Kobe Shoin Women’s University Repository
Title 坪内逍遥著作年表稿(三)
Tubouchi Shoyo Bibliography (3)
Author(s) 青木 稔弥(AOKI Toshihiro)
Citation 文林(BUNRIN),No.26:61-98
Issue Date 1992
Resource Type Bulletin Paper / 紀要論文
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木
稔
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坪 内遣 描 署作{手三畿 穐{≡} 前 回 ま で と 同 標 に 、 ﹁ 坪 内 迫 癌 事 典 ﹄ ( 平 凡 社 田 ・ 5 ・ 22 ) 所 収 の 大 村 弘 毅 ・ 小 川 智 子 . 梅 沢 宣 夷 編 ﹁ 著 作 年 表 ﹂ を 増 補 す る 形 で 稿 を 進 め る , 全 く 逸 し て い 看 か 、 記 述 に 不 + 分 な 部 分 が あ る も の の み を 対 象 と し . 再 録 物 に つ い て は 、 ひ と ま ず 除 外 す る 昏 明 治 覗 年 二 九 〇 八 ) 余 の 愛 諦 す る 格 言 糧 耽 硝 騨 醜 幽 青 年 之 友 坪 内 雄 蔵 明 41 ・ 1 ・ 1 い つ も 同 じ 心 組 ハ ガ キ 文 学 .肛 ノ 一 坪 内 迫 遙 明 41 ・ 1 ・ 1 今 の 小 説 を 読 む 普 通 の 人 の た め に ( 大 阪 公 会 堂 に て 公 梁 の 轟 め に 置 説 せ る も の ・ 筆 記 V 旧 月 -. -° -ー 4 思 想 と 突 行 成 功 一 三 ノ ニ 坪 内 雄 蔵 明 41 ・ 1 ・ 5 趣 味 三 ノ ] 坪 内 雄 蔵 述文林 二十六号 ( 序 ) 杉 谷 代 水 ﹃蝋 精 功 と 罪 ﹄ 通 俗 教 育 会 坪 内 雄 蔵 明 41 ・ 1 ・ 18 国 劇 小 史 大 隈 重 信 撰 ・ 副 島 八 十 六 編 ﹃ 開 国 五 十 年 史 ﹄ 下 巻 開 国 五 十 年 史 発 行 所 ( 早 稲 田 大 学 出 版 部 内 ) 坪 内 雄 蔵 明 41 。 2 ・ 29 道 徳 の 要 領 & 倫 理 学 一 班 早 稲 田 中 学 講 義 坪 内 雄 蔵 明 41 ・ 4 初 旬 ∼ ? 芸 術 叢 話 高 等 国 民 教 育 坪 内 雄 蔵 ・ 紀 淑 雄 明 41 ・ 4 初 旬 ∼ ? 文 芸 に 対 す る 三 の 異 つ た 標 準 早 稲 田 文 学 三 一 坪 内 迫 遙 明 41 ・ 6 ・ ー ハ ム レ ッ ト 講 話 ﹃ 最 新 思 潮 講 話 ﹄ 隆 文 館 坪 内 雄 蔵 明 41 ・ 6 ・ 25 ( 序 ) 佐 々 醒 雪 ﹃ 鮪 紬 竿 繍 江 戸 長 唄 ﹄ 忠 文 舎 迫 遙 明 41 ・ 7 ・ 20 序 シ エ ン キ エ ヰ ツ チ 作 ・ 松 本 雲 舟 訳 ﹃ 何 処 に 往 く ﹄ 合 本 昭 文 堂 迫 遙 明 41 ・ 8 ・ 3 雑 誌 の 材 料 に 就 て ハ ガ キ 文 学 五 ノ 九 坪 内 迫 遙 明 41 ・ 9 ・ 1 文 芸 談 早 稲 田 大 学 文 学 科 講 義 坪 内 雄 蔵 明 41 ・ 10 初 旬 ∼ ? 序 和 波 久 司 ﹃ 斯 花 庵 遺 稿 ﹄ 和 波 鉱 太 郎 刊 坪 内 雄 蔵 明 41 ・ 10 ・ 10 (新 年 物 と 文 士 ) 国 民 新 聞 五 九 九 八 坪 内 迫 遙 明 41 ・ 11 ・ 18 ﹁ 余 の 愛 謂 す る 格 言 ﹂ は 、 青 年 之 友 第 一 巻 第 三 号 及 第 四 号 ( ﹁ 新 年 二 倍 号 ﹂ と 称 す る 合 併 号 ) に 掲 載 さ れ た ア ン ケ ー ト へ の 回 答 。 表 題 は 迫 遙 自 身 が つ け た も の で は な く 、 ﹁ 現 代 名 流 五 十 余 家 ﹂ に 一 律 で 、 各 種 書 誌 に は 未 登 録 。 一62一
坪 内迫遙 著作年表稿(三) 三 省 堂 よ り 出 版 の 拙 著 中 学 修 身 訓 御 一 読 被 下 度 候 。 其 中 に 多 少 御 役 に 立 つ べ き 章 句 も 候 は ゴ 、 御 抄 出 被 下 候 て 異 議 御 座 な く 候 。 ﹁ い つ も 同 じ 心 組 ﹂ は 、 ﹁ 新 年 と 青 年 の 覚 悟 ﹂ と い う ア ン ケ ー ト に 答 え た 逸 文 。 幸 田 露 伴 や 中 島 孤 島 ら の 回 答 と と も に 掲 載 さ れ て い る 。 短 い も の な の で 、 こ れ も 全 文 を 掲 出 し て お く 。 た つ ね 折 角 の 御 尋 に 候 へ ど も 、 青 年 期 の 覚 悟 に 新 年 旧 年 の 別 、 あ る べ し と も 存 ぜ ず 候 。 い つ も 同 じ 心 組 に て 精 進 す べ き り も の か と 心 得 候 。 広 く 少 年 等 の 為 に 説 き た る も の に 、 拙 著 中 学 修 身 訓 五 巻 あ り 。 出 版 書 脾 三 省 堂 に 就 き て 御 一 読 下 さ る べ う も や 。 草 々 (原 文 総 ル ビ ) 次 の 趣 味 掲 載 文 は 題 名 、 筆 者 が 不 正 確 だ っ た も の 。 ﹃ 倫 理 と 文 学 ﹄ ( 冨 山 房 明 41 ・ 10 ・ 5 ) で ﹁ 今 の 小 説 を 読 む 人 の た め に ﹂ 、 ﹃ 迫 遙 選 集 ﹄ 第 六 巻 (春 陽 堂 大 15 ・ 8 ・ 18 ) で ﹁ 今 の 小 説 を 読 む 若 き 人 々 の た め に ﹂ と 改 題 。 本 文 異 文 は 少 な い が 、 単 行 本 以 降 削 除 の 以 下 の 部 分 が 、 当 時 の 迫 遙 の 心 境 を 物 語 る も の と し て 、 興 味 深 い 。 こ ん さ て 終 り に 臨 ん で 一 言 附 け 加 へ て 置 く こ と は 、 私 は 早 稲 田 大 学 の 創 立 以 来 色 々 の 方 面 に た つ さ は つ て 来 ま し た が 、 ま を し の へ ん お ぎ な ひ 文 学 科 を 設 け て か ら は 常 に 以 上 申 述 べ た 辺 に 杞 憂 す る 所 が あ つ た の で 、 多 少 其 補 を 仕 よ う と 思 つ て 微 力 な が ら 、 或 は 雑 誌 上 で 或 は 講 堂 に 於 て 此 の 方 面 の 趣 意 を 唱 へ た の で あ る 。 そ れ で 或 は 思 ひ 誤 つ て 私 は 専 ら 道 学 者 風 の 態 度 の み を 取 る の だ と 思 つ た 人 達 も あ つ た や う だ 、 本 意 は 偏 に 世 間 の 人 々 、 即 ち 文 芸 の 局 外 に あ る 人 々 の た め に 文 芸 の 用 法 を 説 い た の で あ る と い ふ こ と を 諒 せ ら れ た い 。 (原 文 総 ル ビ ) ﹁ 思 想 と 実 行 ﹂ は 、 唯 見 る こ と の で き た 明 治 新 聞 雑 誌 文 庫 蔵 の 該 当 号 、 新 年 臨 時 増 刊 ﹁ 額 黙 思 考 法 ﹂ 号 に 落 丁 が
文林 二十六号 あ る 為 、 内 容 不 明 。 ﹁ (序 ) ﹂ は 、 発 行 日 が 不 正 確 で 、 題 名 も 、 欄 外 に ﹁ 坪 内 博 士 序 ﹂ と の み あ る も の 。 拝 啓 杉 谷 代 水 君 作 ﹁ 功 と 罪 ﹂ 弥 々 御 出 版 の 運 び と 相 成 候 由 喜 ば し く 存 候 同 君 の 作 は 通 俗 教 育 会 の 御 主 旨 に 適 切 な る は 勿 論 文 芸 上 よ り 見 る も 着 想 筆 致 双 つ な が ら 清 新 な る 所 あ り て 良 脚 本 に 乏 し き 今 の 文 壇 に 小 少 な ら ぬ 寄 与 を な す も の と 認 め ら る べ く 候 併 し な が ら 御 会 の 目 的 及 び 御 会 の 優 人 た ち の 便 宜 、 否 お そ ら く は 文 芸 の 上 よ り 見 る も 同 君 の 前 作 ﹁ 盤 龍 山 ﹂ 及 び 佐 野 天 声 君 と 合 作 た り し ﹁ 常 陸 丸 ﹂ こ そ 一 段 妙 な る べ か り し に 過 日 の 初 舞 台 に お 用 ひ な か り し は 遺 憾 に 候 せ め て も 此 際 彼 の 二 篇 を も 御 出 版 あ り て は 如 何 そ れ は と も あ れ 専 門 の 劇 界 に す ら 新 脚 本 は 払 底 の 今 日 に 御 会 は 既 に 数 本 の 新 作 あ り ﹁ 新 式 機 関 砲 ﹂ の 豊 か な る に も 比 す べ き か 斯 の 如 く ん ば 前 途 の 大 勝 利 予 め 期 す べ し と 此 方 面 に 於 け る 御 初 陣 を 祝 し 申 候 草 々 十 二 月 下 旬 坪 内 雄 蔵 日 高 藤 吉 郎 様 ﹁ 国 劇 小 史 ﹂ は 、 ﹃ 劇 と 文 学 ﹄ ( 冨 山 房 明 44 ・ 10 ・ 23 ) 、 ﹃ 迫 遙 選 集 ﹄ 第 十 巻 (春 陽 堂 昭 2 ・ 1 ・ 28 ) に 収 録 さ れ て い る も の だ が 、 前 者 の 表 題 の 下 に ﹁ ( ﹁ 開 国 五 十 年 史 ﹂ の 為 に ) ﹂ と あ る に も か か わ ら ず 、 前 者 の 末 尾 に ﹁ ( 四 十 年 二 月 ) ﹂ 、 後 者 の 表 題 に 続 け て ﹁ ( 明 治 四 十 年 二 月 ﹃ 開 国 五 十 年 史 ﹂ の 為 に ) ﹂ と あ る の が 災 い し た の で あ ろ う か 、 初 出 未 確 認 の ま ま 放 置 さ れ て い た 。 本 文 の 異 同 は 、 初 出 欄 外 上 の 見 出 し が 単 行 本 以 降 省 略 さ れ て い る 以 外 は 、 皆 無 に 近 い と 言 っ て よ い 。 ﹁ 道 徳 の 要 領 ﹂ ﹁ 倫 理 学 一 班 ﹂ ﹁ 芸 術 叢 話 ﹂ は 未 見 、 成 功 一 三 ノ 五 (明 41 ・ 4 ・ 1 ) 掲 載 の 広 告 に 依 る 。 ﹁ 高 等 国 民 教 育 ﹂ は 、 ﹁ 早 稲 田 中 学 講 義 ﹂ と 同 様 、 早 稲 田 大 学 出 版 部 刊 で 、 こ の 年 の 創 刊 で あ る 。 ﹁ 文 芸 一64一
坪 内迫遙著作年表 稿(三) に 対 す る 三 の 異 つ た 標 準 ﹂ は 、 そ の 題 名 が 目 次 で は 確 か に ﹁ 文 芸 に 関 す る 三 の 異 つ た 標 準 ﹂ と 表 記 さ れ て い る の だ が 、 よ り 正 確 に は 、 本 文 の そ れ を 採 用 す べ き だ ろ う 。 ﹃ 倫 理 と 文 学 ﹄ 、 ﹃ 迫 遙 選 集 ﹄ 第 六 巻 で は ﹁ 文 芸 に 対 す る 三 の 異 な つ た 標 準 ﹂ と 改 題 ( 単 行 本 の 目 次 は ﹁ 異 な つ た る ﹂ 、 ﹃ 選 集 ﹂ で は ﹁ 異 つ た ﹂ と 表 記 す る ) 。 初 出 冒 頭 の ﹁ 別 に 纒 ま つ た 説 で も 無 い が 、 折 角 だ か ら 、 こ ん な 題 で 話 し て 見 ま せ う 。 ﹂ と 末 尾 の ﹁ (談 話 筆 記 ) ﹂ は 、 単 行 本 以 降 に は な い も の で あ る 。 ﹁ ハ ム レ ッ ト 講 話 ﹂ は 発 行 月 日 が 不 正 確 で あ っ た 。 ﹁ 文 芸 協 会 第 一 回 夏 期 講 習 会 に 於 け る 講 話 筆 記 ﹂ で 、 早 稲 田 文 学 二 一 (明 40 ・ 8 ・ 1 ) 掲 載 の ﹁ 文 芸 協 会 記 事 ﹂ に よ れ ば 、 ◎ 第 一 回 夏 期 講 習 会 予 定 の 如 く 本 会 第 一 回 講 習 会 は 七 月 十 一 日 よ り 二 十 日 ま で 毎 夕 、 早 稲 田 大 学 講 堂 に 於 て 開 会 せ り 、 其 の 講 師 及 び 科 目 は 左 の 如 し 雌 雄 の 起 原 及 進 化 現 代 哲 学 ハ ム レ ツ ト 講 話 宇 宙 観 の 概 略 近 世 美 学 上 の 問 題 島 三 坪 金 丘 村 宅 内 子 浅 い つ れ も 五 時 間 宛 に 渉 る 講 演 あ り 、 我 邦 に な き 劇 の 二 形 式 巌 谷 イ プ セ ン 東 儀 次 郎 君 馬 治 君 雄 蔵 君 雄 次 郎 君 滝 太 郎 君 科 外 と し て 季 雄 君 季 治 君
文林 二十六号 歌 と 曲 と の 調 和 長 谷 川 誠 也 君 清 国 の 教 育 に 就 て 中 島 半 次 郎 君 美 術 に 就 て 紀 淑 雄 君 の 各 一 時 間 の 講 話 あ り た り 。 な ほ 廿 一 日 に は 午 後 一 時 よ り 会 頭 大 隈 伯 爵 邸 に 於 て 茶 話 会 を 開 催 し 、 席 上 巌 谷 小 波 氏 の 新 講 話 、 土 肥 春 曙 、 水 口 薇 陽 、 大 鳥 居 古 城 、 東 儀 鉄 笛 其 他 部 員 諸 氏 の ﹁ ヱ ニ ス の 商 人 ﹂ の 朗 読 あ り て 午 後 四 時 散 会 せ り 。 で 、 ﹃ 最 新 思 潮 講 話 ﹂ に ﹁ 講 話 者 の 校 訂 を 経 ﹂ て 掲 載 さ れ て い る の は 前 五 者 で あ る 。 た だ し 、 掲 載 順 は 、 三 宅 . 金 子 . 丘 ・ 島 村 ・ 坪 内 で 、 三 宅 の 講 演 は ﹁ 宇 宙 観 ﹂ 、 金 子 の そ れ は ﹁ 現 今 の 哲 学 ﹂ と 改 題 さ れ て い る 。 ﹃ 江 戸 長 唄 ﹄ の ﹁ ( 序 ) ﹂ は 、 筆 名 以 外 の 部 分 が 不 正 確 で あ っ た 。 出 版 社 名 が ﹁ 博 文 館 ﹂ と 誤 記 さ れ て い た の は 、 ﹃ 俗 曲 評 釈 ﹄ の 出 版 元 が 第 二 編 以 降 、 博 文 館 に 変 更 さ れ て い る か ら で あ ろ う 。 迫 遙 の 序 文 の 内 容 は 、 醒 雪 残 の 翌 年 に 執 筆 し た ﹁ 国 劇 向 上 の 第 一 策 と し て 歌 舞 伎 の 徹 底 的 研 究 の 必 要 (承 前 ) ﹂ (中 外 ニ ノ 八 大 7 ・ 7 ・ 1 ) の 以 下 の 一 節 に 尽 き て い る 。 概 し て 浅 俗 な 、 蕪 雑 な 支 離 滅 裂 な も の で 、 文 学 と し て は 殆 ど 何 の 取 得 も な い 、 ほ ん の 美 し い 寝 言 同 様 の 物 で は あ る が 、 而 も 舞 踊 劇 の 台 本 と し て は 流 石 に 一 種 不 思 議 な 妙 味 も あ つ て 、 我 劇 の 本 来 性 を 詳 悉 す る た め の 一 材 料 と し て は 、 決 し て 等 閑 に 附 す る こ と が 出 来 ぬ 。 故 醒 雪 君 が 、 ﹁ 俗 曲 評 釈 ﹂ の 編 成 に 力 め ら れ た の は 、 つ ま り 此 志 か ら で あ つ た ら う 。 ﹃ 何 処 に 往 く ﹂ の ﹁ 序 ﹂ は 、 明 治 40 年 ( 一 九 〇 七 ) の 項 に 紹 介 し た も の と は 全 く 別 文 で 、 ﹃ 劇 と 文 学 ﹄ に 一66一
坪 内迫遙著作年表稿(三) ﹁ 何 処 二 往 ク ﹂ の 序 ( 歴 史 小 説 に つ い て ) や と の 題 で 収 録 さ れ て い る 。 ﹃ 迫 遙 選 集 ﹂ に は 未 収 録 。 そ の 執 筆 事 情 に つ い て ﹁ ク オ ワ ヂ ス 翻 訳 当 初 の 思 ひ 出 ﹂ ( 書 物 展 望 一 ニ ノ 一 二 昭 17 ・ 12 ・ 1 ) は 以 下 の よ う に 回 想 し て い る 。 ク オ ワ ヂ ス を 私 が 翻 訳 し た の は 、 明 治 計 九 年 か ら 翌 四 十 年 の こ と で 、 六 ケ 月 ば か り を 費 し 、 そ れ が 単 行 本 と し て 世 に 出 た の は 四 十 一 年 の 春 で も あ つ た ら う か 。 (中 略 ) 私 の 訳 は 実 に お 粗 末 な も の で 、 謂 は ゴ 感 興 本 位 の 抄 訳 に 過 ぎ な い 。 ( 中 略 ) 併 し 何 に し ろ 若 い 時 の こ と 、 そ の 翻 訳 を 一 先 づ 脱 稿 し た 時 は 嬉 し か つ た 。 訳 書 の 標 題 を な ん と つ け や う か と い う 事 で も 迷 つ た 。 (中 略 ) 私 は 嬉 し ま ぎ れ に 、 早 速 恩 師 の 坪 内 先 生 の 許 に 持 参 し て 、 序 文 を 求 め 、 又 書 物 の 標 題 に つ い て 御 相 談 を し た 。 い か に も 厚 顔 し い こ と で 、 今 か ら さ う い ふ 遠 い 過 去 の 事 を 顧 み て も 、 冷 汗 が 出 る 次 第 で あ る 。 併 し 流 石 に 恩 師 で あ る 。 快 く 序 文 も 書 い て 下 さ る し 、 そ れ か ら ﹁ 何 処 に 行 く そ ﹂ と い ふ や う な 書 名 も 面 白 か ら う と 教 へ て 下 さ れ た 。 そ れ か ら 尚 私 は 其 の 原 稿 を 持 つ て 、 か ね て 私 の 世 話 に な つ て ゐ る 牧 師 植 村 正 久 先 生 を 訪 ね た 。 (中 略 ) 植 村 先 生 は 、 序 文 を く れ な い 代 り に 、 ﹁ 何 処 に 行 く そ ﹂ の ﹁ ぞ ﹂ は 不 用 だ ら う 、 と 注 意 し て 下 さ れ た 。 だ か ら 、 ﹁ 何 処 二 行 ク ﹂ と い ふ 書 名 は 、 坪 内 植 村 両 先 生 の 合 作 だ と い つ て よ い 。 ﹁ セ ン キ ュ ヰ ッ チ 原 作 の ﹃ 何 処 へ 行 く ﹄ の 抄 訳 を 出 版 し て 、 こ れ が 広 く 読 ま れ た の で 、 印 税 で 家 を 建 て た と い ふ 評 判 コ で あ つ た 。 私 た ち は そ の 家 を 、 何 処 へ 行 く 家 と 呼 ん だ ﹂ (広 瀬 千 香 ﹁ 忘 れ 残 り の 記 松 本 雲 舟 さ ん ﹂ 日 本 古 書 通 信 五 ニ ノ 七 87 ・ 7 ・ 15 ) と の こ と だ が 、 昭 文 堂 か ら は 、 少 な く と も 明 治 四 十 年 十 二 月 六 日 前 篇 初 版 印 刷
文林 二十六号 明治 四 十年十 二 月十 二日 前篇初版発行 明治 四 十 一 年三月十七 日 後篇初版発行 明治 四 十 一 年三月廿八 日 前篇再版発行 明治 四 十 一 年八月 三 日 後篇再版 発 行 明治四十 一 年八月 五 旦 二 版合本発行 明治四 十 一 年 十月 五 日四 版合本発行 明治四 十 二 年 五 月 十 日五 版合本発行 明治四 十 三 年 七 月 一 日 六版合本発行 明治四 十 四 年 八 月 十 日 七版合本発行 ヨ と の奥付 を持 つ 版 が発 行 さ れ て いる。 大 大 大 大 大 正 正 正 正 正 と 奥 付 に記 す 版 も 存 在 す る 。 何 版 か ら か は 不明 だ が、 三陽 堂 書 店 ・ 石 川 文 栄 堂 の両 店 に版 元 が 変 更 され 、 二 年 二月 十 五 日 八版 合 本 発 行 二 年 十 月 廿 五 日九 版 合 本 発 行 三 年 二月 廿 五 日十 版 合 本 発 行 三 年 四月 三 日十 一 版 合 本 発 行 三 年 七 月廿 五 日 十 二版 合 本 発 行 十 三版 以降 は未 詳 だ が、 両 店 か ら は、 大 正 四年 五月 三十 日縮 刷 印 刷 、 同 六 月 五 日縮 刷 発 一68一
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坪 内迫遍著作年 表稿(三) 行 (初 版 未 見 、 大 7 ・ 1 ・ 18 七 版 に 依 る ) さ れ る に 至 る 。 ﹁ 大 正 四 年 五 月 下 旬 ﹂ の ﹁ 緒 言 ﹂ を 引 用 し て お く 。 初 め て 本 書 を 世 に 出 し て よ り 既 に 八 年 の 星 霜 を 経 ぬ 。 然 も 尚 ほ 本 書 が 其 の 生 命 を 保 て る は 偏 に 原 著 者 シ エ ン キ ヰ ツ チ 氏 の 偉 大 な る 結 構 が 読 者 の 心 を 魅 す る 所 あ る に 拠 ら ず ん ば あ ら ず 。 予 は 夙 に 本 書 改 訳 の 志 を 懐 き し と 錐 も 、 未 た 其 の 機 を 得 ず 。 今 度 石 川 文 栄 堂 主 人 が 縮 刷 せ ん こ と を 乞 へ る に 依 り 、 久 し ぶ り に て 本 書 を 通 読 し 、 八 年 前 の 労 力 を 顧 み て 、 拙 劣 笑 ふ べ き 節 も あ れ ど 、 当 時 神 興 に 駆 ら れ て 訳 筆 を 執 り た る 跡 も ほ の 見 え て 、 自 ら 快 感 を 覚 ゆ る 個 所 も な き に あ ら ざ る を 見 出 せ り 。 さ れ ば 今 は 唯 訂 正 増 補 し た る の み に て 縮 刷 を 世 に 出 す こ と に な し ぬ 。 こ の 改 版 し た ﹃ 蹴 何 処 へ 行 く ﹄ (内 表 紙 に は ﹁改 訳 縮 刷 ﹂ ) も 好 評 だ っ た よ う で 、 大 正 十 四 年 十 一 月 二 十 日 の 五 十 一 版 ま で は 確 実 に 存 在 す る 。 そ の 間 迫 遙 の 明 治 四 十 一 年 四 月 付 の 序 文 は 一 貫 し て 掲 載 さ れ て い る 。 ﹁ 雑 誌 の 材 料 に 就 て ﹂ は 、 ﹁ 対 話 筆 記 ﹂ と 末 尾 に あ り 、 従 来 、 未 指 摘 の も の 。 何 事 も 専 門 的 に な り 行 く 世 の 傾 向 か ら 来 る の で あ ら う が 、 近 頃 の 文 学 雑 誌 類 に 見 え る 材 料 が 、 余 り 偏 し て ゐ は せ ぬ か と 思 ふ 。 (中 略 ) よ く よ く お 互 に 考 へ て 、 違 つ た 問 題 を 提 出 し て 見 て は 、 ど う で あ ら う 。 必 ず し も 大 論 文 を 書 く に 及 ば ん 。 随 筆 式 で も よ し 、 六 号 活 字 式 で も よ し 、 何 か 問 題 を 持 ち 出 し て 見 た ら 、 時 に は 面 白 い 反 響 が 起 つ い と ぐ ち て 、 ど ん な こ と で そ れ が 、 文 芸 の 新 機 運 を 促 す 端 緒 と な る ま い も の で も な い 。 そ こ で 試 み に . 一 つ 三 つ 思 ひ つ き を 言 つ て 見 や う 。 先 づ 音 楽 の こ と で 言 は う な ら 、 か の 能 楽 の 如 き 、 新 時 代 の 人 々 は 、 多 く は 喜 ば ぬ が き ま り だ が 、 そ の 喜 ば ぬ 理 由 は 、 何 れ の 点 に あ る か 、 こ れ が 一 つ 。 又 能 楽 を 喜 ぶ に し て も 自 分 で 謡 山 を 稽 占 し つ つ あ る 人 の 所 感 で な く 、 全 く 局 外 か ら 見 て 薄 ぶ 人 の 所 感 は 、 何 れ の 点 に あ る か 。 即 ち 専 門 家
文 林 二 十六号 以 外 の 観 察 は 如 何 に 、 之 れ が 一 つ 。 或 は 今 猶 全 盛 の 浪 花 節 、 進 ん だ 批 評 眼 を 以 て 観 る と し て 、 何 処 に 価 値 が あ る み か 、 将 来 尚 寿 命 の あ る べ き も の か 、 ど う か と い ふ こ と 、 こ れ も 観 や う に よ つ て 一 問 題 に な る と 思 ふ 。 そ の 他 邦 楽 演 奏 会 と い ふ 総 称 の も の が 、 処 々 に 行 は れ る 。 例 へ ば 長 唄 会 と か 、 長 唄 研 究 会 と か 、 紫 紅 会 と か 、 美 音 会 と か 、 い く ら も し そ の 他 幾 等 も あ る 。 こ れ 等 に 対 す る 今 の 青 年 の 所 感 は 如 何 。 若 く は 今 の 批 評 家 の 鑑 定 は 如 何 、 或 は 宗 教 と 音 楽 と の 関 係 は 如 何 に 成 り 行 く か 、 仏 教 な ど も 追 々 昔 の 音 楽 で は 、 不 足 を 感 ず る 時 が 来 る か も 知 れ ぬ 。 現 に 真 言 宗 な ど た で は 、 大 師 の 降 誕 会 に 、 唱 歌 を 採 用 し 、 西 洋 楽 器 を 使 つ た さ う な 。 こ れ に 連 関 し て 、 オ ラ ト リ ヲ や 、 其 他 宗 教 楽 な り の 説 明 や 紹 介 も 面 白 か ら う 、 日 本 に オ ペ ラ は 起 り 得 べ き か ど う か 、 も し 起 る と し た な ら ば 、 ど う い ふ 形 で 起 る で あ ら う か 、 な ど \ い ふ 問 題 も 、 未 だ 詳 し く は 、 論 ぜ ら れ た こ と は な い 。 浄 瑠 璃 の 前 途 は 如 何 、 或 人 は 将 来 の 邦 楽 と し て は 、 長 唄 を と り 、 或 人 は 清 元 若 く は 歌 沢 を と る 。 浄 瑠 璃 は 、 最 早 新 敵 を 負 ふ の 見 込 み は 立 つ か ど う か 。 ち よ い と 音 楽 に つ い て も 、 未 だ 幾 等 も あ る 。 況 ん や 其 他 の 題 目 で 、 閑 問 題 で は あ る が 、 ち よ い と 面 白 い の が 幾 等 も あ る 。 例 へ ば 相 撲 は 何 故 に 喜 ば る ∼ か 、 審 美 学 的 の 盆 栽 美 若 く は 骨 董 美 、 そ れ 等 に 就 て の 纒 つ た 論 は 出 な か つ た や う に 思 ふ 。 (中 略 ) 或 は 狸 褻 と い ふ 語 の 定 義 は 如 何 、 何 か 限 界 が あ つ て 、 こ れ 以 上 は 狸 褻 と い へ る も の で あ る 。 或 は 、 そ の 時 代 の 事 情 に よ つ て 定 る も の か ど う か 、 或 は 残 忍 と い ふ こ と 、 こ れ に も 何 等 か 、 文 芸 上 か ら 観 る と 、 ど う い ふ 意 味 が あ る か 。 無 論 昔 の 審 美 論 か ら い ふ と 、 狸 褻 や 残 忍 は 、 嫌 ふ た も の だ が 、 今 の 自 由 主 義 か ら い つ た ら ど う で あ る か 。 余 程 大 謄 な 自 然 主 義 論 者 も 実 感 挑 発 と い ふ こ と を 非 認 す る や う だ が 、 そ れ は 果 し て 、 何 に 原 因 す る か 在 来 論 ぜ ら れ た 以 上 に 立 ち 入 つ て 論 じ た な ら 、 問 題 に な ら う と 思 ふ 。 70
坪内迫遙著作年表稿(三) ﹁ 文 芸 談 ﹂ は 未 見 。 新 公 論 二 ]ニ ノ 一 〇 ( 明 41 ・ 10 ・ 1 ) 掲 載 の 広 告 に 依 る 。 ﹁ 武 年 完 了 ﹂ の 講 義 録 ら し い が 、 内 容 は 全 く 不 明 で あ る 。 ﹃ 斯 花 庵 遺 稿 ﹄ の ﹁ 序 ﹂ は 、 発 行 者 ・ 筆 名 ・ 発 行 日 の 記 載 に 難 が あ っ た も の 。 迫 遙 の 序 文 は 、 ﹁ 友 人 川 瀬 義 雄 ﹂ の 明 治 四 十 一 年 五 月 二 十 八 日 付 ﹁ 斯 花 庵 遺 稿 序 ﹂ と と も に 掲 載 さ れ て い る 。 早 稲 田 に 文 学 科 の 設 け あ り て よ り 歳 月 夢 の 如 く 流 れ て 早 く も 二 む か し に 垂 ん と す 。 其 間 に 空 し く 有 為 の 資 を も た ら し て 不 帰 の 客 と な ら れ し 校 友 既 に 十 を 以 て 算 ふ る こ と 真 に 傷 心 の 極 な り 。 と り わ け 校 堂 以 外 に て 相 交 る こ と の 浅 か ら ざ り し は 其 姓 名 を 念 ふ と 共 に 其 容 貌 も 言 動 も 髪 髭 と し て 眼 前 に 浮 ぶ ゆ ゑ に 、 今 昔 の 感 胸 に 逼 り て こ \ に は じ め て わ が 双 醤 の 霜 の 漸 く 将 に 深 か ら ん と す る に 心 附 く 。 故 和 波 久 司 君 は 其 存 学 の 当 時 に 相 知 り 、 わ が 小 学 読 本 の 編 輯 を 剤 助 せ ら れ し に よ り て 交 を 継 ぎ 、 相 接 す る こ と の 疎 な り し 割 合 に は 相 知 る こ と 浅 か ら ざ り し か ど 尚 此 遺 文 に 接 し て 君 が 才 文 識 見 の わ が 未 だ 窺 ひ 知 る に 及 ば ざ り し も の あ る を 覚 ゆ 。 思 へ ら く 、 温 雅 に し て 洒 脱 に 、 才 学 に 豊 か に し て 常 識 に 富 み た る こ と 君 の 如 き は 乱 離 の 現 実 に 処 し て 之 を 新 し き 理 想 に 近 づ く る こ と に 与 つ て 大 い に 力 あ る べ き 人 な り し を と 。 鳴 呼 才 あ り て 寿 な し 、 此 一 篇 は 長 く 故 旧 を し て 傷 惜 の 思 に 堪 へ ざ ら し む べ し 。 し か し な が ら ま た 此 一 篇 の あ る に よ り て 時 に 幽 明 の 別 を 掻 無 し 永 く 古 人 と 相 語 る を 得 と す れ ば 、 死 生 天 寿 は ま た 必 ず し も 多 く 論 ず る に 足 ら ざ ら ん か 。 柳 か 自 ら 慰 あ て 之 を 序 に 代 ふ る の 辞 と な す 。 四 十 一 年 八 月 坪 内 雄 蔵 な お 、 巻 末 の ﹁ 斯 花 庵 遺 稿 附 録 ﹂ の ﹁ 四 、 悔 状 の 巻 ﹂ 其 二 に 、 ﹁ 編 輯 兼 発 行 者 ﹂ (奥 付 ) で あ る 和 波 鉱 太 郎 あ て の コ 坪 内 雄 蔵 ﹂ 書 簡 が 収 録 さ れ て い る 。
:十 六号 文林 御 令 弟 御 死 去 の御 凶 報 に接 し 驚 入 候 。 予 て御 多 病 のや う にも 御 見 受 申 居 候 ひし が 、 か や う な る 御知 ら せ 承 る べし と は 全 く 存 じ も 寄 り 不申 、 残 念 千 万 に奉 存 候 。 御 近 親 が た の御 愁 傷 如 何 ば か り成 覧 奉 察 入 候 。 略 儀 な が ら紙 上 に て御 悔 申 上 候 。 不 尽 。 ﹁ ( 新 年 物 と 文 士 ) ﹂ は ア ンケ ー ト への回 答 。 迫 遙 の答 え は ﹁ 何 も 御 座 な く 候 ﹂ と いう 簡 略 な も の。 近 代 文 学 研 究 資 料 叢 書 ㈲ ﹃ 縮 敵 国 民 文 学 欄﹄ ( 日本 近 代 文 学 館 梯 ・ 5 ・ 30 ) に収 録 。 成 功 一 三 ノ 五 (明 41 ・ 4 ・ 1) に 悟 道 学 人 ﹁ 坪 内 博 士 の処 世 訓 ﹂ が あ る。 之 は嘗 て 早 稲 田大 学 文 科 卒 業 生 の送 別会 席 上 に於 て、 酒 肴杯 盤 座 に運 ば れ 、 興 趣 正 に酎 な る の時 、 文 学 博 士 坪 内 迫 遙 先 生 が卒 業 生 に対 し て述 べ給 ひし 訓 話 の 一 節 な り。 た と え か と の 来 歴 を 持 つ も の であ る 。 ﹁ 比 喩 を 籍 り て、 話 し て﹂ い る の だ が、 引 用 が 長 く な り す ぎ る の で、 話 の面 白 さ が 減 ず る こと は承 知 の上 で、 あ え て ﹁ 比 喩 ﹂ の部 分 を 省 略 し て紹 介 す る こと にす る。 一72一
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わ た く し た マ み ち 私 は 単 実 際 に 諸 君 の 注 意 せ ね ば な ら ぬ 、 処 世 の 路 を こ \ で 少 し 述 べ て 見 よ う 。 (中 略 ) 諸 君 が 若 し 、 之 か ら 社 会 に 出 て 、 一 つ の 地 位 を 得 ら れ た な ら ば 、 よ く く の 事 情 が 無 い 限 り は 軽 卒 に 他 の 地 位 に 移 る と 云 ふ こ と は 、 甚 だ 宜 し く な い と 思 ふ 、 (中 略 ) 軽 々 に 地 位 を 換 ゆ る の は 、 や が て 勢 力 消 耗 の 原 因 で 、 少 く と も 一 の 地 位 に つ い た な う た ら ば 其 路 に つ い て 熟 練 を 得 る 迄 は 、 他 へ 動 か ぬ や う に せ ね ば な ら ぬ 、 経 験 は 貴 い も の で あ る 、 併 し な が ら 、 半 熟 ぜ い 半 生 の 経 験 は 何 の 役 に も 立 た ぬ 、 (中 略 ) 諸 君 が 何 職 業 に つ か る ∼ に し て も 、 其 職 業 に 趣 味 を 見 出 す か 、 或 は 又 、 其 職 業 外 に 高 尚 な る 趣 味 を 求 め る と 云 ふ こ と は 処 世 上 に 大 切 な る こ と \ 思 ふ 、 ( 中 略 ) 一 日 の 勤 め も 、 趣 味 も な く 強 ひ ら れ て 勤 あ る の と 、 然 ら ざ る と に 於 て は 、 身 体 の 疲 労 も 非 常 に 違 ふ 、 若 し 自 分 の す る 仕 事 に 趣 味 が あ ら ば ま ロ み つ か カ 非 常 に 好 い 、 外 に 高 尚 な る 趣 味 を 見 出 す の も 好 い 、 趣 味 が あ つ て す る と 自 ら す る こ と に 興 味 が あ り 力 が は い り 、 而 か も 疲 労 も 少 い の は 旅 す る と 同 じ で あ る 。 (中 略 ) 余 り に 目 的 地 に 向 つ て 急 い で は な ら ぬ ( 中 略 ) 只 管 前 途 を 急 い で 、 昼 夜 兼 行 の 有 様 で は 到 底 人 世 に 処 し て 成 業 す る 路 で な い 。 ( 原 文 総 ル ビ ) 坪内迫遙著作年表稿(三) 明 治 42 年 ( 一 九 〇 九 ) 初 夢 の 曲 と 振 趣 味 四 ノ ニ 坪 内 迫 遙 明 42 ・ 2 ・ 1 舞 踊 劇 に 対 す る 予 が 作 意 の 過 去 及 び 将 来 新 小 説 一 四 ノ ニ 迫 遙 明 42 ・ 2 ・ 1 演 劇 雑 談 読 売 新 聞 = 四 二 二 迫 遙 明 42 ・ 3 ・ 14 脚 本 は 十 年 方 後 れ て ゐ る 新 文 林 ニ ノ 四 坪 内 迫 遙 明 42 ・ 4 ・ 1
文林 十六号 文 学 嫌 の 文 学 者 東 京 朝 日 新 聞 八 一 六 七 坪 内 迫 遙 談 明 42 ・ 5 ・ 16 二 葉 亭 の 面 影 志 に 殉 し た る 二 葉 亭 東 京 朝 日 新 聞 八 一 六 八 坪 内 迫 遙 氏 談 明 42 ・ 5 ・ 17 序 杉 谷 代 水 ﹃ 希 臆 神 話 ﹂ 飴 瀕 冨 山 房 迫 遙 明 42 ・ 5 ・ 24 二 葉 亭 君 と 僕 ( 主 と し て 第 一 期 ) 早 稲 田 文 学 四 三 坪 内 迫 遙 明 42 ・ 6 ・ 1 故 二 葉 亭 子 の 性 行 太 陽 一 五 ノ 八 坪 内 迫 遙 君 談 明 42 ・ 6 ・ 1 ﹃ 浮 雲 ﹄ 時 代 新 小 説 一 四 ノ 六 坪 内 迫 遙 氏 談 明 42 ・ 6 ・ 1 徽 醸 皐 月 狂 言 ▲ 絵 本 太 功 記 東 京 朝 日 新 聞 八 一 九 〇 ∼ 二 坪 内 迫 遙 ・ 饗 庭 篁 村 ・ 東 儀 鉄 笛 明 42 ・ 6 ・ 8 ∼ 10 同 ▲ 女 楠 ▲ 与 話 情 浮 名 横 櫛 同 八 一 九 三 同 明 42 ・ 6 ・ 11 同 ▲ 雪 月 花 同 八 一 九 四 同 明 42 ・ 6 ・ 12 有 楽 座 の 青 年 劇 ▲ 操 三 番 ▲ 茶 臼 山 ▲ 紅 葉 狩 同 八 一 九 五 同 明 42 ・ 6 ・ 13 同 ▲ 紅 葉 狩 ▲ 寺 子 屋 同 八 一 九 六 同 明 42 ・ 6 ・ 14 蘇 生 の 日 序 千 葉 掬 香 訳 ﹃ 蘇 生 の 日 ﹄ 易 風 社 迫 遙 明 42 ・ 7 ・ 12 文 士 と 八 月 国 民 新 聞 六 二 六 五 坪 内 迫 遙 明 42 ・ 8 ・ 18 昨 日 午 前 の 日 記 国 民 新 聞 六 一二 〇 九 坪 内 迫 遙 明 42 ・ 10 ・ 1 欧 洲 近 代 文 学 史 早 稲 田 大 学 文 学 科 講 義 坪 内 雄 蔵 ・ 長 谷 川 誠 也 明 42 ・ 10 初 旬 ∼ ? ヘ ッ ダ ・ ガ ブ ラ ー 序 千 葉 掬 香 訳 ﹃ ヘ ダ ・ ガ プ ラ ア ﹄ 易 風 社 迫 遙 明 42 ・ 11 ・ 12 一74一
ハ ム レ ッ ト ( 沙 翁 傑 作 集 第 一 編 ) 早 稲 田 大 学 出 版 部 ・ 合 資 会 社 冨 山 房 坪 内 雄 蔵 訳 明 42 ・ 12 . 25 坪内迫遙著作年表稿(三) ﹁ 初 夢 の 曲 と 振 ﹂ ﹁ 舞 踊 劇 に 対 す る 予 が 作 意 の 過 去 及 び 将 来 ﹂ は 題 名 が 不 明 確 だ っ た も の で 、 両 者 と も に ﹃ 作 と 評 論 ﹄ (早 稲 田 大 学 出 版 部 明 42 ・ 5 ・ 28 ) 、 ﹃ 迫 遙 選 集 ﹄ 第 三 巻 (春 陽 堂 昭 2 ・ 5 ・ 15 ) に 収 録 。 前 者 の み ﹃ 選 集 ﹄ 収 録 時 ハ セ ロ に ﹁ ﹁ 初 夢 ﹂ の 曲 と 振 ﹂ と 改 題 さ れ て い る が 、 い つ れ も 、 特 に 問 題 と す べ き 本 文 異 同 は な い 。 ﹁ 演 劇 雑 談 ﹂ は 、 ﹃ 坪 内 迫 遙 事 典 ﹄ の 一 ヶ 月 半 後 に 発 行 さ れ た ﹃ 読 売 新 聞 文 芸 欄 細 目 ﹄ 上 ( 日 外 ア ソ シ エ ー ツ 株 式 会 社 鵬 . 7 . 10 ) に 唯 一 演 劇 雑 談 迫 遙 ︿ 坪 内 ﹀ ︿ 日 本 の 俳 優 、 真 山 青 果 ﹁ 生 ま れ ざ り し な ら ば ﹂ 、 吉 井 勇 ﹁ 午 後 三 時 ﹂ な ど に つ い て ﹀ と の 指 摘 が あ る も の 。 九 面 上 四 段 に わ た り 掲 載 さ れ て い る 。 た の し み い つ △ 僕 に 何 か 娯 楽 が あ る か と 聞 く 人 が あ る と 、 何 時 も 何 も 無 い と 答 へ る 。 (中 略 ) で も 家 庭 で 子 ど も に 舞 踊 と か を す き し ば ゐ 稽 古 さ せ る と い ふ 事 だ 、 す れ ば 芝 居 は 好 に 相 違 な い と 言 ふ 。 そ れ が 大 ち が ひ 。 現 実 の 劇 が 嫌 ひ だ か ら 何 と か 変 へ た つ る 方 法 は 無 い か と 思 ひ 立 て 、 そ れ か ら 舞 踊 の 稽 古 を も さ せ て 見 た の で あ る 。 (中 略 ) 世 間 に は 演 劇 改 良 を 唱 へ な が ら 現 在 の 劇 を 観 て も 相 応 に 興 を 覚 え て ゐ る 人 も あ る が 、 そ れ は 比 較 的 余 裕 の あ る 側 の 事 。 僕 は 劇 は 好 き で ゐ な み ち が ら 満 足 が 得 ら れ ん か ら 、 そ れ で 進 善 の 途 を 講 じ た が る の で あ る 。 か う 言 ふ と 西 洋 の 劇 は 如 何 だ と い ふ 人 が あ る 。 観 た こ と が 無 い か ら 何 と も 言 へ ん が 、 と も か く も 当 座 は 面 白 い 、 珍 ら し い と 思 ふ だ ら う 。 併 し 珍 ら し い と 言 ふ こ と 、 我 れ を 魅 し 去 つ て 同 化 せ し む る と い ふ こ と \ は 一 つ で な い 。 △ 廿 世 紀 の 俳 優 ? さ う さ ね 、 今 の 日 本 で は 真 に 立 派 な 識 見 を 具 へ た 、 真 に 尊 敬 す る に 足 る や う な 俳 優 は 出 来 に
文林 二十六号 く い と 思 ふ ね 。 (中 略 ) 真 の 名 優 は 、 一 面 人 間 の 批 判 家 で 兼 ね て 脚 本 の 大 解 釈 者 で あ ら ね ば な ら ん が 、 若 し 今 日 い つ の 俳 優 志 願 者 に 果 し て 右 の 如 き 資 格 が あ つ た と す れ ば 、 自 然 の 勢 ひ と し て 、 今 の 劇 壇 へ 打 つ て 出 る こ と を 躊 躇 す な ぜ そ ん な る 筈 だ と 思 ふ 。 何 故 な ら ば 、 今 の 劇 壇 に は 如 是 立 派 な 俳 優 に 相 当 す る や う な 作 が 一 つ も 無 い 。 (中 略 ) △ お ひ / \ 立 派 な 教 育 を 受 け た 社 会 か ら 俳 優 志 願 者 が 出 る ら し い が 、 其 人 た ち は 一 体 何 を 演 ず る 積 り で 志 を 立 て た の か 知 ら ん 。 古 今 の 文 学 上 の 傑 作 が 盛 ん に 劇 に 演 ぜ ら る \ 外 国 で あ つ て 見 れ ば 、 世 の 凡 俳 優 の 浅 劣 な の に 憤 つ お れ て 、 此 上 は 乃 公 が 一 つ 新 解 釈 を 下 し て 劇 の 新 紀 元 を 開 い て く れ よ う な ど \ 言 ふ ア ム ビ シ ヨ ン も 起 り さ う な 道 理 だ が 、 日 本 の 現 在 で あ つ て 見 る と 、 一 体 何 を 演 ず る 積 り で 飛 出 す の だ ら う 。 (中 略 ) 随 分 行 き 当 り バ ツ タ リ の 話 だ 。 つ ち い く さ が 其 中 に 軍 が 始 ま ら う か ら と 武 芸 を 研 い て お く 格 と す れ ば 、 何 も 悪 い こ と は 無 い が 、 不 幸 に し て 天 下 泰 平 で 終 つ た 場 合 に は 、 此 手 合 何 を す る か ゴ 疑 問 だ 。 脚 本 あ つ て の 俳 優 、 作 次 第 で 俳 優 が 芸 術 中 の 最 も 高 尚 な と は 言 は れ ぬ ま で も 最 も 人 心 を 感 動 せ し む る 芸 術 と も な る の だ が 、 又 作 次 第 で 随 分 低 級 に 属 せ し め て も よ い も の に な る 。 ( 中 略 ) な ら ふ く は へ ご と △ 能 な り 舞 踊 な り は 一 定 の 型 で 習 も の 、 随 つ て 演 者 の 創 意 を 加 る の 余 地 は 無 い 。 故 に 此 意 味 か ら 言 ふ と 、 役 毎 に 創 意 を 要 す る 新 芸 術 よ り は 低 い も の 、 や う で も あ る 。 然 る に 実 際 は 如 何 い ふ も の だ か 能 や 舞 踊 の 名 人 に 対 し て は 時 々 お の つ か ら な 尊 敬 心 が 起 る が 、 今 の 新 芸 術 に 対 し て は ま だ 曾 て そ ん な 念 が 浮 ば ぬ 。 勿 論 こ れ は 今 の 所 謂 新 芸 ハ ヨ ロ い く た 術 に 名 人 は お ろ か 上 手 さ へ も 無 い が 為 で あ ら う が 、 尚 別 に 幾 多 の 理 由 が あ り さ う に 思 は れ る 。 習 慣 や 聯 想 の 然 ら し む る 所 ば か り で も あ る ま い 。 こ れ と 聯 関 し た 疑 問 だ が 、 悲 劇 俳 優 に 対 す る と 喜 劇 俳 優 に 対 す る と で は 大 抵 の 人 一76一
坪 内迫遙著作年表稿(三) の 感 じ が 違 ふ 。 た と ひ 鑑 賞 の 度 は 同 じ で あ つ て も 推 重 の 度 が 一 つ で 無 い の は 如 何 い ふ 訳 か 。 ほ か 大 ぶ 話 が む つ か し く な り か 、 つ て 来 た か ら 、 外 の 事 を 話 さ う 。 り リ ロ ゆ り り よ び ご ゑ す く △ 考 へ さ せ る 劇 と い ふ 呼 声 は 、 随 分 久 し く 聞 え て ゐ る が 、 其 割 に 注 文 通 り の 作 は 出 な い ね 。 少 く と も 直 に 役 に 書 ㌻ 激 が 見 え な い ・ 歴 史 が ら た 物 や ・ -マ ン ス だ ち の 葎 大 ぶ 試 演 せ ら れ 、 又 相 応 に 成 功 も す る や る い う だ が 、 現 代 物 と か 純 廿 世 紀 式 と か 言 ふ 類 の 物 で は 薩 張 そ ん な 便 り を 聞 か な い 。 例 へ ば 、 イ プ セ ン 式 の 作 は ま だ 只 の 一 つ も 試 み ら れ ん ぢ や 無 か 。 単 に 舞 台 に 登 ら ん ば か り ぢ や 無 い 、 作 つ た 人 も 無 い や う だ 。 真 山 君 の 作 が 大 ぶ 新 式 の や う だ が 、 最 も 評 判 の よ か つ た ﹁ 第 一 人 者 ﹂ は ま だ 読 ま ん か ら 何 と も 言 へ ん が 、 ﹁ 生 ま れ ざ り し な ら ば ﹂ ど ち の 方 は 、 少 く と も 舞 台 に は 向 か な い ら し い 。 あ れ は 形 式 か ら 言 つ て も イ プ セ ン ぢ や 無 い ね 、 何 ら か と 言 へ ば マ ー テ ル リ ン ク に 近 い 方 だ ら う 。 ( 中 略 ) 尚 あ ち こ ち の 雑 誌 で 全 然 新 し い 式 の 一 幕 物 を 試 る 人 々 が 少 く な い 。 思 想 が 、 の ほ つ た 方 が 綴 り よ い と 見 え て 、 や 、 目 ぼ し い の は 、 兎 角 マ ー テ ル リ ン ク 式 に 近 い 、 併 し 舞 台 に 上 せ る と い ふ 段 に な る と 、 役 に 立 ち そ う な の は さ て 無 い 。 こ 、 に 役 に 立 つ と 言 ふ の は 俗 受 の す る 、 し な い の 問 題 で は 無 い 。 ( 中 略 ) ゆ り き リ ロ は い か り だ ち こ れ ら 菰 に 役 に 立 た ぬ と 云 ふ の は 最 新 代 の 進 ん だ 学 者 肌 の 見 物 に も 有 難 く な か ら う と い ふ 意 味 。 換 言 す れ ば 是 等 の 作 中 づ し カ う な に は 読 み 物 と し て は 成 程 と 首 肯 か れ る 箇 所 も あ る 舞 台 に 上 す も の と し て は 如 何 な 名 優 が 出 て も 工 夫 に 困 ら う と 思 は れ る の が 、 十 が 十 と 言 つ て よ い 。 外 国 で さ ヘ マ ー テ ル リ ン ク の な ど は 概 し て 演 じ に く い は う 、 工 夫 次 第 で 演 じ ら れ ぬ こ と は 無 い が 、 到 底 読 ん で 予 期 し た ゴ け の 趣 味 の 半 分 を も 感 ず る こ と が 出 来 ぬ ら し い 。 思 ふ に マ ー テ ル リ み ち ン ク の 作 の 多 数 や ハ ウ プ ト マ ン や ダ ヌ ン チ ヲ の 或 作 は 、 形 式 の 上 か ら 言 ふ と ワ グ ネ ル の 行 つ た 途 を 一 層 高 く 深 く
文林=十 六号 渡 つ て 見 た い と 言 ふ 下 心 だ が 、 そ ん な 腕 も 工 夫 も 無 い の だ か ら 是 非 な く 中 途 に 立 迷 つ て ゐ る と い ふ や う な 作 柄 。 か ん か へ 僕 の 考 で は 、 あ れ ら は 半 分 オ ペ ラ 式 に し な け れ ば 舞 台 ぢ や 持 切 れ な い 作 だ と 思 ふ 、 本 元 す ら さ う な ん だ か ら 、 そ し か の 真 似 を し た や う な 作 で 、 而 も そ れ を 上 せ よ う と い ふ の は 今 の 引 越 騒 ぎ の 真 最 中 の 日 本 の 舞 台 だ 、 成 功 し に く い の も 無 理 は 無 い 。 ム む △ 本 月 の ﹁ ス バ ル ﹂ に 載 つ て ゐ る ﹁ 午 後 三 時 ﹂ と い ふ 一 幕 物 は 上 出 来 だ と 思 ふ 、 吉 井 勇 と い ふ 人 の 作 だ 。 同 君 は ゆ に ち ス バ ル 社 中 の 歌 人 ら し い 。 作 意 は マ ー テ ル リ ン ク 張 で 、 日 本 で は 全 く 新 し い 。 三 一 致 を 厳 守 し て 、 人 物 の 数 も 少 ま と ま く よ く 結 収 つ て ゐ て 、 読 み 了 つ て 一 種 の 印 銘 を 強 く 残 さ せ る 力 が あ る 。 こ れ を 舞 台 に 演 じ て も 物 に な る と 思 ふ 。 ﹁ ス バ ル ﹂ に は 小 山 内 君 も 寄 書 家 ら し い か ら 、 或 い は 例 の ﹁ 自 由 劇 場 ﹂ と や ら の た め に 出 来 た の か も 知 れ ん 。 そ は ま を と ら つ く り 明 治 座 連 中 に 適 つ て ゐ る 。 主 人 公 の 砲 手 荒 川 五 郎 は 左 団 次 、 五 郎 の 娘 が 莚 若 、 子 役 は 少 し 重 荷 だ が 男 寅 、 そ の 船 長 と 水 夫 長 は 佐 藤 と 寿 美 蔵 へ 持 つ て 行 く か 。 何 れ も 適 り 役 だ と 思 ふ 。 其 以 上 の 俳 優 は 無 用 。 兎 も 角 も 全 く 違 つ せ り ふ た 味 ひ が 出 る で あ ら う 。 此 作 の 弱 点 を 言 へ ば 西 洋 張 の 習 ひ と し て 白 に 其 人 ら し か ら ぬ 西 洋 臭 が 附 き ま と つ て 翻 案 な み 物 で 無 い か ら 普 通 の 見 物 に は 誤 解 さ れ さ う な 気 味 が あ る 。 例 へ ば ⊥ ハ 十 に 近 い 主 人 公 が 語 る 夢 物 語 が 余 り に 西 洋 の す ご お 伽 話 め い て 、 ど う や ら 巌 谷 君 の 口 吻 の や う に 思 は れ 、 肝 腎 の と こ で 凄 味 が 抜 け る 。 多 分 此 辺 の 作 意 は ワ グ ネ ル へ う ら う ら ん じ ん サ ゼ ァ ノ ヨ ン い つ の ﹁ 漂 浪 蘭 人 ﹂ や ベ ツ ク リ ン の 妖 画 な ど か ら 暗 示 を 得 た の で あ ら う と 思 ふ 。 何 れ に も せ よ 、 此 点 は 何 と か 耳 だ \ ぬ ま で に 直 し た は う が よ か ら う 。 役 に 立 つ 作 に は 相 違 な い 。 ( 原 文 総 ル ビ ) ﹁ 脚 本 は 十 年 方 後 れ て ゐ る ﹂ は 題 名 が 不 正 確 で 、 掲 載 誌 の 巻 号 が 未 記 載 で あ っ た 。 ﹃ 劇 壇 の 最 近 十 年 ﹄ ( 米 山 堂 一78一
坪内迫遙著作年表稿(三) 大 6 ・ 9 ・ 25 ) に 収 録 さ れ て い る が 、 ﹃ 迫 遙 選 集 ﹄ へ は 収 載 さ れ な か っ た も の で あ る 。 二 葉 亭 四 迷 を 追 悼 、 追 懐 し た 文 章 を 五 点 掲 げ た が 、 最 初 の ﹁ 文 学 嫌 の 文 学 者 ﹂ は 誤 脱 し て い た も の で 、 ﹁ 二 葉 亭 の 面 影 ﹂ の 総 題 の 下 、 魯 庵 な ど の 文 章 と と も に 掲 載 さ れ て い る 。 後 四 者 は 題 名 が 不 正 確 だ っ た も の で あ る 。 こ れ ら の 文 章 は 、 四 迷 の 研 究 が 比 較 的 進 ん で お り 、 見 や す い 形 で 提 供 さ れ て い る の で 、 紹 介 は 省 略 す る 。 日 本 近 代 文 学 館 複 刻 の 迫 遙 ・ 魯 庵 編 の 追 悼 文 集 ﹃ 二 葉 亭 四 迷 ﹄ 、 岩 波 書 店 刊 の 十 七 巻 本 、 及 び 九 巻 本 全 集 の 研 究 編 な ど 参 照 。 ﹁ 皐 月 狂 言 ﹂ と ﹁ 有 楽 座 の 青 年 劇 ﹂ の 劇 ア リ 評 五 点 の う ち 、 前 者 は 題 名 、 筆 者 、 発 行 日 、 後 四 者 は 題 名 と 筆 者 に 問 題 が あ っ た 。 ﹃ 希 臓 神 話 ﹄ の ﹁ 序 ﹂ は 、 発 行 日 が 不 正 確 で あ っ た も の 。 以 下 の よ う な ﹁ 改 版 縮 刷 題 言 ﹂ を 附 し た ﹃麟 踊 希 腫 及 北 欧 神 話 ﹂ ( 飴 蹟 冨 山 房 大 8 ・ 7 ・ 26 ) に も そ の ま ま 収 録 さ れ て い る 。 故 杉 谷 代 水 氏 の ﹃ 希 臆 神 話 ﹄ は 今 日 に 於 て 既 に 一 箇 の 古 典 と な れ り 。 著 者 逝 き て 五 年 、 そ の 書 も 亦 た 絶 版 と な り て 、 久 し く 江 湖 に 背 け り 。 此 度 新 た に 改 版 縮 刷 す る に 際 し 、 故 人 の 親 友 中 島 孤 島 氏 の 筆 に 成 れ る ﹃ 解 説 ﹂ 並 び に ﹃ 北 欧 神 話 ﹄ 百 数 十 頁 を 巻 頭 及 び 巻 尾 に 増 補 し 、 ま た 旧 版 挿 む 所 の 図 画 全 部 を 改 め 、 且 つ 移 し く そ の 数 を 増 加 せ る の み な ら ず 、 別 に 岡 本 帰 一 氏 の 描 け る 挿 図 十 数 葉 を 加 ふ 。 旧 版 に 比 し て 面 目 一 新 せ る を 疑 は ざ る な り 。 大 正 八 年 七 月 短 い も の な の で 全 文 を 紹 介 し て お く こ と に す る が 、 迫 遙 は ﹁ 希 騰 古 代 の 演 劇 ﹂ (能 楽 五 ノ 八 明 40 . 7 . 10 ) で 古 代 希 騰 の 事 蹟 を 調 べ て お く こ と は 、 我 々 共 の た め に 必 要 な 事 と 思 は れ ま す 。 西 洋 で は 十 八 世 紀 以 来 熱 心 な 研 究 が 続 け ら れ て 、 今 で は 古 代 希 膿 に 関 す る 著 述 は そ れ だ け で も 一 つ の 図 書 館 が 出 来 る 程 で あ り ま せ う 。 我 国 で は 雑
文林 二十六号 誌 に 見 え た 一 二 の 論 文 と 哲 学 上 、 道 徳 学 上 の 或 著 述 と の 外 に は 、 恐 ら く 希 騰 古 風 俗 に 関 し た も の な ど は 一 も 出 版 さ れ て ゐ な か ら う か と 思 ひ ま す 。 こ れ は 大 き な 手 落 で は あ り ま す ま い か 。 と 述 べ 、 代 水 の ﹁ 例 言 ﹂ に よ れ ば ﹁ 訳 文 に つ き て は 起 稿 の 時 坪 内 先 生 の 示 教 を 受 く る 所 多 か り き ﹂ で あ っ た 。 希 臓 神 話 は パ ア サ ッ サ ス の 山 腹 に 野 生 し て 乱 れ 咲 け る 無 数 の 花 卉 に 比 す べ し 、 泰 西 の 名 あ る 文 芸 に し て 此 花 の 蜜 に よ り て 醸 さ れ ざ り し も の 殆 ど 稀 な り 、 は る か 後 代 の 詩 人 芸 術 家 と て も 大 抵 一 た び は 狂 蜂 と な り て こ 、 に 遊 べ り 、 希 騰 神 話 を 閑 却 す る は 西 洋 文 芸 の 大 半 を 閑 却 す る に ひ と し 、 代 水 君 の 此 編 あ る 所 以 な る べ し 、 し か し な が ら 神 話 を 訳 す る は 猶 香 水 を 製 す る が ご と し 、 其 蒸 留 圧 搾 の 法 宜 し き を 得 ざ る と き は 花 気 徒 ら に 発 散 し 、 剰 す 所 ロ バ 微 か に 香 る 水 と な り 搬 び 色 あ せ た る 花 骸 と な る に 過 ぎ ざ る こ と あ る を 、 著 者 が 雅 潔 清 麗 の 筆 と 聡 慧 周 細 の 注 意 と は か 、 80 る 憾 を 無 か ら し め て 余 り あ り 、 此 書 は 西 洋 古 文 学 研 鑛 の 枝 折 と し て 読 む べ く 、 新 し き 詩 材 と し て 読 む べ く 、 趣 味 高 き 童 話 と し て も 読 む べ し 四 十 二 年 初 夏 迫 遙 ﹁ 蘇 生 の 日 序 ﹂ は 、 題 名 と 発 行 日 が 不 正 確 だ っ た も の 。 ﹃ 劇 と 文 学 ﹂ に ﹁ ﹁ 蘇 生 の 日 ﹂ の 序 ﹂ 、 ﹃ 遣 遙 選 集 ﹂ 別 冊 第 三 (春 陽 堂 昭 2 ・ 11 ・ 18 ) に ﹁ ﹃ 蘇 生 の 日 ﹄ 序 ﹂ と 改 題 し て 収 録 。 問 題 と な る 本 文 異 同 は な い 。 ﹁ 文 士 と 八 月 ﹂ は 各 種 書 誌 に 未 指 摘 。 ア ン ケ ー ト に 対 す る 回 答 で 、 寒 川 鼠 骨 や 徳 田 秋 声 の そ れ と と も に 掲 載 さ れ た 。 前 掲 ﹃ 綱 甑 国 民 文 学 欄 ﹄ に 複 刻 さ れ て い る 。 う ち つ も り 此 夏 の 休 み の 中 に は ﹁ ハ ム レ ツ ト ﹂ の 前 訳 を 修 訂 し 、 訳 し 残 り の 分 を も 卒 業 す る 積 に 候 。 ( 原 文 総 ル ビ )
坪内迫遙著作年表稿(三) さ く じ つ ﹁ 昨 日 午 前 の 日 記 ﹂ も 各 種 書 誌 に 未 載 で 、 ﹃ 細 椒 国 民 文 学 欄 ﹄ に 収 録 さ れ て い る も の 。 わ た く し く だ 私 は よ く 眠 れ ん 方 で 前 夜 は 十 二 時 半 に 寝 ま し た が 、 二 時 半 に 目 を 醒 し 、 三 時 、 四 時 、 五 時 を 聞 き 、 下 ら ん 夢 を 見 、 す ぎ う と く し 、 六 時 頃 に 起 床 。 ( 時 計 を 見 ん の で 槌 か で は 無 い が ) 食 事 を 終 へ た の が 七 時 過 。 新 聞 四 種 ば か り に ざ つ と 目 を 通 し 、 私 の 編 著 の ﹃ 中 学 読 本 ﹂ 訂 正 の 為 に 杉 谷 代 水 氏 起 稿 の ﹃ ユ リ シ ー ズ の 漂 流 ﹄ と 題 し た 一 篇 を 校 閲 そ ロ ば か し 、 其 を 終 つ て 早 稲 田 大 学 出 版 部 夏 期 講 習 の 為 に 椿 へ た ﹃ イ プ セ ン 社 会 劇 に 就 い て ﹄ と い ふ 三 日 許 り に 渡 つ た 講 わ た く し や く 話 の 速 記 を 訂 正 し て ゐ る う ち 、 早 稲 田 出 版 部 の 役 員 が 来 ま し た 。 こ れ は 今 度 出 し ま す 私 訳 の ﹃ ハ ム レ ツ ト ﹄ の 印 そ れ あ な た い で 刷 、 体 裁 、 挿 絵 、 装 傾 等 に 関 す る 相 談 で 、 其 が 帰 つ た の で 書 斎 に 入 り 前 の 校 訂 を 続 け て ゐ る 所 へ 貴 方 が お 出 に な つ た と い ふ 次 第 で す 。 ( 談 ) (原 文 総 ル ビ ) ﹁ 欧 洲 近 代 文 学 史 ﹂ は 未 見 、 新 公 論 二 四 ノ 一 〇 (明 42 ・ 10 ・ 1 ) 掲 載 の 広 告 に 依 る 。 名 を 列 ね る 長 谷 川 誠 也 が 実 際 の 筆 者 で 、 迫 遙 は 校 閲 者 に と ど ま る と も 考 え ら れ る 。 天 渓 長 谷 川 誠 也 に つ い て 贅 言 す る 必 要 は な い で あ ろ う 。 ﹁ ヘ ッ ダ ・ ガ ブ ラ ー 序 ﹂ は 、 題 名 が 不 正 確 で 、 発 行 月 日 が 未 確 認 だ っ た も の 。 ﹃ 迫 遙 選 集 ﹄ 別 冊 三 に ﹁ ﹃ ヘ ッ ダ ・ ガ ブ ラ ア ﹄ 序 ﹂ と の 題 で 収 録 。 特 記 す べ き 本 文 異 同 は な い 。 な お 、 訳 者 は ﹁ 蘇 生 の 日 小 引 ﹂ で は ﹁ 序 文 を 書 い て 下 す つ た 迫 遙 先 生 に 謹 ん で 御 礼 を 申 上 げ る ﹂ と の み 記 し て い た が 、 ﹁ ヘ ダ ・ ガ ブ ラ ア 小 引 ﹂ に お い て は ピ 霧 げ σ 暮 口 。 二 雷 ゜。 け ー こ の 翻 訳 へ も ﹃ 蘇 生 の 日 ﹄ 同 様 に 、 御 忙 し い 中 に も 拘 は ら ず 、 痒 い 処 に 手 の 届 く 様 な 、 コ コ ロ コ コ 周 到 な 、 精 微 な ( 其 の 三 代 並 写 の 御 説 な ど は 、 先 人 未 発 の 卓 見 で 欧 米 の 批 評 家 に 聴 し て や り た い の で す 。 ) 序 文 を 書 い て 下 す つ た 、 遭 遙 先 生 に 謹 ん で 御 礼 を 申 し 上 げ ま す 。
文林 二十六号 と の 一 歩 踏 み 込 ん だ 謝 辞 を 残 し て い る 。 こ の 千 葉 掬 香 の ﹃ 蘇 生 の 日 ﹄ ﹃ ヘ ダ ・ ガ プ ラ ァ ﹄ は 、 ﹁ 再 版 の 序 ﹂ を 付 し て 、 紙 型 を そ の ま ま 利 用 し 、 大 正 二 年 四 月 五 日 、 警 醒 社 書 店 よ り 再 版 が 発 行 さ れ た 。 ﹁ ハ ム レ ッ ト ﹂ は 題 名 と 発 行 日 が 不 正 確 だ っ た も の 。 名 著 普 及 会 よ り 復 刻 版 (器 ・ 5 ・ 20 ) が 発 行 さ れ て い る 。 ﹃ 早 稲 田 大 学 出 版 部 一 〇 〇 年 小 史 ﹂ (早 稲 田 大 学 出 版 部 86 ・ 10 ・ 21 ) の ﹁ シ ェ ー ク ス ピ ア 全 集 始 末 ﹂ が 簡 に し て 要 を 得 て い る 。 贅 言 し な い こ と に す る 。 明 治 43 年 ( ] 九 ] ○ ) 自 意 識 の 過 ぎ た 芸 術 グ ラ ピ ッ ク 演 芸 ︼ ノ 一 坪 内 迫 遙 明 43 . 1 . 1 明 治 四 十 二 年 の 追 憶 萎 靡 不 振 歌 舞 伎 一 一 四 坪 内 迫 遙 明 43 ・ 1 ・ 1 ﹁ オ セ ロ ﹂ に 就 い て グ ラ ピ ッ ク 演 芸 一 ノ ニ 坪 内 遣 遙 明 43 ・ 2 ・ 1 気 分 劇 に 就 て 。 及 び 余 談 世 界 文 芸 一 坪 内 迫 遙 明 43 ・ 4 ・ 8 緒 言 三 浦 範 三 訳 ﹃ 欧 洲 道 徳 史 ﹄ 上 巻 大 日 本 文 明 協 会 坪 内 雄 蔵 明 43 ・ 4 ・ 10 外 国 の 舞 踊 劇 と 将 来 の 振 事 0 5 匪 Φ 毫 Φ ω け Φ 旨 O b Φ 茜 碧 α げ 冨 喝 暮 霞 Φ O 窟 $ o h q 眉 p ロ ノ 五 坪 内 迫 遙 明 43 ・ 5 ・ 1 女 子 と 文 芸 婦 人 画 報 四 二 坪 内 雄 蔵 明 43 ・ 5 ・ 1 近 松 対 シ ェ ー ク ス ピ ヤ 対 イ プ セ ン 早 稲 田 講 演 一 坪 内 雄 蔵 明 43 ・ 5 ・ 26 近 松 全 集 序 三 木 竹 二 ・ 水 口 薇 陽 ﹃ 諏 近 松 全 集 ﹄ 上 巻 東 京 堂 書 店 迫 遙 明 43 ・ 6 ・ 1 グ ラ ピ ッ ク 演 芸 一 一82一
坪内迫遙著作年表稿(三) 世 子 の 研 究 雑 感 能 楽 八 ノ 七 坪 内 迫 遙 明 43 ・ 7 ・ 10 合 せ 鏡 あ ふ ひ 三 坪 内 雄 藏 明 43 ・ 7 ・ 15 文 芸 は 程 よ く 賞 玩 せ よ 毎 日 電 報 二 四 二 九 ∼ 三 〇 坪 内 雄 藏 氏 談 明 43 . 7 . 17 ∼ 18 名 流 夏 の 所 感 悠 然 四 期 を 楽 し め ず 新 小 説 一 五 ノ 八 坪 内 迫 遙 氏 談 明 43 . 8 . 1 女 優 問 題 に 就 て 婦 女 新 聞 五 三 五 坪 内 雄 藏 明 43 . 8 . 19 ﹃ 新 し き 女 ﹄ に 就 い て 女 子 文 壇 六 ノ 一 二 坪 内 雄 藏 明 43 . 9 . 1 旧 劇 の 将 来 読 売 新 聞 = 九 八 二 坪 内 迫 遙 明 43 ・ 9 ・ 25 歌 舞 伎 座 の 桐 一 葉 に 就 き て (我 劇 壇 に 於 け る イ ズ ム の 雑 揉 ) 太 陽 一 六 ノ 一 三 坪 内 雄 藏 君 談 明 43 . 10 . 1 近 世 文 学 思 想 の 源 流 ( ル ネ サ ン ス 乃 至 ロ マ ン チ シ ズ ム ) 早 稲 田 大 学 文 学 科 講 義 坪 内 雄 藏 講 述 明 43 . 10 初 旬 ∼ ? ﹁ 自 意 識 の 過 ぎ た 芸 術 ﹂ は ﹃ 劇 と 文 学 ﹄ 、 ﹃ 迫 遙 選 集 ﹄ 第 十 巻 に 所 収 さ れ て い る も の だ が 、 初 出 不 明 で あ つ た 。 内 容 に か か わ る よ う な 本 文 異 同 は な い 。 ﹁ 明 治 四 十 二 年 の 追 憶 萎 靡 不 振 ﹂ は 題 名 が 不 正 確 で あ っ た 。 ﹁ 明 治 四 十 二 年 の 追 憶 ﹂ は 、 幸 堂 得 知 、 正 宗 白 鳥 、 長 谷 川 天 渓 、 佐 々 木 信 綱 、 柳 川 春 葉 、 佐 藤 紅 緑 、 東 儀 鉄 笛 、 土 肥 春 曙 、 高 安 月 郊 、 山 崎 紫 紅 、 饗 庭 篁 村 、 関 根 黙 庵 、 伊 井 蓉 峰 、 川 上 音 二 郎 、 伊 原 青 々 園 ら の 文 章 と 共 通 の 表 題 で 、 ﹃ 迫 遙 書 誌 ﹄ の 段 階 で は ﹁ 萎 靡 不 振 ﹂ ま で 明 記 さ れ て い た 。 冒 頭 と 末 尾 を 紹 介 し て お く 。 昨 年 の 劇 壇 で 、 兎 も 角 も 特 筆 す る に 足 る も の は 、 先 づ 自 由 劇 場 の イ プ セ ン 試 演 で あ つ た と 云 つ て よ い 。 併 し 此 事
文林 二十六号 に 就 て は 、 ﹁ 朝 日 ﹂ で 一 通 り 所 感 を 述 べ 、 初 刷 の ﹁ 趣 味 ﹂ 紙 上 で 梢 詳 し く 述 べ て 置 い た か ら 、 今 は 其 話 は 省 く 。 た さ て そ を 除 い て 見 る と 、 他 に 云 ふ べ き こ と は 甚 だ 乏 し い 。 旧 派 も 新 派 も 、 萎 靡 不 振 で あ つ た 。 (中 略 ) 内 容 の 清 新 と か 、 形 式 の 清 新 と か 、 時 代 精 神 に 触 れ る と か 、 血 や 肉 を 躍 ら す と か 云 ふ こ と も 、 必 要 な 要 求 で は あ る が 、 僕 は 先 づ 何 よ り も 調 和 と 云 ふ こ と を 求 め る 。 骨 董 な ら 骨 董 で よ い 、 願 は く ば 骨 董 的 に 調 和 し た 純 粋 ( N O ロ 巳 器 ) な も の で あ つ て ほ し い 。 若 し く ば 新 時 代 の 要 求 に 添 は ん と な ら 、 根 本 的 に 、 精 神 的 に 、 内 容 的 に 調 和 し た 清 新 な も の で あ つ て ほ し い 。 昨 年 中 見 た 劇 の 中 で 何 が 目 に 遺 つ て 居 る か と 問 は れ て 不 図 眼 に 浮 ぶ の は 、 ( 不 快 を 感 じ た か ら 眼 に 残 つ て 居 る の も あ る が 、 そ れ は 今 は 挙 げ ぬ と し て ) く さ ず り び き 猿 之 助 、 高 麗 蔵 の 草 摺 曳 ぜ り ふ 高 麗 蔵 の 清 正 の 押 出 し と 白 廻 し 雁 次 郎 の 忠 兵 衛 の 出 端 と 、 離 れ 座 敷 の 痴 話 仁 左 衛 門 の 仁 右 衛 門 歌 六 の 三 婦 と 、 義 平 次 の 替 り 目 イ プ セ ン 試 演 の 序 幕 、 エ ル ラ と グ ン ヒ ル ド と の 対 話 の か 、 り 有 楽 座 の 西 川 花 子 の 狸 々 位 の も の で あ る 。 (旭 光 筆 記 ) 一84一
坪内迫遙著作年 表稿(三) ﹁ ﹁ オ セ ロ ﹂ に 就 い て ﹂ は 、 題 名 、 筆 名 、 発 行 日 が 未 確 認 で あ っ た も の 。 ﹃ 劇 と 文 学 ﹄ に ﹁ ﹁ オ セ ロ ー ﹂ に 就 い て ﹂ と 改 題 し て 収 録 。 初 出 末 尾 に ﹁ ( 座 談 筆 記 ) ﹂ 、 単 行 本 末 尾 に ﹁ ( 四 十 三 年 十 二 月 ) ﹂ と あ る こ と を 除 け ば 、 特 に 問 題 と す べ き 本 文 異 同 は な い 。 ﹁ 気 分 劇 に 就 て 。 及 び 余 談 ﹂ は 題 名 が 不 正 確 だ っ た も の 。 目 次 で は な く 、 本 文 の そ れ を 採 用 す る の が 至 当 だ ろ う 。 折 角 の お た つ ね だ が 、 僕 は ま だ 特 に 気 分 の 劇 と い ふ 事 に 就 て は 研 究 し た 事 は な い 。 其 故 、 ロ バ今 は 明 確 な 答 を す る 事 は 出 来 な い 。 し か し 大 体 に 就 て 言 へ ば 、 ム ー ド だ け を 表 す の が 主 の も の と な る と 、 今 君 の 言 は れ た 楠 山 君 の 説 の 通 り 、 優 人 が 第 二 位 の も の と な る 。 勿 論 ム ー ド を 充 分 に 浮 上 ら せ る と 言 ふ 役 目 の 上 か ら い へ ば 、 そ れ 相 応 の 仕 事 が あ る で も あ ら う が 、 然 し 彼 は 一 々 の 個 性 を 発 揮 す る 場 合 に 用 ゆ る 俳 優 の 努 力 と は 全 く 異 つ た 努 力 だ か ら 、 優 人 と し て は あ ま り に ア ン ビ シ ヤ ス な 仕 事 で な く な る 。 寧 ろ 偶 人 家 に し た 方 が 、 此 目 的 に は 適 ふ で あ ら う 。 現 に メ ー タ ー リ ン ク の 如 き は 、 わ が 作 は 操 人 形 を 似 て 演 ぜ し む べ き も の だ 、 と 自 称 し て ゐ る 。 此 人 の 作 の 如 き は ( 中 に 幾 多 の 例 外 も あ れ ど ) 必 ず し も 個 人 性 の 発 揮 を 要 せ ず 、 ム ー ド を 鋭 く 出 せ ば 沢 山 と い ふ の が 往 々 あ る 。 (中 略 ) 気 分 を 主 と す る 作 は 読 ん で は 素 よ り 面 白 い が 、 舞 台 に 上 す も の と し て は 偶 人 劇 、 或 は 全 く の 素 人 劇 、 乃 至 は 音 楽 劇 と 註 ふ 方 面 に 用 ゆ べ き も の で は な い か 。 も し 、 将 来 の 劇 が 此 種 の も の を 主 と す る や う に な れ ば 、 俳 優 は 芸 術 家 と し て は 人 分 . . の 町 の も の で 、 例 へ ば リ ブ レ ト ー 、 ラ イ タ ー が 文 壇 に 於 け る 位 置 に 似 た も の で あ ら う 。 ム ー ド の 劇 が 一 方 に 歓 迎 せ ら れ ん と す る に 至 つ た の に は 、 種 々 の 理 由 の あ る 事 で あ ら う が 、 一 は 思 想 に 訴 へ る 劇 が あ る 極 度 に 達 し た 為 あ 、 . . に は 一 幕 物 に は 適 し た 形 式 で あ る た め 、 次 に は 舞 台 L の 約 束 に 通 ぜ ず と も 、 生 き
' 文林 二 十六号 た 俳 優 を 使 役 す る 術 に 長 ぜ ず と も 、 乃 至 複 雑 な 世 故 人 情 に 通 ぜ ず と も 綴 り 得 ら る 、 類 の 脚 本 な る が 為 で も あ ら う 。 (中 略 ) 今 の と こ ろ 、 わ が 作 劇 界 の 風 潮 が 如 何 な る 方 面 に 向 ふ か 、 五 里 霧 中 で サ ツ パ リ 分 か ら ぬ 。 (中 略 ) 演 劇 は 二 重 本 位 、 俳 優 と 脚 本 と 同 等 の 権 利 を 以 て 歩 み 合 つ て 、 出 来 て ゐ る の だ 。 こ れ に 就 て は 一 月 の ﹁ 趣 味 ﹂ を 参 照 し て 貰 ひ た い 。 従 つ て 彼 の 専 ら 俳 優 を 本 位 と し て 俳 優 の 為 に 作 る と 言 ふ の は 、 此 主 意 に 惇 る 。 古 来 実 際 に は 盛 ん に 行 は れ て ゐ る 事 だ が 、 其 れ は 興 業 者 的 態 度 で あ る 。 も つ と も 其 作 意 が 、 か 、 る 拘 束 あ る に 拘 ら ず 、 充 分 に 脚 本 と し て の 主 旨 を 貫 徹 し 得 て ゐ れ ば 必 し も 替 む べ き 事 で な い 。 其 処 は 出 来 栄 次 第 で あ る か ら 絶 対 に 批 難 す る に 及 ば ぬ 。 (マ こ 86 史 劇 を 現 代 語 で 書 く と 言 ふ 事 も 面 白 い と 思 ふ 。 望 遠 鏡 で 過 去 と 進 奇 せ て 見 る の だ ね 。 近 松 も 其 当 時 の 現 代 語 で 一 史 劇 を 書 い て ゐ る 。 唯 、 イ リ ユ ー ジ ヨ ン さ へ 起 れ ば よ い 。 さ や う さ ね 、 逆 に 現 代 の 事 を 古 語 で 写 す 、 そ い つ は 妙 に 持 へ た 話 だ ね 。 例 へ て 言 は ゴ 望 遠 鏡 を 逆 に し て 見 る や う な も の で 、 イ ン テ レ ク チ ユ ァ ル プ レ ー に 過 ぎ な い 。 然 し 神 秘 的 な も の 等 に は よ い か も 知 れ ぬ 。 ﹁ 緒 言 ﹂ は 、 筆 名 、 発 行 日 が 不 正 確 だ っ た も の 。 ﹁ ﹁ 欧 洲 道 徳 史 ﹂ の 緒 言 ﹂ と の 題 で ﹃ 劇 と 文 学 ﹄ に 再 録 。 細 か い 字 句 の 異 同 、 改 行 箇 所 の 三 ヶ 所 増 加 が あ る が 、 特 に 問 題 と す べ き も の は な い 。 ﹁ 外 国 の 舞 踊 劇 と 将 来 の 振 事 ﹂ は 、 併 記 さ れ る 英 文 で の 表 題 を 削 除 し た 上 で 、 ﹃ 劇 と 文 学 ﹄ 、 ﹃ 迫 遙 選 集 ﹄ 第 三 巻 に 収 録 さ れ る も の で 、 従 来 、 初 出 不 明 で あ っ た 。 本 文 異 同 は 細 か い 字 句 の そ れ の み だ が 、 ﹁ 此 外 国 の 演 劇 雑 誌 の 挿 絵 を 見 た ま へ ﹂ と あ る に も か か わ ら ず 、
坪内迫遙著作年表稿(三) ﹁ メ ト ロポ リ タ ン ・ オ ペ ラ ・ハウ スに於 け る希 騰 式 舞 踊 フ ー ラ ー 一 座 ﹂ の 写真 七 葉 が、 単 行 本 以降 、 掲 載 さ れ てい な い の は問 題 と い う べき だ ろ う。 ﹁ 女 子 と文 芸 ﹂ は初 出 不 明 だ っ たも の。 ﹃ 劇 と文 学 ﹄ 収 録 時 に、 ルビを 削 除 し、 過ぎ た る は 及 ばざ る が如 し 要 す る に文 芸 は酒 の や う な も の 顕 微 鏡 的 人 生 観 女 子 が文 芸 に赴 く動 機 芸 術 は賞 玩者 に取 つては娯 楽 当 人 に 取 つては苦 痛 文 学 芸 術 は 天 才 の仕事 の 小 見出 し を 省略 し て いる が、 単 行 本化 す る 際 の統 一 の域 を 出 ぬ 変 更 と いう べき であ ろ う 。 ﹁ 近 松 対 シ ェー ク スピ ヤ対 イ プ セ ン﹂ は 、 発 行 日 が 不 正 確 だ っ た も の。 ﹃ 劇 と 文 学 ﹄ 、 ﹃ 迫 遙 選 集 ﹄ 第 十 巻 に収 録 さ れ てお り、 若 干 の 字 句 の異 同 、 改行 箇 所 の変 更 が あ る が 、 特 に問 題 と す べき も の はな い。 な お 、 こ の講 演 は 単 行 本 末 尾 に ﹁ ( 四 十 二 年 十 月 )﹂、 選 集 ﹄
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文林 二 ←六 号 表 題 横 に ﹁ ( 明 治 四 長 二 年 十 月 ) ﹂ と あ る 通 り 、 前 年 十 月 に 行 れ た も の で 、 よ り 正 確 に は 、 九 日 午 後 一 時 よ り 二 時 間 の も の で あ っ た 。 紅 蓮 洞 ﹁ 近 松 文 学 祭 ﹂ (趣 味 四 ノ = 明 42 ・ 11 ・ 1 ) よ り 抄 出 す る 。 十 月 の 九 日 十 日 両 日 、 早 稲 田 大 学 で 、 巣 林 子 近 松 門 左 衛 門 の 為 に 、 文 学 祭 と い ふ が 行 は れ た 。 ( 中 略 ) 展 覧 会 を 見 て 、 そ ゴ う に 研 究 家 は 研 究 す る も の だ な と 感 服 し て 講 演 会 場 に 廻 つ た 。 会 は 水 谷 不 倒 氏 の 近 松 会 の 由 来 と い ふ の か ら 始 ま つ た 。 (中 略 ) 不 倒 民 の 講 演 会 が 済 む と 、 篁 村 翁 が 壇 上 に 上 ら れ た 。 題 は ﹁ 近 松 物 と 実 演 ﹂ と い ふ の で あ つ た が 、 翁 は 或 新 聞 に ﹁ 改 悪 さ れ た る 近 松 物 ﹂ と 紹 介 さ れ て あ る 。 (中 略 ) 五 十 嵐 力 氏 は 篁 村 翁 の 後 を 受 け て 壇 に 上 つ た 。 ﹁ 近 松 に 許 さ る べ き 最 大 級 の 讃 辞 ﹂ (中 略 ) 五 十 嵐 氏 が 下 り る と 島 村 抱 月 氏 が 代 ら れ た 。 氏 の は 、 近 松 と 東 西 心 中 劇 の 相 違 と い ふ の で あ つ た 。 (中 略 ) 最 後 、 真 打 席 に 現 は れ た の は 、 誰 あ ら う 、 文 界 の 元 勲 坪 内 迫 遙 博 士 で あ る 。 博 士 は 近 松 沙 翁 類 似 の 点 十 八 ケ 条 を 挙 げ ら れ た 。 そ の 論 旨 は 既 に 新 聞 に 見 え て 居 つ た か ら 、 こ \ に は 挙 げ な い が 、 博 士 御 自 身 に も い は れ た が 、 余 り に 近 松 を 沙 翁 に 類 似 さ せ や う と し た 傾 き が 無 い で も 無 か つ た 。 ( 中 略 ) 要 す る に 博 士 は 近 松 を し て 日 本 の 沙 翁 た ら し め や う と す る に 努 あ た の で あ る 。 僕 の 青 年 時 代 に 博 士 は 嘗 て 読 売 新 聞 で 黙 阿 弥 翁 を 日 本 の 沙 翁 で あ る と 賞 賛 さ れ た が 、 今 回 の 講 演 は そ れ と は 少 し く 趣 を 異 に し て 居 る も 、 ま あ 、 博 士 は さ う し よ う と 努 め た と い つ た 方 が 善 い 様 の 感 が し た 。 ﹁ 新 聞 に 見 え て 居 つ た ﹂ ﹁ 論 旨 ﹂ と は 、 お そ ら く 、 読 売 新 聞 二 六 一二 五 ∼ 八 (明 42 ・ 10 ・ 13 ∼ 16 ) の ﹁ 文 学 百 方 面 ﹂ 欄 掲 載 の ﹁ 近 松 対 沙 翁 対 イ プ セ ン ( 早 稲 田 大 学 近 松 祭 講 演 大 要 ) ﹂ の こ と で 、 筆 名 は ﹁ 文 学 博 士 坪 内 迫 遙 ﹂ 、 末 尾 に ﹁ ( Y 生 筆 記 ) ﹂ と あ る 。 ﹁ 大 要 ﹂ で あ る か ら 簡 略 で あ る の は 当 然 と し て も 、 近 松 と 沙 翁 の 類 似 を 十 七 項 と し て い る 一88一
坪内迫遙著作年表稿(三) こ と に は 疑 問 が 残 る 。 参 考 ま で に 、 冒 頭 部 分 を 掲 出 し て お く 。 い つ 最 も 傑 出 し た 劇 作 者 を 称 し て 其 国 で の セ ク ス ピ ア と 呼 ぶ こ と は 何 時 か ら 始 ま つ た も の か 、 今 で は 一 種 の 普 通 名 詞 の や う に な つ て 用 ひ ら れ て ゐ る 。 ほ ん も の お け さ て 我 国 の 沙 翁 と 言 は れ る 近 松 巣 林 子 と 英 国 の 真 物 の 沙 翁 と の 比 較 で あ る が 両 者 の 類 似 は 近 松 の 日 本 に 於 る 、 沙 翁 の 英 国 に 於 け る 、 劇 作 者 と し て の 此 両 者 の 地 位 が 同 じ 階 級 に あ る と 言 ふ だ け で は な い 。 出 た 時 代 に 於 て も 作 の 内 容 形 式 な ど に 於 て も 頗 る 似 た 処 が あ る 試 み に 之 を 数 へ て 見 る と 少 な く と も 十 七 項 の 類 似 点 を 挙 げ 得 る と 思 ふ 。 ▲ 第 刊 に 時 代 が 似 て ゐ る 。 ル ネ サ ン ス 時 代 に 於 け る 沙 翁 、 徳 川 幕 府 の 最 も 文 芸 に 擁 護 を 惜 し ま な か つ た 寛 永 、 元 様 、 享 保 時 代 に 於 け る 近 松 、 共 に 文 芸 復 興 の 境 界 線 に 添 ふ て 頭 を 擾 げ た 尚 ほ 別 な 意 味 か ら 言 つ て 見 て も 両 者 は 殆 ん ど 同 時 代 に 此 世 に 生 れ た 即 ち 天 折 し た 沙 翁 を し て 八 十 八 歳 頃 ま で も 存 命 せ し め た な ら ば 彼 は 近 松 の 産 声 を 聞 き 得 た で あ ら う 。 ﹁ 近 松 全 集 序 ﹂ は 逸 文 。 拙 稿 ︿ ﹁ 改 訂 ﹂ か ら ﹁ 原 作 ﹂ へ の ﹃ 近 松 全 集 ﹄ l l 迫 遙 ・ 鴎 外 ・ 露 伴 . 篁 村 の 序 文 な ど ﹀ ( 文 林 21 鵬 ・ 12 ・ 28 ) 参 照 。 ﹁ 世 子 の 研 究 雑 感 ﹂ は 、 題 名 に 難 が あ っ た 。 ﹁ 合 せ 鏡 ﹂ は 、 ﹁ あ ふ ひ ﹂ の 目 次 を 載 せ る ﹃ 書 物 関 係 雑 誌 細 目 集 覧 二 ﹄ ( 日 本 古 書 通 信 社 鴨 ・ 5 ・ 1 ) に さ え 、 諸 家 ﹁ 合 せ 鏡 ﹂ と し て い る こ と も あ っ て 、 未 指 摘 の ま ま だ が 、 あ ふ ひ の 複 刻 版 ( ゆ ま に 書 房 鴨 ・ 10 ・ 8 ) が 出 て い る の で 、 容 易 に 目 に す る こ と が で き る も の で あ る 。 あ ふ ひ 面 白 く 拝 見 致 候 願 く ば 規 摸 を 幾 分 か 拡 張 し や は り 半 は 営 業 的 の 売 品 と な さ れ た し 、 利 の 為 で な し 、 そ れ が
文林 二十六 号 つ ま り 向 上 発 展 の 方 便 と 存 候 、 江 戸 趣 味 保 守 趣 味 の 発 揮 は 現 代 の 必 要 な る 活 動 の 一 と 信 じ 候 ﹁ 文 芸 は 程 よ く 賞 玩 せ よ ﹂ は 未 見 、 未 確 認 だ っ た も の 。 両 日 と も 、 第 一 面 の ﹁ 通 俗 講 話 ﹂ 欄 掲 載 。 ﹁ 近 世 の 文 学 者 連 ﹂ の ﹁ 顕 微 鏡 的 人 生 観 の 誤 ﹂ を 指 摘 し 、 ﹁ 世 故 人 情 に 通 ぜ ぬ ま だ う ら 若 い 人 達 ﹂ に 対 し 、 ﹁ 読 む な ら 読 む だ け の 修 養 を せ よ ﹂ と 述 べ て い る 。 ﹁ 名 流 夏 の 所 感 ﹂ は 、 ア ン ケ ー ト に 対 す る 回 答 で 、 脱 落 し て い た も の 。 わ た し そ ん 無 風 流 の や う だ が 私 は 全 く 、 春 と か 夏 と か 秋 と か 云 ふ 事 に 就 い て は 何 も 考 へ た こ と が 無 い 、 其 様 な 事 を 考 へ る 暇 そ が あ り ま せ ん 、 絶 え ず 仕 事 に ば か り 追 は れ て 居 る と 春 で も 夏 で も 少 し も 変 ら な い 、 夫 り や コ ン ベ ン シ ヨ ナ ル な 事 い や な ら ば 幾 ら で も 云 へ ま す 、 云 へ ま す が 、 然 し 其 れ は 決 し て 自 分 の 本 心 で は 無 い か ら 嫌 で す 、 春 と か 秋 と か 云 ふ や う な 事 に 就 い て 謳 つ た の は 必 寛 ロ ー マ ン チ ッ ク の 時 代 で 、 東 洋 で も 西 洋 で も 昔 は さ う い ふ や う な 題 に 就 い て 、 詩 ﹁ 90 人 等 が 喜 ん で 謳 ひ ま し た 、 が 今 日 の や う に 自 意 識 の 発 達 し た リ ア リ ス チ ツ ク な 時 代 に は も う 悠 然 と 其 様 な 事 を 考 わ た く し へ て 居 る 余 裕 が あ り ま せ ん 、 私 が 前 に ﹁ 文 学 其 の 折 々 ﹂ に 書 き ま し た 時 分 に は 夏 を 人 間 の 四 十 代 に 讐 へ ま し た 、 あ あ ぢ は ひ 只 今 で も 彼 の 頃 の 様 な 考 へ が 全 く 無 い で は あ り ま せ ん が 、 ﹁ 仕 事 に 追 は れ て 悠 然 四 期 の 味 を 楽 し み 得 ず ﹂ と 云 ふ の が 私 の 只 今 の 境 遇 で す 。 ( 文 責 在 記 者 ) ﹁ 女 優 問 題 に 就 て ﹂ は 掲 載 紙 の 号 数 が 未 記 載 で 、 筆 名 の ﹁ 談 ﹂ が 不 要 で あ っ た 。 掲 載 誌 紙 の 巻 号 数 の 欠 落 を 採 録 基 準 に し て は い な い し 、 ま た 、 ﹃ 劇 と 文 学 ﹄ 収 録 時 に 削 除 の 以 下 の よ う な 附 言 か ら ﹁ 談 ﹂ で あ る (も し く は ﹁ 談 ﹂ で あ る パ リ 形 を と ろ う と し て い る ) こ と も 明 ら か な の だ が 、 二 つ の 要 素 が 重 な っ て い る と い う こ と で 、 敢 え て 言 及 す る こ と に し た 。 左 の 一 篇 は 坪 内 博 士 の 大 阪 に 於 け る 講 演 転 載 の 許 可 を 得 ん と て 訪 問 し た る 際 特 に 出 題 し て 聞 き 得 た る 所 の も の な