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南アジア研究 第28号 020書評・宮本 隆史「宇山智彦(編著)(ユーラシア地域大国論4)、山根聡・長縄宣博(編著)(ユーラシア地域大国論5)」

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Academic year: 2021

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(1)南アジア研究第28号( 2016年). 書評. 宇山智彦(編著)『ユーラシア近代帝国と現 代世界』(ユーラシア地域大国論4) 京都:ミネルヴァ書房、2016 年、280 頁、4500 円+税、ISBN9784623075089. 山根聡・長縄宣博(編著) 『越境者たちのユー ラシア』(ユーラシア地域大国論5) 京都:ミネルヴァ書房、2015 年、248 頁、4500 円+税、ISBN9784623074532. 宮本隆史 ミネルヴァ書房より刊行が完了したシリーズ「ユーラシア地域大国 論」より、第4巻の宇山智彦編著『ユーラシア近代帝国と現代世界』と、 第5巻の山根聡・長縄宣博編著『越境者たちのユーラシア』が出された。 本シリーズの既刊4冊について、評者は『南アジア研究』26号(2014:. 198-203)に書評を著しており、 本稿はその続編として執筆している。以. 下では、第4・5巻の特徴を確認したうえで、各論文の紹介を行なう。な. お、本稿では、ハイフンでつないだ数字で巻番号と章番号を示す。 第4・5巻では、 「帝国」あるいは「地域大国」と「周縁」の行為主体 との歴史的な折衝に注目している点で、非常に近い問題関心が共有され ている。さらに、さまざまなレベルにおける自己/他者表象の問題に踏 み込んでいる点でもこの2巻の関心は近い。編者たちによって特に強調 されている論点は、帝国や国民(国家)の中心から見て周縁的なエリー トなどの行為主体が、自らの利得を拡大し帝国が強いる価値を転倒させ るために、さまざまな戦略的行動をとったことである。帝国や地域大国 が、異質とみなされる地域に進出するにあたっては、現地の伝統に通じ た人々との交渉が必要となるため、こうした中間的行為主体に政治的戦 略の選択の余地が与えられる。両巻の編者たちは、ロナルド・ロビンソ ンが1972年に提出した「コラボレーター論」を意識していることでも共 通している[第4巻「序章」 (宇山) 、第5巻「終章」 (長縄) ] 。ただし、第 4巻の宇山が重視するのが「人としてのコラボレーターだけではなく、 現 地の制度」でもあるのに対して、第5巻の山根の「序章」や長縄の「終 章」では「個人」の役割が強調されている点が特徴的である。 一方で、個別論文の論点は多岐にわたり、巻を超えて関連させて読ん だほうが理解しやすいものも多い。本書評では、編者たちの意図とは異. 188.

(2) 書評 シリーズ「ユーラシア地域大国論」4、5. なることを承知のうえで、ふたつの巻を同時に紹介できるという機会を 活かし、あえて章立てに従わずに関連性の強いものどうしをまとめて紹 介したい。以下では各論文を四つのタイプに大きく分類して紹介する。 周縁的な行為主体をモデルとして想定した歴史変化の説明、 国際的公共 財としての知や制度の形成についての考察、自他認識にもとづく境界観 念に関する観察、 そして周縁的行為主体に見られる言説の重畳性の読解 である。ひとつの読み方の可能性として参考になれば幸いである。 まず、帝国や地域大国と周縁の現地勢力の折衝の結果としていかなる秩序. が形成されたのかを論じる論考群がある。4-5宇山智彦「周縁から帝国へ. の「招待」 ・抵抗・適応」は、コラボレーターとしての現地勢力に注目 する、18世紀から20世紀初めの中央アジア史の叙述である。現地勢力 どうしの対立が帝国の進出を「招く」ことが多々あったこと、現地勢力 は帝国への協力・非協力の戦略を巧みに使い分けることで利得を大きく しようとしたこと、他方で諸帝国は大国間の秩序維持に利益を見出して いたことを論じる。また、帝国に編入された人々は、帝国の制度を受け 入れ自らの利益のために利用したことも指摘される。さらに、 「近代化」 「自立」にあたっては、帝国がどのような模範や機会を提供できたかに よって、植民地知識人の文化・政治運動が規定されたとする。. 宇山の最後の論点に関連するのは、5-4吉村貴之「2つの帝国とアルメ. ニア人」の問題関心である。吉村は、19世紀後半から20世紀前半のロ シア帝国とオスマン帝国の国境をまたぐアルメニア人の運動が、それぞ れの帝国の多数派民族の政治運動の方法論を取り込みながら発生した. ことに注目する。ロシア人の革命運動に影響されたロシア帝国のアルメ ニア人知識人は、伝統的な宗教思想から離脱した言論空間を形成した一 方で、トルコ人の新オスマン人運動と協調したオスマン帝国のアルメニ ア人知識人は、教会組織を変革せずに立憲運動を志向した。. 5-3山口昭彦「周縁から見るイランの輪郭形成と越境」は、16世紀か. ら18世紀にかけてのイランのクルド系名家アルダラーン家の歴史を検. 討する。クルド系集団は、イラン社会と国家の自己同一性の源泉とみな されるペルシア語とシーア派信仰を共有しない少数派民族集団だが、そ の居住する地域は18世紀末までには安定的にイランの一部とみなされ るようになる。この地域の豪族であるアルダラーン家は、周辺の部族を 従えつつ、より強力な勢力に対して協力・非協力の戦略を使い分けて生. 189.

(3) 南アジア研究第28号( 2016年). き残り戦をたたかい続けたが、その長きにわたる折衝の結果として、イ ランの政治空間に包摂された。イラン国家の輪郭は、こうした長期にわ たる中央と周縁との折衝、そして隣接する大国との関係のなかで生み出 されたものであったと論じる。. 4-8菅英輝「 「非公式帝国」アメリカとアジアの秩序形成」は、 「リベ. ラル」な秩序形成を目指した第二次大戦後のアメリカが、アジアにおい て「非リベラル勢力」と妥協しつつヘゲモニーを握ろうとしたことに注 目する。アメリカは、非妥協的な蒋介石政権をコラボレーターとして育 成できず、中国をヘゲモニー下に置くことには失敗した。韓国では、反 日ナショナリズムが強い李承晩政権に対して、アメリカは多分に強制を ともなうかたちでヘゲモニーを確立する。日本では、経済・軍事に関わ る制度を整えることで、吉田茂政権というコラボレーターの育成に成功 したと整理する。 つぎに、 「国際公共財」としての知や制度の形成過程とその効果を考察し. た論考群がある。4-1山室信一「国民帝国の編成と空間学知の機能」は、. 日本の帝国統治に必要とされた「学知」の形成を論じる。注目するのは、 帝国が支配する空間の把握に関する、地理学や地質学などである。これらは、 軍の監督において進められた機密性の高い「隠される学知」であった。こう した学知は、隠された学知であるからこそ、統治において有用性を持ったの だとする。その一方で、 「統治技法の遷移」や「統治人材の周流」とい った論点にも注意を払い、地理学などの「学知」が国際公共財化するこ とも指摘している。. 4-2秋葉淳「帝国とシャリーア」は、オスマン帝国、インド、ロシア、. アルジェリアなどにおける植民地イスラーム法政を比較する。英露仏な どヨーロッパ諸国は、イスラームを「反文明的」とみなしながら、多数 のムスリム住民を効率的に統治するため、シャリーア法制を支配機構に. 組み込むことになった。これら諸帝国は、相互に影響を与えつつ似通っ た制度を形成した。その結果、一方で「反文明的」とみなしているにもか かわらず、 「正しい」シャリーアとは何かという論争に植民地政府が引き ずり込まれることにもなった。. 5-1山根聡「地域大国に生きるムスリム」は、西欧的な教育を受けた. ムスリムの「新興知識層」たちによる、自らの居住する地域についての. 解釈のしかたを論じる。自分の住む地域が、イスラーム法の適用される. 190.

(4) 書評 シリーズ「ユーラシア地域大国論」4、5 ダール・アル・イスラーム. ダール・アル・ハルブ. 「イスラームの家」なのか、イスラーム世界と対立する「戦争の家」な のかについて、 19世紀後半から20世紀前半までのムスリム知識人たちが 論争を戦わせた。この問題を論じる言説空間の基盤を用意したのは、19 世紀半ばのメディア環境の変化であった。この論争に明確な決着がつく ことはなく、むしろ現在にいたるまで言説的な政治資源として存続して いる。こうした言説的資源が、19世紀の中央アジアの政治関係において いかに利用されたかについては、前述の4-5宇山論文が示している。. 国際公共材としての社会経済制度に注目した論考としては、4-6池田. 嘉郎「第1次世界大戦と帝国の遺産」が、第一次世界大戦期における自 治制度に注目する。多民族を抱える帝国にとって、国民国家を目指す民 族主義をうけいれるのは困難だが、第一次大戦期には統治下の人々から の戦争協力を得るために民族主義の言説が利用された。その際に、帝国 と現地エリートの折衝の中で参照点とされたのが、もとは辺境統治のた めの制度であった自治制度である。この制度は現在においても「帝国の 遺産」として継続して残っており、ソ連崩壊後には広域秩序にとっての 不安定要因になっていることを指摘する。. 4-7秋田茂「経済開発・工業化戦略と脱植民地化」は、1940年代末か. ら60年代半ばのインドと香港を比較する。両国の工業化の経路に影響を 与えた環境的要因として、旧ヘゲモニー国家イギリスが提供した国際公 共財としての自由貿易体制とスターリング圏が1960年代半ばまで機能 し続けたこと、そして第二次大戦後に新たな冷戦の力学が生まれたこと があった。独立インドのネールー政権は、巧みな外交を通じて、資本・ 資本財・技術協力を、東西両陣営から引き出すことで経済開発5カ年計 画を遂行した。他方でイギリスの直轄植民地にとどまった香港は、イギ リス帝国が提供した国際公共財を最大限に活用し、アジア間貿易の結節 点として機能しつづけたのであった。. 自他認識にもとづく境界観念に関連する論考群としては、4-3守川知子. 「帝国へのまなざし」が、 ヨーロッパを訪問したアジアの君主と官僚の旅 行記を読み解く。守川は、1870年代のイラン国王と岩倉使節団、1890. 年代のシャム国王の訪欧を事例とし、その旅行記にあらわれるヨーロッ パ観を論じる。デイヴィッド・キャナダインの「オーナメンタリズム」を 参照しながら、当時の王室外交の重要性を強調する。. 5-5岡奈津子「 『帰還民』へのまなざし」は、冷戦終結・ソ連解体の後. 191.

(5) 南アジア研究第28号( 2016年). にカザフスタン政府が行なった在外カザフ人呼び寄せ政策と、移民に対 する現地社会の人々の反応を考察している。ソ連解体後、カザフ人の人 口比率を大きくするという暗黙の目論見を前提とした在外カザフ人呼 び寄せ政策の結果、カザフ人の人口比率は大きくなったが、 「帰還民」の 存在が社会経済的に負担になりつつあると認識されるようになる。一方 で、招聘の根拠が「カザフ人」という民族性であったため、この政策を 完全に放棄するとカザフ・ナショナリストや「帰還民」が反発する可能 性がある。現在、在外カザフ人招聘は優先的な政治課題とはされないが 放棄も困難となっている。. 4-9川島真「 「帝国」としての中国」は、20世紀中国における歴史認識. を検討する。特に、 近代中国が被侵略国として失なったとされる「国権」 をいかに回収するかという物語に注目する。この喪失した「国権」の範 囲に、かつて朝貢・冊封関係にあった国々を含めるか否かについて、20 世紀を通じて異なる解釈が提出されてきた。この冊封・朝貢関係の解釈 は、中国の領域の解釈について議論の余地を与えるものとなっており、 新たな国際秩序再編にあたって利用される言説的資源になっているこ とを指摘している。. 5-6シンジルト「口承史に映る国の輪郭」は、新疆西部のウールド人. の歴史認識を考察する。ウールド人は、かつてのジューンガル帝国の主 幹部族であるが、現在は中国の中で自治権を持たない「少数民族」とな っている。ウールド人の口承史の中では、土地の名前が改変されたり守 護神が冒瀆されたりするのは少数派となってしまったからであり、少数 派になったのはウールド人だけがかかる「病」が流行したためであった という物語が語られる。こうした口承史は、ひるがえって「共和国の輪 郭の形成過程を記録する役割」を担っていたと主張している。. 5-7小松久恵「輪郭を描き出す」は、現代の英国に暮らすインド系作. 家の作品を紹介し、その作中に見られる帰属意識と「ルーツ」の表象を 問題とする。現代英国の南アジア系若手作家の多くは、 「エイジアン」あ るいは「インド系」という帰属レッテルをマーケティングのためにも利 用しつつ、 「想像上の故郷」であるインドを強く意識し帰属を模索し続 けている。一方で、ムスリム作家の中には「出身地」より宗教的繋がり に帰属意識を向ける作家たちもいる。 周縁的行為主体に見られる言説の重畳性を読み解こうとする論考として. 192.

(6) 書評 シリーズ「ユーラシア地域大国論」4、5. は、4-4粟屋利江「帝国とジェンダー」が、インドの民族運動に関わっ. た「白人女性」というユニークな行為主体としてのアニー・ベサントに、. グローバルな繋がりを持つ様々な言説が重なりあう結節点を見出し、自 他認識といった枠組みでは整理しきれない言説関係の解明に取り組む。 ベサントの言説には、確かにオリエンタリズム的な東洋/西洋の二項対 立を読み取ることができ、帝国的主義的なバイアスを指摘することも可 能である。しかし粟屋は、単にその二項対立的なバイアスを指摘するにとど まらず、ベサントが傾倒していた神智学の言説を読み解くことで、インドの女 性問題への介入の正当化の論理やその限界もまた説明する。粟屋は、ベサン トの言説を、帝国主義、ナショナリズム、フェミニズム、神智学の言説 の交差点として位置づけ、さらにそれらの言説を生んだグローバルな歴 史の中に位置づけるべきだと論じている。. 5-2長縄宣博「イスラーム大国としてのロシア」は、19世紀後半から. 現在までの、国境を越えるムスリムの移動とロシアの国家機構との相互. 関係を、メッカ巡礼の事例を通じて解明しようとする。ロシア国家にと ってメッカ巡礼者は、管理すべき警戒対象であると同時に、利用できる 外交資源でもあった。特に、支配地域のムスリム・エリートは、仲介者 として利用できるとみなされた。こうした言説は、諸帝国の政策立案者 と、ムスリム知識人のあいだの折衝を通じて確立したものである。長縄 はさらに、巡礼者自身がロシアをどのように語ったのかにも注意を向け る。巡礼者たちは、ロシア内外の差異やロシアのムスリム内部の差異を、 ヨーロッパ文明とイスラームのふたつの観点から再点検していたのだと 指摘している。 みやもと たかし ●東京大学. 193.

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