高分解能透過電子顕微鏡法と電子エネルギー損失分光法による
フラン樹脂炭素の微細組織観察
クリスタル科学研究センター 山中淳二安田榮一 GeorgeC.Weatherly 田邊靖博
ABSTRACT
Furan−resin−derived carbon has an attracted in− terest as a component in carbon based composite materials. It is grouped into non−graphitizable car− bons. We have investigated the microstructures of furan−resin−derived carbon by high−resolution trans− mission electron microscopy(HREM)after high− temperature heat treatments. The interior of the specimens heat−treated at 1773K exhibited an amor− phous structure. On the other hand, specimens heat− treated at higher temperatures exhibited a cage structure, as evidenced by the number of stacked layers and their periodicity. Electron energy loss spectroscopy(EELS)was also used in order to ana− lyze the chemical state. All of the EELS spectra had acharacteristic edge structure showing the exis− tence ofπbonding. There were no significant differ− ences between the spectra of early−stage and well− developed cage structures. Therefbre, it is revealed that atomic−order bonding was almost established by the heat treatment at 1773K and nm−order micro− structural change was developed by the higher− temperature heat treatments・ 背景と目的 一般的に,構造用材料向けの炭素は,有機物原料 から炭素化と呼ばれる行程と黒鉛化と呼ばれる行程 を経て,合成されることが多い.炭素化過程では, 不活性雰囲気で600∼1500Kの温度に保持し,試料 がほぼ炭素のみから構成される状態にする.黒鉛化 過程では,炭素化された試料を,不活性雰囲気で 1700∼3300Kの高温に保持する.しかし,原料の種 類によっては,3000Kを越えるような高温に保持し ても,常圧で広い温度域で安定なはずの結晶黒鉛相 にならない場合が多い。これらの中に,いわゆるガ ラス状炭素と言われる状態がある.黒鉛化しない理 由は,炭素は原子間の結合が強く,固相で一旦準安 定な状態に落ち着くと,なかなか最安定な状態へ向 けての変化が進行しないためであると,考えられて いる.なお,ガラス状炭素という言葉は,もともと は,試料を破壊した時の破面がガラスの破面と類似 の形態を示すことから命名された.原子の周期性レ ベルで観察してみてアモルファスであったとか,微 視的構造が一般的なガラス材料と同じであったと か,そういった意味ではないので,注意を要する.ガラス状炭素の微細構造モデルとしては,
JenkinsとKawamuraのモデル,および,白石の
モデル,が有名である1)・2).これらのモデルは,そ れぞれガラス状炭素のもつ性質をうまく説明できる ものである.しかし,一般的によく知られている事 実として,炭素材料の構造は,その出発原料に大き く依存する.様々な原料から合成されたガラス状炭 素が,全て同じ構造を持ち同じモデルで説明できる かは,現時点では保証できるものではない.ガラス *Center for Materials Design, Materials and Structures Laboratory, Tokyo Institute of Technology **lcMaster University, Department of Materials Science and Engineering状炭素の微細構造を,実験的に明らかにすること は,基礎研究として大変重要である.我々は,C/C コンポジット(炭素/炭素複合材料)のマトリック ス材料として,応用面でも重要な材料である,フラ ン樹脂炭素の構造について,これまで研究をすすめ てきた. フラン樹脂(フルフリルアルコールを重合させた 樹脂)を原料として炭素化させた炭素,フラン樹脂 炭素(あるいは簡単にフラン炭)は,典型的な難黒 鉛化性炭素,つまり,通常黒鉛化と呼ばれる高温度 の熱処理を施しても結晶黒鉛相にならない炭素,と して知られている.最近の研究で,フラン樹脂炭素 やその他の難黒鉛化性炭素について,複合材料中の 繊維材との界面や試料表面では,黒鉛化し得ること が,他の研究者達や我々のグループによって明らか にされてきた3)−8).この現象も大変興味深いが,こ こでは,表面や界面といった特殊な場所ではなく, フラン樹脂炭素内部の微細構造を詳細に観察評価し た結果を報告することとした.我々は,これまでに もフラン樹脂炭素内部の構造を,透過電子顕微鏡 (TEM)や他の手法で評価してきた7),9)・1°).今回 は,より詳細な微細組織観察を行うことと,炭素原 子の結合様式が組織変化とどのような関連があるか を明らかにすること,を目的とした. 実験方法 出発物質は,フルフリルアルコール初期重合体 (日立化成製,Hitafuran302)である.フルフリル ァルコールの化学式は文献11に詳しい記述がある. この出発物質に硬化触媒としてパラトルエンスルホ ン酸を0.3mass%添加し,室温で30分間撹i牛した. これを塩化ビニル板上に塗布し,323Kで48時間重 合硬化させた.そして,この試料(フラン樹脂)を
基板の塩化ビニル板からはずし,10mm角に切断
し,2枚のガラス板で挟み込んだ.さらに後硬化処 理として433Kで6時間保持した.次に,炭素化と して,Arフロー下1273Kで30分保持した.試料合 成の最終段階として,これらの試料を1773Kから 3273Kの高温に30分保持した.雰囲気は,炭素化時 と同様Arフローである. こうして合成した試料を,メノウ乳鉢で粉砕し,TEM観察用試料とした. TEMは,主に,日本電
子製のJEM2010Fを加速電圧200kVで使用した.
補助的に,JEM2000FX−IIも使用した. EELS測定は,JEM2010Fに付属設置してある, GATAN社
のPEELS model666(ポストコラム型EELS)を使 用した. 実験結果と考察 我々は,これまでに,フラン樹脂炭素内部を高分 解能透過電子顕微鏡(HREM)観察してきている が,その微細構造を便宜上籠型構造と呼んできてい る.波打った原子面の積層の様子が,あたかも竹細 工の籠のように見えるからである.図1,図2に,籠型構造が発達してゆく途中の温度範囲の,
HRTEM結果を示す.より高温の熱処理後の,よ
り発達した籠型構造については,公表ずみの文献を 参照されたい7“9). 図1(a)は,最終熱処理温度が1773Kの試料のHREM結果である.籠型構造は認められず,典型
的なアモルファス構造である.つまり,極めて短範 囲の原子のオーダリングが見受けられる部分はある が,原子面の積層は全く認められない. 図1(b)は,2073Kの熱処理試料の結果である.原 子のオーダリングがすすみ,わずかではあるが原子 面の積層といえそうな組織であることがわかる.し かし,この段階では,原子面の積層は明確なもので はない.積層されている原子面枚数は2,3枚程度 である部分がほとんどである. もう少し高温,2473Kの結果が,図2(a)である. この温度では,明確な籠型構造が認められる.すな わち,数枚程度の原子面が積層され,その原子面積 層は波打っており,または,歪んでおり,複雑に絡 み合って,あたかも竹細工の籠であるかのように見 える. 図2(b)は,2873Kの結果である.籠型構造を構i成 する原子面の積層が,かなり発達してきていること がわかる.すなわち,積層されている原子面枚数が 増加しており,また,籠の周期性がはっきりとして きている. さらに高温の3273Kで熱処理した場合,以前報告 したように,原子面の積層は約10枚,籠の周期は6 nm程度,となる7).本記事には直接掲載はしていないが,上記
HREM観察を行ったすべての試料について,電子
回折図形も記録している.黒鉛化している試料の場 合と比較して,籠型構造やアモルファス構造の場合 は,常にブロードでハローな図形を示し,その差は図1 フラン樹脂炭素の高分解能透過電子顕微鏡観察(HREM)結果一1 (a):最終熱処理温度1773Kの試料.(b):最終熱処理温度2073Kの試料.
図2 フラン樹脂炭素の高分解能透過電子顕微鏡観察(HREM)結果一2 (a):最終熱処理温度2473Kの試料.(b):最終熱処理温度2873Kの試料.
ω
3◎◎ き25◎ き ◎2◎◎ の 菖1§o 溺§櫛
庄 §◎ 2∼6◎ i∼80 3◎◎ 32e 340 36◎ E…Rergy L◎§§{eV) (c) 5◎◎ 釜4◎◎ 菖3。。 豊 §2°° 遼伯◎ (e)35◎ 皇3◎◎ 8・ 25° Pt 2◎◎ §15。 §1。。 a 5◎ 26◎ 28◎ 3◎◎ 32◎ Ene「gy L◎SS{8V) 34◎ 36◎ 26◎ 3◎◎ 32◎ 9…nergy L◎ss(eV) (b) 馨25◎ 菖部゜§纈
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(d) 4◎◎ 蓑 召3◎◎ 慧 墓2◎◎ 習 ぢ £1◎◎ 26◎ 2≧8◎ 3◎0 3ξ≧◎ 蓬r〕ergy L◎§s〈eV> 34◎ 36◎ (◎8◎◎ 望7◎◎ §6◎◎ 3s◎◎ 遷4◎◎ 習3◎◎ 左2◎◎ 1◎◎ 26◎ 28◎ 3◎◎ 32(} 34◎ 36◎ Energy L◎SS{eV) 26◎ 28◎ 3◎◎ 32◎ EBergy L◎$s{eV) 34◎ 3§◎ (9)§㎜
§ 3°“ 曇2・・ ξ1。e Graphi£e 〈1〃c−axis) (h)4e。 誓;器 §25・ 褒2◎◎ 裏15◎竃欄
5◎ Graphi te 〈3ぴt蹴) 2§◎ 28◎ 3◎◎ 32◎ 34◎ 36◎ 26◎ 28◎ 3◎◎ 32◎ 34◎ 36{》 ffnergy Le§S〈eV) Energy L・◎ss(eV) 図3 フラン樹脂炭素と標準試料からのEELSスペクトル.全て炭素のK殻吸収端近傍 (a):最終熱処理温度1773Kの試料.(b):最終熱処理温度2073Kの試料.(c):最終熱処理温度2473Kの試料.(d)1 最終熱処理温度2673Kの試料.(e):最終熱処理温度3273Kの試料.(f):ダイアモンド標準試料.(g):黒鉛標準 試料.入射電子がc軸に平行な場合.(h):黒鉛標準試料.図3(g)の条件から試料を30度傾斜させた場合.明白であった.さらに,熱処理温度の上昇に伴っ て,全体的にブロードでありつつも,徐々に相対的 にシャープな図形へと変化していた.このことも, 高分解能像と対応し,原子の並びの周期性が徐々に すすんでいることを示す8),9). 図3には,EELSの結果を示す.図3(a)∼3(e) に,熱処理したフラン樹脂炭素から得たスペクトル を,図3(f)∼3(h)に,標準試料から得たスペクトル を示す.すべて,炭素のK殻吸収端近傍のスペク トルである. 図3(f)は,ダイアモンド標準試料から得たスペク トルである.π*ピークは認められず,σ*ピークの 形状はダイアモンド構造の特徴を示す形態である. 図3(9),3(h)は,試料の傾斜をかえて収集したグラ ファイトのスペクトルである.π*とσ*の両ピーク が明確に分離されて観測されている.このように, 今回の測定条件で,充分なエネルギー分解能をもっ た情報を得られることがはっきりとした. 図3(a)∼3(e)は,それぞれ,1773K,2073K,2473 K,2673K,3273Kの熱処理後の,フラン樹脂炭素 から得たスペクトルである.これらの全ての測定 で,π*ピークとσ*ピークの両方が認められた.こ