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行動経済学 第 10 巻 (2017) 50-66

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50 行動経済学 第 10 巻 (2017) 50‒66

長時間労働者の特性と働き方改革の効果 *

黒川 博文

a

,佐々木 周作

b

,大竹 文雄

c 要 約 本研究では,A 社の協力のもと,社員を対象に,様々な行動経済学的特性に関する質問を含んだ独自調査を行い, その個票と A 社より提供を受けた残業時間に関するデータと組み合わせて,長時間労働者の特性を明らかにする. また,A 社で導入された,残業時間上限目標を月 45 時間とし,働く時間と場所を自由に選べるという新たな人事 制度の政策評価も行う.分析の結果,いくつかの行動経済学的特性と残業時間は統計的に有意な関係が観察された. 例えば,時間選好の特性では,後回し傾向がある人の深夜残業時間が長い.社会的選好の特性では,平等主義者の 総残業時間が長い.ビッグ 5 の性格特性では,誠実性が高い人の深夜残業時間は短いが,総残業時間は長い.一方, 新人事制度の導入は残業時間を有意に削減した.特に,導入以前において月 45 時間以上働いていた人への残業削 減効果が大きかった. (受付 2017 年 7 月 18 日,採択 2017 年 12 月 14 日) キーワード:長時間労働,時間選好,社会的選好,性格 (Big 5) JEL Classification Numbers: J22, J53, D3

1. はじめに

2016 年 9 月 2 日に働き方改革に取り組む「働き方改革 実現推進室」が内閣官房に設置された.これは非正規労働 の処遇改善や,長時間労働の是正を行い,一億総活躍社会 の実現を目指すものである.このことから長時間労働の是 正が喫緊の課題の一つであることがわかる. OECD 統計によると,1980 年代までの日本人一人当た り年間平均労働時間は 2000 時間を超えており,他の国と 比べて群を抜いて高かったが,1980 年代後半から減少傾 向にあり,2015 年には年間平均労働時間は 1719 時間ま で低下した.1990 年代以降の労働時間の減少は,1988 年 に改正労働基準法が施行され,法定労働時間が週 48 時間 から週 40 時間へと段階的に引き下げられたことによるも のと考えられている.このように,雇用者平均で見れば, 労働時間の短縮が行われたことがわかる.しかし,Kuroda (2010) によると,平均労働時間の短縮の主な要因は,パー トタイム雇用者比率の上昇であり,フルタイム雇用者に限 ると,週当たり平均労働時間は 1980 年代と 2000 年代で 違いはなく,依然としてフルタイム雇用者の労働時間は長 時間になっている. 長時間労働の問題は,生産性の低下や,メンタルヘルス の悪化をもたらすことである1.Collewet and Sauermann

(2017, forthcoming) は,オランダのコールセンターにお ける労働時間と 1 通話当たりの平均通話時間の関係を見 ると,労働時間が長くなるほど平均通話時間が長くなるこ とを明らかにした.つまり,長時間労働が生産性の低下を もたらす.一方,Pencavel (2015) は,イギリスの工場労 働者の労働時間と生産の関係から労働時間と生産性には非 線形の関係にあることを明らかにした.労働時間と生産性 は週 49 時間までは正の関係にあるが,週 49 時間を超え て働いても生産性は上昇しないことを示している.さら に,Pencavel (2016) では,同じ工場労働者のデータを用 いて,前週に長時間労働を行うと,次週の生産性が低下す ることを明らかにした.生産性の低下の背後には,仕事の 疲れやストレスを十分に回復できていない可能性を指摘し ている.Kuroda and Yamamoto (2016) では,週 40 時間 以下労働者と比べて,週 45 時間以上働いている労働者の 1 最悪の場合,過労死をもたらすことも長時間労働の大きな問題 点である. * 本研究を実施するにあたり,A 社の皆様にはデータの作成,調 査の実施,ならびに,これらのデータを研究に使用することを 許可いただいたことに,深く感謝申し上げます.本稿は,行動 経済学会第 10 回記念大会,日本経済学会 2017 年度秋季大会で 報告した「残業時間と行動経済学的パラメータを中心とした個 人特性の関係」を加筆修正したものである.報告した際,山本 勲氏に貴重なコメントをいただいた.また,本誌の匿名レフェ リーからも非常に有益なコメントを頂いた.ここに記して感謝 を申し上げたい.なお,黒川は JSPS 研究費 (17J02016),佐々 木は JSPS 研究費 (17J07242),大竹は大阪大学社会経済研究 所・共同利用・共同研究資金と文部科学省科学補助金(基盤 (A) 26245041)を受けている. a 同志社大学政策学部,日本学術振興会 e-mail: [email protected] b 慶應義塾大学経済学部,日本学術振興会 e-mail: [email protected] c 大阪大学社会経済研究所 e-mail: [email protected]

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メンタルヘルスが悪化していることを指摘している.ま た,山本・黒田 (2014) はサービス残業が長くなると,メ ンタルヘルスが悪化し,さらに,メンタルヘルスが悪化し た状態にある求職者の増加は,2 年程度のラグを伴って, 企業の売上高利益率に負の影響を与える可能性があること を示している. それでは,どういった要因が長時間労働をもたらしてい るのであろうか.長時間労働の要因は,労働供給側の要因 と労働需要側の要因に分けることができる(山本 2016)2 労働供給側の要因として,消費や労働重視の選好,労働供 給弾力性の小ささ,個人特性,同僚からの影響であるピア 効果などが挙げられる3.消費や労働重視の選好に関して, Blanchard (2004) は,アメリカでは消費重視の選好が長 時間労働をもたらし,フランスでは余暇重視の選好が短時 間労働をもたらしていることを明らかにした.黒田・山本 (2014) では,日本人は実際の労働時間だけでなく,希望 する労働時間もイギリス人やドイツ人よりも週に数時間程 度長いことから,日本人は余暇よりも消費や労働を好む傾 向にあることを明らかにした.労働供給の標準的な理論で は,消費や労働重視の選好があったとしても,労働供給弾 力性が高ければ,賃金率が上昇したとき,短時間で多くの 所得が稼げるようになるという所得効果が生まれるため, 余暇を楽しむようになると考えられる.しかし,労働時間 の選択を反映したフリッシュ労働供給弾力性は非常に小さ く,労働時間の供給は賃金に反応しにくいことが指摘され ている(黒田・山本 2008).さらに,大竹ら (2007) は, 仮想質問を用いて,労働供給の賃金弾力性を代替効果と所 得効果に分けて推計した場合,アメリカより日本の所得効 果が小さいことを明らかにした. 個人特性に関して,大竹・奥平 (2008) は,子どもの頃 の夏休みの宿題を後回しにしていた人ほど,月 60 時間以 上の残業する確率が高いことを明らかにした.ピア効果に 関して,Kuroda and Yamamoto (2013b) は,日本で長時 間働いていた労働者も欧州に転勤することで,労働時間 が週数時間ほど減少したことを示し,同僚といったピア からの正の影響を受けていることを指摘した.ただし, Hamermesh and Slemord (2005) が議論しているように, ワーカホリックに働く上司や同僚の影響を受けて必要以上 の長時間労働を行ってしまうという負の外部性もピア効果 には存在する. 2 鶴 (2010) では,個々の労働者に着目して長時間労働の要因の整 理を行うにあたって,自発的長時間労働(ワーカホリック,金 銭的インセンティブ,出世願望,人的資本の回収,プロフェッ ショナリズム)と非自発的長時間労働(市場の失敗,職務の不 明確さと企業内コーディネーションによる負担,雇用調整のた めのバッファー確保,自発的長時間労働者からの負の外部効果) の区別を行っている. 3 その他の労働供給側の要因として,昇進競争(ラットレース) を山本 (2016) は指摘している. 一方,労働需要側の要因として,労働固定費用が大きい こと,人的資源管理の非効率性が挙げられる4.労働固定費 用が大きいと,雇用者を追加的に一人雇うより,既存の労 働者の労働時間を長くすることが合理的である (Rosen 1969).実際,山本・黒田 (2014) は,固定費用が高い労働 者ほど企業が長い労働時間を需要することを明らかにし た5.長時間労働に合理性があったとしても,人的資源管理 に非効率が生じていた場合,必要以上の長時間労働を強い ていることになる.具体的には,残業や休日出勤が評価さ れること,上司と部下のコミュニケーションがよく取れて いないこと,仕事内容が明確化されていないことなどが非 効 率 な 長 時 間 労 働 を も た ら す (Kuroda and Yamamoto 2013a, b). このように,長時間労働の要因は個人の選好や特性の問 題もあれば,職場環境の問題もあることがわかる.本研究 では,個人の選好や特性が長時間労働に及ぼす影響と職場 環境の影響の両方を検証する.具体的には,第一に,労働 供給側要因である労働者個人の選好や特性,特に行動経済 学的特性に着目し,どのような特徴を持つ人が長時間労働 をしがちであるかを明らかにする.第二に,労働需要要因 である職場環境に着目をし,残業時間の上限目標や,働く 時間と場所を自由に選べる新たな人事制度が実施された場 合,その制度変更が長時間労働にどのような影響を及ぼす かを明らかにする. 行動経済学的特性と長時間労働の関係を明らかにするこ とは,長時間労働の是正策を考える際に有益である.なぜ なら,職場環境を変えることよりも,行動経済学的なクセ を利用した是正策を実施する方が少ない費用で実行可能な ことが多いからである.例えば,上司と部下のコミュニ ケーションがうまく取れていないことにより,人的資源管 理に非効率性が生じた結果,長時間労働が生まれていたと しよう.この場合,上司と部下のコミュニケーションをと る機会を増やすことが大事であろう.一方,後回し傾向が あるために長時間労働が生まれていたとしよう.この場 合,長時間労働を行っている者に適切なコミットメントデ バイスを提供するだけで,仕事の後回しを防ぐことがで き,長時間労働を是正できる.このように,前者と比べて, 後者の行動経済学的なクセを利用した是正策の方が比較的 低費用で実施できると考えられる. 本研究では,A 社の協力のもと,社員を対象に,仕事の 特徴や行動経済学的特性に関する様々な質問を含んだ調査 を実施して,その個票と提供を受けた残業時間のデータと 組み合わせて分析を行った6.また,データ観測期間中に, 4 その他の労働需要側の要因として,労働者の交渉力を低める労 働市場構造を山本 (2016) は指摘している. 5 こうした傾向はイギリスやドイツよりも日本において顕著に表 れることを実証している. 6 A 社は,従業員数は 500 名前後の製造業である.

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52 行動経済学 第 10 巻 A 社が残業時間削減のための新たな人事制度を設けたこと に着目した.具体的には,コアタイムを廃止,働く場所を オフィスや自宅に限定しない,月の残業時間の上限を 45 時間とする目標を定めるなどを行った.本研究では,第一 の労働供給側要因の分析に加えて,労働需要側要因である こうした新たな人事制度の政策評価を第二の分析として行 う.さらに,どのような選好や特性を持つ人が,こうした 制度変更の影響をより強く受けるかを明らかにする. 主な結果は以下の通りである.第一の労働供給側要因の 分析の結果,様々な選好や特性と残業時間に関係があるこ とが明らかとなった.時間選好に関して,子どもの頃,夏 休みの宿題を遅く済ませた人ほど,深夜残業時間が長いこ とがわかった.また,夏休みの宿題を計画より前倒しして 済ませていた人ほど,月 45 時間以上残業をしにくく,総 残業時間が短い.社会的選好に関して,平等主義者や自分 だけ損することを嫌う人は,総残業時間が長く,自分だけ 得することを嫌う人は深夜残業が長い.性格に関して,外 向性が高い人ほど深夜残業時間が短く,協調性が高い人ほ ど 45 時間以上残業をしやすい.また,誠実性が高い人ほ ど,深夜残業時間は短いが,総残業時間は長い.開放性が 高い人ほど総残業時間は短い. 第二の労働需要側の分析の結果,新人事制度は残業削減 に効果があったことが明らかとなった.新たな人事制度の 導入により,残業時間は平均 2.3 時間ほど減少することが 確認できた.残業削減効果は,特に,新人事制度導入以前 の観測期間中に月 45 時間以上残業を半数以上していた者 ほど効果が大きいことが明らかとなった.また,こうした 新人事制度の残業削減効果は個人の特性によって異なるこ とが分かった.子供のころの夏休みの宿題を後回しにして いた人ほど,もともと深夜残業が多かったが,新人事制度 よる深夜残業の削減効果が大きい.平等主義者や自分だけ が損することを嫌う人は,もともと残業時間が多かった が,新人事制度による残業時間の削減効果は大きい.ただ し,新人事制度によって残業時間は平均的に削減された が,宿題を後回しにしている人や,平等主義者は,新人事 制度導入後も依然として,他の人と比べて残業を行う傾向 にあることがわかった.こうした人たちの残業時間を削減 するためにも,仕事の後回しをやりにくくするコミットメ ントデバイス7の提供や社会的選好を刺激するようなメッ セージングを行うことも重要であると考えられる. 本研究の構成は以下の通りである.第 2 節でデータと 推定方法の説明を行う.第 3 節では推定結果を示す.第 4 節では議論と結論を述べる. 7 コミットメントデバイスとは,ギリシア神話のオドゥッセウス とセイレーンの話のように,自分が現在立てた計画を確実に実 行するように,将来の自分の選択肢を自ら縛るような仕組みの ことである.

2. データと推定方法

2.1. データ 本研究で用いるデータは,消費財メーカー A 社内で独自 に行った「暮らしの好みと働き方に関する調査」と A 社か ら提供を受けた残業時間に関するデータである.調査は 2016 年 7 月 11 日から 2016 年 8 月 10 日までオンライン上 で行った.A 社人事部が,社員用個人メールアドレス宛に, 調査の協力を求める文言と共に回答サイトの URL を送付 した.調査の協力に対する謝礼はなく,ボランタリーに回 答協力をしてもらった.調査対象は,A 社のオフィスワー クをしている全社員であり,工場勤務者などは対象から外 している.回答率は 65%である(分析対象者 229 名中 146 名が調査に回答).データは個人が特定できない形で提供 を受けた.また,調査期間・分析期間中に人事部以外の社 員と筆者らは接触していない.調査の主な質問項目は,行 動経済学的特性に関するものである.本稿で扱う行動経済 学的特性とは,時間選好,社会的選好,性格である8 時間選好に関しては,現在バイアスや将来バイアスの有 無が識別できるような質問項目を用いた.「今日少ない金 額をもらうか 7 日後により大きな金額をもらうかどちら がよいか」という質問を繰り返して,今日か 7 日後の時 間割引率を求めた.同様の質問をして,90 日後か 97 日後 の時間割引率を求めた.90 日後か 97 日後の時間割引率よ りも今日か 7 日後の時間割引率の方が高い人を現在バイ アスがある人と定義し,今日か 7 日後の時間割引率の方 が低い人を将来バイアスがある人と定義した.割引率に関 して,推定では今日か 7 日後の時間割引率は用いず,90 日後か 97 日後の時間割引率のみを用いた.現在バイアス にも将来バイアスにも当てはまらない時間整合的な人では 両者の割引率が同一となる.したがって,両方の割引率を 同時に含めてしまうと,多重共線性の問題が生じる可能性 がある.また,90 日後か 97 日後の時間割引率を用いた理 由は,「今」が含まれていない選択肢間の比較のため,取 引費用の違いが含まれていないからである. 後回し行動の指標として,子どもの頃の夏休みの宿題を いつ頃終わらせていたかどうかが有効であることが知られ ている(池田 2012).そこで,夏休みの宿題をいつごろに 終わらせていたか,また,いつ頃終わらせる計画であった かという質問を行い,夏休みの宿題の後回し度合いと計画 と実際のかい離を計測した.宿題を終わらせた時期が計画 よりも遅かった者は宿題を後倒しした人と定義し,計画よ りも早く終わらせた者は宿題を前倒しした人と定義した. 社会的選好に関しては,Bartling et al. (2009) に基づい て,自分と他人との金銭の配分で平等主義かどうかを識別 8 質問項目に危険選好も含めて分析を行ったが,危険選好と残業 時間に関しては有意な関係が確認されなかったため,結果を省 略する.

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する質問項目を用いる.自分も他人も 1 万円もらうか,以 下の 4 つのケースについて,それぞれどちらが好みかを 選択する質問である. ①自分は 1 万円もらい,他人は 6 千円もらう (Proso-ciality) ②自 分 は 1 万 6 千 円 も ら い,他 人 は 4 千 円 も ら う (Costly prosociality) ③自分は 1 万円もらい,他人は 1 万 8 千円もらう (Envy) ④自分は 1 万 1 千円もらい,他人は 1 万 9 千円もらう (Costly envy) 全ての質問について平等配分(自分も他人も 1 万円も らう)の方がよいと答えた人を平等主義者 (Egalitarian) として定義した.①と②の質問について平等配分の方がよ いと答えた人を向社会的と定義し,③と④の質問について 平等配分の方がよいと答えた人を Envy と定義した.向社 会的な人は自分だけ得をすることを嫌う人で,Envy な人 は自分だけ損することを嫌う人と考えることができる.

性 格 に 関 し て は,日 本 語 版 Ten Item Personality In-ventory(Gosling et al. 2003; 小塩ら 2012)を用いた.10 項目の質問からビッグ 5 と呼ばれる性格の 5 つの次元(外 向性,協調性,誠実性,神経症傾向,開放性)を計測した. 表 1 に個人属性と行動経済学的特性の記述統計を示し た.また,A 社のデータの代表性を確認するため,質問項 目を作成するにあたって参考にした大阪大学による「くら しの好みと満足度についてのアンケート調査」(GCOE データ)との比較を付表 1 に示した.時間選好に関して, A 社の方が現在バイアスを持つ人の割合が多いことがわか る9.社会的選好に関して,A 社の方が平等主義傾向が全般 的に弱い.性格に関して,開放性が高い.このように,本 サンプルの行動経済学的特性は,代表性のあるGCOEデー タのサンプルの行動経済学的特性と異なる傾向を示すもの もあることから,本データの代表性に関しては注意が必要 である. 残業時間に関するデータは,2013 年 12 月から 2017 年 4 月の合計 41 か月の月ごとのデータの提供を受けた.総 残業時間や深夜(22 時以降)残業時間などの残業時間に 関するデータの提供を受けた.調査回答者について,新た な人事制度導入以前 (2013/12‒2016/6) と新人事制度導入 9 時間選好に関して,計測方法が同じではない点に注意が必要で ある.なぜなら,計測方法によって時間割引率や現在バイアス の出やすさが異なることが知られているからである(花岡ら 2012).GCOE データでは,MPL 法であるが,本アンケート 調査はニュートン法を用いた.ここで表れている差は計測方法 の違いの可能性も否定できない. 表 1 記述統計

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54 行動経済学 第 10 巻 以後 (2016/7‒2017/4) の平均残業時間をそれぞれ計算し, 表 1 の記述統計に示した.45 時間以上残業とは,平均総 産業時間が 45 時間以上の者の割合を示しており,約 1‒2 割程度いることがわかる.月当たりの総残業時間は約 30 時間で,深夜残業時間は約 0.2‒0.25 時間(約 20 分)であ るが,最大値を見ると,4 時間近く深夜残業を行っている 者がいることがわかる. 労働時間に関する代表性を確認するため,賃金構造基本 統計調査の正社員の実労働時間と A 社の実労働時間の比 較を付表 2 に示した.賃金構造基本統計調査は 6 月時点 の調査のため,A 社の実労働時間に関しては,年間平均の 実労働時間に加えて,A 社の 6 月の実労働時間をカッコ内 に示した.また,A 社は製造業で企業規模が 100∼999 人 に該当するため,賃金構造基本統計調査の実労働時間に関 しては,全産業の正社員の実労働時間に加えて,正社員の うち当該サンプルの実労働時間をカッコ内に示した.可能 な限り,同じ条件に えたカッコ内の両労働時間を比べる と,総実労働時間も超過実労働時間も A 社の方が長いこ とがわかる.したがって,行動経済学的特性と同様に,労 働時間に関しても代表性については注意が必要である.し かし,業務データに基づく残業時間のデータと独自サーベ イに基づく個人特性の両方を組み合わせたデータに新規性 があり,長時間労働者の属性を定量的に把握できることに 貢献しているため,価値のある分析が行えるといえよう. 2.2. 新人事制度 A 社では,2016 年 7 月より働く時間と場所を自由に選 べる新たな人事制度を導入した.本人事制度では残業上限 が 45 時間を目標としている.働く時間に関して,新人事 制度導入以前はコアタイム (10:30‒16:00) が存在していた が,新人事制度導入後,コアタイムを撤廃し,完全にフ レックスタイム制 (6:00‒21:00) に移行した10.毎月の残業 時間の上限に関して,新制度導入前は特別条項により 90 時間(年 6 回を上限)としていたが,新制度導入以降, 80 時間(年 6 回を上限)とするように変更した.また, 特別条項とは別に,社内での取り組みとして,月の残業時 間は 45 時間を上限とする目標を設定した.月の残業時間 が 45 時間を超える場合は役員の事前承認が必要となった. 45 時間を超えた残業時間についても,従来通り,残業代 は支払われる.また,新制度導入前では 22 時以降の残業 は事前に申請承認が必要であったが,新制度導入後では 6 時前および 21 時以降の残業にも事前申請が必要となった. 働く場所に関して,新制度導入前は,勤務場所をオフィス もしくは自宅に限定していたが,新制度導入後,オフィス や自宅に限定しなくなった11.このように,新人事制度の もとでは,労働者自身が働く場所や時間を選べるようにな り,柔軟に働くことが可能になったと考えられる.一方で, 新制度導入以後,45 時間以上の残業を行う場合,事前承 認が必要となったため,45 時間以上の残業には手間がか かるようになったと考えられる. 図 1 に新人事制度前後の総残業時間(全観測値)のヒ ストグラムを示した.新人事制度導入後,45 時間以上残 業をしている割合が大きく減ったことがわかる.図 2 に 10 新人事制度導入以前もフレックスタイム (7:00‒10:30, 16:00‒ 21:30) は存在していた. 11 7 月半ばにはサードプレイスとしてのシェアオフィスの提供を 開始した. 図 1 新人事制度前後の総残業時間の比較(全観測値) 注)赤線は 45 時間を指す.

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新人事制度前後で個人ごとに平均を取った総残業時間のヒ ストグラムを示した.個人ごとに平均値を取った場合も, 新人事制度導入後,45 時間以上残業をする人の割合が少 なくなったことが見て取れる. 2.3. 推定方法 本研究では,第一に,行動経済学的特性と残業時間の関 係を明らかにする.第二に,新人事制度の政策評価を行う. 残業時間に関しては複数時点のデータが存在するが,行動 経済学的特性などは 1 時点のものしかない.第一の行動 経済学的特性と残業時間の関係を分析するにあたって,行 動経済学的特性は時間を通じて変化しないという仮定のも と,新人事制度導入前後で残業時間をそれぞれ平均化して 分析を行う.推定式は以下の通りである. Overtimeworki= α0+α1BehavioralParameteri +α2Xi+ui , (1) 被説明変数 Overtimeworkiは,総残業時間と深夜残業 時間のそれぞれの平均値,平均総残業時間 45 時間以上ダ ミーを用いる.説明変数は,調査を行って取得した行動経 済学的特性 BehavioralParameteri(時間選好,社会的選 好,性格)以外に,個人属性 Xiとして,性別,年齢,を コントロールした.標準誤差は頑健標準誤差を用いる.被 説明変数が総残業時間 45 時間以上ダミーの場合は線形確 率モデル (LPM) を用いる.被説明変数が総残業時間と深 夜残業時間の場合は OLS モデルを用いる.また,深夜残 業時間の場合は,9 割近くの観測値で 0 時間の深夜残業時 間を示しているため,Tobit モデルも用いる. 被説明変数を新制度導入前の残業時間とした場合の推定 結果は,行動経済学的特性と残業時間の一般的な関係を示 していると解釈することができる.一方,被説明変数を新 制度導入後の残業時間とした場合の推定結果は,新制度が 導入されても残業をするような人はどういう人かを示して いる.もし,後者の推定結果において,統計的に有意に残 業時間が長いことを示す変数があれば,残業時間を減らす ためには,新人事制度とは異なる介入が必要となる. 第二の新人事制度の政策評価を行うにあたって,個人の 固定効果の影響による影響を除去するためにパネル分析を 行う.推定式は以下の通りである. Overtimeworkit=β0+β1NewSystemit+β2Xit+μi+εit , (2) 被説明変数 Overtimeworkitは,総残業時間,深夜残業 時間,45 時間以上残業したかどうかのダミー変数の 3 つ を用いる.説明変数 NewSystemitは,新人事制度導入後 (2016/7‒2017/4) かどうかを示すダミー変数である.共変 量 Xitとして,年ダミーと月ダミーをコントロールするこ とで,季節性の要因を取り除く.また,新制度導入の効果 の持続性を検証するため,新制度導入後ダミーと後半 (2016/12‒2017/7) ダミーの交差項も説明変数として加え たモデルの分析も行う. (2) 式の固定効果モデルの推定では,新制度導入の前後 における差を分析する推定となっている.差の分析では, 制度導入タイミングで発生した別の要因の効果を新制度の 効果が識別できない.新制度導入の影響を受けないけれ ど,共通のショックは受けるという対照群と新制度導入の 影響と共通のショックを受ける処置群とを比較する差の差 図 2 新人事制度前後の総残業時間の比較(個人平均) 注)赤線は 45 時間を指す.

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56 行動経済学 第 10 巻

の推定をするため,以下のような推定を行う.

Overtimeworkit= β0+β1NewSystemit+β2NewSystemit ×Treatmentit+β3Xit+μi+εit , (3) 新人事制度は,分析対象の社員全員に同時に導入された が,導入前において残業時間が 45 時間以上を経験してい た社員は処置群(処置群 1)に準じると考えることができ る.なぜなら,新人事制度で導入された大きな制度変更と して,月 45 時間以上の残業には事前承認が必要となった からである.一方,導入前において,45 時間以上の残業 を経験したことのない社員は対照群とみなすことができ る.したがって,処置群と対照群をこのようにみなすこと によって,差の差の推定が可能である. 差の差の推定から不偏推定量を導出するため,共通トレ ンドの仮定を置く.共通トレンドの仮定とは,制度変更が 行われなければ,処置群と対照群で制度変更前も変更後も トレンドが同じであるとするものである.共通トレンドの 仮定の直接的な検証を行うことはできない.なぜなら,実 際には制度変更が行われているので,制度変更が行われな かったときのトレンドの確認を行うことができないからで ある.ただし,変更前のトレンドは確認することができる. 図 3 に対照群(新制度導入以前において,45 時間以上残 業を一度もしたとがない人)と処置群 1(新制度導入以前 において,45 時間以上残業をしたことがある人)の総残 業時間の推移を示した.新制度導入以前のトレンドは,対 照群と処置群で非常に似たような動きを示しており,水準 が違うだけである.この図から,共通トレンドが成立して いると考えることは妥当であろう. また,新制度の効果の異質性を捉えるため,45 時間以 上の残業経験がある人(処置群 1)を新制度導入以前の観 測期間中の 45 時間以上残業が 50%未満の人(処置群 2-1)と 50%以上の人(処置群 2-2)に分けて処置ダミー を作成し,コントロールする.図 4 に対照群と処置群 2-1 (新制度導入以前において,45 時間以上残業を 50%未満 したことがある人),処置群 2-2(新制度導入以前におい て,45 時間以上残業を 50%以上したことがある人)の総 残業時間の推移を示した.新制度導入以前のトレンドは両 群で非常に似た動きをしているので,ここでも共通トレン ドの仮定を置くことは妥当であると考えられる. 処置群 1 や処置群 2 では,対照群を一度も 45 時間以上 残業を経験したことがない人としている.こうした分け方 では,対照群に入る人と処置群に入る人で仕事の量自体が そもそも異なったり,仕事内容が異なったりして属性が異 なる可能性がある.そこで,サンプルを新制度導入以前の 観測期間中の 45 時間以上残業が 30%以上 65%未満の人 に限り,45 時間以上残業が 50%以上 65%未満を処置群 (処置群 3)とみなして分析を行う.このようにサンプル を限ることで,できるだけ同質なサンプルにおける新制度 導入の効果を推定する. (3) 式の差の差の推定に加えて,行動経済学的特性との 交差項を以下のようにコントロールすることで,どのよう な特徴を持つ人が新人事制度の効果が大きいかを明らかに 図 3 共通トレンドの確認(処置群 1) 注) 赤点線 (2016/7) より右側は,新制度導入後に該当する.対照群とは,新制度導入以前の観測期間中に,45 時間以上残業を一度もしたことがない人を指す.処置群 1 とは,新制度導入以前の観測期間中に,45 時間以 上残業をしたことがある人を指す.

(8)

する12

Overtimeworkit= β0+β1NewSystemit+β2NewSystemit ×Treatmentit+β3NewSystemit ×BehavioralParameteri +β4NewSystemit×Treatmentit ×BehavioralParameteri+β5Xit +μi+εit , (4)

3. 分析結果

3.1. 行動経済学的特性と残業時間の関係 表 2 に残業時間と時間選好の関係を示した.金銭で定 義した時間割引率や現在バイアスは残業時間に影響を与え ないことがわかる.将来バイアスに関しては,新制度導入 後,将来バイアスがある人の方が 45 時間以上残業する確 率は低い.一方,子どもの頃,夏休みの宿題を終わりごろ にやった人ほど,深夜残業時間が長い13.仕事の後回し行 12 制度変更の異質性を推定する方法として,(1) 式のように制度 変更前後の残業時間の差分を取ることによって推定は可能であ る.しかし,制度変更後の観測期間が 10 か月と 1 年未満であ るため,季節性を考慮した分析を行うことができない.した がって,本稿では季節性の考慮可能なパネル分析の結果を報告 する. 13 このような後回し行動をしていた人は時間当たりの生産性が低 い可能性がある.なぜなら,例えば,1 時間でできる仕事を先 延ばしし,2 時間かけて仕事を終えるといったようことが考え られるからである. 動が長時間労働につながっていると考えることができる. 宿題を後回しにしていた人は,新人事制度導入後も依然と して深夜残業時間が長い.また,宿題を計画より前倒しし ていた人ほど,45 時間以上残業をしにくく,総残業時間 が短い傾向にある.計画を立てそれよりも早く終わらせる といった子どもの頃の習慣が,現在の仕事のこなし方にも つながっており,長時間労働を行わないようになっている と考えられる.ただし,新制度導入後,こうした関係の有 意性は確認されなくなった. 表 3 に残業時間と社会的選好の関係を示した.新制度 導入前において,平等主義者は総残業時間が長く,向社会 的な人は深夜残業時間が長く,Envy な人は総残業時間が 長い.平等主義者は人より得することも損することも嫌う ため,できるだけ他人と労働時間を合わす傾向にあると考 えられる.一方,向社会的な人は自分だけ得をすることを 嫌う人を表しているので,自分だけ先に退社することを嫌 うため,残業時間が長くなっていると解釈することができ る.新制度導入後では,平等主義者の総残業時間は依然と して総残業時間が長い.向社会的な人は総残業時間が長い という関係が現れ,Envy な人と総残業時間の有意性は確 認されなくなった. 表 4 に残業時間とビッグ 5 による性格の関係を示した. 新制導入前において,外向性が高い人ほど深夜残業時間が 短く,協調性が高い人ほど 45 時間以上残業をする傾向に ある.開放性が高い人ほど総残業時間は短い.誠実性が高 い人ほど深夜残業時間は短いが総残業時間は長い.外向性 図 4 共通トレンドの確認(処置群 2) 注) 赤点線 (2016/7) より右側は,新制度導入後に該当する.対照群とは,新制度導入以前の観測期間中に,45 時間以上残業を一度もしたことがない人を指す.処置群 2-1 は,新制度導入以前の観測期間中に,45 時間以 上残業を 50%未満したことがある人を指し,処置群 2-2 は新制度導入以前の観測期間中に,45 時間以上残 業を 50%以上したことがある人を指す.

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58 行動経済学 第 10 巻 表 2 残業時間と時間選好の関係 注) (  )内は頑健標準誤差を示す.また, *** , ** , * は,それぞれは 1% , 5 % , 10 %有意水準を示す. 表 3 残業時間と社会的選好の関係 注) (  )内は頑健標準誤差を示す.また, *** , ** , * は,それぞれは 1% , 5 % , 10 %有意水準を示す.

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が高い人は夜に飲みに行くというような社交的な活動をす ると考えられるので,深夜まで仕事をしないと考えられ る.協調性がある人ほど,他人の仕事に協力しやすいため, 長時間働く傾向にあると考えられる.誠実性が高い人ほ ど,深夜まで仕事はしないが,まじめに仕事に取り組もう とするため長時間働いてしまう傾向にあると考えられる. 開放性が高い人は,いわゆる自由人のタイプであると考え られるので,他人を気にしないため,残業時間が長くなら ないと考えられる.新制度導入後では,協調性が高い人ほ ど 45 時間以上残業する傾向にあり,開放性が高い人ほど 総残業時間が短いという関係は維持されたままであるが, そのほかの変数については有意な関係がみられなくなっ た. 3.2. 新人事制度の政策評価 表 5 に新人事制度が残業時間に与えた影響を示した.新 人事制度導入によって,45 時間以上残業をする確率が平 均的に 10%減少(1 列目)し,全労働時間は平均 2.3 時 間削減(6 列目)されたことがわかる.新人事制度の持続 効果を見ると,新人事制度導入後,後半時期 (2016/12‒ 2017/4) において,45 時間以上の残業する確率も総残業時 間も変化はなく,導入以前よりも 45 時間以上残業する確 率が低く,残業時間は短い.したがって,新制度導入 6 か 月以後も,新制度による残業削減効果が確認される. 次に,新制度導入を自然実験とみなした差の差の推定を 行う.新制度導入以前において,45 時間以上の残業を一 度もしたことのない人と比べて,45 時間以上残業を経験 したことがある人は新制度導入により 45 時間以上残業が 11%削減された(3 列目).特に,制度導入以前の観測期 間中に 50%以上 45 時間以上残業をしていた人の削減効果 が大きい(4 列目).残業時間で見ると,45 時間以上残業 を経験したことがある人は新制度導入により,平均 4.7 時 間の残業が削減され(8 列目),特に,制度導入以前にお いて 50%以上 45 時間以上残業をしていた人は,残業時間 を 11.8 時間削減することができた(9 列目).対照群とみ なした,導入以前において 45 時間以上の残業を一度もし たことのない人については,残業削減効果は見られなかっ た.こうした人は,そもそも残業時間が短く,残業の減ら す余地がない人で,処置群とみなした人たちと異なる性質 を持った人たちかもしれない.そこで,新制度導入以前の 観測期間中における 45 時間以上残業が 35%以上 65%未 満の人にサンプルを限り,35%以上 50%未満の人を対照 群,50%以上 65%未満の人を処置群とみなし分析を行っ た.対照群の人が 45 時間以上をする確率は 24%低下した が,処置群には対照群の削減効果と違いはなかった(5 列 目).一方,残業時間で見ると,対照群は 6.3 時間の残業 時間が削減され,処置群はさらに 5.9 時間の残業削減効果 があった(10 列目). 深夜残業について同様の分析を行った結果を表 6 に示 した.新制度導入による平均的な残業削減効果は見られな かったが,導入以前において 45 時間以上残業を 50%以上 していた人たちには,深夜残業についても残業削減効果が あることがわかる. 上記のような差の差の分析に,行動経済学的特性との交 差項を加えることで,新制度導入の効果の異質性の分析を 行う.ここでは,導入以前において 45 時間以上残業を一 度も経験したことのない人を対照群とみなし,45 時間以 表 4 残業時間と性格の関係 注)( ) 内は頑健標準誤差を示す.また,***, **, * は,それぞれは 1%, 5%, 10%有意水準を示す.

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60 行動経済学 第 10 巻 上残業経験者を処置群とみなす.表 7 に時間選好との交 差項を加えた分析を示した.時間割引率や現在バイアス, 将来バイアスの交差項は有意なものはない.一方,宿題の 後回し傾向にある人ほど,深夜残業時間が短くなったこと がわかった.新制度導入前は仕事を先延ばしにして深夜残 業をしていたが,新制度導入により仕事の先送りを減らし たため,深夜残業が短くなったと考えられる. 表 8 に社会的選好と新人事制度の交差項を加えて分析 した結果を示した.平等主義者は新制度導入によって総残 業時間が減少した.向社会的な人は,新人事制度導入後に 残業時間の変化は見られなかったが,Envy な人の総残業 時間が短くなり,また,45 時間以上残業をする確率が減 少した.残業上限を 45 時間としたことで,周りの人が 45 時間以上の残業をしにくくなったと思い,そうした中で自 表 5 新人事制度の効果 注) 「新人事制度」は,2016/7‒2017/4 を指す.「後半」とは,2016/12‒2017/4 を指す.「処置群 1」は,新人事制度 以前 (2013/12‒2016/6) において,45 時間以上残業を一度でもしたことがある人を指す(対照群:一度も 45 時間 以上残業をしたことがない人).「処置群 2-1(2)」は,新人事制度以前において 45 時間以上残業を一度でもした ことがある人の中で,45 時間以上残業が 50%未満(以上)の人を指す.「処置群 3」は,新人事制度以前において, 45 時間以上残業が 50%以上 65%未満の人を指す(対照群:45 時間以上残業が 35%以上 50%未満の人).( ) 内は頑健標準誤差を示す.また,***, **, * は,それぞれは 1%, 5%, 10%有意水準を示す. 表 6 新人事制度が深夜残業時間に与える影響 注) 「新人事制度」は,2016/7‒2017/4 を指す.「後半」とは,2016/12‒2‒2017/4 を指す.「処置群 1」は,新人事制 度以前 (2013/12‒2016/6) において,45 時間以上残業を一度でもしたことがある人を指す(対照群:一度も 45 時 間以上残業をしたことがない人).「処置群 2-1(2)」は,新人事制度以前において 45 時間以上残業を一度でもし たことがある人の中で,45 時間以上残業が 50%未満(以上)の人を指す.「処置群 3」は,新人事制度以前にお いて,45 時間以上残業が 50%以上 65%未満の人を指す(対照群:45 時間以上残業が 35%以上 50%未満の人). ( ) 内は頑健標準誤差を示す.また,***, **, * は,それぞれは 1%, 5%, 10%有意水準を示す.

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分だけ 45 時間以上働くことは損であるというように思う ようになり,45 時間以上残業が減ったと考えられる. 表 9 に性格と新人事制度の関係を示した.性格,新制 度導入,処置群の交差項をみると,いずれの性格について も有意な結果はなかったことから,性格による新制度導入 の残業削減効果の異質性はないと考えられる.

4. 議論と結論

本研究では,長時間労働の要因である労働供給側要因と 労働需要側要因の両者の側面から分析を行った.第一に, 労働供給側要因として,行動経済学的特性を中心とした個 人特性に着目し,こうした個人特性と残業時間の関係につ 表 7 新人事制度と時間選好の関係 注) 「処置群1」は,新人事制度以前(2013/12‒2016/6)において,45時間以上残業を一度でもしたことがある人を指す. ( ) 内は頑健標準誤差を示す.また,***, **, * は,それぞれは 1%, 5%, 10%有意水準を示す. 表 8 新人事制度と社会的選好の関係 注) 「処置群1」は,新人事制度以前(2013/12‒2016/6)において,45時間以上残業を一度でもしたことがある人を指す. ( ) 内は頑健標準誤差を示す.また,***, **, * は,それぞれは 1%, 5%, 10%有意水準を示す.

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62 行動経済学 第 10 巻 いて考察を行った.その結果,時間選好や社会的選好と いった選好や協調性や開放性といった性格が長時間労働と 関係があることがわかった.より具体的には,子どもの頃 の夏休みの宿題を後回しにしていた人ほど,深夜残業時間 が長く,平等主義的な人ほど総残業時間が長いことが分 かった.協調性がある人ほど 45 時間以上残業をする確率 が高いが,開放性が高い人ほど総残業時間は短い. 第二に,労働需要側要因として,働く場所や時間を自由 にし,残業時間の上限目標を月 45 時間とする新たな人事 制度の政策評価を行った.差の差のパネル分析の結果か ら,新人事制度の残業削減効果を確認した.特に,新制度 導入以前に月 45 時間以上残業を頻繁にしていた人ほど, 残業時間が短くなり,月 45 時間以上残業をする確率も低 下した.また,こうした新人事制度の残業削減効果は個人 特性によって効果が異なることも分かった.例えば,夏休 みの宿題を後回しにしていた人ほど深夜残業時間が短くな り,平等主義者や自分だけ損することを嫌う Envy な人の 総残業時間が短くなった. 新人事制度導入以前は 45 時間以上の残業を行う際にも 上司の事前承認は必要ではなかったが,制度導入後,事前 承認が必要になり,特に,45 時間以上の残業が減少した. また,残業申請の手続きに手間をかけさせる工夫が,仕事 の前倒しや仕事の先送りを防ぐ効果があったと考えられ る.したがって,残業申請の手続きの複雑化がコミットメ ントデバイスの一つとして有効であると思われる. このように,新人事制度導入によって,全体的には残業 時間が削減された一方,依然として残業時間が長い人たち がいることも分かった.宿題後回しにしていた人たちは, 新人事制度の導入により,深夜残業時間が短くなったが, 依然として,宿題後回しにしていた人ほど深夜残業時間が 長いことは変わっていなかった.また,平等主義者につい ても同様に,新制度導入によって総残業時間は短くなった が,新制度導入後も依然として総残業時間が長いままであ る.こうした人たちには,新人事制度による残業削減効果 は十分ではなく,追加的な残業是正策を考える必要があ る. 表 9 新人事制度と性格の関係 注) 「処置群1」は,新人事制度以前(2013/12‒2016/6)において,45時間以上残業を一度でもしたことがある人を指す. ( ) 内は頑健標準誤差を示す.また,***, **, * は,それぞれは 1%, 5%, 10%有意水準を示す.

(14)

追加的な残業是正策として,行動経済学的なクセを利用 した以下のような 2 点が考えられる.第一に,仕事の先 送りを防ぐコミットメントデバイスの提供が考えられる. 後回しを防ぐようなコミットメントをすることによって, 仕事の先送りが減り,残業時間が削減できると考えられ る. 第二に,「残業しているのはあなたぐらいです」といっ た社会的選好を刺激するようなメッセージを流すことが有 効であると考えられる.Hallsworth et al. (2017) は,納 税の督促に「イギリスにおいて 10 人のうち 9 人は税金を 期限内に支払っています.あなたは今のところまだ納税し ていないという非常に少数派の人になります」といったよ うな少数派であることを強調したメッセージが有効であっ たことをイギリスの税関庁との共同のフィールド実験で明 らかにしている.自分だけ得をすることを嫌うような人の 残業時間が長いということは,自分以外に残業している人 が一人でもいれば,自分も残業してしまっている可能性が ある.他の多くの人が残業していないことを強調すること によって,こうした人の無用な残業を防ぐことができると 考えられる. 新人事制度の特徴の一つは,残業時間の上限目標を 45 時間とすることであった.新人事制度導入によって,残業 時間の短縮が確認された.新人事制度導入以前において, 45 時間以上残業をしていた人を処置群とみなし,制度変 更を自然実験と扱った分析の結果,過去に 45 時間以上残 業をしていた人ほど残業時間短縮の効果が大きかった.こ の結果は,労働時間上限規制が総労働時間の減少をもたら した研究と整合的である (Bae et al. 2012).この研究は, アメリカの介護職についての労働時間上限規制の導入が州 ごとに異なっており,制度変更を自然実験とした分析で, 労働時間上限規制を導入した州で総残業時間が減少した. 一方で,この上限規制によって介護サービスの質は低下し たと示す研究もある (Lu and Lu 2016, forthcoming).ま た,労働時間上限規制によって,メンタルヘルスは上昇す るが幸福度には変化を与えないという研究もある (Golden and Wiens-Tuers 2006). もう一つの新人事制度の特徴は,働く場所と時間を自由 に選び,柔軟に働くことができるようになったことであ る.柔軟な働き方は,内発的動機や互恵性を通じて労働 供給を増やす一方で,管理が届かないことによって労働供 給を減らす可能性がある (Beckmann et al. 2017).Beck-mann et al. (2017) は,ドイツのパネルデータを用いて, 労働時間が決まっている労働者と比べて,柔軟な働き方を する労働者の方が労働時間が長いことを示した.互恵性で はなく,内発的動機によって長時間働いていることも彼ら は明らかにした.また,Possenriede et al. (2016) は,オ ランダのパネルデータを用いて,在宅勤務は労働時間を増 やす影響がある一方,フレックスタイムと労働時間には有 意な関係がないことを示した.これらの結果を踏まえる と,新人事制度の導入によって,働き方が柔軟になったた め,内発的動機に基づいて自ら進んで A 社の社員は働く ようになったと考えられる.その結果,長時間働くように なってしまう可能性があったが,働き方を柔軟にするだけ でなく,残業時間の上限目標も合わせたことによって,A 社では全体として残業時間が削減されたのではないかと考 えられる. また,柔軟な働き方によって,職務満足度や生産性が上 昇した可能性がある14.Possenriede and Plantenga (2014)

は,オランダのパネルデータを用いて,在宅勤務やフレッ クスタイムのような柔軟な働き方を利用している人の方 が職務満足度が高いことを示した.Kröll and Nüesch (2017) は,ドイツのパネルデータを用いて,柔軟な働き 方によって職務満足度が上昇し,転職意欲が低下したこと を明らかにした.中国の旅行会社で行われたフィールド実 験では,在宅勤務によって生産性が上昇することが示され ている (Bloom et al. 2014)15.フィールド実験終了後,介 入を行った部署全体に在宅勤務を可能にするという選択肢 を導入すると,ソーティングや離職率の低下によって,そ の部署での生産性がさらに上昇することも明らかにし た16 上記の議論を踏まえると,労働時間上限目標や柔軟な働 き方といった人事制度のような長時間労働削減策が労働時 間だけに与える影響を見て,こうした策の評価を判断する のは十分ではない.労働時間以外の成果,生産性,サービ スの質,幸福度,メンタルヘルスといった幅広い成果につ いても是正策が与える影響を考察することは重要であろ う.本研究では成果として労働時間しか扱うことができな かったが,その他の成果について分析することは今後の課 題である.さらに,同僚や上司の個人特性や選好,残業時 間が影響を与えているかどうかを明らかにすることも今後 の課題として挙げられる.同僚や上司のピアの影響を明ら かにできれば,どういったチーム編成をすると全体の残業 時間を減らすことができるのかが明らかとなる.こうした 人材配置の設計も長時間労働の是正策として有益であると 考えられる. 14 柔軟な働き方によって,欠勤頻度が低くなり,特に,在宅勤務 は欠勤期間を短くするということを示す研究もある (Possen-riede et al. 2014). 15 ただし,在宅勤務によってクリエイティブなタスクの生産性は 上昇するが,単調なタスクの生産性は低下することを示す経済 実験がある (Dutcher 2012). 16 賃金が上昇したり,職務満足度も上昇するという正の効果も あったが,在宅勤務を選んだ人の昇進確率は低いという負の効 果も確認している.

(15)

64 行動経済学 第 10 巻

引用文献

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(16)

付録:付表

付表 1 行動経済学的特性の代表性

注)A 社のデータに関しては,表 1 の記述統計を再掲している.

付表 2 労働時間の代表性

(17)

66 行動経済学 第 10 巻

The Responses of Overtime Workers to a Work-Style Reform:

A Behavioral Economics View

Hirofumi Kurokawa

a

, Shusaku Sasaki

b

, and Fumio Ohtake

c

Abstract

This study investigates the behavioral economic traits of overtime workers. A survey is conducted on the various preferences and personality traits of workers in a private firm A, and the firm provides personnel re-cords on their working hours to us. The study also evaluates the firm s work-style reform. The firm recently set a target for the total overtime hours per worker per month to not exceed 45 hours. In addition workers are allowed to freely choose when and where they work by themselves after the reform. We find through the em-pirical analysis of the data provided that the workers overtime before the reform is explained by the following behavioral economic traits: (1) Workers who had a habit of procrastination in childhood tend to work longer in midnight, (2) egalitarian workers tend to work longer in total, and (3) workers who have a high score of con-scientiousness tend to work shorter in midnight but longer in total. Implementing the work-style reform leads to a significant decrease in overtime hours of workers who used to work over 45 hours per month preceding the reform.

(Received: July 18, 2017, Accepted: December 14, 2017)

Key words: Overtime working, Time preference, Social preference, Big 5 personality JEL Classification Numbers: J22, J53, D3

a Faculty of Policy Studies, Doshisha University and Japan

Society for the Promotion of Science e-mail: [email protected]

b Faculty of Economics, Keio University and Japan Society for

the Promotion of Science e-mail: [email protected]

c Institute of Social and Economic Research, Osaka University

参照

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