バスケットボール選手における練習時のパフォーマ ンスに他者の存在が及ぼす影響
著者 和田 拓真, 中澤 史, 坂入 洋右
出版者 法政大学スポーツ研究センター
雑誌名 法政大学スポーツ研究センター紀要
巻 38
ページ 19‑23
発行年 2020‑03‑31
URL http://doi.org/10.15002/00023597
Ⅰ.背景
スポーツ選手では,観衆といった他者の存在や,責任など のプレッシャーの中で高いパフォーマンスを発揮することが 要求される(木村ほか,2008)。スポーツ場面において自身を 取り巻く他者の存在は,パフォーマンスに対して促進もしく は妨害する要因となることが考えられる。例えば,観衆や他 者評価のような心理的プレッシャーを伴うストレス状況下に おいて,他者の存在を意識することは,運動パフォーマンス を促進させる一つの要因となる(Hardy & Parfitt, 1991)。一方 で,他者への意識が競技不安の生起や促進(津田,2013),力 みや空回りの原因(筒井,2015)に繋がることが示されてい る。また,他者への意識は回避的対処を喚起し,それによっ て失敗感が増加(有光・今田,1998)することが報告されて おり,他者の存在がパフォーマンスに対して効果的に作用す る反面,パフォーマンスの悪化をもたらす可能性がある。
2020年の自国開催となる東京オリンピックを前にし,自国開 催の中での実力発揮と実力不発揮について行った研究(立谷,
2018)では,実力発揮した選手は,応援の多さなどを心地よ い緊張感として捉える一方で,逆に実力不発揮の選手では,
関係者や応援の多さなどが社会的責任の認知や義務感をもた らし負のスパイラルに陥ることが示されている。選手の性格 や状況によって,同じ他者の存在がパフォーマンスに対して 促進もしくは妨害する要因となることが考えられる。
他者の存在による促進と妨害を分ける要因として,性格特 性と環境要因が挙げられ,“あがり” の観点からの説明が可能 であると考えられる。Baumeister(1984)は,ある特定の状 況下で高いパフォーマンスを発揮することの重要性を高める 因子をプレッシャーとし,「プレッシャーによりパフォーマン スが低下する現象」を “あがり” と呼んだ。また,有光(2005)
によっては,「当落や社会的評価など自分自身に否定的評価を 受ける場面で他者を意識し,責任感を感じ,自己不全感,生 理的反応や震えを経験することであり,状況によって他者へ の意識や責任感の程度が変化すること」と定義している。ま た,“あがり” 発症時の要因として,責任感,他者への意識と いった要因が媒介変数となって “あがり” を生じさせる可能性 について示している(有光・今田,1999)。“あがり” と性格特 性との関係性として,特に神経症傾向と自意識の高さは,一 般的な “あがり” においても,スポーツにおける “あがり” に
バスケットボール選手における練習時のパフォーマンスに他者の存在が及ぼす影響 The effect of the presence of others on performance during practice in basketball players
和 田 拓 真(筑波大学大学院)
Takuma Wada 中 澤 史(国際文化学部・スポーツ健康学研究科)
Tadashi Nakazawa 坂 入 洋 右(筑波大学体育系)
Yosuke Sakairi
要 旨
他者の存在は,運動パフォーマンスに対して促進もしくは妨害する要因となることが示されており,普段の練習時における他者 の存在もまた,影響を与えている可能性が考えられる。そこで本研究では,チームスポーツであるバスケットボールにおいて,練 習時のパフォーマンスに他者の存在が及ぼす影響を明らかにすることを目的とした。大学生バスケットボール経験者101名を対象 に,高校時代の練習時における他者の存在の影響について質問紙調査を実施し,パフォーマンスの崩れた程度に応じて2群に分け てt検定を実施した。その結果,性格特性において,パフォーマンスの崩れた程度が多い群(多群)では,神経症傾向と評価懸念
(FNE)において得点が高いことが確認され(p<.01),心理状態において快適度の低下が見られ(p<.001),“あがり” が生じて いる可能性が示された。また,多群では,指導者との関係性において得点が低く(p<.01),具体的な状況に関する記述としても,
先生を含む指導者の記述が多く確認された。以上の結果から,練習時における他者の存在も同様に,パフォーマンスに対して促進 もしくは妨害する要因となることが示された。また,特に指導者の重要性が示唆され,指導の在り方を見直す必要性が考えられる。
性格特性に応じた指導の実施や練習環境の調整によって,効果的な練習に繋がることが期待される。
キーワード:“あがり”,プレッシャー,指導者,性格特性 Key words : Choking,Pressure,Coach,Personality traits
法政大学スポーツ研究センター紀要
おいても関係が深いことが明らかとなっている(木村ら,
2008)。一方で,“あがり” は多様な要因が関与し,複雑に関連 する現象であるとされており(村山・関矢,2012),個人差が 大きく,環境要因や文化などの性格特性以外の要因も関係し ていることが考えられる。例えば,国際的な比較として南
(1983)は,欧米文化を個の確立が最優先される個人主義の文 化であるとし,日本文化は,他人との調和協調が重視される 集団主義の文化であることを示しており,日本人は特に,他 者との関りの中で自身以外を意識する傾向が高いと言える。
しかし,これらの他者の存在の影響は,プレッシャーのか かる試合場面などでは容易に想像がつくものの,パフォーマ ンスの向上や本番での実力発揮にとって重要な練習場面にお いても同様に影響を及ぼすことが考えられる。スポーツ科学 の知見に基づき,数多くのトレーニングの実施やアプローチ が積極的に行われている現在の指導の中で,練習場面におい て当たり前に存在する「他者」の要因といった,普段見過ご されている日常的な側面もまた,上達を分ける要因の一つと なっている可能性がある。練習場面における他者の存在の影 響を,選手の特性や状況に応じて明らかにすることで,合理 的かつ効率的・効果的な指導(スポーツ庁,2018)の実施や,
本番での実力発揮に繋がることが期待される。
そこで本研究では,練習場面に焦点を当て,他者の存在を より意識することが考えられるチームスポーツであるバス ケットボールを取り上げて調査を行い,他者の存在によるパ フォーマンスの促進もしくは妨害に関与する要因を明らかに することを目的として検討を行う。また,本研究では「他者 の存在」を,他者への意識と言った認知的側面も含めて,「練 習場面における,チームメイトや指導者のような自分以外の 身近な存在及びそれへの意識」と定義する。
Ⅱ.方法 1.対象者
対象者は大学生男女バスケットボール経験者101名(男性 45名,女性56名,平均年齢19.6歳±1.17,競技年数10.2.年±2.54)
であった。
2.手続き
対象者には,高校時代の練習における他者の存在に関する 質問紙調査を実施した。高校時代において,他者の存在によっ てパフォーマンスが崩れた程度について検討するため,パ フォーマンスが崩れた程度に関して「0:全くなかった」から
「5:非常にあった」の6件法で回答を求めた。調査項目とし て,性格特性を測定するために,小塩ほか(2012)によって 開発された日本語版Ten Item Personality Inventory(以下,
TIPI-J),外から見える自己の側面に注意を向ける程度を測る 公的自意識(菅原,1984),他者からの評価懸念について測る 日本語版Fear of Negative Evaluation Scale短縮版(以下,
FNE;笹川ほか,2004)を測定した。また,その際の具体的 な状況やパフォーマンスの内容について自由記述を求めた。
回答時間は15分程度であった。尚,対象者への倫理的配慮と して,実施する内容を説明し,得られたデータは研究以外に 一切使用しないこと,個人は特定されないことを伝え,研究 協力への承諾と同意書への署名を得た者のみを対象とした。
3.測定指標
性格特性について検討するため,小塩ら(2012)によって 開発された日本語版TIPI-Jを使用した。この尺度は10項目で 構成され,Big Fiveの5つの因子を各2項目で測定する尺度で あり,外向性,協調性,勤勉性,神経症傾向,開放性の5つ から構成される。
自己や他者に対してどの程度意識を向けているのかについ て検討するため,菅原(1984)によって開発された自意識尺 度を使用した。この尺度は,自分自身にどの程度注意を向け やすいかの個人差を測定するものである。自己に向けられる 意識には,私的自意識と公的自意識の2つがあることを示し ているが,本研究では,自分の外見や他者に対する行動など,
外から見える自己の側面に注意を向ける程度の個人差を示す,
公的自意識を使用した。
社会不安に関係する認知的な特徴として,他者からの否定 的な評価に対する恐れがあるとされることから,他者からど のような評価を受けているのかを気にする傾向について検討 するため,笹川ほか(2004)によって開発された FNEを使用 した。教示として,「あなたが普段の生活の中で」といった冒 頭部分を,「あなたが部活動の中で」に置き換えて回答を求め た。
自由記述によって求められた,具体的な状況やパフォーマ ンス時の心理状態にについて検討するため,Sakairi et al.
(2013)によって開発された二次元気分尺度(Two-dimensional Mood Scale:以下,TDMS)を使用した。この尺度は,快適 な興奮状態を表す活性度(4項目)と快適な鎮静状態を表す安 定度(4項目)の合成変数である快適度(活性度+安定度)と 覚醒度(活性度-安定度)の4種類の心理状態を測定するも のであり,二次元グラフにて測定した数値をプロットし可視 化することが可能となる。
また,高校時の練習環境と自信について検討するため, ①所 属していたチームの競技レベル(「0:地区大会」から「5:全 国大会ベスト8以上」)②普段の,チームメイトとの関係性
(「0:非常に悪かった」から「5:非常に良かった」)③普段の,
指導者との関係性(「0:非常に悪かった」から「5:非常に良 かった」)④普段の練習の,厳しい雰囲気の程度(「0:非常に ゆるかった」から「5:非常に厳しかった」)⑤普段の練習の,
挑戦できる程度(「0:全く挑戦できなかった」から「5:非常 に挑戦できた」)⑥競技能力への自信(「0:全く自信がなかっ た」から「5:非常に自信があった」)の6つの項目について 回答を求めた。
4.分析方法
高校時代の練習における他者の存在が,パフォーマンスに
どのような影響を及ぼすか。また,パフォーマンスの促進も しくは妨害の要因についても検討するため,他者の存在によっ てパフォーマンスの崩れた程度が「0:全くなかった」から
「5:非常にあった」について6件法で回答を求めた。崩れた 程度に応じ,パフォーマンスが崩れた程度の多い群を多群
(n=33),パフォーマンスの崩れた程度が少ない群を少群(n=31)
の2群に分け,求めた調査項目に対して対応のないt検定を 行って比較検証を行った。また,その時の具体的な状況やパ フォーマンスの内容について自由記述を求めた項目に関して は,テキストマイニング分析を実施した。統計処理の際には 5%を有意,10%を有意傾向とした。
Ⅲ.結果
1.性格特性とパフォーマンスの関係
パフォーマンスの崩れた程度が多い多群と少ない少群の2 群に分けて,性格特性の違いについて検討を行った。その結 果,パフォーマンスの崩れが多い多群と,パフォーマンスの 崩れが少ない少群の間で,神経症傾向(t (62) = 3.07, p < .01, d
=.78)と公的自意識(t (62) = 1.87, p < .10, d =.48),及びFNE
(t (62) = 2.84, p < .01, d =.72)において,多群で有意もしくは 有意傾向で得点が高いことが確認された。外向性,協調性,
勤勉性,開放性(n.s.)では有意な差は見られなかった(表 1)。
表 1.パフォーマンスの崩れと性格特性の比較
2.心理状態とパフォーマンスの関係
パフォーマンスの崩れが多い多群と,パフォーマンスの崩 れが少ない少群の間で,活性度(t (62) = 4.58, p < .001, d = 1.16),安定度(t (62) = 4.12, p < .001, d = 1.06)及び快適度(t
(62) = 4.95, p < .001, d = 1.26)において多群で有意に得点が低 いことが確認された。覚醒度(n.s.)では有意な差は見られな かった(表2)。また,2群を二次元グラフにプロットしたと ころ,少群では比較的活性度の高いエリアにプロットされ,
多群では安定度の低い “あがり” エリアにプロットされた(図 1)。
表 2.パフォーマンスの崩れと TDMS の比較
図 1.2 群の TDMS 得点のプロットエリア
3.練習環境・自信とパフォーマンスの関係
パフォーマンスの崩れが多い多群と,パフォーマンスの崩 れが少ない少群の間で,指導者との関係性(t (62) = 2.47, p <
.05, d = .63),練習の挑戦度(t (62) = 2.52, p < .05, d = .64)及び 競技能力への自信(t (62) = 3.33, p < .01, d = .85)において多群 で有意に得点が低いことが確認された。チームレベル,仲間 との関係性,練習の厳しさ(n.s.)では有意な差は見られな かった(表3)。
表 3.パフォーマンスの崩れと練習環境・自信の比較
4.状況とパフォーマンス内容
練習時,他者の存在を意識した際の,具体的な状況とパ フォーマンスの内容について検討を行うため,自由回答にて 記述された内容に関してテキストマイニング分析を実施した。
法政大学スポーツ研究センター紀要
以下に,名詞と出現頻度に関して特に多く見られたものを記 載した(表4)。特徴として人物では,先生を含めた指導者が 最も多く,次に先輩の回答が多かった。また,内容としては,
プレーやミスに関する回答が多く確認された。
表 4.状況とパフォーマンス内容
Ⅳ.考察
他者の存在に関して,パフォーマンスの崩れた程度が多い 多群では,神経症傾向とFNEで有意に,公的自意識では有意 傾向で得点が高いことが確認された。神経症傾向は,先行研 究においても “あがり” と関係のある性格特性であることが示 されている。清水ほか(2008)は,神経症傾向が一貫して対 人不安に関連する測定尺度と正の相関があることを報告して おり,Mesagno et al.(2012)は,FNEのように否定的な評価 に対する懸念も “あがりやすい” 性格特性であることを示して いる。本研究は,これらの研究を支持するものであった。し かし,スポーツ場面においてFNEを用いた先行研究の数は少 なく,さらに検討を行う余地があると言える。公的自意識は 有意傾向にとどまったものの,いずれも “あがり” と関係のあ る性格特性が示されたことから,練習時の他者の存在が “あ がり” を生じさせ,パフォーマンスに影響を及ぼしている可 能性が示された。
心理状態に関して,パフォーマンスの崩れた程度が少ない 少群では,比較的活気にあふれイキイキとしているエリアに プロットされたものの,パフォーマンスの崩れた程度が多い 多群では,イライラしピリピリとした “あがり” エリアにプ ロットされた(図1)。覚醒度の得点には差が見られなかった が,覚醒状態にはポジティブな心理状態である「エネルギー 覚醒」と,ネガティブな心理状態である「緊張覚醒」(坂入ほか,
2003)があることから,同じ覚醒水準であっても,快適度の 観点からは全く異なる心理状態であったことが考えられる。
また,指導者との関係性に違いが見られたことや,具体的 な状況に関する記述として,先生や指導者の記述が多く確認 されたことから,パフォーマンスに影響を与える他者の存在 として,指導者の存在が挙げられる。指導者の存在に対して,
神経症傾向が高いもしくは競技能力に自信の持てない選手は,
不安や否定的な評価に対する恐怖心を持ちやすく,他者から 見られる自分自身に意識が向くことで,パフォーマンスや心 理状態の悪化が生じた可能性が考えられる。そこで指導者の 役割として,選手にとって脅威と感じることなく挑戦的な練
習を行える環境を作ることも求められる。一方で,実践的な 試合場面を想定した場合は,練習で “あがり” が生じ,パ フォーマンスが低下すること自体は悪いことではないとも考 えられる。ただし,その際にプレッシャーやストレスが過度 にならないように,各選手の性格特性や心理状態の変動につ いて随時,把握し慎重に対応することが求められる。また,
運動・スポーツの在り方や指導について見直される時代の中 で,時代の流れに沿った「正しい」関わり方や指導が必要と なる。トップダウン型からボトムアップ型への方法論へのパ ラダイムシフトが生じ(坂入・雨宮,2017),個人特性や環境 要因に応じた指導の実施が求められることから,個々の選手 の性格特性を理解した指導が今後,さらに重要になることが 考えられる。
Ⅴ.結論
バスケットボール選手における練習時のパフォーマンスに 対して他者の存在が及ぼす影響について検討を行った。その 結果,練習場面における同等な他者の存在であっても,個人 によって捉え方が異なり,性格特性の違いがパフォーマンス に対して促進もしくは妨害する要因となることが示された。
また,その際に心理状態の活性度,安定度及び快適度の低下 が見られたことから,パフォーマンスの崩れが見られる選手 においては,“あがり” が生じていることが考えられる。特に,
影響力のある他者の存在として指導者が挙げられ,指導の在 り方や指導方法について見直すことで,合理的かつ効率的・
効果的な指導へと繋がることが期待される。
Ⅵ.参考文献
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