インド旅行
- インドの世界遺産(12 カ所)をめぐる旅 -
訪問地
都市名 世界遺産の名前 概 要 デリー フマユーン廟 ムガール帝国第2代皇帝フマユーンの廟。 後のタージ・マハル建築に影響を与えた クトゥプ・ミーナール インド最古のイスラーム遺跡群。 ヒンドゥー、イスラーム両方式が混ざった高さ 72.5m の塔など レッド・フォート (ラール・キラー) ムガール皇帝第5代皇帝シャー・ジャハンの立てた巨大な城 オーランガバード エローラ石窟群 岩山の中腹に穿たれた34の寺院群。 ・仏教寺院(5-7 世紀) ・ヒンドゥー教寺院(9 世紀) ・ジャイナ教寺院(9-10 世紀) ビービー・カー・マクバラー 第 6 代皇帝アウラングゼーブの妃の霊廟 [ミニ・タージ・マハルと言われる。世界遺産ではない] アジャンタ石窟群 仏教石窟群(6世紀)。 壁画、彫刻、仏像などの文化遺産がある ムンバイ チャトラパティ・シヴァージ ー・ターミナス駅 英国統治時代(1888年)に作られた大きな鉄道駅舎。 (旧ビクトリア・ターミナス駅) エレファンタ島 ムンバイの(湾の中)東10Km、海上に浮かぶ島。 ヒンドゥー教石窟寺院群 ボパール サーンチー仏教建造物群 大乗仏教遺跡(仏塔、寺院など)。 第一塔は紀元前3世紀頃の仏塔を、紀元前後に増拡したもの。 ビンペットカのロックシェル ター (岩陰遺跡群) デカン高原・岩山にある大昔の(旧石器時代〜)壁画や住居あと。 アーグラ タージ・マハル 皇帝シャー・ジャハンが若くして亡くなった妻ムムタズのために建 てた白大理石の霊廟。 アーグラ城 第3代皇帝アクバルが建てた巨大な城。 ファテープル・シークリー アクバル帝の城(14年間だけ都であった)。デリー
ヒンドゥーとイスラーム混合方式 高さ72.5m フマユーン廟 クトゥブ・ミーナール レッド・フォート(ラール・キラー) 第5代皇帝シャー・ジャハンの建てた城塞 [車窓のみ] 城の構造は第3代皇帝アクバルが建てたアーグラ 城に近いという ・フマユーン(ムガール帝国第2代皇帝)の霊廟 ・後のタージ・マハルに影響を与えた建築物 フマユーン廟・メインゲートアジャンタ石窟
釈迦涅槃像 アジャンタ石窟の全景
最初期のストゥーパ (第10窟)
エローラ石窟群
(1)
ジャイナ教石窟寺院・第32-33窟
デカン高原の乾燥した山をバスは登ってゆく シャトルバスに乗り換え、遺跡へ
エローラ石窟群(2) ヒンドゥー教寺院
カイラーサナータ寺院(第16窟) [ここは岩山を縦に掘削] 宇宙を支える象 叙事詩『ラーマーヤナ』の彫刻 方 形 の 石 柱 高 さ 17 m ダイナミックな石の彫刻エローラ石窟群(3) 仏教寺院
第8窟 釈迦三尊
ムンバイ、エレファンタ島
チャトラパティ・シヴァジー・ターミナス駅 (旧・ビクトリア・ターミナス駅) 海上からムンバイの港をのぞむ、インド門とタージマハルホテル 3つの顔をもつシヴァ神 マヘッシュ・ムルティ シヴァ神殿 市庁舎サーンチー仏教遺跡群
入り口:二つのストゥーパが見える、右が第一塔 「サーンチーの塔」 「サーンチーの塔」 手前の鳥居のような[トーラナ]の柱の装飾 釈迦の物語を伝える柱の彫刻 僧院跡ビンベットカのロックシェルター
© Masakatsu Sugimoto, Chiba. Japan, 2018.5. 13
旧石器時代の岩絵 デカン高原の岩山(岩陰遺産群)
タージ・マハル
アーグラ城
© Masakatsu Sugimoto, Chiba. Japan, 2018.5. 13
アーグラ城・入り口:アマル・シン・ゲート (城壁高さ20m x 長さ2.5Km) ジャハンギール宮殿 カース・マハル寝殿 門は三重 寝殿内は白一色
(アーグラ城)寝殿内
室内の噴水設備
大理石への微細な細工 熱心に説明してくれる現地ガイド (チャウナさん)
(アーグラ城)ディワニ・アーム
一般謁見の間
皇帝の席
アーグラ城・続き
アーグラ城から見たタージ・マハル タージ・マハルを建てた皇帝シャー・ジャ ハンは晩年(亡くなるまで7年間)この城に 幽閉された (この日は、空気汚染でかすんでいた。 アーグラ市のPM2.5汚染度は世界最悪 レベル) 皇帝の浴槽(ロイヤル・ハンマーム) 当時は全面に金箔が張ってあり、黄金に 輝いていたといわれる 現在は、ジャハンギル宮殿の前に置かれ ている。英国統治下、全部金でできていると 思い込まれ、ここまで運び出されたが、金箔 であることが分り、石の浴槽はここに置かれ たままになったという。 表面の金箔は何処に? アーグラ城の多くの部分は、現在でもインド軍 が使用している。 観光客が入れない歴史的建物も多いという。 高さ20mの城壁は今でも役立っているようだ アーグラ城の城壁ファテーブル・シークリー
内謁殿、皇帝の玉座 仰ぎ見るよう構造になっている。 下で賢人・智者が議論したりする 右側がティーワーネ・ハース(内謁殿) 皇帝の私的な謁見のための建物 天井の装飾 当時の色彩が残っている 天井の装飾 パーンチ・マハル 5層の風通しよい建物 ムガール王朝第三代皇帝アクバ ルが、アーグラにあった都を、遷都 した場所がファテーブル。 都だったのは、1574年~1588年。 水源の確保が難しかった理由で、 14年後には都は再度アーグラに戻 った。その他
インド国鉄 ボパール駅にて、 発車した列車 手前は最低運賃 の車両のようだ 産学連携団地 アーグラ・デリー間 の高速道路脇 大理石細工の工房(見学) ホテルの中庭1. 国際線の飛行路 ・往路(昼間): 成田空港発、富士山上空、長崎県五島列島上空 ・帰路(夜間): デリーからヒマラヤを避けるように東南方向へ、バングラデシュの あたりで北へと方向変える 2. インド観光旅行にはビザが必要 ・(隣国パキスタンとの関係もあり)ビザ取得のための記入事項は多い ・インド国内の通貨: ルピー。その他旅行で使えた現金はドル。土産屋では日本円 も使えた ・インド・ルピーはインドへの持ち込み(原則)禁止、持ち出し(原則)禁止 3. インドの道路 ・デリーとアーグラ間は立派な高速道路ができたばかり (デリー付近の何 Km かが未完成) ・新規の高速道路建設がいくつか同時進行中(政府が力を入れている) ・交差点の信号は、英国式とそれ以外 英国式はロータリー、混雑すると詰まってしまう ・車の運転はかなり荒い。交通事故の件数は多そうだ ・幹線の舗装道路にも、放し飼いの牛が歩く 4. インドの鉄道 ・運賃: 最低クラスの列車運賃は大変安価(政府の政策) ・駅構内から車内へ手荷物運搬のポーターは(荷物を頭に載せ)プラットホームの 線路を横切って行く。一人で 20kg 程のスーツケースを 2 個同時に運ぶ 5. インドの国内線(航空路) ・セキュリティチェックのレベルが空港ごとにバラバラ 国際線を上回る厳しさのところもあった (乾電池は一人一個のみ?) 6. インドの酒 ・多くのインド人(宗教上の理由から)はアルコール飲料を口にしない ・ホテルやレストランにはビールやワインはあるが比較的高価 7. インドの都市 ・インドの北部と南部では、生活様式が大分違う ・都市ごとでも大いに異なる ヒンズー教主体とイスラーム教主体 都市の名前:---プール(ヒンドゥー教)、---バード(イスラーム教)
8. 「違い」の国 ・宗教の違い ・人種の違い ・日常使う言葉が違う(一例:インド紙幣には合計 17 種類の言葉で書かれている) ・カーストの違い 9.世界の主な宗教の起源がインドにある ・ヒンドゥー教、仏教、ジャイナ教、シク教 ・インド人の主な宗教 ヒンドゥー教 イスラーム教 シク教 キリスト教 ジャイナ教 仏教 ゾロアスター教(ムンバイ、商人) 10.仏教 ・インド国内では仏教は1%以下 ・日本から仏教遺跡をめざす観光客は多いようだ 特にお寺関係者のツアー(ホテルの朝食会場で突如「お題目」) 11. 急速な近代化の歪み ・北部の多くの都市で大気汚染は深刻(PM 2.5、世界最悪レベル) タージ・マハルも変色の危機 ・インド人の「自信取り戻し」の時期 ・インド政府の中枢がよほどしっかりしていないと、(バランスのとれた)インドの舵 取りは難しいだろう 12.生水に注意 旅行者は「水道水を飲んではいけない」だけでなく、水道水に触れたもので、熱 調理していないものは避ける。 例: 生野菜のサラダ、切ったフルーツ、アイスクリーム 13.インド料理 ・ホテルのレストランのカレー料理は、国際観光客向けで辛さ控え目 ・ 「ビリヤニ」はインド風炊き込み御飯 ・ナンも一部の地域のみ、家庭ではチャパティ、米も食べる ・北インドと南インドでは、料理も大いに違うという
その他[ムガール帝国・歴代皇帝] 初代 バーブル 1526 年~30 年 バーブルはティムール朝の一族。 アフガニスタン方面から北インドへと南下し、第一次パー ニーパットの戦いで、ロ―ディー朝を倒しムガール帝国を 作った。都はデリー。 第2代 フマユーン 1530 年~56 年 第 3 代 アクバル 1556 年~1605 年 第二次パーニーパットの戦いを勝利 アーグラ城やファテーブル・シークリーを築いた 第 4 代 ジャハンギール 1605 年~27 年 第 5 代 シャー・ジャハン 1628 年~57 年 タージ・マハルを建設 第 6 代 アウラングゼーブ 1658 年~1707 年 デカン高原への勢力拡大に努めた。異教徒への課税や弾圧 で知られる