高等学校における国語科学習計画について : 表現と読解を中心に
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(2) はじめに. ﹁書く﹂ことの指導をどのように実践化してきたかを振り返ってみると、 ﹁書く﹂機会については、各作品単. 元のはじめと終わりに感想文を、各学期末ごとに読書感想文を配し、書き方の指導としては、毎度事前に取材や. 構成その他およそ方法・技術的な面について説明し、提出された各自の作文には添削批評した上で一斉授業の中. で講評するというものであった。これまでの指導を見直してみて、大きく二つの問題点に気付いた。. 先ず最初に、 ﹁書く﹂ための場は十分であったかということである。残念ながら、書き慣れるほどの場数は保. 障できなかったし、読解指導が問に入る関係で、連続性や継続性・系統性が希薄であった。つまり、指導の方法 上 の 問 題 で あ る。. 次に、書かれた作文の取り扱いについてである。作品単元の初発と終わりの感想文については、 ﹁書く﹂指導. というよりはむしろ、読解を促すための手がかりとして用いたり、読解の変容を確かめるために用いるという要. 素が強かったし、学期末の課題としての読書感想文については、むしろ読書の機会を持たせることが主眼であっ. た。つまり、指導の目標上の問題である。指導の目標と方法に問題があっては、生徒が﹁書けない﹂のも無理は ない。 ﹁書けない﹂理由は、表現指導そのものにあったのである。. さらに、誤字・脱字、句読点の適・不適などのように、校正しやすいものや、章段分けといった構成にかかわ. るもの以外に、 ﹁書けない﹂生徒の具体的な問題点を捉え直してみた。すると、特に知識力を問う学力検査では. 好成績を挙げる生徒なのに、 ﹁書けない﹂という生徒の文章に共通する点として、①表層的にしか理解していな. い難解な抽象語を用いたがる。そのために、②文霊的にも、字義的にも言葉の不適切さや誤用が目立つ。また、. 題材や読者を意識していないことから、③論旨の飛躍が多くて全体のつながりが分かりにくくなり、内容的にも. ④ごく常識的なことに止まるか、⑤独り善がりなものになることが多いのに気付いた。これらは確かに、 ﹁国語.
(3) 1・∬﹂における科目内容の﹁A 表現﹂の領域の問題ではある。しかし、③を除くとむしろ﹁B 理解﹂の領. 域と[言語事項]に大きく関連・依拠する問題なのである。つまり、問題点は表現指導に止まらず、 ﹁B 理解﹂ と[言語事項]を柱とする読解指導にもあったのである。. そこで、本稿では、国語科の目標に立ち返って、表現と読解の関連を捉え直すことから、表現と読解をつなぐ. 指導構想を立てた上で、具体的な指導方法を考察していくことにする。なお、表現ということは、 ﹁読む・書く. ・話す・聞く﹂ということのすべてに関わるであろうが、本稿では特に﹁書く﹂ということを中心に捉えて考察 す る こ と に す る。.
(4) ︿. ロ目口 次 ﹀. 第一章 表現と読解をつなぐ構想:・:・::・:::・:::::::::::::::::::・:⊥. 第一節構想の着眼点::::・:::・::・::::・::::::::・::・::::::・:・:一. ω 平成元年版﹃高等学校学習指導要領解説 国語編﹄から得た研究の視座と着眼点::::::一. ② ﹁表現﹂と﹁読解﹂についての観点::::・:::・:::::::・:・::::・:::・:三. ③ [言語事項]についての解釈:・:・::::・:・::::::::::::::::・:・::五. ㈱ ﹁社会化﹂と﹁分化﹂の二極止揚:・:・::::・::・:::::::::・:・::::::六. ⑤ ﹁表現﹂指導と﹁読解﹂指導の相関性::・:・:・:::::::・::・:::::・::::七. ﹁表現・読解﹂指導のモデル・:・::・:::::::・・:・::・::・::・:・::::・:・九. 第二節 全体の構想について:::・::::・:・:・:・:・::::・:::::::・::::::九. ω . ② 読書行為から見た全体の構造::・::・::::・:・::・:::::・::::・:::・::一二. 第二章 周辺領域科学からのアプローチ・::・::・:::・:・:・::::::・::・:::・::二五. 第一節 言語学的アプローチ:::・:::::::・::::::::::::・::・:::・:・:一五. ω 言語の特性と機能についての概観と術語の定義::・::・:・:::・::・::・:・・::::一五. ② ﹁作品﹂の構造について:・::::::・::・:::::::::::・:・::::・:::二四. ③ ﹁単語﹂レベルの構造説明・:::・:・:・:・::::::::::::・:・:・::::::二六. ω ﹁単語﹂以上のレベルの構造説明:・:・::::::::::・:::::::・::::::三〇. ㈲ 修辞技巧への着眼・::・::・:・:::::・:::・:・:・:・:::・:・:・:::::・:去=. ㈲ ︿メタ化﹀を目指す指導方法::・:::・:::・:・:・::::・:::・::・::・:・::三四.
(5) 第二節 認知心理学的アプローチ:・:・::・:・::::・::::・:::::・:・::::::・・三五. ω なぜ認知心理学なのか::::::::・:・:::::・::::・::・::・::・::::・三五. ② ﹁ベテランのコツ﹂の認知心理学からの検証::・:・:・::::・:::・::・::・:::・三八. ③ 情報処理のメカニズムとプロセス::・:・::::・:::::・::::・:・:::::::四〇. 創造的問題解決能力とメタ認知:::・::・凍・::::・:::・::::・:・:::::::四三. ㈲ 国語科教育研究と認知心理学・:・:・::・::::::・:::・::::・:・:::::・:・四九. ⑥ 佐藤公治氏の理論を受けて:・:・::・::・:::::・::・::::・::::・:::::五〇. ⑦ ソーンダイクの﹁物語文法﹂との関連について:・:・:・:::・::::::・::・::::五三. 第三章 文章構造モデルを用いた指導の構想::::・:・::・::::・:::::::::::::五五. 第一節 文章構造モデルの概要:::・:::::::・::・:::・:::・:・:::::::::五五. ω 文章構造モデルの着想・:・:・:・::・:・::::::・:::・::::・::::・::::五五. ② 文章構造モデルの構造・::::::・:::::・:・:・::・:::::・:・:・:・::::五七. ③ スキーマによる構造把握・:::・::・::・::::・:::::・:・:・:::::::::五九. 第二節 物語文章構造モデルによる﹁表現・読解﹂指導::・::・::::・:・:・::・::・::・六一. ω 物語文章構造モデルの﹁読解﹂のベクトル:::::・:::・:::::::::::・::・六一. ω. 第四章. その他の学習指導の可能性:・::::・・::・::::・::・:::::::・:・::・::・七五. 構造の具体的説明−具体表現﹁にきび﹂に着眼して:・::・:::::・:::・::・::・六九. ﹃羅生門﹄を用いた物語文章構造モデルの指導:・::::;・:::::・::・:::・::・六九. ② 物語文章構造モデルの﹁表現﹂のベクトル::::::・::・::::::・::・:::::六七. ②.
(6) 第一立早. 表現と読解をつなぐ構想. 第一節 構想の着眼点. ω 平成元年版﹃高等学校学習指導要領解説 国語編﹄から得た研究の視座と着眼点. 表現と読解ということを再考するにあたって、国語の目標を見直してみる。特に、今日間われている﹁新学力. 観﹂ということが現行の﹃高等学校学習指導要領︵平成元年3月︶﹄ ︵注1 以下、現行指導要領と略す︶のど. の辺りに盛込まれているのかを見るために、現行指導要領の﹁第一款目標﹂を抜き出し、改訂前の指導要領と異 なる部分に傍線を付してみる。 ︵傍線、論者︶. 平成元年版﹃高等学校学習指導要領解説 国語編﹄ ︵注2 以下、 ﹃解説﹄と略す︶では、この点について、. ﹁第1章総説 第2節高等学校国語の構成と要点 2高等学校国語の要点 ω目標﹂で、 ﹁国語科は従前から言 ポ 語の教育を目指してきており、今回の改訂においてもこの立場が強く求められている。改訂された目標は、従前. の趣旨を一層徹底させるとともに、内容を更に充実させている。﹂とする。したがって、改められた部分に﹁言. 語の教育を目指﹂すという﹁従前の趣旨を一層徹底﹂させ、 ﹁内容を更に充実﹂させようとする改訂の趣旨、つ. まり、現行版への改訂の経緯と改訂の方針の中で示された観点・視点・ねらいの内、改訂部分に照応すると考え. ユ. ︸. 一.
(7) られる、、①自己教育力の育成、②基礎・基本の重視、③個性と創造性の伸長、④変化への対応、⑤心豊かな人間 の育成ということを﹁言語の教育を目指﹂すという立場から読み取らねばならない。. また、 ﹁第1章総説 第3節高等学校国語の目標﹂では、前半の﹁思考力﹂や豊かな﹁心情﹂について、 ﹁従. 前から理解及び表現を通して育成されるべき大切な能力・資質として考えられてきた﹂ものを、今回﹁明文化﹂. したとし、 ﹁﹃思考力﹄とは、物事を筋道を立てて考える能力﹂であり、高等学校においては、 ﹁更に進んで、. 課題を解決しようとする創造的な思考力が求められる﹂とし、具体的には、 ﹁国語1﹂の﹁2 目標﹂において. ﹁判断力、推理力、想像力、洞察力、創造力など、的確な理解や適切な表現の基盤となる思考力﹂と定義してい. る。また、 ﹁﹃心情を豊かにし、﹄とは、物事を深く、広く、豊かに感じ取り、かつ味わうことのできる能力﹂. とし、 ﹁小学校および中学校においては、想像力を養うとされており、物事を理解するところに重点が置かれて. いるのであるが、高等学校においては、一層微妙なところまで感じ取ることが求められている﹂とする。このこ. とから、改訂前の﹁言語感覚﹂とは﹁表現と理解﹂によって育成すべき能力として現行の﹁思考力﹂、 ﹁心情﹂、. ﹁言語感覚﹂の要素を包括していたことが分かると同時に、新たに﹁心情﹂も﹁能力﹂として表されている点が 注目される。. つまり改訂の要素をまとめると、 ﹁言語の教育﹂という立場に立った、基礎・基本を重視する﹁表現と理解﹂. の教育が、創造的課題解決能力や自己教育力を酒養することになり、ひいては社会の変化に対応し得る心豊かな. 人間を育成するというように読み取れる。とすれば、研究に際して、まずもって着眼すべきは、 ﹁言語の教育﹂. とは何かということであり、その上に立って、①基礎・基本を重視した、②創造的課題解決能力や自己教育力の 酒養を目指す﹁表現・理解﹂教育をどう見直すかということになろう。. 以上のことから、研究にあたっての視座を、 ﹁言語の教育﹂を捉えるにあたっては言語学から、②創造的課題. 解決能力や自己教育力ということについては認知心理学から、と定めて論究しようと考えるに至ったのである。. . 一. 一.
(8) ② ﹁表現﹂と﹁読解﹂についての観点. ここで、本稿でいう﹁表現﹂指導と﹁読解﹂指導という時の﹁﹂付きの﹁表現﹂と﹁読解﹂について、定義し. ておく。現行指導要領では、 ﹁国語1・∬﹂の科目の内容を﹁A 表現﹂と﹁B 理解﹂、 [言語事項]によっ. て構成し、特に[言語事項]については、 ﹃解説﹄の﹁第2章国語科の各科目 第1節国語1 3内容﹂の[言. 語事項]の項に﹁表現と理解に役立てるための基礎的な事項﹂として位置付けている。また、この位置付けに際. しては、 ﹁この場合の表現と理解は、領域としての﹁A 表現﹂と﹁B 理解﹂を直接指すのではなく、言語行. 為としての表現と理解を意味している。﹂としている。そこで、弁別のため、以下、領域を指す場合については、. ﹁A 表現﹂と﹁B 理解﹂と示し、言語行為としての表現と理解についてはそれぞれこを付けずに示すこと. にする。その関係から、以降﹁﹂付きで﹁表現﹂ ﹁読解﹂とするものは、本稿で論究する学習指導の内容を指す. 場合とする。 ︵なお、本稿の副題において﹁﹂を省略したのは、主題の﹁学習指導について﹂を受けたためであ り、副題の段階では弁別上の必要をみないからである。︶. さて、現行指導要領で示された二領域一事項は、 ﹁読む・書く・聞く・話す﹂という言語行為を広範に網羅し. ていると同時に、 ﹃解説﹄では、それらが言わば相互補完的関係にあるとして、各々の指導事項の中にその密接. な関連性が示されている。本稿では﹁はじめに﹂で示したように﹁書く﹂ことと﹁読む﹂ことを中心とした関連. から論究したいのであり、かつ、現行指導要領に則ってその解釈上、 ﹁言語﹂という観点を重視したいことから、 次のように定義する。. [言語事項]の習熟を基礎・基本とし、その習熟過程における言語行為への運用面での指導として、 ﹁A 表. 現﹂の領域の内、言語行為である﹁書く﹂ことを中心とした内容を﹁表現﹂とする。また、 ﹁B 理解﹂の領. ヨ. 一. 一.
(9) 域の内、 ﹁読む﹂ことを中心とした内容を﹁読解﹂とする。. [言語事項]の内容上の解釈については後述することにして、各指導事項は、文言上、 ﹁理解する﹂というこ. とを含め持つ。 ︵但し、指導事項工は﹁常用漢字の読みに慣れ、主な常用漢字が書けるようになること。﹂とあ. り、 ﹁理解する﹂という文言はないが、 ﹁読みに慣れ﹂ることや﹁書ける﹂ことは﹁理解する﹂ということを前. 提とするのであるから、意味的には含まれると解釈する。︶そもそも、言語の事項を﹁理解する﹂という時、例. えば、見知った言葉を言語行為の中で運用することができなければ、本来的には﹁理解﹂したことにはならない. だろう。言語の特性として、情報の伝達媒体の機能性を考えれば、運用力の習熟をもって﹁理解する﹂というこ. とが完結するはずである。また、認知形成や思考形成という特性からして、言葉の意味を見知るだけでは、単に. その言葉の外郭を識別した段階に過ぎないのであって、運用の中で認知や思考が深まってはじめて、一定程度の. ﹁理解﹂したという段階に達するのである。 ︵﹁理解﹂というものは、経験によってさらに醸成されるものなの. であり、その意味においても、国語が人間の生育とともに生涯にわたって学習されるべき性質を有すると言える のである。︶. 以上のことから、 [言語事項]の習熟過程における﹁書く﹂ことを中心とした学習指導の内容を﹁表現﹂とし、 ﹁読む﹂ことを中心とした学習指導の内容を﹁読解﹂と定義した。. なお、 ﹁中心とした﹂としたのは、 ﹁読む・書く・聞く・話す﹂という言語行為は、現実的には有機的に連関. するのであり、指導の実践にあたって、 ﹁話す・聞く﹂という行為が存在しないはずはない。したがって、後述. する学習指導方法において、その軽重はあるにせよ、 ﹁話す・聞く﹂ことが取り込まれたものとして展開すると いう含みを持たせるためである。. . 一. 一.
(10) ③ [言語事項]についての解釈. 先に述べた観点は、現行指導要領の表記上、 [言語事項]が二領域と分化されている感を受ける点を顧慮して. おり、そのことから生じる[言語事項]の教育桂知識教育という解釈上の誤謬を避けることをも意図する。この. ような誤謬は各指導事項の文言上、 ﹁組立て、働き、仕方、きまり、用法、役割﹂という言語の情報伝達媒体と. しての機能性の内、社会的規制の側面を示す部分が強調されて受け取られることから生じるのだと言えよう。確. かに社会的規制がなければ言語行為は成立しないのであるから、その指導の重要性は認められる。しかし、この 側面だけでは言語行為は成立しない。. 一休さんの有名なとんちを例に挙げると、 ﹁このはしわたるべからず﹂という立札が立っているから、みんな. が難儀している。一休さんは、一計を案じ、橋の中央を渡ってみせたのである。この時、立札の文は、分かり易. さを勘案してひらがな表記されているのであり、 ﹁組立て、働き、⋮﹂という点からすれば媒体機能面での社会. 的規制上の問題はない。凡その者は、 ﹁渡橋禁止﹂として解し、渡らないのである。ところが、 ﹁はし﹂を﹁橋﹂. として受け取りなさいという規制は、この文の文言上見当らない。言わば、橋の前の立札であるから﹁はし﹂は. ﹁橋﹂として受け取らねばならないという状況・ムードさらには社会通念によって、 ﹁橋﹂と取ったに過ぎない。. また、そう受け取られるであろうという目算に基づいて、表記がなされた訳である。ところが、反骨精神が旺盛. であることから、社会通念を否定する意図で状況・ムードを無視した一休さんに、 ﹁はし﹂を﹁端﹂として受け. 取ることを結果的に許容することになった。 ﹁中央﹂を渡られることによって、表現者の意図は伝達されなかっ. たのであり、立札は言語行為として存在しながら、伝達媒体としての機能を果たさなかったのである。. もし、立札の表現者が一休さんのように解する可能性のある﹁個﹂を想定していれば、先のような表記にはな. らなかったであろう。また一方、一休さんのような者ばかりであれば情報伝達は、冗長・詳細を極め、はなはだ. 煩雑なものとなるか、機能そのものが失われることになろう。ここに、言語の情報伝達媒体としての機能性にお. ら. 一. 一.
(11) ける社会的側面と個的側面の連関性を見るのである。この二側面の連関性は[言語事項]に止まらない。. ゆ ﹁社会化﹂と﹁分化﹂の二極止揚. ﹁言語の教育﹂という時、このような﹁社会的側面﹂と﹁個的側面﹂について念頭に置く必要がある。そこで、. 文章表現教育に関するもので、 ﹁社会﹂と﹁個﹂ということに言及している論考を援用する。. 波多野完治氏は、かつて芦田氏と友納氏との間で展開された自由選題論争に関する論考︵注3︶で、 ﹁教育が、. 社会の一般情勢にしたがって、分化︵個の社会からの分化一論者注、以下同じ︶を重要視することはよろしい。. しかも、教育は本来分化に反対するものなのである。教育が究極までこの機能を発揮すれぱ、社会成員の完全な. る同一化を結果することになる﹂ ﹁社会の分化的方向と、同一化的方向と。自由教育は当然この二つのものの間. にはさまって苦しまねばならない。﹂と述べている。つまり、教育は社会化︵﹁個﹂の社会への同一化︶こそ、. 本務であるという点に突き当たらざるを得ないとするのである。そして、このような二極止揚11﹁矛盾﹂を強い. られるのは、自由選宗論を主張する人々だけではなく、綴方という教科そのものでもあるとして﹁綴方は一方に. おいて他人にわからせることを必要とし、この点で、社会のもって居る格式を児童に一つ一つ覚え込ますことが. 要求されるが、他方において、子供たちは自分の持って居るものを社会に放出するのであって、この点で社会の. 分化的欲求をこの教科で錬磨せねばならなくなって居る。綴方では自分を出すことが出来なくてはならない。社. 会的にあたへられる綴方の格式ばかりを覚えても、これによって自己の個性的特徴をかたることが出来なければ. 何にもならない。 ︵改行︶更に進んで、綴方は自己個性的特徴を表現する許りでなく、か︾る表現の練習を通じ. て、自分の個性をつくることをやらなければならない。子供の個性は生の個性であるが、綴方教科はこの生の個. 性を、綴る過程を通じて、成長させることを任務の一つとするのである。綴方が単なる国語の一分科である限り、. それはかやうな作用は無視しても良いが、綴方が修身のおぎなひをつける人生科であるといふ自覚をもつならば、. . [. 一.
(12) それは、どうしても、社会の分化的方向と、同一化的方向との矛盾に目をつけ、それを何とか解決しなければな. らなくなる。﹂と述べている。 ﹁綴方が修身のおぎなひをつける人生科であるといふ自覚﹂と述べているのは、. 波多野氏は、芦田氏の自由教育の思想は人格教育であったとし、そのような視座から綴方教育の研究を進め、随. 意選題を主張するに至った経緯があるとした上での言である。今日、 ﹁綴方“人生科﹂という表現は用いないに. しても、 ﹁子供の個性は生の個性であるが、綴方教科はこの生の個性を、綴る過程を通じて、成長させることを. 任務の一つとするのである。﹂という波多野氏の主張の骨子は、文章表現教育の根幹として、認識されるところ. である。論者は、氏の論の骨子を﹁新学力観﹂に照らし合わせた国語科教育の総体に百貫して﹁社会の分化的方. 向と、同一化的方向とが、丁度同U程度に要求される。﹂と結論する波多野氏に与したいと考える。. 以上、波多野氏の論を援用し、本稿では、 ﹁社会の分化的方向﹂ ︵以降、 ﹁分化﹂と示す。︶と﹁同一化的方. 向﹂ ︵以降、 ﹁社会化﹂と示す。﹀ということを、その相互補完性を捉え、二極止揚する視点から﹁丁度同じ程. 度﹂に配するように﹁表現﹂と﹁読解﹂の指導を考察していくこととする。. 加えて、大内善一氏は、やはり波多野氏の結論に与する立場︵注4Vから、二つの方向を統一止揚していく方. 向性を補強するためには、言語の機能面からの﹁想﹂の働きを加味しなければならないとする︵注5︶。論者と. しては、現行指導要領にも、 ﹁思考力﹂を伸ばすことが科目目標にあることから、大内氏の論を受け、 ﹁表現・. 読解﹂指導の過程において、 ﹁思考力﹂、とりわけ、創造的課題解決能力が酒養されることを指導の目標として 盛り込みたいと考える。. ㈲ ﹁表現﹂指導と﹁読解﹂指導の相関性. 高校現場では、一部﹁国語表現﹂や﹁現代語﹂といった選択科目を除くと、 ﹁読解﹂を重視する学習指導が主. 流であり、 ﹁表現﹂指導については現行指導要領の科目の取り扱いに示されているほど、展開されてはいない。. . 一. 一.
(13) しかし、国語の教育が﹁言語の教育を目指﹂すという以上、言語活動のある側面だけを偏重してよし、とはなら. ないはずである。そもそも言語学からすれば、文字を用いた言語行為において、 ﹁書く﹂ことと﹁読む﹂ことと. は双方向のベクトルにあるのであり、分けて考えることそのものが問題であろう。このことについては国語科教. 育論の見地からしても、倉澤栄吉氏が著書﹃新訂作文の教師﹄ ︵注6︶の中で、関連することを述べているので、 要点を抜粋・引用する。 ︵字句・表現とも、まま︶. ・読むことは書くことである。書くことが読むことであると同様に、読むことは書くことである。しかしなが. ら一点一画を読もうとしているときには、全体の意味は形象として浮かび上がってこない。同様に書くとき においても、一字一語に気をつけているときは、全体の意味は浮かび上がってこない。. ・作文のカを伸ばすためには、読みの力を伸ばさなければならない。読みの力が十分であると、単に語いが豊. かになったり文に対する感覚が鋭くなったりするだけではなく、自分の書いた文字をすばやく意味化して、. 意味化された文字︵語、文、文章︶と、いま頭に浮かんでいることと照合し、書く安定感を強めて次の経験. 内容を正しく思い起すことに役立てるのである。この意味での﹁読むことと書くことの一致および相関﹂は、. 従来あまり正しく認められていなかった。 ﹁読み書き能力﹂とは言いながら、読むことと書くこととの密接. な連関については、話すことと聞くこととの連関ほどは認められていなかったといえる。. ・読みと書きとの相関を重視していくと、従来の作文教育があまりに読みから離れていすぎて、読みと書きと が相互に孤立していた点が率直に認められる。. ・読解において、ざっと読んで、それからじわじわ本陣に攻め込んでいくというやり方が久しく行なわれてい. た。 ︿中略﹀作文と関連して言えることは、さぐり読み、ざっと読みなどしないためには、まずいきなり作. 品の主題に体当たりして、その作品から仮説されたひとつの主題に向かって、読者が真剣に、本質的に読解. の姿勢をとることである。真剣に読解の姿勢をとるためには﹁作文法﹂が最適であろう。つまり、ある物語. . 一. [.
(14) 文の読解において、その主人公になったつもりで、自分もある意見を吐いてみたり、その主人公の運命につ. いての自分の気持ちを文章にしてみたりして、そこから自分の仮説の正しさ、もしくは深さを、より確実に していくための読みを進めていくのである。. 虚勢氏は、このように、読解と作文の不即不離の連関を述べ、更に、幾つかの指導例︵・作文指導の際に、意. 味の切れ目ごとに読み直しながら書く、・習慣的に、通読の後の感想や大体の意味をノートに書く、・大意を取. る段階で教室の生徒全員に読み取った要点や感想を小さな紙に書いて、提出させ、全部読んでやる、・音読の際. に問題を与え、その問題に答えるような仕事をさせる、・例えば、自分の一次感想はあっていたかという問題や ・仮説を立てた自由読みなど︶を挙げている。. さて、倉庫氏は﹁表現﹂と﹁読解﹂の連関性を重視する視点を示した訳だが、氏の指導例は、例えば﹁読みの. 中における作文指導、作文の単元の中における読みの機会というものを相互に結びつけ﹂るというものであった。. ただ、本稿では、こうした指導例を評価しつつも、なお、更なる相関性の強調を指向し、 ﹁表現﹂と﹁読解﹂を. 結びつけるために、言語学と認知心理学の領域からのアプローチを加え、双方の指導に共通して資することので. きる文章構造を立て、 ﹁読解指導﹂即﹁表現指導﹂となるような学習指導を構想したいのである。この文章構造. を定式化したものを﹁文章構造モデル﹂とし、これを用いた学習指導の構想を次に示したい。. 第二節 全体の構想について. ω ﹁表現・読解﹂指導のモデル 全体の構造を示す前に、第一節で述べた構想の着眼点を列挙すると次のようになる。. . ]. 一.
(15) ①基礎・基本を[言語事項]の習熟に置く。. ②その習熟の過程における運用の指導を﹁表現﹂指導、 ﹁読解﹂指導と定義し、その指導過程において創造的 課題解決能力や自己教育力の酒養を目指す。 ③﹁言語の教育﹂を捉えるにあたっては言語学からアプローチする。. ④この際、言語の情報伝達媒体としての機能性における社会的側面と個的側面の連関性から、濫費して、 ﹁社 会化﹂と﹁分化﹂の二極止揚ということを念頭に論究する。. ⑤創造的課題解決能力や自己教育学ということについては認知心理学からアプローチする。. ⑥﹁表現﹂と﹁読解﹂の指導に共通して資することのできる文章構造を立て、この文章構造を定式化したもの を﹁文章構造モデル﹂として考案する。 ⑦﹁読解指導﹂即﹁表現指導﹂となるような学習指導を構想する。. これらの着眼点とその関わり、枠組みのイメージを表すものとして、次頁に図A﹁表現・読解﹂指導モデルを 示す。図A中の①∼⑦の項番は、今挙げた着眼点と照応する。. 先に轟轟氏の論を援用したが、例えば、 ﹁読むことと書くことの一致および相関﹂があるとすれば、読解と文. 章表現には構造的に﹁一致および相関﹂が認められるはずである。そこで、共通の構造を有する読解・文章表現. のモデルを考案することで、読解活動および文章表現活動を、活動の方向性の違い︵太矢印︶として説明できる と 考 え た の である。. 以下、次項で作者・作品・読者をつなぐ﹁表現・読解﹂指導とした理由を説明し、次章以降で言語学的なアプ. ローチと認知心理学的なアプローチから、①から⑦までの着眼点を網羅しながら全体の構造を説明する。. 〇. ユ. 一. 一.
(16) →. ⋮・[幽[]→. ■一圃. ■呵■. ・⋮圏堅固←. 作品. ↑. ﹁読解﹂指導. →ーボトムアップ. トップダウンー←. ﹁表現﹂指導. →圏墨. ←[閣]. ←. 羽. 指. ﹂. 解. デ. 一. モ. ル. 導. 指. ﹂. ●. 一. 解. 現. 読. 現. 表. 読. 表. ﹁. ●. ﹁. ⑦. A. 図. ー ユ. ﹁. 一.
(17) ② 読書行為から見た全体の構造. 図B 作者︵11発信者︶の. せ侍遇←. 読書行為. く言語能力・活動﹀︵一1轡㌣捧︶. 作品11︿発話行 為﹀︵ け ン ロ ← マ ︶. 読者︵“受信者︶の く言語能力・活動﹀︵目指や浮︶. ︶ ■グ レン 語う 言=. ︿︵. 図C 為. 筆. 行. 執. 為. 行 書 読. 図D. 国糊. ↓↑. ↓↑ 探. 柔順. 園. ↓. ト. 本. 丁 一丁 翻納 縮. ト. 本来言語活動とは、言語を介在した、情報の発信者と受信者との間の、メッセージの授受に関わる活動の総体. のことであり、 ﹁書く﹂と﹁読む﹂という行為は、この活動に包含されるのである。そこでまず、作者目メッセ. ージの発信者、作品口形象化されたメッセージ︵日︿発話行為>1ーパ下戸ル︶、読者1ーメッセージの受信者とい. う三者の関係を明らかにしたい。なお、本稿での言語学に関する術語の詳細な定義は次章で行うことにする。. 図Bは、作者・作品・読者の関係を図式化したものである。作者は言語によって思考・認識し、これを作品と. いう形でメッセージ目︿発話行為﹀化する。こうした活動とその活動を可能とさせる能力の総体を作者のランガ. ︸. 2. ユ. 一.
(18) ージュとする。この際、形象化つまり、言語︵1ーラング︶化されたメッセージが作品なのである。メッセージが. 言語化されることにより、読者︵1一受信する側︶はメッセージを受け取ることができる。次に、メッセージを受. 信した読者は、そのうンガージュによって、メッセージの内容を読み取ること︵11読書行為︶になる。なお、読. 書行為とは、言語活動における情報の発信者・受信者の双方向のメッセージの交換の総体を、読者の側から﹁行. 為﹂として概観したものと考える。したがって、ここでは読書と読解活動を区別せず、両者を包括して捉える。. 図Cは、執筆行為・読書行為における作者と読者の、双方に対する意識の様子をイメージ化したものである。. 執筆行為は、いかにマスメディアを通じたものであっても、その対象を想定しない限り成立しない。また逆に、. 読書行為は、本来、誰がどのようなことについて述べているのかという興味・関心から生じる行為である。 ︵無. 論、マスメディアによって発信される情報を受け取る際、常に発信者を想定するというようなことはないし、テ. キストとして渡される教材の全てに、生徒が興味・関心を持つ訳でもない。なお、マスメディア論におけるメッ. セージの問題と、テキストの作品に対する生徒の興味・関心の有無ということは重要だが、本研究の主論から離. れるので論及しない。︶したがって、作者と作品は切り離せず、メッセージがメッセージとしての働きを有する. には、作品と読書行為の関係も切り離して考えることはできない。こうしたことから、教育の場における国語科. 指導の方法の一形態として、作者や読者の存在が捨象されることがあったとすれば、それは本来の読書行為であ るとは言えないだろう。この点に関連して、須貝千里氏の論考︵注7Vは、示唆に富む。. 須貝氏は、正解到達主義と正解到達主義批判の関係から起こして、正解到達主義批判の立場に立つ読者論にも、. ﹁自由な読み﹂を保証する際に、生徒の﹁読み﹂が絶対視される危険性があると指摘する。そして、その解決に. は、読者論の﹁読み﹂に見られる﹁︿テクストを読む﹀というレベルでは問題の展開ははかられない﹂、正解到. 達主義の﹁主題読み﹂に見られる﹁︿作品を読む﹀というレベルで考えていかなければならない﹂と指摘してい. る。このことを論者は、 ﹁読者﹂の段階で﹁読み﹂が終暫し、国語教室内の個々の読者の﹁読み﹂が収束されて. 一. 3. ユ. 一.
(19) いかない﹁読みの拡散﹂を防ぐため、 ﹁テクスト﹂を﹁作品﹂と捉える、つまり、主題に向おうとする﹁読み﹂. の方向性を与えることによって、国語教室内の一つの文化としての﹁読み﹂が結束されるということだと解釈し. た。このことは、詳しくは次章で述べるが、論者は、無規制な﹁空所読み﹂は、 ﹁読者﹂のうンガージュを拓く. ことにはならないと考えており、そのことと合わせて﹁読解﹂指導を構想する上で重要な視点であろう。. したがって、図Dで、主題探究的な読書行為と読者論的な読書行為の関係を示したが、高校教育の段階では、. 読者から作者へとつながる本来の読書行為、つまり、主題探究的な読書行為に加えて、読者の変容にまで迫る読. 者論的な読書行為が求められるものと考え、 ﹁表現・読解﹂指導モデル図では﹁読解﹂指導の方向性を読者から. 作者へ向けてつなぐ矢印で示した。なお、 ﹁表現﹂指導については、 ﹁読解﹂指導との﹁一致、相関﹂の関係と. 位置付け、指導の方向を正逆の方向性として捉えて矢印で示した。この点については﹁文章構造モデル﹂に論及 する際に詳述する。. ﹁. 一. 4. ユ.
(20) 竺昂一一立早. 周辺科学からのアプローチ. 第一節言語学的アプローチ ω 言語の特性と機能についての概観と術語の定義. 本稿では、 [言語事項]の習熟を基礎・基本としておき、 ﹁表現・読解﹂指導をその運用面での指導過程であ. るとし、 ﹁表現・読解﹂指導モデル図で、言語学的アプローチを位置付けた。その際、第一章第二項に示した着. 眼点の④で、言語機能の社会的側面と個的側面から敷衛し、 ﹁社会化﹂と﹁分化﹂の二極止揚を念頭にすべきだ. としたが、言語学的アプローチから﹁表現・読解﹂指導を考えるにあたって、まず、この着眼点の④を説明する. ために、言語の特性と機能について概観する必要がある。そこで以下、丸山圭三郎氏の著述︵注8︶から、本稿. に特に関連する叙述部分を術語項目ごとにまとめて抜粋・引用する形を取りながら概観するとともに、あわせて. 本稿で用いる術語について定義することにする。また、項目によって、本稿で﹁表現・読解﹂指導に活かす観点. と捉えたものについては︵観点︶を付記する。各項目の記述順序は次の通り。なお、 ︿本稿で用いる術語﹀とは、. 本稿の読み易さを勘案して、論者が独自に造語した術語である。 ︿本稿で用いる術語>1一照応する言語学術語. ←定義 ・引用、抜粋文 ︵ 観 点︶. ㈲言葉11︵包括的・総合的意味での︶言辞 ︵なお、後出するシーニュを指す︵言葉﹀と区別するため、 ◇. ﹁ 5. ユ. 一.
(21) は付さない。︶. ←一般的な意味で使用する、いわゆる﹁ことば﹂のこと. ・言葉は認識のあとにくるのではなく、言葉は認識自体である。 ︵メルローーポンティー、丸山氏引用。︶. ・言語外現実を把握し、私たちを取り巻いている世界を区切り、グループ別に分け、カテゴリー化するのは 言語を通してであります。. ・言葉はそれが話されている社会にのみ共通な、経験の固有な概念化なのです。. ・単語の持つ音の価値も、意味の価値も、その言語の体系のなかだけで決定されるのであり、言葉が、あら. かじめ区切られた独立の存在である物や概念の名前でないということは、多くの実例が証明しています。 ︵観点︶. 言葉の特性について触れた部分を引用した。まとめると、 ︿言葉は言語外現実を区切ったり、グループ. 分けしたり、カテゴリー化する認識それ自体であり、その言葉が使用される社会のみで共通な、経験の固. 有な概念化であって、単語の音と意味の価値もその言語体系の中だけで決定される﹀ということになる。. その説明として氏は、 ﹁虹﹂を例に引き、同じように虹を捉えながら、その色を、日本では七色として分. 思するのに対して、リベリアのバッサ語では二色で分割し、認識していると述べる︵︿言葉の内容﹀の項. の図参照V。このような言葉の認識面での特性から、 ﹁国語の教育﹂に活かすべき着眼点を得る。. ①︿言葉は認識それ自体である﹀ことから、︿言語を用いた活動は、認知活動である﹀という視点を持つ. こと。つまり、 ﹁言語の教育﹂は、言語活動を通じた﹁個﹂の認知活動なのであり、いわゆる﹁分化﹂ の方向性の酒養が重要である。. ②︿経験の固有な概念化﹀ということから、その言葉に関わる﹁共通﹂の経験の歴史且つまり、言語文化. について、言葉の通時態︵11時間軸上の体系の価値の変化︶と共時態︵ほ時間軸上の︸点に切り取られ. ﹁. 6. ユ. ︸.
(22) る体系の状態︶という両側面から認識・理解を図ること、つまり、 ﹁社会化﹂の方向性の財経が必要で ある。. ③︿言葉は、その言葉が使用される社会のみで共通な、経験の固有な概念化であり、その音と意味の価値. もその言語体系の中だけで決定される﹀ことから、 ﹁個﹂の経験が総体化したという視点に基づいた、. ﹁共通﹂の経験についての認識・理解を図ること、つまり、 ﹁個﹂を意識した﹁社会化﹂の方向性の酒 養が必要がある。. ①②③から、前章でも捉えたように、 ﹁社会化﹂と﹁分化﹂の止揚の必要性が見出だせる。 ㈲︿言語能力・活動>1ーランガージュ. ←人間の持つ普遍的な言語能力、抽象化能力、象徴能力、カテゴリー化能力およびその活動. ・ラングは一つの社会制度であって、ランガージュという生得の能力もこの社会生活を通してのみ実現され る. ・個人は、話すように生まれついてはいるが、この道具を行使できるようになるのは、彼を取り巻く社会に よってのみである︵ソシュール、丸山氏引用。︶ ◎︿言語﹀ーーラング. ←個々の言語共同体で用いられている多種多様な国語体︵日本語、英語、フランス語など︶のこと。その社. 会固有の独自な構造をもった顕在的社会制度のことである。メッセージとの関係ではコードを意味する。. ・ある特定の言語においては、音声の対立のさせ方、組み合わせ方、単語の作り方、単語同士の結びつき方、. 語順、そして単語のもつ意味領域などには一定の規則があり、この規則の総体がラングであって、これは. あくまでも個人を超えたところにある抽象的な制度であり約束事であり条件でもあるのです。. ・そうしてみると、現実の発話に現われた個々の言行為とラングとを同一視できません。. 一 7. ユ. 一.
(23) ㈹︿発話行為>1ーパロール. ←現実の発話に現われた個々の言行為であり、メッセージのこと。ラングの顕在化し具現化したもの。 ﹁作者・作品・読者﹂という読書行為においては﹁作品﹂がこれに当たる。. ・個人の言葉が入から理解されるためには社会の約束事がなければなりませんが、その約束事が成立するた めには、まず個々人の言葉がなくてはなりません。. ・︵言葉はそれが︶ごく日常的な単語であればあるほど、実生活の投影であり、さまざまな感情にいうどら れ て います。. ・個々人のパロール活動はあくまでラングの音韻体系、文法体系、意味体系を前提とし、この絶対的なと言. ってもよいほどの規制の下にあるのですが、主体が真の表現行為︵※︶を行ないさえずれば、そこには、. 必ずや言葉の創造的活動が見出だされると言えるでしょう。言葉は原理的に恣意的なものです。それなら. ば、その非自然的な構造が人為の故に作られたように、人為によってこれを作りかえることも、また可能 ではないでしょうか。. ※真の表現行為ーー言葉を言葉ではないものにしてその既成構造から逃れるというのではなく、あくまでも. 言葉の既成性のうちに身をおき、同時にその構造を乗り越える方向をもつ文学言語に代. 表される創造的実践活動こそ、まさにこの新しい意味生産の出発点であります。これは. ちょうど、言葉がはじめて生ずる発生状態にも似ていて、いくつもの意味を内包するメ. タフオール的存在であり、すりへった貨幣になる以前の本質的言語の姿でもあります。 ㈲㈲㈲についての︵観点︶. ︿言語﹀とく発話行為﹀の関係から見た︿言語の体系﹀について丸山氏は、全体があってはじめて個が存. 在するものであり、そこでは独立した個々の要素が寄り集まって全体を作るのではなく、全体との関連と、. 一. 8. ユ. 一.
(24) 他の要素との相互関係の中で、はじめて個の意味が生ずるような体系であると述べる。そして、再構成因. 子間の相互関係と、全体と個の関係11︿言語の体系﹀を作り上げている機能の両面を切り離せないものだ. とし、言語を構成する諸要素は、その共存それ自体によって互いに価値を決定しあっている相互補完関係. にあると述べる。このように︿言語の体系﹀における個の要素と全体の関係︿言語の体系﹀が相互補完性. を有していることも、㈲の︵観点︶でも述べた﹁社会化と分化﹂の二極止揚の必要性と合わせて着眼しな. ければならない。なお、氏は、各構成因子問の相互関係と、全体と個の関係として、次の関係を挙げる。. ・連辞関係雛各要素が特定の連辞の中で、その前後におかれた要素との相互関係において価値を生ずる、 顕在的・対比の関係。. ・連合関係11同一コンテクスト内では相互排除関係にあるため、現実の文には現われない、連想され得 る語群との潜在的・対立の関係。. ・コンテクストーーソシュールは単に﹁文脈﹂にとどまらず、 ﹁文化的・社会的・歴史的すべての状況﹂. を包含するとする。. 単語レベルにおけるこれらの関係の連関性を説明するために、氏は図Eの文例を挙げるとともに、三つ. の関係の、いずれかが欠損したことによる失語症の例を挙げる。症例は大きく、結合能力障害︵連盟関係. の障害︶、選択能力障害︵連合関係の障害︶に分かれる。つまり、言語活動は、連辞・連合関係が兼ね備. わっていることによって、はじめて成立するのである。さらに、コンテクストに関する障害がある場合は、. 分裂症に分類されるとのことから、メッセージ内のコンテクストとメッセージを発話する状況としてのコ. ンテクストの把握・理解・分析能力も、言語活動を成立させる重要な要素であることが分かる。. これらのことから、生徒が﹁話せない、書けない﹂という状況があるならば、これら三つの関係に関わ. る運用能力の酒養が必要となろう。これらの基礎・基本は初等教育で固められ、さらにコンテクストを中. 一 9. ユ. 一.
(25) 1. コンテクスト内の他の単語との差異、対立、前後関係によって、. , SaWはSeeの過去形の動詞と了解される ︵連辞関係︶ saW a bOy. ←. 心とした、より高度な運用能力こそ高校の現場で酒養すべきものだと考える。. 図E 例. ㈲saWと同系列要素群のmet、hit、10vedなどが連想される. ﹁. ㈲﹁のこぎり﹂というSaWの意味から﹁大工﹂や﹁かんな﹂などが連想される. ㈲その形の上の類似から、PaW、1aWなどが連想される ︵連合関係︶. ◎︿言葉>1ーシーニュ. ←個々の具体的な雷語記号のこと。包括的・総合的言辞としての言葉と区別する。. ・言語記号乙。一σq富①一冒σq書影言器は、記号。。一。q器と呼ばれていても他の一切の記号とは異なって、あらかじ. め自らの外にある意味を指し示すものではさらさらなく、いわば表現と意味とを同時に備えた二重の存在 である ω︿言葉の表現>1ーシニフィアン. ←言語記号の表現の面のこと。術語の原義は﹁意味するもの﹂ということであり、 ﹁能記﹂と和訳される。. ㈲︵言葉の内容・意味>Hシニフィエ. ←言語記号の内容の面のこと。術語の原義は﹁意味されるもの﹂ということであり、 ﹁所記﹂と和訳される。. 〇 . 一. 一.
(26) F 図. G 図 ↑. アカ. 赤. vダィ;. ⋮ダ 榿 黄. Zひ一Za. ω︿辞書的意味>1ーデノテーション. 青. ↑. アオ. ﹁虹﹂11連続体. ミドリ ↑. 緑. アイ ↑. 藍. ※シニフィアン、シニフィエ. ともにシ山雪ュ内にみられ. るカテゴリー・クラス. 区切り. ㎜ムラサキ →シニフィアンによる. ↑. →シニフィアンの働きに. →バッサ語. より生じたシニフィエ. 紫. hUi. ←外示的意味︵辞書的意味・明示的意味・直接的意味︶のこと。語のもつ最大公約数的、抽象的意味であり、 社会的通念によって認知された一般的な意味のこと。. ω︵個人的・状況的意味>Hコノテーション. ←付随的意味のことであり、語のもつ個人的、状況的意味である。丸山氏は、コノテーションは少なくとも 次の三つに分けられるとする。以下、要約する。. 一. 1 . 一.
(27) ・第一のコノテーション”一言池内の個々の語に宿る個人的・情感的イメージ。. デノテーションにまつわるさまざまな、個々人の経験や思想に基づく付随的意 味。まだラング化されていないパロール次元にある。. ・第二のコノテーション”一定時期のラングに見出だされる共同主観的付随概念。複数の人々に共有され る意味。. ・第三のコノテーションー1あるシ雲影ュにおけるその語がもつ既成性︵疑デノテーションY故に、逆に生. み出された新しい意味。第一、第二のコノテーションが日常の言語︵11一次言. 語︶の次元に属していたのに対し、それよりも高次の言語︵日二次言語、メタ. 言語︶に属すると同時に、一次・二次言語が重なり合うことから生ずる両義性. を必ず伴っている。なお、一次・二次言語については次項で再度定義する。. ω︿一次言語>H日常言語・一次言語. ←日常言語のこと。 ︿言葉の表現﹀によって切り取られた言語外現実または表象と対応する、既成的に有す. る具体的意味のみを表す語とする。この意味において、 ︿乙次言語﹀は、 ︿辞書的意味﹀である。なお、 補足的定義は次項で示す。. ω︿二次言語>1ーメタ言語・二次言語. ←日常言語が高次化・上位概念化された言語のこと。丸山氏は、第三のコノテーションが付与された言語と. する。なお、論者は、竹内芳郎氏の﹁言語階層化理論﹂ ︵注9︶を援用し、言語外現実および表象は、形. 而上あるいは形而下の別なく存在するのであり、それらを言語を用いて認知する際に仮に切り取った切片. の、個体的特徴が一般認識化し得る程度に捨象・抽象された対応認識目意味を表す語を︿一次言語﹀とし、. ︿一次言語﹀で切り取った言語外現実と表象の本質に迫る認識が、さらに付与されたものを︿二次言語﹀. 一. 2. . 一.
(28) とする。この際、 ︿一次言語﹀の対象が形而下であれば、付与される認識は、主に︿個人的・状況的意味﹀. が帰納化された抽象的・象徴的概念である。そこで、上位概念化された︿二次言語﹀を︿文学言語﹀とす. る。一方、 ︿一次言語﹀の対象が形而上であれば、付与されるのは、対象となる表象内部におけるより弱. い抽象域の捨象に基づく措定化・定位化を図る認識11﹁明示化﹂認識である。そこで、高次認識1ーメタ認. 知化された︿二次言語﹀を︿論理言語﹀として弁別することにする。なお、形而上を対象とする︿一次言. 語﹀のく論理言語﹀化に際して、捨象された抽象域に、新たな︿言葉の表現﹀が付与された場合、それは. もはや元の︿一次言語﹀が対象とした表象を指し示すことはない。したがって、これもまた︿論理言語﹀. として位置付けることにする。なお、本稿では、 ︿文学言語﹀とく論理言語﹀の弁別性については、それ. らを酒養するに相応しい教材の類型化とそれに基づく文章構造モデルを構想する際に言及するに留めたい。 ㈲∼00についての︵観点︶. 言語外現実は連続体であって、シニフィアンがこれを区切る働きをすることによって、シニフィエが生じ、. 我々は、認知できるのである。一方、シニフィエ内部のコノテーションが、他のシーニュのシニフィエ内. 部のコノテーションとの連関で、第三のコノテーションを生み、新しいシニフィアン←シーニユを生む。. このような第三のコノテーションと、メタ言語の特性と機能を観点として押さえ、 ﹁表現・読解﹂指導に おいて、その酒養を図る重要性を次項で言及する。. 以上、本稿に関わる言語の特性と機能について概観してきたが、本項で示した個々の︵観点︶が、前章に示し. た﹁表現・読解﹂指導モデルの着眼点④で示した﹁社会化﹂と﹁分化﹂の二極止揚ということの必然性の論拠と. なっている。では次に、本項で概観した言語学的知見・観点から、 ﹁表現・読解﹂指導において媒材とする﹁作 品﹂について、構造的な説明を加えたい。. 一 3. . 一.
(29) ② ﹁ 作 品 ﹂の構造について. 作品はまとまった文章として表れる。文章の構造は、 ﹁単語﹂←﹁文節﹂←﹁文︵文脈︶﹂←﹁段落﹂←﹁文. 章﹂という階層構造で捉えられる︵簡略図H︶。単純に言えば、 ﹁文章﹂は﹁単語﹂の集積であり、ある一つの. 作品は﹁単語﹂の﹁意味﹂の集積であるし、あらゆる言語活動において、その端緒となるのは﹁単語﹂なのであ. る。したがって、豊かで適切な﹁表現﹂と的確な﹁読解﹂の指導に当たっては、まず、学習者各個が持つ﹁単語﹂. の﹁意味﹂を酒養することが重要になる。そこで論者は、文章表現と読解という二つの言語活動を包含する︿言. 語能力・活動﹀の酒養を、まず単語レベルつまり︿言葉﹀の、 ︿言葉の表現﹀とく言葉の内容・意味﹀の二面の. 関係を捉えるとともに、特に、 ︿言葉の内容・意味﹀内部の︿辞書的意味﹀とく個人的・状況的意味﹀の両方を、. ともに酒養することによって図るべきであると考えた︵構造については図1︶。. 図Hのように、作品は︿言葉﹀の組み合せで成り立つのだが、その﹁理解﹂は、図J1に示したように、表さ. ︿個人的・状況的意味﹀. ︿辞書的意味﹀. ︿言葉の表現﹀. れた︿言葉﹀の、 ︿言葉の内容・意味﹀の面において、作者と読者の︿辞書的意味﹀とく個人的・状況的意味﹀. 葉⋮. ︿言葉の内容・意味﹀. が重なり合う点に作品︵闘メッセージ︶の﹁理解﹂が生じるのである。. 図H ←. 言⋮ ︿⋮. さらに、 ﹁理解﹂の程度は次頁図J2、J3のように、 ︿辞書的意味﹀とく個人的・状況的意味﹀の重なり具. 一. 4. . 一.
(30) 作者の一﹂. ★☆ ☆. ☆ ⋮. ★⋮. ︿言葉の内容・意味﹀. ☆ ★. ★ ★ ☆. ☆⋮. ⋮書人. ⋮的的. ⋮意・. ⋮味状. ︸辞個. くく. 分. 部. 理. 解. さ. れ. ⋮一況 る. ﹀ 味 意 的. 合が違うことによって、生じるのだと考えた。. の. ●. 図J1⋮ ﹀. 容 内. 味 意. 葉. く. 言. ソ二三☆★ロ @ @ . ★. 図J2作者. ★. 図J3作者. 9膠・.飼貿卿願. ☆⋮. ⋮★★⋮. ☆⋮. ⋮−読者・⋮⋮⋮⋮⋮. ⋮☆★⋮. ☆⋮. ★⋮. ⋮・読者⋮・⋮⋮⋮m. 例えば、ある作品で﹁アオ﹂というく言葉の表現﹀によって切り取られた︿言葉﹀が用いられている時、それ. を用いた作者と読み手である読者はそれぞれ、 ﹁あお﹂というく言葉﹀に寄せる︿辞書的意味﹀とく個人的・状. 況的意味﹀を有しており、その重なり部分でメッセージを授受するのである。ところが、作者と読者の言語外現. 実についての経験と把握は各々異なるのであり、それ故どれだけのく意味﹀を有しているかは当然異なる。言う. までもなく、経験に比例して︿意味﹀も豊富に所有することになろう。そこで、 ﹁アオ﹂と切り取った︿言葉﹀. に、作者が︿辞書的意味﹀として色彩の﹁青﹂のく意味﹀と、様々に有する︿個人的・状況的意味﹀の中で、特. に、情緒的に﹁寒々としている﹂というく意味﹀を寄せたにも関わらず、読者がその︿言葉﹀に、通念的に共通. ﹁. 5. . 一.
(31) する︿辞書的意味﹀だけを読み取ったとすると、作者の表現意図は十全に読み取られなかった、つまり、 ︿言葉﹀. のレベルにおいてメッセージは十全に伝達授受されなかったと言えよう。図のJ2はそのような、読者側の﹁理. 解﹂が浅いケースを図式化したものである。そこで、より﹁理解﹂が深いケースを示したのが図J3であるが、. ﹁表現・読解﹂指導、とりわけ、 ﹁読解﹂指導においては、J2のケースのような読者を、J3のケースにおけ. る読者に変容することが目標となろう。つまり、 ︿辞書的意味﹀とく個人的・状況的意味﹀の両方をともに酒養. ・白鳥は 圏ずや. 図K ※1. ↓ ↓. 空の圃 海の國にも 染まずただよふ ︵若山牧水︶. ※2 ※3. ﹁単語﹂レベルの構造説明. することが重要なのである。それでは、図J3までで見たことを、図Kの二例を用いて具体的に見ることにする。. ⑬. ↓. 悲し・愛し. ︿辞書的意味﹀とく個人的・状況的意味﹀のずれを. ﹁アオ﹂についての、 ︿言葉の内容・意味﹀内部の. 哀しなのか、. なのか. 活かした別の︿言葉の表現﹀の使用例. と ※ 2 ※ 3 の 部 分 の 表 現 を 意 識 し た こ と は そ の 表 ︵ 図Kの短歌において、作者が※1 記※1は﹁カナシ﹂とい. う音で切り取られた︿言葉﹀ ﹁かなし ﹂ を、あえて平明な平仮名で表記しながらも、係助詞によって強調してい. 切 り 取 ら れ た ︿言葉﹀である﹁あお﹂の表記を意図的に変えている。Vから る。※2※3は﹁アオ﹂という音で. 分 の よ う と す る 意 図 哀﹂ ﹁悲﹂ ﹁愛﹂ 容易に見て取れよう。もし、※1の部 心 情 を よ り 詳 述 し が あ る な ら ば﹁、. のいずれかの漢字記号を用いて表記す べ き で あ り 、 作者の表記能力上から考えてもいずれかの漢字を選択し得た. 一 6. . 一.
(32) であろう。にもかかわらず、平仮名表記することで何を表現しようとしているのだろうか。同様のことが※2※ 3で、 ﹁あお﹂の表記を変えている点にも言えよう。. 論者としては、※1においては﹁白鳥﹂、あるいは﹁白鳥﹂に仮託した作者自身︵あるいは他者︶に見て取れ. る心情を、平仮名表記の﹁かなしからずや﹂とすることで、 ﹁哀﹂ ﹁悲﹂ ﹁愛﹂の、いずれの情感的意味をも読. 者に想起させるという作者の狙いがあるのだと見て取る。また、※2※3においては、漢字、仮名表記を変える. ことにより、 ﹁アオ﹂についてのく言葉の内容・意味﹀内部の︿辞書的意味﹀とく個人的・状況的意味﹀のずれ. を活かそうと、異なる表記︵11︿言葉の表現﹀︶を効果的に用いることで眼前の︵あるいは想念の︶世界をより. 繊細且つ叙景的に描こうという工夫が見て取れると考える。つまり、作者は※1によって、情感的世界の広がり. を意図し、※2※3で、叙景的世界の鮮明化・リアル化を意図したと言えよう。そしてさらに、 ﹁かなし﹂とい. うく言葉﹀の持つ色彩的イメージといった︿個人的・状況的意味﹀と、 ﹁あお﹂という色彩を示す︿言葉﹀の情. 意的な側面の︿個人的・状況的意味﹀の連関を融合させることで、作品世界をより効果的にまとめ上げていると. 言えるだろう。こうした異なる︿言葉の表現﹀を用いた﹁表現﹂の効果は、 ﹁かなし﹂と﹁あお﹂のく辞書的意. 味﹀だけを捉えた場合、成立し得ないのである。つまり、例のような文学作品を﹁表現・読解﹂するには、 ︿言. 葉の表現﹀とく言葉の内容・意味﹀の連関性および、 ︿辞書的意味﹀とく個人的・状況的意味﹀の相互補完性を 意識した上で、 ︿言葉﹀総体の充実を図らねばならないのである。. 次に、図しの例を用い、 ︿一次言語﹀のく二次言語﹀化U︿メタ化﹀について論及する。この際、論及の便宜. 上から、 ︿二次言語﹀の内、 ︿文学言語﹀を対象とし、上位概念形成過程の高次化であるくメタ化﹀をまず、説. 明することにする。 ︵なお、 ︿論理言語﹀の生成過程を捉えることは、高校生を対象とした学習指導を考えると. いう本稿の趣旨から見て、詳述に及ばないと考える。したがって、その運用面についてのみ、 ︿文学言語﹀と対. 照的に捉えることにし、本項では論及しない。加えて、小池清治氏の論︵注10︶を受け、図Kの例で見た﹁青﹂. 一 7. . 一.
(33) や﹁あを﹂を、 ﹁あお﹂に対する︿二次言語﹀として捉えるのだが、その際、これらを︿論理言語﹀とく文学言. 語﹀のいずれに峻別すべきかは、本項の趣旨ではないので、割愛する。以下、 ﹁かげろう﹂についても同様。︶. 図L ※. u舗ひH藝 群Hメタ昌一内語︶−窮財嚢嚢ゆらゆらするものの象徴. @.. さて、図しの場合、 ﹁かげろう﹂というく言葉﹀は、 ﹁︵名詞として︶﹂昆虫の名称2陽炎︵動詞として︶a. かげろう阿ゆらゆらと立ち昇る﹂といった、 ︿一次言語﹀としてのく辞書的意味﹀を持つ。ところが、 ﹁愛はか. げろう﹂という場合における﹁かげろう﹂というく言葉﹀は、それらの内のいずれのく意味﹀としても用いられ. ておらず、 ︿二次言語﹀さらに言えば︿文学言語﹀としてのく意味﹀で用いられているのは明らかである。では、. このような︿一次言語﹀が、上位概念を付与されて︿二次言語﹀化口︿メタ化﹀するその過程と構造、その運用 までを﹁かげろう﹂という虫の名称に関する部分を用いて概観する。. ﹁かげろう﹂とは虫の名称である。この虫は、 ﹁アリジゴク﹂という長い幼態時期を経て羽化し、成虫となっ. てからは短い生殖活動と産卵の後、数時間で絶命する。長い間の醜い幼虫時代の割に、美しい成虫時代はあまり. に短いことから、 ﹁かげろう﹂というく言葉﹀を聞いた時に、その︿言葉﹀を掛けられた受手は、 ︿一次言語﹀. のく辞書的意味﹀を想起しつつ、 ﹁かげろう﹂の生態上の特徴を想起し、その具体物である﹁かげろう﹂に対す. る個人的・感情的イメージ︵はかなさ︶を形成することになる。このイメージが、個人の言語活動の中である程. 度固定化することにより、 ﹁かげろう﹂というく言葉﹀に対する︿個人的・状況的意味﹀が形成される。この段. 階では個人の︿個人的・状況的意味﹀は個人内の想念に止まるため、 ︿言語﹀として意思疎通に用いられること. はなく、 ︿辞書的意味﹀化もしていない︵11第一のコノテーション︶。しかし、この﹁かげろう﹂というく言葉﹀. に対する個人レベルの︿個人的・状況的意味﹀が、ミニマムなある集団や共同体で共有化されることによって、. 一. 一. 8. .
(34) ︿個人的・状況的意味﹀はその集団・共同体内部においてのみ有効な︿辞書的意味﹀化する︵U第二のコノテー. ション︶。さらにその︿意味﹀が時間的・空間的な共有性の広がりを見せ、同じく言語﹀使用者総体に認知され. ることにより、最終的な︿辞書的意味﹀化が完成するのである︵11第三のコノテーション︶。これによって﹁か. げろう﹂という虫の名称といった具体的意味を表す︿一次言語﹀が、 ﹁はかなさ﹂といった抽象的・象徴的意味. を表す︿二次言語﹀ ︵11︿メタ言語﹀︶化する。 ︿メタ化﹀したく言葉﹀はく一次言語﹀とく二次言語﹀の両方. の︿言葉の内容・意味﹀を有することになるのであり、 ︿言語﹀としての使用の可能性が豊かに広がることにな る。以上が、 ﹁単語﹂レベルにおける︿メタ化﹀の過程と構造である︵図M参照︶。. したがって、元々︿一次言語﹀としての意味しか持たなかった﹁かげろう﹂というく言葉﹀は、 ︿二次言語﹀. であるく辞書的意味﹀としての﹁はかなさ﹂を持つようになってはじめて、②の場合の﹁表現﹂に用い得るよう. ︿言葉の内容・意味﹀ 虫の名称. 噌●●.圃■0.圃剛.■■圃■.腫・■■圃■■■暉,隔■層國呵..謄曜謄■圃..0噂・■0卿冒■・.■噂■葡.. になったのであり、文全体としては﹁愛というものははかないものだ。﹂という意味を表していると捉えること ができるようになったのである。. 図M ︿言葉の表現﹀ ﹁カゲロウ﹂. 新しい︿言葉の内容・意味﹀ ﹁はかなさ﹂の象徴. ⋮⋮⋮⋮ ︿二次言語﹀. ︿一次言語﹀. ︿言葉の表現﹀ ﹁カゲロウ﹂. このように、 ︿言葉﹀のくメタ化﹀は、個人レベルの︿個人的・状況的意味﹀がく辞書的意味﹀化する過程を. 通じて成立するのであり、 ︿メタ化﹀が進めば、言語活動そのものが豊かになる。一方、言語が思考を形成する. 一. 9. . 一.
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