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翻訳授業における学外連携プロジェクト―効果的な実践と運営

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翻訳授業における学外連携プロジェクト―効果的な実践と運営

光藤 京子

はじめに 1. 研究背景

2. プロジェクトの概要 2.1 内容と参加者 2.2 作業の流れ

3. アンケート調査と結果 4. 考察

結び―今後の課題

はじめに

昨今、世界の経済状況や若者の就業形態の変化に応じ、学生が社会に出て即戦力として活躍 できるように、大学や大学院が独自に設計したキャリア教育や職業教育に注目が集まっている。

産学官連携、大学間連携などの学外連携プロジェクトも、そのような目的に貢献する1つの手 段として奨励され、推進されている。東京外国語大学国際コミュニケーション・通訳コース(以 下、通訳コース)が開講する「翻訳実務」では、2012年前期に2つの学外連携プロジェクトを 実施した。その1つは世界的なNGO「国境なき医師団」の日本事務局 が2012年冬に出版予 定の翻訳書籍1)への協力、もう1つは東京外国語大学と大学間交流関係にある東京藝術大学が 2012 年の秋に開催した「藝大アーツ・イン・東京丸の内」2)において配布されたパンフレット の翻訳である。

本稿は、目的も対象も異なる2つのプロジェクトにおいて、どのようなコンセプトのもとに プロジェクトを実施し、どのような作業プロセスを経てプロジェクトを運営していったか、そ の過程について報告する。更に翻訳の実務教育の視点から、これらのプロジェクトが学生に対 してどのような影響や教育的効果をもたらしたのか、プロジェクトの運営に負の影響を及ぼす 要因があるとしたらどのようなものだったのかについて、プロジェクト終了後に実施した学生 へのアンケート調査の結果をもとに検証していく。最後に、本稿は将来の大学および大学院の 翻訳教育、特に実務を重視した翻訳授業における学外連携プロジェクトのあり方や前提となる

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条件について、いくつかの提案を試みる。

1. 研究背景

東京外国語大学国際コミュニケーション・通訳コースが開講している「翻訳実務(英語名は

Translation Practicum)」の目的は、社会に出る前の学生たちに実践的な翻訳スキルを身につけ

させ、翻訳や翻訳という職業についての幅広い知識や考え方を学ばせることである。具体的に は、実務経験のある教師のもとで学生は異なる教材を翻訳したり、翻訳の多様なテーマについ て頻繁なディスカッションを行い、翻訳のあるべき姿や評価の方法について学ぶ。一方、学外 連携プロジェクトや授業内プロジェクトに関わる機会も与えられており、そこではチームワー クの大切さや効率的なプロジェクトの運営、問題解決能力などを身につけることができる。後 者は、市場のニーズに合う翻訳者養成の見地からも本授業では重視している。2012年前期に行 われた2つの学外連携プロジェクトは、それらの目標を極めて現実に近い形で実施・運営する ことを可能にした。

武田・ラッセル(2012)は、「翻訳者養成の目的を『翻訳者コンピタンス(translator

competence)』の涵養とする視点に基づき、これまでに提案された翻訳者コンピタンスを集約

するもの」として、ヨーロッパのEMT(European Master’s in Translation)が提案する翻訳者 コンピタンスを紹介している。また、EMT の提案を取り上げる理由として「機械翻訳、翻訳 支援ツール、ボランティア翻訳などの進展で翻訳・翻訳者環境に『革命』が進行中(Pym 2012)

とされる状況を反映した『現代的な』提案となっている」とも述べている(武田・ラッセル 2012)。 それらの翻訳者コンピタンスとは大きく分けて、「翻訳サービス提供能力」「言語能力」「異文化 間能力」「情報検索能力」「特定分野調査能力」「技術的(ツール活用)能力」(EMT 2009、武 田・ラッセル訳 2012)の6分野からなり、現代のプロ翻訳者に求められる資質をほぼ網羅し ている。もちろんこれらの能力の育成は時間がかかり、1 つの授業内で完結する性格のもので はない。しかしながら、本稿で取り上げる学外連携プロジェクトにはEMTが提唱するコンピ タンスを必要とする作業が多く含まれており、翻訳実務教育の目的の1つに翻訳者コンピタン スの涵養が含まれるとするならば、学外連携プロジェクトの実施にはそれなりの意味があるこ とを示唆している。本稿で取り上げる学外連携プロジェクトには、2つのキーワードがある。「学 外連携」と「共同作業」である。

授業内で実施可能なプロジェクトの中でも「学外連携」を伴うプロジェクトは、Kiraly(2000)

が翻訳教育の中で特に強調する“authenticity”(本物であること)を満足する条件を揃えている。

「理想的には、プロジェクトとは顧客より本物の仕事として依頼され、厳格な納期、実在の読 者や読者層、顧客からの用語集やテーマに関する資料などの提供(または不提供)、表記的な制

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約や特定の品質への要求、などの諸状況が完全に整った中で行われるべきであろう」(Kiraly 2000: 60 筆者要訳)ということを前提に考えると、学外連携プロジェクトは、授業内で行われ る仮想的なプロジェクトと比べ、より“authenticity”が高いと言える要素を備えている。

もう1つのキーワード「共同作業」は、複数の学生が共同で検索・リサーチ、グロサリー(用 語集)の作成、翻訳作業、ピア・フィードバック・修正、校正・編集、プロジェクトの管理、

ITツールの活用などに携わることを指す。プロジェクトの遂行に必要な様々な作業において協 力し助け合い、そこから能動的に何かを学びとることによって、学生が将来職業についたとき に必要となる社会性や適応能力を身につけられる可能性が高い。具体的には、役割分担制で業 務を遂行することによって生まれる連帯的な責任感、ともに業務に携わる仲間とのコミュニケ ーションを通じて培われるコミュニケーション能力、プロジェクトの過程で発生する問題やス トレスに対する解決能力や柔軟な対応能力などが培われる。そのような意味で、共同作業は将 来学生が社会に出て直面する「限りなく、不確実な様々な状況」(Kiraly 2000: 37)にも対応 できる能力を育む貴重な機会である。

最後に、学外連携プロジェクトで求められる特定の品質と、授業時間内で完結しなければい けないという極めて大きな時間的制約を考慮すると、効率性の面からもプロジェクト・マネジ メントの基礎知識の導入や翻訳メモリーや校正支援ソフトなどのITツールの利用が、将来的な 課題として浮かび上がってくる。本稿で取り上げた2つのプロジェクトでも、正確さや効率性 向上の面で、作業の流れの効率化やITツールの活用が度々話題となった。将来的には、現代の 翻訳業界が求める人材やコンピタンスを考えるにあたり、翻訳実務授業へのそれらの導入は検 討の余地がある。

2. プロジェクトの概要 2.1 内容と参加者

次に、2つのプロジェクトの概要を述べる。前述したように、プロジェクトの1つは世界的 なNGOとして有名な「国境なき医師団(Médecins Sans Frontières, MSF)」の日本事務局が学 内の教員を通じて通訳コースに依頼してきた出版翻訳への協力である。MSF日本(以下、本稿 ではMSFと呼ぶ)が2012年冬に日本語版の出版を予定している英語書籍3)の1章分の翻訳を 翻訳実務の受講者が担当することになった。翻訳する原文の量は約8,000ワード、作業期間は4 月下旬から5月末までの1カ月超という、やや厳しいスケジュールの中で行われた。

2 つ目のプロジェクトは、東京外国語大学と交流関係にある東京藝術大学(以下、藝大)が 10月末から11月上旬にかけて開催した「藝大アーツ・イン・東京丸の内」というイベントで 使用するパンフレットの英訳である。本プロジェクトは、2011年に行われた連携プロジェクト

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を引き継ぐ形で本年度も実施された。6月上旬に授業内で本格的にスタートし、7月最後の授業 で一端終了。その後夏休みを挟み、9月に教師と一部の学生の間で最終校正作業が行われた。

両プロジェクトの参加者は、聴講生も含め翻訳実務クラス受講者14名である。通訳コース8 名、それ以外のコースから5名、日研生4) 1名からなり、学年では大学院1年生が12名、学部 4年生が1名、留学生が1名である。国籍は日本人が12名、中国人が1名、シンガポール人が 1 名であった。本授業を受ける前の翻訳経験に関しては、何らかの形の翻訳授業を半年以上受 けたことのある者が10名(学部8名、そのうち大学院でも翻訳授業を受けたことのある者が2 名。語学学校・専門学校が2名)、まったく翻訳授業を受けたことがない者が4名であった。一 方、アルバイト・インターンも含む社会での翻訳経験に関しては、1年未満が5名、1年から2 年が2名、2年以上が1名、そのような体験の全くない者が6名だった。全体的には、ほぼ全 員が何らかの形で翻訳授業(またはそれに極めて近い授業)を受講したり、社会で翻訳作業に 携わった経験がある。

2.2 作業の流れ

2つのプロジェクトについては、便宜上、これよりMSFへの協力プロジェクトをProject A、

藝大との連携プロジェクトをProject Bと呼ぶ。表1はProject Aの作業の流れとその内容を示 している。

表1: 作業の流れと内容(Project A)

導入授業 実習(Phase 1) 実習(Phase 2) 完成 全体ブリーフィング 1 次訳作成(個人) グループの再編成 最終調整 原稿配布 ピア・フィードバック 1 つのファイルに統一 依頼主へ提出 グループ゚分けと原稿の分担 2 次訳作成(個人) ST とTT の対応チェック

正副リーダーの選出 教師から個人へのフィードバック 表現やスタイルの統一 グロサリー作成・リサーチ方法・ 3 次訳作成(個人) 用語のチェック・統一 ST の分析・TT のスタイル確認 依頼主が来校(レクチャー&質疑応答) 校正・編集 表記法など 4 次訳(グループ統一訳)作成 最終稿作成

Project Aでは、短い導入授業期間の中で表1(左端)のような作業が行われた。ST(原文)

に関しては、最初のパラグラフを全員が訳し、その特徴をみなで話し合い、文体やスタイルの 統一を確認した。その後、ただちに翻訳(実習Phase 1)に入り、校正・仕上げ(実習Phase 2)

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へと作業が続いた。この過程には、2段階のグループ分けによる作業、ピア・フィードバック、

依頼主による来校・レクチャー、グロサリーの作成が含まれている。

グループ作業では、14名の学生がまず3グループに分かれ、それぞれのグループをリードし 教員との連絡に携わる正副リーダーが2人ずつ選出された。正副リーダーの選出に当たっては、

1 年以上翻訳授業を受けたことのある者、または社会で翻訳作業に携わったことのある者とい う条件を教員が与えた。6 人の学生たちが自主的に正副リーダーになり、グループ作業をまと めたり、教員への橋渡し的役割を果たした。

次に、全体の翻訳がほぼ完成した頃、最初のグループを解体し、新たな3グループを編成し た。それら3つとは、ST(原文)・TT(訳文)間の対応・訳抜けのチェック、表現・語彙の適 切性のチェック、文章の一貫性のチェックなどを行い、修正する「表現班」、固有名詞、専門用 語、引用元などのチェックとグロサリーの作成に携わる「用語班」、表記の統一や校正・編集を 行う「編集班」である。「表現班」には正副リーダーの6名を当てた(その後1名が用語班に移 り、入れ替わりに用語班の1名が表現班に加わった)。正副リーダーたちを表現班に指名した主 な理由は、グループの翻訳担当範囲において常に責任のある立場にいるため、他のメンバーよ りも俯瞰的に内容を把握しているであろうと考えられたこと、また過去に翻訳授業の受講歴や 社会での翻訳経験を持っていることを正副リーダーの条件としたため、訳文の全体的なチェッ クや統一・修正に適していると教師が判断したからである。その他、用語班には5名、編集班 には3名が自主的にそれぞれの役割についた。

授業内、授業外時間には、電子メールを使って学生間で繰り返しピア・フィードバックと修 正が行われた。教師のフィードバックは全員に対して1回行われたほか、授業外の時間に表現 班全員と用語班の一部のメンバーを集めて、全体的なフィードバックを行っている。

プロジェクトの途中で、連携先のMSF日本事務局からプロジェクト責任者1名とスタッ フ1名が来校した。組織の歴史的成り立ちや使命、世界的な活動について、パワポ資料やパン フレットを使うレクチャーが行われた。レクチャーの最後には、翻訳途中の原稿に関する質疑 応答が行われ、学生たちは疑問に思っていた箇所についての説明を受けた。

グロサリーの作成に関しては、MSFから提供された過去の用語集と「翻訳の手引き」(表記 法などを細かく記したもの)を出発点に、学生たちが個人からグループへ、グループから全体 へとグロサリーの量を膨らませていった。本グロサリーは最終的には300語まで膨らみ、その うちMSFから提供された用語の使用率は全体の5%だった。

次に、Project Bの作業の流れと内容を表2に示す。

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表2: 作業の流れと内容(Project B)

導入授業 実習(Phase 1) 実習(Phase 2) 完成 昨年の資料と原稿を配布 グループディスカッション・翻訳 用語チェック 最終調整 全体のブリーフィング グループ内での修正・1 次訳作成 表現の修正 依頼主へ提出 グループ゚分けと原稿の分担 教師のメールによるフィードバック ファイルへの編集

リサーチ&プレゼンテーション

グーグル・ドキュメントへアップ

→情報共有 校正・編集作業

依頼先の訪問・見学 コメント&修正をウェブ上で行う 最終稿作成

ネイティブ教師による修正提案

修正訳作成

Project Bでは、最初の導入授業においてリサーチや発表、連携先の大学への訪問などが行わ

れたことが特徴的である。本プロジェクトは時間的制約が少なかったため、実際の翻訳作業に 入る前に学生がプロジェクトの知識や背景を身につける時間的な余裕があった。リサーチと発 表では、各グループがイベントのテーマに関連する歴史的人物や背景について詳しく調べたり、

藝大で行われている仏像の修復や絵画の展示(すべてイベントに関係がある)についてリサー チを行い、グループごとにプレゼンテーションを行った。同日午後、教員と(都合により参加 できなかった3名を除く)11名の学生が藝大を訪れ、依頼主である担当教員やスタッフに会い、

イベントに関係があるピアノの練習風景、仏像や絵画の修復作業、展示会などを見学した。見 学のあとには、藝大の教員やスタッフとのお茶を囲んでの交流もあり、学生たちが依頼主のイ ベントに対する考え方を知り理解する貴重な機会となった。

その後、Project Aと同じように、翻訳(実習Phase 1)から校正・仕上げ(実習Phase 2)へ と作業が続いた。Project Aで行ったメールでの添付ファイルの交換は、煩雑で全員が情報を共 有できない、そのために作業が不効率であるというデメリットがあった。そのため、学生側よ り全体での情報の共有が可能なグーグル・ドキュメントの使用が提案された。

なお、Projet Aのようにグループのメンバーを解体せず、同じメンバーが続けてPhase2を担

当した。原稿が解説(ワード・ファイル)とプログラム(エクセル・ファイル)に分かれてい たため、3つのグループのうち2グループが解説とプログラムを担当し、残りの1グループが 全体の用語チェックとグロサリーの作成に当たった。

本プロジェクトにおいては、英訳のチェックと校正のために、他の翻訳クラスを担当する英 語ネイティブの教員から多大な協力を得た。それは品質確保の意味で大変重要であったことを

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つけ加えておく。

3. アンケート調査と結果

プロジェクトに対する学生の反応と意見を調査する目的で、7月下旬、学生14名に対してア ンケート調査を実施した。質問は4択と自由記述の両方で行った。Project Aでは、まず共同作 業のスムーズさや翻訳作業に役立つ前提として行われたグロサリー作成やピア・フィードバッ ク、依頼主(連携先)の来校・レクチャーについて、4択の質問を行った。回答結果を表3に 示す。

表3: アンケート調査結果(Project A)

a=かなりそう思う、b=そう思う、c=あまりそう思わない、d=全くそう思わない

a b c d

Q1 個人の翻訳作業はスムーズに行ったか? 0 5 8 1 Q2 グロサリー作りは翻訳作業に役立ったか? 5 8 0 1 Q3 ピア・フィードバックは翻訳作業に役立ったか? 7 6 1 0 Q4 グループ内の作業はスムーズに行ったか? 3 11 0 0 Q5 (正副リーダーへ)他のメンバーとの連絡や関係は上手く行ったか? 0 5 1 0 Q6 (正副リーダーへ)教師との連絡や関係は上手く行ったか? 2 4 0 0 Q7 (他のメンバーへ)正副リーダーとの連絡や関係は上手く行ったか? 2 6 0 0 Q8 MSF 関係者の来校とレクチャーは翻訳作業に役立ったか? 1 8 4 1 Q9 (表現班へ)作業はスムーズに行ったか? 0 0 5 1 Q10 (用語班へ)作業はスムーズに行ったか? 0 2 3 0 Q11 (編集班へ)作業はスムーズに行ったか? 2 1 0 0 Q12 どの班に属したかに関わらず、自分は班に貢献出来たと思うか? 1 10 3 0

(注)回答者は、Q5、Q6、Q9が6名、Q7が8名。Q10が5名、Q11が3名。その他の質問は全 員の14名が回答している。

表 3 に示された回答のうち、a(かなりそう思う)、b(そう思う)の比率が高い、すなわち 評価の高かったQ2とQ3に関しては、主な回答を表4に示す。

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表4: Q2とQ3に対する回答の理由 Q2 グループ内でフィードバックをする際、用語の統一に役立った。

グループ間で訳語の統一をするときに役立った。

固有名詞の訳語の確認が容易になった。

修正作業が楽だった。

Q3 複数人からフィードバックをもらうことで、様々な見解が得られた。

理解できなかった点がクリアになった。

他の訳者との整合性や表記の違いなどに気づかされた。

自分では思いつかない訳を見ることが参考になった。

自分だけでは気づかなかった点に気づくことが出来た。

表現を含まらせたり、問題点を認識し、修正することが出来た。

表4の結果から、グロサリーの作成によりグループ内での訳語の統一や確認が容易になり、

後の修正作業にも役立ったことがわかる。ピア・フィードバックに関しては、複数の学生の意 見を聞くことよって自分だけでは解決できなかった点が明らかになった、他の学生の訳を見て 自分では思いもつかなかった表現を学ぶ機会になった、他の学生の訳文との整合性のチェック にも役立った、という回答があった。

一方、スムーズに行かなかった場合の理由と改善案も書いてもらった。回答のうち、c(あま りそう思わない)、d(全くそう思わない)の比率が高い、またはやや高い項目に関しては、主 な回答を表5に示す。

表5: Q1, Q8, Q9, Q10に対する回答の理由 Q1 原文の構文が複雑でわかりにくかった。(複数が回答)

著者の論理の組み立て方や意図がよくつかめず、時間がかかった。

医療分野や背景になる歴史的知識がなく、訳すのに苦労した。

下調べができるリソースが少なかった。組織名や活動名の訳に苦労した。

Q8 組織の説明に時間が使われ、質問への回答の時間が短かった。(複数が回答)

もっと早い段階、すなわちリサーチ段階で来校して欲しかった。(複数が回答)

Q9 メンバーの意見が分かれた時、どの意見に従うべきかの基準が曖昧だった。

自分の班のことで精いっぱいで、他の班の訳まで読み込む余裕がなかった。

誤訳のチェックと言いまわしなどの表現チェックは2段階にしたほうがよかった。

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Q10 メールでのやり取りでは、指示の内容が分かりづらかった。

全体に時間がなく、忙しい感じだった。

複数がスムーズに行かなかった理由として挙げている「原文の構文が複雑でわかりにくかっ た(Q1)」に関しては、原文が歴史的背景や抽象的な概念を含み、文章が長く構文が複雑であ ったため、一部の学生にとっては自力で解釈することが難しかったことが原因である。「組織 の説明に時間が使われ、質問への回答の時間が短かった(Q8)」「もっと早い段階、すなわちリ サーチの段階で来校して欲しかった(Q8)」に関しては、その原因を「考察」で述べる。残りの Q9とQ10に関しては、全体に時間がなく、自分のことで精いっぱいだった、訳文チェックの 際、評価の基準が曖昧だった、メールでのやり取りが煩雑だった、などが挙げられている。

なお、自由記述の形でProject A全体に対する意見を聞いた。主な意見をまとめると、肯定的 な意見、改善案も含めた否定的な意見は表6・表7のようになった。

表6: 肯定的な意見(Project A)

グループで責任感を持って作業をすることが勉強になった。

役割別の班編成で作業をすることにより、翻訳の過程を系統的に学ぶことができた。

翻訳を複数で行うと、統一作業が大変だということがわかった。

グループ作業を通すことで、翻訳の精度を上げることができた。

不明瞭な点を様々な角度から検討しあうことで、自分だけでは得られない気づきを得られた。

大人数で協力するためには、1)出された指示をきちんと把握すること、2)作業に優先順位を設けること、

3)情報を上手に共有することなどが重要であることに気づいた。

受注から納品までのプロセスを現場に近い形で学ぶことができた。

複数で統一性のある訳を作る難しさを学んだ。文章のトーンやスタイルなども目的や読者などを意識し、そ れらをみなで共有する必要があるということを学んだ。

最後に本になるという完成形が見られるというのは貴重な体験である。

複数人で翻訳するのがいかに難しいかがわかった。(複数が回答)

ピア・レビューの大切さがわかった。

表7: 改善案も含む否定的な意見(Project A)

時間がなく、班内で訳をすり合わせる時間がなかった。

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他のメンバーの箇所まで読むことができず、訳出のスタイルや訳語の統一に悪い影響があった。

他の班との連携がプロジェクトの中盤になるまで行えず、訳語、用語、フォントなどのフォーマットの統一が遅れた。

リーダー・副リーダーに仕事が偏ってしまった。(複数が回答)

役割や責任が偏っていた。全員に役割を振り分けたほうがよかった。

受講生の翻訳経験や実務経験に差があるので、経験差を考慮してグループ、班分けをしたほうがよかった。

全体の手順、計画が決まっておらず、班内のフィードバックなども効率よく行えなかった。

ファイル数が多過ぎて辟易した。

班内で合意したことが他の班と整合性がとれないことがあった。

授業外の作業が多く発生した。

翻訳の基礎技術を学んでから取り組みたかった。

表6の回答では、グループでの共同作業で責任感を持って取り組むことの大切さを理解でき た、翻訳作業を系統的に学ぶことができた、グループ内での指示の出し方、受け方の難しさを 学んだ、複数の翻訳者で1つの作品を仕上げることの難しさを痛感した(複数が回答)、完成 品が将来形になる(製品化する)ことでモチベーションが上がった、などの意見が挙げられた。

一方、表7では、全体の作業時間が短かく、他のグループの学生の訳文を読んだり、グルー プ内で訳をすり合わせる時間がなかった、正副リーダーに仕事が偏った、グループ分けの状態 が長く続いたため、全体での統一が遅れて修正作業に支障をきたした、ファイル管理が難しか った、などが挙がっている。

同じように、Project Bのアンケート調査の結果を表8に示す。本プロジェクトに関しては、

共同作業のスムーズさに加え、翻訳作業に役立つ前提で行われた事前リサーチや発表、連携先 への訪問、グーグル・ドキュメントの使用などについて、4択の質問で回答してもらった。

表8: アンケート調査結果(Project B)

a=かなりそう思う、b=そう思う、c=あまりそう思わない、d=全くそう思わない

a b c d

Q13 事前のリサーチと発表は翻訳作業に役立ったか? 4 8 1 1 Q14 藝大への訪問見学は翻訳作業に役立ったか? 7 3 1 0 Q15 グループ内での作業はスムーズに行ったか? 2 12 0 0 Q16 グーグル・ドキュメントの使用は翻訳作業に役立ったか? 9 4 0 0 Q17 役割分担後の班の作業はスムーズに行ったか? 0 14 0 0

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Q18 どの班に属したかに関わらず、自分は班に貢献できたと思うか? 1 10 3 0

(注)全質問に対して回答者は14名だが、Q14に関しては見学に参加しなかった3名が無回 答。Q16に関しては1名が無回答だった。

Project Bでは、質問の内容が違うものの、全体的に肯定的な意見が多かった。比較的時間に

余裕があり、Project Aでの反省点を教師も学生も生かせたことが理由にあると推測している。

Project Bにおいて特に評価が高かったQ13、Q14、Q16に関しては、理由として次のものが挙

がっている(表9)。

表9: Q13, Q14, Q16に対する回答の理由 Q13 担当部分をリサーチすることで、原文や内容に対する理解が深まった。

他の班の発表を見て、自分の担当以外の箇所の知識も得られた。

発表と訪問が同じ日に行われたことで、理解が深まった。

テーマとなっている人物が藝大とどのような関係にあるのかよく理解できた。

Q14 藝大を実際に見学し、学生の取り組む姿を目の当たりにしたことで、プロジェクトへのモチベーション が上がり、プロジェクトへのやる気が増した。

イベントの意図や目的などを念頭に置きながら作業できた。

藝大の担当者と会い、親近感が湧いた。

藝大では、プログラムとも関係するコンサートや様々なアートを見学することができたが、それにより 具体的なイメージを掴むことができた。

Q16 グループ内で作業する際、意見を反映しやすく、修正も容易だった。

変更やコメントの管理が一括してできた。リーダーが楽。

メールでのやりとりが少なくなり、効率的になった。

情報が共有でき、複数メンバーで同時進行できた。

全員が最新のファイルに自由にアクセスできて便利だった。

表9の結果からも明らかなように、複数の学生が事前リサーチは背景知識を得るために重要 であった、藝大への見学もプロジェクトの理解を深めるために役立ったと回答している。グー グル・ドキュメントの使用については、結果として情報の共有、ファイルの一括管理、コメン トのやり取りや修正が容易になったことが挙げられている。Project Aで苦労した効率性の面に おいて、Project Bでは改善があったことが伺える。

なお、Q16に関しては肯定的な意見ばかりではなく、自由記述欄には「グーグル・ドキュメ

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ントの機能に慣れていないために時間のロスがあった」という回答が何人かの学生から寄せら れた。具体的には、ファイルのインポート、コメントのつけ方、ブラウザの互換性などに慣れ ていないと操作に手間取るといったことである。インターネット・エクスプローラーでグーグ ル・ドキュメントを開くと動作がよく停止するが、クロムで開けるとそのようなことがないな ど、どのような使い方をしたら上手くツールを使いこなせるかについて学生間で話し合ってい たことが自由記述への回答から明らかになった。

Project Aと同様、自由記述でProject Bへの全体的な意見を聞いた。主な意見をまとめると、

肯定的な意見、改善案も含めた否定的な意見は表10・表11のようになった。

表10: 肯定的な意見(Project B)

メンバーに英語ネイティブがいたので、色々と意見を聞けてよかった。

プログラムを訳すのは意外に難しいことがわかった。タイトルなど短いから余計難しい。

MSF とまったくタイプの違う翻訳に携わることができてよかった。

グーグル・ドキュメントの使用を通じ、IT 技術の有用性を学んだ。

読み手への印象など考え、スタイル・分量などを考えながら訳すことが勉強になった。

リサーチが早い段階で行われたこと、その後翻訳するなど作業手順がオーガナイズされていた。

二人の教師のコメントを聞き、改善することができた。

リサーチの時間が MSF より多くあり、藝大の見学を通じてイメージをつかむことができて、やりやすかった。

MSF に比べると、作業の振り分けや進み具合が理解しやすかった。

教師から、プロの翻訳技術やネイティブチェックを実際に見せられて勉強になった。

イベント参加者の名前や肩書は正確に訳すためには、リサーチやクライアントへの問い合わせが重要なこと を学んだ。

MSF が論文調であるのに対し、パンフレットの英訳は簡潔で魅力的な表現にするなど、よい勉強になった。

訳文の用途によってスタイルやトーンを変えることは講義では教わっていたが、本番となると難しいことを学 んだ。

翻訳作業を始める前には背景知識を得るための時間を取ることができた。

クラスの前で発表したことで、リサーチに対する意識も高まった。

藝大へ行って実際の演奏風景や制作風景を見たことによってモチベーションが上がった。

グーグル・ドキュメントで情報を共有できたことがよかった。

全体に量が少なかったので、じっくり取り組めてよかった。

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表11: 改善案も含む否定的な意見(Project B)

学生の数に対して翻訳する分量が少なく不満だった。

前年からの流用・参照が多いので、表現やグロサリーを保存し、新規テキストが出てきた場合は過去のデー タと照合して類似率を表示してくれるデータベース(翻訳メモリ)などを使うとより効率的になると思った。

日付やスペースの入れ方などのフォーマットを最初に確認できたほうがよかった。

両方のプロジェクトに参加できたことはよかったが、授業のほとんどがプロジェクトに使われてしまったので、

1 学期に 1 つでよいのではないかと思った。

テキストを使った講義やディスカッションの時間がもっとあってもよかった。

グーグル・ドキュメントの使用は新しい試みで活用すれば効率的に行えそうだが、やはり最終的には顔を合 わせて意見の統一を図ることが重要だと思った。

役割別の作業は、表現を決める決定権は誰にあるかがはっきりしなかった。いつまで各自が修正できるの か、いつから権限が誰かに委譲されるのかなどを決めておけばよかった。

修正提案やチェックなどを入れる際の基準がわからなかった。

訳出に際して、グループを横断してディスカッションをする機会がもう少し欲しかった。

グーグル・ドキュメントの活用はよかったが、ファイルが多数混在し、修正する際どのファイルを修正すべき かなど混乱した。

不要になったファイルは削除するなどの工夫が必要。

表10では、Project Aとは違うタイプのテキストを翻訳することで学びがあった、作業前の リサーチや見学が後の翻訳作業に役立った、経験のある教師(担当教師と英語ネイティブの教 師)のフィードバックが勉強になった、グーグル・ドキュメントで情報を共有でき、ITツール の大切さを学んだ、などが挙がっている。

一方、表11では、日付やスペースの入れ方についての表記法の確認を最初にして欲しかった、

グーグル・ドキュメントは情報共有に便利だが、顔をつき合わせてディスカッションすること も大切だと思った、たとえグーグル・ドキュメントを使ってもファイルが多く混在し、管理が 大変だった、グループを横断するディスカッションがもっとあればよかった、などが主な意見 として挙がっている。

4. 考察

アンケートの調査結果からも、現実の依頼主や納期が存在する中で、学生はモチベーション を高めながら最善を尽くし、責任を全うすることによってある意味での達成感を感じたことが 伺える。グループに分かれて行った共同作業においては、効率的な作業の進め方、協力の仕方

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について、自ら発見し工夫していったことが回答に表われている。そのような観点に立つと、

学外連携プロジェクトの本授業への導入には、それなりの意義と教育的効果があったのではな いかと推測できる。両プロジェクトの試行中、いくつかの工夫やアプローチが試されたが、そ れらを大きく分けて、a) 連携先(依頼主)との関係、b) グロサリーの作成、c) ピア・フィー ドバック、d) 共同作業と役割分担、e) ITツールの活用の5つに絞り、それぞれの成果と反省 点をまとめてみた。

a) 連携先(依頼主)との関係

学外連携プロジェクトのスムーズな遂行のためには、連携先(依頼主)との密なコミュニケ ーション、および連携先(依頼主)のプロジェクトへの協力や理解が重要であるという2点が、

プロジェクトに学生とともに参加して痛感したことである。連携先である依頼主は、単に翻訳 する材料を学生に提供するだけではなく、テーマに関連する背景知識や用語・資料の提供、来 校・レクチャー、連携先機関の見学などの機会を積極的に提供すべきであり、同じように、担 当教師もそのような機会を積極的に要請すべきである。

MSFからは、過去のグロサリーと表記法を記した「翻訳の手引き」の提供があり、プロジェ クトの導入時にかなり役立った。さらに組織の中心スタッフが来校し、組織・活動について説 明をしたり、質疑応答に応じるなどの協力を行ったことは、学生がプロジェクトに関わるコン セプトをしっかりと把握し、翻訳する原文への理解を増すことに役立った。来校の時期につい ては、翻訳作業の初期の段階に来て欲しかったという意見が多数出たが、これは MSF と教師 の間で来校の日程についての調整が遅れたことが原因である。この点に関しては、プロジェク ト開始前に担当教員が MSFと面談し、緊密な話し合いをした上で、より早い時期の来校を要 請すべきだったという反省が残っている。

藝大からは、昨年度の資料提供の他、イベントの内容に関わる藝大の授業や制作風景、展示 会などを見学し、連携先の教員やスタッフと交流する機会の提供があったが、それらが後の翻 訳作業に役立ったことはアンケートの回答からも明らかである。このような機会は藝大側から の提案によって実現したが、昨年度からの継続プロジェクトであるため、連携先のプロジェク トへの理解が深かったことが一因としてある。非継続的で単発的なプロジェクトと比較すると、

継続的なプロジェクトは、前年の反省を生かし、次の年にはより充実したプロジェクトへと改 善できる可能性が高い。

b) グロサリーの作成

共同作業中心のプロジェクトでは、グロサリーの作成とプロジェクト構成員の間でグロサリ

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ーを共有することが重要である。Project Aでは、全体に時間がなかったこと、グループ分けが 2 段階に及びプロセスが複雑化したこと、情報の共有がメールや添付ファイルで行われたなど が原因となり、スムーズな用語の共有ができず、全体的な修正・統一作業に支障が生じた。

Project Bでは、昨年の資料から共通用語や表現を抽出し、今年のものに加えて行った点では効

率的であったが、最終校正の段階では多くの確認ミスが発見された。リソースとなるホームペ ージが改訂される可能性や1年間で起こり得る状況の変化を考えると、すべての用語に対して 新規のチェックを行うことが大切である。

また、昨年は作成しなかったグロサリーを本年度作成したことは、今後プロジェクトが継続 されることがあるとすれば、有益である。今回作成したグロサリーは、グーグル・ドキュメン ト上で共有でき、修正も可能である。将来的には、必要なときに用語を検索して翻訳作業に役 立てることができる翻訳メモリーの活用も考えられる。

c) ピア・フィードバック

自ら訳した箇所を複数の目を通してレビューすることの重要さは、多くの学生がアンケート の中で認めている。繰り返し違う相手とピア・フィードバックを行うことによって、誤訳や自 分自身の思いこみ(原文に対する思いこみ、訳文に対する思いこみの両方)に気づき、仲間の 訳文を見ることによって、表現の多様性や工夫を学ぶことができたと述べている学生が多い。

また、経験豊富な学生(特にProject Aでは通訳コースの学生や正副リーダーになった学生)が 経験の少ない学生に対して数々のアドバイスを行ったと聞いている。Kiraly が共同作業におい て経験のある翻訳者が経験のない翻訳者にアドバイスを与えることは重要である(Kiraly 2000: 8)と述べているように、翻訳経験の異なる学生間ではそのような助け合いがプロジェク トの成功の鍵となることは間違いあるまい。

一方、翻訳の評価について基準となる考え方を学ぶ点に関しては、導入授業でほとんどその 時間が確保できなかったため、経験のない学生が戸惑ったという意見もあった。これはプロジ ェクトの導入時期とも絡んで難しい問題だが、どのように考えるべきかは、「今後の課題」で述 べたい。

d) 共同作業

アンケート調査では、グループ内の共同作業に関して、いわゆる人間関係が翻訳作業に支障 をきたしたという記述はほとんど見られなかった。異なるコースの学生が集まり、年齢や国籍 も違う中、互いの弱点を補いながら助け合って作業を進めていたことが伺える。ただし、Project Aでは、特定の学生への責任範囲の偏り、指示系統の複雑さ(教師から正副リーダーへ、そこ

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から他の学生へ)、ファイル管理の煩雑さなどが問題点として挙がった。これらの点においては、

プロジェクトの全体的なスコープを担当教師がしっかりと把握し、作業期間、訳す分量、受講 者の人数、翻訳経験を含む学生の能力を踏まえて、バランスよい仕事配分や分かりやすい指示 系統を考慮する必要があった。ファイル管理については、初期段階でファイル管理に関する合 意形成を徹底したり、Project Bで活用したグーグル・ドキュメントのようなITツールを利用 したファイル共有などを考えることによって改善できる可能性が高い。

e) ITツールの活用

Project Bにおいてグーグル・ドキュメントを使用したことが、情報の共有や効率化につなが

ったことは本稿で度々触れた。このようなITツールの活用は、今後社会に出てそのようなツー ルを使う場面が多くなる学生たちのためにも、積極的に活用することが望ましい。今回の両プ ロジェクトでは、通訳コースでもう1つの実務系翻訳授業として設けられている「英語翻訳資 源の作成と再利用」の存在が助けとなった。2 つのクラスを共通して受講している学生が、機 械翻訳や翻訳支援ツールについて当授業で学んでいたからである。ITツールの利用は、それら に習熟していない教師には活用が難しいこともあるが、他クラスとの連携によって活用が容易 になる場合もある。翻訳教育においては、翻訳者コンピタンスをバランスよくカバーするよう な総合的なカリキュラムをコース内で構築できれば理想的である。

結び―今後の課題

本稿では、東京外国語大学国際コミュニケーション・通訳コースの「翻訳実務」で実際に行 った2つのプロジェクトを例に挙げ、翻訳授業における学外連携プロジェクトの効果的な実践 と運営について述べた。最後に、大学・大学院における翻訳授業に学外連携プロジェクトを導 入する際、どのようなことに気をつけるべきか、前提になる条件について3点ほど提案したい。

a) 連携先とプロジェクトの選択

連携先の選択に当たっては、必ずしも授業担当者が一方的に決められるわけではないが、前 述したように、連携先である依頼主のプロジェクトへの協力と理解については、プロジェクト 選択の前提条件として欠かすことはできない。特に強調すべきは、依頼主が翻訳という作業の 複雑さと困難さを十分に理解していること、必要に応じて協力する姿勢を示していること、の 2 点である。教師と依頼主との間でしっかりとした合意形成をプロジェクトの初期段階で図る ことは、その後のスムーズなプロジェクト遂行を進める上で大変重要である。

また、翻訳する側においては、原文やプロジェクトの全体像、納期や提供される資料などの

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諸条件について、教師が(またはコース内で)事前に十分な時間をかけて吟味・検討を行うこ とが大切である。具体的には、原文のレベルが言語と翻訳スキルの両面において学生の能力に 適しているかどうか、プロジェクトの遂行が限られた授業時間内、または無理のない授業外作 業時間内で可能であるかどうか、プロジェクトに関わることにより、学生が翻訳スキルを含む 翻訳コンピタンスを培い、チームワークその他において社会性や人間的側面での成長を期待す ることができるかどうか、背景をリサーチし関連する知識を得ることにより、学外で起ってい る様々な事象や社会問題に関心を高めることができるかどうか、などを総合的に考慮した上で プロジェクトの選定を行うことが望ましい。

b) 導入時期の検討

連携先の事情により、作業の開始時期・納期などを、通常の授業カリキュラムに合わせるこ とがかなり難しいことは、本稿の2つのプロジェクトの結果からも明らかである。単発のプロ ジェクトの場合、事前にシラバスに書くことができないというデメリットもある。

また、翻訳作業に携わる学生が翻訳の知識やスキルに習熟していない場合、また共同で行う 翻訳プロジェクトへ関わった経験がない場合、学生がプロジェクトを通じて学ぶことには限界 がある。その点において、翻訳の基礎知識やプロジェクト型の翻訳作業について進め方を教え るための導入授業をプロジェクト開始以前の時期に持つことは重要であろう。コースが半期で あれば最低4~6週間、全年であれば前期を導入授業、後期をプロジェクトに当てるなどの工夫 が必要である。

c) 市場のニーズへの対応

現代の翻訳市場の動きは早く、以前と比べ扱われる翻訳の量も格段に増えている。機械翻訳、

翻訳支援ツール、その他のテクノロジーを使いこなせる翻訳者の需要が今後増すことは誰の目 にも明らかである。また中規模以上の翻訳会社では、複数の翻訳者・校正者が1つの仕事に関 わるため、プロジェクト・マネジメントの導入なくしてスムーズなプロジェクトの遂行は行え ない。それらを鑑みると、将来の大学・大学院レベルの実務教育においては、市場へ対応でき るような授業やカリキュラムの導入―例えば、テクノロジーやプロジェクト・マネジメントの 要素を取り入れた授業、同じ翻訳教育でも異なる目的を持つ授業間の連携、翻訳者コンピタン スを体験的に学ぶことを可能にする学外連携プロジェクトや授業内プロジェクトの導入―を積 極的に考えていくことが望まれる。

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1) 書籍名は、『人道的交渉 国境なき医師団の葛藤と選択』「国境なき医師団」の日本事務局がMSF日本創設 20周年を記念して、2012年冬に出版予定。

2) 本イベントは、東京藝術大学により「丸の内からアートを発信する」というテーマで20121030日よ 114日まで東京丸の内で開催された。東京外国語大学は2012年、特別協賛という形で協力している。

3) 原著名は、Humanitarian Negotiations Revealed—The MSF Experience(2011) 4) 日本文化研究留学生の略。

参考文献

Babych, B., Hartley, A., Kageura, K., Thomas, M., Utiyama, M. 2012

“Scaffolding, capturing and preserving interactions in educating for collaborative translation” Proceedings 2012 International Conference: The Making of a Translator. Taiwan Normal University, Taipei, Taiwan, 28-29 April

EMT expert group 2009

“Competences for professional translators, experts in multilingual and multimedia communication”

http://ec.europa.eu/dgs/translation/programmes/emt/key_documents/emt_competences_translators_en.pdf.

実践的ソフトウェア教育コンソーシアム 2007

『教育デザイン入門―大学教育とFDプログラム』オーム社 Kiraly, D. 2000

A socialconstructivist approach to translator education: empowerment from theory to practice. Manchester: St.

Jerome.

内藤稔 2009

「通訳実務能力涵養に向けた実習指導方法の考察」『東京外国語大学論集』第78号 pp. 107-122 小原重信(編)2003

『P2Mプロジェクト&マネジメント』PHP研究所

Samuelsson-Brown, Geoffrey. 2006

Managing Translation Services. Clevedon, Buffalo and Toronto, Multilingual Matters Ltd.

武田珂代子・ラッセル秀子 2012

「修士論文としての翻訳:その意義と方法」『翻訳研究への招待』8号 http://honyakukenkyu.sakura.ne.jp/shotai_vol8/02_vol8-Takeda_Russel.pdf.

Tomono, M. 2012

“Five Years of Instructing the Graduation Project (GP) in translation and interpreting at OJU” 『大阪女学院大 学紀要』8号 pp. 123-141

鶴田知佳子・内藤稔 2010

「通訳者養成における実習指導の在り方」『東京外国語大学論集』第80号 pp. 365-375 鶴田知佳子 2011

「通訳教育を通じた社会人基礎力の養成」『東京外国語大学論集』第83号 pp. 277-287

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External Collaboraton Projects in Translation Practicum:

Effective Implementation and Management

MITSUFUJI Kyoko

External collaboration projects, in which a university collaborates in various ways with a private company, a government organization, or another university, provide students with the opportunity to have a close-to-real-life working experience even in a classroom setting. In translation projects in particular, students can act as translator, reviser, terminologist, or they can perform all of these roles. Moreover, they can do this in authentic situations where they have a real client and a rigid delivery schedule to meet.

This paper introduces the two external collaboration projects that were conducted in Translation Practicum (which is currently offered by the International Communication and Interpreting Course at Tokyo University of Foreign Studies) in the first semester of 2012, and examines the pedagogical significance of various steps and approaches taken by the instructor in order to successfully implement and manage those projects to the point of completion.

One of those collaborations was with MSF Japan (the Japan office of the rennowned NGO, Médicins Sans Frontières), in which students took part in translating from English into Japanese a chapter of a book which MSF Japan was planning to publish in the winter of 2012. The other was the translation of a pamphlet from Japanese into English for an arts event that was held by Tokyo University of the Arts in October and November, 2012 at Marunouchi, Tokyo.

First, the author briefly outlines the two projects, then presents their workflows and details that describe how those projects were implemented and managed. She then introduces student feedback on the projects in the form of a survey using a questionnaire which was conducted at the end of semester. Finally, the author reflects on the entire process of the two projects, and suggests solutions to the problems which may arise in implementing and managing external collaboration projects in a translation class in the future.

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表 2:  作業の流れと内容(Project B)  導入授業  実習(Phase 1)  実習(Phase 2)  完成  昨年の資料と原稿を配布 グループディスカッション・翻訳 用語チェック  最終調整 全体のブリーフィング  グループ内での修正・1 次訳作成 表現の修正  依頼主へ提出  グループ゚分けと原稿の分担  教師のメールによるフィードバック  ファイルへの編集     リサーチ&プレゼンテーション グーグル・ドキュメントへアップ  →情報共有  校正・編集作業     依頼先の訪問・見学
表 4: Q2 と Q3 に対する回答の理由  Q2  グループ内でフィードバックをする際、用語の統一に役立った。      グループ間で訳語の統一をするときに役立った。      固有名詞の訳語の確認が容易になった。      修正作業が楽だった。  Q3  複数人からフィードバックをもらうことで、様々な見解が得られた。      理解できなかった点がクリアになった。      他の訳者との整合性や表記の違いなどに気づかされた。      自分では思いつかない訳を見ることが参考になった。      自分だ

参照

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