平 成20年12月(2008年) 1
研究報文
抗 体 ク ラス ス ィ ッチ過 程 の 活 性 化 自 由エ ネ ル ギ ー
犬 竹 真 奈 美,梶
谷 奈 央,高 橋 知 実,富 永 佳 央 理,
仲 林 祐 衣,藤
本 真 代,山
戸 美 幸,宮
田 堅 司
Free Energy of Activation in vivo for the Class Switch Process
of Antibody
Manami Inutake, Nao Kajitani, Tomomi Takahashi, Kaori Tominaga,
Yui Nakabayashi, Mayo Fujimoto, Miyuki Yamato and Kenji Miyata
Membrane-bound form IgM (IgMm) and total IgM (IgMt) transcriptions were measured by real time PCR
method in the thymus and the spleen of BALB/c male mice and the change of logIgMmagMt ratios with age
were detected. Kinetics was applied and both the rate constant ki, corresponding to the process in which
IgMm-transcribing cells differentiate into ones IgMm-transcribing secretory type IgM and k2, corresponding to the process in
which those into cells transcribing other class Ig, were determined.
A.& * and AG2*, free energy of activation corresponding to ki and k2 process in each, were calculated from
ki and k2 by application of theory of absolute reaction rate. AGi * and AG2* were 110 to 120 kJ/mol both in the
thymus and in the spleen. By considering the phenomenal differences in ki and k2 processes, the difference of
6E2* and AG]. * might be able to regard as the free energy of immunoglobulin class switch process AGE
*. The
values of AGe* were small unexpectedly, 2. 9 kJ/mol in the thymus and 5. 7 kJ/mol in the spleen.
(Received September 22, 2008)
1.は じ め に 前 報 にお い て,リ アルタイムPCR法 に よ り,BALBlc マ ウ ス の 胸 腺 で の 膜 結 合 型IgM(IgMm)と 全IgM (IgMt;膜 結 合 型 と分泌 型 の和)の 転 写 量 比 の 加 齢 変 化 を測 定 し,そ の 結 果 を速 度論 で解 析 で きる こ と を示 した1)。本 報 で は,胸 腺 の他 に脾 臓 に お け る転 写 量 比 の 加齢 変化 を測 定 し,IgMm転 写 細 胞 か ら分 泌 型IgMを 転 写 す る細 胞 へ,あ る い は他 の ク ラ ス の抗 体 を転 写 す る細 胞 へ と変 わ る 過程 の速 度 定 数 を 求 め た。 また,強 制 的 に抗 原 を投 与 した場 合 の 転 写 量 比 の変 化 を調べ た。 通 常,あ る過程 の活 性化 エ ネル ギ ー は,温 度 を変 化 させ て速 度 定 数 を測 定 す る こ と に よ り求 め られ る京都女子大学食物栄養学科栄養学第二研究室
の で2),in vivoで の測 定 は 困難 で あ る。 そ こで,リ アル タ イムPCR法 の 測 定 結 果 を速 度 論 で解 析 す る こ とに よ り求 め た速 度 定数 に,絶 対 反 応 速 度論 を適 用 す る こ と に よ り,マ ウス での 抗体 遺 伝 子 の クラ ス ス ィ ッチ過 程 の 活性 化 自由 エ ネル ギ ー を計 算 す る こ と を試 み た3)。 皿.方 法 1.材 料 コ ンベ ンシ ョナ ル な条件 下 で飼 育 したBALBlc雄 マ ウス を用 い た。 出生 後3週 間 は母 親 マ ウ ス と同居 させ,21日 齢 で分 離 した。 固 形 飼 料(MF,オ リエ ンタ ル酵 母)お よび水 道水 は 自 由 に摂取 させ た。 生 後 直 後 よ り400日 齢 まで,経 時 的 に頚 椎 脱 臼 させ た マ ウ ス を開腹,開 胸 し胸 腺 お よび脾 臓 を摘 出 した 。 摘 出 した 試料 はサ ンプ ルチ ュ ー ブ に入 れ,直 ち に液一2 体 窒 素 中 で 凍 結 した 後, -80℃ で 保 存 し た 。 抗 原 と し て オ ボ ム コ イ ド(Sigma, T9253)を 用 い た 。 オ ボ ム コ イ ド を 生 理 食 塩 水 に 溶 解(4mg/ml)し, 等 容 積 のFreundの コ ン プ リ ー ト ア ジ ュ バ ン ト (Difco,263810)と 十 分 に 混 合, w/0型 の エ マ ル ジ ョ ン と し,28日 齢 お よ び223日 齢 マ ウ ス の 背 部 皮 下 に 0.1ml(オ ボ ム コ イ ド100オg)接 種 し た 。14日 後 に Freundの イ ン コ ン プ リ ー ト ア ジ ュ バ ン ト(Difco, 263910)を もち い,同 様 に 調 製 した エ マ ル ジ ョン0.lm1 (オ ボ ム コ イ ドIOOμg)を 同 部 位 に 接 種 し た 。 接 種 後2∼7日 後 に 胸 腺 お よ び 脾 臓 を 摘 出,凍 結 保 存 し た 。 2.RNAの 抽 出,逆 転 写 反 応 お よ びRealtime PCR 凍 結 し た組 織 よ り,酸 性 グ ア ニ ジ ンチ オ シ ア ン酸 一 フ ェ ノ ー ルー ク ロ ロ ホ ル ム 法 に よ っ て ト ー タ ル RNAを 抽 出 し た4)。 エ タ ノ ー ル 沈 殿 法 に よ り精 製 し た ト ー タ ルRNAを,濃 度100ng/μ1に 調 整 し た 。 ト ー タ ルRNA 300ngを 鋳 型 と し て 逆 転 写 反 応 を 行 っ た 。 逆 転 写 反 応 はM-MLVリ バ ー ス ト ラ ン ス ク リ プ タ ー ゼ(ReverTra Ace-a,東 洋 紡), oligodT20プ ラ イ マ ー を 用 い,メ ー カ ー の プ ロ ト コ ー ル に 従 い,30℃ で10分 間,さ ら に42℃ で20分 間 行 っ た 。 99℃ で5分 間 処 理 す る こ と に よ り反 応 を 停 止 さ せ る と と も に 鋳 型RNAを 分 解 し た 。 こ の 反 応 産 物 を 水 で15倍 に 希 釈 した 溶 液(15倍 希 釈 試 料 溶 液)を 試 料 と し てRealtime PCR(Line Gene, Bio Flux)を 行 っ た 。 反 応 は,メ ー カ ー の プ ロ ト コ ー ル に 従 い,SYBR Green mix(Realtime PCR Master Mix,東 洋 紡)5μ4, forward primerお よ びreverse primer(4pmol!μ の を 各1オP,15倍 希 釈 試 料 溶 液3オ8,合 計10μ4の 溶 液,あ る い は,そ れ ぞ れ1.5倍 容 量 を も ち い,合 計 15オPの 溶 液 で 行 っ た 。PCR反 応 は,95℃10分 の 前 処 理 の 後,変 性94℃15秒,ア ニ ー リ ン グ60℃15秒, 伸 長 反 応72℃30秒 の サ イ ク ル を45回 行 い,各 サ イ ク ル の 伸 長 反 応 終 了 時 点 毎 に 蛍 光 強 度 を 測 定 し,IgM、 お よ びIgMmの 増 幅 曲 線 を 得 た 。 増 幅 反 応 終 了 後 に,増 幅 さ れ たDNAの 融 点 解 析 を 行 い,増 幅 さ れ たDNAが 均 一 な も の で あ る こ と を 確 認 し た 。 増 幅 反 応 に 用 い た プ ラ イ マ ー を 下 記 に 示 す5)。 プ ラ イ マ ー は,少 な く と も 一 つ の イ ン トロ ン領 域 を 間 に 含 む エ ク ソ ン領 域 に 相 補 的 に 結 合 す る よ う に 設 定 し た 。 こ れ ら の プ ラ イ マ ー に よ り,IgM、 お よ びIgMmと も に110塩 基 対 のDNAフ ラ グ メ ン ト が 増 幅 さ れ る 。 プ ライマ ーIgMt-R AACGTGTCCTCCACATGTGC プ ライマ ーIgMrF ACAGGTCAGGTTAGCGGACT 食 物 学会 誌 ・第63号 プ ライマ ーIgMm-R TATAccTGTGTrGTAGGccA プ ライマ ーIgMm-F AGGTTCTCAAAGCCTTCCTC 3.IgM,,,/lgMt比 の 測 定 Realtime PCRの イ ン タ ー カ レ ー タ ー 法 で は,増 幅 さ れ た2本 鎖DNAに 取 り 込 ま れ た 色 素 が 励 起 さ れ て 発 す る 蛍 光 強 度 を測 定 す る こ と に よ り,増 幅 曲 線 が リ ア ル タ イ ム に得 ら れ る 。IgMtお よ びIgMmの 増 幅 曲 線 よ り,そ れ ぞ れ 蛍 光 強 度 が 一 定 値(相 対 強 度 40)に 達 す る ま で に 要 し たPCRの サ イ ク ル 数n,お よ びnmを 読 み 取 っ た 。 PCR反 応 前 に,15倍 希 釈 試 料 溶 液 中 に 存 在 し たIgMmとIgMcの コ ピ ー 数 比 の 常 用 対 数 値loglo IgM語gM,は(1)式 で 求 め た1)。 1・91撒 一(nr‐nm)1・91。2(・)
皿.結 果 お よび 考 察
胸 腺 お よび 脾臓 で の転 写 量 比1・91。畿 を図 ・お よび2に 示 した。 前 報 と同様 に,転 写量 は転 写細 胞 数 に比例 す る と 仮定 し,速 度 論 を適 用 す る こ とに よ り1),膜 結 合 型 IgMm転 写 細 胞Mmか ら分 泌 型IgM、 転 写 細 胞M、 へ の 分 化 過 程 の 速 度 定 ki,お よ び他 の抗 体 ク ラ ス の 転 写 細 胞 へ の 分 化 過 程 の速 度 定 数k2と を求 め た (表1)。 また,こ れ らの速 度 定 数 を用 い て計 算 した転 写 量 比1・91。lgM,nlgMrの 経 時変 化 の 理 論 蠕 も図 ・お よ び2 に示 した。 胸腺 お よび 脾臓 の場 合 と もに,転 写 量 比 1・g1撒 は生 後1・週 齢 まで は 急 激1・減 少 し・ そ の 後 ほ ぼ一 定 とな る傾 向 を説 明で きた。 反応 速 度 定 数kは,絶 対 反 応 速 度論 に よる と,透 過係 数 を1と す る と k・ ・cThe-△ び/Rτ(2)
と 表 す こ と が で き る6)。 こ こ で,κ はBoltzmann定 数L380×10-23 JIK, Tは 絶 対 温 度, hはPlanck定 数6.626×lr34 Js,△G*は 活 性 化 自 由 エ ネ ル ギ ー, Rは 気 体 定 数8.314J!Kmolで あ る 。 胸 腺 お よ び 脾 臓 に 関 し て,速 度 定 数k1お よ びk2の 値 を 用 い て, Tニ 310Kと し て(2)式 よ り 計 算 し た 活 性 化 自 由 エ ネ ル ギ ー △G*1お よ び △G*2を 表1に 示 し た 。 △G*1お よ び △G*2の 値 は お よ そ115kJJmol前 後 と な っ た 。 こ れ ら の 活 性 化 自 由 エ ネ ル ギ ー に 対 応 す る 生 体 内 過 程 は 複 雑 で あ る け れ ど も,k1に 対 応 す る 過 程 とk2に 対 応 す る 過 程 と の 最 も著 しい,ま た,お そ ら く 唯 一 の 差 異 は ク ラ ス ス ィ ッ チ 過 程 の 存 在 で あ る7)。 し た が っ て,△G*2と △G*ユ の 差 を ク ラ ス ス ィ ッチ 過 程平成20年12月(2008年) 3 図1 胸 腺 にお け る転 写量 比 の加 齢 変化 無 処 置 マ ウス の 膜 結合 型IgMmとIgMの 転 写 量 比logIgMm/1gM(●)は,生 後7週 齢 あ た り まで 急 激 に低 下 し,そ の後,加 齢 に伴 い ほ ぼ 一定 値 に近 づ い た 。 ま た,表1の 速 度 定 数k1お よ びk2を 用 い て計 算 した理 論 値 (一)を 示 した1)。抗 原接 種 に よるloglgMm/lgM(○)の 変 化 は認 め られ なか った 。 図2 脾 臓 にお け る転 写 量比 の加 齢 変化 無 処 置 マ ウ スの 膜結 合 型IgMmとIgMの 転 写 量 比logIgMm/1gM(●)は,生 後 急 激 に低 下 し,そ の 後,加 齢 に伴 い ほ ぼ一 定 値 に近 づ い た。 また,表1の 速 度 定 数k1お よ びk2を 用 い て計 算 した 理 論 値(一 一)を 示 した1)。 抗 原 接 種 に よるlogIgMm/1gM(○)の 変 化 は認 め られ なか った。
4 食 物学 会 誌 ・第63号 表1速 度 定 数 お よ び活性 化 自 由エ ネル ギ ー
胸 腺
脾 臓
ki(1/d)
0.0289 0.0345kz(1/d)
0.00438 0.00382OGi*(kJ/mol)
116.4 114.0OGz*{kJJmol)
119.3 119.7 △G、*(kJlmol) 2.9 5.7 の活 性 化 エ ネ ル ギ ー △Gぎ とみ な す こ と が可 能 で あ る。 △G*の 値 は,胸 腺 で は2.9kJ/mol,脾 臓 で は5.7 kJ/molと な った 。 ク ラス ス ィ ッチ過 程 の 活性 化 自 由 エ ネ ル ギ ー は以 外 に小 さ く,ATPlmolの 加 水 分 解 で 供 給 可能 な値 で あ り,生 体 内 で の値 と して妥 当 な 値 で あ る と考 え られ る。(2)式 に よ り活 性 化 自由 エ ネル ギ ー を計 算 す る 際 に,透 過係 数 を1と 仮 定 しな い 場 合 に は,△G*1お よび △G*2の 値 は表 に 示 し た 値 と は異 な って くる け れ ども,klお よびk2過 程 で の 透 過 係 数 は ほ ぼ等 しい と置 くと,ク ラス ス ィ ッチ過 程 の 活性 化 エ ネル ギ ー △G*は 表 の値 と なる 。 ク ラス ス ィ ッチ 過程 の活 性 化 自由エ ネル ギ ー は小 さ な値 で あ っ た。抗 体 遺 伝 子 の クラ スス ィ ッチ過 程 は,酵 素 に よるDNAの 組 換 え が起 こる 過程 でDNA の 切 断 を伴 う複 雑 な 反 応 で あ り8),活 性 化 エ ン タ ル ピ ー は相 当 に大 きな値 で あ る と推測 され る。 しか し, 同時 に,エ ンタ ル ピー変 化 を打 ち消 す の に十 分 なエ ン トロ ピー変 化 が起 きて い る もの と考 え られ る。 抗 原 と して オボ ム コ イ ドを接 種 したマ ウス の胸 腺 お よび 脾臓 での 測 定値 も図1お よび2に 示 した。 抗 原 投 与 した6週 齢 お よび34週 齢 近傍 のマ ウス で の転 写 量 比1・91。畿 ηは・胸 腺 お よび 脾臓 と もに,無 処 置 マ ウス の結 果 と変 わ らなか った 。抗 原 接 種 して も, ク ラス ス ィ ッチ を起 こす 反応 の 速度 定 数 は変 わ らず, す なわ ち,活 性 化 自由エ ネ ルギ ー も変 化 しな か っ た。 この こ とは,抗 原接 種 に よ り,あ る ク ラス の抗 体 遺 伝子 の転 写 細 胞 が増 加 して くる現 象 は,抗 原 を認 識 可 能 な受 容 体 を持 った 既存 の細 胞 が選 択 され分 裂 増 殖 す る,い わ ゆ る ク ロー ン選択9》が 起 きて い る こ と に よる と考 え られ る。文
献
1)楠 本 瑠 美,長 尾 由貴子,橋 本珠 実,船 木 真 知 子, 三仲 亜 希 子,森 林 さや か,山 田 浮,宮 田堅 司: 本 誌, 62,13(2007)2) V. Fried, U. Blukis and H.F. Hameka : Physical
chemistry, (Macmillan Publishing)
, 68 (1977)
3)猪 飼 篤 監訳,櫻 井 実,佐 藤 衛,中 西 守,伏 見 譲 訳:バ イ才 サ イエ ンス のた め の 物 理 化 学,(東 京 化 学 同 人),230(2004)