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「当事者」をとらえるパースペクティブ

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Academic year: 2021

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(1)34. 特集:共創・当事者デザイン. 上平崇仁 Kamihira Takahito 専修大学. Senshu University. 「当事者」をとらえるパースペクティブ 3つのデザインアプローチの比較考察を通して A Perspective to Capture the Concept of“Tojisha” Through Comparing Three Types of Design Approaches. 1.はじめに デザインに関わる人々が、どのような人間観を持つかは重要な問題である。 人間観はどのようなデザインのアプローチを採るのかに直結しており、目指 すデザインのあり方やその過程で立ち上がることの意味を決めていく。逆に 言えば、どのような視点で世界を捉えるかの見方を変えないことには、そこ で構成されていくデザインを大きく変化させるのは難しい。今日では、デザ インの対象はますます複雑になり、それぞれの課題や組織ごとにめざすデザ インのあり方を検討することの必要性も増している。しかしながら現在の日 本においては、伝播しやすい方法論と比較して、人間観やアプローチなどの メタな視点で議論されることは多いとは言えない。本稿では、特集号のテー マである「当事者デザイン」を中心に、デザインにあたって我々が世界を見る 際の視座─ここでは比喩的に透視法(パースペクティブ)と呼ぶ─について の整理を行い、当事者がデザインに関わっていく意味について検討していく。. 2.「呼称」は人間観を反映する 2.1. デザインに関わる人の呼称. 誰が誰をどう呼ぶかの「呼称」の問題は、人間社会における関係性や固有. の文化を映す。同時にデザインという活動の中でも、関係する人間は多様な 呼称で呼ばれており、それぞれのケース、さらにそれぞれの立場において、 潜在的な人間観が反映されていると言える。. 2.2.“ユーザー”という呼称と、その問題. デザインにおいて“ユーザー”という言葉が一般的になったのは、主に IT. 業界からの影響である。コンピュータシステムにおける“ユーザー”の概念 は、もともとはソフトウェアの開発者側と利用する側の操作上の権限を区別 する意味で、個別の使う立場の人を一括して抽象化することで作られた。大 規模なシステムの場合は利用する立場の人が複数の層にまたがることも多い. ため、最も末端の層の利用者は末端を強調する意味で、“エンドユーザー” とも呼ばれることもある。そこから IT 業界が成熟するに伴い、ユーザビリ ティの専門家らの啓蒙が行われ、開発者やクライアントの目線に置き換わり がちな設計要件を、ユーザーの視点を取り入れることによって正しく定義し ていくという考え方とプロセス、すなわちユーザ中心設計(UCD)が広まっ. ていく。それまでは末端として捉えられていた“ユーザー”の立場こそをデ.

(2) デザイン学研究特集号  Vol.26-2 No.100. ザインの中心とすべき、という「転回」である。その後、製品にコンピュー タが内蔵されることが増えるとともに“ユーザー”の概念は一般化し、直接 操作だけでないサービスやプロダクトなどのデザインにおいても転じて使用 されるようになっていった注1)。現在では、「ユーザファースト」や「ユーザ エクスペリエンス(UX)」という言葉は、IT 業界を超えてビジネスの世界 に浸透している。. しかしながら、この“ユーザー”という言葉は、上述したとおり、もとも と作り手と使い手を意識的に区別するための言葉であるため、両者の区別が 明確でない出来事に適用しようとする際には齟齬を生むことになる。この点 に関して、一部の専門家は早くから違和感を指摘していた。1999年、西村は 国際会議 Vision Plus 6において、「本来的には『ユーザ』なんていないのか. もしれないのです。だって書籍ユーザなんていない。いるのは、リーダーで す。サーフボードユーザなんていない。いるのは、サーファーです。最終的 なゴールは、『ユーザ』と呼ばれる存在のいない経験の総体をデザインする ことだ。それを忘れてはいけないと思うのです」注2)と発言している。また. ほぼ同時期、渡辺保史も、情報デザインの教科書的存在であった書籍におい て、同じような発言をしている注3)。西村と渡辺が指摘するように、特定の 人々が能動的な活動をしている場合には、決して“ユーザー”という呼び方 にはならないはずで、人間の側を受動的な存在として規定してしまうこの呼 称は、大きな矛盾を持ってしまう。どのように認識するかで、呼び方だけで なく、活動の捉え方が変わってしまうからこそ、名称や呼称のラベルには慎 重にならなければならない。 こういった問題に気づき、自身の活動の中で呼び方を改めた重要人物とし て、D.A.Norman を挙げることができる。1980年代に認知科学の知見をデザ. インに導入し、ユーザ中心設計の思想を提唱した Norman は、20年ほど経過. した2008年に、「私たちが使っている忌まわしい言葉の1つは“ユーザー” である。私は、“ユーザー”という言葉を取り除くための十字軍に加わって いる。私は彼らを“人々(People)”と呼ぶ方を好む」と専門家の会議 UX. Week において発言した注4)。“ユーザー”という概念は、当初、開発者やク. ライアントの論理に置き換わってしまいがちな視点を使い手側の目線に合わ 注1) 例えば,1980年代のプロダクトデザインの教科書 「工業デザイン ABC」(原書房,1987)には,ユー. ザという言葉は掲載されていない.また最初期の. 「現代デザイン事典」(平凡社,1986年度版)にお いて,ユーザーインタフェースという言葉が掲載 されているが,CG 領域の用語として簡単に解説 されているだけである.. 注2) 西村佳哲,Designing World-realm Experiences: The. Absence of World“Users”(世界経験のデザイン_. “世界”に“ユーザー”はいない). http://www.sensorium.org/vp6/lecture/index-j.html. 注3) 渡辺は「情報メディアやコミュニケーションにか ぎっていえば,私たちはユーザとして与えられた 道具や情報をただ漫然とつかうだけの受動的な存 在ではない.〈中略〉情報デザインにおいては,作 り手と使い手という従来のデザインにあった隔た りは存在しない」と指摘している. ( 情 報 デ ザ イ ン 入 門, 渡 辺 保 史, 平 凡 社,2001. せるという転回には大きく役立った。しかしシステムの設計範囲が単なる操 作から全体的な体験へと拡張され、人間の内面的な欲求への影響を強めてい く中で、その言葉にはそれらをただ使うためだけに人が存在しているかのよ うな、傲慢なニュアンスが内在していることが少しづつ浮かび上がってき た。そのニュアンスは特に Democracy の信念が強い欧米の文化では耐え難い. ものとなる。そこで Norman は言葉に内在する問題を認め、“ユーザー”と. 呼ぶべきでないと語ったということである。このような転回は、Norman の. 個人的なものでなく、米国の IT サービス企業にも波及し、ユーザーという. ラベルを意識的に使わず、People と呼称を改める傾向が見られたようである。. このテーマを扱った取材記事によると、米国で顧客のことをユーザーと呼ぶ. のは「IT 業界とドラッグディーラーぐらい」と述べられている注5)。ここで. 起こったことは、最初の転回を開発者目線から使い手目線への転回(第一の. P206). 転回)とすると、受動的な存在から主体性を持った人間観への転回(第二の. https://www.youtube.com/watch?v=WgJcUHC3qJ8. 転回)と見ることができる。. 注4) Don Norman at UX Week 2008(C)Adaptive Path 注5) Facebook が利用者を「ユーザー」と呼ばなくなっ た理由. https://news.mynavi.jp/article/svalley-595/. 一方で、ビジネス側の人間観では、個別の小さな問題に留まらずよりス ケールさせていくことに対して、“ユーザー”という言葉の相性は良い。多. 35.

(3) 36. 特集:共創・当事者デザイン. くの開発者による大規模開発や世界中の資源を用いて大量生産される工業製 品においては利用する側を個別に見ていくことは現実的には難しく、抽象化 することによってビジネスモデルや開発プロセスの簡便化や低コスト化に繋 げることが可能になる。戦略上、対象となる人のスコープを絞るために意図 的に用いられる場合もあるだろう。また人間とコンピュータのインタフェー ス設計において、ユーザーを仮定した上でその文脈を考慮しながら人間の認 知・心理的な共通項を探りつつ組み立てていくことの重要性は、現在でも変 わらない。 議論となるのは、そこで、デザインを通して操作される時、当の人々の側 がどのような立場を取るかだろう。市場経済の中から“ユーザー”と名指し 注6) この点について水越は「“ユーザー”という言葉 は,市場経済的な観点からの人間観を前提にして いることには注意を要する」とビジネス的な視点が 前提になっていることを指摘している.(水越伸, 21世紀メディア論 放送大学教育振興会,2011) さらに,「ものごとをシステムとしてとらえ,その 諸要素を人工的に操作していくデザインという営 みは,いかなる場合にも体制的な特性を帯びがち だ.その体制的特性が国家や企業の権力と結びつ いたとき,それは我々をしばる企てとして規範化. される際には、知らず知らずのうちに人々を“消費者”という枠組みに変換 しようとする力が働いているわけである注6,7,8)。 “ユーザー”という外来語をカタカナのまま受容した日本においては、多 くの人々は、この呼称に複雑な意味のせめぎ合いが起こることをそれほど問 題にしなかった。デザインの言説はビジネス側を起点とするものが多数を占 め、また Democracy のような土壌もなかったため、第一の転回の影響のまま. 定着し、分化されずに定着されていくことになった。. する.その規範をズラしたり,壊したり,笑い飛 ばしたりする営みを,僕たちはどこかに担保して おくべきなのだ」とデザインという行為自体が持. 2. 3. デザインにおける“当事者”. つ体制的な危うさと,それを乗り越えていく重要. 次に対比する呼称として、ここでは「当事者」という言葉を見ていく。デ. 性に言及している.(水越伸 ,「デザインとリテラ. ザインの文脈で“当事者”の呼称を取り上げたのは、はこだて未来大の岡本. 2015 pp.022-039). らである注9)。“当事者”は、『事(コト)に当たっている人』を指し、日本. シーが交わる時代」 :5 Designing Media Ecology 04, 注7) フランスの社会学者ルフェーヴルは,この概念が ポピュラーになるずっと前,1974年の時点で建築物 や都市空間を題材にして, “ユーザー”という言葉は 人間から人間を奪い,主体性を軽視して単なる機能 的な『もの』におとしめると警告している.(Henri. Lefebvre, La production de l espace, Paris: Anthropos.. 人にとっては明快な意味を持つ言葉で表されている。この当事者という呼称 は、使う役割としての人ではなく、主体的にコトに向き合っている人を捉え ようとする人間観を反映していると解釈できる。しかし実は、当事者が自分 たちの手でデザインを実践するという活動は、もともと人類が長い歴史の中. Translation and Précis. 1974 邦訳「空間の生産」斎藤. で行ってきたことであり、消費社会が進む中で下火になっていった文化であ. 注8) 逆に,フランスの歴史家ミシェル・ド・セルトー. る。こういった失われつつある文化を人々の手に取り戻そうという民主的な. は,使用者(usagers)を一方的な消費者としての. 創造活動は、現在世界的に勃興している注10,11)。また、自らコトに当たる. 術」という独自の手立てで,日常的な生活の行為の. 人々のデザイン活動をエンパワーするために、その活動自体をどのように支. 日出治 訳 青木書店,2000). 存在ではなく,「もののやりかた」やあるいは「戦. 中でなんとか操作をおこなっていく主体的な存在と して捉えている. (Michel de Certeau : L'invention du. quotidien. Vol. 1, Arts de faire Union générale d éditions, 1980 邦訳「日常的実践のポイエティーク」山田登. 世子訳,国文社,1987) 注9) 岡本誠,他:図を介した共創型デザイン1,日本デ ザイン学会研究発表大会概要集 65(0),258-259, 2018. 注10) Ezio Manzini: Design, when everybody design- An. 援できるのか、というのはデザイナー側にとっても新しい課題であり、刺激 的なテーマでもあると言える。 この言葉から想起されるのは、 「当事者研究」の領域だろう。当事者研究と は、障害や病気などの困りごとを抱える当事者が、その解釈や対処法につい て医者や支援者に任せきりにするのではなく、困りごとを研究対象としてと らえなおし、似た経験を持つ仲間と助け合って困りごとの意味やメカニズム. Introduction to Design for Social Innovation. MIT. や対処法を探り当てる取り組みのことである注12)。これは当事者の理解してい. 注11) Cynthia Smith: By the People: Designing a Better. る主観的世界を汲み取る一人称の研究実践注13)でもあると同時に自助(自分. Press 2015. America Cooper Hewitt, Smithsonian Design Museum. 2016. 注12) 熊谷 晋一郎 ,「当事者研究への招待 ─ 知識と技術 のバリアフリーをめざして─ 」生産研究67巻 5号 . pp.467-474. 2015. 注13) 諏訪正樹他,編:「一人称研究のすすめ」,近代科 学社,2015 注14) 國分功一郎: 「中動態の世界 意志と責任の考古学」 , 医学書院,2017 注15) 宮内洋・今尾真弓編:「あなたは当事者ではない  〈当事者〉をめぐる質的心理学研究」北大路書房, 2007. を助け、励まし、活かす)と自治(自己治療・自己統治)の方法でもあると いう重層性がある。こういった考え方は、岡本らの活動と繋がる部分もある。 また、これらの活動は、避けがたい葛藤を自分(たち)でなんとかしなければ ならないケースが多く、そのため、完全に能動的なものとも、完全に受動的な ものとも言えず、その中間にある態度注14)であることには留意すべきである。 一方で、“当事者”という言葉は元々司法領域の用語として使われてきた ものであり、語感からは「当事者/非当事者」という強烈な切り分けや緊張 関係を引き起こす危険が指摘されている注15)。また、その特権性を感じさせ.

(4) デザイン学研究特集号  Vol.26-2 No.100. る強調の仕方に違和感を感じる人も少なくない。その意味では、“ユーザー” という呼称と同じような解釈の多義性を引き起こすのかもしれない。. 3.デザインアプローチを比較する 3.1. 3つの枠組みの併置. 筆者は、2017年秋の日本デザイン学会秋季大会当事者デザインセッション. において、3つのデザインのアプローチについて検討した表を発表した [図1]注16)。歴史的な経緯を持つ「1)ユーザ中心デザイン」と「2)協働の デザイン[CoDesign]」、そして前節で触れた「3)創造活動の民主化」を併. 置することでアプローチの違いを浮かび上がらせたものである。3 つの列 を比較することによって、当事者デザインは「当事者とともにデザインす. る」と「当事者によるデザイン」の二つにまたがっていることについて整理 を行った注17)。 この表で併置してみることを通して、「協働のデザイン(CoDesign)」も. 注16) kamihira_log:当時者デザインセッション資料. http://kmhr.hatenablog.com/entry/2017/10/17/080144. 注17) 提案者の一人である未来大の原田によると,「当事 者」と「デザイン」という言葉の間に明確な助詞 を入れていないことは,複数の解釈ができるよう に意図的に行ったものであるという.. 図1 3つのアプローチ. 図2 3つのアプローチを図解する. 37.

(5) 38. 特集:共創・当事者デザイン. プロジェクトによっては,UCD に不足していた部分を埋めるために行われ. る場合(例:オープンイノベーションや共創サービス開発)も存在すること が明確になり、中央の列は、右側を志向していくものと左側を志向していく ものにそれぞれ性格が分かれることが捉えられるようになった 注18)。. 3. 2. それぞれの立ち位置とパースペクティブの図解. 次に、前節で示した3つのアプローチの違いを空間的に理解するために、. 図解化を試みた[図2]。画面中央に存在している同一の人間から、それぞ れの見方によって視座がどのように異なるかを浮かび上がらせたものである。 ユーザーの像は、スタジオにいるデザイナーの視座から製品を通した一定の 期間だけ見えることを示す。その後ろで当事者が立つ道は、生まれてから死 ぬまでの自分の人生の中で学びつづけ、変化し続けていく存在であることを 示す。また、奥の丸い地面部分は、畑のメタファであり、コミュニティで「共 に育てるフィールド」を示す。この図によって、自分はどこに立っていて、 そこから何を見ようとしているのかを俯瞰することが可能になる。ただし、 これらのアプローチは、デザインする際の志向性の違いを整理したものに過 ぎず、適切なアプローチは対象となる課題や所属する組織によって選択され るべきであることには注意すべきである。それぞれの立場から一長一短はあっ て当然であり、短絡的に切り取った良し悪しの評価軸で捉えてはならない。. 4.デザインを通した当事者の経験 4.1. サービスをリードしていく中での学習. 当事者がデザインに関わることや、自分自身でデザインを携えていくこと. は、どのような経験となっていくのだろうか。本章では、前節の図2に示し た視座を元に、具体的な活動事例を通して示していく。. Give&Take Project は EU で行われた高齢者向けのスキルシェアリングサー. 注18) この表に関しては,当事者デザインの可能性に関 する議論や,未来の知的財産の考え方へ展開され るなどの反響があった.(希望は天上にあり「リ ズ・サンダース「Co-Design」の仮説から2044年の 知財制度を予想する」). http://hiah.minibird.jp/?p=3071. 注19) Malmborg, L., Grönvall, E., Messeter, J., Raben, T., and. ビスの実践研究である注19)。高齢者は社会参加していくことで自己効力感を高 め、社会的繋がりを作り出して自身のヘルスケアに役立てる。一方で社会の 側は高齢者の持つスキルをリソースとして活用し、多世代の人々の生活にも 役立てるという互酬関係を作り出す、というものである。写真は、このサー ビスの開発プロセスにおいて、デンマークの老人ホームで行われたリビング. Werner, K. (forthcoming/under review). Mobilizing. ラボの様子である[図3]。参加していた高齢者達は当初、何かをシェアす. Submitted for International Journal of Mobile Human. ることにそれほど興味があったわけではない。しかしながら未知なるサービ. Senior Citizens in Co-Design of Mobile Technology. Computer Interaction. pp. 1-24. スを育ていくことを積極的に楽しみつつ、自分自身にできることを広げてい. トに参加し,その中で参与観察を行った.. こうと試みていた注20)。何かを自発的にシェアするためには、受け身ではい. kamihira_log at 10636 継続的な信頼関係をつくる. られない。当事者として関わる中で自分自身の態度を変容させていったので. http://kmhr.hatenablog.com/entry/2016/01/12/195150. ある。ここにおいてデザインに関わることは、学ぶことそのものになる。. 注20) 筆者は2015年度の在外研究の際にこのプロジェク. こと. 図3 Give&Take Project のリビングラボ. 図4 H.O.W のツールキット(部分). 図5 日本理化学工業のワークプレイス.

(6) デザイン学研究特集号  Vol.26-2 No.100. 4.2. 自身の特殊性を活かした表現. Hands On Woven(H.O.W)は、デンマークのテキスタイルデザイナー. Rosa Tolnov Clausen と Blindes Arbejde(視覚障害者工房)のコラボレーション による協働デザインのプロジェクトである注21)。Rosa は、視覚障害者と共に. 織物のデザインプロセスを分解し、障害者自身が自分の手で布地のパターン をデザインしていくためのツールキットをデザインした[図4]。H.O.W は. 視覚障害者の鋭敏な能力を用いてデザインされ、美的品質を備えた高品質な 製品として販売されている。視覚障害者自身がデザインすることは一般的に は不可能なことであるが、晴眼者にはない特殊性(鋭敏な触覚)を活かした 表現手段を得ることによって経済的にも自立し、自身を力づける経験へと繋 がっていると言える。. 4.3. 役割を得ることで寿命を延ばす. チョークメーカーの日本理化学工業(川崎市)は、全社員の7割以上が知. 的障害を持つ人々が雇用されている。重度の障害があっても企業の対応次第 で真正なビジネスの戦力になることを証明する例として広く知られる。彼ら が働くワークプレイスは、知的障害があっても仕事内容を理解でき、それぞ れが力を発揮できるように、長年の改善を繰り返して隅々までデザインされ ている[図5]。会長の大山は、若い頃に僧侶との対話を通して、人間に とっての幸福とは、大事に面倒をみられることではなく、働くということを 通して役割を得ることや感謝されることなのだと気付き、障害者の雇用を進 めるようになったという。そして一般的に寿命の短い知的障害者が,働く喜 びを知ることによって幸せを知り、寿命を延ばしているというエピソードを 語っている注22)。社会の中で役割を得ることは、受け身の経験ではない究極 の経験として、生き延びる力までも変えていくということである。それぞれ が力を発揮し、適切な役割を得られるコミュニティは、当事者がよりよく生 注21) Hands On Woven. http://handsonwoven.dk/. 注22)「ご住職は,「人間は大事に面倒を看られることが 幸せなのではなく,『愛されること』『褒められる こと』『人の役に立つこと』『人に必要とされるこ と』の4つが人の幸せを生み出すのです.」と,教 えてくださったんです.つまり,施設が障がい者 を幸せにするのではなくて,役割を持って働くこ とが人間の幸せを叶えることになるんですよ.「あ りがとう」「ご苦労様」といった言葉をかけてもら えることが,人間にとっての幸福であると気がつ いたんですね.それから一人でも多くの障がい者 に働く場を提供しようと思いました.〈中略〉実 は,最初に社員になった二人の内の一人の方は今 でも働いていて,今年で67歳になりました.雇い 始めたときに,学校の先生からは障がい者の寿命 はもともと短く,およそ40∼45歳くらいまでだと 聞いていました.なのに,彼女はもう少しで70歳 なんです!働くことは,人を元気にさせてくれる んですね.」. ( 大山泰弘インタビュー:MY ROLE 2011街のため. に働く人々 専修大学コンテンツデザインラボ, 2011). 注23) Brown JS, Collins A, Duguid P. Situated Cognition and. the Culture of Learning, Educational Researcher 1989;. 18(1): 32-42.. 注24) 上平崇仁,他:探索型 PBL とそのデザイン環境,日. 本デザイン学会研究発表大会概要集 65(0),496-497, 2018. きることに繋がっていくと言える。. 5.まとめ 本稿では、 「ユーザー」と「当事者」の呼称からそれぞれの背後にある人 間観を指摘し、3つのアプローチそれぞれのパースペクティブについての整 理を行った。これまでの議論をもとに、以下の2点をまとめとしたい。 1)人は社会的な関わり合いの中で学んでいく存在であり、デザイン活動も 決して当事者だけで孤独に行っていくものではない。4章で見てきたよう に、専門家とのパートナーシップは切り離せない。したがって当事者によ るデザインも単独で存在するのではなく、協働のデザインを通して徐々に 自立した先の活動注23)と捉えるほうが自然である。また、物事にはつねに 当事者だからこそ気付くことと、当事者でないからこそ気付くことの両面 が存在しているものである。両方の視点を取り入れたよりよいデザインを 行うために、いかなる協力関係を構築するかが問われていくだろう。 2)製品開発のために生み出されたアプローチが、必ずしも人々が学んでい くことに対して最適な方法というわけではない注24)。そのことを理解した 上で、特に教育機関や公共領域でデザインに関わる人々は、本稿で示した アプローチの違いを元に、自身の活動を俯瞰し人間観や志向性の問題につ いて省察してみることには、ささやかな意味があるだろう。. 39.

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