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環境科学と政策研究

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Academic year: 2021

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久留米・石橋文化センター 正面が石橋美術館 2010年5月8日撮影

研究雑話

美術館学芸員から大学の教員へ

人文学部教授 植 野 健 造

ことし21(平成23)年4月に人文学部文化学科 に赴任いたしました。現在50歳です。同じ新任でも 若い先生方とは異なった道を歩んできた面もあるか と思いますので、これまでの経歴を簡単に記させて いただきます。

0(昭和35)年山口県下関市に生まれ育ちまし た。山口県立豊浦高校を19年に卒業、九州大学文 学部に入学、学部では美学・美術史を専攻し14年 に卒業(2年次に1年間の留年を経験)、引き続き 同大学院文学研究科修士課程美学・美術史専攻に進 み、16年同課程を修了しました。大学と修士課程 時代の7年間を、福岡市六本松および箱崎で過ごし ました。当時の平田寛先生と菊竹淳一先生の両先生 および先輩、後輩ら学生と一つの研究室で学んだ時 代は、私の学習(研究というのはおこがましいので)

履歴の中で、実り多くかつ懐かしき、最も幸福な時 期の一つであったと思います。

石橋美術館で25年間の学芸員生活

6(昭和61)年4月に福岡県久留米市にある石 橋財団石橋美術館に採用していただき、勤務するこ とになりました。以後、25年間を学芸員として同美 術館で過ごすことになります。

ここで石橋美術館について簡単に紹介しておきま す(挿図1)。石橋美術館は、ブリヂストンの創業 者である石橋正二郎氏(19−16)が、16(昭 和31)年に郷里久留米に建設寄贈した石橋文化セン ターの中心施設として開館し、ことしで55年の歴史 を刻む全国的にも老舗の美術館の一つです。今日グ ローバル企業となったブリヂストンの基礎を築きあ げた石橋氏は一方で美術品を愛して一大コレクショ ンを形成し、東京のブリヂストン美術館と久留米の 石橋美術館で一般公開に踏み切った実業家として知 られています。企業メセナの先駆的事例と言えるで

しょう。現在、石橋文化センターの公園全体は久留 米市の外郭団体が管理運営し、1年を通して四季 折々の花々や樹木がみごとに手入れされ、市民の憩 いの場所となっています。美術館の建物自体は、 年に久留米市に寄贈されたものですが、美術館の管 理運営は17年以後、久留米市の要請を受け、やは り石橋正二郎氏が設立した石橋財団があたって現在 に至っています。美術品は財団の所蔵品であり、私 たち職員も財団の職員でした。

石橋美術館時代の仕事と思い出

美術館の学芸員時代には、コレクションにあわせ、

主として日本近代洋画に関する展覧会企画や研究を 行ってきました。とくに黒田清輝や藤島武二を中心 とした白馬会系の画家たちと、青木繁、坂本繁二郎 など久留米およびその周辺の筑後地方生まれの画家 たちの研究に意を注ぎました。展覧会として、「結 成10年記念 白馬会―明治洋画の新風」展(1 年)「筑後洋画の先覚 森三美」展(17年)「没 後30年記念 坂本繁二郎」(19年)「コレクター 石橋正二郎 青木繁、坂本繁二郎から西洋美術へ」

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展(22年)「藤島武二展―ブリヂストン美術館開 館50周年記念―」展(22年)「青木繁・坂本繁二 郎生誕10年記念 筑後洋画の系譜」展(22年)

「青木繁と近代日本のロマンティシズム」展(2 年)「坂本繁二郎展―石橋美術館開館50周年記念

―」(26年)「退屈な風景 松本英一郎展」(2 年)などを企画担当しました(分担を含みます)

学芸員という仕事の楽しさは、調査、研究で知り えた一つひとつの作品や資料などの事実を積み重ね、

それらを一つの展覧会として呈示し、あわせて展覧 会図録としてまとめる点にあると思います。実際に は、展覧会開催中や終了後に寄せられる情報も多く、

展覧会にそれらの成果を盛り込むことができずに残 念な思いをすることもあるのですが、別の視点から 見ると、展覧会を開催することを契機として初めて 寄せられる情報や明らかとなる事実も多く、それら は一つの成果がさらなる別の成果をよぶプラスの連 鎖現象と言えるでしょう。それらは、館報や研究会 などで発表し、次の展覧会につながることもありま すし、なによりも一度展覧会を開催すれば、以後は 出向かずとも情報が集まってくるという効力が生ま れることを実感しました。しかし、なによりも、そ れら調査研究、展覧会開催を通じての、さまざまな 分野の人々との出会いこそ、学芸員としてのもっと も魅力的な財産と言えるでしょう。それらの中には、

美術関係者はもちろん、さまざまな業界の人々が含 まれます。

学位取得、本の刊行

学芸員として展覧会を開催している間の20(平 成12)年、九州大学に提出した学位請求論文により 博士(文学)の学位を取得することができました。

その論文は、美術館のリニューアル事業などがあっ て数年間の空白期間ができてしまったのですが、

5(平成17)年10月に『日本近代洋画の成立―白 馬会』として中央公論美術出版より刊行が実現しま した。さらに翌26年12月には、この書物で倫雅(り んが)美術奨励賞(美術史研究部門)を受賞するこ とができました。思いもよらぬことでした。

もともと、学芸員として16年から97年にかけて 開催した「結成10年記念 白馬会―明治洋画の新 風」展という展覧会の開催前後に行った調査研究を

学位請求論文としてまとめて九州大学に提出するよ うに勧めてくださったのは、大学時代の恩師である 先生でした。論文博士については、当時から賛否両 論あることを聞き及ぶこともありましたが、私とし ては、大学院まで行かせてくれた両親へのささやか な恩返しであり、また、あくまで美術館学芸員とし てできる範囲の研究(つまり、展覧会とリンクした ものである)ということで、その論文をまとめて提 出する意義を自分なりに位置づけして、学位取得に 向けて少しずつ用意したのでした。学位を取得して も、当たり前ではありますが、美術館では何ら変わ ることもその必要もなかったのですが、学位取得が、

本学に赴任することができた一つの要因となってい るかもしれないと思うとき、取得してから11年を経 過した今、少しの感慨がないわけではありません。

学芸員としての最後の仕事―青木繁展

石橋美術館時代の仕事の中でも、私の心の中心に あったのは青木繁(12−11)という洋画家に関 する調査研究と検証、およびその顕彰でした。青木 繁は、石橋美術館のコレクションの中でも最も柱と なる作家の一人で、16(昭和61)年に美術館に就 職した私が最初に美術館の館報に書かせていただい た研究報告も青木繁に関するものでした。ことし 1年は青木繁の没後10年ということで、「没後1

青木繁展─よみがえる神話と芸術」と題した大 規模な回顧展が久留米・石橋美術館(3月25日−5 月15日)、京都国立近代美術館(5月27日−7月1 日)、東京・ブリヂストン美術館(7月17日−9月 4日)を巡回開催中です(挿図2)。石橋美術館会 場のオープンは3月25日でしたので、その準備開幕

石橋美術館での青木繁展チラシ

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福岡大学正門風景 2011年4月11日撮影

までが美術館での私の最後の仕事になりました。青 木繁展を最後に分担できたことは、学芸員として本 当に幸福だったと思います。

むすび―福岡大学での目標

最後に、福岡大学に赴任しての目標を自身のため にも、ここに記しておきたいと思います(挿図3)

まず、研究面においては、これまで石橋美術館時 代に行ってきた日本近代美術史研究をさらに広さと 深さの両面でさらに増すことに留意しながら継続展 開してゆきたいと思います。

また、教育面においては、これが美術館学芸員と は異なる大学教員としての本分ですので、力を注ぎ たいと思っていますが、なにぶん経験が浅いので、

試行錯誤しながら行ってゆくほかないと考えていま す。しかし、自らの記憶を顧みても先に述べたよう に、学生時代というのは人生の最も幸福な一時期で あるべきなので、学生の無限の可能性を尊重しなが ら、学ぶことの楽しさと有用性を実感してもらい、

大学を巣立ってもらえるよう、微力ながらつとめて ゆきたいと思っています。そして、できるならば、

本学から美術館学芸員として活躍できる人材を一人 でも多く輩出できるようにしたい、というのが私の 最も具体的な目標の一つです。

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研究雑話

環境科学と政策研究

工学部教授 今 田 長 英

はじめに

本欄は新任の教育職員が執筆することになってい ると言われて仕方なく筆を執った次第であるが、実 は、3年前に環境省から研究休職の形で本学工学部 に着任しており、今回は環境省を3月末で退職した ことに伴う形式的な新任である。しかも、これまで 研究者としてではなく行政職の国家公務員として3 年余を過ごしてきたので、「研究雑話」という本欄 は何か場違いな感じがしないでもない。とは言え、

大学への移籍を念頭に、平成13年から霞ヶ関の環境 省での勤務を離れ、国立環境研究所(NEIS)、国連 環境計画アジア太平洋地域事務所(UNEP/ROAP) 国連大学高等研究所(UNU-IAS)!地球環境戦略 研究機関関西研究センター(IGES/KRC)と異動し てきたことから、研究ということについてはいろい ろ考えさせられてきた。むろん、ここでいう研究は、

政策研究或いは高等研究とか戦略研究と言われるも のを念頭に置いている。が、その前に、筆者が長ら く関わってきた環境という分野の学問上の扱いから 思うところを述べてみたい。

環境科学について

一つの独立した学問分野として環境科学を認める ことができるのか、という議論を聞くことがある。

独自の学問領域や研究手法を欠いており、諸科学の 単なる集合ではないかという主張である。むろん、

ここでいう科学とは、人文科学や社会科学と同様、

広義の科学(体系化された知識や経験)を意味して おり、自然科学のような狭義の科学という意味では ない。この議論に対し、米国の環境科学の教科書

(Botkin & Keller “Environmental Science(6thEdition)”

(2007, JohnWiley & Sons, Inc))は、次のように明 解な解答を示している。即ち、「環境科学は様々な 科学に関与しているばかりでなく、環境哲学から環

境経済学まで、環境の評価に関わる非科学的分野も 含む」と言い切っている。ここでは、科学という言 葉を狭義の科学という意味で使っていて、環境科学 は非科学的分野をも含むと言っているのである。さ らに、いかにも米国らしく、「人々に大きな感情的 影響を及ぼす話題を扱っていることから、政治的論 議やしばしば科学的情報を無視する強い感情に流さ れる科学である」とも述べている。学問的には取り 扱えない部分もあると言っているに等しい。随分と 大胆に環境科学を定義していることに驚く。

個人的には、人文科学が人間(言語、文学、文化)

を、社会科学が社会を、自然科学が自然を、それぞ れ対象とするならば、環境科学は人間・社会・自然 の関わりを対象とすると言えばよいのではないかと 考えている。その意味で、環境学を総合・新領域系 に位置付ける科研費の分類は間違っていないが、環 境科学の本質を捉えた分類とは言い難いと思う。筆 者は、環境科学の基盤は生態学にあると思っている。

生態学は、各生物種間の関係を自然環境との関わり の中で解明する学問分野と考えられ、ここに様々な 活動をしている人間とその社会を加えて、より複雑 な相互関係を解明していくのが環境科学ではないか と思っている。

政策研究について

政策研究については、従来、各省庁の附属研究所で 行われるのが普通であったが、最近では、政策研究大 学院大学が創設されたほか、総合政策部や国際政策 学部といった学部も設けられるようになっており、

大学でも政策研究は珍しくなくなってきた。但し、 省庁の附属研究所で行われる政策研究は、当然の事 ながら、所属する省庁の政策立案に寄与するような 研究(例えば、政策の立案に必要な基礎的データや情 報を得るための調査、政策の妥当性を付与するため

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の学問的又は理論的根拠を示す研究等)となるが、 学ではよりよい政策を提言するための研究や実施さ れた政策の効果を分析・評価する研究など中立的な 立場からの政策研究が行われる傾向にあると言える。

政策研究は、基本的には社会科学分野の研究に分 類されると考えられるが、環境分野の政策研究もそ うなると言えるだろうか。上述の環境科学に関する 考え方を思い起こすと、必ずしも社会科学の範疇に 収まるものではないのではないかという疑問が出て くる。実際、地球温暖化問題でも、本当に二酸化炭 素が温暖化の原因物質なのかを巡って論争があり、

自然科学を抜きにした政策研究は足元がおぼつかな い。また、経済的側面ばかり見ていては、温暖化の 国際交渉を行っている締約国会議で働いている国際 政治の力学を見失ってしまう。さらには、地球温暖 化という環境リスクの受入れ方には国民性や時代背 景も影響してくる。こうして見てくると、環境分野 の政策研究は極めて幅広く、一括りに定義するのは 難しいようである。

一方、高等研究は、余り耳慣れない用語であるが、

通常の研究より一歩進んだレベルの研究を指すもの と介され、!研究分野が先端的であるか、"研究方 法が高度であるか、#携わる研究者が第一級である か、のいずれかに該当する研究であると考えられる。

筆者が在籍した国連大学高等研究所の冊子には、そ の任務を「学際的なアプローチを重視しつつ、能力 育成と政策の中立的な分析を通じ、世界規模で現れ ている新たな問題について創造的な解決方法を提示 すること」と規定しており、こうしたものを高等研 究と見做しているようである。いずれにせよ、環境 科学や政策研究は高等研究と言われるものと重なる 部分が少なくないようである。

次に戦略研究であるが、高等研究よりも馴染みが あるものの、やはり曖昧な用語に思われる。先ず、

戦略に関する研究なのか、それとも戦略的に行われ る研究なのかがはっきりしない。むろん、前者では 戦争の戦略ではなく、政策とか計画といった意味で 戦略という言葉を使っている。例えば、生物多様性 国家戦略が生物多様性条約(CBD)及び生物多様 性基本法に基づいて作成されているが、ほぼ計画と 同義であるがより積極的なニュアンスを出すために 戦略という言葉が用いられている。一方、後者の戦

略的研究とは、単に研究のための研究や学術的価値 のある研究というのではなく、明確な目標を設定し、

それを実現しうる最も効果的かつ効率的な方法を もって行う研究と解される。戦略に関する研究は戦 略的に行われるべきことは言うまでもない。

私の考える研究について

最後に、雑話というコラム名に甘えて思うままに 記してみたい。上述したことについて、環境科学は まだしも、環境に関わる政策研究は、大学において 行う研究とは言えないのではないか、という感想を お持ちの方も少なくないと思われる。そこで、筆者 なりの研究に対する思いを述べてみたい。

いきなりで恐縮だが、筆者は芸術的センスが皆無 なことから音楽や美術に強い憧れを持っている。ク ラシック音楽の名曲や古今東西の名画に関する解説 を聞いて「すごいものなんだなあ」と単純に感心し ている次第である。つまり、はっきり言えば、名曲 や名画を鑑賞しているのではなく、解説を鑑賞して いるのである。仏教の教えを理解できずに仏像や寺 院建築或いはお坊さんを見て信仰に入るようなもの だ。そこで思ったことは、芸術とは今まで聴いたこ とのない音を聴かせ、今まで見たことのない画を見 せる創造的な行為ではないかということである。

実は、研究も同じではないかと考えている。研究 の意義として、真理の追究に重点を置く人も、また、

社会への貢献を重視する人もいるだろう。また、研 究の対象を人間や社会とする人もおれば、自然とす る人もいる。或いは、環境科学のようにそれらの関 わり自体を対象とする人もいる。研究の意義や対象 を何に設定するにせよ、研究の成果は、ものやこと の見方や扱い方に新しい視点や方法を提示するもの であることが重要ではないかと思うのである。どん な些細なことでも、誰も関心を向けないことであっ ても、構わない。むろん、パラダイムの転換になる ような新しさや独創性があり、多くの人の関心を引 くものが評価される研究になることは言うまでもな い。このように考えれば、環境に関わる政策研究だ ろうが何だろうが、要は新しい視点や方法を提示で きる研究か否かが問われるだけの話である。職業に 貴賎がないように、研究の対象にも優劣はないとの 当たり前のオチで、筆を置きたい。

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参照

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