序 文
麻疹は重症化して死亡することもあり,世界で 年間約 100 万人,我が国でも 50〜100 人程度死亡 している.我が国の麻疹感染者数は年間約 10〜20 万人と推定されているが,一方米国の患者数は 1999 年 に お い て わ ず か 100 名 と 報 告 さ れ て い る
1).米国では麻疹はほぼ制圧されており, 現在日 本など外国からの流入が問題となっている.世界 保健機構は麻疹をワクチンによる根絶可能な感染 症としてポリオに続く優先順位を与え,麻疹根絶
を目標にした拡大予防接種計画を進めている
2). また我が国において日本小児科医会が 2005 年麻 疹根絶を目標に啓発活動
3)を始め, 小児科学会も政 府に麻疹対策に関する要望書
4)を提出した.しか し,まだ個々の小児科医のレベルであり,大きな うねりとなっていないように見受けられ,また接 種率を上げるためのシステムづくりが遅れてい る.
我々は岡山県や倉敷市における約 20 年間の麻 疹流行状況,麻疹ワクチン接種動向や川崎医大附 属病院の成人および小児の麻疹入院患者数などを 検証し,麻疹根絶に対する取り組みをまとめたの
約 20 年間における地域の麻疹流行動向および ワクチン接種状況と今後の麻疹制圧対策
川崎医科大学小児科
寺田 喜平 新妻 隆広 荻田 聡子 片岡 直樹
(平成 13 年 10 月 9 日受付)
(平成 13 年 11 月 20 日受理)
日本では数年毎に麻疹流行がみられ,推定年間 10〜20 万人が感染し,50〜100 人が死亡している.世 界保健機構がポリオに続き麻疹根絶計画を,日本小児科医会も 2005 年麻疹根絶を目標に啓発活動を開始 した.我々は 20 年間における倉敷市の麻疹流行動向とワクチン接種状況から問題点を検討し,継続的に ワクチン接種を高める方法を考えたので報告する.岡山県の麻疹流行は,以前は全国に比べ数倍以上高 く,その頃麻疹ワクチンの年間接種数は出生数 6,000 名に対し約 2,000〜3,000 名しかなかった.予防接種 法改正後接種数は 4,000 名以上となり,その後麻疹流行の程度は軽減した.しかし,15 歳以上の麻疹入院 患者の割合は 20 年間に 4% から 24% に増加した.一過性の啓発活動とならないようにシステム作りを 考慮した.以上の結果より啓発活動を行い,1 歳児のワクチン接種率を上げるだけでなく,入園や入学前 に感染歴やワクチン接種歴のない対象者を調査し,ワクチン接種を勧奨すること,その後保護者に接種 証明書を求めることにした.また保護者の便宜のために乳児健診時希望者にワクチン接種することにし,
来年度から実施することになった.明確な目標を決めて 2 年後に再評価を行い,さらに麻疹根絶戦略を 改善する予定である.
〔感染症誌 76:180〜184,2002〕
要 旨
別刷請求先:(〒701―0192)倉敷市松島 577
川崎医科大学小児科 寺田 喜平
Key words: measles, vaccination, eradication strategy, epidemiology
で報告する.
方 法
1)全国および岡山県, 倉敷井笠地域における麻 疹発生状況
感染症サーベイランス情報の 1 定点当たりの年 間平均麻疹患者数を比較した.
2)川崎医科大学附属病院の小児および成人の 麻疹入院患者数
1980 年から 2000 年までの 20 年間に川崎医科 大学附属病院小児科,成人では皮膚科,総合診療 部,内科,その他の診療科に入院した年間麻疹患 者数を調査した.また麻疹の入院患者において 5 年毎の年齢群別割合を出した.
3)倉敷市における麻疹ワクチン接種者数 倉 敷 市 の 年 間 麻 疹 ワ ク チ ン 接 種 者 数 お よ び MMR ワクチン接種者数を予防接種予診票の枚数 から算定し,年間出生数と比較した.最近 4 年間 における 1 歳児の麻疹ワクチン接種数と接種率を 調べた.
結 果
1)全国および岡山県, 倉敷井笠地域における麻 疹発生状況(Fig. 1)
岡山県において定点あたり年間 50 名以上の麻 疹患者を診た大流行の年は, 1984 年, 1987 年, 1990 年,1993 年で,その頃 3 年毎に麻疹が大流行して いた.しかし,1994 年以降定点当たり 20 名を超え る年はなく,小流行を数年毎に繰り返していた.
全国の麻疹発生状況と比較すると,岡山県は全国 より数倍以上の高い流行を示していたが,1994 年以降全国レベルとほぼ同等程度の流行であっ た.さらに倉敷井笠地域における定点当たりの麻 疹患者数は岡山県の平均レベル以上に高く,2000 年は再び定点当たり 20 名を越える流行を示した.
2)川崎医科大学附属病院の小児および成人の 入院麻疹患者数(Fig. 2)
麻疹による小児科入院患者数は,岡山県や倉敷 井笠地域のサーベイランスと近似した動向を示し た.一方,成人の麻疹患者入院数は年平均 2.1 名 で,以前は小児における大流行があっても成人麻 疹入院患者数は増加せず,1987 年の 4 名が最高で あった.しかし,2000 年度には院内感染による病
院職員の患者 7 名を含むが,14 名の成人麻疹患者 が入院した.また麻疹入院患者における年齢群別 動向(Fig. 3)では,1980〜1985 年に 15 歳以上の 年齢群は 4% だったが 1996〜2000 年には 23.9%
に増加した.
3)倉敷市における麻疹ワクチン接種者数(Fig.
4)
1988 年までの麻疹ワクチン接種者数は約 2,000
〜3,000 名であった.1989 年には MMR が導入さ れ,接種数は一時的に約 4,300 名と増加したが,翌 年には前年度と同程度に戻った.予防接種改正時 の 1995 年は,麻疹ワクチンの接種者数が約 4,800 名,前年度に比べ約 2 倍に増加し,その後も接種 者数 4,000 名以上を保っていた.
Fig. 1 Alterations of mean numbers of patients with measles in each clinic according to surveillance from 1981 to 2000.
Fig. 2 Alterations in numbers of patients with mea- sles who admitted to Kawasaki Medical School Hos- pital from 1981 to 2000.
考 察
我が国の接種率は,人口の何割がワクチンに よってカバーできたかという immunization cov- erage ではなく,年度毎のワクチン接種予定者の 何割が接種したかという比率である.また総務庁 の報告では 100% を越えた接種率も あ り,data 自体に問題がある.年度毎の接種率は予防接種予 定者である年毎の出生者に未接種者を加える積み 残し加算方式でないと,分母が小さくなり高い接 種率になる.そのため,今回我々は接種率ではな く,単純な麻疹ワクチン接種者数で比較検討する ことにした.
岡山県における麻疹の流行は 1994 年まで 3 年
毎に全国レベルを大幅に越える大流行があり,接 種率は約 30〜50% 以下と考えられた.しかし,予 防接種法改正の 1995 年は接種者数が前年度に比 べ約 2 倍に増加し,その後も維持している.法改 正後麻疹流行は全国レベルと同程度となり,接種 数増加による効果と思われた.法改正後の大きな 相違点は, 以前は 18〜36 カ月までに麻疹ワクチン を接種していたが, 改正後は 12〜90 カ月までに年 齢域が広がり,厚生省作成「予防接種と子どもの 健康」という小冊子を配付している.接種年齢は 36 カ月から 90 カ月までに延長されたが,接種時 期は遅くならず,1 歳児の接種者数は,1996 年 68
%から 2000 年 75% の接種率と増加した.法改正 によって医師や保護者の予防接種に対する関心が 高まり,啓発活動も奏効していると考えられる.
米国では 1999 年に 100 名の麻疹患者発生しか なく, ほぼ制圧されている
1).日米における予防接 種の方法や制度について比較した場合,我が国で は, (1)MMR ワ ク チ ン が 使 用 で き な い, (2)2 回接種法ではない, (3)義務接種でない, が大きく 異なる.MMR ワクチンは,我が国では接種後無菌 性髄膜炎の多発のため, 1993 年に中止となった.
ほとんどの欧米諸国では primary vaccine failure と接種洩れ防止,ブースター効果のため 2 回接種 しているが,我が国では単独ワクチンの 1 回接種 で接種率は約 70% しかない
5).米国では 1970 年 代各州において入学時までに予防接種を完了義務 させるいわゆる school laws ができ,1989 年にケ ンタッキー州は入学時までに 2 回接種を完了させ る法律を開始し,1999 年にはアイダホ州を除く全 州が導入した.これが米国で麻疹制圧に成功した もっとも大きな要因であると考えられる.
倉敷市における問題点は,麻疹ワクチン接種数 の増加に伴い流行は減少しているが,15 歳以上の 麻疹患者が 24% と増加していることである. その ため,今後乳幼児の接種率が 100% 近くになって も,以前の低接種率頃の抗体陰性者がそのままで あると,早期の麻疹根絶は無理であろう.我が国 は 1 回接種であるため接種歴や感染歴のない対象 者を抽出して接種する必要がある.しかし,未接 種者に対し勧奨だけで接種させることは非常に難
Fig. 3 Alterations in age distribution of patients withmeasles who admitted to Kawasaki Medical School Hospital every five years from 1981 to 2000.
Fig. 4 Numbers of mesles vaccination and birth in Kurashiki City from 1980 to 2000.
しい.我々の経験では,院内感染などの危険性か ら看護学生における抗体検査とその説明会を実施 し,陰性者のワクチン接種を勧奨したが 3 カ月後 14% しか接種していなかった
6).また同様に病院 職員に対しても,講演会や院内広報誌で呼び掛け ても 6 カ月後抗体陰性者の約 10% しか接種して いなかった.我が国でも,今後米国のような入学 前予防接種義務化やそれに代わるシステムづくり が重要と考える.感染歴や接種歴のない小児の場 合,保護者がワクチン接種後に接種証明書を幼稚 園や小学校に提出することにすれば高い接種率を 維持できると考え,県健康対策課,県教育委員会,
倉敷医師会,保健所,教育委員会と協議を行い,
来年度から開始することになった.
麻疹根絶のためには疫学上 94〜97% の有効予 防接種率が必要である
7)8).麻疹感染者のワクチン 既接種率は 1.1〜4.9%
3)4)であり,primary あるい は secondary vaccine failure のためと思われる.
よって麻疹根絶のためには約 100% の接種率が必 要である. この接種率は 2 回接種にしても 90% 以 上の接種率が必要となる.今回,我々の開始 2 年 後までの当初の到達目標は, (1)1 歳児の麻疹ワ クチンを 90% 以上に, (2)風疹ワクチンを 80%
以上に, (3)幼稚園,小学校,中学校における麻疹 および風疹ワクチン接種率と既感染率の和を 90
%以上とした.
これを実現するために,以下のことを実施する ことにした.
1)倉敷市が実施する 1 歳半および 3 歳時の乳 幼児健診では,保健婦が保護者に麻疹ワクチン勧 奨プリントを配付し説明する.5 歳時までの未接 種者には保護者に接種勧奨の葉書を送付する.
2)個々の病院では, 乳幼児健診時にワクチン勧 奨プリントを配付するだけでなく,希望者にワク チン接種を実施する.1 歳児健診では麻疹ワクチ ン接種を希望者に実施する.それ以降の健診でも 未接種者には,麻疹ワクチンや風疹ワクチンを希 望者に実施する.
3)保育園,幼稚園,小学校,中学校の入学時健 康診査の際にワクチン接種歴と既往歴を調査す
る.
4)感染する可能性のある疾患について保護者 にワクチン接種を勧奨し,それぞれの接種証明書 を園や学校に提出するよう指導する.その結果を 集計し,目標が達成できたか評価する.
5)個々の医療機関で, ワクチン接種の啓発活動 を行う.
一地域ではなく全国的な取り組みでないと,我 が国における麻疹根絶とはならないが,一モデル 地域での試みとして 2 年後このシステムの問題点 や結果を報告し,我が国における麻疹根絶ができ る一助となりたいと考えている.
謝辞:倉敷市における取り組みは倉敷小児科専門医会 ワクチン啓発委員会,倉敷中央病院小児科馬場清先生,ふ じの小児科藤野光喜先生との協議によってできたもので あり,心より深謝いたします.また御協力頂いた倉敷小児 科専門医会,倉敷市連合医師会,倉敷市保健所,岡山県健 康対策課,県教育委員会学校保健体育課,倉敷市教育委員 会の諸先生方に深謝いたします.研究費の一部は厚生科学 研究補助金を使用した.
文 献
1) CDC : Measles-United States , 1999. MMWR 2000;49:557―60.
2) CDC : Measles eradication : Recommendations from a meeting cosponsored by the World Health Organization, the Pan American Health organiza- tion, and CDC. MMWR 1997;46(RR11):1―20.
3)中 村 泰 三:麻 疹 制 圧 運 動 展 開 中.日 医 雑 誌 2001;125:1589―92.
4)柳沢正義,前川喜平,天野 曄:麻疹の予防接種 率 向 上 と 麻 疹 撲 滅 に 関 す る 要 望 書.日 児 誌 2001;105:908―9.
5)磯村思无:接種現場と接種率―麻疹ワクチンを 中心として―.ウイルス 1998;48:183―8.
6)新妻隆広,寺田喜平,片岡直樹,谷原政江:看護 学生における臨床実習前の抗体検査とアンケー ト 調 査 に よ る 検 討.小 児 科 診 療 2000;63:
1254―7.
7)梯 正之:数理モデルによる麻疹予防接種の効
果分析.日本公衛誌 1990;37:481―90.
8)Yorke JA, Nathanson N, Pianigiani G, Martin J:
Seasonality and the requirements for perpetu- ation and eradication of viruses in populations . Am J Epidemiol 1979;109:103―23.