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195568_XP_人権問題研究室紀要第16号

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1.はじめに―対象と方法 流行歌とは,文字どおり,その時々に流行 する歌のことである。人びとの心をつかむた め,斬新であるよりは定型的な,ありふれた 表現がこのんで使用される(もちろん,なか にはすぐれた現代詩として評価されるものも あるが)。したがって芸術的な観点からは, 一段ひくい研究対象としてみられがちだ。 しかし,流行歌は時代の心性が表出されて いる言説空間であり,社会科学にとってひと つの貴重な研究対象である。実際,南博以来, 社会心理学の一研究分野となってきた。そう した研究者のひとり見田宗介は,「流行歌は 時代の民衆の心情のありかを知るための資料 としては,最もすぐれた資料の一つである」 とのべ,怒り,かなしみ,よろこび,慕情, 義侠,未練などの概念を手がかりにして,近 代日本の心情の分析をおこなっている(見田 宗 介:1967=1978,pp.10―11)。本 稿 で も 社 会心理の一端を解明すべく,流行歌を題材と してとりあげたい。 流行歌のテーマはさまざまである。ここで とりあげるのは,恋愛歌(ラブ・ソング)だ。 恋愛は,決してはやい時期から流行歌の主要 なテーマであったわけではない。見田が列挙 しているような,さまざまな心情がうたわれ てきた。恋愛がメジャーなテーマになるのは, 大正期あるいは昭和初期以降である。現在で は,それは流行歌の大勢をしめるにいたって いる。 恋愛歌の分析は,ジェンダー研究という側 面ももつ。そこには男女の心情表現があり, その差異や変遷を実証することで,ジェンダ ーの特徴をあきらかにできるからである。数 はおおくないものの,女性学の立場からする 研究がある(寿岳章子〈じゅがく・あきこ〉, 遠藤織枝,小倉千加子,中村桃子など)。 こうした先行研究も参照しつつ,本稿では とくに女性歌手の歌にある「キミ(君)」と いう用語を軸にして分析をすすめることにし たい。日本語の呼称は決してひとつではなく 複数あり,目上/目下によってつかいわけら れる。鈴木孝夫(1973)は,この境界線を目 上目下の分割線とよんでいる。たとえば,現 在の日本語では,「オマエ(御前)」「キサマ (貴様)」は目下にはつかえるが,目上には つかえないといったことがこれにあたる。日 本語の呼称は会話者をめぐる上下関係によっ て使用が制限されるのである。女性がつかう 対称詞としては「アナタ」がもっとも一般的 だ。「キミ」は少数派ではあるが,しらべて

天理大学人間学部 Faculty of Human Studies

女性歌手の流行歌にみる「キミ(君)

」の変遷

知 行

Historical Change in the Meaning of “Kimi (You)”

in Japanese Women’s Popular Songs

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みると,時代によって特徴的なあらわれかた をすることがわかった。女性の対称詞に注目 することで,時代をとおした力関係の変化を あきらかにできるであろう。 そこで,「キミ」のでてくる女性歌手の歌 をあつめ,それがつかわれている歌詞の文脈 を時代ごとに分析することにした。近代日本 の流行歌をもっとも広範にあつめたものとし て,古茂田信男ほかによる『日本流行歌史』 (上中下・3巻)がある。この本には,1868 年から1994年にいたる間のヒット曲1,689曲 が年次ごとにあつめられ,作詞者,作曲者, 歌手とともに歌詞の全文が掲載されている。 そのなかから「キミ」のあらわれる女性歌手 の歌をすべてピックアップした。 1995年以降については(一部はそれ以前も ふくむが),わたしが大学で担当している「文 化と人間6―ジェンダーと現代文化」の受講 生のレポートのなかから,「キミ」のつかわ れている歌をえらぶことにした。この授業で は毎年,学生に「ジェンダーの観点からする 歌詞の分析」というレポート課題を課し,歌 詞をそえて提出させている。6年間の約1,000 点におよぶレポートには,「キミ」をつかっ た歌がいくつも登場する。ここから「キミ」 をつかった歌をピックアップした(最近の流 行歌の動向をしるうえで,学生たちはわたし の「先生」である)。ただしこれは客観的な 選曲ではないので,この期間については脱落 している流行歌もあることだろう。リストの 作成にあたっては,ひとりで何曲も「キミ」 をうたっている歌手もいるため,一歌手につ き一曲に限定した。 こうした手続きでえらんだ女性歌手は,あ わせて51人である。時期を区分するとつぎの ようになる。はじめて「キミ」が登場する第 1期(1930年∼1956年),「キミ」がまったく みられない第2期(1957年∼1974年),「ボク」 と対になって「キミ」がつかわ れ る 第3期 (1975年∼),第3期と一部は重複するが,「ボ ク」なしで「キミ」があらわれる第4期(1985 年∼)。各時期の歌詞の特徴を,順番にみて いくことにする。 2.「キミ」の二面性/役割語としての「キ ミ」 分析結果の具体的な記述にはいるまえに, 「キミ」という用語の特徴について,2点だ けふれておきたい。 第1点は,「キミ」の二面性について。『日 本国語大辞典』(小学館)には「キミ」の語 誌として3種類があげられている。要約する と,(1)もともと君主・天皇の意でそこか ら敬愛する人をさすさまざまな場合に広がっ た,(2)敬愛の意をもって相手をさす対称 で短歌・詩などの文語的表現では現在でも敬 愛する相手にもちいられる,(3)武士階級 から書生言葉を経て現在にいたるもので「ボ ク」と対になって主として男性が対等もしく は目下の相手にもちいる,というものである。 (1),(2)は,いずれも敬愛の念をあら わしているので,これを「敬愛のキミ」とよ ぶことにしたい。「君が代」,「源氏の君」,「君 死にたまふことなかれ」といった用例がこれ に該当する。一方,(3)は対等もしくは目 下(目下といっても同格性が含意されている が)の,したしい相手にもちいられる。前者 と対比的に,これを「友愛のキミ」というこ とにする。古茂田信男ほか(1994)には,文 部省唱歌『電車ごっこ』(1932年〈昭和7年〉) が採録されている(歌名は『 』であらわす。 以下同様)。歌詞の冒頭は「運転手は君だ 車掌は僕だ あとの四人が電車のお客」とい うものだ。ここでの「キミ」は,「ボク」と

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対になってもちいられた「友愛のキミ」とい える。 「ボク/キミ」の由来については,小松寿 雄による研究がある。それによると,自称詞 /対称詞として「ボク/キミ」がもちいられ はじめるのは,江戸末期,武士や教養層によ ってである。明治以降,それは知識層や書生 へ,さらには少年へとひろがり,青少年の標 準的な呼称のひとつとして地歩をかためてい った。文部省の「礼法要項」(1941年〈昭和 16年〉)は,自称と対称について,つぎのよ う に 記 し て い る と い う(小 松 寿 雄:1998, p.684)。 自称は,通常「私」を用ひる。長上に対 しては氏又は名を用ひることがある。男 子は同輩に対しては「僕」を用ひてもよ いが,長上に対しては用ひてはならない。 …対称は,長上に対しては,身分に応じ て相当の敬称を用ひる。同輩に対しては, 通常「あなた」を用ひ,男子は「君」を 用ひてよい。 小松によれば関東大震災(1923年〈大正12 年〉)ごろまでは,東京の下町では自分のこ とを「アタイ」といい,「ボク」というのに は抵抗があった。少年へのひろがりはそれ以 降ということになる。なお第4節でみるが, 流行歌の世界に「ボク/キミ」が一般化する のは,1960年代の青春歌謡の登場以降である。 それ以前にも,『電車ごっこ』のように「ボ ク/キミ」がみられなくはないが,それらは 散発的な例外にすぎなかった。 第2点は,「役割語」としての「キミ」に ついて。役割語とは,金水敏(きんすい・さ とし)によると,「特定のキャラクターと結 びついた,特徴ある言葉づかい」のことであ る(金 水 敏:2003,p.!)。たとえばマンガ 「鉄腕アトム」に登場するお茶の水博士や「名 探偵コナン」に登場する阿笠博士は「わし」 とか「∼じゃ」といった表現をよくつかう。 しかし実際には年配の博士たちがそのような 言葉づかいをするわけではなく,ヴァーチャ ル(仮想現実的)な日本語である。マンガで こうした言葉が使用されるのは,キャラクタ ーに独自の性質を付与するためだ。同書には, マス・メディアにみられる役割語として,関 西弁,お嬢様ことば,女学生ことばなど,興 味ぶかい事例が列挙されている。 金水は「ボク/オレ」といった男性の自称 詞についてもふれている。「ボク/オレ」は, 小説やマンガにおいては,主人公の性格によ ってつかいわけられる。「巨人の星」の星飛 雄馬は「オレ」,「ドラえもん」ののび太は「ボ ク」といったように,野性的・攻撃的な主人 公には「オレ」,柔弱な主人公には「ボク」 があてがわれる。つまり,呼称もまた役割語 のひとつにほかならないのである。 日本語の女性の対称詞としては,「アナタ」 がもっとも一般的だ。「キミ」の用法の変遷 をたどるという本稿の課題は,「アナタ」と の対比において少数派である「キミ」の役割 の変化をたどるということでもある。 3.第1期:敬 愛 の「キ ミ」(1930年∼1956 年) さて,日本に流行歌が成立したのはいつご ろか,定説があるわけではない。ただメディ ア論的にいえば,昭和初年(1926年)ごろに ひとつの画期があったことはたしかである。 それ以前は,演歌師が街頭でヴァイオリンを ひいて歌をうたい,人気曲が全国にひろがる という,人による直接的伝播が流行の要因で あった。1924年(大正13年),東京放送局が

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設立され,翌年からラジオ放送がはじまった。 蓄音機の普及は,これによって一層拍車がか かり,ラジオ放送とレコードを両輪とする流 行歌の普及スタイルが成立することになる。 現在ではテレビ,CD,音楽プレーヤー(i-pod など)と形態は変化しているが,マス・ メディアを通じて歌が流行するというプロセ スにかわりはない。そうした意味で,昭和初 期をもって狭義の流行歌の成立とされること が あ る(南 博/社 会 心 理 研 究 所:1987, pp.469―470)。本稿でも,この立場をとる。 昭和期になると,ビクター,コロンビアと いったレコード会社が創立され,プロの作詞 家,作曲家が登場してきた。かれらは「近代 詩壇に鍛え抜かれた詩人」,「クラシック・ジ ャズに造詣を深めた作曲家」といったプロ集 団 で あ っ た(菊 池 清 麿:2008,p.22)。作 詞 家の一例をだせば,おおくのヒット曲をうみ だした西条(西條)八十は,早稲田大学でフ ランス文学を講じる助教授(のちに教授)で もあった。 新作流行歌の先頭をきったとされるのが 『君 恋 し』で あ る(1928年〈昭 和3年〉,作 詞:時雨音羽,歌:二村定一)。この曲は, 戦後1961年にフランク永井によってリバイバ ルされた曲でもある。1番の歌詞はつぎのよ うになっている。 宵闇せまれば 悩みは涯なし みだるる心に うつるは誰が影 君恋し 唇あせねど 涙はあふれて 今宵も更けゆく それまでにも恋愛を主題とする流行歌はあ ったが,小唄調の「ザレうた」や「バレうた」 が大半だった。『君恋し』は男性による女性 への呼称として「キミ」をつかっているとい う点で注目に値する。文語調の文体,不在の 相手への距離感をかんがえれば,これは「敬 愛のキミ」といってよい。レコード,ラジオ という当時のニュー・メディアは,近現代詩 に類似した,格調たかい恋愛歌をもたらした のである。 一方,女性歌手が「キミ」をつかった歌は, いつあらわれるのだろうか。「キミ」が一時 的に姿をけす1956年ごろまで,古茂田信男ほ か(1994,1995a)から そ う し た す べ て の 曲 をピックアップしたのが表1である。あわせ 表1 女性歌手のうたう「(私)/君」(∼1956〈昭和31〉年) No. 歌手 歌 発 表 年 作 詞 者 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 天津乙女/宝塚月組 淡谷のり子 大津美子 神楽坂はん子 神楽坂はん子 小唄勝太郎 平野愛子 二葉百合子 ミス・コロンビア/霧島昇 ミス・コロンビア/霧島昇 ミス・コロンビア/霧島昇 美空ひばり 美ち奴 李香蘭 渡辺はま子/霧島昇 すみれの花咲く頃 君忘れじのブルース ここに幸あり こんな私じゃなかったに 見ないで頂戴 お月さま 明日はお立ちか 君待てども 夜のプラットホーム 旅の夜風 愛染夜曲 愛染草紙 悲しき口笛 霧の四馬路(スマロ) 紅い睡蓮 蘇州夜曲 1930(昭和5) 1948(昭和23) 1956(昭和31) 1952(昭和27) 1953(昭和28) 1942(昭和17) 1948(昭和23) 1947(昭和22) 1938(昭和13) 1939(昭和14) 1939(昭和14) 1949(昭和24) 1938(昭和13) 1940(昭和15) 1940(昭和15) 白井鉄造 大高ひとを 高橋掬太郎 西条八十 野村俊夫 佐伯孝夫 東辰三 奥野椰子夫 西条八十 西条八十 西条八十 藤浦洸 南条歌美 西条八十 西条八十

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て15人の女性歌手が確認できた。 時期的にトップをきった曲は,表1―1に ある『すみれの花咲く頃』である。この曲は, 宝塚の演出家,白井鉄三がカジノ・ド・パリ のレビューの主題歌『リラの花咲くころ』を もちかえって,宝塚少女歌劇「パリゼット」 の主題歌にしたものだ(古茂田信男ほか: 1994,p.270)。少女マンガの創始となった「リ ボンの騎士」は,手塚治虫が宝塚に着想をえ て創作したとされる。流行歌における女性の 「キミ」使用についても「それは,宝塚から はじまった」のである(このフレーズは藤本 由香里(1998=2008,p.178)に よ る)。よ く しられた歌詞の一部は以下のとおり。 すみれの花咲く頃 はじめて君を知りぬ 君を想い 日毎夜毎 悩みしあの日の頃 すみれの花咲く頃 今も心ふるう 忘れな君 我らの恋 すみれの花咲く頃 「キミ」は3回登場し,重要な役目をはた している。歌をうたったのは,天津乙女とい う男装の歌手であったので,厳密に「女性初」 といえるかどうかはわからない。しかし,与 謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」にも みられるように,女性から男性にむけて「キ ミ」をつかうという用例は文学においてすで にみられたのであり,この歌も自然にうけい れられたものとおもわれる。 表1の各曲において,「キミ」がつかわれ ている前後の文章をいくつかとりあげてみよ う。「君を忘れじの ブルースよ」『君忘れじ のブルース』,「君を頼りに 私は生きる」『こ こに幸あり』,「朝日を浴びて いでたつ君 よ」『明日はお立ちか』,「やさし彼(か)の 君 ただひとり」『旅の夜風』,「君に捧げた 薔薇の花」『悲しき口笛』,「君の勲功(いさ おし)祈りましょ」『霧の四馬路』,「君は日 の本 桜の男子(おのこ)」『紅い睡蓮』。 なかには「君の寝顔に 頬あてて」『こん な私じゃなかったに』のように,男女の対面 的状況でつかわれる「キミ」がないわけでは ない。しかし,大半の曲は一定の距離をおい た非対面的な状況で,敬意をもって「キミ」 がつかわれている。文語調の文体がおおいこ とも特徴のひとつだ。この時期の「キミ」の 主流は,前節でのべたふたつの用法のうちの 前者,つまり「敬愛のキミ」であったといっ てよいだろう。 さきにあげた『君恋し』をみてもわかるよ うに,男性歌手の歌にも「敬愛のキミ」がつ かわれている。表1―7には『君待てども』 (歌:平野愛子)をリストアップした。これ もフランク永井によって戦後リバイバルされ た曲である。「敬愛のキミ」は男女ともにつ かえる共用の呼称であった。見田宗介は前掲 書において,昭和期になって流行歌で主流と なってきた恋愛感情を「慕情」と名づけてい る。慕情とは「自己と対等以上のものとして 意識された他者にたいする,距離感をともな う 愛 情」の こ と だ(見 田 宗 介:1978,p.81)。 慕情としての恋愛感情を表現するのに,「敬 愛のキミ」は男女ともにふさわしい呼称だっ たのである。 4.第2期:「キミ」の不在(1957年∼1974 年) その後,『ここに幸あれ』(1956年)を最後 にして,女性歌手の歌から「キミ」は一時的 に姿をけす(『誰よりも君を愛す』〈1960年, 作詞:川内康範,歌:松尾和子,マヒナ・ス ターズ〉というヒット曲もあるが,これは男 女の混声曲なので除外する)。なぜ,きえて しまったのだろうか。

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当時の社会情勢をみると,女性の労働力率 が低下し(最低を記録するのは1975年),恋 愛結婚の比率が増加している(見合い結婚と 恋愛結婚の比率が逆転し後者が優勢になるの は1966年頃)。つまりこの時期には,「男は仕 事,女は家事」という近代的な性別分業と, それを前提にした男女の恋愛関係が一般化し ていくのである。 こうした時代背景を象徴する歌として,い まではかんがえられない326万枚をうりあげ た大ヒット曲『女のみち』(1972年,作詞: 宮史郎,歌:ぴんからトリオ)の1番の歌詞 をみてみよう。この曲は女性をよそおった男 性グループの歌であるが,当時の女性歌手の 歌をみても,おなじような情景がうたわれて いる。 私がささげた その人に あなただけはと すがって泣いた うぶな私が いけないの 二度としないわ 恋なんか これが女のみちならば 女性は「ささげる」,「すがる」,「泣く」,「う ぶな」ということばで形容されている。1967 年の年間ベストヒット50曲について,歌詞を 単語に分解して出現頻度を集計した調査報告 書がある(民放五社調査研究会編:1969)。 その結論は「“あなた”と“わたし”という 個人的場面における“恋”と“涙”こそが, 現在の歌謡曲の基本用語である」というもの だ(同書:p.162)。『女のみち』は,まさに そうした「王道」をいく曲であった。 「女性とことば」研究の嚆矢(こうし)と なったのは,寿岳章子の『日本語と女』(岩 波新書)である。その1章に,流行歌をあつ かった「うたの中の女」がある。ここで著者 は学生たちとともに,流行歌のなかの女性に 関する表現をカード化し分析している。本の 出版が1979年であるので,おそらく対象とな ったのは1970年代中頃の歌であろう。 寿岳は,分析の結果から,当時の歌のなか にえがかれた女性像を列挙している。ゴチッ ク体で表記された頻出表現だけをまとめると, つぎのようになる(同書,pp.110―128)。 1.うたのなかの女はどうするか(側に 居る,泣く,惚れる,真心を尽くす,愚 痴を言わない),2.うたのなかの女の 主体性喪失(待つ,甘える,愛される),3. 女 の 姿 態(長 い 髪,か わ い い,や さ し い),4.女のねがい(つくしたい,捧 げたい),5.みずからのレッテルはり (弱い女,ダメよ,女なんだもの,女は 女,バカな女,女ですものだめよだめだ め),6以下は略。 そして,こうむすんでいる。「もはや,私 たちは歌謡曲の中の女のあれこれに堪能した。 歌謡曲,演歌,フォーク,すべて同一パタン の繰り返し。そしてそれはあまりに貧困な偏 った女性像しかなかった」(同書,pp.133― 134)。寿岳もまた,当時の恋愛歌のワンパタ ーンぶりを立証している。こうしたベタな恋 愛歌が流行するなかで,距離をおいて相手を 恋慕する「敬愛のキミ」は出番をなくしてい ったのである。 この時期のもうひとつの特徴として,1960 年代になって男性歌手が使用する呼称として 「ボク/キミ」があらわれ,それが急速にひ ろまったこともあげておくべきであろう。20 代,ことによると10代のわかい男性歌手があ いついで登場し,「青春歌謡」とよばれる歌 をうたった。さきがけになったのは,1962年

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(昭和37年)にでた北原謙二の『若いふたり』 (作詞:杉本夜詩美)である。1番の歌詞は 以下のとおり。 きみにはきみの 夢があり ぼくにはぼくの 夢がある ふたりの夢を よせあえば そよ風甘い 春の丘 若い若い 若いふたりの ことだもの この直後には舟木一夫,西郷輝彦,三田明 といった歌手がデビューしている。かれらの デビュー曲は,『高校三年生』,『君だけを』, 『美しい十代』であるが,それぞれの歌詞に は「ボク(ら)」,「キミ」という呼称がみら れる。さらに1970年代になると,かぐや姫, 吉田拓郎,井上陽水らが登場し,いわゆる「ニ ューミュージック」が花ひらくことになる。 たとえば『結婚しようよ』(1972年,作詞・ 歌:吉田拓郎)には「僕の髪が肩までのびて 君と同じになったら」という一節がある。青 春歌謡の登場以降,男性歌手の若年化が進行 し,「ボク/キミ」という青年男子の呼称が ひろがっていくことになった。 これは「キミ」の待遇価値の低下をもたら した。鈴木孝夫は,日本人は人称代名詞をタ ブー視してつかわないですまそうとする傾向 がつよいため,その頻用は敬意の低下をもた らすとしている。「きさま(貴様)」,「おまえ (御前)」などがその例である。そして,こ うした現象を「タブー型変化」と名づけてい る(鈴 木 孝 夫:1973,pp.144―145)。こ の 法 則にしたがえば,「キミ」はひろくもちいら れることによって,待遇価値が低下していく ことになる。とくに「ボク/キミ」の対でも ちいられる「友愛のキミ」は,もとから「敬 愛のキミ」よりも敬意の程度がひくい。女性 歌手の歌に「キミ」がみられないこの時期は, 一方で男性歌手の「ボク/キミ」使用の拡大 によって,流行歌の世界で「キミ」の待遇価 値が低下していく時期でもあった。 5.第3期:男装の「キミ」(1975年∼) 1970年代初頭の流行歌を特徴づける出来事 は,「ニューミュージック」(のちに「J―P OP」とよばれる)というあたらしい音楽潮 流の出現であった。その革新性を評価するな らば「ニューミュージック革命」といってい いかもしれない。それまでプロの作詞家・作 曲家にまかされてきた音楽業界にアマチュア が参入し,歌詞も楽曲も内容が一新されたの である。荒井(松任谷)由美,中島みゆき, 小坂明子,庄野真代といった女性歌手たちが 「シンガー・ソング・ライター」として登場 してきた。それまでは男の世界であった作詞・ 作曲界に,女性が「職場進出」してきたので ある。 古茂田信男ほか(1995b)のリストには, 年次ごとに,流行歌の作詞家,作曲家の名前 もあげられている。それを1960年から1990年 にかけて5年ごとに性別で集計してみた。女 性作詞家の比率は1965年までは数%にすぎな かったが,1970年には10%をこえ,1980年に は30%に達している。女性作曲家は,1970年 まではひとりもいなかった。1975年以後すこ しずつ増加し,1980年に約10%になっている。 もちろんそれまでにも女性歌手はいた。しか し,男性が作詞・作曲した曲をうたうだけの 存在でしかなかった。ジェンダーの観点から いえば,女性が作詞・作曲をとおして,「自 分自身の本当の声」を獲得した点にこそ,ニ ューミュージックの革命性があった。 ニューミュージックの男性歌手たちは,「四 畳半フォーク」と揶揄(やゆ)されながらも,

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私生活の出来事を主題とした(ウリは「やさ しさ」である)。そのなかで,「ボク/キミ」 という呼称の使用は必然的であった。これに 呼応して,女性のなかにも「ボク/キミ」を つかう歌手があらわれてきた。それは男性の 立場に性別越境しての使用である。こうした 用法を「男装のボク/キミ」とよぶことにす る(反対に,男性が女性の立場でうたう「女 装のワタシ/アナタ」もあるが,本稿ではあ つかわない)。「男装のボク/キミ」の口火を きったのは『なごり雪』(1975年,作詞:伊 勢正三,歌:イルカ)だ。1番の歌詞をみて みよう。 汽車を待つ君の横で僕は 時計を気にしてる 季節はずれの雪が降ってる 東京で見る雪はこれが最後ねと さみしそうに君がつぶやく なごり雪も降るときを知り ふざけすぎた季節のあとで 今春が来て君はきれいになった 去年よりずっときれいになった 『なごり雪』は作詞,作曲をした伊勢正三 もうたっているが,ヒットしたのはイルカの 歌である。なぜ性別越境が可能になったのか。 それは女性の地位が向上してきたという現実 とともに,「ボク/キミ」という越境しやす い言語環境がそこにあったこともわすれては ならない。 『なごり雪』以後,現在にいたるまで「ボ ク/キミ」という対で「キミ」を使用してい る女性歌手のリストを表2にまとめた。なか には,表2―10『空と君とのあいだに』(歌: 中島みゆき)や表2―16『Hello, my friend』 (歌:松任谷由美)のように,ドラマや映画 の主題歌で,そのストーリーとの関連で男性 の立場にたってうたっている曲もある。しか し最近の女性歌手には,「ボク/キミ」を自 分自身の呼称にしているとおもえるものもあ る。 表2 女性歌手のうたう「僕/君」(1975〈昭和50〉年∼) No. 歌手 歌 発 表 年 作 詞 者 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 阿部真央 イルカ 宇多田ヒカル AKB48

Every Little Thing 太田裕美 ZARD 柴田淳 中島美嘉 中島みゆき ノースリーブス Perfume 浜崎あゆみ 一青窈 福原美穂 松任谷由美 水樹奈々 薬師丸ひろ子 S.O.S なごり雪 traveling ポニーテールとシュシュ 恋文 木綿のハンカチーフ 君がいたから ぼくの味方 雪の華 空と君とのあいだに Answer エレクトロ・ワールド Immature ハナミズキ Apologies Hello, my friend BRIGHT STREAM セーラー服と機関銃 2010(平成22) 1975(昭和50) 2001(平成13) 2010(平成22) 2004(平成16) 1975(昭和50) 1995(平成7) 2001(平成13) 2003(平成15) 1994(平成6) 2011(平成23) 2006(平成18) 1999(平成11) 2004(平成16) 2010(平成22) 1994(平成6) 2012(平成24) 1981(昭和56) 阿部真央 伊勢正三 Utada Hikaru 秋元康 持田香織 松本隆 坂井泉水 柴田淳 Satomi 中島みゆき 秋元康 中田ヤスタカ 浜崎あゆみ 一青窈 福原美穂・成山剛 松任谷由美 水樹奈々 来生えつ子

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一例として,表2―9『雪の華』(2004年, 作 詞:Satomi,歌:中 島 美 嘉)の2番 を み てみよう。 君がいるとどんなことでも 乗りきれるような気持ちになってくる こんな日々がいつまでもきっと 続いていくことを祈っているよ 風が窓を揺らした 夜は揺り起こして どんな悲しいことも 僕が笑顔へと変えてあげる 舞い落ちてきた雪の華が 窓の外ずっと 降りやむことを知らずに 僕らの街を染める 誰かのために何かを したいと思えるのが 愛ということを知った 1番の冒頭では「夕闇のなかを君と歩いて る」として「キミ」が登場し,以後,何回か つかわれる。しかし「ボク」がでてくるのは,2 番の後半になって,しかも一度だけである。 この歌では,主人公が男か女かという問題は たいした意味をもっていない。 表2には,女性目線で「ボク/キミ」をつ かっている歌手が何人かいる。浜崎あゆみも そ の ひ と り だ。表2―13『Immature』に は, 「僕らはきっと幸せになるために 生まれて きたんだって 思う日があってもいいんだよ ね」という一節がある。前後の文脈をよむと, ここでの「僕ら」はあきらかに自分たちのこ とだ。浜崎あゆみはインタビューで「僕(ら)」 をよくつかう理由として,「〈私〉をつかうと, はずかしいから」とこたえている。「ワタシ /アナタ」では表出できない,ある種の自分 がいるということなのであろう。「ボク/キ ミ」は,もはや性別をこえている。 寿岳章子の前掲書には,東京で「ボク」を つかう女子中学生がふえているというニュー スに対して感想をのべている箇所がある。「ア タシ」ということばは,対等に勉強したり遊 んだりするには,何か鼻の先にぶら下げるよ うな意識がありすぎて邪魔になるのではない かとして,女子中学生たちが男ことばを自分 たちのものにしていく事態を「ことばジャッ ク」と名づけている(寿岳章子:1979,pp.78 ―82)。この用語をかりるならば,現代の女性 歌手のなかにも,男ことばの「ボク/キミ」 を「ことばジャック」している現象がみられ るのである。 6.第4期:友愛の「キミ」(1985年∼) さらに1985年頃から,「ボク」をともなわ ない「キミ」が女性歌手の歌にみられるよう になってきた。そのトップをきったのは『My Revolution』(1985年,作詞:川村真澄,歌: 渡辺美里)である。1番の歌詞はつぎのとお り。 サヨナラ Sweet Pain 頬づえついていた夜は 昨日で終わるよ 確かめたい 君に逢えた意味を 暗闇の中 目を開いて 非常階段 急ぐくつ音 眠る世界に 響かせたい 空地のすみに 倒れたバイク 壁の落書き 見上げてるよ きっと本当の 悲しみなんて 自分ひとりで癒すものさ わかり始めた My Revolution 明日を乱すことさ 誰かに伝えたいよ

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My Tears My Dreams 今すぐ 夢を追いかけるなら たやすく泣いちゃだめさ 君が教えてくれた My Fears My Dreams 走り出せる みればわかるように,この歌は女性の「自 立宣言」である。「悲しみなんて自分で癒す ものさ」,「夢を追いかけるなら,泣いちゃだ めさ」,「走り出せる」といった語句が,それ をものがたっている(『My Revolution』と はよくできたタイトルだ)。歌詞に登場する 「キミ」は男性とは特定できないが,2番に は「ホームシックの恋人たち」,「君とみつめ ていたい」といった表現もあるので,男性で ある可能性がたかい。 「ボク」なしで,「キミ」が登場する歌を あつめた表3には,女性の自立やつよさをう たったものがいくつかある。たとえば表3― 2『三 日 月』(2006年,作 詞・歌:絢 香)に は,「君がいない夜だって そう no more cry もう泣かないよ がんばっているからね 強 くなるからね」,表3―4『For You』(2000 年,作詞:Utada Hikaru,歌:宇多田ヒカ ル)には,「For You 強くなれるように いつか届くように 君にも同じ孤独あげた い」という一節がある。表3―9『No Tricks』 (2005年,作詞:Kumi Koda ほか,歌:倖 田來未)になると,「女に勝手な自分の理想 押し付けて 与えてもらおうって 君達ちょ っとたちが悪いね」と,挑発的でさえある。 自立とは孤立することではなく,相手とあ らたな関係をむすぶことでもある。『女のみ ち』には,男にすがりつく女性像がえがかれ ていたが,表3にみられるのは対等な立場で 「共 に あ ゆ む」女 性 像 だ。表3―5『Wind Climbing』(1995年,作詞・歌:奥井亜紀) には「きみと生きてく明日だから」,表3―10 『揺れる想い』(1993年,作詞:坂井泉水, 歌:ZARD)には「君と歩き続けたい」とあ る。 「共にあゆむ」ことは「共にまもる」こと につながる。表3には,相互の保護をうたっ た 歌 も あ る。表3―1『Story』(2005年,作 表3 女性歌手のうたう「(私)/君」(1985〈昭和60〉年∼) No. 歌手 歌 発 表 年 作 詞 者 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 AI 絢香 上原あずみ 宇多田ヒカル 奥井亜紀 川嶋あい きゃりーぱみゅぱみゅ 倉木麻衣 倖田來未 ZARD 西野カナ Perfume BoA 松任谷由美 水樹奈々 YUI YUKI 渡辺美里 Story 三日月 ママレード・ラブ For You Wind Climbing My Love ファッションモンスター Your Best Friend No Tricks 揺れる想い 君って wonder2 VALENTI 春よ、来い Promise on Christmas CHE.R.RY ひみつ My Revolution 2005(平成17) 2006(平成18) 2006(平成18) 2000(平成12) 1995(平成7) 2007(平成19) 2012(平成24) 2011(平成23) 2005(平成17) 1993(平成5) 2010(平成22) 2006(平成18) 2002(平成14) 1994(平成6) 2007(平成19) 2007(平成19) 2011(平成23) 1985(昭和60) AI 絢香 上原あずみ Utada Hikaru 奥井亜紀 川嶋あい 中田ヤスタカ Mai Kuraki ほか Kumi Koda ほか 坂井泉水 Kana Nishino 中田ヤスタカ 康珍化 松任谷由美 ヒワタリスツカ YUI YUKI 川村真澄

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詞:AI,歌:AI)の1番 と2番 の 一 部 の 歌 詞をみてみよう。 1人じゃないから キミが私を守るから 強くなれる もう何も怖くないよ… 1人じゃないから 私がキミを守るから あなたの笑う顔がみたいと思うから… 「キミが私を守る」と同時に「私がキミを 守る」という相互性が注目される。「共にあ ゆむ」あるいは「共にまもる」関係は,一方 的であるよりは対等な立場にたってのつなが りを志向する。こうした関係を「連帯」とよ ぶことにする。 自立や連帯で含意される男女の関係は,ベ タに感情をぶつけあうのではなく,すこし距 離をおいた理性的な関係である。「友達」に ちかいといえるかもしれない。表3には,そ う し た 表 現 が で て く る 歌 も あ る。表3―8 『Your Best Friend』(2011年,作詞:Mai Kuraki ほか,歌:倉木麻衣)には「強がっ ていても君の瞳見れば わかるよすぐにね You’re my boyfriend」と「キミ」と「ボー イ フ レ ン ド」が 等 値 さ れ て い る。表3―12 『wonder2』(2007年,作詞:中田ヤスタカ, 歌:Perfume)には「好きとか言葉はないけ ど つながりあえてる二人のハアト」とある。 Perfume は,テクノポップ調の歌をうたう 3人の女性グループで,この曲は「友達以上・ 恋人未満」の男女をモチーフにしているそう だ。 表3にある大半の「キミ」は,自立,連帯, 友情といった文脈でつかわれている。第2節 でのべた区分にしたがえば,これは「敬愛の キミ」よりは「友愛のキミ」にちかい。本来 は「ボク/キミ」という対で使用される男こ とばの「友愛のキミ」を,「(ワタシ)/キミ」 という対で使用している。女性歌手のつかう 対称詞としては「アナタ」が一般的だ。しか し自立,連帯,友情などを強調する場合には 「キミ」がえらばれている。実際の日常生活 とは別に,流行歌という言説空間において, 「キミ」は特別な役割語として機能している のである(前節での表現をかりれば,「友愛 のキミをことばジャックしている」といえる かもしれない)。 なお一点補足しておけば,こうした状況の なかで女性歌手が「敬愛のキミ」を表現する 際には,文語調の文体をつかうとか,男性に 敬意をしめす文脈の歌詞をつくるとかいった 工夫が必要になってくる。表3―14『春よ, 来い』(1994年,作詞・歌:松任谷 由 美)は, まさにそうした歌だ。「君に預けし わが心 は 今でも返事を待っています」と,文語体 で「待つ女」をうたい,ツボをおさえた歌詞 になっているのである。 7.おわりに 女性歌手の歌についてみると,現代では「ワ タシ/アナタ」ばかりでなく,「ワタシ/キ ミ」や「ボク/キミ」という表現もみられる ようになってきており,男ことばの領域への 進出がみとめられる。本稿ではのべなかった が,男性歌手の歌においても「ワタシ/アナ タ」といった,女ことばに準じた丁寧な呼称 の歌がある(福山雅治などに顕著である)。 つまり,男ことば/女ことばとして隔絶して いたものが,相互乗り入れをしているという ことになる。これは日本語の他の分野でも生 じている変化だ。 日本では,男ことばとちがって女ことばの 逸脱については,しばしば非難の的になって きた。いわく,上品さや優美さを表現する女 ことばこそが日本語の特質をなしている,乱

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暴なことばづかいはつつしむべきである,と。 遠藤織枝によると,戦前にも女学生が「ボク・ キミ」をつかう風潮があったが,それはこと ばの乱れ,男性化の代表として国語学者など から非難の対象になったという(遠藤織枝: 1997,pp.162―163)。現 在 で も,新 聞 や 雑 誌 において,同様の投書がみられることがある。 「女ことばと日本語」の研究をしている中 村桃子は,「精緻で美しい日本語の伝統とみ なしている女ことばは,戦中期の植民地主義 や総動員体制と密接に関係して成立した」と いう事実をあきらかにしている(中村桃子: 2012,p.194)。つまり植民地諸国に日本語を ひろめるために「優秀な日本語」幻想をつく る必要があり,戦前,戦中期に女ことばにつ いてかたる言説がさかんにつくられたという ことなのである。こうした事実をあきらかに したあとで中村は,女ことばからの逸脱は同 時にあたらしい日本語の創造であるとして, 「ずれた日本語」の意義を再評価している。 この観点からすれば,女性歌手がつかう「ボ ク/キ ミ」や「(ワ タ シ)/キ ミ」も,日 本 語の創造的意義をになっているという一面を もつことになる。本稿でみてきたように,そ れは対等な立場での自立や連帯や友情を表現 する役割語として機能しているのであった。 今後,「キミ」がどのように推移し変化して いくのか,こうした視点ももちながら,みて いきたい(きいていきたい)ものである。 参 考 文 献 書籍・論文(著者五十音順) うがや・ひろみち・烏賀陽弘道 2005『Jポップの 心象風景』文春新書 えんどう・おりえ:遠藤織枝 1997『女のことばの 文化史』学陽書房 ―――編 2001『女とことば―女は変わったか,日 本語は変わったか』明石書店 おぐら・ちかこ:小倉千加子 1989=2012『増補版 松田聖子論』朝日文庫 きくち・きよまろ:菊池清麿 2008『日本流行歌変 遷史―歌謡曲の誕生からJ・ポップの時代へ』論 創社 きんすい・さとし:金水敏 2003『ヴァーチャル日 本語 役割語の謎』岩波書店 ―――編 2011『役割語研究の展開』くろしお出版 くらた・よしひろ:倉田喜弘 2001『「はやり歌」 の考古学―開国から戦後復興まで』文春新書 こまつ・ひさお:小松寿雄 1998「キミとボク―江 戸東京語における対使用を中心に」『東京大学国 語研究室創設百周年記念国語研究論集』汲古書院 こもた・のぶお/しまだ・よしふみ/やざわ・かん /よこざわ・ちあき:古茂田信男/島田芳文/矢 沢寛/横沢千秋 1994『新版 日本流行歌史(上) 1868∼1937』社会思想社 ――― 1995a『新版 日本流行歌史(中)1938∼ 1959』社会思想社 ――― 1995b『新版 日本流行歌史(下)1960∼ 1994』社会思想社 じゅがく・あきこ:寿岳章子 1979『日本語と女』 岩波新書 すずき・たかお:鈴木孝夫 1973『ことばと文化』 岩波新書 すみ・ともゆき:角知行 2002「Jポップにみるジ ェンダー表現の変容―教養講義(4)の授業とレ ポートから」『総合教育研究センター紀要』(天理 大学人間学部)創刊号 ぜっつ・ともゆき:舌津智之 2002『どうにもとま らない歌謡曲―70年代のジェンダー』晶文社 なかむら・ももこ:中村桃子 2001『ことばとジェ ンダー』勁草書房 ――― 2007a『「女ことば」はつ く ら れ る』ひ つ じ書房 ――― 2007b『〈性〉と日本語―こと ば が つ く る

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女と男』NHKブックス ―――編 2010『ジェンダーで学ぶ言語学』世界思 想社 ――― 2012『女ことばと日本語』岩波新書 なばえ・かずひで:難波江和英 2004『恋するJポ ップ―平成における恋愛のディスクール』冬弓舎 ふじもと・ゆかり:藤本由香里 1998=2008『私の 居場所はどこにあるの?―少女マンガが映す心の かたち』朝日文庫 ほんだ・とおる:本田透 2005『萌える男』ちくま 新書 みさき・てつ:見崎鉄 2002『Jポップの日本語― 歌詞論』彩流社 みた・むねすけ:見田宗介 1967=1978『近代日本 の心情の歴史―流行歌の社会心理史』講談社学術 文庫 みなみ・ひろし/しゃかい・しんり・けんきゅうし ょ:南博/社会心理研究 所 1987『昭 和 文 化 1925∼1945』勁草書房 ――― 1990『続・昭和文化 1945∼1989』勁草書 房 みんぽう・ごしゃ・ちょうさ・いいんかい:民放五 社調査委員会編 1969『続・日本の視聴者』誠文 堂新光社 雑誌(発行順) 『別冊宝島 音楽誌が書かないJポップ批評13―浜 崎あゆみVS宇多田ヒカル』2001年 『別冊宝島 音楽誌が書かないJポップ批評16―さ れど我らがユーミン』2001年 JASRAC 出 1305103―301

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