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博 士 ( 農 学 ) 黒 田 克 史

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Academic year: 2021

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博 士 ( 農 学 ) 黒 田 克 史

     学 位 論 文 題 名

広 葉 樹 木 部 放 射 柔 細 胞 の 氷 点 下 温 度 へ の 適 応 に 関 す る 研 究 学 位 論 文 内 容 の 要 旨

  樹木が 冬期間の 凍結スト レスに対 レて適応機 構をもつことは,寒冷地で生存してい くうえ で不可欠 な条件で ある。寒 冷地に生育 する樹木では,形成層細胞や皮層細胞に 比べて 木部放射 柔細胞の 耐凍性が 低いことか ら,木部放射柔細胞の氷点下温度での挙 動が生育地の限界を決める重要な要素となっている。レたがって,木部放射柔翁Ll胞の 氷点下 温度での 挙動を明 らかにす ることは, 樹木の多様な生理的機能を解明するうえ で極めて意義深いことである。

  樹水の木部放身、J.柔荊‖胞の氷点下温度での挙動の和f究は,示差熱分析(DTA)法を 中 心手 段 に おも に 温帯 以 北 の樹 木 につ い て 行わ れ てき た。こ れらの研 究で,DTAプ ロ フ ァイ ル にお け る 低温 で の 発熱(LTE) の有 無 に より 木 部放 射 柔 細胞 が 氷点 下 の 温度に適応するメカニズムには深過冷却による凍結回避と細胞外凍結による,耐凍性の 獲 得と い う2つの 全 く 異な る方法が あること が示されて いる。レ かし,LTEの ピーク が明瞭 ではない ,あるい は一定の 冷却速度で しか発熱を検知できないなどの理由から DTA法では これらの 区別が難 しい場合 が多々あり ,D′I丶A法による推定が実際の木部 放射柔 細胞の氷 点下温度 での挙動 を正確に表 しているのかは明らかになっていない。

  深 過 冷 却を す る木 部 放射 柔細胞は ,水の均 質核形成温 度である‑ 40℃付近で 致死 的な細 胞内凍結 を起こす 。一方, 細胞外凍結 をする木部放射柔細胞にはこのような物 理的限 界はない 。そのた め,深過 冷却をする 木部放射柔細胞をもつ樹種は最低気温が

‑ 40℃ を記 録 レた こ と のない 地域のみ に生育し ,細胞外凍 結をする 木部放射 柔細胞 をもつ 樹種はさ らに寒冷 地にまで 分布を広げ ていると考えられている。しかし,暖温 帯に生 育する広 葉樹の中 にも,木 部放射柔細 胞が細胞外凍結をする樹種があることが 報告さ れており ,これま での報告 では,樹木 の木部放射柔細胞の氷点下温度での挙動 が単な る樹種的 特性か, あるいは 生育地の温 度に依存している特性なのかは不明であ る。

    ‑ 893−

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  本論文では,広葉樹の木部放射柔細胞の氷点下温度への適応を明らかにするために,

低温電子顕微鏡法(Cryo‑SEM法,フリーズ・フラクチャー・レプリカ法)を用いて,

異なる温度環境に生育する樹種について木部放射柔細胞の実際の氷点下温度での挙動 を調べるとともに,これらの凍結抵抗性および脱水耐性を調ベ,木部放射柔細胞の氷 点下温度での挙動と生育地の温度環境との関係を明らかにした。実験には,熱帯・亜 熱 帯 , 暖 温 帯 , 冷温 帯 に 一 般 的 に 生 育 す る 広 葉 樹 の お も に3年 生 の枝 を用 いた 。   ま ず,DTA法 が木 部放 射柔 細胞 の実 際の 氷点 下温 度で の挙動 を正 確に 示す のか ど う か を 検 討 レ た 。予 備 実 験 の 結 果 ,DTA法 で明 瞭なLTEが発生 した 樹種 (ハ クウ ン ボ ク )と 全くLTEが 発生 しな かっ た樹 種( レッ ド・ オジ ャー・ ドッ グウ ッド )に つ いて,それらの木部放射柔細胞の氷点下温度での挙動を低温電子顕微鏡法を用いて直 接 観 察し た。 その 結果 ,ハ クウン ボク では ,DTA法 によ る推定 どお り木 部放 射柔 細 胞 は 深過 冷却 をし た。 一方 ,レッ ド・ オジ ャー ・ド ッグ ウッ ドで は, 冬期 にはDTA 法に よる 推定 どお り木 部放 射柔細胞は細胞外凍結を起こした。しかレ,夏期にはDTA 法 に よる 推定 と異 なり ,木 部放射 柔細 胞が‑25℃付 近ま での深 過冷 却を する こと を 明らかにした。以上の結果から,木部放射柔細胞の正確な氷点下温度での挙動を把握 す る た め に は 低 温電 子 顕 微 鏡 法 に よ る直 接的 な観 察が 必要で ある こと を示 した 。   以上の知見に基づいて,これまでに研究が行われていない熱帯・亜熱帯樹種をはじ め,暖温帯樹種および冷温帯樹種を選定し,低温電子顕微鏡法を用いそれらの木部放 射柔細胞の氷点下温度での挙動を調べ,これらの氷点下温度での挙動と樹木の生育分 布との関係について明らかにした。熱帯・亜熱帯樹種では,植氷によって直ちに細胞 内凍結を起こす‑歯Kの樹種(マンゴー)の少数の細胞を除き,ほとんどの樹種(マル バ ゴ ムノ キ, ガジ ュマ ルな ど)の 木部 放射 柔細 胞は 若干 の脱 水を 伴う‑10℃ 付近 ま での深過冷却をすることを明らかにした。暖温帯樹種(センダン,クスノキなど)で は, 夏期 には ー10℃付 近ま での 深過冷 却, 冬期 には‑ 20℃付近までの深過冷却をす るこ とを 明ら かに した 。冷 温帯樹種の氷点下温度での挙動には3通りの異なった挙動 がみ られ た。 これ らは ,1) 夏期にはー25℃付近まで,冬期には−40℃付近までの深 過冷却をする木部放射柔細胞をもつ樹種(ハクウンボク,エゾヤマザクラなど),2) 夏 期 には‑25℃ 付近 まで の深 過冷 却, 冬期 には ―40℃付 近まで の深 過冷 却と 細胞 外 凍結 をす る木 部放 射柔 細胞 が混 在する 樹種 (ヤ マグ ワ, ハルニレなど),3)夏期に は‑25℃付 近ま での 深過 冷却 ,冬 期に は細 胞外 凍結 をす る木部 放射 柔細 胞を もつ 樹     ―894ー

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種( レッド・オジャー・ドッグウッド,シラカンバなど)である。生育地および季節 による温度変化に伴い木部放射柔細胞の氷点下温度での挙動が大きく変化する事実は,

木 部 放 射 柔 細胞 の 氷 点 下 温 度 で の 挙 動 が 温度 変化 に強 く依 存さ れる ことを 示す 。   っ ぎに,木部放射柔細胞の氷点下温度での挙動と生存の関係を調べた。その結果,

木部 放射柔細胞の深過冷却能の増加に伴って凍結抵抗性が増加することを明らかにし た。 しかし,熱帯・亜熱帯樹種と暖温帯樹種では,深過冷却中に起こる部分的な脱水 によ り,木部放射柔細胞の生存率が深過冷却の破れる温度よりも若干高い温度で低下 した。さら:に,冷温帯樹種のうち深過冷却をする木部放射柔細胞のみをもつ樹種では

―40℃, 深過 冷却 と細 胞外凍 結を する 木部 放射 柔細 胞が 混在 する樹穏ではさらに低 い温 度,細胞外凍結をする木部放射柔細胞のみをもつ樹種では最も低い温度(ー70℃ 以下)まで生存できることを明らかにした。

  ま た,熱帯から冷温帯までの地域にそれぞれ分布する樹種について,木部放射柔細 胞の 脱水耐性の変化を浸透圧脱水実験により調べた。その結果,木部放射柔細胞の氷 点下 温度での挙動が深過冷却かあるいは細胞外凍結かという違いに拘わらず,生育地 およ び季節により温度が低下するにっれ,木部放射柔細胞の脱水耐性は徐々に高まる 傾向 を示した。これらの結果は深過冷却と細胞外凍結が生育地の温度に依存レた連続 した氷点下温度への適応機構であることを示唆する。

  木 部放射柔細胞の氷点下温度での挙動の違いは,細胞壁あるいは原形質膜の構造特 性の 影響によると考えられる。本諭文では木部放射柔細胞の氷点下温度での挙動のメ カニ ズムを解明するための予備的な実験として,深過冷却をする木部放射柔細胞の細 胞壁 の役割について調べた。その結果,細胞内凍結を起こし,原形質膜が明らかに破 壊さ れた木部放射柔細胞においても,融解後,再冷却した場合に再び深過冷却をする こと が明らかになった。この結果は木部放射柔細胞の氷点下温度での挙動の違いに細 胞壁の特性が強く関与することを示す。

  本 研究で得られた知見は,樹木の氷点下温度への適応を明らかにしていくうえで重 要で あるとともに,低温生物学および樹木生理学の研究の進展に寄与するところが大 きいと考えられる。

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学位論文審査の要旨

主 査  教 授  大 谷  諄 副 査  教 授  高 橋 邦 秀

副 査  助 教授  藤川 清三 (低温 科学 研究 所)

     学位論文題名

広葉樹木部放射柔細胞の氷点下温度への適応に関する研究

  本論文は6章で構成され,図55,表23,引用文献98,総頁数165の和文論文で ある.別に参考論文6編が添えられている.

  植物の生細胞が氷点下温度に適応するメカニズムには,過冷却による凍結回避 と細胞外凍結による耐凍性の獲得という2つの方法があることが知られている.

樹木では,木部の放射柔細胞の氷点下温度での適応性は,樹木内の他の生細胞に 比べて低いことから,樹木の寒冷地への生育分布を規制する重要な要素になって いる.

  木部放射柔細胞の氷点下温度への適応メカニズムは,これまで示差熱分析法に よって主に冷温帯樹種について調べられており,気温が‑40℃以下になる寒冷地 にまで生育する樹木は細胞外凍結をする木部放射柔細胞をもっが,このような低 温にならない地域に生育する樹木は深過冷却をする木部放射柔細胞をもつことが 明らかにされている.

  本研究では,木部放射柔細胞の氷点下温度での挙動について,低温電子顕微鏡 法(低温走査電子顕微鏡法および凍結割断レプリカ法)を用いて細胞レペルでの 直接観察をすることにより,まずこれまで用いられてきた示差熱分析法による結 果を検討した.その結果,示差熱分析法は必ずしも木部放射柔細胞の氷点下温度 での正確な挙動を示さないことを明らかにした.すなわち,示差熱分析法によっ て深過冷却をすると判断される場合は正確な挙動を示すが,細胞外凍結をすると 判断される場合には誤った結果をもたらす可能性があることを明らかにした.こ れらの結果に基づき,本研究では低温電子顕微鏡法を用いて,生育地温度の異な る広葉樹39種(熱帯・亜熱帯樹種5種,暖温帯樹種12種および冷温帯樹種22種)

について,採取試料を実験室内で目的の氷点下温度まで種々の条件下で冷却し,

それらの木部放射柔細胞の挙動を調べた・

  熱帯・亜熱帯樹種では―10℃前後まで深過冷却をするが,暖温帯樹種の冬期で

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は‑20℃,夏期ではー10℃前後まで深過冷却をする.また,冷温帯樹種の冬期で は,‑40℃付近まで深過冷却をする木部放射柔細胞のみをもつ樹種,深過冷却と 細胞外凍結をする木部放射柔細胞が混在する樹種および細胞外凍結をする木部放 射柔細胞のみをもつ樹種が存在するが,.これらすべての樹種の夏期では―20℃前 後まで深過冷却をする.以上の結果は,氷点下温度での木部放射柔細胞の挙動は 樹木の生育地温度の低下にともない深過冷却から細胞外凍結に変わること,同一 樹種内でも深過冷却と細胞外凍結をする木部放射柔細胞が存在する樹種があるこ とを示す,

  っぎに,氷点下温度での木部放射柔細胞のこれらの挙動と生存率の関係につい て調べた,熱帯・亜熱帯と暖温帯の樹種および深過冷却型の冷温帯樹種では,深 過冷却能が高くなるにしたがい木部放射柔細胞が生存できる温度は低くなる傾向 があること,また,冷温帯樹種の冬期では,深過冷却型の樹種,深過冷却・細胞 外凍結型の木部放射柔細胞が混在する樹種,細胞外凍結型の樹種の順に,木部放 射 柔 細 胞 が 生 存 で き る 温 度 は 低 く な る こ と を 明 ら か に し た .   さらに,浸透圧脱水法により木部放射柔細胞の脱水耐性について調べた.深過 冷却をする木部放射柔細胞には脱水耐性はないと考えられていたが,深過冷却を する木部放射柔細胞の冬期での脱水耐性は,暖温帯樹種では−20℃付近まである が,冷温帯樹種ではさらに高くなること,暖温帯・冷温帯樹種の夏期での脱水耐 性は低くなることを明らかにした.細胞外凍結をする木部放射柔細胞は,当然極 端に高い脱水耐性を示した.これらの結果は,木部放射柔細胞の脱水耐性はそれ らの深過冷却・細胞外凍結型とは無関係に生育地や季節の温度低下にともない高 くなることを示す.

  本研究で得られた上述の結果は,木部放射柔細胞の氷点下温度への適応性が樹 木の生育温度に依存して連続的に深過冷却型から細胞外凍結型へと徐々に変遷し たことを強く示唆するものである・

  以上のように,本論文は低温電子顕微鏡法による広範かつ詳細な観察結果をも とにして,生育地温度の異なる広葉樹の木部放射柔細胞の氷点下温度での適応性 について検討したものであり,その成果は学術上高く評価される.よって審査員 一同は,黒田克史が博士(農学)の学位を受けるに十分な資格を有するものと認 めた.

参照

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