• 検索結果がありません。

職業構造の変化のなかでの社会階層の再生産 : 非正規雇用の拡大と機会の不平等

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "職業構造の変化のなかでの社会階層の再生産 : 非正規雇用の拡大と機会の不平等"

Copied!
19
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

63 成蹊大学文学部紀要 第 53 号(2018)

職業構造の変化のなかでの社会階層の再生産

─非正規雇用の拡大と機会の不平等─

内  藤     準

【要旨】 従来標準的に用いられてきた SSM 職業大分類(SSM8 分類)における階層の世代間移動をみると、 2015年には階層の再生産が弱まっていることが見て取れる。だがそこから即座に、職業階層の世 代間移動における「機会の平等化」が進んだということはできない。職業構造や人びとの価値観の 変化の中で、新たな階層性の軸が重要になっている可能性があるからだ。そこで本稿では、近年の 職業構造の変化である「非正規雇用の拡大」に着目し、非正規雇用が基本的に低階層に位置づけら れることを確認したうえで、非正規雇用に到達する機会に出身階層間の格差が生じている可能性を 検討する。SSM 調査データを用いて分析すると、1995 年から 2005 年にかけては出身階層を問わ ず非正規雇用への到達率が上昇したのに対し、2005 年から 2015 年にかけては出身階層によって顕 著な格差が生じていたことが分かった。とくに上層ホワイトカラーと農業層では 2005 年以降ほと んど非正規雇用到達率が上昇しなかった一方、下層ブルーカラーではさらに大幅に到達率が高まる という新たな機会の不平等が明らかになった。本稿の分析結果からは、職業構造や価値観が変化す るなかで、従来の職業分類でみた階層の再生産が弱まったとしても、階層の「上/下」や「有利/ 不利」がこれまでとは異なる軸に移行して新たな機会の不平等が生じたり、親子で異なる軸であっ ても「低階層からは低階層へ、高階層からは高階層へ」という「階層性の再生産」が維持されてい く可能性があることが示されている。 [キーワード] 機会の不平等、社会階層、再生産、非正規雇用、2015 年 SSM 調査 † 成蹊大学文学部現代社会学科 junknife@fh.seikei.ac.jp

(2)

1.はじめに:階層構造の変動と世代間移動の分析の問題

1.1 問題の所在 本稿の目的は、非正規雇用の拡大という近年の職業構造の変化の中で、社会階層の世代間移動に おける「機会の平等」について検討することである。社会階層研究において、職業階層の世代間移 動・再生産は、もっとも重要なテーマの一つであり続けている。古くは産業化命題と FJH 命題と が比較検証されるなかで、産業化の進展に伴って階層の開放性が高まり機会が平等化されていくと いう産業化命題の有効性には限界があることが明らかにされた(原・盛山 1999)。その後 2000 年 ごろになると、日本社会における社会階層の再閉鎖化や格差社会化が注目を集めるようになり(佐 藤 2000; 橘木ほか 2004)、その議論の妥当性をめぐって論争が繰り広げられることとなった。 その後も日本社会の不平等に関しては議論が続けられている。だが、1995 年 SSM 調査データを 用いて佐藤(2000)が注目したホワイトカラー雇用上層における階層の閉鎖化(再生産の強化) に関しては、2005 年データによる検討などから、少なくともその後も継続していくトレンドでは なかったと考えられる(石田・三輪 2008)。また、後述するように 2015 年 SSM 調査データを用い て移動表を作成すると、これまで高階層とされてきた「専門」階層をはじめ、オッズ比で表される 世代間再生産の傾向が弱まっていることが見て取れる。だがここから即座に、階層の再生産が弱ま り機会の平等化が進んだといえるのだろうか。 この問いが本稿の分析の出発点となる。というのも、近年の産業や職業構造の変化を考慮すれば、 これまで階層の指標とされてきた職業分類をそのまま適用し続ける分析では見逃されるような、新 たな機会の不平等が生じているかもしれないからだ。そこで本稿では、日本の職業構造における大 きな変化である「非正規雇用の拡大」に着目し、非正規雇用に到達する確率が出身階層によって不 平等に分配されている可能性を検討する。経済的自立を求める人びとにとっては、多くの非正規雇 用は避けるべき不本意な職業として階層的に低く位置づけられている。これまでの職業分類では機 会が平等化しているように見える一方で、拡大する職業的低階層としての非正規雇用をめぐっては 新たな機会の不平等が生じている可能性が考えられる。 1.2 本稿の構成 第 2 節では、階層の世代間移動および機会の平等に関するいくつかの先行研究と、SSM 職業大 分類(SSM8 分類)に基づく階層再生産の趨勢について概観する。1955 年から 2015 年までの SSM 調査データを用いて、男性では 2015 年になると SSM8 分類における階層再生産の傾向が弱まって いること、一般に高階層とされる「専門」においてそれが顕著であることなどを確認する。 だが職業構造や価値観の変動が生じている場合、それまで使用されてきた職業分類では、地位の 階層性やその再生産を捉えにくくなる可能性が指摘されている(内藤 2014)。その対応策としては、

(3)

65 成蹊大学文学部紀要 第 53 号(2018) 親世代と子世代で異なる指標を使用する方法も有効でありうる。そこでまず第 3 節では、今日の職 業構造の変動の中で拡大してきた「非正規雇用」が、収入や仕事の安定性、社会保険などについて 不利であり、人びとの認識においても正規雇用と比べて低く位置づけられるという階層性を確認す る。 そのうえで第 4 節では、非正規雇用への到達率が出身階層によって異なるか、またそれが非正規 雇用の拡大にともなってどのように変化したかを検討する。1995 年から 2015 年までの SSM 調査 データを用いた分析の結果、1995 年以降の男性非正規雇用の拡大に伴い、2005 年にはすべての出 身階層で非正規雇用への到達率が高まったが、2015 年にかけてはそれが出身階層によって大きく 異なるようになったこと、すなわち高い出身階層では 2005 年から変化しない一方で、低い出身階 層では非正規雇用への到達率がさらに上昇していくという、新たな機会の不平等が生じていること が明らかになる。第 5 節では本稿の知見をまとめ、残された課題を示す。

2. 先行研究と本稿の問い

2.1 社会階層研究における「機会の平等」 はじめに、本稿で考察する「機会の平等」の意味について確認しておく。内藤(2014)は機会 の平等概念の含意について、政治哲学や社会学の先行研究による共通見解を以下のようにまとめて いる。 機会が平等な社会では、さまざまな結果に到達するための機会が誰に対しても平等に存在する。 それゆえ、人びとの地位が、①親の地位によってではなく、②本人に責任がある個人的要因(努 力や選択など)によって決まる。(内藤 2014: 392 に加筆) ここではとくに社会階層の世代間移動に関する研究に焦点を当てているため「①親の地位」として いるが、この①の部分には人種や性別といったさまざまな要因が入りうる。他方、「②本人に責任 がある個人的要因」の部分にも、扱う主題や問題に応じてさまざまなものが入りうる。そしてこの 要因に関して、社会階層研究の方法論上4 4 4 4 押さえておくべき重要なポイントが 2 点指摘できる。第一 に、親子の地位からなる移動表を用いて社会階層の開放性や機会の平等を分析するためには、本人 の選択といった個人的要因が本人の地位を決定しているか否かを示せること、ないし、その個人的 要因によって決定されているか否かを理論的にリーズナブルに仮定しうること4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 が、不可欠の前提と なる。そして第二に、そうした理論的な仮定がリーズナブルなものとなるためには、分析に使用す る地位変数(職業分類など)が、上下や有利不利などの明確な階層性をもたなくてはならない。こ れらのポイントについては内藤(2014)が詳細な分析をしているので、ここでは簡潔に説明しよう。

(4)

いま述べた 2 つのポイントが重要なのは、もしそれらが満たされないと、親子の地位からなる移 動表を用いて機会の平等について検討できる根拠がなくなるからである。上述したように、①子の 地位が親の地位によっては規定されず、②本人に責任がある個人的要因によって規定される、とい うのが「機会が平等な社会」であった。これを、三つの変数間の関連の構造としてみると(図 1 参 照)、①親の地位 O は本人の地位 D を規定せず(αDO=0かつαPO=0)、②個人的要因 P は本人の地 位 D を実効的に規定する(αDP>0)、ということになる。このとき、①の条件は親子の地位が独立 4 4 4 4 4 4 4 4 であること4 4 4 4 4 を意味する。このことから、親子の地位の独立性である「完全移動」が、移動表分析に おける機会の平等の指標と考えられてきた(安田 1971)。だが実は、親と子の地位のクロス表であ る移動表のみの分析では、この②の要素が明示的に組み込まれていない。そのため、もし仮に「職 業 A 出身者は A に到達しやすく、職業 B 出身者は B に到達しやすい」といった強い関連が現れた としても、「それは平等な機会の下で本人たち自身が選好し、選択した結果なのではないか」とい う疑いを払拭できない(Swift 2004)。つまり、強い地位の再生産がみられたとしても、そこから「機 会が不平等な社会だ」と推論することが正当化できないのである。 PO DP

O

D

P

e

P

e

D DO 1 2 図 1. 世代間移動の分析の構図(内藤 2014:396 より) こうした疑問と批判に対処するために、「分析に使用する地位変数が明確な階層性をもたねばな らない」という先の第二のポイントが重要になる。分析に使用される地位変数の値に明確な階層性 (上/下、有利/不利)があり、その認識が社会的に共有されていると考えられるならば、基本的 には誰もがより上位の地位を選好するとリーズナブルに仮定できる。そしてその仮定をおけるなら ば、低階層出身者は低階層出身になりやすいといった関連があるときに、それを「本人たちの選好 に基づいて選択した結果だから問題はなく、機会の平等な社会は実現されている」と主張すること はできなくなる。そうした主張は「地位変数の階層性が社会的に共有されており、基本的に誰もが より上位の地位を選好する」という仮定と矛盾するし、もし事実として本人たちが低い地位を選好 したのだとしても、そうした選好の持ち方自体が何らかの機会の不平等の結果だと考えられるよう

(5)

67 成蹊大学文学部紀要 第 53 号(2018) になるからである(内藤 2014)。 そしてこのように「分析に使用する地位変数の階層性が明確である」という条件を考慮するとき、 職業構造の変動や価値の多様化は、階層の世代間移動・再生産の研究につねに課題をもたらすこと が分かる。職業の階層構造が変わったり、それまで使用してきた地位変数の階層性が曖昧になれば、 そのことによって階層の再生産が見えにくくなったり、機会の不平等が捉えづらくなる恐れがある からである。以上を踏まえたうえで、今日の日本社会における階層再生産の趨勢について確認しよ う。 2.2 SSM8 分類における階層再生産の趨勢 2000年代以降の格差社会に関する議論のなかで、社会階層研究では機会の不平等の拡大の有無 が問われた。なかでも佐藤俊樹(2000)は、1995 年 SSM 調査データを用いて高階層(ホワイトカ ラー雇用上層)の閉鎖性が急速に高まったことを示し、日本社会の不平等化・格差社会化に関する 議論の引き金の一つともなった。その後の論争を経たうえで、石田浩と三輪哲は 2005 年 SSM 調査 データを用いた分析により、日本社会の急速な不平等化、高階層雇用階層の閉鎖化は見いだせない とする一方、日本社会においてつねに父親階層の影響力は強く、階層は閉鎖的であり続けたと総括 している(石田 2008; 三輪・石田 2008)。この石田と三輪の SSM 職業分類を用いた議論は、日本 の社会階層研究における標準的な知見だと考えてよいだろう。 次に、現在最も新しい 2015 年 SSM 調査データも用いて、この長期的な趨勢について検討してみ よう。図 2 は 1955 年から 2015 年までの男性有職者(2015 年は 2014 年 12 月末時点で満 69 歳以 下の者)について、SSM 職業大分類(SSM8 分類)の移動表から計算した再生産のオッズ比を示し たものである(詳細は表 1 を参照)。ただしここでの「再生産」は、親と子が同じ職業分類に属す ることを指す。ここから分かることをいくつか指摘しておきたい。 20.217 10.844 9.882 6.546 7.976 7.236 4.428 0.000 5.000 10.000 15.000 20.000 1955 1965 1975 1985 1995 2005 2015 SSM 者 図 2. 出身階層別の再生産オッズ比

(6)

まず農業については、他の多くの職業に比べてつねにオッズ比が高いが、大きく上下動を繰り返 しており長期的な変化の趨勢は定まっていない。農業は 1955 年以降一貫した縮小階層であり、土 地等が必要で自営の割合も高く、親が農業以外の場合の新規参入が難しい1。そのことが強い再生 産傾向を生み出していると考えられる。 その他の階層については、① 1955 年と比べると長期的に見てオッズ比は低下している。②高階 層の「専門」と「管理」、そして「熟練」を除けば、高度経済成長が終わる 1975 年ごろにいった んオッズ比の低下がピークを迎え、その後は上下動を繰り返している。③もともと再生産の傾向が 強くオッズ比が高かった「専門」と「管理」は、その後も少しずつオッズ比を下げ続けている。こ れらが基本的な趨勢としてまとめられるだろう。 そのうえで 2015 年の新たなデータをみてみると、このオッズ比の低下傾向がとくに顕著に現れ ていることが指摘できる。「非熟練」と「農業」を除くすべての階層において 1955 年以降もっと もオッズ比が低くなっている。特筆すべきは従来高階層とされてきた「専門」であり、依然として 他より高いとはいえ、2005 年の 7.236 から 2015 年は 4.428 とかなり大幅にオッズ比が低下している。 このことから、2005 年から 2015 年にかけては階層の再生産の程度がかなり弱まったように見える。 表 1. SSM8 分類における階層再生産のオッズ比(SSM 調査、男性有職者) 1955 1965 1975 1985 1995 2005 2015 20.217 10.844 9.882 6.546 7.976 7.236 4.428 11.927 5.231 4.369 3.572 3.087 2.557 2.312 4.293 2.577 2.205 2.774 1.661 2.612 1.732 7.398 5.789 3.957 5.017 4.913 5.431 2.997 5.903 3.749 3.272 3.395 2.563 2.415 2.358 5.612 2.827 1.689 3.358 1.811 2.570 1.982 8.772 4.693 2.744 3.774 2.385 2.942 3.853 14.551 10.058 10.690 15.308 20.149 13.642 17.647 注:1985 年までの数値は三輪・石田(2008)が公開している移動表より計算した。 2.3 本稿の問い だが、この SSM8 分類における変化から、即座に出身階層間の「機会の平等が進んだ」と考えて もよいのだろうか。これが本稿の分析の出発点となる問いである。 この問いについて考える際、橋本健二(2013)による研究が参考になる。橋本は「社会階級」 の枠組みを用いて 1955 年から 2005 年までの SSM 調査データを分析し、SSM8 分類を用いた標準 的な分析とはやや異なる結論を導いている。橋本(2013: 56)によれば、35 歳∼ 54 歳の男性につ いて集計すると、「資本家階級」(経営・役員、従業員 5 人以上の自営業)における再生産のオッズ 比が、1985 年から 2005 年にかけて急速に高まっている。この間の他の階級(新中間階級、旧中間 階級、労働者階級)についても少しずつオッズ比が高まってきていることから2、橋本は高度経済 成長期までの期間に格差が縮小して以降、日本社会は格差の拡大に転じており、資本家階級は

(7)

69 成蹊大学文学部紀要 第 53 号(2018) 1985年以降、労働者階級と旧中間階級は 1995 年、新中間階級では 2005 年という順で階層の閉鎖 化が進んだとみている。 この橋本の研究には、2 つのポイントが示唆されている。第一に、とくに彼の分類における「資 本家階級」(経営・役員と従業員 5 人以上の自営)という高い職業階層において、再生産の強化が 見いだせるという点。その他についてはごく緩やかな変化にとどまっているが、たしかに「資本家 階級」においては 1985 年以降一貫して顕著にオッズ比が高まっている。第二に、同じデータを用 いても、職業の階層性のどの軸に着目するかによって、世代間移動・再生産の異なる様相が見出し うるという点である。 先に見たように、SSM8 分類を用いた移動表では、高階層である「専門」をはじめ 2015 年に顕 著にオッズ比が低下した。しかし、職業の世代間移動を扱うときには、職業階層の「意味」の変化 に注意しなければならない(内藤 2014)。そして、そうした意味の変化を考慮すると SSM8 分類に おける「専門」の階層的位置づけに変化が生じている可能性も考えられる。例えば、専門職とされ る仕事の一部(IT 関連のエンジニアなど)については、近年量的に拡大して就業しやすくなって いると考えられるが、このような変化により「専門」の高階層としての位置づけが以前より曖昧に なってきている可能性がある。そしてその一方で、階層の「上/下」や「有利/不利」を構成する 新たな軸や異なる職業分類が重要性を増し、そこにおいて新たな階層再生産や機会の不平等が生じ ている可能性もある。 そこで本稿では、近年の最も重要な職業構造の変化である「非正規雇用の拡大」をうけて、従業 上の地位である「非正規雇用/非正規以外」を到達階層の指標とする分析を試みる。次節ではその 準備として、今日の日本社会における非正規雇用の位置づけを検討し、非正規雇用が基本的には「低 階層」として位置づけられていることを確認する。そのうえで、出身階層による「非正規雇用への 到達しやすさ」の違いを検討する。先の橋本(2013)が主張したのは「縮小する非雇用高階層」 の閉鎖化であった。それに対して本稿では、「拡大する雇用低階層」への到達リスクに出身階層が 影響するか否か、そしてその変化を検討することになる。

3.非正規雇用の社会階層的位置づけ

新規学卒一括採用からの長期雇用と年功制に象徴される日本型雇用システムにおいて、非正規雇 用は長らく「主要な働き手」とみなされてこなかった3。男性稼ぎ主モデルの家族を想定した日本 型雇用システムでは、企業の基幹的メンバーは男性正社員とされ、非正規労働者はその妻や子(主 婦や学生)が担う周辺的な働き手とされた。1980 年代に入ると、第三次産業が伸長を続ける中で、 サービス業などを中心に非正規雇用の割合は増加し続けた。さらに 1986 年施行の労働者派遣法に より特定業種での労働者派遣業が認められ、その後漸次的に対象業種が拡大された4。しかし、有

(8)

配偶女性と学生が担うと想定される非正規雇用の周辺的労働力としての位置づけは長い間変わるこ とはなかった。 この状況は 1995 年頃から部分的に変わり始める。この年、日経連が報告書『新時代の「日本的 経営」』において、新たな雇用ポートフォリオの考え方を提示した。その中で、従来の日本型雇用 システムにおける正社員としての「長期蓄積能力活用型」(無期雇用、定期昇給、月給制)のほかに、 専門的技能をもって契約を結ぶ「高度専門能力活用型」(有期雇用、昇給なし、年俸制)、さらに「雇 用柔軟型」(有期雇用、昇給なし、時給制)という三つのグループに分けた雇用管理の仕方が示さ れた。これについて、当時の日経連としては使用者と労働者双方の合意を前提と考えていたとの証 言もあるが(成瀬 2014)、結局のところ、この提言を受けた企業は、人件費削減のために正社員の 採用を絞り込み、賃金や福利厚生における正社員との格差は維持した「安い労働力」として非正規 雇用の活用を急速に進めることになる。そしてこの頃から、従来は正社員を担うとされた男性現役 世代でも、非正規雇用の比率が伸び始めることとなった。 図 3 は 1988 年以降 2016 年までの役員を除く雇用者における非正規雇用の比率を示している。 1980年代に増加した非正規雇用の比率は 1990 年ごろからしばらく横ばいとなった後、1995 年ご ろから再度増加に転ずる。だがこの 1995 年以降の時期でとくに重要な変化は、つねに高い比率で 非正規雇用に就いていた女性のみならず、それまでほとんど非正規雇用に就いていなかった男性現 役世代でも、非正規雇用の増加が始まったことである。それまで非正規雇用は、家庭でのケア労働 と両立させやすいパートタイムを中心に、家計補助的な労働として女性が就くケースが主だとされ ていた。しかしこの時期を境に、女性のみならずその多くが安定した雇用と家計支持的な収入を求 める男性でも、非正規雇用に就かざるを得ない状況になってきたことが分かる。図 3 によれば 25 ∼ 34 歳男性の非正規雇用の比率は、いわゆる就職氷河期の間に 13% を超えるようになり、2016 年現在で 16.0% となっている。 20.2 20.9 26.0 32.3 33.7 37.7 3.2 2.9 5.7 13.2 13.3 16.5 28.2 26.8 32.0 38.3 41.6 41.3 0.5 5.0 10.0 15.0 20.0 25.0 30.0 35.0 40.0 45.0 25 34 25 34 19881989199019911992199319941995199619971998199920002001200220032004200520062007200820092010201120122013201420152016 注:総務省「労働力調査」より作成。図中の数字は 1990 年から 5 年ごとの比率。 図 3. 役員を除く雇用者における非正規雇用の比率(%)

(9)

71 成蹊大学文学部紀要 第 53 号(2018) では、非正規雇用は社会階層上どのように位置づけられるのか。今日の非正規雇用については、 低収入、低待遇、雇用の不安定、社会保険の手薄さなど、いくつもの問題点が指摘されている。ま ず賃金および手当等に関して、日本では「同一労働同一賃金」と表現されるような職務による均等 待遇を実現する制度となっておらず(金井 2012)、仕事がまったく同じであっても異動・昇進・昇 格等での扱いが異なれば低い賃金や福利厚生が認められる制度になっている(阿部 2014)。厚生労 働省「平成 28 年パートタイム労働者総合実態調査」によれば、正社員とパート職員を雇用してい る事業所のうち「正社員と同じ職務のパート」がいる事業所は 15.7% あるが、そのうち正社員と 同等以上の時間あたり基本給を支払っている事業所は 28.0% にすぎない。61.6% は同じ職務でも パート労働者には低い賃金を設定している(厚生労働省 2017: 19)5 次に社会保険に関しては、正規職員は加入義務の要件が当然満たされ、事業主と折半の保険料負 担(労災保険は全額事業主負担)でセーフティネットの恩恵を受けられる。それに対して非正規雇 用の場合には、一定の所定労働時間や労働日数、連続した雇用期間等の要件を満たさなければ、雇 用保険、健康保険、厚生年金保険への加入が義務とならない。そのため、失業や貧困のリスクが高 い非正規雇用の方が、むしろ社会保険に守られないといった歪んだ構造になっている。 従来こうした問題点は、「男性正社員+主婦」という男性稼ぎ主モデルを標準とする日本型雇用 システムにおいて、経済的自立の必要がない妻が非正規雇用の担い手と想定されてきたため、(シ ングルマザーのワーキングプアのように実際には問題は存在していたが)認識されてこなかった(長 瀬 2013)。家計支持者と想定される男性への非正規雇用の拡大、そしていわゆる派遣切りや 2008 年の年越し派遣村に象徴される非正規雇用の高いリスクの表面化により、今日ようやく問題として 広く認識されるようになったところである。 不安定雇用、低収入、社会保険の不適用といった非正規雇用の特徴は、企業及び労働者自身の認 識にも現れている。表 2 は企業が非正規雇用を活用する理由について、複数回答の上位 5 位までを 示したものである。パートタイム、契約社員、派遣労働者いずれについても、「賃金の節約のため」 「賃金以外の労務コストの節約のため」「景気変動に応じて雇用量を調節するため」といった理由が 挙がっている。このことから、多くの企業は非正規雇用を、安く柔軟に利用可能な労働力として意 味づけていることが分かる。

(10)

表 2. 企業が非正規雇用を利用する理由(複数回答、上位 5 位までを表示) 表 3 は労働者の側からの非正規雇用で働く理由である。パートタイム労働者の場合、「自分の都 合の良い時間に働ける」「家庭の事情と両立しやすい」など柔軟な働き方だとしている人が多い。 これはパートタイム労働の担い手の多くが、経済的自立の必要はなく家事や学校との両立を必要と する主婦パートや学生アルバイトであることに対応している。 その一方、契約社員や派遣労働者の場合には、「専門的な資格・技能を活かせるから」という理 由も多いものの、「正社員として働ける会社がなかった」という不本意型の理由が上位に来ること が分かる。また、パートタイム労働者でも 16.0% が「正社員として働ける会社がなかった」とい う不本意型の理由を挙げている。これらは、経済的な自立や家計の支持者となる必要がある人びと にとって、非正規雇用ができれば回避すべき就職先として低く位置づけられていること(しかしや むをえず選択されていること)を示している。 表 3. 労働者が非正規雇用で働く理由(複数回答、上位 5 位までを表示) まとめよう。今日の日本社会において多くの非正規雇用は、収入や福利厚生、雇用の安定性、適 用されるセーフティネットなどで不利な状態にあり、経済的自立を求める労働者の多くにとっては

(11)

73 成蹊大学文学部紀要 第 53 号(2018) 基本的に回避すべき職業として、低く位置づけられている。内藤(2014)が述べるように、移動 表による階層の世代間移動や機会の平等の分析が有効であるためには、①地位指標の階層性が明確 であり、②その階層性について社会的な共通認識があると仮定しうる必要がある。従業上の地位に おける「非正規雇用/非正規以外」の区別はこの条件を満たすと考えてよいだろう。とくに 1995 年以降、多くの企業は数量的・金銭的柔軟性を高めるため「非正規雇用の活用」へと舵を切り、現 役世代男性にも非正規雇用が拡大してきたが、これは多くの働き手にとって不利な低階層の拡大で あった。そこで次節では SSM 調査データを用いて、新たに拡大してきた低階層としての非正規雇 用への到達に出身階層が与える影響の有無、そしてその趨勢を検討する。

4.SSM 調査データによる分析:非正規雇用の拡大と機会の不平等

分析には 1995 年から 2015 年の SSM 調査データを統合したデータセットを用いる(各調査の概 要については付表を参照)。1985 年以降の SSM 調査では女性も調査対象に含まれているが、男性 稼ぎ主モデルに基づく日本型雇用システムにおいて正社員となるのが標準とされ、その多くが経済 的自立を求めると考えられる男性現役世代に分析対象を限定するため、使用するサンプルは 20 ∼ 50歳の男性有職者とする。 出身階層の指標には SSM8 分類を用いる。SSM8 分類の中での階層性は評価基準や世代によって 部分的に変わりうるが、例えば 2005 年の平均収入で評価すれば、およそ管理、専門、農業、事務、 販売、熟練、半熟練、非熟練の順になる。ただし、販売と熟練にはあまり差がない。また、農業は 自営の割合が他よりかなり高いため、「所得」については順位を下げる可能性がある。次に、2005 年の平均職業威信で評価すれば、専門、管理、事務、熟練、販売、半熟練、農業、非熟練の順にな る。ただし、事務と熟練、販売と半熟練と農業にはあまり差がない。 以後の分析では適宜、「上層ホワイトカラー(専門管理)/下層ホワイトカラー(事務販売)/ 上層ブルーカラー(熟練)/下層ブルーカラー(半熟練非熟練)/農業」の 5 分類や、「ホワイト カラー/ブルーカラー/農業」の 3 分類にカテゴリーを統合して用いる。上層ホワイトカラーは高 階層、下層ブルーカラーは低階層に明確に位置づけられ、全体としてホワイトカラーの方がブルー カラーより高階層に位置する。農業については、収入に関しては下層ホワイトカラー程度、職業威 信はブルーカラーの中間的な位置にあたる。 到達階層の指標には、本人現職の従業上の地位から「非正規雇用」と「非正規以外」を構成して 使用する。「非正規雇用」はパート・アルバイト、派遣社員、契約社員・嘱託、臨時雇用、内職か らなる。「非正規以外」は、常時雇用されている一般従業者、経営者・役員、自営業主・自由業者、 家族従業員からなる6。分析の対象を 20 ∼ 50 歳の男性有職者に限定したことにより、「非正規雇用」 は人びとにとって基本的に回避すべき「低階層」を意味すると仮定できる。

(12)

はじめに、父親の職業と本人現職のクロス表(表 4)から、出身階層ごとの非正規雇用到達率と その推移を確認しよう。図 4 は表 4 をもとに出身階層ごとの非正規雇用到達率を示したものである。 実線が父職ホワイトカラー、破線が父職ブルーカラー、点線が父職農業を示している。また、ホワ イトカラーやブルーカラーのうち、●印は上層を、▲印は下層を示している。 表 4. 父職と現職非正規雇用のクロス表(行比率) 1995 2005 2015 N N N 0.989 0.011 269 0.955 0.045 247 0.949 0.051 272 0.988 0.012 243 0.930 0.070 229 0.915 0.085 295 0.979 0.021 241 0.925 0.075 240 0.893 0.107 300 0.987 0.013 225 0.925 0.075 200 0.867 0.133 264 0.993 0.007 273 0.949 0.051 156 0.947 0.053 75 0.987 0.013 1251 0.937 0.063 1072 0.909 0.091 1206 SSM 50 1995 : 2 = 1.920, df = 4, p = 0.750, Cramér's V = 0.039; 2005 : 2 = 3.023, df = 4, p = 0.554, Cramér's V = 0.053; 2015 : 2 = 12.943, df = 4, p = 0.012; Cramér's V = 0.104. SSM 50 0.011 0.045 0.051 0.012 0.070 0.085 0.021 0.075 0.107 0.013 0.075 0.133 0.007 0.051 0.053 0.000 0.020 0.040 0.060 0.080 0.100 0.120 0.140 1995 2005 2015 図 4. 出身階層別にみた非正規雇用到達率の推移 先に見たように、男性の非正規雇用は 1995 年ごろに拡大を始めたが、この時点では 50 歳以下 で現職が非正規に到達する人はきわめて少なかった。農業出身で最も少なく、最も多い熟練出身で も 2.1% であり、全体でみても 1.3% しか存在しない。そのため出身階層ごとの格差も小さく、統 計的に有意な関連も存在しなかった(カイ二乗検定の結果 p = 0.750。表 4 参照)。 2005年になると非正規雇用の拡大が進み、現職で非正規雇用に到達する男性も全体で 6.3% まで

(13)

75 成蹊大学文学部紀要 第 53 号(2018) 増大する。だがこの時点では、非正規雇用の拡大の影響について出身階層による格差は小さく、ど の出身階層であっても非正規雇用への到達率が大きく上昇している。ブルーカラー出身者の 7.5% および下層ホワイトカラー(事務販売)出身者の 7.0% に対し、農業出身者の 5.1% や上層ホワイ トカラー(専門管理)出身者の 4.5% と差はみられるが、大きな違いではなく統計的にも有意な関 連ではなかった(カイ二乗検定の結果 p = 0.554。表 4 参照)。 2015年にはさらに非正規雇用の拡大が進み、全体の 9.1% が現職で非正規雇用に到達するように なる7。しかし 2015 年になると 2005 年までとは異なり、出身階層によって非正規雇用到達率に差 がつくようになってきていることが分かる。下層ブルーカラー(半熟練非熟練)出身では 13.3% が非正規雇用に到達しており、2005 年から 5.8 ポイントもの増加をみせている。それに対し、上 層ホワイトカラー(専門管理)出身は 0.6 ポイント、農業出身は 0.2 ポイントしか増加せず、2005 年からほとんど変わっていない。その中間にあたる上層ブルーカラー(熟練)出身は 3.2 ポイント、 下層ホワイトカラー(事務販売)出身は 1.0 ポイントの増加であった。このように、2005 年から 2015年の間の非正規雇用到達率の上昇は低い出身階層ほど大きく、出身階層と現職非正規雇用と の統計的に有意な関連も認められるようになった(カイ二乗検定の結果、p < 0.05。表 4 参照)。な お、必ずしも高階層ではない農業出身も 2015 年にかけて非正規雇用への到達率がほとんど上昇し なかった。これはそもそも農業の場合、自営(非雇用)の占める割合が非常に高く階層再生産の傾 向も強いことから、非正規雇用拡大の影響を受けにくかったのだと考えられるだろう。 以上をまとめよう。1995 年以降の非正規雇用拡大により男性現役世代の非正規雇用への到達率 は上昇していった。しかし、2005 年から 2015 年にかけての非正規雇用到達率の上昇の仕方は、出 身階層によって大きく異なるものとなった。高い出身階層では非正規雇用到達率はほとんど上昇し ない一方、低い出身階層であるほど非正規雇用の量的な拡大の影響を強く受け、非正規雇用到達率 が大きく上昇するという階層間格差が生じたのである。 そこで、この 2005 年から 2015 年までの変化に関する出身階層間の格差をさらに確かめるため、 3時点の統合データを用いたロジスティック回帰分析をおこなった。表 5 は、出身階層ごとに、 1995年から 2015 年の調査で非正規雇用への到達確率がどう変化したかを推定したものである(基 準は 2005 年)。従属変数は現職非正規雇用のダミー変数であり、独立変数は調査年である。出身 階層については専門、管理、事務、販売を「ホワイトカラー」とし、熟練、非熟練、半熟練を「ブ ルーカラー」としている。 表 5 に示された 1995 年および 2015 年の回帰係数は、2005 年と比較したときに、1995 年と 2015年の非正規雇用到達確率がどの程度異なるかを表している。先ほどのクロス表(移動表)では、 調査年ごとに出身階層と到達階層の関連の有無と大きさを確かめた。それに対しこのロジスティッ ク回帰では、出身階層ごとに調査時点間の変化の有無とその大きさを確かめることに主眼がある。

(14)

表 5. 非正規到達確率に対する調査年の影響(ロジスティック回帰分析) 1995 -1.624 ** 0.456 0.197 -1.535 ** 0.400 0.215 -1.991 * 0.797 0.137 2015 0.206 0.258 1.228 0.508 * 0.223 1.663 0.041 0.629 1.042 (ref. = 2005 -2.811 ** 0.198 0.060 -2.512 ** 0.181 0.081 -2.918 ** 0.363 0.054 N 1,555 1,470 504 -2LL 556.728 726.490 117.992 Pseudo R2 0.045 0.059 0.078 * p < 0.05, ** p < 0.01. SSM 50 . 先のクロス表による分析では、1995 年から 2005 年では出身階層を問わず非正規雇用への到達率 が大きく上昇したのに対し、2005 年から 2015 年にかけては低い出身階層ほど非正規雇用への到達 率が拡大するという出身階層間格差があったことが示された。表 5 からもそれを確かめることがで きる。1995 年の係数をみると、すべての出身階層において 2005 年との間で有意な変化がある。す なわち、1995 年から 2005 年にかけては、出身階層を問わず非正規雇用への到達確率が上昇したと いえる。それに対し、2015 年の係数について有意な変化があるのはブルーカラー出身のみであり、 出身階層がホワイトカラーや農業では有意な変化がない。すなわち、2005 年から 2015 年にかけて 非正規雇用への到達確率が上昇したといえるのは出身階層がブルーカラーの場合のみである。 図 5 は、表 5 と同じ出身階層の分類で、あらためて非正規雇用到達率とオッズ比を示したもので ある。パネル 1 に示されるとおり、1995 年には現職で非正規雇用に到達する男性現役世代はほと んど存在しなかった。2005 年になると出身階層を問わず非正規雇用への到達率が大きく上がるが、 2015年にかけてはブルーカラー層(とくに低層ブルーカラー)出身の人びとで非正規雇用が拡大 する一方、ホワイトカラーおよび農業ではほとんど拡大しなかった。そこで、非正規雇用への到達 について出身階層間の相対的なチャンスを比較してみる。パネル 2 によると、非正規雇用への到達 のしやすさ(オッズ)について、1995 年にはブルーカラー層出身はその他出身の 1.697 倍となっ ていた8。非正規雇用への到達率が全出身階層で上がった 2005 年にかけて、相対的な格差は縮まっ た。しかし 2015 年になると非正規雇用到達のオッズは、ブルーカラー出身の場合にその他出身の 1.878倍へと、再度相対的な格差が拡大したことが分かる。

(15)

77 成蹊大学文学部紀要 第 53 号(2018) 0.012 0.057 0.069 0.017 0.075 0.119 0.007 0.051 0.053 0.000 0.020 0.040 0.060 0.080 0.100 0.120 0.140 1995 2005 2015 0.864 0.814 0.591 1.697 1.383 1.878 0.508 0.771 0.545 0.000 0.400 0.800 1.200 1.600 2.000 1995 2005 2015 SSM 50 図 5. 出身階層別の非正規雇用到達率とオッズ比 この時期、SSM8 分類における再生産のオッズ比はとくに高階層(専門)において顕著に低くなり、 階層の世代間移動における「機会の平等化」が進んだように見える。しかしこの間に進行した職業 構造の変動である非正規雇用の拡大を考慮すると、異なる側面が見えてくる。すなわち、低階層と しての非正規雇用へは、親世代が低階層の人ほど到達しやすい。そして近年非正規雇用が拡大する 中で、その「機会の不平等」はむしろ拡大したと考えられるのである。

5.結論:非正規雇用の拡大と新たな機会の不平等

5.1 結果のまとめ 本稿では、職業構造における近年の主要な変動である「非正規雇用の拡大」に注目し、非正規雇 用であるか否かを到達階層の指標として、階層の世代間移動における機会の平等について検討して きた。第三次産業の伸長とともに非正規雇用の拡大は長い間続いてきた。だがとくに 1995 年ごろ になると、従来の日本型雇用システムの正社員に代わる基幹的労働力として非正規雇用を活用する 方針を多くの企業がとりはじめ、それまでほとんど存在しなかった男性現役世代の非正規雇用が拡 大を始めた。非正規雇用の職業の多くは、雇用が不安定であり、収入が低く、社会保険のセーフティ ネットも薄いなど、さまざまな面で正規雇用に対して不利である。そのため、経済的自立が必要な い主婦や学生とは異なり、経済的自立が必要な人びとにとって非正規雇用は望まない不本意な職業 となっており、社会階層的に低く位置づけられる。 かかる階層的位置づけを確認したうえで、SSM 調査データを用いた分析をおこなった。分析の 結果、以下のことが明らかになった。男性における非正規雇用の拡大が始まる 1995 年には、そも

(16)

そも到達先が非正規雇用となる現役世代男性がほとんど存在しなかった。2005 年には非正規雇用 が拡大したことに伴い、出身階層を問わず非正規雇用到達率が上昇する。その結果、非正規雇用へ のなりやすさについて出身階層間の相対的な格差は縮小した。しかし 2005 年から 2015 年にかけ ての変化は様相が異なる。この間にも非正規雇用は拡大したが、その影響は出身階層が低いほど大 きなものとなった。すなわち、親がブルーカラー(とくに半熟練非熟練)の人びとの非正規雇用へ の到達率がさらに大きく上昇した一方で、親がホワイトカラー(とくに専門管理)の人びとは非正 規雇用への到達率は上がらなかった。そのことにより、出身階層が低いほど非正規雇用に到達しや すいという相対的な格差が拡大した。つまり、拡大する低階層としての非正規雇用に到達する「機 会の不平等」が新たに広がったのである。 5.2 考察と課題 従来の SSM8 分類を用いた移動表分析では階層再生産の指標(オッズ比)が 2015 年に低下した。 つまり社会階層の再生産の傾向は弱まり、開放化が進んだように見える。しかしそこから機会の平 等化を即座に結論してしまうなら、地位や資源分配の構造全体に関して大きな見逃しが生じうる。 なぜなら、職業の構造や人びとの価値観が変化しつつあるとき、SSM8 分類では測れない社会的な 階層性が重要になってきている可能性があるからだ。 もし子世代において親世代にはなかった階層性の軸が出現したならば、「階層の再生産」につい て考える際に、親世代と子世代の階層に同じ職業分類を適用し、その一致のみを「職業階層の再生 産」とする狭い見方をとる理由はない。親世代と子世代で異なる階層性の指標を用いて「高階層/ 低階層の再生産」を考えてみることも有効になる(内藤 2014)。 そこで本稿では、近年の「拡大する非正規雇用」に着目し、非正規雇用が「低い階層」に位置づ けられていることを確認したうえで、その地位の分配に、出身階層による格差が生じていることを 明らかにした。これはいま現在進行中の変化に関する萌芽的な知見であるが、社会や価値観が変化 しつつあるなか、いかにして階層の再生産を捉えるかに関して重要な示唆を与えうる。 「機会の平等」と社会の公正さを考える上で、社会学的な社会階層研究の知見は、重要な政策的 インプリケーションをもつものとなる。だからこそ、「社会階層の再生産」というときに、「ある職 業の再生産」のみならず、高階層/低階層という「階層性・不平等の再生産」が重要であることを あらためて認識する必要があるだろう。今回の分析でも、従来の職業分類では捉えられない新たな 「上/下」や「有利/不利」の軸において、世代間で階層的地位が継承され維持されていく可能性 が見出された。 もちろん、本稿で分析した「非正規雇用」の階層上の位置づけも今後変化していく可能性がある。 例えば、今回の分析では男性現役世代に分析対象を限定し、非正規雇用を回避する選好が基本的に 共有されていると仮定した。だが、今後男性稼ぎ主モデルが弱まり、社会経済的自立を求める女性 が増えるとともに経済的自立を求めない主夫も珍しくなくなっていくならば、今回のように性別で

(17)

79 成蹊大学文学部紀要 第 53 号(2018) 職業選好を仮定することはできなくなる。その際には、非正規雇用に関する選好を調査項目として 直接導入するなど、さらに調査と分析を工夫する必要があるだろう。あるいは日本型雇用システム に大きな変化が生じ、職務給的な賃金が一般化するなど正社員と非正規雇用の格差が解消していく ならば、非正規雇用/非正規以外という区分は階層性の軸として有効ではなくなる。階層の世代間 移動・再生産の研究には、つねに進行する職業構造や人びとの価値観の変化につねに注意し、対応 していくことが求められるのである。 付表 . 使用したデータの概要 1995 SSM 2005 SSM 2015 SSM 1995 SSM 2005 SSM 2015 SSM 2 2 2 1994 12 31 20 69 2005 9 30 20 69 2014 12 20 79 1995 10 11 1 2005 11 19 12 25 2 2006 1 7 2 12 3 2006 3 10 4 16 2015 1 31 3 22 2015 4 4 5 24 2015 6 6 7 26 8064 4032 4032 13031 16000 5357 2490 2867 5742 7817 66.4% 44.1% 50.1% [付記] 本研究は JSPS 科研費特別推進研究事業(課題番号 JP25000001)に伴う成果の一つであり、本デー タ使用にあたっては 2015 年 SSM 調査データ管理委員会の許可を得た。分析には 2017 年 2 月 27 日版(バージョン 070)のデータを用いた。〔二次分析〕に当たり、東京大学社会科学研究所附属 社会調査・データアーカイブ研究センター SSJ データアーカイブから「1995 年 SSM 調査、1995」「2005 年 SSM 調査、2005」(2015SSM 調査管理委員会)〕の個票データの提供を受けた。 本研究は JSPS 科研費 JP26780276 の助成をうけた研究成果の一部である。 [注] 1) 例えば、自営業主と家族従業者をあわせた割合を示すと、農業は 61.3% にものぼる(SSM2015、男性、現職、 50歳以下)。その他の職業では、専門 9.0%、管理 0.8%、事務 3.1%、販売 18.5%、熟練 18.5%、半熟練 3.4%、 非熟練 7.8%にすぎない。 2) 橋本の階級分類については、橋本(2013: 37)を参照。 3) ここでいう「正規雇用(正規職員、正社員)」とは、①労働時間がフルタイム、②雇用の期間に定めがない、 ③直接雇用、という 3 つの条件を満たすものを指す。それに対して非正規雇用には、パートタイム(①を満 たさない)、契約社員(②を満たさない)、派遣社員(③を満たさない)などが含まれる。労働力調査におけ る非正規雇用(非正規の職員・従業員)はこれに該当する。  ただし、雇用形態については官庁統計の間でも定義がまちまちなので注意が必要である。総務省の労働力 調査では「勤め先における呼称」により、正規の職員・従業員、パート、アルバイト、労働者派遣事業所の

(18)

派遣社員、契約社員、嘱託、その他を区別している(総務省統計局 2015: 31)。厚生労働省の雇用の構造に 関する実態調査(パートタイム労働者総合実態調査)では、パートタイム労働法における通常の労働者を「正 社員」とし、それ以外のうち、週所定労働時間が正社員より短いものを勤め先の名称によらず「パート」と し、正社員以外で週所定労働時間が正社員と同じかそれより長いものを職種により「専門職」「その他」と 区別している(厚生労働省 2017: 3)。 4) 労働者派遣法はその後の対象業種の拡大、1999 年の対象業種のネガティブリスト化、2004 年の製造業派遣 の解禁を経て、港湾運送、建設、警備、医療を除く業種で広く労働者派遣を認めるものとなっている。 5) 同じパートタイム労働者総合実態調査でも平成 18 年の調査結果では「正社員とほとんど同じ職務のパート」 がいる事業所は 51.9% にのぼり、そのうちパートの方が時間あたり賃金が低くなっている事業所が 77.2% にのぼるとされる(パート以外の非正規についてはそれぞれ 65.2%、68.4%)。平成 28 年の調査結果と大き な違いがあるが、その要因としては、(1)調査票が大幅に変更されたこと、(2)2007 年、2014 年のパート タイム労働法改正を受けて「同じ職務」とみなす基準を企業側が非常に狭く変更したことなどが考えられる。 6) 「自営業主・自由業者」については非正規雇用との上下関係が不明確でありうるため、自営業主・自由業者 のケースを除いて予備的分析をおこなったところ、以下の分析のすべてについて結果はあまり変わらないこ とが確認できた。 7) なお、同じサンプルの初職をみた場合、1995 年は 3.7%、2005 年は 9.8%、2015 年は 15.4% の人が非正規雇 用を初職としている。 8) もっとも、1995 年はそもそも非正規雇用が非常に少ないため、ケース数の少しの違いでも大きなオッズ比 の違いとして現れやすい。 [文献] 阿部未央 , 2014, 「改正パートタイム労働法の政策分析──均等待遇原則を中心に」『日本労働研究雑誌』642: 45-52. 橋本健二 , 2013, 『「格差」の戦後史──階級社会日本の履歴書【増補新版】』河出書房新社 . 原純輔・盛山和夫 , 1999, 『社会階層──豊かさの中の不平等』東京大学出版会 . 石田浩 , 2008, 「世代間移動の閉鎖性は上昇したのか」東京大学社会科学研究所パネル調査プロジェクトディス カッションペーパーシリーズ No.17. 金井郁 , 2012, 「働き方による格差──パートタイム労働を中心に」橘木俊詔編『格差社会』ミネルヴァ書房 , 73-93. 厚生労働省 , 2017, 「平成 28 年パートタイム労働者総合実態調査の概況」(2017 年 12 月 1 日取得 , http://www. mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/koyou/keitai/16/dl/gaikyou.pdf). 三輪哲・石田浩 , 2008, 「戦後日本の階層構造と社会移動に関する基礎分析」『2005 年 SSM 調査シリーズ 1  2005年 SSM 日本調査の基礎分析』: 73-109. 長瀬伸子 , 2013, 「非正規雇用と社会保険との亀裂」濱口桂一郎編『福祉と労働・雇用』ミネルヴァ書房 , 169-188. 内藤準 , 2014, 「社会階層研究における機会の平等と完全移動──概念の分析に基づく方法論的検討」『社会学評 論』, 65(3): 390-408. 成瀬健生 , 2014, 「雇用ポートフォリオ提言とこれからの雇用問題」『DIO』295: 5-8. 佐藤俊樹 , 2000, 『不平等社会日本──さよなら総中流』中央公論新社 . 総務省統計局 , 2015, 『労働力調査の解説〔第 4 版〕』(2017 年 12 月 1 日取得 , http://www.stat.go.jp/data/roudou/ pdf/hndbk.pdf).

(19)

81 成蹊大学文学部紀要 第 53 号(2018)

橘木俊詔・斎藤貴男・佐藤俊樹・苅谷剛彦 , 2004, 『封印される不平等』東洋経済新報社 . 安田三郎 , 1971, 『社会移動の研究』東京大学出版会 .

表 2. 企業が非正規雇用を利用する理由(複数回答、上位 5 位までを表示) 表 3 は労働者の側からの非正規雇用で働く理由である。パートタイム労働者の場合、「自分の都 合の良い時間に働ける」「家庭の事情と両立しやすい」など柔軟な働き方だとしている人が多い。 これはパートタイム労働の担い手の多くが、経済的自立の必要はなく家事や学校との両立を必要と する主婦パートや学生アルバイトであることに対応している。 その一方、契約社員や派遣労働者の場合には、「専門的な資格・技能を活かせるから」という理 由も多いものの、
表 5. 非正規到達確率に対する調査年の影響(ロジスティック回帰分析) 1995 -1.624 ** 0.456 0.197 -1.535 ** 0.400 0.215 -1.991 * 0.797 0.137 2015 0.206 0.258 1.228 0.508 * 0.223 1.663 0.041 0.629 1.042(ref

参照

関連したドキュメント

 彼の語る所によると,この商会に入社する時,経歴

15 校地面積、校舎面積の「専用」の欄には、当該大学が専用で使用する面積を記入してください。「共用」の欄には、当該大学が

(2号機) 段階的な 取り出し

(2号機) 段階的な 取り出し

従って,今後設計する機器等については,JSME 規格に限定するものではなく,日本産業 規格(JIS)等の国内外の民間規格に適合した工業用品の採用,或いは American

従って,今後設計する機器等については,JSME 規格に限定するものではなく,日本工業 規格(JIS)等の国内外の民間規格に適合した工業用品の採用,或いは American

従って,今後設計する機器等については,JSME 規格に限定するものではなく,日本産業 規格(JIS)等の国内外の民間規格に適合した工業用品の採用,或いは American

今年度は、新型コロナウイルス感染症拡大の影響により、これまでの「生活習慣」が大きく見直され