台湾の「言語」学習領域における「新住民言語」カ リキュラムを考察する
著者 黄 ?茜
雑誌名 評論・社会科学
号 132
ページ 1‑17
発行年 2020‑03‑20
権利 同志社大学社会学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2020.0000000082
要約:台湾は2014年8月から正式に「十二年国民基本教育」を実施した。「十二年国民基 本教育課程綱要総綱」による「言語」学習領域において,初めて「新住民言語」が取り入 れられた。「新住民言語」というのは,ベトナム語,インドネシア語,タイ語,ミャンマー 語,カンボジア語,マレーシア語,フィリピン語,という七ヵ国の言語である。
本論文は,2019年度から実施する「新住民言語」カリキュラムに焦点を当て,台湾政府 が定めた「新住民言語」に関する教育を理解することを目的とする。「新住民言語」の教育 理念から,教育目標,開講準備,児童の学習目標などの規定やプロセスを明らかにする。
また,「新住民言語」カリキュラムの教育上の位置づけを考察していく。
キーワード:新住民,新住民言語カリキュラム,十二年国民基本教育,台湾教育
目次 1.はじめに
1-1.政党政権によって言語統一政策から多言語教育政策へ 1-2.国際結婚家庭の増加による外国籍配偶者の言語と文化の教育 1-3.「新住民言語」カリキュラムの成立経緯
2.目的と用語の説明 2-1.目的 2-2.用語の説明
3.九年義務教育から十二年義務教育へ 3-1.「言語」学習領域カリキュラム 3-2.「教養」=コンピテンシー
3-3.2019年度から始まった「新住民言語」に関するコア・コンピテンシー
3-4.インドネシア語授業を例にした学習の重点と学習目標 4.考察と今後の課題
4-1.「言語」学習領域からみる「新住民言語」カリキュラムに関する教育上の意義 4-2.今後の課題
────────────
†同志社大学大学院社会学研究科助手
*2019年12月6日受付,2019年12月6日掲載決定
論文
台湾の「言語」学習領域における「新住民言語」
カリキュラムを考察する
黄 琬茜
†1
1.はじめに
台湾における教育発展の歴史を遡ると,学校教育の政策や方針と当時の政権が強く関 連づけられる。特に,その時の政権を握る統治者や民族の使用言語によって,学校内で 使用する言語・言語教育が明らかに異なる。中華民国統治時代(1945年〜現在)にな って以降は,国民党政府,民進党政府という二つの政権が入れ替わることによって,学 校教育の特に言語教育に対して,言語統一から多言語使用の教育方針に変わってきた。
1-1.政党政権によって言語統一政策から多言語教育政策へ
戦後,国民党は中国に敗戦したことで,台湾に遷移し,台湾で中華民国政府を立て た。そして,国民党政権はいつか中国を取り戻すため,台湾で中国化(祖国化)教育を 実施した(郭・石井,2014)。その中国化教育の一つは,1950年代に,「説國語運動
(国語(中国語)を話す運動)」を推進することであった。方言(閩南語,客家語),原 住民諸語を学校から追放したうえで,公的な場での使用さえも禁止していた(呉,
2017)。
1978
年の蔣経國政権の登場後,1987年に 戒厳令 を実施し,それが台湾の民主化 の始まりだと考えられている。その頃から,「本土化(ローカル化)」「台湾化」などと いうことばが使用され,方言の閩南語,客家語などの「郷土言語」が見直されるように なった(谷口,2005)。つまり,1987年の 戒厳令 の実施まで,当時の国民党政権に よって「国語」を中国語として強制されるという言語統一政策が行われていた。1988
年に李登輝政権になると,「郷土」に関する閩南語,客家語,原住民諸語や文化 を「郷土教育」とした(谷口,2005)。1993年に教育部(日本の文部科学省にあたる。以下,「教育部」)が,初めてその「郷土教育」に関する科目を義務教育に取り入れた。
1994
年に小学校の3〜6
年生において「郷土教学活動」科目,中学校において「郷土芸 術活動」「認識台湾(台湾認識)」という2
科目が導入された(總統府原住民族歷史正義 與轉型正義委員會,2018)。2000
年に,初めて国民党政権から民進党政権に交替した。陳水扁政権は,「本土化教 育(ローカル化教育)」というスローガンを掲げ,「本土化教育」を積極的推進して取り 組んだ。陳氏が本土化(ローカル化)を強く提唱した結果,「郷土言語」という教科が 設置され,小学校の言語教育の一つとして導入された。2001年「国民中小学九年一貫 課程暫行綱要(以下,「暫綱」)」では,「郷土言語」カリキュラムの設置によって,方言(閩南語,客家語,原住民諸語)が学習領域の「言語」において「本國言語」として位 置づけられ,小学校における「郷土言語」カリキュラムが必修化された。
台湾の「言語」学習領域における「新住民言語」カリキュラムを考察する 2
一方,当時から,グローバル化が進んでいたため,国際的言語である英語は,従来
(戦後以来)中学校のみで必修科目として実施されていた教科であるが,2001年から小 学校段階における英語教育の必修化が実現されている(「暫綱」,2001)。
他方,2000年頃に,現在「新住民」と呼ばれる東南アジアや中国本土出身の女性配 偶者との国際結婚を求めるケースが急増してきた。2019年の最新の統計結果によれば,
現在,台湾における外国籍配偶者は
50
万人を超え(内政部移民署,2019)(図1),彼
らの子どもは18
万人に達している(教育部,2017)。現在,小中学校には,およそ10
人に1
人,国際結婚家庭出身の子どもがいる。1-2.国際結婚家庭の増加による外国籍配偶者の言語と文化の教育
上述のように,中国本土や東南アジアから国際結婚ケースが増えるつつあるという社 会変化を受けて,2005年から,それらの外国籍配偶者とその家族をサポートするため,
政府は
10
年間に30
億台湾ドルの「外籍配偶照顧輔導基金(外国籍配偶者を支援する補 助金)」という予算を組むことを決定した。この頃の支援策には,主に外国籍配偶者に 台湾文化と言語を学ばせること,外国籍配偶者自身の教育レベルを向上すること,子育 てなどが含まれていた(ウ,2011)。つまり,台湾社会への適応を初期の重点に支援し ていた。当時の総統である陳氏が,年々増加する外国籍配偶者も台湾の人口の構成員で あり,彼らの母語も台湾の言語であると見なされるべきだと考えられたため,彼らの母 語と文化を重視するような教育政策が掲げられ始めた。10
年間に30
億台湾ドルで「外籍配偶照顧輔導基金(外国籍配偶者を支援する補助 金)」という支援策のうち,2012年から2015
年にわたって,小学校で試行された「全 国新住民たいまつプログラム(全国新住民火炬計画行動方案)(以下,「たいまつプログ図1 外国籍配偶者の数(内政部移民署,2019)
台湾の「言語」学習領域における「新住民言語」カリキュラムを考察する 3
ラム」)」という外国籍配偶者の母語と文化を支援する母語教育コースを設ける教育政策 に最も注目が集まった(黄,2017, 2018, 2019)。ベトナム語,インドネシア語,タイ 語,ミャンマー語,カンボジア語の五ヵ国の母語教育コースが,重点小学校(2012年 度は
362
校(13.6%),2013年度は336
校(12.6%),2014年度は360
校(13.5%)で実 施されていた(内政部移民署,2012, 2013, 2014)。1-3.「新住民言語」カリキュラムの成立経緯
「たいまつプログラム」の実施は,国際結婚家庭において,外国籍配偶者が自分の母 語と文化を以前より重視し,子どもに継承する意識を喚起したり,教え始めたりした実 状が報告されている(黄,2017, 2018, 2019)。また,台湾社会において,以前より,そ れらの外国籍配偶者の母語と文化に対して,より一層の認識ができた(黄,2017, 2018,
2019)。無論,その背景には,台湾政府の「新南向」
(1)政策に関連づけられると否定できない。当時,小中学校の国際結婚家庭で生まれた子どもの就学率が段々上がっていくこ とで,政府はそれらの子どものため,自分のルーツを認識させ,そのルーツを重視する べきだということなどを教えると同時に,母語教育コースの実施によって,それらの子 どもを将来の東南アジア諸国との架け橋として人材養成をしようとしていた,という政 府の考えが含まれている。
上述のように,「たいまつプログラム」の実施は,台湾社会へある程度有意義な影響 を与えたとも言える。これがきっかけで,2019年度より,外国籍配偶者の「新住民言 語」と呼ばれる東南アジア諸言語を学校の義務教育段階でフォーマル教育として取り入 れることが定められている(國家教育研究院,2014)。「新住民言語」を小学校で選択必 修とし,中学校から高校まで選択科目として設置される。
2.目的と用語の説明
2-1.目的
本論文は,2019年度から実施する「新住民言語」カリキュラムに焦点を当て,台湾 政府が定めた「十二年国民基本教育課程」による「新住民言語」に関する教育を理解す ることを目的とする。「新住民言語」の教育理念から,カリキュラムの教育目標,また 小学校で「新住民言語」カリキュラムを取り入れるための準備,授業の時間配分,児童 の学習目標などの規定やプロセスを明らかにする。また,「新住民言語」カリキュラム の教育上の位置づけを考察していく。
台湾の「言語」学習領域における「新住民言語」カリキュラムを考察する 4
2-2.用語の説明
2-2-1.「新住民」に関わる用語:「新住民」「新住民子女」「新住民言語」
台湾社会(台湾政府やマスコミや台湾の一般の人々)は,1960年代以降,東南アジ ア出身と中国本土出身の女性配偶者を迎え始めてから,彼女らのことを中国語で「外籍 新娘(外国籍の花嫁)」や「外籍配偶(外国籍配偶者)」と呼び始めた。その後,2003 年頃から,一部の東南アジア出身や中国本土出身の女性配偶者たちは,自身の公民権を 求めると同時に,呼称を「新移民女性(新移民の女性)」とするように強く要求した。
近年になると,さらに,「新住民家庭配偶(新移民の家庭の配偶者)」「新住民(新移民 者)」という新たな呼称が台湾政府による公的な用語として現れた。現在の「新住民」
という用語は,男女を問わず,中国本土,東南アジア,また他の国,地域などから,主 に結婚移民として台湾に来て定住する人々に対する呼び方として広義に使われている。
そして,そのような国際結婚家庭で生まれ育った子どもを,以前は「新台湾之子」,現 在は「新住民子女(新移民の子ども)」と呼んでいる。本論文では,政府の教育政策名 や教育課程政策などに従い,「新住民」「新住民子女」「新住民言語」などの用語を使用 する。
2-2-2.「母語」に関わる用語:母語授業,母語教師,母語教育等
『大辞林』によると,母語とは,「ある人が幼児期に周囲の大人たち(特に母親)が話 すのを聞いて最初に自然に身につけた言語」とある。台湾は父系社会なので,多くの人 にとっての母語は,父親の話すことばであると考えられる。しかし,本論文における
「母語」というのは,新住民子女の母親の母語を指す。本論文では,東南アジア諸言語 についての「母語」の教育を政府の教育政策名や教育課程政策などに従い,母語授業,
母語教育など,また,その母語を教える教師を母語教師という用語で使用する。
3.九年義務教育から十二年義務教育へ
3-1.「言語」学習領域カリキュラム
2003
年の「國民中小学校九年一貫課程(以下,「九年一貫課程」)には,「言語」,「健 康と体育」,「数学」,「社会」,「芸術と人文」,「自然と生活科学技術」,「総合活動」とい う七つの新学習領域がある。「九年一貫課程」による「言語」学習領域は,「本国語文(以下,「本国言語」)と英語,という二つのカテゴリーに分けられる。「本国言語」とい うカテゴリーには,中国語(公用語)と,「本土語言(以下,「本土言語」)」を含む。
「本土言語」というのは,閩南語,客家語と原住民諸語などの台湾の方言のことで,「郷 土言語」とも呼ばれる。つまり,「九年一貫課程」による「言語」学習領域には,公用 語である中国語,「郷土言語」である「本土言語」,第一外国語である英語という三つの
台湾の「言語」学習領域における「新住民言語」カリキュラムを考察する 5
言語学習の種類を含む(表
1)。
教育部は児童・生徒にさまざまな言語能力を身に付けさせるため,学習段階に分けて
「聞く能力」,「話す能力」,「ピンイン能力」,「読む能力」,「書く能力」という能力指標
(5項目)を定めた。上記の表から,2003年に始まった「九年一貫課程」は,2006年の 半ば頃から,「言語」学習領域の一つである英語教育を高学年からさらに中学年の必修 科目に改変された。改変前,英語の学習段階は,5〜6年生を第一段階,7〜9年生を第 二段階としていたが,必修学年が中学年に変更されたため,3〜6年生を第一段階,7〜
9
年生を第二段階とした。次に,「本国言語」とする公用語である中国語や,「郷土言語」である閩南語,客家 語,原住民諸語の学習段階は,改変前(2006年
7
月31
日まで),三段階としていたが 学習の四段階に変更された。中国語や「郷土言語」の学習段階は,改変前(2006年7
月31
日まで),1〜3年生を第一段階,4〜6年生を第二段階,7〜8年生を第三段階とし ていたのを,1〜2年生を第一段階,3〜4年生を第二段階,5〜6年生を第三段階,7〜9 年生を第四段階に変更した。また,それぞれの能力に応じて,学習の到達目標もある。「郷土言語」である台湾語(閩南語)を具体例として,「聞く能力(4段階
26
項目)」,「話す能力(4段階
31
項目)」,「ピンイン能力(4段階11
項目)」,「読む能力(4段階17
項目)」,「書く能力(3段階12
項目)」という能力指標(5項目)も定められている(教 育部,2008)。2014
年8
月より正式に「十二年国民基本教育」を実施した。それに伴って,「九年一 貫課程」から,「十二年国民基本教育課程綱要総綱(以下,「十二年国民教育課程」)」へ 改訂した。本来の「言語」,「健康と体育」,「数学」,「社会」,「芸術と人文」,「自然と生 活科学技術」,「総合活動」の七つの新学習領域のうち,「自然と生活科学技術」を,さ らに「自然科学」と「科技」という領域に分け,八つの学習領域に変更された。「十二 年国民教育課程」は,九年間から十二年間の教育段階に変更し,「高級中等学校(以下,「高校」)」を納入するため,「言語」の学習段階は高校を第五学習段階まで設けた。そし て,「十二年国民教育課程」による「言語」学習領域には,前述のように,基本的に中 国語,「本土言語」,英語という三つの言語学習の種類に分類されるが,「本土言語」の 中に,さらに「新住民言語」が追加された(表
1
を参照)。「十二年国民教育課程」における「言語」学習領域部分の考察から,政府は各言語の 位置づけを新たに決めようとした,ということがわかった。表
1
に示すよう,「言語」学習領域において,以前(「九年一貫課程」)は二つのカテゴリー(本国言語と第一外国 語)であったが,現在(「十二年国民教育課程」)は三つのカテゴリー(中国語,「本国 言語」,第一外国語)に変わった。従来の「本国言語」に属した中国語は,独立し「中 国語」というカテゴリーになった。
台湾の「言語」学習領域における「新住民言語」カリキュラムを考察する 6
そして,「十二年国民教育課程」による「本土言語」というカテゴリーの概念におい て,「郷土言語」「新住民言語」という言語の種類が含まれている。しかし,「郷土言語」
を「本土言語」ということばに入れ替えているが,「新住民言語」がそのまま「新住民 言語」ということばで使われている。この点から見ると,「郷土言語」と「新住民言語」
は,言語の起源か,民族の起源か,が異なり,区別するためであると考えられる。小学 校における「本土言語」は週に
1
コマ選択必修科目と定められるため,児童は,この「本土言語」を履修する際,「郷土言語」と「新住民言語」という言語科目から,どちら かを選び,さらに,言語の種類を選択する。例えば,「郷土言語」の閩南語,あるいは,
「新住民言語」のベトナム語,のように選択する。
表1 「九年一貫課程」と「十二年国民教育課程」による「言語」学習領域
台湾の「言語」学習領域における「新住民言語」カリキュラムを考察する 7
一方,第一外国語のカテゴリーにおいて,以前と同様に英語としているが,英語の学 習段階は,従来の二段階から四段階に変更された。3〜4年生を第一段階,5〜6年生を 第二段階,7〜9年生を第三段階,10〜12年生を第四段階とした。
3-2.「素養」=コンピテンシー
「九年一貫課程」と「十二年国民教育課程」のカリキュラムの,最も異なる点は,カ リキュラムの教育理念である(天下文化,2019)。「九年一貫課程」のカリキュラムの教 育理念は能力志向であるが,「十二年国民教育課程」のカリキュラムの教育理念はコン ピテンシー志向(中国語:素養志向)である。「九年一貫課程」は,児童生徒の能力の 重要性を強調していたが,「十二年国民教育課程」は,児童生徒のコンピテンシー
(competencies)を強調している。「十二年国民教育課程」で強調されたコンピテンシー
(中国語で「素養」という)ということばは,中国語でなじみのない抽象的なことばの ため,各領域や学者にその「素養」の定義が問われ,議論された。現在,「素養」がコ ンピテンシーを指すと考えられる。コンピテンシーというのは,「知識(knowledge)」
「技能(skill)または能力(ability)」「態度(attitude)」といった三つの範疇から,織り 交ぜた概念である,と定義されている(蔡,2011, 2014)。いわゆる,「十二年国民教育 課程」によって,児童生徒に対して,知識力だけでなく,能力・技能,さらに児童生徒 の態度を重視すること(蔡,2011, 2014)を中心に教育カリキュラムを作成したもの だ,と考えられる。
3-3.2019
年度から始まった「新住民言語」に関するコア・コンピテンシー「十二年国民基本教育課程綱要総綱」による「言語」学習領域において,新住民言語 に対して,「コア・コンピテンシー(中国語:核心素養;英語:core competencies)」を 定めた。「コア・コンピテンシー」は,「A.自主行動」「B.コミュニケーション」「C.
社会参加」という三つに分けられた。さらに「A.自主行動」は,「A 1:心身のコンピ テンシーと自己向上」「A 2:体系的思考と問題解決」「A 3:計画実行と創新,応変」と いう三つの項目に分けられた。次に,「B.コミュニケーション」は,「B 1:符号の使 用と表現」「B 2:科学情報とメディア・コンピテンシー」「B 3:芸術教養と美意識のコ ンピテンシー」という三つの項目に分けられた。さらに,「C.社会参加」は,「C 1:
道徳の実践と公民意識」「C 2:人間関係とチームワーク」「C 3:多元的文化と国際理 解」という三つの項目に分けられた。
3-3-1.「新住民言語」カリキュラムの主な基本理念
言語教育の主旨は,児童生徒の言語コミュニケーションと理性的に考える知性を養 い,適切な発達と生涯教育の基礎を定め,児童生徒に異なる文化と価値観を発見させた
台湾の「言語」学習領域における「新住民言語」カリキュラムを考察する 8
り理解させたりすることである。(中略)
本課程(「新住民言語」課程)は,新住民子女に新住民の母国の言語が継承できるよ うに提供するだけでなく,台湾の各民族の「新住民言語」を学習する環境を広げること ができる。
「新住民言語」も台湾の外交発展と協力の重要な資源とする。東南アジア「新住民言 語」の学習は,国際理解への扉を開くことに役立ち,特に台湾の近隣諸国である東南ア ジア諸国への認識,異文化間のコミュニケーション能力と行動力,およびコンピテンシ ーを強化することに役に立つ。
3-3-2.「新住民言語」カリキュラムの目標
「十二年国民教育課程」による「新住民言語」カリキュラムには,ベトナム語,イン ドネシア語,タイ語,ミャンマー語,カンボジア語,マレーシア語,フィリピン語,と いう七ヵ国の母語授業がある。このカリキュラムにおける教育目標は次の通りである。
①新住民の言語と文化の学習に興味をもたせること
②新住民とその文化に対する認識,理解,尊重と鑑賞の機会を増進すること
③新住民言語の聞く能力,話す能力,読む能力,書く能力を養い,日常のコミュニケ ーションに応用できること。
④国際的視野を開拓し,多元的文化のビジョンで思考と判断をすること
⑤文化を超えたコミュニケーション能力と行動力とコンピテンシーを養うこと
3-3-3.「新住民言語」授業の時間配分
2019
年9
月から始まった「新住民言語」授業は,台湾全土の小,中学校,高校で,それぞれの第一学年より逐年実施される。「新住民言語」授業は,小学校で選択必修と し,中学校から高校まで選択科目として設置される。学習段階は,小学校が第一段階か ら第三段階まで,中学校が第四段階,高校が第五段階と定められている(表
2
を参照)。つまり,1〜2年生を第一段階,3〜4年生を第二段階,5〜6年生を第三段階,7〜9年生 を第四段階とした学習段階である。
小学校で週に
1
コマ,40分授業の時間数であるが,学校の母語教師の配置などの状 況によって,隔週に1
回2
コマ授業を行うことも弾力的調整できる。中学校から「新住 民言語」は選択科目なので,休日か夏・冬休みを利用して授業をする。上記の表1
のよ うに,小学校における「新住民言語」は,「郷土言語」と合わせて,「本土言語」という 言語のカテゴリーに含まれている。そのため,「本土言語」の授業時間帯では,「新住民 言語」授業を受ける児童は,「郷土言語」授業を同時に受けることができないので,「郷 土言語」を履修する必要はない。台湾の「言語」学習領域における「新住民言語」カリキュラムを考察する 9
3-3-4.「新住民言語」準備段階および各注意事項
2019
年3
月 か ら,2019年 度(2019年9
月〜2020年1
月)の「新 住 民 言 語」の 履 修 に関する申請手続きが始まった。下記の表3
のように,学校の校務は,「新住民言語」の言語別を履修する児童数の確認,母語教師の任用,設備や教材の申請などを,7月中 旬頃に完成する必要がある。夏休みの間に,主に母語教師のオリエンテーションや授業 開始前の最終確認作業をする。
「新住民言語」の開講については,たとえ児童一人だけ履修登録しても,その言語の 母語授業を開く。小学校における「新住民言語」授業は,言語別によって
1
クラスが最表2 「新住民言語」の時間配分
表3 「新住民言語」の開講に関する事前準備のスケジュール 台湾の「言語」学習領域における「新住民言語」カリキュラムを考察する 10
大児童
29
名で,中学校における1
クラスが最大生徒30
名,と履修人数を制限してい る。クラス編成について,学校は児童の履修登録した「新住民言語」の言語別にクラスを 編成する。原則として,履修児童数と児童のレベル(本来「新住民言語」能力)によっ て,クラス編成をするか,年齢混同にするか,どちらのクラス編成方法を選ぶかは,各 学校で柔軟に対応することができる。一方,過疎地にある学校は,遠隔授業の方法を取 り入れて対応する。
3-4.インドネシア語授業を例にした学習の重点と学習目標
「新住民言語」教学の指導案によると,「新住民言語」の学習の重点は,コア・コンピ テンシーと呼応するため,「学習のパフォーマンス」と「学習内容」という二つの面か らなる(表
4)。
3-4-1.学習の重点
「新住民言語」教育は,言語と文化の教学を重視する。児童生徒の学習の第一段階で は,聞く能力,話す能力,童謡を歌うというようなパフォーマンスを第一に,ピンイン や字を書く能力を第二に重視する。学習の第二段階では,ピンイン,書く能力,読む能 力を重視する。学習の第三段階では,文・文法,エッセイの鑑賞,作文,異文化理解を 強調する。学習の第四段階では,海外実習と経済貿易問題を取り入れる。
従って,「新住民言語」の学習の重点は「学習のパフォーマンス」と「学習内容」と いう二つの面に分けられる(表
4
を参照)。まず,「学習のパフォーマンス」において,「1.学習態度」「2.言語能力」「3.文化を越えた行動力」という三つの要素が入る。次 に,「学習内容」において,「A.言語要素」「B.文化要素」という二つの要素が入る。
3-4-2.インドネシア語教科書を第一課の例にする学習目標
ベトナム語,インドネシア語,タイ語,ミャンマー語,カンボジア語,マレーシア 語,フィリピン語,という七ヵ国の「新住民言語」授業のため,各言語において四つの 学習段階に分け,第一学習段階で
4
冊,第二学習段階で4
冊,第三学習段階で4
冊,第 四学習段階で4
冊の教科書が開発・作成されている。図
2
と図3
は,インドネシア語教材による第一学習段階における第一課の会話と語彙 の内容である。そして,「新住民言語」のコア・コンピテンシーと呼応するため,第一 課で学ばれる「知識」「能力」「態度」という三つの要素から,それぞれ,到達段階を設 定し示した「学習目標」がたてられている(表5)。
表
5
から,インドネシア語の母語授業で,第一課「nama saya 私の名前」を学ぶこと によって,児童は,「3.インドネシアと我が国の学校での先生の呼称と挨拶方法の類似 点・相違点を理解することができる」という知識を得ること,文法的能力を身につける台湾の「言語」学習領域における「新住民言語」カリキュラムを考察する 11
こと,さらに,インドネシア人らしい振る舞いを理解できること,という三つの学習目 標に到達することができる,と示されている。
表4 インドネシア語カリキュラムに関する学習の重点 台湾の「言語」学習領域における「新住民言語」カリキュラムを考察する 12
4.考察と今後の課題
4-1.「言語」学習領域からみる「新住民言語」カリキュラムに関する教育上の意義
本論文の冒頭で述べたように,「新住民言語」ということばは,東南アジア出身の配表5 学習目標
図2 インドネシア語教材第一課の会話 図3 インドネシア語教材第一課の語彙 台湾の「言語」学習領域における「新住民言語」カリキュラムを考察する 13
偶者との国際結婚で,近年,彼らのことを「新住民」と呼称され,彼らの母語を「新住 民言語」と呼ばれている,という背景がある。
また,「新住民言語」カリキュラムというのは,本来,国際結婚である東南アジア出 身の母親の母語や文化を継承することができるように,「たいまつプログラム」という 母語教育コースの形で小学校で試行されていたが,それが成果を上げたため,今の「新 住民言語」カリキュラムが実施された,という過程がある。
「たいまつプログラム」という
2012
年から2015
年にわたって小学校で試行された母 語教育コースは,①新住民の児童が100
名以上在籍すること,または,②新住民の児童 が学校児童全員の10
分の1
の児童数を超えること,というどちらかの条件が満たされ れば,開講することができた。しかし,たとえ開講の条件を満たしても,開講するかど うか,その小学校の開講意志次第であった。ところが,「新住民言語」カリキュラムは 義務教育として導入されたため,2019年9
月から,児童は「新住民言語」授業を履修 することになり,たとえ児童一人だけでも履修登録すれば,「新住民言語」授業を開講 する必要がある。現在,「言語」学習領域の履修規程によって,小学校における「本土言語」という教 科は週に
1
コマ選択必修である。そして,「本土言語」という教科において,「郷土言 語」と「新住民言語」という二つの科目がある。児童は,「郷土言語」か「新住民言語」どちらかの 母語 授業を選択して履修することが必要である。つまり,国際結婚家庭 で生まれ育った新住民の児童は,「郷土言語」のみの選択肢から「新住民言語」を履修 することになった。言い換えると,台湾の一般人の児童は,閩南語,客家語などの「郷 土言語」の学習から,東南アジア諸言語である「新住民言語」を学習することができ る。
したがって,「十二年国民教育課程」による「言語」学習領域において,「新住民言 語」が「本土言語」というカテゴリーに配置されるということから見ると,政府は,
「新住民」を台湾の人口構成の一つとして認めている,と言えよう。「新住民言語」カリ キュラムは,ベトナム語,インドネシア語,タイ語,ミャンマー語,カンボジア語,マ レーシア語,フィリピン語,という七ヶ国の公用語から設定されたカリキュラムであ る。本来,「新住民言語」は,英語と同様に,外国語教育として見なされるべきだった が,国際結婚がきっかけで,外国語教育ではなく,台湾本土の言語の一つとして取り扱 われている。これは政府が言語教育の側面から,一般の台湾人と「新住民」・「新住民」
の児童を,台湾の重要な国民として同じように扱う,ということを伝えてくれているの ではないだろうか。
台湾の「言語」学習領域における「新住民言語」カリキュラムを考察する 14
4-2.今後の課題
本論文から,「十二年国民基本教育課程」による「新住民言語」カリキュラムに関す る教育理念,カリキュラムの教育目標,授業配置,児童の学習目標などの規程やプロセ スの概観が理解できたと考えられる。一方,「新住民言語」カリキュラムでは,児童の 学習の重点や目標などが定められたが,実際に児童はそれらの学習目標にどの程度達す るのか,「新住民言語」の教材はどのぐらい有効に使われるのか,母語教師の教授法は 効果的なのか,等々の課題を確認する必要があると考える。そのため,「新住民言語」
に関する教育現場での実態把握は,今後の課題としたい。
注
⑴ 「新南向」政策は台湾の対外経済貿易戦略の重要な一環である。「新南向」政策とは,東南アジア,南 アジア,ニュージーランド,オーストラリアなど18カ国を対象国として,幅広い関係強化を目指すも の,ということである(Taiwan Todayニュース,2017)。
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The compulsory education in Taiwan was formally extended from 9 years to 12 years in August 2014. In the 12-year Basic Education Curriculum Guidelines the learning areas were also expended from 7 to 8 areas. For the first time the Native Languages of New Immigrants course was formally included in the Language Arts area of the compulsory education system. The so- called Native Languages of New Immigrants refer to the following 7 languages−−Vietnamese, Buhasa Indonesia, Thai language, Burmese, Cambodian, Filipino, and Malaysian. They are now part of the National and Indigenous Languages course, a required elective subject in elementary schools, while an elective subject in middle schools and high schools.
This study is focused on the Native Languages of New Immigrants curriculum implemented in 2019. The purpose of the study is to understand the basic concepts behind the Native Lan- guages of New Immigrants curriculum, the curriculum objectives, time allocation, the preparation conducted by schools, and so on. Buhasa Indonesia was used as an example to illustrate the learning points and the learning objectives in detail. Finally, the study also observes on the posi- tioning of the Native Languages of New Immigrants curriculum in Taiwan education system.
Key words: New immigrants, Native languages of new immigrants curriculum, 12-year basic education, National and indigenous languages, Taiwan education
The Observations on the Native Language of
New Immigrants Curriculum in Taiwan Language Arts Learning Area
Wan-Chien Huang
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