• 検索結果がありません。

誤訳に基づく日韓対照研究

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "誤訳に基づく日韓対照研究"

Copied!
19
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

誤訳に基づく日韓対照研究

著者 油谷 幸利

雑誌名 言語文化

巻 5

号 1

ページ 75‑92

発行年 2002‑08‑20

権利 同志社大学言語文化学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000004382

(2)

誤訳に基づく日韓対照研究

1

油 谷 幸 利

0.はじめに

韓国語は文法構造が日本語と非常によく似ていることは夙に知られている が、その類似性は発想法にまでおよび、「有名になる」というときの「顔が 売れる」は、韓国語においてもそのまま肉体の「顔」と「売る」の受身形を 使用するし、「お手上げだ」は韓国語で「手を挙げた」と表現する2。とはい え外国語であるからには相違点も多くあるわけで、助詞にしても全ての面で 一対一に対応するわけではない。

ところが、韓国語学習の初期段階で、日本語をほぼ逐語的に置き換えるだ けで韓国語作文が完成することに慣れてしまうと、日本語直訳式の変な韓国 語になったり、「これは私の帽子がありません」という奇妙な日本語訳が現 れたりする3

学生の作文に現れる誤りは、日本人に対する韓国語教育にとって良い材料 となりうるが、これとは逆に、日本語で書かれた小説を韓国語に翻訳したも のに出現する誤訳は、訳者が日本語に熟達していると思われるだけに、韓国 人に対する日本語教育という観点から良い材料になりうるとともに、日韓辞 典作成のための優れた資料を提供してくれる。

本稿は、城山三郎の『毎日が日曜日』の韓国語訳を用い、そこに出現する 誤訳をさまざまな角度から分析することによって、日韓対照研究への一助と なることを目指すものである。第1章では語彙の誤訳を、第2章では慣用句 の誤訳を、第3章では文法面での誤訳を取り上げる。

「言語文化」5-1:75−92ページ 2002.

同志社大学言語文化学会©油谷幸利

(3)

1.語彙の誤訳

語彙の誤訳は、誤訳の中ではもっとも単純なものであるが、その原因はさ まざまである。以下では、品詞ごとに検討することにする。

1.1.名詞

1.1.1.固有名詞の誤読

日本語は漢字の読み方が何通りもあるために、漢字を知っているはずの中 国人や韓国人でさえ苦労することが多い。特に固有名詞の場合は不規則な読 み方や何通りかに読める場合があり4、日本人でさえ知らなければ誤読する ほどである。従ってここでは、翻訳者がどの程度現代の日本を知っているか を判断する目安を示す尺度と考え、誤読だけでなく正しく読んだものも合わ せて示すことにした。

例として取り上げた固有名詞は、漢字を韓国語式の漢字音で読んだものを 除き、漢字を日本語式の読み方でハングルに置き換えたと思われるものに限 った。

1)地名

25例が正しく読まれていた5。「東京: ,京都: ,大阪: , 名 古 屋 : , ・ ・ ・ 」 な ど , よ く 知 ら れ た 地 名 だ け で な く ,「 洛 西: ,鞍馬: 」などのローカルな地名も正確に読まれてい るものがあった6

ところが,誤読の例は清濁の誤りまで含めると、正しく読まれた地名の2 倍近い47例に達する7。韓国語においては有声音と無声音の区別は非弁別的 特徴であるために,清濁の誤りはある程度やむをえない点があるにしても、

周囲にいる日本人に確かめれば読み間違いが生じるはずがないような誤り,

たとえば「熱海: =ネツウミ =ネツガイ,伊豆:

=イダマ =アウ,嵐山: =プノヤマ」のような誤りは,翻訳 者の怠慢としか言いようがない。また,「相模川,酒匂川,三条河原町,静 岡,綾部」など32例の固有名詞は訳語としてまったく示されなかった。いず

(4)

れも韓国人には馴染みの薄い地名である。

2)人名

「 沖 直 之 : , 忍 : , 十 文 字 : , 本 宮: 」など,主人公およびその家族、同僚、上司など周辺の人物 9名は正しく読まれていたが8、「和代: =ワダイ,和地: =ワ ツジ,伸子: =ノビコ,武男: =タケシダン」など主人公 の妻の名前を含む12名は誤読されていた。

3)誤読の傾向

以上の誤読例を簡単に分析しておくと、「国分寺: =コクワカ ジ,高尾: =タカビ」のように音訓を間違えたもの以外に、「伸 子: =ノビコ,三千代: =サンセンダイ」のように人名に おける慣用的な読み方を知らなかったために生じた誤りが目に付いた。また,

「北陸: =北方の地方,山中湖: =山の中の湖」のよう に普通名詞と誤解したもの,「伊勢: =イネツ」のように「勢」を

「熱」と読み誤ったと思われるような例も見受けられた。

1.1.2.普通名詞、形式名詞 1)文化的差異による誤訳

自国の文化に存在しない事物や事項に関しては、説明的な訳や意訳をする ことになるが、自国の文化に影響された誤訳や、漢字にひかれたとんでもな い誤訳が現れることがある9

本(助数詞):笹上の二本目の銚子が空になったのを見て、沖はいっ

た。 (33) ※「銚子」が分かっていないら

しく,「2杯目」と訳している。

お通夜:「定年で、みんながお通夜みたいになっているとき」

(36)  ※葬儀に関する言及はなく,漢 字の通りに「よどおし」と解釈した訳になっている。

床の間:「退職者は、床の間を背に、しょんぼりしているか、悪酔いして

(5)

荒 れ る か だ 。」

(83)  ※床の間を寝床と誤解したらしく、「(定年退職の祝賀 会の最中に)部屋の中に寝そべって」というとんでもない誤訳になっている。

食い合わせ:どちらも、おいしい食品で、要は組み合わせの問題である。

食い合わせの心配もない。

(124) ※「2種類の 料理を一緒に食べる」と誤解したらしく、「(一緒に食べれば)別々に食べる 煩わしさもない」と誤訳している。

鳥居:赤い鳥居がいくつか並んで、雨に打たれていた。

(135) ※鳥居が判らなかったために「居」を住 居の意味に誤解し、「赤い鳥居」を「赤い烏の家」と誤訳している。鳥を烏 と読み間違えたのは単なる不注意であろう。

この他、酢の物を酒と誤解したり、羊羹を羊の肉、浴衣をビキニの水着や 浴用タオル,西陣織の財布をスカーフと誤訳するなど、日本文化に対する無 知が誤訳の原因となっているものが見受けられた。

2)漢字に惑わされた誤訳

日韓における漢字熟語はその8割以上が一致すると思われるが,残る2割 程度の漢字熟語に関しては,「来日=日本に来ること:明日」のように異な る意味を有していたり,熟語としてまったく使用しないために漢字を直訳的 に解釈することによって誤解が生じる場合がある10

坊主:笹上は、やんちゃ坊主のように、答えた。 (27)

※「坊主」を「僧」と訳している。

不 得 手 : 人 事 と か 、 管 理 と か 、 経 営 者 的 な 仕 事 は 、 不 得 手 な ん

だ 。 (38)  ※

「仕事は得られないんだ」と誤訳している。

役人:どこかのお役人とはちがうから。 (89)

※役人を役職者と誤解して「重役」と訳している。

河原:相模川か、酒匂川か、ひろびろとした河原に、白い鳥が三羽たたず ん で い た 。

(6)

(32) ※河原を貯水池と訳している。

3)その他の誤訳

愚痴:ぐちにしては、口調が軽く、雄弁すぎた。

(29) ※ぐちを「口ごもる」と誤訳してい る。

すそ:長いすそで、スリッパも見えない。

(55)  ※すそを「袖」と訳したために、足元まで届く長い袖のローブを着てい ることになってしまった。

心当たり:ただ、心あたりがあるとすれば、先夜の金丸相談役のぼやきに も 似 た つ ぶ や き で あ る 。

(59) ※「心当たり」を「やる気」とい う風に誤解してしまったために、後半も「小言に耐えられる」というように ずれてしまっている。

授業:どんどん授業がおくれて行くわ」

(63)  ※授業の進度についていけないという発言であるが、登校時間が遅くな るのと勘違いしている

おくれ:五年のおくれは、致 命的であった。

(63) ※進度が5年間遅れたことを、5年間遅刻を続けたかのように訳してい る。

小旅行:むしろ、父子二人が気ままな小旅行に出て、

(139) ※小旅行が散歩に化けてしまっている。

夜ふけ/独身寮:夜ふけに、トランクをさげて、独身寮へ戻った。

(143) ※夜更けは深夜であるが,

「日の暮れる頃」と誤訳している。また、独身寮を一人部屋と誤解している。

いずこも:巨大なマンモス商社も、いずこも借金経営で、扶桑商事も、六 千億を越す銀行借入を抱えこんでいた。

(266) ※古めかしい表現のためか「いつでも」と誤解している11

(7)

1.2.助詞・語尾

韓国語の助詞は,主格(が)と主題(は)の区別が存在するのみならず,

日本語の「に」が「時,所在,帰着点」に共通して用いられるのと同様に,

「 」が「時,所在,帰着点」に共通して用いられるなど,日本語と酷似し ている点が多いが,「会う」と「乗る」は「に」ではなくて「を」に相当す る助詞を要求するなど,微妙な点でズレが存在する。

〜だけ:トップの恥部をつかむだけに、忠勤を励めば、そこは、人間と人間。可 愛 い や つということになる。

(11) ※この「だけ」は 理由を示しているが,限定の意味に訳されている。

〜だけ:知っているだけの漢字を書きなさい、という。

(77)  ※この「だけ」はすべてという意味なのに、や はり限定の意味に誤解している。

〜ようなら:それに、きみのやりかけの事業計画、あちらでも、進められる ようなら、検討してみたまえ」

( 2 0 ) ※ 「 よ う に 」 と 勘 違 い し て い る。 と訳すべきであろう。

〜だろうか:アルパカやジャガーは、カラカスででも買ったのだろう

か。 (97) ※推測の表現を

「買ったのだそうだ」と伝聞に訳している12

〜そうだ:「幸い、すり傷だけですんだけど、間一髪で、後の車にひかれ るところだったそうよ」

(145) ※伝聞の部分が欠落して話者自らの体験のような訳になって いる。

1.3.用言(動詞・形容詞・形容動詞)

いわゆる同音異義語の選択を間違えているものがかかり見受けられた。

のぞむ:皇居にのぞむ堀ばたの道を、会社に向かって戻りながら、本宮が十 文字にいった。

(20) ※「皇居に面した道」のはずが「皇居に通じる道」

(8)

になっている。

けげんだ:けげんな顔をする十文字に、

(21) ※いぶかしげな表情のはずが、「やはりそうだっ たのかという表情」と,正反対の訳になっている。

うるさい:奈良の山林地主の息子で、イギリスの大学を卒業した金丸は、

礼儀とか形式にはうるさいひとであった。さらに、性格的に尊大といってい い と こ ろ も あ る 。

(45) ※この文脈における「うるさい」は「細か いところまで気にする」という意味なのに,「構いつけない、面倒がる」と やはり正反対の訳になっている。このために後半部分とのつなぎが順接では なくて「〜だが」と逆接でつながっている。

おかしい:「しかし、奥さん、おかしいじゃないですか。いまごろ、おどろいていた

んでは」 (71) ※

ここでは「不思議だ」という意味で用いられているのに,「おかしみがある」

と訳している。

いい:「……細かなことはいい。 (112)  ※「いい」

は,ここでは「不要だ」という意味であるが,「良い」と解釈したために

「詳しいほど良い」と逆の意味になっている。

1.4.副詞

たしか:眼鏡をかけ、たしか伸子という名であった。

(152) ※これは和英辞典を始めとする辞書の見出し語に かなりの責任がある。「確かだ」は「確実だ 」という意味の形容動 詞で,「確かに」はその活用形であるから「 」と訳すのが正しいが,

「確か」は「自分の知識に間違いがなければ」という意味の副詞であるから

「 」と訳さねばならない。ところが,日本語から外国語を検索する辞書 の多くが両者を共に「確か」という見出し語の中に含めてしまっており,誤 訳を誘発する一因となっている。是正されるべき点であろう。

たしか:「笹上さんは、今年はたしか……」

(9)

(16) ※上記の例と同じく「確かに」と勘違いしている。このよ うな誤訳はこれ以外にも何箇所か見受けられた。

たとえ:たとえ、社長の不興を買うことになろうとも、この機会だけは失 いたくない。

(80) ※譲歩の副詞であるが,「例えば」と訳してしまって いる。

ぶっきらぼうに:おやじは、さらに、ぶっきらぼうに、

(90) ※「鄭重に」と逆の意味に訳している。

たまたま:たまたま、電話もかかって居らず、部屋の中は静まり返ってい

た。 (111) ※「たまた

ま」を「時々」と勘違いしたので,「時々電話がかかってくるだけで」と,

かなりずれた訳になっている。

ざっと:ざっと教えてくれ」 (112) ※「概略を 教えてくれ」という意味なのに,「さっさと教えてくれ」という訳になって いる。

よけい:よけい、お稲荷さんにたのみたい気になったんやな」

(137) ※「一層」と訳すべきところ,

「残りは」と名詞として訳している。

まずまず:まずまずの旅行であった。 (144) ※「ほ ぼ満足できる」と訳すべきところ,「かなり骨の折れる」と誤訳している。

2.慣用句・熟語

本稿では,逐語訳をしたのでは内容を正確に伝えられないものを慣用句,

常に特定の語句の組み合わせで一定の意味を担っている表現を熟語と呼ぶこ とにする。

ひきが合わない:倍求めなくちゃ、ひきが合わないわ」

(24) ※「帳尻が合わない」という意味なのに,

「抱きしめてあげないわよ」と直訳している。

見切り発車:話をにつめる間もなく、見切り発車に似た後味のわるい出発 であった。

(10)

(25) ※見切り発車とは、結論 が出ないまま次の段階に進むことであるが,「出発する汽車に乗るために改 札を終えたのは」と直訳に応じてほかの言葉を更に補っている。

ごまをする:あいつのいうとおり、京都支店長のポストを徹底的に利用して、

トップに密着し、ごまをすっておくんだ」

(28) ※おべっかを使うことであるが、「胡麻の油を絞る」という韓国人にと っては意味不明の訳になっている。

背伸びをする:金丸は、背のびをする男であった。

(45) ※「後ろへ反りかって傲慢げに歩 く」と字義通りに解釈したような訳になっている。

手放しで:「俺だけが、陽気に、手放しで、バンザイをする。」

(36) ※「手を高く上げて」

と直訳している。

きめてかかる:おれには、おれにはと、自分からきめてかかっては、なに も で き ん 。

(12) ※「自分でできること以外には」と誤訳している。

他ない:もっとも、原形となる関西弁も、京都弁・大阪弁・兵庫弁などが 縦横に入りまじって、扶桑商事弁とでも名づける他ないものになっていた

― 。

(14) ※二重 否定の表現であるのに,「フジツー商社弁と呼ぶこともできなくなった」と 単純な不可能表現に訳されている13

なりかねない:本宮のような重要人物の不在のため、一分間の判断のおくれが、

何億かの損を招くことになりかねない。

( 1 5 )

※懸念を表明している文であるが,「招く事になる」と断言している。

きまってる:「きまってる。 (30) ※「いまさら言わなくて も判りきっている,当然だ」と訳すべきなのに,「定められている」と直訳 している。

(11)

きまってまんがな:「きまってまんがな。 (43) ※上 に同じ。

ききとがめる:沖は、ききとがめた。 (37) ※相手の 発言に異議を唱えるという意味であるが,単に「聞きたかった」と訳してい る。

いいですか:「いいですか、奥さん、 (70) ※この文脈 では「よく聞いて下さい」と相手に注意を促す言葉として発せられているの に,「構いません」と訳している。

ために:食料の開発輸入を自分の課題と考えてきた沖にとっては、ぜひ聴講したい講 習会である。このため、その案内を見たとき、すぐ部長の本宮に申し出て、手続きをとっ た 。

(79) ※韓国語は日本語とは異なり,理由の「ために」

と目的の「ために」を区別するが14,ここでは理由を目的と誤解している。

念のため:わかめも、念のため、持参した。

(123) ※「万一のことを考えて」という意味であるが,「誠意を込めて」と訳 している。

〜にしてみれば:気をつかわせているつもりはないかも知れぬが、しかし、

沖 に し て 見 れ ば … … 。

(128) ※「沖にとっては」という意味であるが,「沖に したことから見れば」と逐語的に直訳してしまっている。

3.文法的な誤訳 3.1.主語の把握

韓国語は日本語と同様に,前後関係から判断できれば主語を明示的に表現 しない言語であるので,欧米人よりは文脈の把握が正確であると思われるが,

主語を取り違えた訳が相当数見受けられた。

いつかは適応して行くであろうと、そっと見守るばかりだが、和代にいわ せれば、父親としての責任放棄。

(12)

(25)  ※発言するのは和代であるのに,「和代にこのように言えば」と訳して

いる。 とでも訳すべきであろう。

今 度も、京 都 転 勤 をもっ け の 幸 い にし て い ると、見 るわ け で あ る。

(25) ※「もっけの幸いであると考えたりもするが」と沖自身の考えのように 訳してあり,妻である和代が誤解しているというニュアンスが伝わらない。

「みんなは、おれをばかにしてたが、ウーウーいいながら、おれは、もう 二十年も前から、定年後のことは考えてきた」

( 3 0 )

※「ウーウー」というのは話者が苦しんでいる様子を表す擬声語であるが,

周囲の人間が話者を「ウーウー」と言って馬鹿にしてきたと訳している。

きく:単純にきくというより、話の脈略からも、語調からも、すぐ行くべき だというおしつけがましさが、におった。

(42) ※副支店長である藤林が支店長の沖に問いただしている場面なので「き く」の主語は藤林であるが,「(藤林の言葉が)単純に聞こえない」と主語を 取り違えている。更に注意すべきことは,原文通り「訊ねる」という意味で 訳すのであれば,「聞く」とは別の動詞を使う必要があるという点である。

日本語の「きく」は「聞く (hear),効く (be  effective),従う (follow),訊く (ask)」のような下位範疇を有する15。韓国語はこのうち「聞く,効く,従う」

に対して「 」という形式を,「訊く」に対しては「 」という別の形 式を用い,日本語の語彙体系とは微妙にずれるので,日本人学生が作文に際 して誤りやすい動詞のひとつである。

沖にたしなめてほしいところだが、

(79) ※たしなめるのは沖であるが,「沖に対して腹立たしい気持ちになる」

と誤解している。

たいしたことではないと、沖は思った。

(146) ※「たいしたことはない」というのは沖の判断であるのに対し,「たい したことではないという言葉に沖は安心した」と伝聞に訳されている。

(13)

3.2.文脈の取り違え

主語の取り違えも文脈の取り違えの一種であるが,ここではそれ以外の例 を取り扱う。

あなた:「忍!それに、あなたも」 (19) ※

「あなた」は夫を指しているが,子供である忍を指していると誤解したため に「お前」と訳している。

嫌われる:「沖は自分の女房子供をふくめ、ひとに対して、もう少しきび しくというか、きらわれるところがあっていいな。

(22) ※沖を主語とする受身文であるのに,「(沖が家族に対して)小言をいわ なくても良いからいいな」と能動文に訳している。

い い こ と を 言 う : 「 毎 日 が 日 曜 日 と は 、 十 文 字 も 、 い い こ と い う

な。 (28) ※「十文字が『毎日が

日曜日だったら良いのに』と言っていた」と訳している。

〜から(理由):「おれのもくろみは、成功したよ。すっかり、環境がわ るくなってきたからな。今年のうちの定年退職者は、百二人。その中、いっ たい、何割が再就職できるだろう。

(37) ※理由は「成功した」ことに対するものであるが、

定年退職者の数が百二人であることに対する理由と誤解している。

その夜は、九時すぎまで書類などを見てから、岡崎の近くにある独身寮に入 っ た 。

(44) ※地名を訳さなかったために会社の近くに独身寮がある ように取れる訳になっている。

あきまへんわ:「けど、あきまへんわ。 (60) ※関 西方言であったせいか、この部分を「希望はあるでしょう」と正反対の意味 に取り違えたために、それに続く「リンゲルの点滴と、あとは、ゴム管通し て、なにやら細々と流しこむだけやそうな」を「リンゲル注射も打ってもら い、ゴム管を通してではあるが食事もしていますから」と回復の希望がある ような訳になってしまっている。

(14)

こ ち ら : い や 、 考 え て み れ ば 、 こ ち ら ま で 、 こ わ く な っ て き そ う

で」 (64) ※忍の恐怖心が伝

わって教師までラッシュアワーが怖くなるという文であるのに、「こちら」

を学校と誤解したらしく,忍が学校を怖がっていると訳している。

一番良い:それがいちばんいいんだわ」 (68)

※ 最良の解決策であるといっているのに、「いい気味だと思っている」と訳 している。

悪いじゃないか:やめるおれがよろこんでいては、みんなにわるいじゃな

いか」 (83) ※原文は逆説的

な表現になっているが,「皆に良いじゃないか」と正反対に訳されている。

同じような仲間:「同じような仲間ばかりなので、帰国児学級はたのしい

らしいの。 (107) ※

同じような境遇に置かれた仲間を指しているのに,同年齢の子供達と誤解し ている。

二十日ぶりの夫には、ただ、あまえるだけでよかった。

(110) ※原文は甘えることに対して肯定的 な文であるのに,「甘えるなんて」と、甘えることを非難する訳になっている。

とはいっても、沖は沈黙すべきではなかった。

(132) ※原文は,沈黙することによって眼前の相談役に対する反対の立場を 表明することになると述べているのに,「沖は沈黙することにした」と訳さ れている。

3.3.条件文

日本語の「〜と」は,仮定条件と同時に既定条件をも示すが16,韓国語で は両者を区別するので,日本人学習者が非常に誤りやすい文法項目のひとつ である。ところが、両者を区別する韓国人翻訳者が,ほんの数例に過ぎない とは言え,この点で誤りを犯しているのは不可解である。

〜と:東京を思い、京都を思うと、沖は永遠にひかり号にのり続けていた い気がした。

(25)  ※これは仮定条件ではなく既定条件

(15)

なので, とすべきであろう。

〜と:特殊教育そのものより、他に同じような仲間が 居ると、心強くなったから である。

(68) ※これも条件文ではなく、「仲間がいることを知って」という 意味である。

〜ば:一万一千人の社員が、それぞれ事業計画を考えているとすれば、同じ 社内でも、知らない仕事の方が多い。

(59) ※「考え ていても」と条件文ではなく譲歩文に訳している。

3.4.活用形の誤り

韓国語においては用言の終止形と連体形は明確に異なる形を取るが、現代 日本語は、形容動詞以外は終止形と連体形が同じ形になるために、連体形で 訳さねばならない部分を終止形で訳してしまっているところがたまに見受け られる。韓国人にとっては無理からぬところもあるが,日本人の中にもこの 点に関して無自覚な学習者がときおり見受けられる。韓国語作文に際して体 言の前に用言を原形のまま書いて何の違和感も抱かないなど、言語感覚を疑 わざるを得ない。

別世界のひとに思えた相談役や社長が、身近に感じられてくる。

(138) ※ 原文は連体形で「相談役や社長」を修飾しているのに,翻訳では「別世界の 人に思えた。」で文が終わっている。

前社長と親しく向かい合うことで、思いがけぬ新しい道がひらけそうな気 も し て く る 。

(139) ※原文は「新しい道」

を修飾しているのに,翻訳では「前社長と親密に対話することは思いもよら なかった。」で文が終わっている。

(16)

4.まとめ

以上,翻訳書に現れた誤訳を抽出した上で,考察を加えてきた。語彙に関 しては,特に同音異義語の区別を明確にすることと,日韓で異なる意味にな る漢字熟語を強調すること,文化的背景を有する語彙をきちんと解説する必 要があることがわかった。助詞と語尾については,文脈に左右されることが 多いので,用例を豊富に示す必要があるだろう。

慣用句に関しても,国語教育においては通常慣用句として扱われないよう なものをも含めて,相当丁寧に拾い上げていく必要があることが明らかにな った。

今後は対訳データベースを拡張しつつ,日韓対照研究を深めていく予定で ある。

1 本稿は、2001年度同志社大学学術奨励研究費(研究課題「誤訳の分析に基づく 日韓対照研究」)による研究成果の一部である。

2 これらの表現が、近代になって文筆家を中心とする人々が現代韓国語による文 章語を確立していく過程で、日本語の表現をそのまま直訳する形で韓国語に取り 入れたものである可能性は否定できない。この点に関しては綿密な調査が必要で あり、韓国語史における大きな課題である。

3 「これは私の帽子ではありません。」が正しい日本語訳であるが,「〜では」に 相当する韓国語の助詞が主格助詞と同じ形をしているために,入門期の学生には このような誤りがしばしば見うけられる。

4 典型的な例として「東:あずま〜ひがし、小谷:こたに〜おだに,中嶋:なか じま〜なかしま」が挙げられる。筆者の姓も,しばしば「あぶらたに,あぶらや,

ゆや」などと誤読される。

5 「〜川」「〜湖」など、接尾辞に相当する部分を韓国語式の漢字音で読んだもの も正しい訳に含めておくことにする。なお,正しい読みに対するハングルの日本 語表記は省略する。

6 「泉涌寺: 」は扱いに迷うところである。日本語の実際の音にあわせ れば「 」とすべきであろうが,翻訳では「せんにゅうじ」というかな表記

(17)

に影響された表記になっている。

7 誤読されたものについては、ハングルによる日本語表記を片仮名で示しておく。

8 当然のことながら、「あけみ」などの仮名表記の人名は正しく読まれた例に含め なかった。

9 以下の用例で、( )内の数字は原書のページ数を示す。

10 たとえば韓国語では「便紙」はトイレットペーパーではなく「手紙」を意味す るし,新聞広告の「美人英会話」はアメリカ人による英会話教室の宣伝である。

11    固有名詞の誤読例として紹介しなかったが,主人公が勤務している会社名を

「フジツー商事」と読んでいる。

12    語中の清音は激音または濃音で転写すべきであるが,動物名の alpaca を「アル パガ」と表記している。

13 「扶桑」を「フジツー」と誤読しているのは注11で既に触れたが,ここでは更 に,「兵庫」を「ハママツ」と誤読している。

14 because に相当する「ために」は ,in  order  to に相当する「ために」

は である。

15 それぞれ「話を聞く,薬が良く効く,父の言うことをきく,道を訊く」のよう に用いられる。

16 「1に2を加えると3になる」が仮定条件,「トンネルを抜けると雪国だった」

が既定条件である。

【参考文献】

李御寧(1988)「西洋語と韓国語・日本語の対照」『日本語』2号,アルク 石綿敏雄・高田誠(1990)『対照言語学』桜楓社(おうふう)

泉文明(1998)「日本語とコリア語」『新しい日本語研究を学ぶ人のために』世界思 想社

上山あゆみ(1991)『はじめての人の言語学』くろしお出版 国立国語研究所(1997)『日本語と韓国語』上下,くろしお出版 佐々木瑞枝(1994)『外国語としての日本語』講談社現代新書 玉村文郎編(1995)『日本語を学ぶ人のために』世界思想社 西田龍夫編(1986)『言語学を学ぶ人のために』世界思想社

油谷幸利(1990)「日本語と韓国語の語彙の対照」『日本語と日本語教育』第7巻,

明治書院 油谷幸利(1999)

(「韓国語学習者のための韓日 辞典について」『辞典編纂学研究』第9集,延世大学言語情報開発研究院)

油谷幸利(2001)

(18)

(「韓国語教材構成の基本原理」

『韓国語教材開発の原理と実際』延世大学言語研究教育院韓国語学堂)

【使用した資料】

城山三郎(1979) 『毎日が日曜日』新潮文庫、1980年4刷

(1995)

A Contrastive Study of Japanese and Korean by Analyzing Mistranslation from Japanese into Korean

Yukitoshi Y

UTANI

Key words:日本語,韓国語,対照研究,誤訳,日韓辞典

Japanese, Korean, contrastive study, mistranslation, Japanese-Korean dictionary

It is already known that Korean is similar to Japanese in its grammatical structure. On the elementary stage, students find that they can easily translate Japanese into Korean word for word. But the two languages have many different points at the same time. Those students who are used to translating word for word often make such a strange mistake as ‘Kore wa watashi no booshi ga arimasen.’ Such mistakes as are found in compositions can be good material for Korean teaching to Japanese students. On the other hand, such mistakes as are found in novels translated from Japanese into Korean supply us with good material not only for Japanese teaching to Korean students but also for Japanese-Korean dictionary.

This paper aims at a brief study for Japanese-Korean contrastive study by

using a translated novel ‘Mainichi ga Nichiyoobi(Every day is Sunday)’ as

(19)

data, and analyzing mistranslations from various points of view. Chapter 1

deals with mistranslations of word, chapter 2 deals with those of idioms,

chapter 3 deals with those of grammar.

参照

関連したドキュメント

Conventionally, idea generation by thinking of unusual ways to use existing objects is often done.However, when such ideas are generated, it is difficult to make a leap of

When we have multiple contrastive wa-phrases in a sentence and they appear in canonical word order, we can keep computing nested focus semantic value without encountering

The local civil servant who works as a volunteer is also called for more as activity in a broad sense for the area.. The local civil servants who carry out such local

As the variance ratio tests developed by Lo and MacKinlay [39] have been found to be more powerful than unit root tests, they are more often used by both academics and practitioners

We describe a little the blow–ups of the phase portrait of the intricate point p given in Figure 5. Its first blow–up is given in Figure 6A. In it we see from the upper part of

MUSICA CÓDIGO CANTOR INICIO DA LETRA Sayonara dake wa iwanai de 18272 Itsuwa Mayumi Wakare ame ga watashi no kokoro o Toki no nagare ni ~ tori ni nare 18315 Itsuwa Mayumi

The idea of applying (implicit) Runge-Kutta methods to a reformulated form instead of DAEs of standard form was first proposed in [11, 12], and it is shown that the

1D-viscoelastic constitutive equations have been used to predict the cell deformation, but actually a nonlinear model such as those for nonlinear elastic materials would be