Japanese Association for Tibetan Studies
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Japanese Assooiation for Tibetan Studies
(
8
) (9
> (10) (11) たい。 北 村 (1977)の ラサ 方 言記 述に は,
高 平一
[冂,
高 降 ’ [冂,低 昇 ’ [レ」, 低 降 ^ [レ、
】の4
つ の声 調 型 がある が,
小 論では,
比 較の便宜 上 前2者 を高 型 (表記ナ シ),
後 者 を低 型 (’ で表 記 )と して記す。
疑問1
は,
疑 問 詞 の ない (Yes−No
)疑 問。 疑問II
は,
疑 問 詞のあ る (WH
)疑問。 直接認 識 は,
話 し手 が事態 を自分で直 接 知 覚 認 識 し た場合。 間接認 識は,
人に聞いた り,一
般的知 識と して知っ て いる場 合,詳 し くは,
修論(1978
),
上掲 Kitamura (1977), 湯 川 「チベ ッ ト語の 述 語 」 (1975) 参照。 語 幹 末尾 子音1
を もつ 動 詞“
横 た わる”
は,
〈完〉’
nyal−〜
ノ nyaa・
〜
’ nya・
, 〈未〉’ nyal・
〜
’ nyang・
の 不 規 則な 形を もつ 。 ま た,
完了 と未 完了の タ イプ は,一
致 する動 詞が多いが,一
致し ない もの もある。
“
する” 〈完 〉’ c捕a−
(α),
〈未 〉’chi・
〜
’chit (β),
“
油で あ げる”
〈完 >ng66・
(α), <未 >ng6・
〜
ng6t−
(β)
,
“
沸かす”
〈完 >raa・
(α), 〈未 >rak・
(r
)。
(12) Thingri 方言に おける過 去,
完 了 等の時 制,
相 表 現につ い て は, よ り詳しい分 析 が 必 要である。 中央方 言の場 合につ い ては
,
修論 (1978) 参 照。 (13
)・
ng も ng→
ng・
g が 期 待 されるが, 私の調査ノー
トで は,
ng は不変 化である。 (14> 母音調和との関 連 も推 測 され るが,
母 音 調 和につ い ては今 回の調 査で は明 確に で きな かっ た。
‘‘Mahdayuipatti
’,の
成
立
事情
原
田覚
L
‘‘Mttha’
vyutPatti”
(MVP.
)の 成立 につい ては, 既 にG .
Tucci・
由口瑞 鳳氏 等に よ る研 究1)が 公に されて い るが,
その成立事情の再検討を行 う。IL
Bu
ston の仏教 史 (SRI
)x.
)は,
その 成 立 を記 述 す る に当っ て殆 ど“
sGra sbyor
bam
Po
gfiisPa
”(
GBN .
)の前 序の記 述 に従っ てい る が, そ れ 以外に (1) 成 立 をKhri
ral pa can の 治趾と し, (2>成 立以前には,中 国等の諸 国か らの翻訳 もあり
,
仏 典 蔵 訳に混 乱があった と し
,
(3)成立以前の 訳 も “skad gsarbcad”
で訂 正し た と し, (4)MVP .・GB
瓦 等を“
bKas
bcad
rnamPa
gsum (che
・
l
!brii
・
chuh )”と称して い る2)
。 記 述 内容の 要 素とし て
,
以 上の 範 囲 を 出る仏教史 書類は現 在知ら れ て い な い。 (1)に関 し,
“
mKhas
Pa4i
dgalp
ston” (KhG .
)3) が唐 蕃 会 盟の後にその成 立を記 述 する 以外,
他の史書類は会盟の前に記 述してい る。 は法 成の漢 文 蔵 訳 仏 典と彼以前のそ れ との 比較 等に よっ て,
は 大蔵 経の 奥書等に よっ て,
ある程 度 実 証 され る。 (4)はGBN .
の奥 書に従っ た と考え られ る4)。 以上 で 明 ら か な 如 く,MVP .
成 立 を 明ら か に す る直接 資料は現 在GBN .
以 外に確 認 され ない が,
その他の資 料・
伝承の存 在 を全 く否定し去るの にも疑 問が残る。 III.
山口瑞 鳳 氏は,
GBN ,
の前 序と奥 書が同時に成 立 した 事 を 前 提 とし て 従来の諸 研 究に 訂正 を加え, AD.
814
年にMVP .
とGBA
「,
が 成 立し た とする1) 。 氏の 結 論に 対 し て, (]BN.
の成 立 につ い て は 問 題 ないが, MVP.
の成立 につ い て は 問 題点の 残る こ とを, 筆者は 既に表明 して いる が1),
上述の氏の 前提につ い て再 検 討 を加 える。 大 蔵 経 所 収のGBN .
の前 序 末 尾に は,
敦 煌 本5)に ない一
文,
「(1)昔 決 定しなか っ たの と 訳 語 を付け なか っ たの (との)語の訳 語の内, 大・
小 乗の典 籍 と 文法の典籍 (sgrabi gshuh)6)にあるこ と とを 結 びつ け て 説 明した もの の第一
」7 )がある。 (1)に関し て,
これ と 同趣旨の一
文,
「昔 (訳 語 を) 付 けな かっ たの と決 定しなかっ たの (との)skad gsal (gcad?)6) の訳語 (に熟達 し た方々が)」8)が奥書き中に見 出される 。 に関して, 奥 書で は 「
Chen
Po
(=MVP .
) の難かし い所 と文 法の 典籍 (sgra りi gshufi) とを 結 びつ けて 説明 した 」9)と あ る。一
方 前 序に於て は,「 羅 婆 門 Ananda な ど が,法の 語 がBod
に知 られ てい ないこ と か ら, 訳 語を付け たも のな ど が ご ざい ま し た内で, あ る もの は法の典籍とbya
kara
rpa の規 則と が一
致しない (の)で,
訂 正 せ ざるべ か ら ざる ものな ども訂 正し,
重 要な全ての (sohtshal
/ SQ cog ) 語の訳 語 も加えてか ら, 大・
小乗の典籍で ど うである か と,
古の大 師NE
garju na とBasu
bandu
な ど が ど う説 く か と
,byakafi
(/ra)pa の文 法の 規 則 (sgra りi lUgS)でど う言 うふ うになる か とも比 較して」10) と言い,
ま た 「 法の典 籍と文 法の規 則で ど う言 うふ う である か の理 由と,
法に対し てど う言 うふ うに(訳 語を) 付 ける かを 調べ て」11) と述ぺ てい る。 以上の如く, 前序 末 尾の一
文・
奥 書・
前 序 を対 照 する な らば, (1)に於では 前二者は内 容・
表 現が一
致する が, 前 序は 異っ た 内 容 に なっ てい る。
即 ち前二者は, 訳 語の一
定し て いない も の と訳語の ない ものを決定した と言い,
前 序は,
既 に あ る訳 語の誤 訳 と重 要 語 を訂 正・
解 説し た と言っ てい る。 に於て は,
奥 書のみ が異なっ た文脈である かに見える が,
vy 欲 ar 叫 a を示 す sgrahi gshuriの用 例は前二 者の み に見え, 前 序は勿論, GBIV.
の他の どこにも見ら れ ない゜)。 以 上の対 照に従い,
敦 煌 本に前序末尾の一
文 が一 10 一
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欠け てい る事を考え合 わせるならば, 前二 者は前序 と同 時に成 立し たの で はな く, 前 序の成立後に付加され たこ
と と な る。
IV
.
末尾 の一
文を 除外し た 前 序の部 分は, MVP.
に 関 連す る記 述を含 むで あ ろ うか。 rta (AD .814
) 年にG
β和.
の編纂 を命 ずるKhri
lde sr 劬btsan
の言 葉の中に
,
「Radnendra
≦lla
な どが, 大・
小乗 (の典籍 )の 内にある rGya gar の語か ら
Bod
の語に翻 訳し訳 語 をつ け たもの な どを,
目録 (dkar
chag )に書いて,
決 し て 通 規 (gshufilugs
) を それか ら変えず, 全て の者が 学べ るよ う に せ よ 」12} と あ る 。 即 ちこ の目録・
通 規が作 成 され る 以 前に は, その種の正式な目録・
通 規が存 在し なかっ たの であ る。 ま たこの前序がGB2V.
に付されて い る以 上, こ の目録はGBN .
の 本文を 指 す と認 め る以 外に ない 。一
方 同 じ前 序に於い て, 梵 語蔵訳の詳細な規 定を述べ た後に,
「語の規 則 をこ のよ うに勅命なさっ た ことか ら,
各 自で誰 も訂 正し後に 訳 語 を 新た に付け る (の)をお許しに な ら ない ので, 翻 訳と説 (教 )の僧 各 自で 新たに訳 語 を付 ける必要の あ る語が あっ て も,
各々 の僧 達 で訳語を 決めて 付 けずに,……
13) 宮 殿で世尊の rihlugs
の議 会とdharmma
(の)大 校 閲 師 をお願いする僧 に提 出し,
お 伺 か がい し て勅 命 (が あっ て)か ら,
語の 目録の中に加 える」14 ) と 述べ てい る 。 これ は文 脈か ら見 て明 らか に目録,
即ちGBN .
の本文の編 纂が終っ て, そ れ 以後の こ と を規 定した文 章で ある。 こ の規 定は,
基 本 的にGBAr .
の本 文 編纂の 規 定15) と同一
の もので あ り,
何 等かの 事態の起 こ らぬ 限りこ の規 定は 以 後 も守 られ た であろう。 以上の 点か ら 想 像を 暹 しくす る な ら ば,GBN .
の本文が二 十 数 倍 (?)に も増 大した大著が 作 成 され,
それこそ が 本来の MVP.
で あ リ,
現 存のMVP .
は 所 在 不 明 のKulya
(デル ゲ 版 KvalPa=
4
砂σ2)16)byutPa
ta (KW
).
)で ある可能性 が 出て来 る。V .
奥 書の文 頭に はMVP ,
とGBN .
とKVP .
が列 記 されてお り, 常識 的に は 三書の成 立 以 後に奥 書 が成立 し た と思 わ れる。 ま たGBN .
の別 名とし て,
brTs
α(デ ル ゲ版Ba
欝α瓢
悔 毋 2)の御砂α 如 とP
α瓩ガ航 madhPtabyutPa
ta の二 が 与え ら れてい る がle),
別 名の 後 者はMVP .
の難語 釈の意m であ り,
奥 書の著 者が 三書を実 見し て い た とする な らば,M
四).
は現 存のMVP .
に よ り近い簡 略な もの , 或は 現存の MVP.
その もの で あ る事に な り,
先に述べ た 想 像の 可 能 性は 著 しく低 くな る。一
方発 表時に 山口瑞 鳳 氏か ら,
GBj>,
の興書末尾 に“
b14 dpe”
(正本・
原本)の保 証が あるls)以上,
前 序 と奥書の同 時 成 立 を認 むべ きであろう,
との疑義が示さ れ た。 mTshur phu の石碑 19) に よっ て,“bla
dpe
” が “bog
dpe
”
(写 本 ) に対 する正本の意である事が 確認 さ れるが,
同 碑はKhri
ral pa can 代の もの であ り,
Khri
lde
sro 血brtsarl
代のShvalji
lhakha
血 の石 碑20 } で は,
“
bog
dpe”
に対して “dpe
” が用い られ ている。 “bla
dpe
”
の用例の時代を上記 資料のみ で断ずるこ とは 出来ないが, 少 な く と も 蔵 経 本は“
bla dpe”
その もの.
で は な く,
“
bla
dpe”
の忠 実 な 写本である保 証 もない。 仮に保 証 が得 られ たと し て も,
敦煌 本の存在する限り,
“
bla
dpe
” と し ての成 立 時 期その もの を疑 うべ きであろ う。 ま た末尾の一
文を除いた前序 と奥 書には,
既に論じ た 如 き内 容・
表 現・
用語の相 違が あ るが,
果書は少な く と もBu
ston 以前に成 立し , さら に“
bla
dpe”
の用 例 か ら吐蕃期に成立した可能性が強 く,
或はKhri
ral pa can 代の成立 かも知れない。VI .
MVP .
の成立は 上 に 見た如くGBIV
.
の延長線 上 に あ り,GB2V ,
の記 述 を 中 心にこれ を 再構成 する な ら ば,
以下の如き 展 開 が 予 想 される。Khri
srOi‘
ilde
brtsan
代以来の梵語蔵訳仏典に混乱・
誤 訳の弊 害が指 摘さ れ,AD .814
年Khri
lde sroilbrtsan
が その解 決 を 命じ た。 命 を 受 けて,Radna
raksi ta 等 が 誤 訳・
重 要 語の訂正
・
解 説の任に 当た り, その結果 を brtsan po の御 前 会 議で採 択し,
勅 命と し て 布 告し た。 これ が GBN.
で あ り
,
これに そ の後の必要に応 じ て訳 語の項 目 を加え て, (恐ら く伝 承 通 りKhri
ral pa can の唐蕃会va.
AD
.
822〜
3年の前 後に)MVVP .
が成立 した。 そ し てGBN
.
の 奥書 きの 成 立 する 時に は,
歴史 的 前後関係が 無視さ れ, MVP.
の難 語 釈がGBN .
であ る との 認識に 至っ た。MVp,
の編纂に伴ない, その訳 語は漢 文 蔵 訳 等に影 響し,
法 成 等の翻 訳 活 動が 開始さ れ た。
以上の展 開に関 連し て,MVP .
が 勅 命 (bkas
bcad pa )で あ つ た か 否か は,現 存のMVI
).
資 料に よっ ては確 認さ れ なLl。 ま た従.
来の翻訳の訂 正が 『1Dan
dkar
ma 目録 』中の般 若 等の 経 名の 1/3 に 及 ぶ21)こ とか ら,
訂 正 作 業はGBN .
の成 立以後にも為 され た と思わ れ る。 従っ て 本来のMVP .
が 現 存の MVP.
である と否 とに関 わらず,GBI
>.
の約 二 十三 倍の語 彙 を収め るMVP .
が 正規の手 続 き22)を経 て成立 したの は,
伝 承re
V 唐蕃会盟の 前後と考え ら れ る23) oVII.
ハ4yp .
の成 立 が 具 体 的に如 何 な る 意 味 を持つ か,
以下に “ sGom rim4
祕Po
”
(GR .
1) の場 合を検 討 す る。 伝 承 24)に従 うな らば
,Khri
srofilde
brtsan
の下命 (下 問)に 対し て
,
Kamala ≦ila がGR .
1
を著した とされ る。 ま た蔵 経 本の奥 書 25)に 従 うな.
らば,
同書 をPrajfiAvarma
とYe
≦es sde が 蔵 訳し たと される。一
一 11 一
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方 敦 煌 本の 中に は
,MVPL
の 訳 語 の 影 響 を 受 け ないGR .
1
の資 料26) が 存 在 する が, 以上の伝承・
蔵 経・
敦 煌 本に従 うな らば,
GB1 ▽.
の成 立以前にGR .
1
の蔵 訳が 存在し, そ れ を Ye ≦es sde 等が 蔵 訳し直し た こ と と な る。 蔵経の奥書に 「新 (欽 )定 訳 語に よっ て も 訂 正 し」17 ) の 表記が ない為,
以 前の訳 は Ye ≦es sde 等 以 外の者の 訳 と考 え られるが, 蔵経本が敦 煌本を参照し て成 立し て い る事は,
両 者の対照で 自ら明らか である。 し か し両者 の対照に よっ て相 違 点 も 多 く見ら れ, 詳論は避 ける が,そ れ等が 「
dharmma
を翻訳する方法 と,
rGya gar の語 を
Bod
の語で訳 語 を 付け るこ と など を決 定 し」28; と 言 うGBN .
の基 本的目的e⊃に順じ たもの であるこ とが 分か る。 こ こ で翻 訳方法の 問 題は措 くこ と と し,
訳 語 を 検 討 する。 敦煌 本と蔵経本の相違を 少し例示 する と, 次 の如 くな る。‘
‘
yah
dag
par g≦egs pa罩de
bshin
g≦egspa6>
, rkyen (
d
)dah
bdus
ba
tshogs te(/
pa
las
)byufi
(/skye )ba
= rten cih肋rel par
llbyufi
ba”
等で あ る。
一
方Khri
sronlde
brtsan
の勅命29 〕で は
,
“
de
bshin
g≦egs pa
・
chos kyiyi
ge30
ソchoskyi
mdQ /mdo・
rkyendafi
bdu
ba
tshogs stebyufi
ba
” 等の用例が見 られ,
Khri
lde
srohbrtsan
の勅令31)にも,
“chos
kyi
yi ge” の用例があ り,
敦 煌 本に“
mdo (sde)” の用 例 が ある事 を考え れば, 三者の前 後 関係が直ち に は決 定 出来ず,
訳 語に混 乱があっ た 事 を認め ね ば な ら ない32)。一
方 敦煌本 と勅 令等には“
safis rgyas ” 等の用 例 が一
定し, こ れ がGBN .
にも取られて い る 事から,
GBN
.
が 重要語を も 収め てい るこ と を認め ねば な らない 。VIII.
MVP 。
の 成 立 事 情 を 概 括的に 論 じた が, 特にMVP
.
以前の蔵 訳 仏 典は敦 煌資料中に多数確 認 され,
そ れ等の研 究は敦 煌 資 料の 系統的整理 に資 する丈で なく, 例えば 敦煌本GR .
1
に引 用 される “bPhags
(/bPags
)Pa
gayaipi stse me”
(=“
hPhags
Pa
ga ora go膨 ri (膨mdo )
”
)と 同題 の 資 料 が 敦 煌 資 料S3)に あ る事 , 或はGR .
1
の錯簡34)は梵本が 正 しい事 が 敦 煌 本に よっ て保 証 さ れ る な ど,
重 要 課 題 を 含むこ と を指 摘してお きたい。 注1)
G .Tucci
(a)“
TheTombs
げ the
Tibetan
Kings
”,
SOR,
1,
Roma ,19500
同 (b
)“
Minor
Buddhist
Texts,
II
”,
SOR .9−
2,
Roma ,
1958。
香川孝雄 「Mah 砒ayutpatti の編纂 年代考」, 『印
仏 研』
7−1,
東 京,
1958。 山口瑞 鳳 「吐蕃王 国 仏教 史年 代 考 」, 『成田山仏教研究 所 紀 要』3
,
1973。拙 稿 「c
‘
sGra sbyorbam
Po
gntsPa
”
考 」, 『印仏研』27
−
2, 1979 (未 刊 )。2)
SRDz .
,
‘‘Sata
−Pitaka
Series
”
(SPS
.
)64,
New
Delhi
,1971,
cf.
fo11
.130a
3〜
7,
207b 4〜
5.
)
3
) ) 45 ) ) ) ) ) ) ) ) )678901234
11111
15) 16>17
) 18) 19) 20) ) ) ) 19臼
3 229θ
) ) 45 ワ一
2
26) 27) ) )892
り偏
一
12一
GB2
>.
,北 京 版 (Vol.
144)No .5833,
cf.
73−
1−
1〜 2−
loダ
KhG .
,
5PS.
9−
4,New
Delhi,
1962, cf.
fol.
132b2
〜
ち
GB2V .
, cf.
87−2−
8〜
3−
3ePelliot tib6tain (Pt
.
)No.845
(注1)拙 稿 参 照 ),
843 (
=
北京版,74−5−
7〜
75−
2−
1)o 注 1)拙稿参 照。GBN .
, cf.73−
4−
8〜
5−
10GBI
>,
,
cf,
87−
3−
20GBI
>、
,
cf.87−2−8
〜3−
loGBN .
,
cf.73−2−1〜30
GBN.
, cf.
73−4−
4〜
50GBI
丶「.
,
cf.
73−
1−
3〜
40 注 11)の訳 文が 入 るoG
βN.
,cf.73−4−3〜6
。 た だし引 文の末 尾 を 「加 え た (bsnan, 敦煌 本bsnand
)」と読めば,G
β意.
は御前会議の勅 命 以 後の新しい 訳 語の一
部 を も含 むこ と となり, 前序末尾 の一
文 と奥 書 は表 現の一
致に留ま る。 注 10)の訳 文 参 照。 酒井 紫 朗 「翻 訳 名 義 大集 の 難 語 釈P
α摺ゴ航・
madhyaayutpatti につ い て」,
r
密 教 文化 』 29・
30,
高 野 山, 昭禾「E290 注9
)の訳 文と16
)参照。 (]BAr.
, cf.
87−
3−3e
注1)Tucci
(a)。H .
E .
Richardson‘
賜 プ8θA
ηc∫翩JnscriPtions
from
Tibet
,
,
JRASB .
XV −
1,Bengal
, 19490Richardson
‘
Tibetan
JnscriPtions
atZwa
・
hi
LhaKhah ’
,
JRAS .
,
1952〜
3。 尚 De mo sa の石 碑で は,
“
dpe”
が 単 独で用い られて いる(Richardson
‘
ANinth
Century
Inscn’
Ption
from
厂1
ζ碗 汐0’
,JRAS .
15−
1, 1954;cf
.
JI
〜AS.
,
1972)o 注 1)山口参 照。 注 14)の訳文参 照。 こ の問題 は 『1Dan
dkar
ma 目録 』の成立 (注1
) 山 口参 照)とも関連が あ る と考え られ,
合 わ せて 稿 を改め て論 じ たい 。KhG .
,
cf.
fol.
119b20GR .
1,
北 京 版 (Vol.
102 )NG .
5310,
cf.
30−
2−7
〜8
。 Stain tib6tain (St.
)No .
648 (= 北 京版 ,21−1−
3〜
23−
1−
4,
26−
2−
3〜
27−
3−
6,
25−
2−1〜26−
2−
3,
27−3−6〜30−
2−
7),
Pt,
Ne .825
(=
北 京 版,
22−
3−
8〜
5−
7, 26−
3−
3〜
4−
1,22−5−7〜
23−−
1−
4/26−2−3
〜
4,
(1fol
.
?) J21−4−
7〜
5−
6,26
−
2−
4〜
3−
3,26−
4−
1〜8,
(
1 fol.
?)
,
22
−
3−
1〜8
,22−2−2〜
3−
1)o Pt.
は明 らか に 北京版23−1−4〜26−2−3
に錯 簡の あるSt,
の 写本である。 袴 谷 憲 昭 「Bhavasamkra’
ntisatra 」,
『駒 大 論 集 」 8,
東京,
1977。 注1
)拙 稿 参 照。GBI
>.
, cf、73−2−5〜6e
注 1)Tucci (a),
p.
95〜
100.
KhG .
, cf.
fol1
.
108b2〜
111b2e N工 工一
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30)
31)
32)
kmJltue
rfAa
.Fm
Tta・esecxeeua
offza1,rmp]stltMvemreesi
s,
lg76,ptas.
mamecont
th}tk<uv6ixL"
(ta
1)asas'32)
6,H,a.)o
tz
1)TucciCa),
p.1ooA・4,KhG.,
cf.foll.
129a1'v130b5o
Pt,1257
(cf.
St.
No.
196)VIStk,
"mdo・yafidag33)34)
par gsegspal
de
bshin
ggegspa.rkyendafi
hdu
ba tshogs ste byurl"\OMewbSve6t'L,
ecStL
itxLxLi6atpt6,
gef.onctsbosJs(gptoft
ilee・lthteM-S
(ts
30)ttuas.wa,.).
St.
No.
206e
a
1)Tucci(b),
p.
272,
274t`J5.
CONCEPT
OFDHARMoDAyA
(CHoS
Shrikant
Bahulkar
HByuN)
This paper aims at studying the concept of dharmDdaya in connection with the Mandalas of the IVispannayogavalii]
(NSP)
with the help of other sources.
In
NSP,
the worddharmoddya
eccurs veryfrequently.
It
seems tohave
been
used todenote
threeaspects of the concept: i)
frequently
a$ one of the partsof theMandala.
within which issituated theknta'gdira
(palace,
NSP
p,2ff.);ii)
as one of thedeities
in
theMandala
(NSPp.76);
andiii)
the triangleas the symbol
held
by
some of thedeities
(NSP
p.3,
10).
In
this paper,I
limit
myself todiscuss
theconeept of
dharmoddya
that
occurs as one of the partsof the nineteen out of the twenty-$ix Mandalas ofthe
NSP.
At
the outset,it
shouldbe
noted that the available edition of theNSP
has
the word as thefeniinine
form,
i.e.,dharmedaya','
while some of the sources mention itas masculine, i.e,,dharmoddya2). Here,for
the sake of convenlence, Ihave
used the word as dhar7noddya.In NSP, the
description
of thefirst
Mandala, i.e,,the Mafijuvajra Mandala, we come aceross thedie$cription
of the Mandala-palace. According toNSP,
thefeu-Fjgara
(palace.
Tib.gshat
yas
khan)
has thefoundation
of vofrabhitmi(diamond-earth,
Tib.
rclo 71ie sa), the protectionof vay'rmpraka'ra(diamond-bastion,
Tib,
rdb f:ie raba)
and the covering of vag'mpailj'aiu(diamond-cage.
Tib. rdb 7:ie gur).
Within
vay-r`ipaiijiara israkfacakra
(protection-wheel,
Tib.
bsn{,'i
baEzi
1,rkhorlo) having ten spokes. On thenaval of raksacakra
is
dharmodaya'
(chos
hbyuh)
in
theferm
ofa great triangleandwithindharmeddya
issituated ktzsa'gara(NSP
p. 1-2), Further NSP says thatdharnrodaya
has
the nature ofdharinadhatu
(p.
4). Elsewhere itquotes the Vimalaprabhdi, acommantary on theKa'lacakra
72intra,
according to which dharnroddydi isthe eternal greatelementAkaSa
whichis
the cause of generationoutside(i,e,,
onthe
Mandala)
and inside(i,e,,
in the body-Mandala) itis(identified
with)Proj,la'.
The element Akasa(space)
iscontemplatedin
theMandala
in
theform
of the triangleofdharmoddya.
We
find
a similardescription
intheSa'dhanamala'.
Itmentions that dhar"vadayahas
the nature of the greatelementAkaja;
that itiswhite likeautumnal moon and that itispointed downwards andwide upwards3).
The
Hlavay'ra
Tkentra
callsit
asbhaga
and thelbgaratnama'la',
a commentary on it,explains thatbhaga isthe triangleof
dharmodaya-,
whitelike
autumnal moon4).SuMce
tosay that all these sources speak of one and thesame concept of
dharvnoddya
thatis
thought tobe
a white triangle.It
is
thus clear that cViarmeddya,the white triangle, i)issituated in the space, ii)is pointed
downwards
andiiO
is
identified
withtVinrmadhatu, the AhaSa,
pminMa,
bhaga and so on.
Here
we come todiscuss
the characteristics ofdhamaoddya,
The worcl hasbeen
translated variously, such as "wellspring of Law"(TUCCI),
"Triangle ofOrigination"
(SNELLGROVE),
`LOrigin ofDharmas"
(TSUDA).
"Sourcesof Natures"
(A.
WAYMAN>.All
these translationsshow that dharmeddyd is a$ource or origin of whatever created.