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山形与志樹

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Academic year: 2022

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1

環境・災害リスク指標とマンション価格の マルチレベルモデルによる空間計量経済分析

山形与志樹

1

・村上大輔

2

・瀬谷創

3

・堤盛人

4

1非会員 国立環境研究所 地球環境環境センター(〒305-8506 茨城県つくば市小野川16-2)

E-mail: yamagata@nies.go.jp

2非会員 筑波大学大学院 システム情報工学研究科(〒305-8573 茨城県つくば市天王台1-1-1)

E-mail: muraka51@sk.tsukuba.ac.jp

3正会員 国立環境研究所 地球環境環境センター(〒305-8506 茨城県つくば市小野川16-2)

E-mail: seya.hajime@nies.go.jp

4正会員 准教授 筑波大学 システム情報工学研究科(〒305-8573 茨城県つくば市天王台1–1–1)

E-mail: tsutsumi@sk.tsukuba.ac.jp

環境・災害リスクの経済的評価への応用を目的として,不動産価格のヘドニック分析に関する新手法を 構築して分析を実施した。不動産データは,地理座標を持った空間データであり,場所に依存する空間的 異質性を有する.近年、空間計量経済学において,このような空間データの特性を考慮した『空間ヘドニ ック・アプローチ』による分析手法が発展してきた。しかし既存手法では、一座標一データが基本的前提 であり,戸別マンションデータのような一座標に多データのモデリングは困難であった.そこで本研究で は,マルチレベルモデルを援用した新たな空間計量経済モデル分析手法を考案し,戸別マンションデータ のヘドニック分析に適用した.実証面では,不動産の環境性能と災害リスク指標のマンション価格への影 響に着目し,東京23区のマンション価格データを用いた分析を行った.

Key Words:, multilevel model, spatial econometrics, hedonic approach, disaster risk, environmental factor

1. はじめに

東日本大震災を経て,今後の我が国におけるまち づくりでは,省エネルギ―化をはじめとする環境性 能の向上と,災害リスクに対する脆弱性の克服を同 時に実現することが喫緊の課題となった.そのため の第一歩として,不動産の環境性能や災害リスクに 関する情報が,経済的な価値として評価されること が重要である.これまで,土地・住宅資産を対象に した価値計測においては,ヘドニック・アプローチ が用いられてきた.これは,財価格をその属性に回 帰することによって属性の計算価格を得る方法で,

Rosen (1974) によってミクロ経済理論と整合する理

論展開がなされて以来大きく発展し,国内外問わず,

環境価値や社会資本整備の便益計測に多くの適用事 例を持つ(例えば,肥田野, 1997).

ヘドニック・アプローチで用いられる不動産デー タは,地理座標を持った空間データであり,データ 間に場所固有の依存性や異質性が存在する.観測デ ータに空間的な依存性が存在する場合に,回帰モデ ルのパラメータを通常最小二乗法(ordinary least

squares method (OLS))を用いて推定すると,統計学 的な意味でパラメータ推定値やパラメータ分散の推 定値の信頼性が低下することが知られているため,

これらは適切に処理されなければならない(例えば,

LeSage and Pace, 2009).近年,空間計量経済学に おいて,このような空間データの特性を考慮した

『空間ヘドニック・アプローチ』に関する研究事例 が蓄積されてきた(例えば,Anselin and Lozano- Gracia, 2009; 堤・瀬谷, 2010).しかしながら,こ れらの代表的な手法では,一座標に一データの存在 が基本的前提であることから,戸別マンションデー タのような,一座標に多データが存在し,その個数 が場所によって異なる場合のモデリングは困難であ った.このため,実証分析においては,座標を住戸 毎に少しずつずらすといったアドホックな対策を採 るか,又は平均価格を用いて,マンションごとに分 析を行わざるを得ないのが現状である(山形ほか, 2011).言うまでもなく,ヘドニック・アプローチ では,需要者のつけ値関数と供給者のオファー関数 の 包 絡 線 か ら な る 市 場 価 格 関 数 を 推 定 す る た め

(Rosen, 1974; 中村, 1992),実際の市場での取引価

(2)

格を用いることが望ましく,平均価格を使ったモデ リングは,ヘドニック理論との整合性の観点で問題 があると考えられる.したがって,空間的自己相関 を考慮しながら,戸–棟といった階層性を持つデー タをモデリングする技法が求められているといえる.

データの階層性を考慮した代表的なモデリング技 法には,マルチレベルモデル(multilevel model)/ 階層線形モデル(hierarchical linear model)(市田ほ か, 2005; 筒井・不破, 2008)が存在する.Djurdjevic

et al. (2008) は,マルチレベルモデルをヘドニック

分 析 に 適 用 し て い る .Gelfand et al. (2007) は , Gelfand et al (2003) の空間可変パラメータモデル

(spatially varying coefficient model (SVCM))を援用 し,マルチレベル空間可変パラメータモデルを構築 し,空間依存性に対処している.また,Corrado and Fingleton (2011) は,空間計量経済学の代表的モデル である,空間ラグモデル(spatial lag model)をマル チレベルモデルに拡張する理論的な枠組を示してい る.しかしながら,Corrado and Fingleton (2011) の モデルは,パラメータ識別のために被説明変数や説 明変数の変換を必要とし,実証研究においては扱い づらい.またパラメータ識別が可能となるのは,極 め て 限 定 的 な 条 件 下 の み で あ る . 本 研 究 で は , Corrado and Fingleton (2011) のアプローチを基に,

より現実的で,かつ実証研究上実用的なマルチレベ ル空間ラグモデル(multilevel spatial lag model)を 提案する.そして,この手法を戸別マンションデー タのヘドニック分析に適用し,不動産の環境性能と 災害リスク指標のマンション価格への影響について 分析を実施する.

以下,第2章では,災害リスク指標と不動産の環 境性能の不動産価格への影響に関する研究を概観す る.第3章では,本研究で用いるマルチレベルモデ ルと空間計量経済モデルをレビューする.その後,

第 4章で本研究で用いるデータについて述べ,第 5 章で実証分析を行う.最後に,第6章で今後の課題 について述べる.

2.不動産の環境性能・災害リスク指標と価格 のヘドニック分析に関する既往研究

2.1. 災害リスク指標と不動産価格に関する既 往研究

地震リスクと不動産価格との関連を検証した古典 的な研究としては,Brookshire et al. (1985) が挙げら れる.また,我が国における実証としては,山鹿ほ か(2002a, b),山鹿ほか(2003),顧ほか (2010) 等が存 在し,いずれも震災リスクが家賃・地価を低下させ ることを指摘している.また,水害リスクと不動産 価格との関連についても多くの実証事例が存在し

(宮田・安邊, 1991; 市川ほか, 2002; 斎藤, 2005; 岩崎 ほか, 2006; 橋本, 2011),そこでは説明変数として 期待浸水深や河川からの距離,浸水履歴などが用い られている.市川 (2010) は,複数の災害リスク情 報の指標を用いて,災害リスクが JREIT の取得価 格に及ぼす影響についてヘドニック価格関数を推定 することによって分析している.橋本 (2011) は,

東京 23区を対象とし,H12年,H17 年,H22年の 公示地価を用いた実証において,浸水想定区域(詳 しくは後述)の水害リスクが住宅地地価に負の影響 を与える傾向にある一方で,浸水予想区域(内水氾 濫等)は与えない傾向にあるという結果を示してい る.

2.2. 不動産の環境性能と不動産価格に関する 既往研究

近年の世界的な低炭素社会への取り組みにおいて は,全セクター合計の約 3 割分に相当している住 宅・オフィス部門における CO2 排出量の削減が注 目 を 集 め て い る ( 環 境 省 : http://www.env.go.jp/earth/ondanka/ghg/index.html) . 我が国においても不動産分野(住宅・オフィス)で の温暖化対策のポテンシャルが大きく,近年,国お よび自治体において検討がなされている建築物の環 境性能評価が重要である.今後,不動産分野におい て,環境性能に優れた不動産の取得を促進してゆく ためには,環境性能に関する認証情報が不動産取引 に際して認知され,環境性能に優れた物件を選考す るインセンティブが働いて,環境性能が不動産価格 に反映されてゆく必要がある.

近年,環境性能の高いビルに優先的に投資を行う 動きが国際的に見られる.その際に利用される環境 性能評価システムは,それぞれの国で独自に開発・

運用されたものであり互換性は少ない(Yasuhara

and Yamagata, 2011).我が国においては,代表的

な環境性能評価システムとして,CASBEEが存在す る.しかしながら現時点で,CASBEEでの環境性能 評価は,統計学的に有意には不動産価格には反映さ れていないという結果が示されている(山形ほか, 2011).

本研究では,これまでの環境性能評価に関する研 究では定量的分析が実施されてこなかった,太陽光 発電,屋上緑化,オール電化についても新たにデー タを取得し,不動産価格への影響を検証する.筆者 らのレビューした範囲では,これらの技術導入の影 響を同時に検証した我が国を対象とした研究は存在 しない.

3. 本研究で使用するモデルの概説

(3)

3.1. 空間計量経済モデル

空間計量経済学では,空間的自己相関を考慮する ためのモデルが多数考案されてきた.代表的なモデ ルである空間ラグモデルは,式 (1) で表される.

u Wy

y   , (1) ここで yN×1の被説明変数ベクトル,Xは N×P の定数項を含む説明変数行列,はP×1の回帰係数 ベクトル,uは N×1の攪乱項のベクトル,ρは空間 パラメータ(スカラー)を示す.W は空間重み行 列と呼ばれるN×Nの行列であり,その成分wij は,

地点(地域)i と j におけるデータに依存関係があ るならば,0 でない何らかの値をとる.多くの場合 W は 行 和 が 1 と な る よ う に 行 基 準 化 さ れ る

(Fingleton, 2009).空間計量経済学に関する詳細

については,LeSage and Pace (2009) を,近年のレビ ューについてはAnselin (2010) を参照されたい.

3.2. マルチレベルモデル

マルチレベルモデルは,観測値相互の独立性が確 保できないようなデータを分析するのに有用な統計 モデルである.分かりやすい例として,小学生の成 績は,個人の性質だけでなく,所属するクラスの性 質,あるいは学校の性質に依存すると考えられる.

このようなグループ性を無視すると,回帰係数の推 定値がバイアスを持つことになる.

本研究で対象とするマンションデータも,同じ棟 内の住戸は似通った価格を持つと考えられ,信頼で きるパラメータ推定値を得るためには,このような グループ内(級内)相関を考慮する必要がある.

一般に,2階層のマルチレベルは,次式のように 定式化できる.

j q jq q ij

p ijp p

ij x z e u

y

,

,   , (2)

ここで i は個体(住戸)を表す添え字,j はグルー プ(棟)を表す添え字である.yijxij,peij,はそれ ぞれグループ j に所属する個体 i の被説明変数,p 番目の説明変数(定数項を含む),及び攪乱項を示 す.zj,qujはそれぞれグループ jq番目の説明変 数,及び攪乱項を示し,これらによりグループ毎の 特性(異質性)が表現される.pγqはそれぞれ回 帰係数を示す.eij,ujは通常次式を満たすと仮定さ れる.

) , 0 (

~ e2

ij N

e  , uj ~N(0,u2), 0

) ,

cov(eij eij  ii, cov(uj,eij)0, (3) ここでe2はグループ内分散,u2はグループ間分散 を示すパラメータであり,これらを用いて,グルー プ内の個体の類似性の強さを示す級内相関(intra- class correlation (ICC))が式(4)で定義される.

2 2

2 e u

ICC u

  . (4)

ICCは0から1の間の値をとり,1に近い程グループ 内の個体の類似性が強い.ICCが大きければ,マル チレベルモデルによって,データの非独立性を考慮 した分析を行うことが重要であるということができ る.

マ ル チ レ ベ ル モ デ ル の パ ラ メ ー タ 推 定 に は , iterative generalized least squares(IGLS,Goldstain, 1986)が用いられことが多かったが,IGLS による 分散パラメータ推定値には下方バイアスが存在する ことから,本研究では Goldstain (1989) の restricted IGLS (RIGLS) を用いることとする.RIGLS による 繰り返し計算で得られる推定値は,収束後 REML (restricted maximum likelihood) による推定値と理論 的に一致することが知られている.パラメータ推定 法等に関する詳細については,Goldstein (1991) を参 照されたい.

Corrado and Fingleton (2011) (以下,CF)は,式 (2) の 2階層マルチレベルモデルに,空間的依存性 を導入することを試みている.CF が提示したモデ ルの基本形は,次式で与えられる.

j ij j ij ij

ij Wy X β Z γ e u

y      , (5) ここで,yijyijを要素に持つ N×1の被説明変数 ベクトル,Xij,Zjxij,p,zj,qを要素に持つ N×P,

N×Q 行列,,はp,qを要素に持つ P×1Q×1 の回帰係数ベクトル,eij,ujeij,ujを要素に持つ N×1 の攪乱項ベクトル,W は次式に示すブロック 対角化行列である.

) , , , , (

diag W1 Wj WG

W   , (6)

) 1(

1

j j

j w w

w j

j w 1 1 I

W  

  , j=1,…, G, (7)

ここで,W は,G 個のグループ(棟)に分けられ るとし,それぞれのグループは,wj個の個体(住 戸)を含むとする.だたし,

Gj1wjNを満たす.

1 は,1 からなる wj次元のベクトルであり,Iwj×wjの単位行列である.

式 (7) では,あるyijへの影響は,同一グループに 所属する他の個体からの均等な影響のみから成り,

グループが異なる場合,重みとしては0が与えられ る.すなわち,式 (5) のモデルは,空間ラグモデル を用いて,同一グループ内に所属する個体間の相関 構造を記述したマルチレベルモデルであるといえる.

し た が っ て,Wyij の 各 要 素 は , グル ー プ 平 均値

j wi j ij

j w y

y {1( 1)} 1 で与えられ,式 (5) は次式の ように成分表示できる.

j q jq q ij

p ijp p j

ij y x z e u

y

,

,   . (8)

(4)

言うまでもなく,式 (8) では,yjと,XijZjが相 関するため,多重共線性の点で問題がある.この点 を解決するために,CF は,式 (8) を変形した誘導 型において,リパラメタライズされた新たなパラメ ータを推定し,式 (8) におけるパラメータを識別す る方法を提示している.しかしながらこの方法でパ ラメータが識別できる条件は,Zjが存在せず,か つxijが定数項に加えて 1 つしか存在しないという 極めて限定的な場合のみである.

本研究では,CF と異なり,次のようなモデル化 を試みる.

j q jq q ij

p ijp p l il l

ij w y x z e u

y

,

,   , (9)

ここで,yl 近隣の棟(l=1,...G)の平均価格であり,

wilは次式で与えられる.





 



0 ,

0

0 1 ,

2 il il il il

d if

d d if

w , (10)

ここで,dilは地点il 間の距離である.すなわち,

このモデル化では,あるマンション j のある住戸 i の価格は,他の棟(マンション)l における平均価 格から影響を受けるとし,その影響は距離に対する 減衰関数で与えられるとする.マンション毎の異質 性は,ujによってコントロールされる.このモデル 化では,yjを説明変数の一つとして導入していな いため,多重共線性の問題を避けることができ,説 明変数XijZjに変換等の制約を与える必要はない.

以下では,本モデルを用いて,級内相関と空間自己 相関を考慮しながら,住戸レベルでのヘドニックモ デルの構築を行う.

4. マルチレベル空間計量経済モデルを用いた ヘドニック分析

4.1. ヘドニック分析の方針

本研究では,4.2 で述べる第 6回地域危険度調査 の行われた年次である平成 20 年に販売の開始され た戸別マンションを対象に,災害リスク指標の不動 産価格への影響を分析する.対象地域は東京 23 区 とする.不動産データとしては有限会社エム・アー ル・シー作成の戸別分譲価格(自然対数値)を用い る.なお,本データは成約価格ではなく,募集価格 である点に注意が必要である.成約価格を用いたヘ ドニック分析では,家計の付け値曲線と生産者のオ ファー曲線との接点から構成される市場価格関数を 推計することとなる.しかしながら,募集価格を用 いることは,生産者の最初のオファー価格を分析し ていることと解釈される.

構築するモデルは,[A] LRM住戸モデル(住戸を モデル構築単位とし,パラメータを OLS 推定した もの),[B] LRM棟平均モデル(棟をモデル構築単 位とし,パラメータを OLS 推定したもの),[C]

Multilevel (non-spatial)モデル(空間的自己相関を考 慮 し な い マ ル チ レ ベ ル モ デ ル ,[D] Multilevel (spatial) モデル(式 (9) に示すマルチレベル空間ラ グモデル)の4種類である.

災害リスクを表す説明変数には,4.2.で詳述する 常時浸水リスク[Flood1],大型浸水リスク[Flood2], 建物倒壊危険度[Build],火災危険度[Fire]の各ダミ ー変数を用いる.環境性能に関する変数としては,

前述の通りオール電化[Elect],太陽光発電[Solar],

屋上緑化[Green]の有無に関するダミー変数を用い

る.災害リスク以外の説明変数として,住戸毎の変 数として平均面積 (m2)[Area],階高[Floor],棟毎の 変数として,工業系用途地域であることを示すダミ ー変数[Ind],最寄鉄道駅までの総所要時間(徒歩+

バス)(分)[Station],最寄駅から東京都内の主要駅

(東京,新宿,池袋,渋谷,品川のいずれか)まで の最短所要時間(分)[Tokyo](Yahoo!路線情報を用い て主要駅での所要時間を算出して作成(2011 年 2 月1時点))を用いる.なお,棟平均モデルについ ては,住戸モデルとの比較のため,戸レベルでの説 明変数(平均面積,階高)の平均値も導入している.

4.2. 用いる災害リスクデータ

本研究では,東京 23 区のマンション価格データ を分析するため,東京 23 区における災害リスクデ ータを用いることとする.具体的には,水害リスク データと,地域危険度のデータを用いる.

まず,前者に関して,東京 23 区の公表されてい る水害リスク指標としては,実際の被害履歴である 災害履歴図の「浸水履歴」,及び被害の予測である

「浸水予想区域」,及び「浸水想定区域」がある

(橋本, 2011).このうち浸水予想区域とは,東京 都が作成した,中小河川の超水や内水氾濫の範囲を 表したもので,2001 年の水防止法の改正で導入さ れたものである(2001~2003 年に作成).これは,

ゲリラ豪雨時の内水氾濫リスクの指標ともなる.一 方で,浸水想定区域は,国土交通省が作成した大型 河川(荒川と多摩川)が200年に一度の大氾濫をし た場合の浸水予想を示したものである.本研究では,

橋本 (2011) を参考に,浸水深 0~0.2m をリスク低,

0.2~0.5mをリスクやや低,0.5~1.0mをリスク中,

1.0~2.0m をリスクやや高,2.0m 以上をリスク高と

定義することとする.また,以降では,浸水予想区 域における水害のリスクを「常時浸水リスク」浸水 想定区域における水害リスクを「大型浸水リスク」

と呼称することとする.本研究では,このうちリス

(5)

ク低[Flood_Low]と,リスク高[Flood_High]のダミー を導入した分析結果について示す.

一方で,地域危険度については,既往研究でも用 いられることが多い,東京都の地域危険度測定調査 の結果を用いることとする.同調査は,東京都震災 予防条例に基づいて,1975 年度以降,概ね 5 年毎 に公表されているものであり,2008 年 2 月に実施 された第6回地域危険度調査では,建物倒壊危険度,

火災危険度,及び総合危険度のそれぞれに基づいて 町丁目が 5つのランク(1:危険度低~5:危険度 高)に分類されている.建物倒壊危険度は,地震に よる建物倒壊の危険性の指標であり,地震動による 建物倒壊量と液状化により生じる建物倒壊量の和を 面積で除した数値を用いて各町丁目が5つのランク に分類される.火災危険度は,震災による出火,及 びそれによる延焼の危険性の指標であり,予め格子 状に配置された各地点からの出火により生じる対象 町丁目,及び周辺町丁目の全焼棟の数を面積で除し た数値を用いて各町丁目が5つのランクに分類され る.総合危険度は,以上の2つの指標より算出され る,震災リスクの総合的な指標である.本研究では,

このうち,建物倒壊危険度と火災危険度について,

リ ス ク 低[Build_Low],[Fire_Low]と , リ ス ク 高 [Build_High],[Fire_High]のダミーを導入した分析 結果について示す.

4.3. 分析結果

まず,[A] LRM住戸モデル,[B] LRM棟平均モデ ルのパラメータ推定結果を表2に示す.住戸モデル と,棟平均モデルでは,前者の方が自由度調整済み 決定係数が高いという結果が得られた.言うまでも なく,棟平均データのほうがばらつきが少ないため,

S.E.が大きく,t 値が小さい.棟平均変数間の多重 共線性に関する代表的な診断統計量である vif を見 ると,全変数について広く用いられている判断基準 である,10 未満の値を示していることが分かる

(結果は省略するが,棟平均モデルについても同様 に10未満であった).

Area,Floor,Tokyo,Station,Ind の各変数の符 号は,それぞれ Area (+),Floor (+),Tokyo (–), Station (–),Ind (–)となり,それぞれ直観に整合する 結果となった.また,これらの変数は 1%水準で統 計学的に有意であった.環境性能変数の Elect, Solar,Greenは,棟モデルにおいて Greenが 5%水 準で有意となったのを除き,有意とはならなかった.

したがってこれらの変数は,不動産価格に反映され ていないと考えることができ,低炭素化への示唆と いう観点からは興味深い結果といえる.

ここで,住戸モデルにおける災害リスク指標の回 帰 係 数 推 定 値 を 見 る と ,Build_High が (+),

Fire_Lowが (–),Flood1_Lowが (–),Flood1_Highが (+) と,これらの変数について直観とは逆の符号で

かつ 1%水準で有意に推定され,奇異な結果が生み

出されていることが分かる.

一方,表3に示すマルチレベルモデルの推定結果 においては,棟毎の異質性をujでコントロールする ことによって,パラメータのバイアスが改善され,

Build_Highの符号が (+) であるものの有意ではなく

なり,Fire_Lowの符号が (+) になるなど,より直感 と整合する結果が得られていることが分かる.これ は,本データにおいて,グループ内相関が 0.84

(non-spatial),0.82(spatial)と非常に大きいため である.

ヘドニック・アプローチにマルチレベルモデルを 適用している研究が,(Djurdjevic et al, 2008)等に 限られ,極めて少ないことを考えると,実際には表 2の LRMの結果をそのまま解釈してしまうといっ た例も少なくないものと考えられる.慣習的なダミ ー変数の導入による異質性の考慮法は,今回のマン ションの例のように,グループ数が多い場合は自由 度を大きく低下させることとなり限界があるため,

マルチレベルモデルは非常に有用な手法になり得る.

また,空間的自己相関を考慮することで,対数尤 度で見た実データへの当てはまりが改善した.災害 リスク指標を見ると,特に建物危険度が低いことが 地価を上昇させ,大規模洪水リスクが大きいことが,

地価を下落させる可能性があることが示された.ま た,non-spatial のケースでは,大規模洪水リスクが 小さいことが,地価を上昇させる可能性が示唆され たが,これはspatialの場合では検出されなかった.

したがってこの結果は,空間的自己相関を無視する ことによって生じたバイアスによる可能性がある.

この点から,空間計量経済モデルを用いることの重 要性についても改めて指摘できよう.

5. まとめ

本研究では,マルチレベルモデルを援用した空間 計量経済モデルを用いて,戸別マンションデータの ヘドニック分析を行う手法を考案し,実際のデータ に適用した.前述の通り,ヘドニック分析において は,理論との整合性の観点から,平均価格ではなく,

実際の取引データ(住戸)単位で分析を行うことが 望ましいと考えられる.本研究では,マルチレベル 空間ラグモデルを用いて,住戸単位の分析において,

グループ内相関と,空間的自己相関を無視すること が,誤った政策示唆につながる可能性があることを 実証的に示した.今後,さらに環境性能の変数を増 やした実証を行うとともに,マルチレベル空間計量 経済モデルの定式化を精緻化してゆく予定である.

(6)

図1 マンション別分譲価格の分布 図2 総合危険度の分布

図3 火災危険度の分布 図4 建物倒壊危険度の分布

図5 常時水害リスクの分布 図6 大型水害リスクの分布

表1 分譲価格及び災害リスク指標に関する要約統計量

分譲価格(百万円) 地域危険度 水害リスク

棟別 戸別 建物倒壊危険度 火災危険度 常時水害リスク 大型水害リスク

平均 55.45 59.32 2.38 2.27 3.01 2.54

標準偏差 29.66 35.33 1.04 0.95 1.09 1.85

最大値 277.6 720.0 5.00

最小値 18.70 13.90 1.00

サンプル数 508 17047 508

(7)

表2 線形回帰モデルのパラメータ推定結果

[A] LRM(住戸モデル) [B] LRM(棟平均モデル)

Coef. S.E. t vif Coef. S.E. t

(Intercept) 7.6773 0.0077 992 --- 7.5642 0.0414 183 Area 0.0173 0.0001 229 1.2897 0.0186 0.0005 36.7 Floor 0.0069 0.0002 41.4 1.6080 0.0049 0.0016 3.07 Tokyo –0.0124 0.0002 –58.8 1.7705 –0.0115 0.0011 –10.3 Station –0.0097 0.0004 –23.8 1.3823 –0.0136 0.0021 –6.41 Ind –0.0999 0.0031 –32.2 1.3693 –0.0829 0.0192 –4.32 Elect 0.0002 0.0041 0.04 1.2743 0.0128 0.0261 0.49 Solar –0.0116 0.0191 –0.61 1.1130 –0.0590 0.0708 –0.83 Green 0.0043 0.0052 0.82 1.1448 0.0606 0.0305 1.99 Build_Low 0.1014 0.0038 26.8 1.8206 0.0744 0.0229 3.25 Build_High 0.0471 0.0099 4.76 1.0530 0.0455 0.0424 1.07 Fire_Low –0.0648 0.0038 –16.9 1.8664 0.0256 0.0221 1.16 Fire_High 0.0192 0.0105 1.83 1.0570 0.0050 0.0518 0.10 Flood1_Low –0.0177 0.0052 –3.4 1.2610 –0.0151 0.0318 –0.48 Flood1_High 0.0542 0.0038 14.1 1.2272 0.0118 0.0251 0.47 Flood2_Low 0.0411 0.0054 7.56 4.2712 0.0883 0.0265 3.33 Flood2_High –0.0976 0.0050 –19.6 3.1574 –0.0724 0.0260 –2.78

Adjusted R^2 0.8506 0.8045

Residual

Variance 0.0282 0.0273

Log–likelihood

(参考) 6240.8

表3 マルチレベルモデルのパラメータ推定結果

[C] Multilevel(non-spatial) [D] Multilevel(spatial)

Coef. S.E. t Coef. S.E. t

(Intercept) 7.6416 0.0342 223 4.3747 0.3396 12.9 Area 0.0164 0.0000 358 0.0164 0.0000 358 Floor 0.0064 0.0001 61.4 0.0064 0.0001 61.3 Tokyo –0.0101 0.0011 –9.40 –0.0092 0.0010 –9.30 Station –0.0114 0.0020 –5.64 –0.0122 0.0019 –6.54 Ind –0.0745 0.0193 –3.86 –0.0721 0.0177 –4.08 Elect 0.0087 0.0261 0.33 –0.0071 0.0240 –0.29 Solar –0.0655 0.0722 –0.91 –0.0368 0.0664 –0.55 Green 0.0569 0.0309 1.84 0.0554 0.0283 1.96 Build_Low 0.0765 0.0232 3.30 0.0700 0.0213 3.29 Build_High 0.0323 0.0429 0.75 –0.0127 0.0396 –0.32 Fire_Low 0.0287 0.0222 1.29 –0.0267 0.0211 –1.27 Fire_High –0.0033 0.0523 –0.06 0.0165 0.0480 0.34 Flood1_Low 0.0015 0.0319 0.05 –0.0025 0.0293 –0.09 Flood1_High 0.0161 0.0254 0.63 0.0147 0.0233 0.63 Flood2_Low 0.1086 0.0264 4.11 0.0104 0.0263 0.39 Flood2_High –0.0728 0.0263 –2.77 –0.0602 0.0241 –2.49

Spatial Lag 0.3894 0.0403 9.66

Residual

Variance eij 0.0052 0.0001 0.0052 0.0001 Residual

Variance uj 0.0277 0.0018 0.0232 0.0015

Log–likelihood 19548.6 19592.8

(8)

謝辞

本研究で使用した災害リスクデータの一部は,筑 波大学大学院に在籍していた橋本基氏よりご提供い ただいたものである.ここに記して感謝を申し上げ ます.

参考文献

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参照

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