ 内容 もバラバラで、 断片的 な、 欠 か け ら 片 のような 文章 が 並 んでいるだけの 本 だが、それでも 私 な りに、 沖縄 についてずっと 書 きたかったことを 書 いた︒ 沖 縄 は、 時 事 問 題 や 歴 史 の 解 説 で な く て も、 ﹁ そ れ に つ い て 考 え た こ と ﹂ を 書 く だ け で も 一 冊 の 本 に な る よ う な、 そ う い う 場 所 だ︒ そ れ は ま っ た く、 ほ ん と う に、 日 本 の な か の 独 特 の、 特別 な 場所 なのだ︒ たとえば、 沖縄 について 何 か 文章 を 書 くときに、その 文章 の ﹁ 人称 ﹂ をどうするか、そこに 誰 が 含 ま れ る か、 と い う、 ﹁ 書 く ﹂ こ と に あ た っ て の も っ と も 基 礎 的 な 部 分 で さ え、 考 え ら れ るべきことがたくさんある︒ 私 は 普段 、﹁ 私 ﹂ という 一人称 を 使 って 文章 を 書 いている︒しかしこの 本 では、 ﹁ 私 たち ﹂ と いう 言葉 がしばしば 使 われることになると 思 う︒

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11 序章 沖縄について考えることについて考える 私 、というのは、いまこの 文 を 書 いているこの 私 だ︒あなた、というのは、いまこの 文 を 読 んでいるあなただ︒とてもわかりやすいし、はっきりしている︒しかし、 私 たちという 言葉 に は、 私以外 のたくさんの 人々 が 含 まれてしまっている︒ 誰 がこの 言葉 に 含 まれているのか︒ま ずこのことからはっきりさせておかないと、この 本 は 書 くことができない︒ 沖縄 には、 ﹁ ナイチャー ﹂ という 言葉 がある︒ ﹁ ヤマトンチュ ﹂ という 同 じ 意味 の 言葉 もある が、あまりふだん 耳 にしたことがない︒ 日常会話 ではナイチャーという 言葉 のほうがよく 使 わ れるような 気 がする︒どちらも 同 じ 意味 で、 ﹁ 内地 のひと ﹂﹁ 大和 のひと ﹂ という 意味 だ︒ 要 す るに、 ﹁ 沖縄以外 の 都道府県 のひと ﹂ である︒ こういう 言 い 方 は、 北海道 には 少 しあると 聞 いたが、これほど 強 い 言葉 として 日常会話 のな かに 残 っているのは、やはり 沖縄 だ︒ 他 の 都道府県 には、まず 存在 しない︒たとえば、 静岡県 の 人 びとが、 日本 という 国 を ﹁ 静岡県 とそれ 以外 ﹂ のふたつに 分 けて、それぞれを 別 の 言葉 で 表 現 す る と い う こ と は、 か な り 考 え に く い︒ ど う し て か と い う と、 静 岡 県 は 日 本 の な か で 孤 立 し た 存 在 で は な い か ら だ︒ そ れ は 独 自 の 存 在 で は あ る が、 ﹁ そ れ と、 そ れ 以 外 ぜ ん ぶ ﹂ を 二 つに 分 けてしまうほど、 他 のものと 対立 しているわけではない︒だから、 静岡県 でもどこでも、 日本 を ﹁ 静岡県 とそれ 以外全部 ﹂ に 分 けて 表現 する 言葉 は 存在 しない︒ しかしこの 言葉 が、 沖縄 にはある︒ナイチャー、あるいはヤマトンチュという 言葉 があるの

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12 だ︒ 広 く 行 き 渡 って 定着 した 言葉 には、かならず 理由 や 必然性 がある︒ 沖縄 には、ナイチャー という 言葉 がつくられ、 拡散 し、 日常的 な 語 ご 彙 い になる、 歴史的 な 根拠 があるのだ︒ 私 が こ の 本 の な か で ﹁ 私 た ち ﹂ と い う 言 葉 を 使 う と き は、 ﹁ ナ イ チ ャ ー ﹂ と い う 意 味 を 込 め て い る︒ 私 た ち ナ イ チ ャ ー は、 私 た ち ナ イ チ ャ ー に と っ て、 私 た ち ナ イ チ ャ ー の︒ 私 た ち は、 ナイチャーだ︒ 本書 の 読者 として、ナイチャーだけを 想定 しているわけではない︒むしろ、 沖 縄 の 人 びとにこそ 読 んでほしい︒でも、ここで 筆者 である 私 が ﹁ 私 たち ﹂ というときには、そ れはほとんどがナイチャーだけを 含 んで 使 っている︒ もちろん、 日本社会 で 暮 らすすべての 市民 が、ウチナンチュとナイチャーに 区分 されるわけ ではない︒ 父親 がウチナンチュで 母親 がナイチャー、という 場合 もあるだろうし、 東京 に 住 ん でもう 四十年 になるウチナンチュ、あるいは 東京 や 大阪 で 生 まれ 育 って、 沖縄 のことをほとん ど 知 らないウチナンチュ 二世 や 三世 、あるいは 沖縄 に 移住 して 何十年 もそこで 暮 らし、 沖縄社 会 の 立派 な 一員 になっているナイチャー、あるいはそもそも 外国生 まれの 人 びとや、 外国 にル ーツの 一部 がある 人 びともたくさんいる︒ 沖縄 にも 内地 にも、いろいろな 人 がいて、この 二 つ のカテゴリーの、どちらか 一方 に 必 ず 入 る、というわけではない︒ そういう 私 も、もう 二十五年以上 も 沖縄 に 通 い 続 け、ここ 十年 ほどは、 一年 のうち 延 べにし て 一 か 月以上 は 沖縄 に 滞在 している︒そうすると、 沖縄 という 場所 は、いまでは 自宅 のある 大

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13 序章 沖縄について考えることについて考える 阪 と 地続 きの 場所 のように 思 えてきている︒それはすでに 自分 の 人生 の、 大 きな 一部 になって いるのだ︒だから、 私 は 内地 で 生 まれて、 沖縄 ではよそ 者 なのだが、 沖縄 は 私 にとって 完全 に ﹁ 他人 ごと ﹂ ではない︒それはすでに 確 かに、 私 の 人生 の 一部 になっているのである︒   しかし、それでもなお、ウチナンチュとナイチャーという 区別 は、 理由 があり、 根拠 があり、 必然性 がある︒なぜかというと、それは、 沖縄 の 人 びとが 内地 を 区別 しているのではなく、 沖 縄 と い う 地 域 が、 日 本 と い う 国 の 中 で、 区 別 さ れ て い る か ら で あ る︒ あ る い は、 ﹁ 差 別 ﹂ と 言 ってもよい︒ このナイチャーという 言葉 は、 沖縄 ではほんとうに 日常的 に、よく 使 われるのだが、 内地 の 人 びとのことをちょっと ﹁ 軽 く ﹂ 表現 する 使 い 方 が 多 い︒だから、この 言葉 を 使 わない 沖縄 の 人 もいる︒ 内地 の 人 びとを、すこし 揶 や 揄 ゆ するような、 皮肉 るような、そういうニュアンスで 使 われることもある︒だから、 特 に 内地 の 人 の 目 の 前 では、この 言葉 を 使 わないという 人 も 多 い︒ しかし、ほとんどの 場合 は、それほど 重 い 意味 もなく、ただなんとなく 自分 たちと 内地 の 人 びとを 区別 する 意味 で 使 われている︒ 喧 けん 嘩 か などのときに ﹁ このくされナイチャーめ ! ﹂ という 独特 の 激 しい 罵 ののし り 言葉 が 使 われることがあるが、 普段 は 沖縄 の 人 びとも、それほど 自分 たちと 内地 の 人 びとを 区別 しない︒そんなこといまどき、 誰 も 気 にしていない︒しかし、それでもな お、 こ の 言 葉 は 沖 縄 の 社 会 に 根 付 い て い て、 毎 日 の よ う に 使 わ れ て い る︒ や は り、 そ こ に は、

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14 沖縄 の 側 からの、 内地 に 対 する 区別 がある︒そしておそらくそれは、 内地 の 側 からの 沖縄 への 差別 の、 裏返 しであると 思 う︒ だ か ら、 私 は、 ひ と り の 内 地 の、 あ る い は 本 土 の 人 間 と し て、 こ の 本 の な か で は ﹁ 私 た ち ﹂ という 一人称 を 使 いたいと 思 う︒もちろん 文脈 によっては、それは 私 になったり 私 たちになっ たりするけれども、とにかくこの 本 のなかで 私 が 私 たちというとき、それは ﹁ 私 たち 本土 の 人 間 は ﹂ という 意味 で 使 っている︒そして、 沖縄 の 人 びとのことは、ウチナンチュやあるいはた だ 単 に ﹁ 沖縄 の 人 びと ﹂ という 言葉 で 表現 している︒ 何度 でも 繰 り 返 すが、 日本社会 に 生 きる 市民 が、きれいにこの 二 つに 分 かれるわけではない︒ しかしそれでもこの 区別 には、 意味 がある︒ な ぜ 意 味 が あ る の か と い う と、 そ れ は、 こ の 二 つ の 集 団 が、 実 ﹅ 際 ﹅ に ﹅ 区 別 さ れ て き た か ら だ︒ 確 かに、ひとりひとりの 沖縄 の 人 びとはみな 優 しく、フレンドリーで、 分 け 隔 てなく 接 してく れ る︒ さ ら に、 沖 縄 で も 内 地 で も、 多 く の 人 び と は そ の ル ー ツ や 人 生 に お い て 一 様 で は な く、 はっきりと 二 つに 分 かれるわけではない︒そうしたことをふまえた 上 でなお、 沖縄 の 人 びとと 内地 の 人 びとは、この 一 〇〇 年 というもの、 異 なる 経験 をしてきたのである︒そういう 意味 で、 この 区別 は、 ﹁ 実在 ﹂ しているのである︒ 歴史的 に 言 えば、 私 たち 内地 の、あるいは 本土 の、あるいはこういう 言 い 方 でよければ ﹁ 日

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