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トヨタ中国工場における方針管理と改善能力の育成

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トヨタ中国工場における方針管理と改善能力の育成

陳 燕双(同志社大学)

1.はじめに

 生産現場の改善活動には2種類ある。日々発生 する問題に対して発生原因をその真因まで突き止 めて有効な対策を考案し実施する問題徹底解決の 改善活動と,品質,原価,生産,技術などの主要 な経営管理項目の水準そのものを高める戦略的方 針に基づいて,具体的な課題を掲げて継続的に追 求する改善活動である。本稿は後者の方針に基づ く改善活動(方針管理)に着目する。本稿の目的 は,トヨタ自動車の方針管理が中国工場でどのよ うに運用されているのかを明らかにするととも に,方針に基づく改善の組織学習能力が海外工場 で育成され,発揮される要因を析出することであ る。  80年代以後,生産・開発拠点のグローバル展開 に伴い,日本企業は本国で洗練化させてきた生産・ 経営管理システムを海外拠点に移転し,競争優位 を持続させる組織能力を現地で構築する努力をし てきた。海外市場の重要度が高まるにつれて,現 地に適応しながらの能力構築は,従来の本社組織 や親工場の支援に依存する方式を脱し,現地自前 の人材と組織による経営管理の自立化に移行する ことが要求される(鈴木[2013])。現地経営の自 立化は日本企業にとって必須の経営課題である が,企業価値・文化の浸透を伴う現地人材の育成 に関わるゆえに,困難を伴う。この課題の克服に 取り組む企業に対する事例分析は,重要な意義を Abstract

 Hoshin Kanri (HK) as a management control practices vary considerably between organizations, although all tend to conform to a similar framework and concept. The purpose of this paper is to shed light on Toyota’s Kaizen activities based on corporate Hoshin (strategic direction) and identify how Toyota’s transplant in china uses HK to pursue the Kaizen activities continuously and create organizational learning capabilities successfully. I conducted a 2-week fieldwork and observed Hoshin planning and its implementing process. A variety of qualitative data indicates top-down and bottom-up HK planning process. Both top-management and middle-management pay attention to personal autonomy of frontline employees and their personal development. Also, data indicates that climate for learning is generated by management efforts and the organizational learning culture. As a conclusion, HK plays not only a strategy implementation function as previous research shows, but also a motivating and training function through OJT as well in Toyota’s transplant.

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持つ。

 1960年代からTQC(Total Quality Control,全 社的品質管理)とともに展開してきた方針管理(制 度)は,日本の製造企業に主に導入され実践され てきた経営管理手法である1)。長期の経営方針(戦 略)の達成のために経営の主要課題を組織全体の 力で解決し向上させる方針管理の効果的な運用 は,自動車産業を代表とする日本製造業の高水準 のQCD(Quality・Cost・Delivery,品質・コスト・ 納期)における競争力の向上(改善の組織能力) を背後で大きく支えてきた(石田[2009],[2014])。  しかし,重要さとは裏腹に,ほぼ同じ時期に日 本企業に盛んに導入され始めた目標管理制度 (MBO)に比べれば,方針管理に関する学術研究 は貧弱であると言わざるをえない。品質管理との 関連で,方針管理の概念・枠組・進め方・注意点 等に関する記事や研究論文(赤尾[1988],由井 [1993],工藤[1998],細谷[2012]),戦略策定 機能を取り入れる「戦略的方針管理」やBSCとの 機能統合を検討する研究(長田[1996],山田・ 伊藤[2005],乙政[2005])はあるが,方針管理 は経営管理システムとして実際にどのよう運用さ れて,どのようにして日本企業の強みとされる現 場組織間・従業員間の協働やオペレーショナル・ エクセレンスを生み出しているのか,といった問 題を明らかにする研究は蓄積されていない。それ ゆえ,海外工場では実際にどのように運用されて いるのか,その実態に関する実証研究となると, 管見の限りでは皆無である。また,欧米において も,実務の世界でも学問の世界でも方針管理に対 する注目度の低さや実証研究の欠如は同様に指摘 されている。80年代後半からTQCやリーン生産 方式といった日本的プラクティスに対して,欧米 の企業並びに学術界は高い関心を示し続けてきた が,TQCの道具として限定的に理解されてきた 方針管理に関しては,30年余にわたって軽視され てきた(Lee and Dale [1998], Jolayemi [2009], Nicholas [2016])。  以上の学術的背景を踏まえて,本稿でトヨタ自 動車の方針管理を取り上げる理由は以下の2点で ある。第1,優れた組織能力(製品開発・生産・ 調達)の育成に経営的努力を続けてきた同社は, 裏の競争力であるQCDを高水準に維持・向上さ せ,長期にわたって堅調に成長してきた代表的な 日本企業である。第2に,トヨタ自動車は,1961 年に機能別管理2)をベースにした方針管理制度を 整備して以来,現在でもマネジメントの重要な仕 組みとして方針管理を位置付けている(青木 [1981],日野[2002],田野倉[2008])。  以下,第2節では,トヨタの方針管理に関する 数少ない先行研究として石田光男の貴重な実証研 究を検討する。第3節では,中国工場G社の概要 と調査方法を説明する。第4節では,G社の「工 場長方針」の策定・展開プロセス,情報共有の仕 組み及び2つの部門会議を取り上げ,部門方針の 策定と実行過程に見られる方針管理活動の特徴を 整理する。第5節では,中国工場で育成された方 針改善の組織能力が効果的に発揮される要因を考 察する。最後に,本研究の示唆と課題をまとめる。

2.先行研究の検討

 石田は日本自動車企業4社,とりわけトヨタの 生産部門と技術・事務部門の方針管理について, それぞれ綿密な実証調査を行ってきた(石田 [1997],[2003],[2005],[2009],[2014])。  生産部門の方針管理を見てみよう。石田は,工 場における仕事(業務)を「定常業務」と「非定 常業務」に分ける。「非定常業務」とは「生産量 を一定として従前よりも品質を高めコストを引き 下げるために必要な仕事」であり,「標準化し得 ない」業務である。品質と能率(生産性)の向上, 原価の低減はそれである。石田は,非定常業務に 対する管理の要諦は方針管理である,とする ([2009]170-208頁,[2014]17頁,98-144頁)。 品質,コスト,納期など管理項目ごとの目標達成 過程,とりわけ目標達成するための諸活動(業務) がいかなる仕組みの下でモニターされ,管理され ているのかについて,石田は「統制」と「刺激」 という管理的統制の視角から捉えようとする3)  トヨタは方針管理項目の目標値の設定において 全社的な観点から調整する手続きをはさみながら

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も,「各課からの自主申告を柱としている」とい う([1997]52頁)。この点は,石田[1997]でト ヨタ(B社)と同時に取り扱った自動車企業A社 のトップダウン的な目標値策定とは明確に異な る4)。方針管理項目の目標値と現場の方策設定に おける,ボトムアップを尊重するトヨタの特徴は, 石田[1997]の事実記述から確認できる。  他方,工場部門における方針目標の実行過程に 対する石田の基本的な主張は,方針管理はトップ ダウン的で管理統制的である,というものである。 すなわち,統制の仕組みである重層的な会議を通 して,仕事の完遂を誘導する管理様式である。会 議では人の羞恥心や承認欲求5)に訴えることで, 努力水準の向上に影響を行使する,という([1997] 58頁,62頁,64頁,[2003]88-90頁)。会議は「部 門の業績を検討することを通じて,主として中間 管理職個々人の行動を上位者や同僚の目にさら し,賞賛から叱責,認知から侮辱に至るサンクショ ンを組織化し公式化したものに他ならない」と述 べる([2003]88-90頁)。以上は,工場部門にお ける目標達成過程の管理についての,石田の認識 である。  一方,トヨタの技術・事務部門に対する調査で は,「この調査で私が当初追い求めていたのは方 針管理の,あるはずのしっかりとした姿であり, そのあるはずの姿が実は相当に曖昧な輪郭しか持 たない」とし,方針管理が持つ「おおらかさ」を 抽出したのである([2005]79頁)。「全社の特定 の数値目標がブレークダウンされて部門や個人に 展開される管理の様式という理解は的を外してい る」ことを指摘し,資源制約を考慮した計画の策 定,働くおもしろさや仕事を通じての成長を大切 にした下位部門の業績管理を織り込んだ上で,体 系的に方針を策定することを,方針管理の特徴と してまとめた([2005]80-85頁)。「サンクショ ンを組織化し公式化した」重層的な会議を通じる 方針管理の管理統制的な性格は,トヨタの技術・ 事務部門に関する記述には見られない。  石田の研究からは,トヨタの方針管理について 次の2点を指摘できる。  第1に,方針(目標値と方策)策定に関して, 現場の自主申告を柱とし,経営と現場の両方向の コミュニケーションを重視した方針策定のゆえ に,目標は形式的に上から下に展開されるものの, 現場の実情から離れた目標設定であることはな く,話し合いによって現場も納得できる目標に なっている,と理解できよう。  第2に,目標達成過程に関して,生産部門に対 する管理統制的な管理様式は,技術・事務部門に 対する管理様式とは質的な相違があるように見 え,両部門に対する管理の性格は異なっている可 能性が示唆されている。しかし,同じ企業の異な る部門に対する管理様式が全く異なるという理解 は正しいのであろうか。石田の貴重な研究は,な お方針管理の実態について,疑問を残している。

3.研究方法:研究対象と調査概要

 本稿で取り上げるG社工場はトヨタ自動車の中 国合弁企業の1つであり,2004年9月に設立され た。G社工場は2006年5月に生産を開始し,2017 年5月の調査時点までに11年間の生産活動を行っ てきた比較的若い工場である。観察時点において 2工場で4車種を生産し,生産能力は年間38万台 である。さらに建設中(観察時点)の第3工場も あり,3つの工場を合わせれば生産能力は将来最 大60万台を見込んでいた。従業員は9634人(2017 年6月時点),離職率は6%以下に維持され,同 業他社と比べて定着率が良い。  G社を取り上げる理由は,G社の生産現場の能 力が比較的に高いレベルで構築されているためで ある。トヨタの生産・経営システムを完全に受け 入れる形で成長してきたG社は,速いスピードで 生産規模を拡大してきているにもかかわらず, QCDの達成水準が高い6)。このことは,生産現場 のQCDを高水準に維持する基盤的な維持能力お よび向上させる改善(学習)能力が安定的に構築 されていることを意味する。G社は能力構築研究 の格好の事例である。  調査は2017年の5月3日〜18日の2週間にわ たって実施した。最初の1週間は生産現場の組長, 係長,課長といった職制にそれぞれ密着観察を行

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い,残りの1週間は生産現場をサポートする技術 員に密着して行動観察を実施した7)  G社では設立10年目になった2014年に,中期経 営計画(5年間)が発表された。工場側は中期経 営計画に応じて,2015年の「工場長方針」で将来 5年間の重点業務(改善)計画を打ち出した。そ れは,「構造改革」と名付けられ,全社的な重点 業務として推進された。「構造改革」は実質的に トヨタの方針改善活動そのものである。すなわち, 方針(戦略)の実現に向けて現場が知恵を絞って, 現状をよりよい形に進化させていく改善活動であ る。

4.事例分析

(1)「工場長方針」の策定・展開プロセスと情 報共有の場  G社の会社方針は,基本方針,中長期経営方針, 年度方針の3つからなる8)。毎年度の1月に発表 される年度方針の策定主体は総経理,執行副総経 理,各領域の副総経理という10人のトップマネジ メントの役員によって構成される役員委員会であ る。会社方針を策定する際には親会社の長期経営 計画などを参照するが,親会社の確認・承認を取 る必要はない。G社の方針は自主的に策定され, 経営も方針に基づいて自主的に運営される。  会社の年度方針の草案作成と並行して,4領域 の副総経理も各自担当領域の方針を作成し,2名 の総経理に報告する形ですり合わせを行う。例え ば,生産領域を担当する2人の工場長は工場側の ミッション,昨年度の課題,会社の中長期方針, 会社年度方針の草稿,内外環境,国の政策などを 考慮した「工場長方針」の草案をまず作成する。 その後,その草案を持って役員委員会ですり合 わせを行う。すり合わせのプロセスを経た後, 会社年度方針と各領域の方針が最終的に決定さ れる。  以下では工場の「工場長方針」を例に,その策 定と展開プロセスに見られた特徴を見てみよう。 ①目標の策定:工場長の方向性  2015年に発表された「工場長方針」は基盤強化 と構造改革の2つの部分で構成されている。基盤 強化は,さらなる品質向上とトヨタ生産方式活動 の深化による生産性向上を内容としていて,構造 改革は,汎用化&接近・整流化によるムダ“0” の追求を活動内容としている9)。2017年末までに 生産効率15%の向上を目指し,2020年に親工場と 同等レベル(世界NO.1)に達するという目標を 設定している。この方針は,生産効率の改善に よって生まれる余剰人員は第3工場(2017年の参 与観察時点では建設中であり,2018年1月から生 産開始)の生産に回し,新たに人員を募集せずに 新工場の生産ができるような戦略的改善効果を 狙ったものである。第3工場は,会社の中長期方 針(戦略)で主力と位置付ける小型車の生産を担 うものと位置付けられた10)  「工場長方針」では,工場長は工場としてこれ から取り組むべき大きな方向性を決めるが,その 方向性に向かって,何に取り組むか,細かく口を 出したりしない。品質,生産性,原価等に関する 管理項目の数値目標については,過去の実績と親 工場とのベンチマークを参照しながら,品質管理 部,工場企画室,財務部等の担当部署が,製造部 署と実情に合わせてすり合わせし,議論して策定 する。日本から派遣されている工場長M氏はイン タビューで,以下のように言っていた。  僕は大きな方向性が間違えていなければ,やって みたら,としか言わない。中身の細かいところまで いちいち口を出す覚えが全くないね。方向性が正し ければ,スピードを上げて改善を進めるという力を 同時に身につけなければいけない。僕としてはどち らかというと,スピードをあげてやりきる力をつけ てもらいたい。細かいことをいうと,自分で考えな くなるから。ある程度正しければ,途中で挫折して も,意識を変えて一気にやり続ける力があれば(よ い)。そういう人はあとで振り返ってくれるので,(そ の経験は)力になると思うよ。  この発言から,方向性がある程度正しければ,

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部下が自主的に考えるアイディアを実現に向けて 見守っていくというトップマネジャーとしてのマ ネジメント姿勢が見える。 ②方針展開の短期間化  「工場長方針」が発表されると,部・課・係の 方針が順次,必要に応じて2週間という短期間で 修正・改善される11)。短期間で各階層方針が出来 上がる理由には,次の2つが考えられる。  第1,上位方針が発表されるまでに,各自部署 のミッション,ビジョン及び前半期の課題に対す る対策(必要ではないものを削除したり,新しい やり方を追加したり),外部環境の変化に対応し た自部署の対策がすでに自主的に議論され,部・ 課・係方針に織り込まれる。  第2,上位方針に基づいて修正・追加を加える 部分について,上位の「工場長方針」が正式に発 表される前に,各部署ですでに検討され始め,草 案が作成される。草案を持って日中両工場長に報 告し,議論と調整を通じて「工場長方針」が最終 的に完成される。すなわち,「工場長方針」は各 部署草案とのすり合わせを踏まえているのであ る。このプロセスを踏んでいるため,各部の部長 は「工場長方針」の大きな方向性及び変化部分の 大概を把握している。  以上の2点は,方針の策定は決して上から下へ と,一方的な方向で策定されるわけではないこと も示している。このことは品質管理部で方針策定 に携わったことがある技術員Z氏に対するインタ ビューで確認できた。Z氏は次のように述べてい る。  上から下へと片方通行ではない。もっと複雑に 色々考慮し折衝し策定されるよ。例えば,自分の部 署は今年何を取り組みたいのか,何を解決したいの か,やりたいことを実現するように上の人をいかに 納得させてやらせてもらうのか,そういう部分も結 構あるよ。  各階層の方針は上位から流れてくる部分,新た に取り組みたいことを上位へあげていく部分,自 組織内部の課題を解決するための体制づくりな ど,多面的に検討され策定される。縦・横方向の 事前の会話・折衝による方針策定の仕方は,方針 展開の短期間化の実現を支えている。 ③情報共有と人材育成の場:各階層の大部屋  活動の推進を確実にするため,部署枠を超えた 「大部屋」というクロスファンクショナルな推進 体制を立てている。構造改革大部屋では1ヶ月に 1回の頻度で工場レベルの報告会と各部署内部の 報告会,3ヶ月に1回の会社レベルの報告会が行 われる。会社・工場レベルの大部屋に参加するメ ンバーは総経理,工場長をはじめとするトップマ ネジメント層のほか,部長,課長,活動の計画と 推進を担当する技術員,および活動を実際に実行 する現場職制や改善リーダーである。報告は決め られている資料のフォーマットに沿って,自部署 の活動内容,進捗,成果,課題,今後のスケジュー ルといった内容を,図表,グラフなどのデータを もって,簡潔に説明され共有される。  実際の報告は基本的に主担当者(担当技術員や 現場職制)が行う。質疑応答時に課長は補足で回 答したりして報告者を助けるが,自ら報告はしな い。また,部長は基本的に口を出さないように なっている。大部屋は情報共有の場でありなが ら,人材育成の場という性格も併せ持っている。  大部屋における定期的な報告会以外に,日々の 業務を進める中で担当者間,担当者と先輩或いは 係長との間で,コミュニケーションが随時行われ, 情報共有や課題の解決を図っている。また,毎朝 係ごとに約20分間の立ちミーティングも行ってい る。そのミーティングの風景は組立部と品質管理 部の技術員の1日の仕事に対する観察中に記録で きた。8時40分頃に,あちらこちらで各部門の技 術員は係ごとに円状に集まり,一斉に朝のミー ティングが行われていた。例えば,品管部技術課 の構造改革を担当する係のミーティングでは,各 技術員が前日経験した面白いこと,同僚に関する 雑談,業務の中で遭遇した困難・出来事に対する 感想や反省,その日の業務予定,協力要望などを 話すようにしている。係長は技術員の報告に対し

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て,フィードバックやアドバイスを行うと同時に, 直近に重点的に完遂されるべき仕事と課題につい て共有し,自身の1日の仕事計画も共有する。  以上のように,方針という戦略の実行に関わる 大部屋方式は,達成課題を共有するリーダーとメ ンバーのチーム的なミーティングという性格及び 人材育成の場としての性格が出ている。そこには, 叱責などを手段とした管理的圧力による課題達成 という面は認められなかった。 (2)方針の策定と実行プロセス:2つの部門 会議  この節では筆者が観察した部門方針の策定と実 行に関わる2つの会議を取り上げる。参与観察時 点(2017年5月)は,G社で遂行されている「構 造改革」活動の中盤期であった。前半の2年間計 画(2015年5月〜2017年5月)に基づく改善活動 が終盤に近づき,各部門は2018年から2020年まで の将来3年間の改善計画の策定に着手していた。  組立部の前期2年間計画には①トヨタ生産方式 のモデル工場づくり,②柔軟に多車種生産に対応 できるコンパクトなラインづくり,③作業者が楽 に作業できるラインづくり,という3つの目標が 設定されていた。①にはSPS(Set Parts Supply System)の進化(ライン側化)12),部品・工具の 手許化,SPS横断歩道の削減といった改善プロ ジェクト,②には,車体間距離の合理化による多 車種対応,部品トラックの工場建物内納品による 物流動線短縮という改善プロジェクト,③には困 難作業の削減,台車車輪改善による重量作業の低 減等のプロジェクトが設定されていた。これらの プロジェクトはいずれも現場から企画されたもの である。  会議1は上述した前期2年間活動の成果と課題 を踏まえて将来3年間の部門方針を策定する会議 である。筆者は,組立部技術課のJ技術員が作成 した企画書を上司であるD課長とL課長に報告す る会に参加し,会議の全貌を把握した。D課長は 親工場から出向してきた日本人課長であり,G社 滞在4年目になる。L課長はG社設立時に新卒社 員として現地で採用され,技術員から係長へ,更 に課長へ昇進したプロパー課長である。L課長は ICT研修経験があり13),日本語を話せるが,J技 術員は日本語ができないため,D課長の専属通訳 を通じて会議が進行されていた14)  会議2は前期2年間活動の「SPSの進化」プロ ジェクトに関する現場同士の打ち合わせであっ た。実際,会議1が行われる前に,J技術員がこ の会議2を主催していた。会議は,ドアラインで 使用される部品(以下,ドア部品)の「ライン側 化」の実行を延期させることを検討するもので あった。  「SPSの進化」プロジェクトでは,トリム部品 の「ライン側化」が1ヶ月前に先行して実施され ていた。しかし,予想されていなかった問題と変 化が多数発生した。その影響を受けて,次に実施 予定のドア部品の「ライン側化」を延期する方向 で調整することになった。参加者は技術課のL課 長とJ技術員,製造1課のZ課長,T係長とドア ライン組長であった。  2つの会議はそれぞれ,方針策定過程と方針実 行過程における一場面に過ぎないが,会議の場の 雰囲気と議論の内容から下記の3つの特徴が浮き 彫りになった。 ①人材育成の場  J技術員の企画書は,「安心・安全で静かなモ デルラインづくり」,「生産性・品質世界NO.1」,「生 産コストが最も低いラインづくり」,「活力ある職 場づくり」という4つの方針目標で構成されてい た。それぞれの方針目標に対応したプロジェクト (方策)も反映されていた。例えば,第1の「安心・ 安全で静かなラインづくり」という目標に対して, リスク工程の削減・騒音の削減・負荷作業の削減 といったプロジェクトが策定された。リスク工程 の削減プロジェクトについて,J技術員は組立部 のリスク工程を手直しエリアだけに絞った(実際, 組立部物流課のフォークリフトもリスク工程であ る)。このことについて,以下の会話があった。  D課長:(笑いながら)どこに今はうちの問題点 があるかをしっかり見えるようにしてから取り組ま

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ないといけないよ。要はね,何を言いたいかと言う と,今僕たちの部門で問題にするのは手直しエリア (だけ)ですって言っているようになっているよね。 でもひょっとしたら,物流も危険だし,それ以外に も実は危険なところはあるかもしれない。取り組め るところから取り組みましょうかという考え方で は,本当にやるべきことの2分の1しかやらないこ とになってしまう。  L課長:これらの改善を行う前提として,生産現 場では一体どんなリスクがあるのか。技術員が現場 からデータを取るだけではなくて,現場の各課にお 願いして,自分の課内の全ての危険作業,危険場所 を整理して,部内で報告してもらった方が良い。こ れは技術員が勝手に決めることではないですから。  J技術員:実は調べに行ったのですが,(組立) 1課,2課の基準がそれぞれ違うのです。  D課長:これは別にJが心配しなくても良いよ。 1ラインと2ラインはそれぞれこうなっています と,現状を見える化すれば良い。そうなると,基準 が違えば,2ラインはたくさん問題点があり,1ラ インはほとんどないということになるでしょう。そ の時点で,部長は「なんで?」と必ず聞くから。  J技術員:構造改革で,問題をまず明確にすると ころから始めるというのは,大きな問題ですよ。な ぜかというと,毎月,安全会議が行われています。 危険工程はその時点で明確に把握され,改善される べきですが。  L課長:そうです。(しかし)構造改革の意義は, 原点に戻り基礎的なところから根本的にやり直すと いうことですよ。問題点を明確にする作業はJ一人 でやることではない。各課に問題点を明らかにして もらい,私たちは問題点を見える化する。第1に, 同じ部署内でリスクに対する基準を明確にするこ と,第2に,製造課に,基準に基づいてリスク工程 を把握し直してもらうこと。その結果に基づいて, 我々は部としての改善計画を立てる。  組立部の方針策定をめぐる会議1の第1の特徴 は,部下が上司に報告する場は,人材育成の場で もあったことである。会議では,2人の課長はJ 技術員と一緒に議論しながら,以下のような仕事 の進め方・考え方を教え込んでいた。  1,方針目標を達成するための方策は技術員ひ とりの「思いつき」ではなく,生産現場の全体の データを出して,そこから説得力のある道筋を立 てなければならない。  2,部門重要課題(方策)の選定は裏付けとな る根拠が必要であるため,生産現場の現状を見え る化し,正しく把握しないとならない。  3,ゆえに,実行を担う製造現場のメンバーを 巻き込んだ方針策定でなければならない。  以上の3点の進め方・考え方は,現地現物,論 理的検証の科学的アプローチであり,トヨタの現 場主義の思考・行動原則の1つである。D課長, L課長ともにJ技術員に対してその思考・行動様 式を指導する姿勢が見られた。 ②現場の創発性  会議1から析出した第2の特徴は,ボトムアッ プ的な方針形成である。トップマネジメントに よって最終的に決定される会社方針あるいは工場 長方針は,形式的には会社方針→工場長方針→部 方針→課方針→係方針というふうにトップダウン 的に見える。しかし,会議1から,工場長方針の 達成に向けた組立部の方針・方策立案はボトム アップであることがわかる。生産性向上に関する 会話を見てみよう。  J技術員:次は生産性。スローガンは生産性世界 NO.1の生産ライン作りです。正味作業率の目標を 45%にします15)。現在,ベンチマークの対象である 日本の〇〇工場(親工場)の各ラインは43.4%になっ ています。正味作業率向上の方向性としては,必要 な付随作業を削減することから着手したいです。2 つの方法で改善を考えています。1つ目は,小さい 部品,例えばボルトの場合,手で台車から取り出し て手でソケットに設置しているが,直接ソケットで 台車からボルトを取り出すように改善します。第2 は大きい部品の取り出しについてですが,例えば, パネルの取り出し。今はライン側化改善でラインの 近くに置くようになっているのですが,作業者はラ インサイドのフローラックまで取りに歩かなければ

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ならないです。小型の補助設備を導入し,歩かずに 部品の取り出しを行えるようにします。それを通じ て取り出し距離を縮めます。  ……  L課長:我々は世界NO.14 44 4 4に達するには,これら の細かい項目(手待ち時間,付随,歩行)を1つひ とつクリアにしないといけない。現在資料に書いて いるもの(J技術員の方策)はね,どのように,ど れくらい正味作業率の向上につながるのか,具体性 がなく実現しづらいと感じますね。  D課長:あと,広いよね。色々やることが。  L課長:だから,工場長から,「組立はずっと人4 4 4 4 4 4 4 を減らすことばかりをやっているが,正味作業率を4 4 44 4 44 4 4 44 4 44 4 4 4 44 4 4 4 本当の意味で向上していない」4 4 44 4 44 4 4 44 4 4 と言われていた原因 も理解できると思います。正味作業率を上げるため には,ここを削減する。現状はどれくらいで,他の 工場はどうなっていて,どう削減すれば世界一にな4 44 4 44 4 44 4 4 4 れるのかを考える必要がある4 4 44 4 44 4 4 44 4 4。  「世界NO.1工場づくり」という目標を達成す るには,目標実現に資するような数字目標を設定 せざるをえない部分はある。しかし,それは「こ の数字まで達成せよ」という強制的なトップダウ ンによる設定の仕方ではない。上位方針(方向性) の実現に向けて,現場が実力に基づいた判断で「こ れなら達成できそう」な目標を自ら設定しようと している。  以上と同様に,方針実行過程でも現場組織のボ トムアップ(創発性)を確認した。ドア部品の「ラ イン側化」の延期に関する会議2では,予想して いなかった問題が生じた時に,現場と技術員の担 当者で話し合って延期する意思決定をしていた。 さらに,部としての活動の進捗が遅れることにな るものの,部長からは現場レベルの意思決定を否 定するような発言がなく,細かい指示や叱責もな かった。ここにも,大きな方向を示し,現場レベ ルに考えてもらうというG社の方針管理の考え方 が読み取れた。方針活動の推進にあたって,G 社の現場が環境の変化や不確実性に対応して柔 軟に意思決定できる組織になっていると考えら れる。 ③事実に基づく自由な議論  会議1でJ技術員は上下関係に対して萎縮せず に,直接上司と気軽に議論し思うままに発言でき ていたことも観察できた。作業リスク工程の現状 把握の必要性を議論する際に,毎月行われる安全 定例会議の役割について疑問を投じたり,生産現 場の評価基準が一致しないという,自身が業務推 進中に現場で体験した悩みを課長に素直に伝えた りする行動が見られた。  また,発言内容の記述では表現しにくいが,会 議は笑い声が途切れずリラックスした雰囲気で あった。J技術員が報告している時に,D課長, L課長ともに真剣に資料を見つめながら報告に耳 を傾け,意見をいう時に使う言葉は仲間言葉のよ うに聞こえるが,丁寧で穏やかな口調であった。 さらに,企画書の問題点を指摘する際には,なぜ それが問題であるのかについても,両課長はJ技 術員が納得するまで説明していた。上司から部下 への一方的指示という威圧感を感じない会議で あった。  平和な会議1に対して,会議2では,現場同士 の間ではやや緊張気味な空気が流れていた。製造 部門と技術部門に意見の違いがあったからであ る。しかし,企画と実行をそれぞれ担当する水平 関係にある技術課と製造課には,意見の相違を表 明した上で,会話を通じて相互の立場を理解し合 おうとする姿勢が見られた。予算や新車種プロ ジェクトに対する事前予測の不足について心配と 疑問を呈示していた製造現場のZ課長とT係長に 対して,技術課のL課長は丁寧に説明していた。 さらに,現場の組長から指摘された問題をL課長 は素直に受け止め,計算し直すと説明した。異な る部門は批判的な意見を表明しながらも,相互協 力・連携するような関係を,会話を通じて築いて いることがわかる。

5.考察

 工場長方針の策定と展開プロセス及び組立部の 方針策定・実行に関わる2つの会議,これらを中 心とする現場観察とインタビューから,G社の方

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針管理活動を3点の特徴に整理することができ る。第1に,トップダウンとボトムアップを両立 する現場創発的な方針策定と実行が行われてい る。第2に,日常業務を通じる人材育成が行われ ている。第3に,上司や同僚に対して批判的な意 見も言えるような,事実に基づく自由な議論が尊 重されている。これらの特徴は,方針目標の達成 に向けてG社の現場組織が,主体的に動き効果的 な方針改善(組織学習)ができる組織になってい ることを示している。なぜG社の現場組織が改善 活動を効果的に遂行することができるのか,なぜ 改善の組織学習能力がG社の現場組織で発揮され るのか。本節では,組織分散機能と組織統合機能 の両立,日常業務を通じた人材育成による思考・ 行動原則の浸透,および心理的安全の学習環境と いう3つの要因を取り上げて,考察をする。 (1)組織分散機能と組織統合機能の両立  2つの会議から,トップが示した大きな目標(方 向性)に向けて,現場は実情に基づいたボトムアッ プの自己決定ができていることがわかる。会議1 でJ技術員は親工場の実績と現場の実情に基づき ながら,自ら目標を設定していた。会議2で,予 想外の課題が生じた時に,現場の担当者の間で延 期の意思決定を行い,現場の意図せざる変化に柔 軟な対応がとられていた。これらは,現場のアイ ディアと自律性(現場の自己決定)が尊重されて いることを示している。  現場の自己決定を尊重するマネジメント姿勢は トップマネジメントからミドルマネジメントまで 徹底している。例えば,「工場長方針」の目標策 定において,工場長M氏は数値目標については細 かく言わないことを既述した。以下の工場長の発 言にも,方向性がある程度正しければ,部下が自 ら考えてアイディアを出すことをサポートする トップとしての姿勢が示されていた。  彼らがやれる環境を作るのと,彼らがやったこと に対して,PDCAを回すってこと。人はやってみて 失敗しないと育たないで。チャレンジして,結果に 対して何も言わないでいる。自分がやったことをあ とで振り返って,反省して,その次につなげること が大事だよ。何かやろうとした時に,細かいことを いちいち,中身をああしろこうしろと指導しても, 彼らの考えじゃなくなっちゃう。大きな方向性が あったら,まずはやらしてみて,それで結果が出て, その結果に対して,自分自身が本当に反省している かどうかが大事だよね。正しく反省していることに 対して,いいじゃないの,勉強代で。  現場組織が自ら考えることを奨励し,決定した ことのPDCAを回し,失敗から学び,成長をさせ るという考え方は,本質的に内発的動機を重視す る自律性尊重のマネジメント姿勢である16)  2つの会議からもこのマネジメント姿勢を確認 できる。会議1では組立部は生産現場の現状に基 づいて,安全・品質・生産性・コスト・人材育成 などにおける課題と目標を設定していた。こうし た目標が一方的に上から指示されれば「やらされ 感」が強くなり,自律的な組織活動は機能しない。 しかし,組立部では自己決定的な運用が行われて いた。さらに,ミドル・マネジャーである組立部 の両部長は,決めたことを最後まで諦めずやり切 るという姿勢を強調しつつも,現場組織が実情に 基づいて出した延期の意思決定を否定するような 言動は見られなかった。トップとミドルの言動は, 現場組織の自己決定と自律的な組織活動を求める ものであり,内発的動機を重視する自律性尊重の マネジメントをうまく機能させている。  しかし,自律性尊重のマネジメントは現場組織 の意欲を引き出す反面,組織の過剰な「分散」の リスクを併っている。以下では,組織統合の視点 からG社の方針管理の機能メカニズムを考察す る。  「工場長方針」の目標設定に注目してみたい。 「世界NO.1」が意味することは,生産開始して11 年目の若いG社が5年後に日本の親工場を超える ということである。一見すると,この目標は達成 の困難度が高く,具体性もない。しかし,それは 夢があり,組織を鼓舞する目標である。その遠大 な目標自体には「どのようにして」という具体性 は欠けているが,その具体性は組織の各部署に主

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体的に考えさせるものになっている。  実際,「世界NO.1」という遠大な目標は会議1 の中で強く意識されていた。事後インタビューで は,L課長は「あの日の会議で議論していた案は よりトヨタ生産方式に近い本質的な改善であり, いずれそうすべきである。生産性の世界NO.1の 道程は長い。その覚悟がある」と述べた。そこに は,現実的な困難を認めながらも,改善を通じて 世界NO.1の本質的な達成を追求する強い気持ち が見られた。  目標共有による組織統合は組立部の会議2でも 機能されていた。企画と実行をそれぞれ担当する 水平関係にある技術課と製造課には,意見の違い があり,やや緊張した議論が行われていた。しか し,異論を素直に話し合いつつ,部方針を達成す るために,相互に尊重を示し,連携するような関 係を築こうとすることが,彼らの会話を通じてわ かる。異なる部署間の議論が縦割り組織間の主張 に終始せずに,協力的で生産的なものになる大き な要因の1つは,双方の部署が部署利害を超える 共通目標(方向性)を共有できているからである と考えられる。  トップが示した目的や目標が現場組織に浸透し 組織統合の機能を果たす,その仕組みの1つは「大 部屋」である。日本の製造業にとって大部屋は, なじみのある概念であり,目新しい仕事の進め方 ではない。G社では,大部屋方式は会社成立段階 から長年にわたって運用され,不断に改善され成 熟してきた経営慣行になっている。活動ごとの大 部屋体制の直接責任者は役員(当該機能担当の副 総経理)になっている。縦割りの異なる部署間, 部署内の異なる課,係,組の間に生じやすい利害 関係,不調和の障壁が,大部屋における話し合い, 情報共有によって取り除かれ,目的やトップの思 いが繰り返し共有・浸透されることで,目標達成 に向けて構成員の目的意識を強化し統合している と言える。 (2)日常業務を通じた人材育成による思考・ 行動原則の浸透  会議1の中で,L課長は工場長の以下の指摘を 共有していた。「組立はずっと人を減らすことば かりをやっているが,正味作業率を本当の意味で 向上させていない」という鋭い指摘である。トッ プである工場長が求めているのは,何人を減らし たのかという最終的な数値結果だけではなく,ム ダな作業,付随作業を減らす改善を追求して,作 業者の負担を増やさずに正味作業率の向上を通じ て生産性を上げるという,あるべき道筋である。 すなわち結果を追求する正しいプロセスを求めて いると読み取れる。  正しいプロセスはどのようにしてG社の現地社 員に教え込まれているのか。会議1では,D課長, L課長ともにJ技術員に対して,現地現物による 問題の「見える化」を基点にした論理的検証に基 づく仕事の進め方を指導していた。「思いつき」 ではなく,事実に基づく問題点の把握という現地 現物,論理的・科学的アプローチによる仕事の進 め方をJ技術員に教え込む両課長の行動は,直接 の達成結果よりも,迂遠であっても目標達成まで の正しいプロセスを重視するものであった。トヨ タで長年培われてきた仕事の進め方や思考・行動 原則(組織文化)を日常的な仕事(OJT)の中で 管理者から部下へと浸透させている17)。このよう な日常的な人材育成の実践は結果的に組織文化の 浸透をもたらしていると言えよう。 (3)心理的安全の学習環境  方針改善能力を効果的に発揮させた第3の要因 は徹底的な話し合いが尊重される学習環境であ る。会議1ではJ技術員が自身の疑問や文句を, 会議2では製造課の課長,係長,組長が技術課の 課長と技術員に異議や疑問を,それぞれ素直に発 言していた。そこにはオープンかつ徹底的な話し 合いを促進する心理的安全の学習環境があると考 えられる。  心理的安全は,集団における学習行動を促進す る(Schein[2009],Edmondson[1999][2012] [2018])。組織における発言には自分の意見やア イデア(情報共有)を述べるといった前向きな発 言(Promotive voice),他人の意見に異論を唱え る,ミス・問題を指摘・報告するといった批判的

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な発言(Prohibitive voice)の2種類がある。特に, 批判的な発言という学習行動を促進する要素は心 理的安全の環境であるという(Liang, Farh & Farh[2012])。J技術員と製造課の職制はそれ ぞれ批判的な発言をしていたが,それは心理的安 全の環境が備わっているからと推測できる。  心理的安全の学習環境づくりには,マネジメン トや同僚による意識的な実践が必要である。会議 1では,上司であるL課長,D課長から部下のJ 技術員への発言や態度は,一方的指示というよう な威圧感を感じさせないものであった。具体的に は,会議中の笑い声,両課長が資料を見つめる真 剣さ,意見を言う時の丁寧さと穏やかさ,納得す るまで丁寧に説明するといった特徴が認められ た。会議2では,批判的な発言が見られたが,J 技術員の丁寧な説明やL課長の環境変化への素早 い対応の必要性や活動目的の再共有という発言 で,最終的に現場が納得し建設的な会議になった。  組織文化も心理的安全の学習環境を作り出して いる(陳,2019)。会議1の中で繰り返し強調さ れた現地現物,論理的・科学的アプローチの考え 方や,工場長が強調する失敗を勉強の機会と捉え る組織文化は,学習主義的文化であると言える。 そして,組織学習主義的文化の諸要素─失敗は勉 強の機会,現地現物,論理的検証─が心理的安全 を生み出す。なぜなら,現地現物,論理的検証の原 理原則は,心理的安全を損なう諸要素─先輩だか ら,年齢が上だから,職位が上だから言うことを 聞くべし─の悪影響を低減・排除するからである。

6.むすび

 本稿は方針に基づく改善(長期視点の改善活動) の実態と改善の組織学習能力がG社で発揮される 要因を明らかにしてきた。方針の策定と実行に関 する2つの部門会議の内容及び工場長方針の策定 と展開プロセスの実態からは,G社の方針改善に はトップダウンとボトムアップを両立する現場創 発的な方針策定と実行,日常業務を通じる人材育 成,上司や同僚に対して批判的な意見も言えるよ うな,事実に基づく自由な議論が尊重されている という3点の特徴が見られた。これらの発見事実 に基づき,改善の組織能力がG社の現場組織で発 揮される要因を3つの視点から考察をした。それ は,①個々人の内発的動機(自律性)重視による 主体的な行動を引き出す組織分散機能と,大きな 方向性の共有による組織統合機能の発揮を両立す るマネジメント,②日常業務を通じた人材育成に よる思考・行動原則の浸透,③学習行動を促進す る心理的安全の組織環境,という3つであった。 調査で観察された中日管理者の言動(現場社員の 自律性尊重と人材育成の実践)は,トヨタの組織 学習主義的文化の組織内浸透,心理的安全の学習 環境の醸成に貢献し,結果的に方針改善活動を効 果的なものに促進する役割を果たしていると推定 できる。  以下,本研究から得られるその他の示唆と課題 を述べる。  第1に,トヨタの中国工場に対する参与観察で 析出された,目標達成に向けた現場創発的な実行 プロセス,それを支援する中国人管理者やトヨタ から派遣された日本人管理者の言動は,トヨタの 方針管理を管理統制型とする先行研究の認識に, それとは異なる事例を提示するものである。ただ し,本研究では大部屋における報告等の実際の様 子について,把握できていない。また,本研究は 日本国内のトヨタの方針管理に対する調査ではな い。  しかし,実際,トヨタの中国工場で発見された 諸事実が,トヨタの方針管理に関する先行研究と 異なることは重要な意味をもっている。なぜなら, 中国工場で発見された諸事実は,日本のトヨタに おける実践と大きく異ならない可能性が高いから である。もちろん,トヨタの海外移転の主な特徴 は,経営理念・考え方の基本部分を貫徹(いわゆ る適用)しながら,具体的な制度や仕組みは現地 適応を行うという点にあるとされている(願興司 [2005])。すなわち,方針管理という経営管理の 仕組みは中国現地の実情に対応しながら,細部に おいて修正・改善されている可能性も十分ある, といえる。しかし,トヨタに38年間勤めた願興司 [2005]の見識によれば,トヨタの中核的価値観

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や守るべき原理原則である人間性尊重の経営思 想,現地現物による科学的アプローチ等の仕事に おける思考・行動様式を含む組織文化が,海外で 修正される可能性は低い。また,G社では成立当 初から合弁相手もトヨタの原理原則をリスペクト し,素直に受け入れる姿勢を示してきた。更に, G社に派遣された日本人管理者の言動からも,彼 らが日本とは異なる行動をとっているという可能 性を考えにくい。G社で見られた自律性尊重の支 援的なマネジメントは日本のトヨタでも実践され ている可能性が高い。とはいえ,その検証は今後 の課題とせざるを得ない。  第2に,海外移転の現地化に関する近年の諸研 究は,現地調達問題(「真水」の現地化)に集中 しているが,最重要課題である人の現地化(経営 管理の自立化)に関して,具体的な実態に即して 解明する学術研究は十分に行われているとは言い 難い。思考・行動様式といった組織文化の浸透と 人材育成という筆者の問題関心と分析視角は,現 地化の議論に貢献しうる。  第3に,本研究の目的は,方針管理活動の実態 と,方針を実践する改善能力を効果的に発揮させ る要因を明らかにすることであった。したがって, どのようにして有効な方針管理と学習能力を構築 し定着させてきたのか,その過程を明らかにする ことについては本研究の直接の目的としていな い。しかし,この問いに対して,本研究は重要な 示唆を与える。G社は,マネジメントを通ずる日々 の人材育成の中でトヨタの組織文化を現地成員に 浸透させ,彼らの思考や行動の変化を促している。 文化の浸透を伴う人材育成を成功に導いたのは, 自律性尊重に重きをおく支援的なマネジメントの 日々の弛まぬ実践である。すなわち,「どのよう にして移転させたか」という課題解明には個々人 の思考・行動の変化のプロセスに分析視角を置く 必要性があると考える。この点に関して,金井 [2004]は重要な示唆を与える。「組織の大半の成 員の発想法や行動が変わったときに組織変革が起 こる。組織学習の主体も,組織のなかの個人であ り,諸個人が学習のプロセスでどのように連携す るかを解明できれば,それが組織学習となってい く」(金井・高橋[2004]249頁)。 【注】 1) TQCに包括される諸活動としては,QCサークル活動,プロジェクトチーム,改善提案制度,方針管理, 日常管理,機能別管理,トップ診断,デミング賞などが挙げられる。方針管理はTQCの1つのツール として日本企業に導入された(長田洋・内田章・長島牧人[1996])。 2) 機能別管理(Cross-functional Management)とは品質,原価,量・納期(Q・C・D)などの経営基 本要素ごとに全社的に目標を定め,それを効率的に達成するため各部門の業務分担の適正化を図り, かつ部門横断的に連携・協力を強化する管理手法である(鐵健司[2002])。 3) 刺激の仕組みは,個人差のある賃金・人事評価制度を指し,報酬のことである。本稿では刺激に対す る検討を割愛する。 4) 策定主体の相違以外に,目標の性質も異なる。A社では生産性の管理項目指標を全て原価(マネタリー 的)として集約的に管理している。B社では生産性に対して,生産性向上目標(物理的な指標)と原 価目標(マネタリー的な指標)の両方で管理している(石田[1997])。なお,石田[1997]における B社はトヨタであると筆者が推測する。その根拠は中村[2011]と石田[2005]における記述内容で ある。 5) 羞恥心とは「恥をかきたくない」気持ちであり,承認欲求とは「他者に認められたい」気持ちである。 6) 品質水準について,トヨタの世界工場を対象にした品質保証監査では,G社は2016年から2018年にか けて連続3年,2つの工場共に「不良₀」達成という優れた成績を維持してきている。2つの工場の「不 良0」同時達成はトヨタ世界工場の中で初めてだという。組立生産性について,同じ車種,同じ生産 能力,つまり,仕事量が同じである場合に,作業者人数を親工場の組立部と比較したデータがある。 2015年,親工場の組立部の人数との比較ではG社の方が142人多かった。しかし,2015年と2016年の2 年間,全工場挙げての改善(「構造改革」)を通じて,2016年6月時点では,G社の2つの組立工場を

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合わせて202人を削減した。2017年末の第3工場の立ち上げまでに,合計約300人に至る改善(削 減)ができると見込んでいる。つまり,生産性水準においても親工場の組立部の水準に近づいて きている。 7) トヨタの工場の製造部門では「技術員室」(G社では「技術課」と呼ぶ)を設置している。技術 員は実際の作業現場の困りごとの解決や,生産性,品質,コストを向上させるための改善や,新 車種・新設備・新ラインの導入や既存製品・設備における小さい変更に伴う生産ラインでの技術 的対応などを行う。 8) 以下の内容はG社経営管理課(会社方針事務局)のS課長,組立部製造2課のC課長,組立部物 流課のL課長に対するインタビューを通じて整理したものである。 9) 「構造改革を最後まで徹底的に実行する〈将構造改革進行到底〉」『G Family』,G社通信SNSサイ ト『G Family』の2015年9月の記事による。2018年8月20日閲覧。 10) 2017年5月4日,工場企画室C課長から構造改革大部屋で説明を受けた時の話による。 11) 部,課,係という各階層の方針は,縦方向に7つの管理項目が書かれる。7つの管理項目は環境, 安全,品質,収益,生産,自立化(人材育成),その他(一体感や法令遵守や社会活動の参加など) からなる。横方向は上位方針,部方針(科方針・係方針),重点実施事項,プロセス目標,結果 目標,担当科(係・組・担当者),関係部門,点検者,点検頻度及び点検方法からなっている。 12) SPSとは,作業者が部品棚から自分で必要な部品を選ぶのではなく,あらかじめ車両ごとに1台 分の部品セットがピッキングされて,作業者に供給されるシステムである。SPSは2002年にG社 の親工場で開発され,世界中のトヨタの海外工場に導入された。G社で行われる「SPSの進化」 とは,組立ラインから離れているSPSピッキング工程をラインのすぐ近くに移動し,工場のコン パクト化とリードタイム短縮を狙ったものである。SPSの「ライン側化」と名付けられている。

13) ICT(Intra Company Transferee)制度はトヨタ生産方式のグローバル展開と人材育成の一環と して設定されている制度である。海外事業体の若手中堅従業員を日本本社に受け入れて,半年間 から3年間,日本で実際の業務をOJTで経験させて,現地社員を育てている。 14) G社では日本から出向されてくる全ての日本人管理者それぞれに1名の専属通訳が配置される。 G社における通訳は業務の推進において非常に重要な役割を果たしている。 15) 正味作業とは,付加価値を生み出す作業を指す。作業にはムダな作業,付随作業と正味作業があ る。付随作業とは,付加価値を生まないが正味作業に付随して現時点では必要な作業である。例 えば,部品をねじ締めする作業プロセスの中で,①部品を取る②ねじを取る③工具を取る④部品 をねじ締めする⑤次の工程に送るという5ステップのうち,①,②,③,⑤は付随作業であり, ④は正味作業になる。正味作業率とは正味作業の時間が1つの作業サイクルに占める比率である。 16) 内発的動機と自律性について,最も代表的な研究としてデシ[1999]がある。 17) トヨタの現地現物,論理的検証の科学的アプローチなどの組織文化はSpear, S. &Bowen, H.K.[1999],田中[2005],Rother, M.[2009]で確認できる。 【参考文献】 1) 赤尾洋二[1988]『方針管理活用の実際』日本規格協会。 2) 青木茂[1981]「トップ・マネジメントとしての機能別管理―2― トヨタ自動車工業における概 念と運営の実際」『品質管理』第32巻第3号,298-303頁。 3) 石田光男・藤村博之・久本憲夫・松村文人[1997]『日本のリーン生産方式:自動車企業の事例』 中央経済社。 4) 石田光男[2003]『仕事の社会科学 ―労働研究のフロンティア―』ミネルヴァ書房。 5) 石田光男[2005]「トヨタのホワイトカラーの業務管理」『評論・社会科学』第75号,1-93頁。 6) 石田光男・三谷直紀・富田義典[2009]『日本自動車企業の仕事・管理・労使関係:競争力を維 持する組織原理』中央経済社。 7) 石田光男・篠原健一[2014]『新版:GMの経験 ―日本への教訓』中央経済社。

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8) エドワード・L・デシ,リチャード・フラスト(桜井茂男監訳)[1999]『人を伸ばす力:内発と 自律のすすめ』新曜社。 9) 乙政佐吉[2005]「方針管理とバランス・スコアカードの関係に関する研究」『桃山学院大学環太 平洋圏経営研究』第6巻,103-135頁。 10) 金井壽宏・高橋潔[2004]『組織行動の考え方』東洋経済新報社。 11) 願興寺皓之[2005]『トヨタ労使マネジメントの輸出:東アジアへの移転過程と課題』ミネルヴァ 書房。 12) 工藤剛治[1998]「方針管理の今後の方向性」『品質管理』第49巻第12号,22-32頁。 13) 鈴木良始[2013]「成長するアジアとグローバル化における日本企業の経営課題」『同志社商学』 第64巻第5号,同志社大学商学会,333-356頁。 14) 田中正知[2005]『考えるトヨタの現場』ビジネス社。 15) 田野倉力[2008]「現場力を高めるトヨタの三つの「エンジン」」『日経ものづくり』日経BP社, 第643号。 16) 鐵健司[2002]「機能別管理」『品質』第32巻第3号,日本品質管理学会,282頁。 17) 中村圭介[2011]「石田光男の焦燥と孤独 ―『日本のリーン生産方式』『日本自動車企業の仕事・ 管理・労使関係』『GMの経験』を読んで」東京大学社会科学研究所,ディスカション・ペーパー・ シリーズJ200,18。 18) 長田洋・内田章・長島牧人[1996]『TQM時代の戦略的方針管理』日科技連出版社。 19) 日野三十四[2002]『トヨタ経営システムの研究:永続的成長の原理』ダイヤモンド社。 20) 細谷克也[2012]「方針管理の基本:方針管理の進め方とそのポイント」『品質』第42巻第1号, 日本品質管理学会,6-13頁。 21) 山田義照・伊藤和憲[2005]「BSCと方針管理における役割期待とその結果:戦略プロセスとの 関連を中心に」『原価計算研究』第29巻第1号,日本原価計算研究学会,47-57頁。 22) 由井浩[1993]「TQCにおける方針管理 ―実態・課題・対応策」『龍谷大学経営学論集』第33巻 第2号,龍谷大学経営学会,43-52頁。 23) 陳燕双[2019]「「学習する」ものづくりの現場 ―多部署協働型問題解決活動に対する観察を通 して―」『同志社商学』第71巻第3号,同志社大学商学会,73-108頁。

24) Edmondson, A.C. [1999], Psychological safety and learning behavior in work teams.

Administra-tive Science Quarterly, Vol.44, No.2, pp.350-383.

25) Edmondson, A.C. [2012], Teaming: how organizations learn, innovate, and compete in the knowledge

economy. San Francisco: Jossey-Bass. (A.C. エドモンドソン(野津智子訳)『チームが機能すると

はどういうことか:「学習力」と「実行力」を高める実践アプローチ』英治出版,2014年)

26) Jolayemi, J.K. [2008], Hoshin kanri and hoshin process: A review and literature survey. Total

Quality Management, Vol.19, No.3, pp.295-320.

27) Liang, J., C.I. Farh and J. Farh [2012], Psychological antecedents of promotive and prohibitive voice: A two-wave examination. Academy of Management Journal, Vol.55, No.1, pp.71-92.

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Har-vard Business Review, Vol.77, No.5, pp.96-106.

32) Schein, E.H. [2009], The Corporate Culture Survival Guide. Jossey-Bass. (E.H.シャイン(尾川丈一・ 松本美央訳)『企業文化 改訂版:ダイバーシティと文化の仕組み』白桃書房,2016年)

参照

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