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丹 野 勲 原 田 仁 文

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Academic year: 2021

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研究論文

「ベ トナ ム の 人 的 資 源 を 取 り巻 くマ ク ロ 環 境 」

一 経 済 ・人 口 ・貧 困 ・教 育 ・雇 用 を 中 心 と して 一

丹 野 勲 原 田 仁 文

第1節 ベ トナ ム の 経 済 一 ドイ モ イ 政 策 を 中 心 と し て (1)社 会 主 義 体 制 に お け る ドイ モ イ 政 策 以 前 の 背 景

ベ トナ ム 共 産 党 は 、1986年12月15日 よ り18日 ま で の3日 間 に わ た り、

第6回 ベ トナ ム 共 産 党 大 会 を 開 い た 。 そ の 共 産 党 大 会 で は 、 ドイ モ イ 政 策 を 議 決 し、

ベ トナ ム の 政 治 ・経 済 ・社 会 お よび 対 外 関 係 な ど多 方 面 に影 響 を 与 え た 。 簡 潔 に言 う と、 中 央 集 権 的 計 画 経 済 体 制 か ら市 場 経 済 体 制 へ の 移 行 政 策 を 決 定 した の で あ る。

ドイ モ イ(DoiM。i:刷 新)政 策 に お け る人 的 資 源 に 対 す る 成 果 を概 観 す る 前 に 、 そ の バ ッ ク グ ラ ウ ン ドか ら見 る必 要 が あ る。

周 知 の 通 り 、 ベ トナ ム 戦 争 は 、1975年4月30日 に 終 わ っ た 。 そ の 後 、 1976年4月25日 、 ベ トナ ム 南 北 統 一 総 選 挙 が 行 わ れ 、 新 しい 国 会 議 員 が 選 ば れ た 。 そ の 後 、 ベ トナ ム 統 一 国 会 を 開 い て 、 ベ トナ ム 社 会 主 義 共 和 国 の 成 立 を採 択 した 。 結 果 と して 、 社 会 主 義 体 制 のベ トナ ム 民 主 共 和 国 で あ る 旧北 ベ トナ ム が 、 資 本 主 義 体 制 の ベ トナ ム 共 和 国 で あ る 旧 南 ベ トナ ム を 支 配 ・統 合 した の で あ る。 そ の 歴 史 的 事 実 を 見 て み る と、 次 の 通 りで あ る。

ベ トナ ム戦 争 終 結 後 、 北 ベ トナ ム 軍 は 、 サ イ ゴ ン(現 ホ ー チ ミン 市)に 軍 事 管 理 委 員 会 を設 け た 。 南 ベ トナ ム 臨 時 革 命 政 府 を 通 して 出 され た 政 策 に は 、1975年

8月28日 、 民 間 銀 行 ・信 用 機 関 の 営 業 停 止 、9.月11日 に は 、 市 場 混 乱 を避 け る た め に14項 目を 発 表 し、 南 部 に お け る 資 本 家 の 廃 絶 を 断 行 した 。 そ して 、 同 月

22日 、 通 貨 改 革 と して 、 前 政 権 の 通 貨 を 廃 止 して 新 通 貨 を発 行 し、 旧通 貨 との 交 換 を 実 施 した 。 この14項 目政 策 の 中 で 興 味 深 い こ と は 、 第9項 か ら11項 に お い て 、 反 革 命 勢 力 の 分 子 と して 市 場 に お け る独 占 的 経 営 者 を 定 義 して い る。 ま た 、 彼 らを 投 獄 して 、 そ の 財 産 を 没 収 す る と して い る 。 前 政 権 に お け る資 本 家 を 撲 滅 す る た め 、 彼 ら の 全 財 産 ま た は 一 部 を没 収 す る とい う こ とで あ るi)。 つ ま り南 部 に お い

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国 際 経 営 フ ォ ー ラ ムNo.15

て 、 こ の 時 期 か ら人 的 資 源 の 流 出 が 始 ま ろ う と して い た 。

南 北 統 一一を 果 た したベ トナ ム 労 働 党 は 、1976年12月14日 か ら20日 ま で の 間 、 第4回 ベ トナ ム 労 働 党 大 会 を 開 い て 、 党 名 を ベ トナ ム 共 産 党 と改 名 し、 第2 次5ヵ 年 計 画 を発 表 した 。 こ の 計 画 は 、 社 会 主 義 の 基 礎 を 建 設 し、 国 民 の 生 活 を 改 善 す る こ と を 目標 と し、 社 会 主 義 工 業 化 を推 進 す る こ と で あ っ た 。 ま た 、 南 部 に お け る社 会 主 義 改 造 に つ い て は 、 農 民 の 搾 取 を な く して 農 業 を集 団 化 す る こ と。 資 本 家 の 工 場 や 商 店 は 国 有 化 し、彼 らに は 社 会 主 義 的 改 造 を 行 な うこ と。 手 工 業 や 商 人 は 再 組 織 す る こ と な ど を 議 決 し た の で あ る2)。 し か し 、 こ の 第2次5ヵ 年 計 画 (1976‑80年)は 、 結 果 と して 南 部 の 社 会 主 義 化 を 急 ぎ過 ぎ た こ と と、 国 際 的 に 孤 立 した こ とで 失 敗 した 。

南 部 に お け る 社 会 主 義 化 に つ い て 言 う と、1978年3月23日 、 ベ トナ ム 政 府 は 、 南 部 の 私 営 商 工 業 廃 止 政 策 を 実 行 した 。 南 部 の 商 工 業 は 、 主 に 華 僑 で 占 め られ て い た た め 、 接 収 の 対 象 に な っ た の で あ る。 そ して 、5月3日 、 新 しい 統 一 通 貨 を 発 行 し、 事 実 上 の 銀 行 預 金 封 鎖 を 行 な っ た 。 工 業 改 革 に お い て は 、 私 営 の 工 場 を 国 有 化 した 。 しか し、 農 業 改 革 に お い て は 、 南 部 に農 業 集 団 化 を 導 入 した が 、 南 部 農 民 が 抵 抗 した た め 、 農 業 の集 団 化 は ほ とん ど進 展 しな か っ た3)。

この 時 期 、政 治 的 ・経 済 的 に 困 窮 した 多 くの 華 僑 は 、 難 民 と して 国 外 に 脱 出 した 。 い わ ゆ る ボ ー トピー プ ル と呼 ば れ た 人 々 で あ る。 そ の 後 、 南 部 に お け る商 工 業 の 経 済 活 動 は 停 滞 した 。1978年 以 降 、 経 済 の 不 振 の 原 因 は 、 南 部 の 社 会 主 義 改 造 を 強 行 して 、 商 工 業 と流 通 組 織 を破 壊 した こ と と、 農 業 集 団 化 が 出 来 な か っ た こ と で あ る。 ま た 、 国 際 的 に 孤 立 した こ と もそ の原 因 に あ る。 そ の 時 期 の ベ トナ ム の 対 外 関 係 を概 観 す る と以 下 の 通 りで あ る。

ベ トナ ム 政 府 は 南 北 統 一 後 、1977年 、 ア メ リカ に 復 興 援 助 を 求 め て3回 交 渉 を行 な っ た が 成 功 しな か っ た 。 そ の 頃 、 ベ トナ ム と 中 国 と の 間 で カ ンボ ジ ア 問 題 や 華 僑 問 題 が 持 ち上 が っ て い た 。 そ の 結 果 、1978年5月 、 中 国 は 、 ベ トナ ム に 対 して 経 済 援 助 打 ち 切 りを 通 告 し、 両 国 の 関 係 が 悪 化 した 。 当 時 、 ベ トナ ム が 経 済 発 展 す る た め に は 、 資 金 や 技 術 の 援 助 を ソ連 か ら得 る 以 外 な か っ た 。1978年6月 、 ベ トナ ム は 、 コ メ コ ン に 加 盟 し、 ま た 、 同 年11月 、 ベ トナ ム ・ソ連 友 好 協 力 条 約

に 調 印 した 。

1978年12月 、 ベ トナ ム 軍 は カ ン ボ ジ ア へ 侵 攻 し 、 ポ ル ポ ト派 を 首 都 プ ノ ン ペ ン か ら追 放 し、 翌 年1月

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研 究論 文●ベ トナムの人的資源 を取 り巻 くマクロ環境 侵 攻 させ 、 町や 村 を破 壊 した。 これ が 中越 戦争 の始 ま りで あ っ たが 、翌 月 、 中国軍 はベ トナ ム よ り完 全撤 退 した。 そ の後 、ベ トナ ム政 府 は、軍 隊 を増 強せ ざる を得 な い状 況 に な り、そ の た め軍 事支 出 は膨 大 に な った。 その 上 に、 カ ンボ ジ アへ の侵 攻

と中国 との対 立 は、 そ の後 のベ トナ ム対外 関係 を悪 化 させ た。

ア メ リカは 、 カ ンボ ジ ア侵攻 を理 由に 、ベ トナ ム に対 して禁 輸 措 置 を実 施 した。

日本 を含 めて 西側 諸 国や 国際機 関 も同様 な行 動 を取 った。 そ の た め、ベ トナ ム政 府 は、 旧 ソ連 や東 欧 諸 国 に経 済援 助 を依 存 す る こ とにな っ た が、 旧 ソ連 か らの援助 は ベ トナ ム が期 待 した程 の もので はな か った。 この よ うな こ とを含 め て、ベ トナ ム政 府 が 自国 の経 済危 機 に気づ いた の は79年 以 降 で あ った。

前述 した農 業 の集 団 化 の失 敗 につ いて 、 ベ トナ ム の人 的資源 と深 く関わ って い る ので こ こで述 べ て み たい。 南北 統 一後 の農 業政 策 は、 北部 の協 同組 合 形 態 の合 作 社 に よ る三請 負 制 を基 本 に して 、南 部 に農 業集 団化 を導入 した こ とで あ る。 しか し、

南部 農 民 は この政策 を実施 す る政 府 に対 して 強 い不 信 を もって 農 業 の集 団化 に抵 抗 した。

三請負 制 とは、 合作 社 の 管理 委 員 会 が 土地 ・労働 力 ・生 産手 段 な どの条 件 を考慮 して 、各 生産 隊 に生産 量 ・生産 費 ・労働 点数 の3指 標 を与 えて生 産 を請 け負 わせ 、 そ の指 標 に対 して報 酬 や ペ ナル テ ィー を課 す制 度 で あ る4)。南部 農 民 が こ の三 請負 制 の集 団 化 に反 対 した 主 な理 由は 、報酬 や ペ ナ ル テ ィー に不平 等 が生 じて 、経 済 面 にお いて 個 人農 家 の方 が集 団農 民 よ り収 入 が多 い 点 で あ った。

この よ うに集 団化 に参加 した農 民 まで もが抵 抗 した ので あ るか ら、他 の農 民 は ど の よ うな抵抗 を したの で あ ろ うか気 に掛 か る と ころで あ る。 当時 の南 部農 民 の抵抗 につ い て 、 「メ コ ンデ ル タ の農 民 た ち は、 抗戦 中の解 放 戦 線 支 持 者 をふ くめ耕 地 を 放 棄 し、収 穫 を廃 棄 し、家 畜 を屠殺 し、果樹 を切 り倒 して抵抗 、廃 棄 され た コメ は 150万 トンに もお よん だ とい う」 こ とで あ っ た5>。ベ トナ ム人 の 気 質 とい うか性 格 的 行動 が浮 き出 た よ うで あ る。

ここで指 摘 した い の は、 上記 の南部 農 民 の抵 抗 がひ い て はベ トナ ム人 全 体 の意 識 行 動 に繋 が る か らで あ る。 南部 農 民 が 土地 に執 着 す る が故 に土 地 を放 棄 し、 コメ を 廃 棄 した こ とに重 要 な意 味 が あ る ので は ない だ ろ うか。決 して経 済 的 な理 由だ けで は 済 ま され な い ので あ る。 結果 的 に は、農 民 の 直情 的性 格 が農 業 とい う仕 事 を通 し て この よ うな行 動 を起 こ させ た の は事 実 で あ る。 だ か ら とい っ て、 短絡 的 にそ の原 因 を直 情 的性 格 で あ る とい うこ とだ けで は片 付 け られ ない で あ ろ う。

当時 、多 くの南 部農 民 はサ イ ゴ ン政 権 時代 に土 地 を取 得 して お り、 ま た 、解 放 戦

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線 組 織 も農 民 の土 地所 有 を保 障 して いた。 しか し1978年12月 、ベ トナ ム政府 は 、南 ベ トナ ム農 村 にお け る資本 主 義 的搾 取 形 態 の徹 底 的排 除 と、 農地 調 整 に関す る閣議 決 定 を行 い 、 土地 改 革 と集 団 化 を よ り推進 しよ うと した。 そ れ で農 民 が反 対 したの で あ る6)。

っ ま り、農 民 に とって 一度 取 得 を認 め られ た 十地 をま た改 革 され 、集 団化 され る こ とに対 して経 済 的理 由 を含 めて我 慢 な らな か っ た ので あ ろ う。 こ うした こ とか ら 農 民 は 強制 的 に集 団化 され る こ とにつ い て拒 否 行 動 に出 たの で あ る。 これ は 、農 民

の精 神 的 限 界 が現 れ た と言 え るの で はな い だ ろ うか。

当時 のベ トナ ム経 済 は 、市場 経 済 では な く社 会 主義 体 制 にお ける 中央集 権 的 計 画 経 済 で あ った た め、経 済政 策 に お け る全 て の生 産 ・分 配 ・価 格 ・賃金 ・流 通 な どの 決 定 は政府 が行 な った。 しか し、上 述 した よ うに1979年 以 降 、経 済危機 を察知 したベ トナ ム政府 は 、 自力 で経 済 危機 を脱 す るた め に徐 々 に市 場 経 済 メ カニ ズ ム を 取 り入 れ る よ うな政 策 を取 り入 れ 始 め た ので あ る。

農 業 改革 につ い てみ てみ る と、1979年 以 降 、ベ トナ ム政府 は 、南部 に お け る 集 団化 を緩 めて 、三 請負 制 に代 わ っ て最 終 生産 物 請 負制 を導 入 した。 この新 しい 請 負 制 は 、最 終生 産 物 の請 負 を各 生産 隊か ら各農 家 に請 け負 わせ て 、生 産 ノル マ 以 上 の超 過分 は 自由市場 で販売 で き るた め、農 民 の生 産意 欲 を引 き出す こ とに成 功 した。

そ の結果 、 生産 物 は増 産 した が 、イ ン フ レを も生 み 出 して しま っ た。 そ の理 由は 、 農 民 が余 剰 米 を政府 に協 議価 格 で売 らず 、 自由市場 で よ り高 く売 った た め 、政 府 は 協 議価 格 を 引 き上 げ な けれ ば な らなか っ た か らで あ る7)。

次 に 、 国営 企 業 改 革 に つ い て み て み る と、1981年 の政 府 決 定第25号 に よっ て、 国営 企 業 に対 して、 政府 か らの原 材 料 や部 品 な どの 生産 財 の 不 足分 を協議 価 格 で市場 か ら調 達 で き る こ とを認 めた の で あ る。 協 議 価格 とは、本 来 、政府 で 固定 し た 管理 価 格 で生 産 財 を国 営企 業 に供 給 して い た が、財 政 難 とイ ン フ レのた めで き な くな り、 不 足分 を市 場 で調 達 す る場 合 、 管理 価 格 を超 え てい る市場 価格 に連 動 す る 価 格 を協議 価 格 と呼 ん だ の で あ る。 また 、政 府 は、 この協議 価 格 と管理 価 格 の価 格 差 を生 産 費 に含 む こ と も認 めた た め、ベ トナ ム市 場 に これ らの2つ の価 格 が存在 す

るこ とに よって 、 二重 価 格 メカ ニ ズ ムが 出現 した の で あ る8)。

当時 のベ トナ ム政 府 は、 国営 企 業 で働 く労働 者 を援 助 す る 目的 で米 な どの 生活 必 需 品の 配給 制度 を行 な って い た。 そ の た め、 協議 価格 制 に よる二 重価 格 メカ ニ ズ ム

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研 究論 文● ベトナムの人 的資源 を取り巻 くマクロ環境 価 格 の差 が増 大 し、価 格 差 補給 金 を通 貨発 行 で 補填 してい た た め 、財 政赤 字 は増加

し、イ ン フ レが加 速す る原 因 に な った の で あ るg}。

政 府 は、 この よ うな経 済 状況 の 中で 打 開策 と して 、1985年6月 、第V期 第8 回 中央委 員会 総 会決 議 にお い て、価 格差 補 給金 制度 と現物 配 給制 度 は廃 止 され た が、

国営 企 業 の 労働 者 や公 務 員 の賃 金 を上 げ た た め通 貨供 給 量 を増 加 させ た。 そ して 、 通貨 ドンの切 り下 げ とデ ノ ミを 実施 し、 国営 企 業 に対 して イ ンフ レ率 に比 較 して極 めて低 い利 子 率 で貸 し付 け をお こな った た め、 イ ンフ レは前 に も増 して吹 き荒 れ 、 ベ トナ ム国 民 を困 窮 な生 活 に陥れ た の で あ る。 この イ ンフ レ状 態 が ドイモ イ政 策 以 前 の背 景 で あ り、 この よ うな経 済 状 態 か ら国民 の生 活 を守 り、社 会 ・経 済 ・政 治 を 発 展 させ るた め に、 翌年 、ベ トナ ム 政府 は ドイ モイ 政 策 を採 用 す る こ とを決 議 す る

の で あ る。

(2)ベ トナ ムの ドイモ イ政 策10)

1986年12.月 、 第6回 共 産 党 大 会 で決 議 され た ドイ モ イ(DoiMoi:刷 新) 攻 策 は、ベ トナ ム 国民 に とっ て貧 しさか ら脱 却 して新 しいベ トナ ムの 時代 を もた ら す 分 岐 点 に差 し掛 か る こ とを可 能 に させ た ので あ る。

ドイ モ イ政 策 は 、政 治 ・経 済 ・社会 ・国際 関係 な ど多 方 面 に影響 を与 え る改 革 で あ るが 、経 済 的 に み てみ る と、以 下 の5点 を 中心 に して 改革 す る政 策 で あ る。

第1は 、従 来 の 中央 計 画経 済 体 制 か ら市 場経 済体 制 へ の移 行 で あ る。 つ ま り、市 場 経 済 の必 要性 を認 識 し、 マ ー ケ ッ トメカ ニ ズ ム を重視 す る政 策 で あ る。1987 年 か らそれ ぞ れ の 商 品 に対 して 市 場価 格 が 導入 され 、商 品価 格 は市場 の需 要 に委 ね

られ 、政 府 の 価格 決 定 権 は 、電 力 ・燃 料 ・輸送 ・交 通 手段 ・鉄 ・セ メ ン ト ・綿 な ど 一 部 の 品 目に限 られ た の で あ る。 この政 策 に よっ て二 重価 格 メカ ニ ズ ムか ら単 一価 格 メカ ニ ズ ム に移 行 させ た ので 上 述 した 配 給制 度 を廃 止 す る こ とが で きた。

第2は 、国 営企 業 の 民 営化 と経 営 自主 権 の拡 大 で あ る。 政 府 は、各 省 庁 とそ の他 の 中央 政 府機 関 関係 に対 して、 そ れ まで 諸機 関 の 中で編 成 され て い た事 業部 門 を政 府 か ら切 り離 し、 国営 企業 へ 経 営 に 関す る多 くの権 限 を委 譲 した。 例 え ば、経 営 計 画 ・生 産 ノル マ ・商 品価格 ・労働 賃金 ・人事 な どの決 定権 は 国営企 業 に委譲iされ た。

そ れ で 、 国営 企業 は独 立採 算 制 とな り、 自 ら費 用 を負 担 す る代 わ りに市 場 に対 して 独 自で生 産 で き る よ うにな った た め 、政府 は 、 国営 企業 に対 して補 助 金 を減 らす こ

とが 可能 にな った。

第3は 、所 有制 度 の 改革 で あ る。 従 来 の 国有 ・公 有 の所 有 形 態 か ら国 有 ・公 有 ・

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国 際 経 営 フ ォ ー ラムNo.15

集 団所 有 ・私 的所 有 ・個 人 所 有 とい った所 有 形 態 の 多様 化 を認 め た。 そ して 、外 国 企 業 が100%出 資 す る完 全所 有 子 会社 や合 弁 企 業 の設 立 も認 め た ので あ る。

第4は 、対 外 経 済 関係 の 開放 政 策 で あ る。 す なわ ち、海外 か らの投 資 を積 極 的 に 導 入 す る政策 で あ り、1987年12月 に制 定 され た新 外 国投 資法 は、外 資 導 入 に よ る経 済 政策 として 画期 的 な もの で あ った。 新 外 資 法 は 、そ の 後 、数 回 改正 され た が 、ベ トナ ムへ の投 資 に 関す る投 資 比 率 ・投 資 形 態 ・投 資 分 野 な どにつ い て規 定 し て い る。

第5は 、農 業改 革 で あ る。 特 に 、1988年4月 に決 定 され た政 治 局 第10号 決 議 が重 要 で あ り、農 業合 作 社 の農 地 を合 作社 の農 家 の労 働 力 に応 じて配 分 し、土 地 の使 用 権(耕 作権)を 認 めた の で あ る。 ま た この決 議 に よ って 、長 期 的 に 土地 の使 用 権 を認 め られ た農 家 は 、生 産 した農 作 物 か らノル マ分 を納入 した残余 分 につ い て は 自由 に販 売 で き る よ うに容認 した ので あ る。

(3)ド イ モ イ によ る外 資 導 入政 策11) (a)ベ トナ ムの 外 国投 資 法

ベ トナ ム 政府 は、 ドイ モ イ 政策 を議決 した後 、1987年12月 に新 た な外 国投 資 法 を制 定 し、88年1月 に施 行 した。 そ して 、88年9月 に外 国投 資 法 に 関す る 施 行 細 則 を公 布 した。 この新 た な外 国投 資法 及 び施 行 細 則 の 内容 は 、他 の ア ジア諸 国 の外 資 関連 法 規 と比 較 して も遜 色 ない もの で あ った。 外 国投 資 法 で は、 「外 国 の 組 織 、個 人 は 国 民経 済 の各 分 野 で ベ トナ ム に投 資す る こ とが で き る」(第3条)と

され 、原則 的 に は投 資分 野 の制 限 は ない が 、投 資 が奨 励 され る分 野 の細 目は 、外 国 投 資管 理 の 国家機 関 に よって公 表 してい る。

外 国投 資形 態 につ い て は、 事 業協 力 、合 弁 企 業 、100%外 資企 業 の3種 類 を認 め て い る。 第1の 事 業協 力 形 態 とは 、現 地法 人 を設 立せ ず 、外 資側 とベ トナ ム側 が 事 業協 力 契約 に基 づ い て協 力 して事 業 を遂行 す る こ とで あ る。 第2の 合 弁 企 業 形態 と第3の100%外 資企 業 形 態 とは 、有 限責 任 会社 で あ り、ベ トナ ム外 国投 資 法 に 基 づ く法 人格 を有 す る。 外 資側 の合 弁企 業 に対 す る出資 比 率 に は上 限 は無 い が、 下 限 と して は30%以 上 と規 定 して い る。 ま た、100%外 資側 出資 の完 全 所 有 子会 社 も認 め られ てい る。

経 営 管理 役 員 会(B。ardofManagement)と は 、 日本 で い う取 締 役 会 で あ り、 こ

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研 究論文 ●ベ トナムの人的 資源 を取 り巻 くマクロ環境 せ る。 取 締 役 会長 は双 方 の合 意 で選 出す る。 社 長 も し くは筆 頭 副社 長 は、 ベ トナ ム 公 民 とす る」(外 国投 資 法 第12条)と 規 定 して い る。100%外 資 企 業 に は、 こ

の よ うな取 締役 会 の人 的構 成 に関 す る制 限 は な い。

1988年 の外 国投 資法 で は、合 弁 期 限 につ い ての 規 定 が あ った。 合 弁 期 限 は 、 100%外 資企 業 につ い て も同様 に適 応 す る。 外 国投 資法 施 行 に関す る細 目で は 、 f合 弁 企 業 の活 動 期 間 は合 弁 契約 で の合 意 に よ る。 原 則 的 に は20年 を超 え ない 。 しか し、天 然 資源 開発 案件 につ い て は 、施 設 建 設 期 間 や投 資 資 金 の 回収機 関 の長 い 案件 につ い て は、双方 は一層長 い期 間 で合 意 す る権利 を有す る が50年 を超 えない」

(外 国投 資 法施 行 細 則 第43条)と 規 定 して い た。92年12月 、外 国投 資 法 改 正 で、合 弁 企 業 と100%外 資 企 業 の存 続 期 間 の上 限 は、20年 か ら50年 に延 期 し た。 ま た、 天 然資 源 開発 の案件 や イ ンフ ラ関連 事 業 につ い て は、 国家 常務 委員 会 の 決 定 を得 れ ば70年 まで存 続 期 間 を認 め る こ とに した 。 そ の後 、96年 に全 文 改訂 の 形 で 新外 国 投 資法 と した。

上記 の形 態 以外 のベ トナ ム進 出方 法 と して 、委託加 工形態 と技術 供 与形 態 が あ る。

前者 は 、原 材 料 を海 外 か らベ トナ ム企 業 に持 ち込 み 、 ベ トナ ム企 業 で加 工 して、 出 来 上 がった製 品 を海 外 の委託発 注企 業 が 引 き取 る方 法で あ る。 また 、後 者 は、特許 ・

ノ ウハ ウな どをベ トナ ム企 業 に与 えて生 産す る方 法 で あ る。

それ か ら、1992年 よ りイ ンフ ラの外 国投 資 を促進 させ るた め にBOT(Build OperationTransferl外 国企 業 が建 設 か ら施 設 の運 営 ま で手 が け 、 利 益 を上 げ た 後

に施 設 をベ トナ ム に引 き渡 す 方 式)契 約 とい う投 資 形 態 を設 けた。 これ は、ベ トナ ムの 国家 機 関 と外 国企 業 との 間で 、イ ン フ ラ関連 プ ロ ジェ ク トの投 資 に関 して多 く の優 遇 措 置 を持 つBOT契 約 を結 び 、イ ンフ ラ建 設 を推 進 しよ うとす る もの で あ る。

外 国企 業 にお け る投 資 リス クの軽 減 に、 投資 保 証 措 置 と優 遇 措置 とが あ る。 前 者 と して は、 「ベ トナ ムへ 投 資 され た 外 国の 企 業 ・個 人 の 資本 及 び財 産 は行 政 的 手 段 に よ る接収 や 没収 を受 けな い。 外 国投 資 企 業 は 国有 化 され ない 」(外 国投 資 法 第2

1条)ま た、 「ベ トナ ム に投 資 す る外 国の 企 業 ・個 人 は 以下 の もの を外 国 に移 し、

送 金 す る こ とが 出来 る。 ① 事 業 に よっ て得 た利 益 の取 り分 、② 技術 も しくは サ ー ビ ス提 供 料 、 ③企 業 活 動 に融 資 した 元本 と利 子 、④ 投 下 資本 、⑤ 自己 の合 法 的所 有 に 属 す る金銭 や そ の他 の資 産 」(外 国 投 資 法 第22条)と 規 定 され て い る。 ま た、 後 者 と して は、 「産 業 分 野 、 投 資 地 域 、 投 資額 、輸 出 量 、 国 内 で ま だ生 産 で き ない 、 も し くは生 産 が ま だ不 十分 な 、輸 入代 替 品 の量 、事 業 の性 格 及 び期 間 に よ り、外 国 投 資 を管 理 す る国家機 関は合 弁 企 業 が利 益 を上 げ始 めた年 か ら最長 で2年 、法 人 所

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得 税 を免 税 で き る。 さ らにそ の後 最 長 で2年 間法 人所 得 税 を50%減 税 で き る」

(外 国投 資 法第27条)と 規 定 され て い る。

(b)ベ トナ ム へ の 外 国 直 接 投 資 の 推 移 と 現 状

ベ トナ ム へ の 外 国 直 接 投 資(以 後 、 直 接 投 資 とす る)は 、1990年 よ り増 加 傾 向 が顕 著 で あ っ た が 、97年 よ り3年 連 続 して 落 ち 込 ん で い る 。 しか し、2000 年 か らベ トナ ム へ の 直 接 投 資 が 上 向 い て い る もの の 、 ベ トナ ム 国 家 統 計 局(General StatisticalO伍ce)に よ る と 、2001年 の 直 接 投 資 認 可 額 は25億 米 ドル 程 で あ

る か ら96年 の ピー ク 時 の 約85億 米 ドル と比 較 す れ ば 、3割 に も満 た な い とい う こ とに な る(図 表1‑1‑1参 照)。

'111

:111

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・111 5000

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3000 zOOO lOOO O

図 表1‑1‑1=外 国 直 接 投 資 の 推 移

(単 位=100万 米 ドル)

」汁 」汁 廿 針 計 計 廿 計 計 計 廿 廷卜 廿 叶,叶

§d?C7NG]Md7§ § §nd7rnO7§ § §

(出 所)GeneralStatisticalOffice(2002年 推 計)

直 接 投 資 が 落 ち 込 ん だ 最 大 の 原 因 は 、97年 に 起 き た ア ジ ア 経 済 危 機 の 影 響 で あ る。 ベ トナ ム へ の外 国 直 接 投 資 の 認 可 額 を 国 ・地 域 別 に み る と、 上 位1位 の シ ン ガ ポ ー ル か ら5位 の 韓 国 ま で は 、 す べ て ア ジ ア 諸 国 で 占 め られ て い る。 ま た 、 ア セ ア ン 諸 国 で あ る タ イ や マ レ ー シ ア が そ れ ぞ れ11位 と13位 に 入 っ て お り 、 ア ジ ア 諸 国 の 直 接 投 資 認 可 額 の 占 め る割 合 が 高 くな っ て い る(図 表1‑1‑2参 照)。

(9)

研究論 文●ベ トナムの人 的資源 を取 り巻 くマクロ環境 図 表1‑1‑2:投 資 企 業 の 国 ・地 域 別 残 高 内 訳 (単 位=US$100万 ドル)

(1)シ ン ガ ポ ー ル 6,94.7 (8)イ ギ リス 1,808.3

(2)台 湾 5,598.9 (9)ロ シ ア 1,615.8

(3)香 港 3,844.3 (!0)ア メ リカ 1,591.5

(4)日 本 3,694.1 (11>マ レ ー シ ア 1,226.9

(5)韓 国 3,586.6 (12)オ ー ス トラ リア 1,X99.9

(6)フ ラ ン ス 2,588.3 (13)タ イ 1,176.6

(7)ヴ ァー ジ ン諸 島 1,968.5 (14)ポ ー ラ ン ド 1,160.5 (出 所)GeneralStatisticalOffice

ベ トナ ム 国 家 統 計 局 に よ る と、 図 表1‑1‑2に 示 して い る合 計14力 国 の 直 接 投 資 認 可 額 は 、 直 接 投 資 認 可 額 全 体 の86.8%(2002年9月 現 在)を 占 め て い る。

そ の 中 で 上 位5力 国 の 直 接 投 資 認 可 額 の 占 め る 割 合 が6割 以 上 、 そ れ に マ レー シ ア とタ イ の 直 接 投 資 認 可 額 を含 め る と、 そ の 割 合 が よ り高 くな る。 そ の た め 、 ア ジ ア 諸 国 の 直 接 投 資 が 落 ち 込 み は 、 ベ トナ ム へ の 直 接 投 資 認 可 額 全 体 に 甚 大 な影 響 を与 え た の で あ っ た。

第2節 人 口問 題

ベ トナ ム 国 家 統 計 局 に よ る と、2002年 の ベ トナ ム の 人 口 は 、 約7970万 人 とな っ て い る。 ベ トナ ム は 、 世 界 で13番 目の 人 口過 密 国 で 、 東 南 ア ジ ア に お い て イ ン ドネ シ ア に 次 ぐ人 口規 模 で あ る。 首 都 ハ ノイ に は 、 約270万 人 、 南 の ホ ー チ ミ ン市 に は 約 510万 人 が 集 中 して い る。 メ コ ン河 デ ル タ は 、 ベ トナ ム 人 口 の 約21%と い う最 多 数 の 人 口過 密 地 帯 で あ る。2番 目は 人 口 の約19%と い うハ ノイ を含 め た 紅 河 デ ル タ で あ る。 ベ トナ ム の 国 土 面 積 は332,000平 方 キ ロ メ ー トル で 、1平 方 キ ロ メ ー トル の 人 口密 度 は約240人 で あ る が 、 メ コ ン河 と紅 河 の2つ の デ ル タ 地 帯 に お い て は 、 人 口密 度 が1平 方 キ ロ 当 た り約1,180人 と非 常 に 高 い の で あ る。 人 口密 度 に 関 して は 、 日本 の 約335人 と比 較 す る とや や 少 な い 。

ベ トナ ム は 、 近 年 劇 的 な 人 口変 化 を も た ら した 。 人 口成 長 率 は 低 下 し、 ま た 出 生 率 と死 亡 率 は 、 他 の 発 展 した 東 南 ア ジ ア 諸 国 と比 較 で き る レベ ル に 低 下 した 。 これ

(10)

国 際 経 営 フ ォ ー ラムNo.]5

らの変 化 は 、家 族 は よ り小 さ くな り、 また人 口が高齢 化 す るに従 っ て伝 統 的 な ベ ト ナ ム の世 帯構 造 に影 響 を及 ぼ して い る。 そ の上 、急 激 な経 済発 展 は人 口の流 動性 に 刺 激 を与 え、 また都 市化 の進 行 を急 がせ た。 ま た、ベ トナ ム の経 済成 長 は労働 人 口

を増加 させ 、新 しい雇 用機 会 の創 造 と増 大 を もた ら した ので あ る。

(1)人 ロ レベ ル と そ の 推 移

ベ トナ ム の 人 口は 成 長 し続 け て い る に も か か わ らず 、 近 年 、 出 生 率 と死 亡 率 は低 下 傾 向 に あ る。 ベ トナ ム 政 府 は 、1980年 代 の 問 に そ の 人 口成 長 率 の 目標 を 達 成 す る こ とが で き な か っ た 。 そ れ で 、 政 府 は1990年 代 に 入 る と 出 生 率 を 下 げ る た め に 計 画 され た 家 族 計 画 プ ロ グ ラ ム を 達 成 す べ く努 力 した 。 そ の 時 期 以 降 、 ベ トナ ム の 人 口 成 長 率 は 、 出生 率 の 低 下 に 伴 っ て 急 激 に低 下 した 。 東 南 ア ジ ア の 近 隣 諸 国 に 対 比 し て 、 ベ トナ ム は 経 済 発 展 の レベ ル が 低 い 国 で あ るが 、 人 口増 加 率 の 低 下 を か な り急 激 に 成 し遂 げ た の で あ る。

ベ トナ ム の 人 口 は 、 国 家 統 計 局 に よ る と、1960年 に お け る 約3000万 人 か ら1970年 に約4100万 人 、1980年 は 約5370万 人 、1990年 は6600万 人 、 そ して2000年 に お い て は 約7760万 人 に増 加 した(図 表1‑2‑1参 照)。

000000000987654321

図 表1‑2‑1=人 ロ レベ ル とそ の 推 移

評 譜 譜 評 評 譜 譜 評 訴

(出 所)GeneralStatisticalOffice

(11)

研 究論 文●ベ トナムの人 的資源 を取 り巻くマクロ環境 ベ トナ ム の2002年 の 人 口は 、 約7970万 人 で あ り人 口は 増 加 して い る が 、 人 口増 加 率 は1990年 の1.92%か ら2001年 の1.35%に 着 実 に 低 下 して い る。2002年 の 推 計 で は 1.31%と な っ て お り、 将 来 の 人 口増 加 率 も 下 降 す る で あ ろ う と予 測 さ れ て い る。

(図 表1‑2‑2参 照)。

図 表1‑2‑2=人 ロ の 年 平 均 増 加 率

(単 位=%) 2.5

2 1.5 1 0.5 0

二 ㌧

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訊議譲議議議議轟 義説締繕ド

(出 所)GeneralStatisticalOffice

図 表12‑3は 、 ベ トナ ム の2024年 ま で の 人 口 と人 口増 加 率 を予 想 した も の で あ る。2024年 に は 、 人 口 が1000万 人 を超 え る も の の 、 人 口増 加 率 は 、0.77%に ま で 低 下 す る と予 想 して い る。

図 表1‑2‑3:人 ロ と 人 口増 加 率 の 予 想(1994‑2024年)

年 度

人 口(百 万 人) 年 間平 均 人 口増 加 率(%)

1994 i

1999 76.8

1.63(1994‑1999}

2004 f 1.31×1999‑2004)

2009 87.2

1.23(2004‑2009)

2014 92.2

1.11(2009‑2014)

2019 96.7

0.95(2014‑‑2019}

2024 100.5

0.77(2019‑2024}

(出 所)GeneralStatisticalO昂ce

(12)

国 際 経 営 フ ォ ー ラムNo.15

ベ トナ ム の 人 口増 加 の プ ロセ ス は 、 以 下 の よ うな3つ の 時 期 に 区 分 す る こ とが で き る12)。

第1期 は 、1921年 か ら54年 に ジ ュ ネ ー ブ 協 定 に よ り南 北 ベ トナ ム が 分 断 され て 孤 立 す る ま で の 時 期 で あ る。 こ の33年 間 に 、 人 口は1.52倍 に 増 加 した 。 こ の 時 期 の 出 生 率 は 年3.3〜3.7%で あ り、 ま た 死 亡 率 は 年2%〜3%と 変 動 が あ っ た 。。

第2期 は 、1955年 か ら80年 ま で の 時 期 で あ る 。 こ の25年 間 に 、 人 口は 約2.3倍 に 増 加 し た 。 死 亡 率 は 低 下 して 年0.7〜2.2%で あ っ た 。55年 か ら60年 ま で の 人 口増 加 率 は 、 年 平 均4%で あ っ た 。 こ の 時 期 は 、 フ ラ ン ス と の独 立 戦 争 が 終 わ り、 ベ トナ ム 戦 争 が 勃 発 す る ま で の 平 和 の 時 代 で 、 人 口増 加 率 が 高 くな っ た 。 出 生 率 も56年 に 4.65%と 高 水 準 に な っ た 。61年 か ら75年 ま で の ベ トナ ム 戦 争 の 時 期 の 人 口増 加 率 に は 、61年 か ら65年 は 年 平 均3.3%、66年 か ら70年 が 年 平 均2.95%、71年 か ら75年 は 年 平 均3.1%で あ っ た 。 ベ トナ ム 戦 争 の 時 代 で も 、 年3%程 度 の 人 口増 加 を して い た こ と は 興 味深 く思 わ れ る。 ベ トナ ム戦 争 終 結 の76年 か ら80年 ま で の 人 口増 加 率 は 、 年 平 均2.6%で あ っ た 。

第3期 は 、1981年 か ら現 在 ま で の 時 期 で あ る。 こ の 間 の 人 口増 加 率 は 、 以 前 よ り や や 低 下 し て お り、 ま た 死 亡 率 も減 少 して い る。 出 生 率 も以 前 よ りや や 低 下 して お

り、89年 は3.13%で あ っ た 。 こ の 時 期 は 、 出 生 率 、 死 亡 率 と も に 低 下 し、 人 口増 加 の ス ピ ー ドにや や 歯 止 め が か か る傾 向 に あ る。

一 人 の 女 性 が 産 む 子 供 の 数 と して の 総 出 生 率 は

、1987年 の3.98人 か ら88‑89年 は3.

8人 、 そ して89‑93年 に は3.25人 、92‑96年 で は2.67人 と 近 年 低 下 しつ つ あ る。99年 の ベ トナ ム 国 勢 調 査 に お い て 総 出 生 率 は2.3人 で あ っ た 。政 府 は 、総 出 生 率 が2024年 ま で に1.7人 に 下 が る と予 想 し て い る(図 表1‑2‑4参 照)13)。

(13)

研 究論 文●ベ トナムの人 的資源 を取 り巻 くマクロ環 境

545352515043210

図 表1‑2‑4:

総 出 生 率 の 推 移

(単位1人 数) ' 〕 ∵…罪 ㌘7=甥… 芋讐 ∵ツ 「 讐 「1∵ ∵  「 陛

馨纏ま 

難'+'

、灘 懸

1987年 1988‑89年1989‑93年1992‑96年

(出 所)NationalCommitteefbrPopulationandFamily PlanningofVietNam,GeneralStatisticalOffice

1997年 の ベ トナ ム で の5歳 未 満 の 幼 児 の 死 亡 率(1,000人 当 た り)は 、 約40人 と な っ て お り、 ベ トナ ム の 経 済 発 展 レベ ル か ら考 慮 す る と死 亡 率 が 低 い と言 え る。 つ

ま り、 中進 国 で あ る タイ で 幼 児 の 死 亡 率 は38人 とな っ て お り、 ベ トナ ム と比 較 して も ほ ぼ 同 じ レベ ル に あ る11)。1979‑83年 か ら1992‑96年 にお い て 乳 児 と幼 児 の 死 亡 率 は 着 実 に低 下 して い る(図 表1‑2‑5参 照)。

図 表1‑2‑5=乳 児(1歳 未 満)・ 幼 児(1〜5歳)の 死 亡 率

goo 圏 乳児(1歳 未満)

so

40

20

1979‑83年1984‑88年

(出 所)GeneralStatisticalOffice

1989‑93年 1992‑96年

(単 位:1,000人 当 た り)

(14)

国 際 経 営 フ ォ0ラ ムNo.15

1999年 の 国 勢 調 査 に よ る と 、 特 に92‑96年 の ベ トナ ム の 乳 児 死 亡 率 は1,000人 当 た り36.7人 と 推 計 さ れ て お り 、 さ ら に 低 下 傾 向 に あ る15)。

ベ トナ ム の 平 均 余 命 は 近 年 延 び て お り 、1999年 に お い て68.3歳 と な っ て お り 、 男 性 は66.6歳 、 女 性 は70.1歳 と な っ て い る'6>。 今 後 、 さ ら に 延 び る で あ ろ う と 予 測 さ れ て い る 。

(2)政 府 の 人 口移 動 政 策 と人 口 動 態 (a)移 住 政 策 と都 市 化

1975年 の 南 北 統 一 後 、 ベ トナ ム 政 府 は 、 約500万 人 の 国 内 移 住 政 策 を 制 定 した 。 こ の 政 策 は 、 人 口密 度 の 高 い 紅 河 デ ル タ な どの 地 域 か ら、 中 央 高 地 や メ コ ン デ ル タ 地 域 な どの 人 口密 度 の 低 い 地 域 に 移 住 させ る こ とで あ っ た 。 ま た 、 都 市 に 住 ん で い る 住 民 に も そ の よ うな 地 域 に行 く こ と を奨 励 した 。 しか し、 この 国 内移 住 政 策 は 、 政 府 の 計 画 どお りに は 達 成 され な か っ た 。

最 近 で は 、 市 場 経 済 の移 行 に つ れ て 、 農 村 か ら都 市 へ の 人 口流 入 が 深 刻 な 社 会 問 題 と な っ て き て い る。 地 方 か ら都 会 へ の 移 住 は 、1990年 代 に お け る顕 著 な 推 移 と し

て 現 れ た 。1990年 に都 会 の 人 口は 、 全 人 口 の19.51%で あ っ た が 、 そ れ か ら10年 後 の2000年 に は24.22%に な っ た 。2001年 に は24.76%、2002年 の 推 計 に よ る と 、 都 会 化 の 比 率 は 、25.0%に 達 した 。

多 くの 移 住 者 は 、 政 府 に 対 して そ の居 住 を 登 録 して い な い た め 、 都 会 化 の 正 確 な 割 合 は 、 も う少 し高 い と考 え られ る。 毎 年7万 人 か ら10万 人 が ホ ー チ ミ ン に 移 住 し

て い る と見 積 も られ 、 ハ ノ イ に お い て は 人 口増 加 の 約40%が 移 住 で あ る と され て い る。 ベ トナ ム の 都 市 に 中 に 流 れ 込 ん で く る大 量 の 一 時 的 移 住 者 は 、 都 市 人 口 を膨 張 させ て い る た め 、 政 府 は 、2020年 ま で に 都 市 化 の割 合 が45%に 達 す る で あ ろ う と予 想 して い る17〕。

地 方 か ら都 市 へ の移 住 は 、 特 に 若 者 が 顕 著 で あ る。 ホ ー チ ミ ン で行 な わ れ た 調 査 で は 、 移 住 者 の3分 の2以 上 が 、15歳 か ら29歳 ま で の 年 齢 層 で 、 多 くが 女 性 で あ っ た 。 こ の 年 齢 グル ー プ の 若 者 層 は 増 加 して お り、 ま た 地 方 で 仕 事 を 探 す の が 困難 に な っ て き て お り、 若 者 が 都 市 部 で 仕 事 を探 す た め に移 住 が続 くで あ ろ う と予 想 され て い る18)。

(15)

研 究論 文●ベ トナムの人的 資源 を取 り巻くマクロ環境 2024年 に は33.3歳 に な る と予 想 され て い る。 図 表1‑2‑6は 、15歳 未 満 、15〜59歳 、 60歳 以 上 の 年 齢 層 に お け る 人 口割 合 の 推 移 で あ る。60歳 以 上 の 高 齢 者 の 人 口割 合 は 、 1994年 の7.6%に 対 して 、2024年 に は12.7%に 増 加 す る だ ろ う と予 測 され て い る 。

さ ら に 興 味 深 い の は 、 ベ トナ ム の 人 口構 成 に お い て 、15歳 未 満 の 人 口の 割 合 は低 下 す る こ とで あ る。 ま た 、 図 表1‑2‑7は 、1994年 と2024年 の ベ トナ ム 人 口の 年 齢 、 男 女 別 に み た 人 ロ ピ ラ ミ ッ トで あ る。 男 性 と女 性 の 平 均 寿 命 の 格 差 が 拡 大 し、 高 齢 層 で は 女 性 の 割 合 が 高 く な る と予 測 され て い る(図 表1‑2‑7参 照)IS)。

X15歳 未 満 躍15‑59歳 口60歳 以 上

(出 所)GeneralStatisticalO伍ce

ベ トナ ム の 人 口 に お い て 、 約90%を 占 め る 民 族 は キ ン(ベ トナ ム)族 と50以 上 あ る とい わ れ る少 数 民 族 で 占 め られ て い る。 代 表 的 な 少 数 民 族 と して は 、 ク メ ー ル 族 、 タ イ 族 、 ム オ ン族 、 等 が 住 ん で お り、 ま た 華 人 も か な りい る。 しか し、 ベ トナ ム は 東 南 ア ジ ア の 中 で は 比 較 的 民 族 の 均 質1生を 有 す る社 会 で あ る と い え るza)。

新 しい 人 口の 推 移 と急 速 な世 帯 構 造 の 変 化 は 、 伝 統 的 な ベ トナ ム 家 族 の 慣 習 を 変 え て い る。 ベ トナ ム で も世 帯 は小 さ くな っ て き て い る。 ま た 、 若 者 の 流 動 性 が 高 ま る に つ れ て 、 親 と 別 居 し 、 親 か ら独 立 す る と い う傾 向 が 生 じ て き て い る 。 女 性 は 、 晩 婚 化 し 、核 家 族 化 が 進 行 しつ つ あ る。

(16)

国 際 経 営 フ ォ ー ラ ムNo.15

図 表1‑2‑7=人 ロ ピ ラ ミ ッ ド(1994年 と2024年)

1994年

8 6 4 2 0% 2 4 6

80+

70to74

60to64

50to54i

40to44廿

30to34

20to24

10to14

oto4 8

2024年

8fi420

% (出 所)GeneralStatisticalOffice

(c)人 口 抑 制 政 策 ベ トナ ム 政 府 は 、

2 4 6

80+

74to74

60to64

50to54

40to44魑

30to34

20to24

10to14

Oto4 8

1960年 代 初頭 か ら、 家族 計 画 プ ログ ラム を策 定 し、人 口増 加 抑 制 政 策 を採 っ て きて お り、現在 ま で少 しず つ 成果 を上 げて きて い る。 政 府 は、

(17)

研 究論 文 ●ベ トナムの人 的資源 を取 り巻くマクロ環 境 的 に も認 め 、 手 術 を受 け や す く した こ と、 で あ る。 ま た 、2人 っ 子 政 策 を 推 進 し、

そ の 家 族 に対 して は 、 医 療 や 教 育 等 に お い て優 遇 して い る。

第3節 貧 困問題

(1)べ トナ ム で の 貧 困 の 現 状21)

ベ トナ ム は ドイ モ イ(刷 新)政 策 を決 議 した1986年 以 降 、 経 済 と社 会 状 況 を か な り改 善 した 。 近 年 の 経 済 成 長 に よ り、 国 民 の 土 地 ・健 康 ・教 育 ・家 族 計 画 な どの 資 産 とサ ー ビ ス の 分 配 は 比 較 的 平 等 に な っ て き て い る。1人 当 た りのGDPは 、1990年 度 で は1,000,000ド ン程 度 で あ っ た が 、1997年 に お い て は4,100,000ド ン程 度 に 増 加

し、 物 価 上 昇 を 差 し引 い た 実 質GDPで は57%の ア ップ とな っ た 。 こ の よ うな 経 済 成 長 に よ り、 ベ トナ ム で は 近 年 貧 困 率 が 低 下 しつ つ あ る 。

しか しな が ら、 ベ トナ ム は 依 然 と して 貧 しい 国 で あ る こ と は 事 実 で あ る。 貧 困者 は 約1,250万 人 で 人 口 の 約15.7%に 当 た り、 飢 餓 に 直 面 して い る人 は 約150万 人 で あ る とベ トナ ム 労 働 ・傷 病 兵 ・社 会 省 は 推 定 して い る。 世 界 銀 行 の 定 義(購 買 力 平 価 (PPPレ ー ト)で1人1日1ド ル 以 下 で 生 活 す る の を 貧 困 者 と定 義 して い る)に よ れ ば 、 ベ トナ ム の 貧 困 率 は 人 口 の37.4%で 、 約280万 人 と な る。 ま た 、 人 口の 約57

%は 水 道 水 が な く 、 下 水 道 が あ る の は5世 帯 に 対 して1世 帯 程 度 で あ る。

近 年 の 急 速 な 経 済 発 達 は 、貧 困 率 を 引 き 下 げ 、 生 活 の 均 一 性 を高 め て い る が 、 ま だ依 然 と して 多 く の 世 帯 は 、雇 用 や 教 育 機 会 の 欠 如 、 病 気 、 困 難 な 生 活 環 境 な どの 理 由 に よ り、 貧 困 ラ イ ン以 下 の 生 活 を 余 儀 な く され て い る 。 実 際 、 地 方 と都 市 、 地 域 間 、 高 所 得 者 層 と低 所 得 者 層 な ど の 格 差 が 拡 大 して い る とい う問題 が 存 在 して い

る。 特 に 少 数 民 族 で は 、 貧 困 が 依 然 と して 深 刻 で あ る。

(2)貧 困 率

図 表1‑3‑1は 、 各 種 機 関 が ベ トナ ム の 貧 困 に 関 して1992‑93年 度 と97‑98年 度 の 指 標 を 比 較 した も の で あ る 。 これ に よ る と 、 す べ て の 期 間 の 指 標 で 、 ベ トナ ム の 貧 困 率 は 、 減 少 し て い る こ と を 示 し て い る 。 こ の よ うな 貧 困 率 の 急 速 な 低 下 は 、 発 展 途 上 国 に お い て は か な り特 異 で あ る 。 ベ トナ ム は 、 貧 困 の 改 善 に 関 して 、 世 界 的 に 見 て も か な り進 展 して い る 国 の 一 つ で あ る22)。

多 くの ベ トナ ム 人 の 生 活 の 改 善 は 、1980代 の 終 わ りか ら急 速 に進 ん だ ドイ モ イ 政

(18)

国 際 経 営 フ ォ ー ラムNo,15

策 の結 果 で あ る。特 に 、農村 部 で急 速 に生 活 水 準 が 向上 した。 価 格 の 自由化 と土地 政 策 の改 革 は 、農 業生 産 の増 大 と生 産性 の上 昇 を もた ら し、農 村 部 で の貧 困率 を引

き下 げた。

図 表1‑3‑1

貧困率

(単 位:%)

政府機 関 貧 困線

1992/93年 1997/98年

ベ トナ ム 労 働 ・ 傷 病 兵 ・ 社 会 省

飢餓

5.0 2.0

総貧困

30.0 15.7

世界銀行/国 家統計局 食料貧困

24.9 15.0

世界銀行 貧 困

58.1 37.4

国連 開発 プログラム

人的貧困

28.7

(出 所)Ministry。fLabour,Invalids,SocialAf飴irs;GeneralStatisticalOffice;

UnitedNationsDevelopmentProgramme

(3)所 得 分 配 の 不 平 等

他 の 開 発 途 上 国 と比 較 す る と 、 ベ トナ ム の 所 得 分 配 は 、 相 対 的 に 平 等 とい う傾 向 が あ る 。 ベ トナ ム の ジ ニ 係 数 は 、1992/93年 度 に お い て0.33、1997/98年 度 に お い て 0.35で あ っ た。 ベ トナ ム の こ の ジ ニ 係 数 は 、 他 の 開 発 途 上 国 や 東 南 ア ジ ア 諸 国 よ り 低 い 。 世 界 銀 行 に よ る と 、 ジ ニ 係 数 は タ イ が0.46、 フ ィ リ ッ ピ ン が0.43、 ベ トナ ム

が0.36で あ っ た23)。

ベ トナ ム に お い て 比 較 的 不 平 等 が 低 い とい う原 因 の 一 つ は 、 社 会 主 義 国 家 と して 伝 統 的 な 平 等 を 重 視 す る 政 策 、 例 え ば 医 療 、 教 育 、 土 地 制 度 、 農 地 改 革 等 に あ る で あ ろ う。 しか し な が ら、 ベ トナ ム の 急 速 な 経 済 成 長 は 、 貧 困 を 減 少 させ た が 、 所 得 分 配 の 不 平 等 を 拡 大 させ た とい う問題 も生 じて い る。 一 般 的 に 社 会 主 義 経 済 か ら市 場 主 義 経 済 へ の 移 行 国 は 、 一 時 的 に 不 平 等 が 拡 大 す る傾 向 が あ る 事 が 知 られ て い る が 、 ベ トナ ム で も 同 様 で あ る。 た だ し、 ベ トナ ム で は 、 不 平 等 の レベ ル で は 相 対 的 に 低 く留 ま っ て い る。

世 界 銀 行 に よ る と 、1992/93年 度 に お け る ベ トナ ム の 最 貧 者 世 帯(所 得 が 最 も低 い 下 位 世 帯20%)が1年 に1人 当 た り平 均VND854,000ド ン 消 費 した の に 対 し て 、 最

(19)

研 究論 文●ベ トナムの人的 資源を取 り巻くマクロ環 境 0ド ン の支 出 で あ っ た 。 これ らの 数 字 は 、ベ トナ ム にお け る富 者 と貧 者 との間 の ギ ャ ッ プ が 広 が っ て い る こ と を 立 証 して い る。1992/93年 度 に お い て 、 全 世 帯20%を 占 め る最 富 者 世 帯 の 消 費 支 出 は 、 全 世 帯 の20%を 占 め る 最 貧 者 世 帯 の 消 費 支 出 の 約4.6 倍 で あ っ た が 、1997/98年 度 に お い は5.5倍 とな っ た の で あ る21)。

(4)農 村 部 と都 市 部 と の 格 差

世 界 銀 行 の 定 義 に よ る と、 地 方 の 貧 困 率 は1992/93年 度 に お け る66.4%か ら1997/

98年 度 に は44.9%と21.5%減 少 した が 、 ベ トナ ム に お い て都 市 部 と農 村 部 の 格 差 と い う貧 困 問 題 が依 然 と して 存 在 して い る。 都 市 の 貧 困 率 は 、1992/93年 度 に お け る2 5.1%か ら1998年 度 に は9.0%ま で 劇 的 に 下 が っ た 。 しか し な が ら注 意 す べ き 点 は 、 この 統 計 で は 都 市 部 に い る農 村 部 か らの 出稼 ぎ 労 働 者 は 含 ま れ て い な い こ とで あ る。

こ の 出 稼 ぎ労 働 者 の お よ そ25%か ら50%は 貧 困 者 で あ る と考 え られ て い る 。 ま た 、 同 様 に 、 食 料 貧 困 ライ ン 以 下 で 暮 ら して い る割 合 も農 村 部 に お い て29%か ら18%に 下 が り、 都 市 部 で は8%か ら2%に な っ た(図 表1‑3‑2参 照)。

地 方 に い る 貧 困 者 は 、 都 市 に い る貧 困 者 よ り も っ と貧 しい 。 ま た 、 都 市 部 と農 村 部 の 格 差 の 拡 大 は 、 都 市 部 と農 村 部 の 平 均 消 費 支 出 を み れ ば わ か る 。1992/93年 度 に お い て 一 人 当 た りの 年 間 平 均 消 費 支 出 は 、 都 市 部 がVND3,013,000ド ン に 対 して 、 農 村 部 がVND1,669,000ド ン と農 村 部 よ り も都 市 部 の ほ うが1.8倍 高 か っ た 。1997/98 年 度 に は 、 都 市 部 がVND4,860,000ド ン に 対 して 、 農…村 部 がVND2,167,000ド ン とそ の 格 差 が22倍 に拡 大 した 。

た だ し全 般 的 に は 、都 市 部 と農 村 部 の 貧 困 率 が 低 下 した の で 、 子 供 に とっ て は 教 育 を 受 け る機 会 が 増 加 した 。 ま た 一 般 生 活 で は イ ン フ ラ設 備 を利 用 で き る よ うに な り上 水 や 公 衆 衛 生 な ど を利 用 で き る よ うに な っ た 。 農 村 部 で は 、 川 や 湖 の 水 に 頼 る 生 活 か ら抜 け 出 し、 特 に飲 料 水 は井 戸 の 設 備 か ら入 手 で き る よ うな 人 々 が 増 え、 都 市 部 で は 人 口 の約50%が 上 水 道 を利 用 で き る よ うに な っ た 。 ま た 、 農 村 部 に お け る 貧 困 者 の60%以 上 と都 市 部 の 貧 困者 の90%以 上 は 、 電 気 を利 用 して 生 活 で き る環 境 に な っ た25}。

(20)

国 際 経 営 フ ォ ー ラ ムNo.15

000000007'ハ0置0,On1

図 表1‑3‑2=農 村 部 と都 市 部 での 貧 困 率

團1993團1998

(単 位;%)

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農村部 都市部

(貧 困 率)

農 村部 都 市 部 (食料貧 困率)

(出 所>GeneralStatisticalQfficeandWorldBankestimates VietNamLivingStandardSurvey93&98

(5)地 域 間 で の 格 差

貧 困 の 発 生 率 も ま た 地 域 に よ っ て 異 な る の で あ る(図 表1‑3‑3参 照)。1998年 度 に お け る最 も高 い 貧 困 率 の3地 域 は 、 北 部 山 岳 地 域 ・中 央 高 地 地 域 ・北 部 中央 地 域 で あ っ た 。 遠 隔 の 北 部 山 岳 地 域 で は 、 極 端 な 極 貧 地 域 で あ り、 そ の地 域 の 人 口の 約58.6%が 貧 困 世 帯 で あ っ た。 富 裕 な 地 域 は 南 東 部 で 、 国 の 重 要 な 産 業 地 域 で あ る ホ ー チ ミ ン 市 の よ うな 大 商 業 中 心 地 を含 ん で お り、 そ の 地 域 の 人 口 の7.6%の み 貧 困 と見 な され た2fi)。

(21)

研 究論文 ●ベ トナムの人的資源 を取 り巻 くマクロ環境

図 表1‑3‑3

貧 困率の地域間での格差

(単 位=%)

地 域

ベ トナ ム 生 活 水 準 サ ー ベ イ (1992/93}

ベ トナ ム 生 活 水 準 サ ー ベ イ (1997/98}

労 働 ・傷 病 兵 ・社 会 省 (1992/93}

労 働 ・傷 病 兵 ・社 会 省 {1997/98)

1人 当 た りの 年 間 平 均 支 出 、1992/93年 と 1997/98年 の成 長 率

北部 山岳

78.6 i・ 35.5 22.4 33

紅河 デルタ

62.9 28.7 20.6 8.4 57

北部 中央

74.5 48.1 II' 24.6 48

中部 沿岸

49.6 35.2 35.7 17.8 30

中央 高地

70.0 52.4 48.0 25.7 26

東南

32.7 7.6 20.0 4.8 80

メ コ ンデ ル タ 47.1 36.9 24.5 15.4 20

(出 所)ベ トナ ム 国 家 統 計 局1994、 労 働 ・ 傷 病 兵 ・ 社 会 省1999 GSO1994;MOLISA1999

(6)少 数 民 族

図 表1‑3‑4は 、ベ トナ ム 少 数 民族 貧 困 に 関 す る指 標 で あ る。1992/93年 度 と1997 /98年 度 の 比 較 を み る と、 貧 困 が 少 数 民 族 の 住 民 に 多 い こ と、 ま た 少 数 民 族 と大 多 数 の 民 族 で あ る キ ン人(ベ トナ ム 族)の 間 に お い て 少 数 民 族 の 貧 困 が 改 善 して い な い こ と を 示 して い る。1998年 度 に お い て 少 数 民 族 の 貧 困 率 は75.3%で 、 全 国 平 均37

%の2倍 の 数 字 で あ っ た 。1992/93年 と1997/98年 度 と の 間 に お い て 少 数 民 族 の 人 々 の 貧 困 減 少 率 は11.1%で あ っ た が 、 全 国 平 均21%の 貧 困 減 少 率 に 比 べ る と よ り低 い 数 字 で あ っ た 。 こ れ は 、 ベ トナ ム に お け る少 数 民 族 の 貧 困者 の 割 合 が 増 加 した 結 果 で あ る。

多 くの 少 数 民 族 の 住 民 は 、 山 間 部 に住 み 、 イ ン フ ラが 悪 く、 言 語 の 違 い も あ る。

学 校 教 育 は 、 先 生 と教 室 の 不 足 で 非 常 に 厳 しい 状 況 に あ る。 学 校 へ の 入 学 と読 み 書 き能 力 は 、 特 に 少 数 民 族 の 子 供 に お い て 低 い の で あ る。 少 数 民 族 は 、 多 くが 山 岳 地 域 に 住 ん で い る た め 食 糧 確 保 も 安 定 し て い な い 。 こ の よ うな 環 境 か ら 、 少 数 民 族 で の 貧 困 改 善 は 進 捗 して い な い と い う現 状 が あ る。 北 部 地 域 の 少 数 晟 族 の 問 で 、 手 っ 取 り早 い 現 金 収 入 の た め 、 しば しば 阿 片 の 原 料 とな るケ シ栽 培 が 行 わ れ て い る と い

う問題 も生 じて い る の で あ る。

(22)

国 際 経 営 フ ォ ー ラ ムNo,15

図 表1‑3‑4少 数 民 族 で の 貧 困 (単 位:%)

1992/93年 度 1997/98年 度

少数民族 の貧 困率

86.4 75.3

ベ トナム全 人 口に 占める少 数 民族 の人 口割 合 13.1 14.2 ベ トナムの全 貧 困者 に 占める少数 民族 貧 困者 の割 合 19.5 28.5

(出 所)WorldBankestimatesbasedonVLSSII

第4節 教育制度

(1)初 等 教 育 と識 字 率

ベ トナ ム の初 等 教 育 は 、5年 間 の 小 学 校 課 程 か ら成 り立 っ て い る。 ベ トナ ム の 初 等 教 育 就 学 率 は 、 東 南 ア ジ ア 諸 国 の 中 で も 比 較 的 高 い と言 わ れ て い る 。1997/98年 度 に お い て は 、 小 学 校 に 約1千30万 人 の 子 供 が 就 学 し、 そ の 内 女 子 は47%、 少 数 民 族 の 子 供 は16%で あ っ た 。1992/93年 度 に小 学 校 入 学 率 は約89%で あ っ た が 、1997/

98年 度 に は 小 学 校 入 学 率 が 約97%に 達 した 。 小 学 校 に 入 学 しな い 子 供 は 、 約120万 人 で あ る と され る。

図 表1‑4‑1は 、 世 界 銀 行 調 査 に よ る 民 族 別 に 小 学 校 入 学 率 を示 した もの で あ る。

少 数 民 族 の 小 学 校 入 学 率(就 学 率)は 、1997/98年 度 に お い て 約82%で あ り、 こ の 数 字 は 全 国 平 均 よ りか な り低 い 。 小 学 校 に入 学 しな か っ た 子 供 の 約50%は 、 少 数 民 族 グル ー プ で あ る と され る。 特 に 、 少 数 民 族 の 子 供 で も 、 女 子 の 方 が 就 学 率 に お い て 低 い 。 これ は 、 女 子 に 家 事 を 手 伝 わ せ る こ と、 ま た 子 供 が 多 い 場 合 で も 女 子 が 家 事 を 手 伝 い 、 男 子 は 学 校 に 行 か せ る傾 向 に あ る た め で あ る。

小 学 校 卒 業 率 をみ る と約66%と か な り低 く 、 小 学 校 中退 者 が か な り存 在 す る こ と に な る。60万 人 以 上 の 小 学 生 が 、1996‑97年 度 で は 退 学 した と され る。 小 学 校 卒 業 率 は 、 か な り地 域 格 差 が あ り、1997/98年 度 で は 、GiaLai省(中 央 高 地)に お い て は37.5%、SocTrang省(メ コ ン 河 デ ル タ)に お い て は41.1%、 ま たLaoCai省(北 部 山 岳 地 域)に お い て は56.7%で あ っ た 。 農 村 部 や 山 間 部 が 多 い 省 で は 、 全 国 平 均 卒 業 率66.3%よ り下 回 っ て い る。

(23)

研 究論文 ●ベ トナムの人的 資源 を取 り巻 くマクロ環境 の 中学 校 進 学 者 は 約270万 人 で あ っ た が 、99年 度 で は500万 人 を超 え た 。 しか し、 中 学 校 入 学 に お け る地 域 格 差 が か な り存 在 し、 北 部 山 岳 地 域 ・中 央 高 地 ・メ コ ンデ ル タ 地 域 で は 低 い 。 特 に 山 岳 部 の 少 数 民 族 で は 、 進 学 率 が か な り低 い 。

15歳 の 子 供 の 識 字 率 は 、 約93%で あ る と して い る。15歳 以 上 の 年 齢 の ベ トナ ム 人 の 識 字 率 は 、1997年 末 の 国 家 委 員 会(theNationalCommitteeforLiteracy)の 報 告 に よ る と約92%で あ る と して お り、 男 性 と女 性 の 間 で の識 字 率 の 差 は 比 較 的 少 な い と して い る。 しか しな が ら、 少 数 民 族 の 多 い 省 に お い て は 文 盲 率 が 高 く 、15歳 か ら35 歳 ま で の 年 齢 の グル ー プ に お け る 女 性 の 文 盲 者 の 割 合 が 約60%の 省 も存 在 す る とい

う。

図 表1‑4‑1民 族 別 学 校 入 学 の 推 移 (単 位=96)

1992/93 1997/98

キン族

少数 民族

キン族

少数民族

小 学 校

90.6 ・i 93.3 82.2

中 学 校

33.6 6.6 s6.2 36.5

(出 所)WorldBankestimatesbasedonVLSSII(ベ トナ ム 生 活 水 準 サ ー ベ イIIよ り世 界 銀 行 の 推 計)

(2)入 学 者 数 の推 移

ベ トナ ム の初等 教 育 は、5年 間の小 学 校 課程 か ら成 り立 っ てお り、次 の 中学校 が 4年 間の課 程 、 そ して高 等学 校 は3年 間 で あ る。 ベ トナ ム の大 学 に は 、3年 間 と4 年 間 の大 学課 程 、 ま た大 学 院 も設 置 され てい る。 職 業 訓練 学 校 に関 して は、様 々 な 機 関 が職 業 訓練教 育 を提 供 してお り、 中学 校 を終 えた後 で入 学 で き る職 業 専 門 教育 訓練 学校 は 、上級 クラ ス と下級 ク ラス の課 程 か ら成 り立 っ て い る。 そ の よ うな 学校 には 、成 人 のた め に技術 訓練 を養成 してい る ところ もある。 中央 官庁 の管轄 が異 な っ て い るの が職 業 訓練 学 校 で あ るた め、 そ の産 業 に適 した職 業 訓 練 プ ロ グラ ムで 学生

を養成 して い る。 図表1‑4‑2は 、入 学者 数 の推 移 を示 した もので あ る27)。

(24)

国 際 経 営 フ ォ ー ラ ムNo.15

図 表1‑4‑2=入 学 者 数 の 推 移 (単 位=人 数)

(1994年)(1998年)

保 育 園 ・幼稚 園 1,632,829 2,583,237

小学校

10,047,564 10,250,214

中学校

3,675,734 5,564,888

1

高等学校

863,000 x,657,708

テ ク ニ カ ル ・ ス ク ー ル 119,000 164,100

職業訓練学校

62,614 IO2,535

大学

Z25,54Q 647,103

(出 所)MinistryofEducationandTraining

(3)入 学 者 数 に よ る 男 女 の 割 合

1998年 度 に お い て は 、 小 学 校 に約1千25万 人 の 子 供 が 就 学 し、 そ の 内 女 子 は49.6

%、 男 子 は50。4%と な っ て い る(図 表1‑4‑3参 照)。 初 等 教 育 と 中 等 教 育 に お け る男 女 の 入 学 者 の 割 合 は 、 か な りバ ラ ン ス の 取 れ た 割 合 に な っ て い る が 、 高 等 学 校 以 上 の 入 学 者 の 割 合 を み て み る と、 そ の 差 が 存 在 す る。1993年 度 と比 較 す る と 、 近 年 、 女 子 の 入 学 者 の 割 合 が 上 昇 して い る こ とが 注 目 され る28)。

図 表1‑4‑3=入 学 者 数 に よ る 男 女 の 割 合(単 位=%)

1993年 1998年

小学校 男子

女子

49.8 50.2

50.4 49.6

中学校 男子

女子

51.5 49.2

49.7 50.3

高等学校 男子

女子

57.9 42.1

52.3

'

47.7

大学 男子

女子

59.0 41.0

56.3 43.5

(25)

研 究論 文●ベ トナムの人 的資源を取 り巻くマクロ環 境 (4)総 入学 者 数 と適 正 年 齢 入学 者 数 の比 率

ベ トナ ム で は、6歳 以 上 の子 供 が5年 間の初 等 教 育 を受 け るた めに 、小 学校 へ入 学 す るの で あ るが 、実 際 、適 正 年 齢 で入 学 す る子 供 以 外 に、 つ ま り6歳 を上 回 った 年 齢 の 子供 が 同様 に入 学 して い る。 そ の た め、 日本 の よ うに 同 じ学年 だか ら とい っ

て 同年 齢 で は ない子 供 も入 学 して い るの がベ トナ ム の現状 で あ る。

小 学校 の総 入 学者 数 の 比率 は、 学齢 に達 した子 供 の人数 に対 す る入 学 した子 供 の 人 数 との割 合 を表 して い る。 また 、適 正 年齢 入 学 者 数 の 比率 とは、学 齢 に達 した子 供 の人 学率 を表 した もの で あ る。

図表1‑4‑4に よ る と、 小 学校 の総 入 学 者 数 の比 率 は、1993年 が120%、1998年 が115%と 減 少 してい る。 そ の 理 由は 、6歳 の年 齢 を超 えた子 供 の入 学 者 の 人数 が 少 な くな った か らで あ り、 そ の反 対 に 、適 正年 齢 入 学者 数 の 比 率 は上 が って い るか らで あ る。 この比 率 は、ベ トナ ム とほ ぼ 同 じよ うな経 済発 展 の レベ ル に あ る国 と比 較 して も高 い とい え る。 さ らに、総 入 学者 数 の比 率 が 高 ま る とい うこ とは 、学齢 に 達 して い る子供 を十 分 に賄 え る教 育予 算 を割 り当て て 、学 校 制度 を維 持す る財 政 的 な予算 が増加 して い る と評 価 で き る よ う。 将 来 的 には 、小 学校 にお け る総 入 学者 数 の比率 は減 少 し、適 正年 齢 入 学者 数 の比 率 は増 加 して 両者 が 同 じ割 合 に近づ くであ ろ うL9)。

図表1‑4‑4総 入 学 者数 と適 正 年齢 入 学 者数 の 比 率 (単 位:%) 1993年1998年

総入学者数の比率 小 学 校120115

中 学 校4278 高等学校936

適正年齢入学者数 の比率

小 学 校8791 中 学 校3062 高等学校72g

(出 所)MinistryofEducationandTraining

(5)政 府 の教 育 政策

ベ トナ ム政 府 は、教 育 の 拡充 を 国家 的 目標 と して努 力 して い る。 政 府 の教 育 関連

(26)

国 際 経 営 フ ォ ー ラムNo.15

予 算 は 、 近 年 大 幅 に増 加 して い る。 図 表1‑4‑5は 、1991年 度 か ら1998年 度 の教 育 関 連 予 算 で あ る。GDPに 対 す る政 府 の 教 育 予 算 額 の 割 合 は 、1991年 度 の 約1.6%か ら1998年 度 で は 約3.8%と2倍 以 上 増 加 した 。 教 育 予 算 に 占 め る幼 児 教 育 と初 等 教 育 の 予 算 は約40%程 度 で 、 比 較 的 安 定 して い る。 初 等 教 育 予 算 の 約80%は 、 小 学 校 教 員 の 人 件 費 で あ る30)。

図 表1‑4‑5教 育 ・訓 練 予 算1998‑98年 (単 位=10億 ベ トナ ム ・ド ン)

1991年1995年1998年

国内総生産

76,707 222,840 313,437

総国家予算

1x,465 63,080 89,976

教育・訓練への国家予算割 当1 幼児教育予算

小学校教育予算 中学校教育予算 高等学校教 育予算

1,256 61.4(4.9%) 475.3(37.890)

192.0(15.3%}

45.0(3.6%)

6,915

290.5(4.2°/0}

2,234.132.3°/0)

1,352.5(19.6°/x)

594.2(8.6°/a}

11,757

635.0(5.4%)

4,147.0(35.3°/0)

2,279.OX19.4°/0}

979.0(S.3%)

(括 弧 内 は 学 校 教 育 に関 す る各 レベル の教 育 ・訓 練 へ の 総 国 家 予 算 割 当 のパ ー セント) (出 所)MinistryofEducationandTraining

第5節 雇用構造

ベ トナ ム の 産 業 別 の就 業 構 造 を み て み よ う。 図 表1‑5‑1は 、 産 業 別 に み た 就 業 人 口の 割 合 で あ る。 こ の 図 表 に お け る1998年 の 統 計 に よ る と、 第1次 産 業 と し

て の農 業 部 門 が 約66%を 占 め て 、 断 然 トップ で あ る。 第3次 産 業 と して の サ ー ビ ス 部 門 は 約21%、 第2次 産 業 と して の 工 業 部 門 は13%で あ る。

以 上 か ら、 ベ トナ ム の就 業 人 口 を産 業 別 に み る と農 業 部 門 が 大 多 数 を 占 め る と い う構 造 で あ る。 た だ し 、1993年 と98年 の 統 計 と比 較 し て 注 目す べ き は 、 農 業 人 口が 約71%か ら約66%と 減 少 して い る の に 対 して 、 サ ー ビス 部 門 が約17%

か ら約21%に 増 加 して い る点 で あ る。 ま た 、 工 業 部 門 も93年 の 約12%か ら 、 98年 に は 約13%に 微 増 して い る。 これ らの こ と か ら、 農 業 部 門 の 労 働 力 が サ ー

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