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<シンポジウムコメント>20世紀アメリカ外交と科学

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Academic year: 2021

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<シンポジウムコメント>20世紀アメリカ外交と科学

著者

内輪 雅史

雑誌名

関学西洋史論集

40

ページ

25-27

発行年

2017-03-31

URL

http://hdl.handle.net/10236/00027654

(2)

〔シンポジウムコメント〕

20 世紀アメリカ外交と科学

内 輪 雅 史

本稿は 2016 年 11 月 20 日に関学西洋史研究会第 19 回年次大会において行わ れたシンポジウム「20 世紀アメリカ外交と科学」におけるコメンテーターと しての質問と報告者の返答をまとめたものである。 最初の報告者である藤岡氏は MIT の近代化論を中心とする冷戦時のアメリ カの大学について研究されており、今回のシンポジウムでは 1920 年代から 50 年代までの科学研究とアメリカ外交について報告していただいた。藤岡氏は科 学とアメリカ外交の関係を示す好例として 1945 年から 46 年までの原子力法の 攻防を例として例示された。そして、最終的に冷戦的要因と「民主主義」を巡 る認識の相違から科学者は政策に影響を与え得れぬようになったと総括され た。そこで私は、それに関連して冷戦的要素、「民主主義」の認識の相違以外 にも、一部の研究者たちが指摘するように、科学者たち自身にも、政権中枢で も科学者の運動においても政治的なうぶさがあったために、自らの政治的影響 力を削ぐことになったのではないかと質問した。それについて藤岡氏は科学者 たち自身のうぶさがあったことも認めた上で、この時代の国家戦略再編として 改めて上記の 2 つの要素を強調された。いずれにせよ科学史研究とアメリカ外 交研究は独立した分野として存在しており、組み合わせて論じる試みには大変 な困難が伴い、20 世紀後半までの長期的な視点が必要になるとのことであっ た。 続いて高橋氏がマンハッタン計画と放射線人体影響研究について報告され た。高橋氏は長年この分野でマンハッタン計画からクロスロード作戦に至るま でアメリカの原子力政策の矛盾を研究してこられた。この発表はアメリカ政府 ― 25 ―

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の史料を用いて、戦時中から戦後までの放射線の人体への影響にダブルスタン ダードがあったことを指摘するものであった。アメリカの当局は一方では放射 線の人体への影響を否定する言説を唱えながら、他方では内部の史料からは人 体への影響について認めており、ABCC など機関を用いてそれを調査し続け た。そこで私は「原爆の父」と呼ばれた良心の狭間で揺れ動いていた科学者の 象徴的存在でもあるロバート・J・オッペンハイマーは、この放射線人体実験 などの事実をどれだけ知っていたのか、彼の言葉通り科学者は「罪を知った」 のではなかったのか、と質問した。高橋氏は『プルトニウム人体実験』という 本にも書かれているように、実はオッペンハイマーはこのショッキングな事実 を知っていたどころかそれを指示、管理する立場にあったと応えられた。オッ ペンハイマーはこの事実を含めて「罪を知って」悩み、苦しみ、核時代の「危 険と希望」を強調し、水爆の開発には反対するなど独特の立場を取っていくと 解釈することも可能であろう。 最後の報告は藤本氏によるヴェトナム戦争における枯れ葉剤の散布とその科 学者による批判とアメリカ政府の対応についてだった。藤本氏はヴェトナム戦 争と記憶の問題を取り扱われており、今回は枯れ葉剤散布の対応問題について 報告いただいた。1961 年に承認を受けてから、62 年から 71 年まで散布された 枯れ葉剤に対して、当初科学者たちは生態系への影響から反対していたのだ が、ソンミ虐殺の露呈や枯れ葉剤の悪影響から“Ecocide”の概念提示へと繋 がるようなヴェトナム民衆の人体に対する影響の関心を取り戻した。それが、 政府の対応への影響力を持った上に、環境問題、化学兵器問題に対する関心を 高めたという遺産となった。私はそれに関連して、先生は 69 年のソンミ虐殺 の露見によってヴェトナム反戦運動が高まり、科学者も大いに批判の声を上げ るようになったと発表されたが、政府はソンミ虐殺を限定的事例とするような キャンペーンを行い、一定の成果を上げた。それは当時の世論調査からも明ら かなのだが、その加害性の揺り戻しは科学者の運動にどう影響を与えたのかと 質問した。藤本氏は政府がソンミ虐殺を一兵士の問題に帰すことによってこの 事件を忘却させようとしたこと認めた上で、例えば帰還兵にも枯れ葉剤のダメ ― 26 ―

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ージがあることが明らかになりつつあったこと、そしてヴェトナム戦争に対す る国際的な反戦運動の視点といった当時の反戦運動によって逆に政府のキャン ペーンは乗り越えられることになったと応えられた。枯れ葉剤散布は自国兵の 被害というナショナルな側面と、ヴェトナム民衆への“Ecocide”であるとい うインターナショナルな視点から批判されたのだ。 以上がシンポジウムのコメンテーターとしての私による質問の概略である。 科学が政策に与えた影響、役割が中心となるシンポジウムであった。例えば、 科学史や外交史といった既存の分野を超えて研究するには、非常な困難が付き まとうが、シンポジウムで提示されたような問を考察することは、科学と政策 のリンクがブラックボックス化しつつある現代においても私たちの理解の手助 けになるのではないだろうか。 ― 27 ―

参照

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