要約:本稿では,これまで(概ね90年代前半まで)と現在における私立大学職員の仕事に ついて,その質と量を規定する要因を概観した上で,職員の仕事がどのように変化したの かに関する考察を行った。
考察の結果,「これまで」と「現在」の仕事が,それぞれ,定型業務を経営等からの要請 に従って行う「定型・受動型」と,非定型業務に対応し経営等へ積極的な提言が求められ る「非定型・積極的参画型」に区分され得ることを具体的な仕事を挙げ,見出した。
また,職員が懸命に仕事に取り組むことを促す大きな要因の例として,多様な形で多方 面から受ける「叱責」と狭い職場ゆえに発生する「恥」を避けようとする風土にあること を指摘した。その上で,現在の「非定型・積極的参画型」の仕事で求められる能力を筆者 なりの見解として,「叱責」や「恥」を避けようとするためだけに行っている不必要な業務 を大胆にスクラップし,仕事をより重要なものへとシフトさせ得る能力であると指摘した。
キーワード:私立大学,仕事,非定型・積極的参画型,叱責,恥
目次 1.はじめに
1−1 本稿の構成と目的
1−2 私立大学と職員の仕事の変化の概観 2.職員の仕事の考察
2−1 職員の仕事の質と量を規定する要因 2−2 変化した職員の仕事
3.職員の仕事に変化をもたらした要因の考察 4.現在の仕事で求められる能力
5.おわりに
1.はじめに
1−1
本稿の構成と目的先に小室(2010)でも記したとおり,筆者の研究テーマは,「職場としての私立大学
────────────
†同志社大学大学院社会学研究科博士後期課程
*2010年10月3日受付,査読審査を経て2011年1月12日掲載決定
論文
私立大学職員の仕事とその変化等に関する一考察
小室昌志
†61
の考察−事務職員を中心として−」である。
私立大学は,18歳人口という伝統的な進学年齢層の絶対数が減る一方で,同業者と その規模が増加するという厳しい競争的環境にある。小室(2010)では,そうした環境 のもと,職員の仕事が高度化・多様化し,仕事量が増加しており,その結果として,よ り多くの人手が必要になっていること,その必要となる多くの人手を嘱託職員という名 の非正規雇用職員を大幅に増加させ,対応していることを明らかにした。
本稿では,上記研究をより一歩前に進めるため,職員の仕事がどのように変化したの か,しているのかについて,上記のとおり,嘱託職員が大幅に増加している状況や職員 内の部門間における関係等を踏まえつつ,考察を行う。次に,職員の仕事に変化をもた らした要因について概観し,最後に,上記の考察を踏まえ,現在の職員に求められる能 力について筆者なりの見解を述べることとする。
「大学職員のあり方は,極論すれば誰も真剣に取り組んでこなかった課題である」(1)と の指摘もある。ましてや,その職場や仕事についての考察となるとなおさらであろう。
本稿では,このような状況にあって,職員の職場や仕事を考察することに,研究の新規 性を求めたいと考えている。そして,こうした考察を通じ,私立大学で働く職員の職場 はいかなるものかという筆者の研究の一端を明らかにしたい。
なお本稿では,原則として,私立大学の事務職員のうち,正規雇用職員を職員と表記 する。
1−2
私立大学と職員の仕事の変化の概観以下,少し長くなるが,日本私立大学連盟発行の『大学時報』に掲載された本間
(2008)の記述を引用し,私立大学と職員の仕事の変化について概観する。
「現代の大学は,例えば二十年前の大学と比べると,格段に複雑・高度で多様な機能 を果たすことが期待され,しかもそれらの機能をより効率的・効果的に果たすこと,そ してその結果を広く社会に示すことが求められるようになっている。
例えば,二十年前の大学に,「大学評価」という制度は存在せず,「ハラスメント」と いう概念はなかった。大学の「情報化」はまだ動き出したばかりの段階で,「情報セキ ュリティ」の保全のために多くの資源を投入する必要もなかった。政府による「規制と 保護」行政のもとで,「市場」への新規参入のハードルは高く,「市場」も拡大を続け,
学生獲得や外部資金獲得に頭を悩ます必要もなかった。「オープンキャンパス」やホー ムページを活用した大学広報も存在しなかったし,「顧客サービス」「社会的説明責任」
「コンプライアンス」といった米国発の考え方もほぼ無縁であった。留学生などほとん どの大学にとって「別世界」の話であって,「単位互換」「共同学位制度」の構築など議 論の俎上にも上らなかった。「産学連携」「TLO」「知財活用」などといったことは,口
私立大学職員の仕事とその変化等に関する一考察 62
に出すことさえタブー視されていた。
それがいまはどうか。
いやしくも大学の看板を掲げ,それなりの学生と教員を集め,大学として社会的に評 価されようと思えば,右に例として挙げたような新たな仕事,責任,機能をきちんと果 たさなければいけない時代になったのである。しかも,経営の効率化を追求するため,
最大の支出費目である人件費の増加は何としても避けたい(できれば減額したい)とこ ろであり,これまでよりはるかに多くの高度化・複雑化・多様化した業務を,下手をす るとこれまでより少ない人数の職員でこなさなければいけなくなっているのである。
(中略)要するに,職員の仕事は,この二十年間で全く変わってしまったのである。」(2)
上記のような大学と職員の仕事の変化を裏書きするかのように,学校教育法の大学の 規定も変わった。具体的には,教育基本法の改正を受けた
2007
年の大改正によって,「社会貢献」がその役割に加わることとなった。つまり,実定法においても大学に求め られるものが変化・増加しているのである(3)。
これらのことを大掴みに言い換えれば,他産業と同様に,大学とりわけ,その存立基 盤たる財源を需要側である学生納付金に依っている私立大学の経営と,そのもとで働く 職員の仕事が,供給側から需要側に大きく影響を受けるようになったと言えよう。
2.職員の仕事の考察
前章で概観した私立大学とその職員の仕事の変化を念頭に置きつつ,本章では職員の 仕事の質と量を規定する要因について考察する。その上で,職員の仕事とその変化等に ついて考察を行う。
2−1
職員の仕事の質と量を規定する要因職員の仕事の質と量を規定する要因は多岐にわたるが,前章で見た,これまで(概ね
90
年代前半まで)と現在の状況を踏まえ,やや大胆に図示すれば図2−1・図 2−2
のと おりとなろう。まず,これまでについて見てみよう。図
2−1
から明らかなように,これまでの職員 の仕事の質と量を規定する要因は,護送船団方式の国の政策のもと,私立大学の経営を 行う学校法人や大学執行部・教員・学生からの緩やかな要請のみであった。このことについても,やや大胆に言い換えれば,職員の仕事の質と量を規定していた のは,ライン・スタッフ・顧客からの緩やかな要請であったと言えよう。
次に,現在について見てみよう。図
2−2
で示したとおり,現在の職員の仕事の質と 量を規定する要因は,規制緩和や競争誘導的な政策のもと,まず経営・教員・学生から私立大学職員の仕事とその変化等に関する一考察 63
法人・経営
(前例踏襲)
教員
(一方的要請)
他大学
(横並び)
認証評価機関
(有名無実)
卒業生
(無関与)
地域・社会・
産業界
(無関心)
保護者
(大学への敬意)
受験生・高校
(受けさせて やる入試)
学生
(大人としての 要求と指導)
就職先
(頭数採用)
職員
国
(護送船団方式)
法人・経営
(生き残りを
かけた経営) 教員
(教育研究の高度化
・多様化・複雑化 と協働)
他大学
(真の競合)
認証評価機関
(評価の義務化)
卒業生
(寄付のお願い
・学び直し)
地域・社会・
産業界
(貢献の要求
・産学連携)
保護者
(消費者意識)
受験生・高校
(18歳人口減少・受け ていただく入試)
学生
(大学の学校化)
就職先
(厳選採用
・キャリア教育)
職員
国
(規制緩和・
競争誘導的政策)
の強い要請が挙げられる。その上に,受験生や保護者など増加したアクターからの要請 が加わった(4)。市場経済のジャーゴンから借用された用語であり,教育機関でこの表現
図2−1 これまでの職員の仕事の質と量を規定する要因
図2−2 現在の職員の仕事の質と量を規定する要因 私立大学職員の仕事とその変化等に関する一考察 64
を使うことには根強い批判もあるが(5),言い換えれば,要請を求めるステークホルダー が増えているということであろうか。
また,受動的に要請を受けるだけでなく,各アクターへの積極的な関与が求められて もいる。
2−2
変化した職員の仕事前節でみた,これまでの職員と現在の職員の仕事は以下のように区分できよう。
前者,「定型・受動的型」における職員の仕事は,経営・教員・学生からの緩やかな 要請に,受動的に関わるだけであり,強いて積極的関与が求められる事項を挙げれば,
大人である学生(6)への指導くらいのものであった。より端的に,「指示待ち型」とも言 い換えられよう。実際,「上位者の指示に従って与えられた仕事を無難にこなしていれ ば事が足りた」(7)との指摘もある。こうしたことから明らかなように,主たる業務は,
定型業務であった(8)。
仕事の質は,事務処理の正確さ(ミスをしないこと)と迅速さで計られる。強いて加 えれば,人柄(現代風に言えば,コミュニケーション能力(?)やヒューマンスキル)
であろうか。また,ミスを犯したとしても,右肩上がりの時代・産業であり,経営に大 きな影響を与えずに済んだ。このことは,1980年代に多発した入試問題漏洩などの不 祥事が人々の記憶から風化し,当該私立大学が何事もなかったかのように経営されてい る事実から窺い知れよう。
後者,「非定型・積極的参画型」における職員の仕事は,経営等からの要請に応える という意味では,引き続き受動的な面が求められる。しかし前述のとおり,その要請は 質量ともに増え,かつ要請者も増加している。定型業務は,非正規職員で対応してお り,主たる業務は,非定型業務である。このことは,先に小室(2010)で見た,一般事 務補助を主たる業務とする嘱託職員の大幅な増加や課長以上の職員が増加していること からも裏付けられよう。
さらに上述のとおり,受動的に要請を受けるだけでなく,経営や教員(教学組織)に 対して,積極的な提言とその実行が求められる。実質的に義務教育と化している高校の 延長という意識で入学した学生(9)への多岐にわたる支援(10)や他のアクターへの関与に ついても同様である。
仕事の質は,これまでの事務処理の正確さと迅速さに加え,前例の無い事態や非定型 業務への的確な対応・判断,文教政策やその一歩先を的確に読み取った上での企画力等
これまでの職員の仕事 定型・受動的型 現在の職員の仕事 非定型・積極的参画型
私立大学職員の仕事とその変化等に関する一考察 65
で計られることとなろう。また,一つのミスが経営を揺るがしかねない事態を招くこと もある。このことは,2008年の秋に資産運用で多額の損失を計上し,その損失が私大 の財政基盤を蝕んでいる現実から窺い知れよう。
この「非定型・積極的参画型」においては,職員間での仕事の質,より端的に言い換 えれば,仕事の出来る職員とそうでない職員の差が明瞭になりやすい。そのため,従来 の年齢・勤続年数に応じた人事では,職場のモラールダウンはもちろん,私大の生き残 りにも悪影響を与えかねない。ここに,職員の人事考課の必要性が求められる一要因を 見出せよう(11)。
以下,現在の仕事が「非定型・積極的参画型」となり,かつ職員の仕事に対する経営 等からの要請が緩やかなものから厳しいものとなっていること等について,具体的事例 を挙げて考察する。
職員の仕事は下記のとおり,法人部門・教学部門など多岐にわたるが,本稿では具体 的事例として,経営に大きな影響を与えることはないような仕事である法律相談事業に かかる仕事と,逆に経営に大きな影響を与えるオープンキャンパスの仕事を取り上げ る。加えて,職員の仕事を変化させた要因(または仕事が変化した結果)でもある大幅 に増加した定型業務を行う嘱託職員の仕事との関係,さらには職員内部の関係,具体的 には職員の仕事が変化し,従前に増して大きくなっている法人部門の職員と教学部門の 職員の分離現象を通じて考察を行う。
2−2−
(a)「非定型・積極的参画型」における仕事の具体的事例2−2−
(a)−1
法律相談事業にかかる仕事非常に小さな事業ではあるが,社会貢献と知名度アップを目的として,キャンパスを 置く地域から離れた都市で行う無料法律相談の事業に関する仕事を挙げてみよう。
まずは予算についてである。これまでは,前年度の予算編成の段階で,次年度どこに 行くか分からないからと最も遠方の沖縄や札幌等を想定して予算要求し,その要求が満 額承認されてきた。しかしながら,現在そのような甘い要求が承認されることはあり得 ず,昨年度の実績等を踏まえ,現実的な都市での実施を前提として,同事業の効果を説 得的に訴えて予算要求し,初めて承認が得られる。そして,この大学からの予算ではま かないきれない場合に備え,同窓会等に資金の援助を仰ぐべく,依頼の交渉が求められ る。
次に開催都市の選定である。これまでであれば,相談者の多寡などには無関係に,教 員の希望を踏まえ,行きたい都市をある程度自由に選定できていた。しかしこれも現在 では,上記予算の制約の下,同都市における弁護士会や自治体・他大学等が同日または 近日に同様の事業を実施していないか,相談者の来訪が見込めるか等について,入念な
私立大学職員の仕事とその変化等に関する一考察 66
事前調査が求められる。加えてここでも,地元同窓会支部の協力を得るべく,交渉が必 要になる。
また,相談者の多寡を左右するのは,地元メディアで報道されるかに依るところが大 きく,新聞社やテレビ局といった各種メディアに対しても,これまでの「後援の名義貸 し」だけでは済まなくなっている。このため,同事業実施前の適切な時期に,記事やニ ュースとして報道してもらうよう,各種メディアとの粘り強い交渉が必要に迫られる。
そして,同事業実施後には,相談者数の報告だけでなく,同事業が大学経営に与える プラスの効果について,綿密な報告が求められる。ここで,効果無しと判断されれば,
最悪の場合,次年度から同事業に予算が付かなくなる(12)。
こうした遊び心や面白みが著しく減少した事業に,実際の法律相談を担当する教員を 説得し,参加の同意を得ることにも,これまで以上に多くの労力を要することは言うま でもない。
端的に言えば,これまでは予算の査定も甘く,やりっ放しで終えられた。ところが現 在では,費用対効果に照らして,その事業を実施するに足るべく運営することが求めら れるのである。私立大学が非営利組織とは言え,このような運営が求められるのは当た り前ではある。が,法律相談のような小さな事業・経営に大きな影響を与えることはな いような仕事に対してさえ,経営からの要請が厳しくなり,上記のような綿密な事業の 企画と実施が職員に求められるようになっているのである。先に小室(2010)で見た
「知の共同体」から「知の企業体」への変貌を,この点でも指摘できよう。
さらに,この例から,先に見たように関与が必要なアクターが増加し,職員の仕事が
「定型・受動的型」から企画型の「非定型・積極的参画型」へ変化していることも確認 できよう。
2−2−
(a)−2
オープンキャンパスの仕事受験生・学生獲得という私立大学の生き残りに直結するオープンキャンパスの仕事は どうであろうか。この仕事も同様に「非定型・積極的参画型」に移行し,その予算や企 画に,上記法律相談事業の比にはならない経営からの厳しい要請が課されている。
これまでのオープンキャンパスとは,夏に年
1
回,高校3
年生を対象に,「来たい人 は来なさい」といったスタンスで行われていたものであった。しかしながら現在では,高校
3
年生はもちろん,1・2年生や保護者をも対象に(13),より多くの参加者を呼び込 むべく,夏に加え,春・秋など適切な時期・日時を調査・企画の上,実施されるように なっている。また,新聞や駅貼りポスター広告が当然のように出されるようもなってい る(14)。地方私立短大の例であるが,参加者の受験料を半額免除にしたり,2回以上の参 加者に書類審査のみで合否が決まる「特別推薦入試」の出願資格を与えるケースも存在 する(15)ほどである。参加者数の多寡が厳しく問われることはもちろんである。私立大学職員の仕事とその変化等に関する一考察 67
こうした状況で,必然的にその回数が増し,職員に求められる内容も高度化してい る。このことを以下,実際のオープンキャンパスの現場での職員の仕事で見てみる。
18
歳人口という伝統的な進学年齢層の絶対数が減り,「受けていただく入試」へと変 化している中で,職員は競合関係にある他大学よりも自大学が優れていることを受験生 や保護者等の心に響くよう強くアピールしなければならなくなっている。こうした状況 が,これまでに比して,職員の仕事を高度化させていることは言うまでもない。加え て,上記のとおり,高校3
年生だけを念頭に運営・対応していたのでは,貴重な受験生 を逃す結果になってしまう状況にあり,職員には,より幅広い参加者への的確な対応が 求められているのである。高校1
年生等の参加も念頭に置き,例えば,経済学部と経営 学部の違いを分かりやすく説明すること等はもはや当然になっている。また従来どおり,職員が相談ブースで個々に参加者へ対応することはもちろん,教壇 で自大学や各学部の良さを伝えることも稀ではない。さらに,参加者の心を捉えるた め,在学生に充実した大学生活や当該私大の素晴らしさを話してもらったり,教員に当 該私大での学修の楽しさについての模擬講義の協力を依頼することも日常的になってい る。ここでの在学生や教員が誰でもよいということには決してならない。受験生に好印 象を与えるべく,適切な選択が求められる。加えて,教員には一般に,このような仕事 を避けたがる傾向があり,教員への説得交渉も求められることになる。(ただし,学部 長や入試担当教員との円満な協力関係が構築されていれば,この教員への説得も,教員 間で行われ得る。こうした運営を可能にすることが職員としての力量の一つであるとも 言えよう。)また,教員の選択に際しては,学部長や担当教員との調整といった仕事も 発生する。さらに,在学生や教員との綿密な事前の打ち合わせや当日のフォローも必要 になる。
なお,ここ数年来,私立大学は生き残りをかけた経営のために,相次いで真新しい・
物珍しい多様な名称の新学部を設置している。毎年のように,こうした新学部を設置し ている大学も珍しくなくなっている。このような多様な名称の新学部の設置も加わっ て,オープンキャンパスの内容は一層高度になっている。現在,「学部の名称は限りな く多様となったが,同時にあまり意味をなさなく」(16)なり,受験生を引き止めるために 新設が相次いだ新名称学部・学科は,「かえってある種の「いかがわしさ」の代名詞に なろうとしている」(17)との指摘もある。こうした意味をなさない,あるいは,いかがわ しい名称の学部を職員はオープンキャンパスで上手くアピールし,実際の出願・入学に までつなげなければならないのである。例えば,「国際コミュニケーション学部のイン グリッシュ・コースと文学部の英語英文学科はどう違うのか?」といった受験生・高校 生(時には保護者)からの質問に納得のいく的確な対応をし,かつその質問をした受験 生・高校生を実際の出願・入学にまでつなげなければならないのである。
私立大学職員の仕事とその変化等に関する一考察 68
こうした状況に,オープンキャンパスに参加する若い職員から「心が病む」という声 が聞かれるようにもなっている。
2−2−
(b)嘱託職員の仕事との関係次に,先に小室(2010)で見た嘱託職員の仕事との関係という点から,現在の職員の 仕事について具体例を挙げながら概観する。
例えば,法人部門である財務部において,かつては現金の出納が花形業務であった が,現在では嘱託職員の担当する仕事になっている。職員は,中長期財政計画の策定や 資産運用といった非定型業務,積極的参画・提言が求められる仕事に携わっている。
また,教学部門である学部事務室の仕事で例を挙げれば,かつて以下に示すようなス キル養成の階梯があった。
①証明書→②定期試験→③カリキュラム等の電算設定→④教授会・教務委員会 現在では,①・②の仕事は嘱託職員が担っており,若い職員は,スキル養成の階梯を 経ず,いきなり高度な仕事に携わっている。まさに,いわゆる「一段格上げされた正社 員」の状態にあると言えよう。昨今,若年非正規労働者の職業技能獲得機会の少なさが 社会問題になっているが,正規雇用職員にも類似の現象が発生していると言えなくもな い。
こうした現在の職員の仕事や嘱託職員との分業によって,嘱託職員しか知らない仕事
・業務のブラックボックス化が,多くの局面で発生している。
さらに嘱託職員の制度創設に際して,年次計画での採用をしている私立大学はまだよ いが,嘱託職員制度創設と同時に必要人員をすべて採用した私立大学の場合には,任期 満了時期が同時にやってくるという問題もある。学年進行により学生数が増加していく 新設大学や新学部の事務室等でない限り,段階的に仕事が増えるとは通常考えにくく,
ほとんどが制度創設と同時に必要人員をすべて採用していると思慮される。加えて,嘱 託職員の場合,離職に対する抵抗感が低く,意に沿わないことがあると容易に離職す る,または離職することをほのめかせて自分の希望を通そうとすることもある。上記の とおり,嘱託職員しか知らない仕事・業務のブラックボックス化が発生している中,管 理職をはじめとして,一般の職員も,こうした嘱託職員の離職に気を配りながら仕事を 行わざるを得ない状況にある。このことからも,職員が「一段格上げされた正社員」の 状態にあると言えよう。
なお,3年契約の非正規雇用事務職員には,「おいしい部分は
1
年間」と言われる現 象がある。具体的には,1年目は仕事を覚えるのに手一杯,3年目は次の職を探すため に気が落ち着かず欠勤がちになり,実質的に戦力となるのは,2年目のみという現象で ある。こうした現象に,上記任期満了時期が同時にやってくることを避けたいという職 員の意識が加わる。その結果,複数人中1
人の嘱託職員のみが2
年経過後に離職してく私立大学職員の仕事とその変化等に関する一考察 69
れることを内心では望んでいる職員が皆無とは言えない不健全な状況が発生している。
参考までに記せば,上記「おいしい部分は
1
年間」という現象に対し,先に小室(2010)で見たイ大学やエ大学が,嘱託職員の最長契約期間を
1
年契約の2
回更新によ る3
年から,4回更新の5
年へと長期化し対策を講じている。しかしながら,この対策 も「おいしい部分」を3
年にする効果は期待できるものの,上述した諸問題の先送りに 過ぎず,根本解決となりはしない。2−2−
(c)職員内部の関係−法人部門の職員と教学部門の職員の分離現象続いて,正規雇用職員内部の関係を通じ,職員の仕事等について考察してみる。
私立大学には,「経営と教学の分離」と言われる現象がある。つまり,経営を行うの は学校法人(理事長・理事会等)であり,教育研究を行うのは教授会という構図であ る。そして,この分離はしばしば対立の構図となる。
この「経営と教学の分離」は,いまや教員の世界だけの話ではなくなっている。職員 内にも,総務・人事・財務・企画といった法人部門の職員と学部事務室・教務部といっ た教学部門の職員の間に,業務上・意識上の対立的分離が発生している。(「職職分離」
とでも言えよう。)この現象は,今に始まったことではないが,前述のとおり職員の仕 事が変化した現在,従前に増して大きくなっている。このことについて,以下で概観し てみる。
法人部門で働く職員は,日常の業務が理事会等,経営や大学の意思決定に近く,それ らに参画しやすいポジションにいる。加えて,上記のとおり,職員の仕事が「非定型・
積極的参画型」へと変化し,経営への積極的参画が求められる環境が,そうしたポジシ ョンを後押しする。また法人・大学全体に対する機密事項を含んだ情報量も多い。そし て,こうしたことが,「自分たちは(教学部門の職員とは違って)大学執行部の一員 だ」,「大学を動かしているのは自分達だ」という歪んだエリート意識につながる。こう した状況では,職員が教学部門から法人部門へ異動になれば栄転だとされる。法人部門 から教学部門への異動はその逆である。
定型業務を担う嘱託職員が大幅に増加し,先述したスキル養成の階梯に乗ることな く,教学部門から法人部門に異動になった若い職員,教学部門は
10
年以上も前にしか 経験していない職員,さらには法人部門しか経験のない職員等が,経営や大学の意思決 定に上記の歪んだエリート意識に染まった状態で参画することになれば,今の教学現場 を知らない,知識先行型の経営に陥る危険性を孕んでいる。学生を1
人100
万円として しか見ないような経営と,そうした考えに染まった職員はその悪しき典型である。なお法人部門は,上記のとおり,理事会等,経営や大学の意思決定に近い,いわゆる
「陽の当たる部署」であり,そこに所属する職員は昇進に有利である。こうしたことが,
結果として上記の歪んだエリート意識を助長させ,今の教学現場と乖離した知識先行型
私立大学職員の仕事とその変化等に関する一考察 70
の経営を招くという悪循環にあるとも言えよう。
一方,教学部門の職員は,経営や大学の意思決定への積極的関与を求められつつ,法 人部門の職員に比して,そのルートが細く,経営からの要請に応える面が多いのが現実 である。(ただし,これらはあくまで対経営に関してのことであり,主たる業務におい ては,先にみたオープンキャンパスの現場での仕事や下に見る種々の対応のように,
「非定型・積極的参画型」へと変化している(18)。)
法人部門の職員が,本務として文教政策の動向調査や各種データを駆使し,緩くなっ た大学設置基準を満たすからと教室事情等を軽視して新学部を作ったり,定員を増加し て学ぶ意欲の有無などには無関係に学生を集めて,財務指標を好転させ,自身の仕事に 満足する一方で,教室や食堂事情の悪さに対する学生や保護者からの不満や苦情,さら には種々の学生トラブルへの対応に教学部門の職員が当たるという構図が,この分離現 象の典型である。
こうした分離が発生している中,教学部門の職員は,教授会自治・教学権という「錦 の御旗」(19)を持つ,教員(団)と連携することで,法人部門の職員とそのトップダウン 的要請に対抗・抵抗しようとする。教員も,教育研究の高度化・多様化・複雑化の中 で,研究に費やせる時間が減っており(20),また教育の範囲が拡大している状況にあっ て(21),職員との連携は避けられなくなっている。そもそも上記のとおり,教授会を構 成する教員(団)こそ教学部門の人間であり,対法人部門という面で,教学部門の職員 との利害は基本的に一致する。
こうして,職員内の対立的分離が,教員(団)を巻き込むことになり,その結果,上 記「経営と教学の分離」の構図を一層強めることにもなる。
上記のような職員間の分離が決定的にならないのは,大学間の流動性がほとんど無い 労働市場という状況の中,生活の糧を得る場が分裂・崩壊を招きかねないという意識は もちろんのこととして,教員と違い,人事異動があることが一因であろう(22)。しかし,
それぞれの部門内で専門化が進めば,各職員の従事する分野が硬直化し,人事異動とい う,この分離を食い止める装置を作用させにくくなる。ここに,職員の特定分野への専 門分化によって冬の時代を乗り切ろうとする人事政策のジレンマが発生する。
厳しい経営環境にあって,職員内部で対立的分離をしている場合ではないというのは 正論である。しかしながら,そこで働く職員は自分の仕事に意地もプライドも持つ人間 だということもまた現実である。むしろ上述のとおり,厳しい経営環境の中,生き残り をかけた経営が職員の仕事を「非定型・積極的参画型」へ変化させ,こうした対立的分 離を従前より強めているという正論とは逆の皮肉な状態にあるとも考えられよう。
以上,ここまでに記した分離現象を教職員の構成として図示すれば,図
2−3・図 2−4
のようになろう(23)。私立大学職員の仕事とその変化等に関する一考察 71
非正規職員 教員
非正規教員
職員
非正規職員 教員
非正規教員
法人部門 の職員
教学部門 の職員
3.職員の仕事に変化をもたらした要因の考察
前章で見たような職員の仕事に変化をもたらした要因は何であろうか。言い換えれ ば,図
2−2
で示したような変化をもたらした要因は何であろうか。本章では,この要 因について考察を行う。繰り返しになるが,現在,私立大学は厳しい競争的環境の中にある。前述のとおり,
こうした競争的環境が,生き残りをかけた経営を要請し,職員の仕事に変化をもたらし た大きな一要因であることに異論はなかろう。
競争的環境の具体例としては,GPや
COE
といった競争的な教育研究資金の創設や 私立大学等経常費補助金に占める特別補助の増加など多々あるが,ここでは先に小室(2010)で見た私立大学とその規模の増加をもたらした国の政策に焦点を当て,考察を 行うこととする。
従来までの高等教育政策は,端的に言えば「計画」であり,入学定員の総枠抑制・大 都市から地方分散(24)・看護,福祉など特定領域の人材育成の強調政策であった(25)。こ の定員抑制策を事実上放棄したのが,18歳人口のピークである
1992
年度に,少なくと も1983
年度と同程度の進学率(35.6%)を確保するという考え方のもとに,18歳人口 の急増急減への対応として,1986年度から臨時に設けた大学・短大の臨時的定員の取 扱いである(26)。この臨時的定員は,本来1999
年度末にすべて廃止する予定であった。しかしながら,文部省は
2004
年度までの5
年で,段階的に解消していく一方で,1999 年度の規模の5
割程度の恒常的定員化を認めることとしたのである。この臨時的定員取 扱いの決着をもって,いわゆる「護送船団方式」が終焉したとの指摘もある(27)。臨時的定員の取扱いで明らかになった事実上の定員抑制策放棄を明文化したのが,
2002
年8
月に提出された中央教育審議会の答申「大学の質の保証に係る新たなシステ ムの構築について」(以下,2002年答申という)である。この2002
年答申では,まず「設置認可の対象」として,次のことを謳った。「国による事前規制を一層緩和するとい う考え方を踏まえ,(中略)設置認可の対象は,大学の教育研究の質を確保する上で事 前に審査することが必要不可欠なものに限定する。」具体的には,「現在授与している学
図2−3 かつての教職員の構成 図2−4 現在の教職員の構成 私立大学職員の仕事とその変化等に関する一考察
72
位の種類・分野を変更しない範囲内で組織改編する場合は,学部等大学の基本組織の設 置であっても国の認可は不要とし,届出で足りることとする(28)。」
その上で,ついに「設置審査の抑制方針の見直し」として,次のことを謳ったのであ る。「大学・学部等の設置に関する審査に当たっては,現在,特定の分野を除いて抑制 的に対応する方針が採られているが,大学が社会のニーズや学問の発展に柔軟に対応で き,また,大学間の自由な競争を促進するため,今後は抑制方針を基本的には撤廃する こと」。また現在,「首都圏・近畿圏・中部圏における工業(場)等制限区域・準制限区 域内の大学の設置等について抑制的に取り扱っているが,(中略)本年
7
月に工業(場)等制限法も廃止されたことを踏まえ,抑制方針を撤廃すること」である。
この大学設置・定員増の抑制方針の基本的撤廃(29)は,2002年に学校教育法が改正さ れ,2003年度から施行されることとなった。より具体的には,2003年度の設置審査か ら,つまり
2004
年度設置の大学・学部等からである。また
2002
年答申では,「設置審査に係る基準の見直し」として,次のとおり設置認可 の簡素化・準則化を謳った。「現在,大学設置審査の際に適用されている基準は,大学 設置基準等の法令のほか,大学設置・学校法人審議会の審査基準や内規など様々な形式 によって規定されている」が,これらを「原則として告示以上の法令で規定すること」の必要性である(30)。
この答申の指摘を受け,2003年度施行の改正大学設置基準等においては,審議会内 規において定めていた審査の基準について,告示以上の法令に規定するとともに,審議 会内規をすべて廃止した。その上で,これら大学設置基準等の法令上の要件を満たせば 設置を認可する準則主義に転換されたのである(いわゆる準則化)。
届出制に関しては,上述の種類・分野の変更を伴わないものに加え,2003年
3
月の「学位の種類及び分野の変更等に関する基準」(文部科学省告示第
39
号)の別表第一に おいて,学際領域等のため同表の区分により難い学位の分野の判定に当たっては,「設 置等又は開設に係る学部等の教員数(中略)の半数以上が既設の学部等に所属していた 教員で占められる場合に限り」,学位の分野の変更を伴わないものとして取り扱われ,届出による設置が可能とされた(いわゆる「2分の
1
ルール」)。さらに
2002
年答申は同時に,今後,「高等教育のグランドデザインを別途検討する」とも述べている。このグランドデザインについての答申が,2005年
1
月に中央教育審 議会より提出された答申「我が国の高等教育の将来像」である。同答申では,「高等教 育政策の手法は「高等教育計画の策定と各種規制」の時代から「将来像の提示と政策誘 導」の時代へと移行することとなる。」と明記している。さらにまた,「国の今後の役割 は,高等教育の在るべき姿や方向性等の提示」であると「高等教育計画」の終わりを宣 言したのである。つまり,高等教育政策は,「計画から競争原理の導入」(31)が現実のも私立大学職員の仕事とその変化等に関する一考察 73
のとなったのである(32)。
こうして,設置基準を満たせば大学の設立,つま り は 大 学 業 界 へ の 新 規 参 入 が か な り 自 由 に な り(33),かつ自主的な解散にインセンティブが働か ない私立学校法の規定(34)も手伝って,表
3−1, 3−2
に見るように,大学とりわけ私立大学とその規模が増加することになった。
以上見てきた国の政策は,18歳人口の一大拡張期に 原則抑制 がなされ,大縮小 期に 原則自由 下の競争的環境を演出する(35)という,現実との不調和なものと言わ ざるをえない。
なお,この私立大学とその規模の増加は,単に量的なものに留まらない。つまり例え ば,文学部・法学部といった伝統的な学部やその定員が増加しただけでなく, 原則自 由 下の競争誘導的政策のなかで,先にオープンキャンパスの仕事の箇所で触れたとお り,カタカナや数字まで入った目新しい名称を冠する学部や学科が登場する形で,いわ ば質的な変化を伴いながら増加していることが特徴である。
こうした学部名数の増加についてまとめたものが,表
3−3
である。90年代半ば以降,飛躍的に増加し続けていることが読み取れよう。本稿との関係で注目すべきことは,上 記のような目新しい学部名称を冠した大学は,そのほとんどが私立大学だということで ある。
表3−1 4年制大学の設置者別学校数
(単位:校)
年度 計 国立 公立 私立 私立の割合
1980 446 93 34 319 71.5%
1990 507 96 39 372 73.4%
2000 649 99 72 478 73.7%
2010 778 86 95 597 76.7%
文部科学省(文部省)『学校基本調査報告書』各年度より
表3−2 4年制大学の設置者別入学定員
(単位:人)
年度 合計 国立 公立 私立 1980 319,335 84,531 10,135 224,669 1990 414,680 97,819 12,449 304,412 2000 535,445 97,297 21,792 416,356 2010 575,325 96,447 27,397 451,481 文部科学省(文部省)『全国大学一覧』各年度より
表3−3 大学の学部名数
年度 学部名数
1965 59
1970 62
1975 69
1980 78
1985 80
1990 99
1995 146
2000 238
2005 365
2010 426
文部科学省(文部省)『学校 基本調査報告書』各年度より 私立大学職員の仕事とその変化等に関する一考察
74
このような環境下にあって,各私立大学では,「新学部を創設すべきなのか?」,「創 設するとすれば,偏差値・立地条件など自大学の置かれたポジションや競合他大学の状 況に照らしてどのような内容・名称の学部が適切なのか?」,さらには「既存のキャン パス・施設で,かつ文部科学省への届出で創設可能なのか?」と言った判断を否応なく 迫られる。こうして,法人部門の職員には,上記の判断に適切な回答・提言を行うべく データの収集・分析や文教政策(とりわけ設置認可政策)の動向調査といった仕事が,
教学部門の職員には,上記判断の基礎となる,教員を初めとした自大学の教学資源につ いての調査・把握や厳密なシミュレーションに基づいた教室稼働率の算定やその向上と いった仕事が求められることになる。さらに言えば,文系学部しか持たない私立大学 が,理系学部を新設するようなケースでもない限り,先に見た届出による組織改編が全 体の大半を占めることになっている昨今(36),新学部のほとんどは既存学部と教育内容 が一部重複することは避けられない状況にある。こうした状況で新学部を創設する場 合,既存学部とその教員の利害調整・説得といった極めて政治的な仕事も法人部門・教 学部門を問わず発生する。
このように,上で見た自由競争的政策によって,各大学とりわけ私立大学に,生き残 りをかけた経営が要請されるようになり,職員の仕事を「定型・受動的型」から「非定 型・積極的参画型」へと変化をもたらす一大要因となったのである。
4.現在の仕事で求められる能力
本章では,現在の「非定型・積極的参画型」で求められる能力とはいかなるものなの かについて考察を試みる。この能力については,各人が各様の見解を述べているとお り(37),確立した理論や定説などはない(38)。このことは,次のような状況からも明らか となろう。
中央教育審議会大学分科会制度・教育部会「学士課程教育の構築に向けて(審議のま とめ)」(2008年
3
月)において,「職員の職能開発」が挙げられ,高度化・複雑化する 課題に対応していく職員として一般的に求められる資質・能力(39)と新たな職員業務と して需要が生じてきているもの(40)が例示された上で,「それぞれの大学において,新旧 様々な業務について,職員に求められる能力とは何かを分析し,明確にしていくことが 求められる」と記されている。また昨今,大学や職員の間で,これからの職員はアドミニストレーターでなければな らないという言説が流布している。しかし,そのアドミニストレーターの確立を目指し て発足した大学行政管理学会の会長自身が,「アドミニストレーターとはいかなる存在
(像)なのか。筆者自身は,今のところその答えを持っていない」(41)と記述しているよ
私立大学職員の仕事とその変化等に関する一考察 75
うに,アドミニストレーターについて共通の認識・定義を確立し得ていない現状があ る。
とは言え,これからの職員に求められる能力への強い関心や要請があることは,大学 職員を対象としたコースやプログラムが大学院で複数以上開設されていること,「これ からの大学職員」を特集した『IDE 現代の高 等 教 育』2008年
4
月 号(No.499)が,「追加注文や会員以外からの注文が殺到し,他の号の
10
倍近くも読まれたこと」(42),さ らには,中央教育審議会大学分科会「中長期的な大学教育の在り方に関する第二次報 告」(2009年8
月)においても,具体的な対応が必要な事項の検討課題例に,「教員や 学生が教育研究活動に専念できるよう,各大学において,大学事務職員の能力開発(中 略)が必要であり,国はそのための支援方策を検討」することが挙げられている現状等 から窺い知ることができよう。上記のような現状,そして本稿でのこれまでの考察を踏まえ,現在の仕事において,
職員に求められる能力について,筆者なりの見解を述べてみたい。
まず法令上,職員に求められる能力を確認してみる。大学設置基準の
41
条(事務組 織)に「大学は,その事務を処理するため,専任の職員を置く適当な事務組織を設ける ものとする。」 との規定がある。ここから,職員に求められる能力は,大学における事 務処理能力であることが確認される。これまでの「定型・受動的型」で求められる職員の能力は何であったろうか。端的に 言えば,上記の法令で求められる事務処理能力と,教員等からの要請に「タフでめげな い」力であったと考える。仕事の質が,事務処理の正確さ(ミスをしないこと)と迅速 さで計られる状況にあっては,ミス無く仕事をこなして当然とされ,周囲から賞賛され る機会は少ない。逆にミスをした場合には,もちろんミスの程度によるが,ほぼ必ず叱 責を受ける。この叱責は,時に明示的に時に暗示的にと多様な形で,自身の上司からだ けでなく,他部署の役職者・関係教員,さらには同僚からもなされる。上記の能力が求 められる所以である。なお,賞賛より叱責を受ける機会の方が多いという状況が,職員 の仕事ぶりを一定以上のものにする装置として機能する一方,リスクを伴う非定型業務 への挑戦を躊躇させ,職員の仕事をより受動的にさせるというサイクルにあったとも言 えよう。さらに言えば,仕事が「定型・受動型」であることに加え,こうした「賞賛よ り叱責」という状況に,これまで人事考課がなされてこなかった理由の一端があるとも 考えられる。つまり,人事考課が,結果として減点評価となり,組織風土の悪化につな がる可能性が高いためである。
では,現在の「非定型・積極的参画型」で求められる職員の能力は何であろうか。
「非定型・積極的参画型」においても,引き続き,事務処理能力・「タフでめげない」力 が求められよう。これらに加え,企画力・問題解決能力など,他の識者が指摘している
私立大学職員の仕事とその変化等に関する一考察 76
ように多々挙げられよう。そうした能力が求められることに異論はない。が,ここまで の考察を踏まえ,以下,筆者なりの見解を述べることとする。
私立大学を取り巻く環境が激変し,職員の仕事も「定型・受動的型」から「非定型・
積極的参画型」へと大きく変化したことは先に見たとおりである。「定型・受動的型」
のもとで長年仕事をしてきた年輩職員には,こうした変化に対応する能力とその能力獲 得の自己学習が求められることになろう。また,仕事の変化は今後も引き続き起こるこ とは間違いなく,今後起こりうる変化への対応能力が,年齢を問わず求められよう。
しかしながら,変化への対応能力を獲得することは職業人として当然のことである。
その能力を基盤としつつ,他により重要な能力が求められるのである。それを筆者なり に端的に言えば,業務を大胆にスクラップ&ビルドしていく能力である。
業務をビルドしていく能力とは,多くの識者が指摘している企画力や政策提言能力に 裏打ちされた行動力ということになろう。ただし,現在の私立大学の職場の現状を考慮 すれば,むしろ業務をビルドしていく能力以上に,スクラップしていく能力が求められ ているように思えてならない。
先に法律相談やオープンキャンパスの仕事を例に挙げて見たとおり,個々の職員は既 存の業務に臨機応変な対応を取ったり,自分なりの工夫を加えて改善を図りつつ,懸命 に取り組んでいる。こうした懸命の取り組みを促す大きな要因の例が,仕事が「非定型
・積極的参画型」へと変化し,「賞賛」の機会は増えたものの,今でも続く多様な形で 多方面から受ける「叱責」と,大規模私大でも職員は数百人という狭い職場ゆえに発生 する「恥」を避けようとする風土である(43)。
オープンキャンパスの仕事は確かに受験生・学生獲得という私立大学の生き残りに直 結する仕事である。しかしながら,法律相談の仕事は,よほどのトラブルを引き起こさ ない限り,経営に負の影響を与えるとは考えられない。また,かなり円滑に運営したと しても,経営に大きな正の影響を与えることもない。学校教育法の求める社会貢献事業 とはなり得ようが,他にも効果的な社会貢献事業は可能である。つまり,法律相談の仕 事は,私立大学にとって,必ずしもスクラップしてはならない業務ではない。
こうした業務を大胆にスクラップし,その業務に懸命に取り組んでいた職員の力をオ ープンキャンパス等,より重要な仕事に振り向けなければ,正規・非正規を問わず,職 員が何人増えようとも効果的な経営と仕事は不可能である。どの仕事でも同様であろう が,職員の仕事は,これだけの範囲のことを,これくらいの深さでやれば全てが終了と いうものではなく,際限のないものである。実定法上も実際にも私立大学に求められる ものが増加している中,また厳しい経営環境にあって,「叱責」や「恥」を避けるため だけに行っているような不必要または重要度の低い業務を続けていける程,現在の私立 大学は悠長な組織でも職場でもない。限りある職員とその仕事を有効に機能させるため
私立大学職員の仕事とその変化等に関する一考察 77
には,業務を大胆にスクラップする能力が必要不可欠なのである。
もちろん,こうした業務のスクラップを行うための根底には,ビルドに際してと同様 に,企画力や政策提言能力,そして行動力が必要になろう。加えて,スクラップしよう とする業務が持つ意味,正確な理解が必要になることはもちろんである。さらに重要な ことは,個々の職員が,こうした不必要な業務のスクラップを行う能力を持っていたと しても,前任者が行っていた業務をスクラップすることは,「叱責」や「恥」を避けよ うとする風土の中では,実行どころか提言すらし難いものである。それを実行に移すた めには,組織全体として,このことの重要性と必要性が認識されなければならない。私 大トップには,こうした認識を組織の末端にまで浸透させることが求められる。
営利組織・企業の例を大学に当てはめることには,いまだ根強い批判があるが,こう したことは,「選択と集中」という名で既に世の中では広く行きわたっている考えであ り,私大職員,ましてやそのトップが知らないはずはなかろう。「叱責」や「恥」を避 けようとする風土が職員の仕事に対して一定の効果を持っていることは正の側面ではあ る。しかしながら,それらのためだけに不必要な業務を続けていることは,大いなる負 の側面である。そのような業務を大胆にスクラップし,仕事をより重要なものへとシフ トさせる「選択と集中」を実行し得る能力が,職員には強く求められているのである。
この能力は,「現在の仕事で求められる能力」として示すには物足りなく,また後ろ向 きの響きを与えるかも知れない。しかし,「叱責」や「恥」を避けようとする職場風土 にあって,この能力に基づいた仕事こそ,まさに「非定型・積極的参画型」の仕事なの である。
5.おわりに
本稿では,私立大学を取り巻く厳しい経営環境のもと,職員の仕事がどのように変化 したのか,しているのかについて,嘱託職員が大幅に増加している状況や職員内の部門 間における分離の構図等を踏まえ,考察を行った。
本稿の持つ意義は,職員の仕事について,「これまで」と「現在」を,それぞれ「定 型・受動的型」と「非定型・積極的参画型」に区分し,特に「現在」について,嘱託職 員の増加など上記のような現状を踏まえ,詳細に記述することで,冒頭に記した誰も真 剣に取り組んでこなかった職員の仕事の一端を明らかにしたことが挙げられよう。
また,職員の人事管理制度に関して,これまで人事考課がなされてこなかった理由,
現在それが求められている理由の一端を見出したことも,意義として挙げられよう。小 室(2010)でも記したが,これらのことは今後,私立大学事務職員の人事管理制度にお いて,より深い考察を行いたいと考えている。
私立大学職員の仕事とその変化等に関する一考察 78
さらに,職員が懸命に仕事に取り組むことを促す要因の例として,多様な形で多方面 から受ける「叱責」と「恥」を避けようとする職場風土を挙げたことにも研究の新規性 があると考えている。
求められる能力については,先述のとおり,各人各様の見解が述べられている。本稿 で挙げた能力は,あくまで筆者なりの見解であり,それが全てだとも完全だとも考えて はいない。
なお,本稿で対象としたのは,教授会の権限等が,実際に保証・履行されている私立 大学であり,また
1
人の職員がオールラウンドプレイヤーたらざるを得ない,つまりは 職員の内部に部門間での分離が発生しようのない小規模の私立大学ではなく,一定規模 以上の私立大学であることを最後に付言しておきたい。注
⑴ 上杉(2008),p.21。
⑵ 本間(2008),pp.61−63。
なお,ここでの指摘は,国公私立すべての大学が対象になり得るが,発行者が日本私立大学連盟であ ることを考えると,とりわけ私立大学を念頭に置いた記述と考えるのが自然であろう。
⑶ 他にも挙げれば際限がないが,例えば最近の法令改正では,いわゆるキャリア教育の実施とそのため の適切な体制整備を義務づけた大学設置基準や入学者・卒業者数等の情報をインターネット等で公表 することを義務づけた学校教育法施行規則(ともに2011年度から施行)がある。
⑷ 例えば,大学生になっても我が子を監視下に置いておきたい親を指す「ヘリコプターペアレント」と いう言葉が,大学関係者の間で飛び交っており,入学式の服装はもちろん,履修科目の相談までして くる親が存在する(『朝日新聞』2010年7月25日社説)という状況である。
⑸ 例えば,上垣編著(2009),pp.18−19。
なお,この批判は,私立大学という教育機関が市場経済の中にあるということを逆に補強説明する結 果となっているとも考えられよう。
⑹ 大卒の新入社員があまりに社会的に未熟なことに危機感を抱いたことにより(門脇(2010),p.196),
経済産業省が大学に対し「社会人基礎力」,言い換えれば「大人としての基礎的能力」の育成教育を要 請している現在の状況を想起されたい。
⑺ 藤田(2008),p.32。
⑻ こうした状況を裏付けるように,大手私立大学の人事部長である松下(1992, p.38)が次のように記述 している。
管理職研修などの際に,「職場の活性化といった言葉がよく叫ばれるが,なぜそれが必要なのか。職員 が活性化してどうなるというのか。それによって大学が変わるわけでもあるまい。むしろ職員がやる 気などを出すとマイナスになるのではないか。研修の意味が理解できない。」といった意見が出される ことがある。そして,こうした意見に共鳴する者が結構存在する。
⑼ 2009年度には,4年制大学への進学率も50% を超え,日本私立学校振興・共済事業団が「内定率の低 迷で,就職をあきらめ大学進学に切り替えた学生が増えている」と分析している(『読売新聞』2010 年8月1日朝刊)状況を想起されたい。
⑽ 例えば,合格発表から入学まで長い空白期間が発生する推薦・AO入試の普及等を背景に,友達がで きないことを理由に退学する学生を減らすべく,学生の友達づくりを手助けする私大も存在する(『朝 日新聞』2010年9月9日夕刊)。
⑾ 小室(2010)で対象とした地区の労働組合の連合団体が作成した資料の2009年調査によれば,職員に 人事考課制度を取り入れている私立大学は,同制度の有無に回答した16校に対して,8校が導入済 私立大学職員の仕事とその変化等に関する一考察 79
み,1校が試行中,1校が検討段階となっている。(参考までに記せば,教員に対しては同13校に対し て,2校が導入済み,1校が試行中である。)
なお上記資料の1996年調査によれば,人事考課制度を導入していたのは,調査対象21校に対して,1 校のみであった。このことが裏付けるとおり,私立大学職員に対する人事考課制度は,現在決して珍 しくはない状況になりつつある。
⑿ この措置は担当部署とその部署の職員にとって,大きな恥である。大手私大でも職員が数百人という 狭い職場では,こうした措置(恥)を避けようと,職員は上記業務に懸命に取り組むことになるのだ が,そうした懸命の取り組みが,真に不必要な業務を継続させ,業務のスクラップが進まず,結果と して仕事が増えているという面もある。
このことを裏付けるように,大工原(2010, p.28)は,大学の組織は,「ビルドはするがスクラップが 苦手」と指摘している。
⒀ 保護者のみを対象としたオープンキャンパスを実施している私大も存在する程である(『毎日新聞』2010 年7月31日朝刊)。
⒁ オープンキャンパスそのものについてではないが,学生募集の広報に対して,費用対効果を考えると とても勘定に合わず,かつ,こうした広報のあり方に私立大学が何の疑問も抱かなくなっている等,
否定的な指摘もなされている(大江(2008),p.7)。
⒂ 『朝日新聞』2005年7月25日朝刊(地域面)。
上記例の他にも,学食ランチや大学グッズのお土産は常識で,ケーキバイキングや抽選によるiPodの プレゼントといった種々の無料サービスが提供されている。また,各地から大学まで無料送迎バスを 運行している大学もある(『朝日新聞』2010年7月19日朝刊)。
⒃ 市川(2003),p.13。
⒄ 潮木(2002),p.18。
なお新学部については,日本私立学校振興・共済事業団私学経営相談センター(2007)の巻頭言にお いて,「今後は,人気学部を目指した学部・学科の改組などによる経営改善方策が難しい時代になっ た」と指摘されている状況にある。
⒅ 最近,教育に特化したような私立大学が大学内外から高い評価を受けている。こうした評価を受けて いる或る私立大学によれば,教学部門の事務組織が,綿密なデータ収集・分析に基づき,種々の教育 プログラムを積極的に提言・実行する等,重要な役割を担っているとのことである。
⒆ 学校教育法93条に「大学には,重要な事項を審議するため,教授会を置かなければならない。」と規 定されている。
⒇ 長谷川(2008),pp.205−208。
例えば,瀧澤(2005, p.43)は,教育の範囲の拡大について,次のように言及している。「一昔前まで は教育とはつまり授業のことであって,強いて言えば課外活動の指導と,あとは入学時のオリエンテ ーションや卒業前の就職指導ぐらいであった。いまや学習指導,就職指導の期間は次第に長くなり,
卒業研究の指導と連続して4年を通じた指導体制が必要になる。大学生らしくするために書くこと話 すことから教え直し,親代わりの生活指導やカウンセリングも欠かせない。さらに教育は内容の豊富 化のためにキャンパスの外に出てゆく。他大学との単位互換,企業でのインターンシップ,多方面で のボランティア活動も教育の中に入ってくる。こうした仕事は正規の授業でないものが多いが,間違 いなく「教育」である。(中略)しかし教員の専門領域とはかかわりがないから教員の本来的な仕事で はなく,そうかといって事務的な仕事でもない。教育の拡張した部分であり,教員と事務職員の協働 がなければ円滑に進まない領域である。」
また,平沢(2005, p.32)は,就職指導の範囲の拡大に言及し,その範囲が拡大するにつれて,それが 教員の職務か職員の職務かのいずれに位置づけられるのかはっきりしなくなってきていると指摘する。
このような状況を天野(2004, p.64)は,「グレイ・ゾーン」として就職支援等の他に入試・留学生問 題・国際交流・研究協力等を挙げている。
教員・職員とも雇用しているのは,学校法人である。その上で,配属先の部署(教員で言えば,所属 学部等)が決定される。なお,学校法人専属で働く職員というパターンの採用方式をとっている私立
私立大学職員の仕事とその変化等に関する一考察 80