187
いずれの科学においても︑方法論というものは取扱いにくい領域に属する︒そのなかでも現代社会学のそれは一見
諸科学のなかでも最も面倒でかつ不毛のもののごとくである︒と同時にそこにおいてほどこれが目下の問題のひとつ
の焦点であることの明瞭なものもない︒社会学に対する一般的評価は︑方法論のない科学というそれであり︑また一
面それは事実と認めてもよい︒特殊科学の方法が︑何と何とを因果的に説くのかということだけならば︑方法の問題
はさほど困難なものではない︒われわれはその望む通りの事例を︑たとえば社会学のおこなう調査の相関係数のなか︑︑︑に必要なだけ発見し提供することができる︒だがむろん︑方法の問題はこれに止まることをえない︒反対に︑専らそ
の論理が因果的なものでなければならないのか弁証法的でなければならないのかという形で問題を出すのは︑そこに
到るまでに経なければならないいくつかの問題をすくなくともある程度解かないかぎりは途中をとびこすものであ
る︒方法が︑ある種の主体の客体に対するある種の作用の媒体であることはうたがいもない︒だがどんな主体の︑ど
んな作用か︒仮りに科学独自の作用のごときものがあるというのなら︑他の作用とそれはどんな関連をもつのか︒さ ︹産業社会学史研究IそのI︺
産業問題研究の可社会学的
視点Lにつ
はじめに
、。
て
平野秀秋
188
らに︑作用媒体としては︑それは客体に関する一定の予想なしには成立しえない︒かくして︑科学は端的に歴史的で
ある︒そして科学の方法の問題は︑主体l方法l客体のすべてを構造的に包む﹁科学的世界﹂︵戸坂潤︶に関連して解
かれるべきものであろう︒それ︵科学的世界︶はおそらく﹁現実的世界﹂のある種の外化形態であるにちがいない︒
だから︑方法論の問題は︑科学が科学以外のものと全く適合的に機能しているときにはむろんおこってこないだろ︑︑︑︑う︒だが社会学のみならず︑すべての科学にとってそのような段階はまだ訪れていない︒
かくて︑現代の社会学に方法が存在しないというのは実は誤りでもあるのだ︒なぜなら︑科学が﹁現実的世界﹂のなか
︑︑
に現に存在する以上︑以上の意味での方法はたとえ欠けていても与えられるからだ︒もし論理がそれを与えないなら︑︑
ば︑事実がそれを与えるだろう︒現代の社会学に方法が欠けているのは︑実はある歴史的必然によってこれの課題とされたものl仮りに表現を与えれば﹁自然発生的なるもの﹂の現代の体制における位置の反映なのである︒もしこの
視点から社会学史を通読すれば︑この問題のまわりを﹁体制の論理﹂の動揺につれて動揺する社会学の姿が浮ぶにち
がいない︒J・P・サルトルは﹃方法の問題﹄︵平井訳全集第二五巻︑一九六二年︶のなかで︑現代社会学に与えらるべ
き位置は﹁監視つきの経験主義﹂としての位置だろうといっている︒しかし社会学者として筆者自身は︑監視される
ものにも︑また単に監視するものにもなりたくはないし︑またそうあるべきでもないと思っている︒
こうした観点からたとえば産業社会学史をとりあげるとすれば︑それは編年誌的記述のためではなくて︑むしろ産業
社会学の史的分析というべきものだろう︒以下もそのようなものである︒その背後に予想しているものは上記のよう
な問題を事実について解くことである︒産業社会学はいうまでもなく現代社会学における支配的な位置のゆえに︑ま
たその対象とするものの現代における基本的重要性のゆえに︑必ずとりあげらるべきもののひとつである︒そして︑
その最初の対象はわが国の尾高邦雄氏の一連の仕事のなかにもとめられる︒あえていうならば︑ここで氏にもとめら
189
この限定に関しては若干の説明を要する︒まず尾高における産業社会学的﹁視点﹂をとりあげる第一の理由は︑彼
が戦後はやく﹁人間関係的アプローチ﹂︑のちに﹁人間遡及的アプローチ﹂という名称のもとにこの﹁視点﹂をある
程度体系的に︑方法の問題として展開しようとしたわが国における最も有力な産業社会学者というべきことにある︒
それのみならず︑彼においてはこの﹁視点﹂の問題が社会学論のなかで独自の重要性を付与されている︒未完の﹃社︑︑︑︑︑︑︑︑会学の本質と課題上巻﹄︵一九四九年︶には︑社会学が専門領域を失うことなく社会の全体的・綜合的認識をおこな︑︑︑︑︑いうるための規準として︑ある科学の固有の対象を決定する﹁視点﹂という考え方に関連して﹁社会学的視点﹂とい
うものが設定されている︒重要な点であるから︑あらかじめ若干引証しておこう︒
﹁ある科学の独自性を確保するためには︑その科学に固有の対象を決定しなければならぬ︒しかるにこの固有の対象は︑与えら︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑れた現実をその科学に固有の視点からとらえることによって成立する︒L﹁その科学に固有の主題を中心としてとらえられたかぎ
︑︑︑︑
りの現実がその科学に固有の対象である︒L形式社会学以来︑社会学が固有というとき︑それは経済学や法学などに対して固有と︑︑︑
いう意味であると理解される︒可これらの科学︵経済学︑法学︑社会学など︶が共通に取扱う現実は広義の社会生活であり︑一般 とが︑こ︸一つ︑と田曾つ○ れるものは産業社会学の代表者としてのそれであるよりは︑まさに上記の問題を答えようどした︑その解法の一典型としてのそれである︒氏はその職業社会学←産業社会学の展開のなかでそれらの問題を解きうると考えていたひとりであった︒一︵問題の提示︶
産業社会学的﹁視点﹂︑あるいは産業・労働問題研究における﹁社会学的視点﹂の意味するのをあきらかにするこ
が︑ここでとりあげられる問題である︒それをわが国の尾高邦雄に従って理解し︑その内的論理に即して解明しよ
I
序説
190
注意するまでもなく以上は︑たとえば同じ物体を物理学的と化学的とに取扱いうるといった意味とは等しくない︒︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑なんとなれば︑このぱあいには共通の物質的世界を前提としていることはあきらかであり︑対象的世界として物理学
的世界と化学的世界のようなものを比愉以上の意味で問題とすることはありえないのに対して︑みぎのぱあいには全︑︑︑︑︑体的・綜合的認識︵あるいば全体的社会理論︶を各個に成立させ︑なおかつ﹁個有の視点﹂だからである︵複数の対
象的世界ク.︶・だとすればそれは︑どんな問題をふくんだ﹁視点﹂なのだろうか︒以上につづく第二の理由は︑この
問題に関しての尾高の戦前の労作﹃職業社会学﹄︵一九四一年︶と戦後の産業社会学との連続性である︒前者のなかで
設定された﹁職業研究の社会学的見地﹂は︑実はみぎに引用したような社会学論の事実的土台となっており︑またそ
れを媒介とすることによって産業社会学的﹁視点﹂へ連なっているのである︒もちろん第一のものと第三のものと
︑︑
︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑は︑全く同じではない︒﹁︲社会学的視点﹂のよりどころを職業︵職業生活︶に求めるのと︑産業における人間関係に求めるのとは︑そのようなかたちで戦前と戦後の体制における力点の相違を忠実に反映していることで重要な点であ
るし︑また両者における尾高の姿勢も︑のちにのべるように︑あきらかに異っている︒しかしそれにもかかわらず︑
尾高の社会学論ないし社会科学論を媒介項としてみるかぎり︑両者は連続関係をもっている︒そして︑彼によれば︑
このことは広い意味での産業社会学がわが国において全くの輸入科学といえない普遍的性格を主張しうる理由とさえ
考えられるのである︒尾高の最近のこの分野の著述︵﹁産業社会学﹄一九五八年初版︶では1
︐司八社会学的視点Vlしたがって人間澗及的アプローチーによって産業や労働の問題を研究している人々は︑︵中略︶産業 に社会的現実あるいは歴史的︑社会的現実といわれているものである︒⁝⁝︵これらの科学︶は︑この社会的現実をそれぞれ一定の視点からとらえることによって︑それぞれに固有の対象を決定する︒⁝⁝このことは⁝⁝この区劃や仕切りの内側だけをそれぞ
︒00Oれの対象領域とすることではない︒L﹁固有の仕方で︑同じ社会的現実の︵形式社会学の如く抽出された社会関係でなく︶全体を
その対象領域とすること⁝⁝書えていえば︑同じ現実に赤い光︑青い光︑黄色い光等々を投射することによって︑したがって現実
︒◎の全体を各科学ごとに染め変えること⁝⁝﹂︵同書二九六九頁傍点・パーレン引用者︑圏点原著者︑以下すべて同じ︶
191
ここでは﹁視点﹂Iこのぱあいは﹁人間瀕及的アプローチ﹂lは統一的科学たる産業社会学を支えるものであ
り︑そのうえ異った方法︒異った立場︒異ったイデオロギーを止揚するがごとくであり︑これらすべてとともに︑ま
たこのことによって︑メィョー学派流のそれと立脚点を異ったものにするものでもあるとされている︒
以上のような二つの理由は︑たしかに尾高をして産業社会学の単なる紹介者︑解説者以外のものとしている点であ
る︒そして彼はこのような背景をもつ﹁視点﹂をこそ問題にすべきことを要求するのである︒だから︑われわれはこ
れを問題としなければならない︒以下においては︑まず産業社会学的視点に関するわれわれの分析に必要な要素が事
実上すべて展開されている職業社会学においてそれらの要素をあとづけることによって︑またのちの産業社会学への
彼の展開において︑同一の﹁視点﹂のなかでそれらの要素が事実的変質をとげることを解明することによって︑彼の
意図する科学が何者であったかを知ることとしよう︒
註尾高の立場︑研究の発展は発端から現在までにほぼ三つの段階を経た︒それによって彼の立脚点は︑いわば私的経営の外か
ら内へ︑内から外へと往来した︒第一の段階は彼が﹁職業生活Lに立脚点を求めようとした最初から終戦の頃まで︑第二の段
階は可産業における人間関係Lにこれを求めた一九五○年前後よりここ数年前まで︑第三の段階は﹁産業社会﹂にこれを求
めようとした最近の数年︒さてここでは︑まず第一←第二の段階を主要に扱い︑その﹁視点﹂をふまえたうえでつぎに第三 ︑︑︑︑︑︑社会学の研究者として考えられてよいし︒そして上のなかで︵中略︶とした部分にはつぎのように書かれている︒﹁その学問上の︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑訓練や出身のいかんにかかわらず︑また現在の職業が何であろうとL・さらに︑﹁これまでの日本の産業社会学にみられる一つの特異な現象は︑企業や職場集団内の問題に焦点をおく︵彼のいう産業社会学の︶第一領域の研究と︑労働組合や労働者意識の問題に主眼をおく第二領域の研究とが︑しばしば同一の科学を構成する二領域の研究としてよりも︑むしろ別の方法︑別の立場︑別
︑︑︑︑︑︑︑︒︑︑︑
のイデオロギー的背景をもつ二つの学問であるかのように考えられていることである﹂が︑この対立は︑﹁産業社会学一般を強い︑
︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑.︑︑︑︑︑︑︑て︵アメリカの︶メイョー学派流のそれと同一視Lすることによって︑また﹁科学としての産業社会学と︑流行の経営政策としてのヒューマン・リレーションズとが︑日本ではIそしてアメリカでもlしばしば混同されたという事情のために﹂いっそう無用の摩擦を生んでいると︒︵同書一九一四頁︶1蛇
二︵社会学的見地の成立︶
さて︑わが国においてかのアメリカ産業社会学と同じ対象領域を問題とする社会学者の最初の試みは︑まさに尾高
邦雄による﹃職業社会学﹄︵一九四一年︶のなかであたえられている︒同書の﹁職業社会学の問題﹂をあつかう第二
章の最後の節︵第五節︶は︑﹁大都市の職業生活﹂と題されている︒そのなかでかれは︑職業生活の学問である職業︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑社会学にとって︑﹁現代大都市に於ける職業生活は所謂資本主義的大経営内の職業生活として注目すべき対象であ
る﹂︵同書四一二頁︶とのべてこの問題を取扱おうとしているのである︒そこではおよそつぎのようなことがのべられ
ている︒大経営内職業生活は︑その都市集中の故に︑また家庭と職場との分離の故に他の職業生活と区別される︒ま
︑︑
た同時に︑それは独自の非人間的秩序に貫かれていることによっても注目される︒この性格の原因は要するに﹁職業︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑原理に対する経営原理の優越﹂ということによって生みだされたものであり︑経営原理の要請は︑一︑機械化︑三分業化︑三︑合理化の三点にある︒この帰結は︑﹁客観面たる職業人の生活環境﹂においては﹁何よりも先づ個性の没却
⁝⁝人間の数量化﹂という点に見出される︒それは人間の﹁人的資源﹂化であり︑人間の人間的性格の排除ということ
である︒また主観面︑すなわちかかる生活環境の制約下に生ずる生活態度は︑一︑要領本位︑二︑無責任︑三︑唯物主︑︑︑︑義の三主義である︒このようにのべたうえで︑﹁生活環境の側面﹂というものから個性発揮の困難を︑﹁生活態度の
︑︑
側面﹂というものから連帯性の欠如を︑それぞれ問題としてひき出し︑それらに対する﹁最近の改革案﹂をナチス・ドイツの例によって紹介するのである︒
しかしながらこの部分は︑さしあたり鼓述としてはあまり興味あるものではない︒総じて﹁職業社会学の問題﹂を扱 のものを検討する︒
I職業社会学の成立
194
すくなくとも両者は問題をなにと相関的に説くかという形式的方法に関してかく異っている︒社会的な職業の問題に
それが結びつけられる場面から︑個別的資本の工場内における直接的権威関係の場面への尾高の︑方法的に予期され
ざる移転は︑わが国の産業社会学者の特殊な位置とその方法の性格に照明をあたえる一事例として︑多くの問題を示
唆するものとして記憶さるべきだろう︒
かくして︑職業社会学と産業社会学との系譜関係は︑両者が共にある意味での産業・労働問題の研究である点で単
︑︑
に連続している関係ではなく︑より正確に規定すれば両者の問題の内容的本質における一致と︑形式的方法における︑︑
相異との関係なのである︒だが︑両者の関係がわれわれにとって関心を惹くのには︑もうひとつの問題︑すなわちあの﹁社会学的視点﹂の問題があった︒前文の規定との関連において︑﹁視点﹂とはなにであるのか︒
︑︑
﹁視点﹂という表現でいいあらわされたものが︑ある意味での方法の問題であることはすでに最初から見当がついているであろう︒しかしそれは方法の問題であるとしても︑単に形式としてのそれに尽くされない問題点をもってい
る︒﹁視点﹂の問題は正当にはいまはまだ解かれていないのである︒そこで︑この点に関するかぎり以上に概括した
尾高の﹁職業社会学﹂第二章第五節がなんらかの注意をひくと寺れぱ︑わが国における産業社会学の先駆ということ.︑︑︑︑︑︑︑︑
︑︑ ︑.︑︑︑
はともかくとして︑それが﹁経営原理﹂と﹁職業原理﹂との矛盾に対比して職業人の﹁職業生活﹂を置くという︑著作﹃職業社会学﹄の構想をそこですべて再現してみせたことにあるだろう︒そして︑尾高の職業社会学の積極的部分
は︑実はこのような命題に端的に要約しうるものであった︒
前項において予知したようにへ尾高の博士学位論文たる職業社会学の構想の骨子は要するに﹁経営原理﹂と﹁職業原
淫の矛盾︑それに対する﹁職業生活﹂の対置ということに帰しうるである.第三のものが︑あの﹁視点﹂lここ
三︵社会学的見地とはなにかI①︶
196
︑︑ ︑︑
二︑は社会の個人に対する︵連帯の︶要求である︒さらに三︑はそれらの結果としての報償である︒それらはまた︑職業の個人的・社会的︒および経済的の三側面とよびうる︒ところで︑職業はこうして個性︵個人︶︑連帯︵社会︶︑
︑︑︑ .O生計︵経済︶の三要素ないし側面に関係づけられているが﹁これら三要素への関係が調和的であるとぎ職業はその理
○○○
○○
○00頓形態を得る.:⁝言換えれば︵これらの間に︶均衡あることが職業の完全態の条件﹂︵二五頁︶である︒lさてこ想形態を得る⁝⁝言換えれば︵これ信 こに︑われわれは問題の発端をえた︒こに︑われわれは問題の発端をえたCO○Oこれに反してIと尾高はつづけるlみぎのような均衡を欠如した職業は︑羅業の欠如態﹂である︒ところが︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑○00O現実の職業は平均的にはこの欠如態における職業である︒したがってそれは︑いわば﹁職業の現実形態﹂といわれうるものである︒そしてこの現実形態としての欠如態は︑人︵ないし一社会︑ないし一時代︶の職業観においてその反映
をえる︒﹁職業観はこれら職業の欠如態を以ってその完全態の如くに見るのである︒﹂︵八職業学の成立v可思想L一八
○○・
一丁三号通巻七八○一頁︶かくて︑職業が事実であるのに対して職業観はいうまでもなくその︵価値評価をふくむ︶観念である︒後者は前者の︵歪められた︶﹁反映﹂である︒﹁然し他面では職業観は職業生活を制約し又指導する﹂︒
このようなものとして︑職業観は再び三様のものとなる︒すなわち言個性︵個人︶を強調するもの︑二︑連帯︵社
会︶を強調するもの︑三︑生計︵経済︶を強調するもの︒あるいは︑一︑天職観︑二︑職分観︑三︑営業観︑であ
る︒︵前掲論文︑同七八○頁︶それらはいわば即自的な観念であるが︑同時にそれぞれの特質を失うことなく一定の立
場的理論に組織化されることができる︒そのときそれらは職業の科学的概念の規定をも制約し︑それに対応する三つ
︑︑︑
の﹁概念﹂を成立せしめる︒すなわちこのぱあいには︑それらは各々つぎのごとくになる︒職業の一︑技術的概念︑二︑道徳的︵ないし倫理的︶概念︑三︑経済的概念の三つがそれである︒
では︑職業社会学による職業研究の成立に先行する職業の学問的研究にはどのようなものがあるか︒それらはどの
ような﹁見地﹂のうえに立っているか︒ここで彼がえらび出すのはつぎの︵もう一度︶三つである︒それらはうたが
197
いなく上記の三概念に対応する︒すなわち一︑職業心理学︑二︑職業道徳または職業倫理学︑三︑職業調査︒従来の
職業研究は︑彼によれば以上の三つに代表される﹁見地﹂に帰することができる︒それはおそらく︑さきの﹁職業観
に制約された﹂概念規定に対応すると考えてつかえないだろう︒そしてもしこのことが了解されたならば︑彼がその
各々にどのような批判を加えて自己の主張を暗示しようとするかはもはやいわずともあきらかである︒念のために論
点を要約していえば︑技術的見地すなわち職業心理学は︑これまでのところ最もよく整った学問であるが︑その拠る
見地は︑個人の能力発揮のためにはいかなる職業がその個人に適当であるかを決定しようとすることにある︒しかし
キヤパンテイ適職は︑個人の能力によってのみ決定しうるとはいえない︒むしろそれ以上に社会の能力︵適職のえられる機会があ
︑︑
るかどうか︶が問題であるのが現在の実情ではないか︒それはあまりに個人的見地に傾いている︒これに対して経済︑︑︑︑ゞ的見地すなわち職業調査は︑ある意味で社会の能力を問うものであり︑職業研究に重要な手段を提供するものである︒だが︑これがその問題をとらえるのはただ﹁営利の原則﹂に還元されたかぎりにおいてであり︑その結果として
︑︑
これは職業の質的問題を人口の量に解消してしまう︒それはあまりに営業の見地に傾いている︒最後に倫理的見地すなわち職業道徳は︑社会の問題をたしかに質的な問題として提起する︒この点でそれは職業社会学の一モメントたりう
るものを含んでいる︒しかしながらこれは帰するところ﹁当為﹂に関する規範学であって︑現実の職業研究にもとずく
︑︑一学問としての資格に欠ける︒それはあまりに連帯の見地に傾いているのである︒かくして全く必然的に︑われわれは
職業社会学の見地︑あるいは職業研究の﹁社会学的見地﹂へと到達するのである︒︵以上四五二一貢参照︶
かくしてえられた社会学的見地または視点は︑前記の三見地がいずれも部分的見地であるのに対して全体的見地で0000○○ある︒これらが職業の.面観﹂であるのに対して︑それは職業の全面観である︒という所由は︑かの三要素ないし二一側面
からなる職業を﹁その三要素の何れをも生かして捉えること⁝⁝.:職業なる統一態をば飽くまでも統一態として捉え︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑ること﹂︵一二九頁︶にある︒﹁この全面観の下に於ける職業を特徴づける為に我々はこれを便宜上﹃職業生活﹄とよび ︑︑︑︑
202
00 .0
つの欠如態︶の中で現代の職業生活における職業形態に当るものは︑⁝⁝営業である︒営業というのはここでは営利 的職業の意味にすぎない︒﹂︵A職業学の成立v同七七五頁︶また︑﹁兎も角も今日一般に見出される職業では連帯及び◎00︑︑︑︑個性への関係は生計への関係の背後に見失われ勝ちである︒⁝⁝﹁然もそれは個々人の自由意志でそうされるのでは︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑ない︒⁝⁝即ちこの現象は心理現象ではなく社会現象である︒﹂︵同論文同七七六頁︶さらにまた︑つぎのような批判・I﹁かかる事態︵個性と連帯の二重の欠如︶は屡々悪業危機﹄と言はれる.然しそ
れが営業の危機でないことは明かであろう︒営業は今日むしろ﹃繁栄﹄の状態にある︒一方また﹃就職難﹄の増大と
0O
か﹃失業﹄や﹃転職﹄の激化とかいうことも所謂﹃危機﹄ではないようである︒ドゥンクマン︵宍.己巨罠白目自︶や
フライヤー︵国.甸円の冒閏︶は好んで職業危機を指摘しているけれども︑それはこのようなものを指すとは思はれな
00
000い︒﹂:::﹁職業危機はむしろ一方では職分実現の一般的低調を︑他方では天職実現の一般的困難を︑意味する﹂・0O
○00︑︑︒
︑︑
︵同論文同七七六七頁︶職業危機をとくものにとって︑﹁危機﹂とは実は営業の一般的繁栄ということなのである︒こ︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑
の繁栄の結果︑職業人は利己的で﹁社会奉仕﹂の念を欠き︑職業生活の自由は︑その﹁無政府状態﹂に変質している︒また他方ではこの繁栄は︑経営原理︵二を参照︶によって貫かれている︒それによって職業人は生産工程の無意︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑味な一小部分を形成する﹁人間機械﹂となっている︒そこでは︑分業は経営内の﹁抽象的﹂分業に終始する︑と︒か
くしてわれわれはまたさきの﹁大都市における職業生活﹂の論占だ立かえった︒
もはやこれで充分であろう︒われわれは彼の﹁社会学的見地﹂についてもうひとつのことを知った︒それは︑つぎのよ
うに表現してさしつかえない︒すなわち︑彼のさぎの第二の見地︵観・要素︶は︑彼にその否定的な側面を示したか
ぎりの資本主義社会である︑と︒そして︑社会学的見地はまずこ︑jを克服すべきものだったのである︒もちろん︑個人
と社会︑個性と連帯の双方を︑歴史的に規定しつつそれらに唯一の現実形態を課するものとして資本主義を定置する︑︑︑︑のでない尾高の﹁見地﹂ないし﹁視点﹂は︑いわば反資本主義的ではあっても︑反資本主義的なものではありえない︒
︑
203
彼は︑このような把握を自己の方法の土台に置こうとしたことは一度もない︒だがそれにしても︑生計・営利・営業
などの彼の用語のなんと無雑作なことか︒けだし︑営利・営業は範嶬としての商品所有者にふさわしいのに対して︑
︑︑
生計は範嶬としての賃労働にこそよりふさわしく︑そして︑彼の事実において取扱っているものが現代資本主義の問題であるかぎり︑彼の問題は賃労働者の問題を核心としてこそ正しく理論化しうるだろうから︒
これに対して︑止揚さるべき他の一弓は︑この項では従の位置におかれた︒尾高によれば︑第一の見地は﹁職業分
化の﹃無政府状態﹄を歎じて連帯実現の為の統制を主張する立場﹂︑のごときものであり︑また第三の見地は﹁職業
の事実上の自由なぎを歎じて個性発揮の為にこの自由の付与を強調する立場﹂︵同論文同七七七頁︶とされるのである︒
ここでさしあたり一応のべておけば︑前者は﹁有機的連帯観﹂Iより具体的には日本およびドイツにおけるこの時
期の国家政策のことである︒また後者は︑直接的には職業心理学への批判に関わるが︑より根本的には自由主義擁護
論への批判を含むものであった︒
尾高のこれら両﹁見地﹂に対する関係は再び極めて微妙である︒形式的には︑前者の重視︑だが心情的には彼はま
だ多分に後者に傾いていた︒だがこの事実はⅡにおいて検討しよう︒
さて︑以上において社会学的視点が︑反資本主義︑あるいはより正確には現代資本主義の否定面の消去という発想
を含むものであることがあきらかになった︒そこで︑彼がこの期待をかけうると考えた﹁職業生活﹂とはなにか︒以
上のほかに第三︑いや第四の道がはたして残されているのか︒それはたとえば︑いわゆる全体主義的国家観のごとき
ものを意味するのだろうか︒しかしいま︑われわれは彼がこれに対してもやや否定的であったことを注意した︒それ︑︑︑︑︑︑が心情としての批判であるかぎり︑もちろん﹁職業生活﹂がこれと結合しない保証はない・だが︑それは︑直ちにこ