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甫水論集 利用統計を見る

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(1)

甫水論集

著者名(日)

井上 円了

雑誌名

井上円了選集

25

ページ

13-321

発行年

2004-03-20

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00004752/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

(2)

“轡ハ菰議票吉畿工薗3璽/

       .㍊

Wt. 障   /w−・

鱗灘謹

(3)

1 冊数   1冊 2 サイズ(タテ×ヨコ)  227×152㎜ 3 ページ  総数:414  口絵: 2  〔序〕:2  〔緒言〕:2  目次: 4  本文:396  先生の著述:8 4刊行年月日  初版:底本 明治35年4月6日  再版:明治37年7月25日 燃難講麟難織 灘 纒       (巻頭)

5表記

 漢字仮名交じり文。各表題の番号  は原本目次の表記によった。 6.句読点  あり 7.発行所  博文館 8 その他  再版は初版の刊行月日を2月10日  とし、再版の刊行月にも疑義があ  るので、内容・形態とも同一な初  版を底本として用いた。

(4)

13

哲学館主兼京北中学校長

(5)

哲学館ならびに京北中学校校内

(6)

︹序︺  館友中尾祖応君、余の論文を集めて一冊子となさんと欲し、ぜひとも余の許諾を得んことをもとめられたり。 しかるに、その論文中には二十年前の旧稿も加わりおれば、今日よりこれをみるに児戯、寝語に近きものあり て、いまさらこれを世間に公にするはあまり好ましきことにあらざれども、またことさらに己の拙を覆い醜を隠 さんとするは、かえって大人らしき業にあらざれば、しばらくその請いに任せて編集することを許容せり。もし その編集中、他の雑誌または新聞等に掲載ありし分を転載する場合には、必ず編集者の方より直接に、その会ま たは社に照会して許諾を得ることを約し、ここにたちまち出版の運びを見るに至れり。  旧稿の論文中には、大いに訂正を加え取捨を行いたきものあれども、そのありのままを存して毫も修飾を施さ ざるは、かえって余が半生の実伝となりて一層おもしろからんと思い、旧稿の上に一字一句の増減を加えず、そ のまま発行することとなせり。人、もしこれを読みてその拙劣を笑わば、余もまたこれとともに笑わんのみ、可 笑可笑。 甫水論集 明治三十五年三月 井 上 円 了 題 す 15

(7)

︹緒 言︺ 16  身自ら進んで哲学を研究し、学校を興して青年を教育し、東洋哲学の研究を唱道し、仏教に新研究の道を開 き、わが国宗教の改革を主張せしものは、博士井上円了氏にあらずや。世間、氏を称するに哲学の開山をもって する、あに怪しむに足らんや。氏がわが東京大学に入りて哲学の研究に従うや、その得るところ、これを筆に上 しこれを文に草し、もって東西両洋の哲学を鼓吹し、業をおうるや、ただちに哲学館を興し、あるいは哲学研究 会を設け、もって斯学の普及に尽くす。今の哲学会、これ氏が明治十七年に興せしもの、今の哲学書院、これ氏 が明治二十年に設けしもの、今の﹃哲学雑誌﹄、これ氏らが明治二十年に発行せしもの、今の哲学館、これ氏が 明治二十年にたてしもの、今の政教社、これ氏が明治二十一年に興せしもの、今の雑誌﹃日本人﹄、これ氏が明 治二十一年に発行せしもの、今の雑誌﹃東洋哲学﹄、これ氏が明治二十七年に発行せしもの、そのほか氏が斯学 のために尽くせしもの、枚挙にいとまあらず。  わが国における哲学研究の今日のごとく隆盛に至りしもの、かの仏教徒に多くの新思想を注入せしもの、東洋 学の研究をして今日のごとくさかんならしめしもの、実に博士の力なりといわざるべからず。特に博士の大著述 として後世に伝うべき、かの有名なる﹃妖怪学﹄、﹃外道哲学﹄のごとき、斯道に忠実なるにあらずんば、だれか これをよくするものぞ。博士のごときは、実にわが国の教育および宗教のために忘るるべからざるの人にあらず や。博士が著述せしもの、その数はなはだ多しといえども、博士の著述以外に多くの論文は世に公にせられぬ、

(8)

その数、実に千編になんなんとするという。しかも年を重ぬるに従いて人の記憶を去り、にわかに眠滅せんと す、惜しみてもなお余りあるにあらずや。予、その眠滅せんことを悲しみ、集めて冊子とせんことを博士にはか りしに、博士は快くこれを諾せられぬ。よって、まず数十文を集め﹃甫水論集﹄と題し、書舗博文館にはかりて これを世に公にす。  本集刊行につきては、安藤弘君、秋山悟蓄君が多くの材料を与えられたるを謝す。本集刊行につきて、﹃哲学 雑誌﹄その他の雑誌編集人が転載を承諾せられたるを謝す。        駒込の寓居において   明治三十五年三月      中 尾 弘 家 生 しるす 甫水論集 17

(9)

18

一 明治三十五年を迎うるの辞

 ﹁太平の眠をさます蒸汽船たつた四杯で夜もねられぬ﹂と詠じたるは、はや五十年の昔とはなりぬ。その当時 の光景は察するに余りあり。そのいわゆる四杯の蒸汽船は実に太平の闇を破り、明治の暁を報じたる一声の警鐘 なり。爾来、形勢一転一転また一転して、あるいは桜田の変となり、あるいは長州の役となり、甲は尊王を唱 え、乙は佐幕を説き、あるいは撰夷を論じ、あるいは開港を争い、紛々擾々乱麻のごとく、鼎沸のごとし。かく      り  して慶応三年に及び、大勢すでに定まり、時まさに三月十五日、品川牙営において勝、西郷両将の会見ありし より、たちまち政権奉還の挙を見るに至り、その状あたかも迅雷の腺雨を送り去るがごとく、天辺再び白日を仰 ぐに至れり。これ、天祐のしからしむるところにあらずしてなんぞや。神祖創建の国たるゆえんのもの、この一 事において見るべし。  明治改元より今日に至るまで百般の文物制度、着々改新の緒に就き、その進歩の速やかなること実に驚くべき ものあり。これに加うるに、日清戦争以来にわかに国威を海外にとどろかし、欧米の列強と相伍するに至る。あ あ盛んならずや。今や西暦第十九世紀の旧天地を送り去り、第二十世紀の新乾坤を迎えきたり、泰西の文運よう やくその軸を転じ、まさに東洋に向かいて発展せんとす。しかして、わが日本はまさしくその四通八達の巷路に 当たりおれば、今よりよろしく世界を震動するがごとき大活劇を演ぜざるべからず。かくして三十四年までは島 国的日本なりしものが、本年すなわち三十五年よりさらに進んで世界的日本となり、旭日の国光を五大州の上に

(10)

甫水論集 放たしめざるべからず。これ、余が同窓学生諸君に新年の辞を呈せんと欲するゆえんなり。  明治維新の大業は明治初年においてその三分の一を完成し、二十年、三十年においてその三分の二を結了し、 いよいよこれを大成するの日は、四十年、五十年の後をまたざるべからず。しかしてその第一期の功労は、天保 および嘉永年間に生まれたる人の手に成れり。これを明治元勲の第一世と称すべし。その第二期の成功は、安 政、文久の間に生まれたる人の手を要す。これを明治功臣の第二世と称すべし。その第三期の成功は、明治年間 に生まれたる人の手をまたざるべからず。これを明治功臣の第三世と称すべし。かくのごとく定むるときは、余 輩のごときはその第二世に当たり、同窓学生諸君のごときはその第三世に当たる。諺に﹁売り家と唐様に書く三 代目﹂と申して、家のほろぶるは多く三代目のときにあり。第一代は百難千苦をおかして家を興し、第二代は第 一代を学びていくぶんの顛難をしのぎ、もってよくその業を継ぐも、第三代に至りては先代の苦辛を忘れ、徒手 座食もって自ら安んじ自ら足れりとす。これ、三代目の家をほろぼすゆえんなり。しかりしこうして、家をさか んならしむるもまた三代目にあり。シナにありて周のごとき漢のごとき、みな三代目によりて興り、わが朝にあ りては足利も徳川も、みな三代目によりて盛んなり。孔子の学も三代目によりて伝わり、真宗の教えも三代目に よりて弘まれり。これに反して、秦の早くほろび源氏の早く衰えたるは、みな三代目にその人を得ざりしによ る。ゆえに、三代目は実に一家の興廃存亡のよりて分かるるところなり。これを一家に徴して事実なるを知れ ば、これを一国の上に推すも、またその盛衰の三代目にまつところあるを知るべし。  今、諸君は明治の三代目なり。売り家を唐様にかくも、孔門の子思、徳川家の家光公となるも、全く諸君の選 択の自由に属するなり。しかれども、諸君はすでに日本国民たる以上は、報国の義務として、大いに奮いて明治 19

(11)

維新の大成を自ら任ずるの決心なかるべからず。これ、余が諸君に熱望するところにして、諸君もまた自ら期す るところなるを知る。余は諸君とともに人生の三大楽を得たるを喜ぶものなり。その一は、東洋の神国に生まれ て、世界文明の衝に当たるを喜び、その二は、貧賎の家に長じて、顛難辛苦をなめたるを喜び、その三は、明治 の維新に会して、将来大いになすところあるを喜ぶ。これ、人生の三大楽にあらずや。すでにこの三大楽を享有 する以上は、健康と事情の許す限り、今より大いに精を励まし心を傾け、国家のために貢献するところなかるべ からず。  一休は新年に臨み、﹁門松は冥途の旅の一里塚﹂と詠じたるは、大いに余輩の戒めとなすに足る。そもそも吾 人の一生は、一去再来を期すべからず、万劫にも得難き一生にして、また万劫にもめぐらすべからざる一生な り。しかして光陰の移るや、矢よりはやく、白駒よりも速やかなり。一夕、春草の夢いまだ覚めざるに、早くす でに秋声の林間におののくを聞く。古人は﹁盛年不二重来べ一日難二再農一﹂︵人間の盛んな年齢は二度とこない し、今日をふたたび同じく迎えることは至難である︶とも、または﹁白日莫二閑過バ青春不二再来一﹂︵まひるの時 を空しく過ごしてはならない、青春の時は二度とこないのだから︶ともいい、また古人先輩の詩に、﹁年来春不 遇、老去死為隣、只見花開落、未看百歳人﹂︵こしかた春はとどまらず、老いて死は隣にあり、ただ花のひらく と落ちるのをみるのみ、いまだ百歳の人をみず︶とも、﹁妙齢不遊芸、壮年徒婬歌、瓢然為白髪、後悔是誰過﹂ ︵うら若いころに技芸につとめなければ、壮年になってただ婬歌のみとなり、ふらふらと白髪となってから後悔 してもいったいだれをとがめることができよう︶ともあり。余はかつて﹁樹欲静而風不停、子欲養而親不待﹂ ︵樹は静かに立っていようとしても風やまずしてゆり動かされ、子供は孝養しようとしても親は待ってはくれな 20

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甫水論集 い︶の句を改作して、つぎのごとくいえり、﹁樹欲不動而風不停、人欲不老而時不待。﹂︵樹は動くまいとしても 風やまずしてゆり動かされ、人は老いるまいとしても時は待ってはくれない。︶また、佐久間象山翁の語なりと て伝うるところによるに、﹁日暑一移、千載無再来之今、形神既離、万古無再生之我、学芸事業宣可悠悠 。﹂ ︵時刻がひとたび移れば千年たってもふたたび今が来ることはない。肉体と精神が離れてしまえば永久にふたた びわれの生まれることはない。それゆえに学芸や事業をどうしてのんびりとしておられようか。︶そのほか﹁東        よ み 明又西暗、花落又花開、唯有黄泉客、冥冥去不廻﹂︵東に明けて西に暮れ、花は散ってまた花ひらく。ただ黄泉 におもむく客は暗いなかを去って帰ることはない︶の詩、コ去不帰者、冥途之旅行、再会難期者黄泉之境界﹂ ︵ひとたび去って帰らない者は冥途の旅であり、再会をねがうことのできないのは、黄泉の境界のゆえ︶の句な どを対照参看して考うるときは、実に一日一時の非常に貴重なることを知るべし。余、また古人の詩を改作して 示すこと、つぎのごとし。﹁墜地梅花不上枝、入海黄河不再帰、人生日月如流電、老来無復少年時。﹂︵地におち た梅花はもはや枝にもどれず、海に入った黄河はふたたびもどれない。人生の日月はいなずまのごとくすぎ、年 老いてふたたび少年の時はない。︶これ、余が明治三十五年の元旦を迎うるの句なり。  諸君、もし明治維新の第三世となりて、自らその大成を任ぜんと欲せば、千載再来の今なく、万古再生のわれ なきを思いて、今日今時より大いに奮い大いにつとめ、他日功成り名遂ぐるの暁には、世間をして哲学館もまた この偉人を出だせりと呼ばしむるに至らんこと、余が深く諸君に望むところなり。 21

(13)

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二 余がいわゆる宗教

       ぺん  近時、わが学者間の潮勢をみるに、ようやく歩武を宗教の門庭に向かいて進めんとする徴候あるは、実に柞す べく賀すべきの一現象なり。また、世間一般の人士が旧仏教の将来に望みなきを見て、宗教革新の急要を感じた る傾向あるも、同じく一大美事として歓迎せざるべからず。およそ世の文明と称するものの諸素中には、宗教必 ずその一に加わるべきはもちろん、最も有力なる一要目たること明らかなり。しかるに、維新以来百般の事物み なすでにその面目を一変し、明治の世界は全く新天地を開くに至りたるにもかかわらず、宗教の門庭ひとり荒涼 を極め、満目粛然として春風いまだ寺門に入らざる観あるは、新たに沐浴してなお顔面の汚点を去らざるがごと く、殺風景もまたはなはだしといわざるべからず。これ、実にわが国文運の一大欠点なり。余、かつて﹁維新の 偉業、一半すでに成りて一半いまだ成らず﹂と大喝疾呼したるも、この一事にほかならず。今、世間公徳問題よ       ごうごう うやく興り、これを改良振起せんとする論、四方に鴛々たるは、実に両手をあげて称賛して可なるも、その実行 をひとり教育部内にゆだね、毫も宗教の上に着目せざるは、権兵衛に種をまかせ、鴉をしてほじらしむると一般 にして、あにその愚を笑わざるを得んや。ゆえに、余は公徳改良の先決問題は宗教の改良なりと信ずるなり。  わが国宗教改良の切要なること、すでにかくのごとし。しかるに、今や旧仏教を厭忌する風ようやく動き、新 宗教を喚起せんとする声ようやく高く、人をして宗教革新の機運すでに熟したるかを疑わしむるに至る。いやし くも国家の前途を憂うるもの、あにこれを歓待せずして可ならんや。しかりしこうして、そのいわゆる新宗教の

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甫水論集 要領いかんを考うるに、今現に世間に行わるるもの二つあり。曰く、三田如来︹福沢諭吉︺の自尊教、曰く、番町 大菩薩︹加藤弘之︺の自利教。この二者、元来宗教にあらざれば、旧宗教に代用すること、あえてその本意にあら ざるべし。これに次ぐものを巽軒博士︹井上哲次郎︺の﹁宗教意見﹂とす。これ、同博士のいわゆる先天内容の大 我より発したる宗教革新の声なり。その声たるや、余輩のごとき小我の声とは全くその趣を異にし、あたかも富 士山顛にありて疾風に大呼するがごとき観あり。ただ、余はその声いかに大なるも、民間通俗の耳朶に達せざら        かあぶ んことを恐る。かかる大我の声に比すれば、余輩の声はみみずの声か、蚊虻の声にもしかざるものなれども、試 みにその異なる点を挙示すれば、巽軒博士の宗教論には、   第一に、倫理の成分を捕らえきたりて宗教の第一原理とすること。   第二に、諸宗教を一括して総合的新宗教を構成すること。   第三に、人格的実在を宗教の組織中より全然除去すること。  この三条を含蓄するもののごとし。これ、余が同意を表することあたわざる要点なり。請う、その理由を開陳 せん。  第一の論旨は、宗教そのものを倫理中に同化し去らんとするものなれば、これすなわち堂々たる独立の本領を 有する宗教をして、倫理の関門に降伏を請わしめんとするものに似たり。いやしくも宗教と倫理との異同を知る もの、いずくんそその説に服従するを得んや。もしそれ、世界古今の宗教を比較し、いちいちその成分を分析対 照するときは、いずれの宗教も倫理の一要素を具せざるはなしといえども、宗教必ずしも倫理なるにあらず、た だ倫理は、宗教の目的を達するに欠くべからざる一方便たるに過ぎず。しかして、方便と目的とを混同するの不 23

(15)

合理なるは、あたかも衣食住を求むるは人間の通有性なるをもって、衣食住の欲は人間の目的なりと定むるの不 合理なるに等しかるべし。また、宗教の倫理におけるは政治の倫理におけるがごとく、三者おのおの本領を異に するものなるに、もし宗教を倫理の支配の下に置きて不可なしというならば、政治を倫理の範囲内に入るるも、 同じく不可なかるべき理なり。もし、政治と倫理とを混同するの不都合なるを知らば、これと同時に、宗教を倫 理に同化するの不都合なるを知らざるべからず。  余はすでに倫理を指して宗教の目的にあらずして方便なりという以上は、なにをか宗教の目的となすかを明言 するを要す。ここにおいて、余がいわゆる宗教を==口せざるべからず。古今東西の宗教を通観するに、人に宗教 心の起こるは、決して外部より注入または装成したるものにあらず。換言すれば、経験淘汰の結果にあらずし て、人性自然の発達上内部より開展したるものなることは、比較宗教によりて大いに明らかなるを得たり。しか して学術と宗教とは、その源泉すでに異なりて、正反両面の関係あり。あたかも鳥居顛の南面より混々として湧 出するものは木曾川となり、北面より渥々として流下するもの信濃川となるがごとく、吾人の思想は実に二者の 分水嶺なり。その正面より出ずるものは学術となり、その反面より出ずるものは宗教となる。ここにおいて、思 想そのものの性質成分を論定する必要を生ず。それ思想はもと相対性なり、相反性なり。一方に有限可知的の思 想起これば、他方に必ず無限不可知的の思想起こり、一面に変化生滅の思想生ずれば、他面に必ず不変化不生滅 の思想生じ、有に対しては無、実に対しては虚、現象に対しては本体、差別に対しては平等、相対に対しては絶 対、万殊に対しては一本、万法に対しては一如の思想ありて、つねに相伴生連起するを見る。左にその相反を表 示すべし。 24

(16)

甫水論集

  可知的ー有限ー変化ー生滅  現象ー仮有i相対  差別ー万殊等︵正面︶

  不可知的  無限  恒久ー不滅  本体ー実在ー絶対−平等ー一本等︵反面︶

 余はここにその可知的の一列を思想の正面とし、不可知的の一列を反面とし、思想本来の性この両面を併有 し、一者起これば他者必ずこれに返響して、相離れざるものと定む。その説明はあまり長ければこれを略す。ゆ えに、吾人の思想をしてたとい可知的有限性現象界の範囲内に静止せしめんとするも、自然の勢いその範囲を超 脱して、不可知的無限性本体界の境遇に進入せんとす。今、余は仮に人間を中心として、その思想の可知的の範 囲内にとどまらんとする方を求心性と名づけ、その範囲外に進まんとする方を遠心性と名つく。かくして宗教は この遠心性にもとづき、不可知的の境遇に本領を有するものにして、一般の学術は求心性にもとづき、可知的の 範囲に本領を定むるものなり。そのいわゆる遠心性は、本来吾人の心内に先存固有するものなれば、巽軒博士の ごとく先天内容の声と解するも不可なし。これ、余が宗教をもって人心の根底より流出するものとなすゆえんな り。しかりしこうして、宗教と一般の学術との二者の間を接合するものは、ひとり純正哲学あるのみ。純正哲学 とは遠心、求心の両性を兼ぬるにより、往々可知的の範囲を脱して、不可知的の本城に入らんとすることあり。 もし、純正哲学と宗教との関係にいたりては、後に弁明することあるべし。  すでに宗教の本領のゆえんを述べたれば、これよりその本領をここに定むるに至りたる原因事情につきて、さ らに一言せざるべからず。そもそも人類の天地間に棲息するや、その始めいずれより来たりしを知らず、その終       しゆんじ わりいずれに向かいて去るを知らず。忽然として形を結び、轟爾として生を保ち、いくたの星霜を経過し去ら ば、枯木とともに朽ち、朝露とともに消え、その一生は実に雷光のごとく、泡沫のごとく、夢幻のごとくなる 25

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も、吾人の力はいかんともなすことあたわず。その五尺の体躯のごとき、これを空間の広闊無涯なるに比すれ ば、大海の一粟もただならず。その五十歳の定寿のごとき、これを時間の悠遠無窮なるに比すれば、一瞬一息を またず。かかる無限無涯の時間空間の中に瓢然としてかかり、淀然として浮かび、宇宙の大法に従い、万有の大      ふゆう 化に乗じ、蛭蛸とともに朝生暮死するものは、人生の実況なり。思いてここに至れば、だれも人生の無常なる と、人力の微薄なるを感ぜざるものあらんや。かかる最短の一生、最小の一身にして、病患しきりに至り、災害 続きて起こり、天寿を全うして終わるもの、千万人中幾人かある。あるいは肺患にかかり、あるいは熱病に触 れ、コレラようやく去りてペスト来たり、昨年は両親に別れ、本年は妻子を失い、終生苦中に沈論し、病裏に坤 吟する者少なからず。これに加うるに震災あり、風災あり、火難あり、盗難あり、失策、失敗、失意等、前後相 接して襲来し、雨夕風農一つとして傷心のなかだち、涙痕の縁とならざるはなし。かかる多苦多患の世にありて 終年役々営々、しかも一身を処するゆえんを発見するあたわず。ここにおいてか、吾人は人生のたのむに足らざ るを知ると同時に、迷雲暗霧の中に彷復するに至る。これ、ひとり外界と対する実情なるのみならず、心内にお けるもまたしかり。たまたま妄情悪念の内に動くあるも、制せんと欲して禁ずるあたわず、往事の追うべからざ るを知るも、忘れんと欲して除くあたわず、すべて人事の意のごとくならざるや、かくのごとし。これをもっ て、いかなる英雄豪傑も、往々迷心たちまち起こり、疑罹こもごも至り、煩悶憂諺の間に残生を送ることあり。 また、いかなる碩学大家といえども、災害失意の相続きて絶えざる場合には、多少人間の薄弱にして人事のたの むに足らざるを感ずべし。ただ、これを無知不学の輩に比すれば、いくぶんか慰安しやすきのみ。  つぎに知力の上に考うるも、古代にありては仰ぎて天文をみ、傭して地理を察するに、森然たる諸象一つとし 26

(18)

甫水論集 て奇々怪々不可思議ならざるはなし。月日も不可思議なり、山川も不可思議なり、宇宙そのものも吾人の一生も ことごとくみな不可思議なれば、自ら進みてその理を知らんと欲するも得べからず。ここにおいて人知の有限を 感じ、人知以外の実在を信ずるに至る。人文ようやく開け、人知ようやく進み、月日の上下するゆえん、風雨の 生起せるゆえんのなんたるを知り、万有の理法、因果の規律のいかんを解するに及び、天象も地文もまた不可思 議にあらざるを知るに至るも、なお不可思議の痕跡を絶つあたわずして、不可知的は依然として内外に存するを 見る。万有の理法そのものはいかん、因果の規律その体はいかん、宇宙の本源、霊魂の実体、時間空間のなんた る、元素原子のなんたる等の問題のごときは、到底これを人知の外に置くよりほかなし。ここにおいて、今日な お人知以外の不可知的ありて存するを知る。ただ、古代の不思議にして今日の不思議にあらざるものあるのみ。 これ、人知の程度、古今同じからざるによる。もしまた、さきのいわゆる人事の意のごとくならざるがごとき は、古今の別なく、人知の力にていかんともするあたわざるものなり。すなわち、人間の最も惑うところの天運 命数のごとき、吉凶禍福のごときは、人知のあずかり知るところにあらざれば、畢寛これを度外に置くよりほか なし。  例えば、古人の格言に﹁精神一到何事か成らざらん﹂といい、なすことある者みなかくのごとしとおしうる も、生まれながら赤貧にして、しかも早く両親を失い、終日犬馬の労を取りて、わずかに一家を支うる者にいた りては、到底立身出世の望みなし。もしその人にして、なにゆえに己ひとり、かかる不幸の一生を送らざるを得 ざるやと問わんも、これに答うる道なかるべし。あるいは多少の財産ありて修学の望みある者、往々病患にかか りて廃学し、夫折する者あるはいかん。非凡の天才を抱きながら、時勢の不遇なるがために、むなしく草葬に老 27

(19)

朽する者あるはいかん。かくのごときは古今の人知の及ばざるところにして、永く不可知的となりて終わるより ほかなかるべし。かれを思いこれを考えきたらば、だれびとも必ず人事の意のごとくならざると、人知のたのむ に足らざるとを感ずるに至らん。もしまた善悪応報の理を究むるに、天道は善に福し悪に禍すと説きながら、実 際しからざるもの多きをいかんせんや。三陸の人民になんの罪ありて、天これに海繍の災いを下せしや、インド の土民になんの悪ありて、連年飢饅の苦境に陥りしや等の疑問に対しては、古代も今日もともに、人力人知のい かんともすることあたわざるものと答うるよりほかなし。近来学術の進歩により、天災、病患もいくぶんか免る ることを得たるがごときも、わずかに一病を除き去れば、他病継ぎて来たり、一災を滅し終われば、他災代わり て起こり、歩行の労に代うるに汽車をもってすれば、往々衝突の災いあるに会す。シナの内乱ようやく鎮静すれ ば、北辺の警戒一層急を告ぐるを見る。ゆえに、人々の幸福の分量を較しきたらば、古代と今日と果たして著し き増減ありやいなやは、実に一大疑問に属す。もしそれ、百年の人寿を二百年に延ばし、世界の窮民をことごと く富ましむるがごときは、人文の発達、学術の進歩のいかんともすることあたわざるところにして、古今を通じ て不可能のことたり。  これによりてこれをみれば、人知の有限、人力の不足、人間の薄弱なることは、決して余が一人の空想にあら ず、古今東西を一貫せる事実なること明らかなり。しかりしこうして、人心の要求、願望、想像はともに無量無 限なれば、昼夜朝暮常に最上の快楽、完全の生存を要求してやまざること、これまた古今にわたり東西を通じて 人情の同じきところなり。窮民は決して随巷に敵衣粗食を甘んじてとどまるものにあらず、病客は決して不幸短 命をもって安んずるものにあらず、百金を有するものは千金を得んとし、判任に列するものは奏任に昇らんと 28

(20)

甫水論集 し、一介の郵丁も他日もし志を得れば、逓信大臣たらんことの野心を抱き、小学校の教員も事もしできうべくん ば、文部大臣となりて終わらんとの妄想をえがき、ほとんど際涯を見ざるありさまなり。かかる人に満足を与う るものはなんぞや。文運も学術も人知もみな不可能のことたり。ただ古来宗教ありて、ひとりこの要求を充足せ しめたるを知る。これ、宗教の人生に起こりたるゆえんにして、また人生に必要なるゆえんなり。  つぎに、宗教はいかなる組織方法をもって、よく世界幾億の生霊に満足を与うるやを考うるに、人知の有限に 対して不可知的無限界あることを示し、人世の生滅変化あるに対して不変化不生滅の世界あることを示し、人力 の不可能不可及のことあるに対して、人力以上現象以外の別世界、すなわち絶対平等不可思議の世界あることを 示し、もって有限界の不満足不完全は、無限界をもって補充するの道を開き、広く世の失意不平の人をして慰安 することを得せしむるに至る。しかしてそのいわゆる別世界は、さきに述べしがごとく、吾人の思想の反面より 反射返響しきたるものにして、思想自体より開展せる不可知的界なり。これ、決して釈迦、ヤソのごとき聖賢の 方便工夫によりて仮設せられたるものにあらず。換言すれば、人心中に胚胎せる先天の声によりて喚起せられた るものと知るべし。この声は動物禽獣中にはいまだ発展せるを見ず、人間に至り思想発達の程度に従いてようや く発展し、微より顕に移り、浅より深に進み、ついに思想の反面に別世界を開展するに至る。しかしてその内外 の原因事情は、人生四囲の境遇が心面を刺激して、一種の要求を誘起し、この要求が遠心性の作用によりて思想 の反面をたたき、その上に別世界を喚起するに至ると知るべし。これ、宗教のよりて起こる根本の組織なり。た とい世の古今、人の利鈍に応じて大いにその開展の度を異にするも、そのだいたいの方針においては二致あるこ となし。例えば、古代にありて日月を崇拝せしがごときは、その当時の人知いまだ進まざれば、日月を見て奇異 29

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の感を起こし、自然に人知以外人力以上の天災、不思議をこれに寓しきたり、あたかも神仏のごとき崇拝をなす に至れり。しかるに、今や不思議の想念は人知とともに進み、天象地文は可知的界の現象とし、別に不可知的界 の存することを知り、これに与うるに、あるいは太極、無名、真如をもってし、あるいは梵天、如来、ゴッドを もってす。これ、思想の反面より反射しきたる不可知的界に与うる異名にほかならず。ただ、これを人格的に立 つると、遍在的に考うるとの別あるのみ。  かく宗教の本領を定めきたらば、宗教と倫理との同じからざるは言をまたずして明らかなり。古来、倫理の学 説に後天、先天の二派ありて、余は先天主義を唱うるものの一人なれども、その本領は思想の正面たる可知的界 にあるべきものとす。もし、先天内容の声のよりて出ずる本源を定むるにいたりては、純正哲学の研究に属し、 結局不可知的界に入らざるべからざるも、その本領とするところは、あくまで可知的界に限るべきものなり。ゆ えに、余は倫理と宗教とは全くその本領を異にすといえり。  人もし、宗教の本領の不可知的なるを聞かば、必ず、宗教は空想なり、信ずるに足らずと言わん。余これに答 えて、宗教はもとより空想なり、空想は実にその特性にして、一般の学術と異なる点もこれにほかならず。けだ し、空想とは妄想の謂にあらず、吾人の実験の及ばざるところなるをもって空想というのみ。すでにその本領は 人知以外なる以上は、いかに実験せんとするも不可能のことなり。しかれども、そのいわゆる不可知的界は、思 想の反面より必然的に反射しきたるものにして、吾人の思想の存する限り否定すべからざるものなり。かつその 体たるや、主観の方面にては可知的界と同格の実在を要求するものなれば、これを単に空想というよりむしろ理 想、理想というよりむしろ妙想または妙理というを一層適当なりとす。すでにその本領が思想の反面、人知の範 30

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甫水論集 囲外にある以上は、これを知力をもって究め、道理をもって知らんとするも、ともに不可能のことに属す。ここ において、吾人は一片の信仰をもってその体に帰向または葱依するよりほかなきを感ず。ゆえに余は、一、二の 学者が宗教は空想なるが故に信じ難しというに反し、宗教は空想なるが故に信ぜざるべからずといわんとす。今 後、人文さらに大いに開け、人知一層高く進むも、この空想を本領とする宗教は、依然として現存するのみなら ず、人文とともに進達すべきは、これまた余輩の疑わざるところなり。今その理由を知ること、あえて難きにあ らず。吾人の思想に固有せる反面の反射は、人文の進歩に伴って消滅すべきものなるや、吾人の遠心的作用は、 知力の発達に従って敵止すべきものなるや、人生の期し難きこと、人事の意のごとくならざること、天災の避く べからざること、失敗、失望、不平、不満、疑擢、迷夢等は、社会の隆盛なると同時に滅無に帰すべきものなる や、吾人の願望、要求、想像等の無限なるも、学術の勃興に応じて有限化することを得るものなるや、なにびと も必ずそのしからざるを知らん。果たしてしからば、空想を本領とする宗教の将来は、決して滅亡の運命に会す ることなきは明々白々、あたかも青天白日を見るがごとし。もしこれを滅絶せんと欲する者は、必ずまず吾人の 心底より宗教のよりて生ずる源泉を除去し、吾人の境遇より宗教のよりて起こる外縁を断滅せざるべからず。そ の不可能なるは、太陽を中天にとどめ、人身を空中に支えんとすると一般なり。これによりてこれをみるに、社 会の永続する限りは、宗教また依然として現存すべきを知るべし。  世の宗教を論ずるものみな曰く、社会に愚民の存する間は宗教なお余命を保つべきも、他日文運いよいよ進み て不学無知の徒あとを絶つに至らば、宗教たちまち全然地を払うに至らんと。これに答うるものみな曰く、社会 なにほど進むも、世に愚民の痕跡を絶つべからず。けだし社会の進化は、賢愚貧富の懸隔をして年一年よりはな 31

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はだしからしむるのみ。ゆえに、宗教の滅亡期は幾千年の後なるや、いまだ計るべからず。余をもってこれをみ るに、この二者ともに宗教を目して愚民の玩弄物となすものにして、いまだ宗教の本領を知らざる盲評に過ぎ ず。世間の学者はその学者たるにも似ず、成田参りや善光寺参りを見て宗教と思い、わずかに宗教の外観を認め て内容のいかんを問わず、大早計に盲評を下せるは実に笑うべきの限りなり。余は人の賢愚を問わず、造物者再 び世に出でて人間そのものを全体より改造し、人心そのものを根本より改変するにあらざれば、宗教を社会より 排去することあたわずと信ず。平素学問に従事し、学理の研究のみに心思を労するものは、自然に学問にのま れ、学理に迷酔し、社会は道理によりて動き、人間は知力によりて左右せらるるものと速断し、百般の事物、宗 教にあれ、政治にあれ、通商、交際等にいたるまで、みな道理一色をもって取り扱わんとするに至り、宗教の空 想のごときは無用の長物にして、今後永く社会に生存すべきものにあらずとなす。しかるに、人間はすべて空想 によりて生存し、空想によりて生活し、空想によりて安住するものなり。人間万事一つとして空想ならざるはな く、人類を指して空想的動物と称するも可なり。  今日にありて明日の快楽を空想し、今年にありて明年の豊作を空想し、貧賎の者は富貴を空想し、病苦の人は 全治を空想し、あるいは立身を空想し、成功を空想し、一撞千金を空想し、無病長寿を空想し、片時寸刻といえ ども空想の風船に乗じ、空想の空気中に遊泳せざるはなし。いかなる学者にても人世に生存する以上は、空想的 動物たるを免れず。大学に学ぶものは卒業後の洋行を空想し、立身を空想し、出でて官に就けば未来の大臣を空 想し、とどまりて教授の列に加われば、未来の総長、未来の文相を空想し、旦暮寝食の間、空想のために動き空 想のために走らざるもの、千万の学生中果たして幾人かある。先年、大隈伯ひとたび立ちて政党内閣を組織せら 32

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甫水論集 れしより、専門学校に入学するもの、にわかにその数を増し、校内学生を入るる余地なきに至れりという。これ みな、未来の政党大臣を空想したる結果にあらざるはなし。身を学術界に置くもの、なおかくのごとし、いわん や世間一般の人をや。人間一生空想の夢というも、あに過言ならんや。  以上のごとき空想は、その多くは妄想迷夢にして、理想の最も高き所より反射的に開展しきたれる宗教の空想 とは、もとより同日に論ずべからず。ゆえに、将来学術の進歩に伴って永く生存し得るものは、思想の反面より 必然的に湧出しきたれる宗教の空想なること、日月をみるよりも明らかなり。商家はなにごとを語りても、まず 損得の有無を問うがごとく、学者はなにを聞きても、まず道理の有無を問うを常とす。しかして、吾人の楽しむ べきものは損得のほかにありて存するを知らざるは商人の通弊なり、吾人の安心すべき点は道理のほかにありて 存するを知らざるは学者の通弊なり。かかる偏頗なる眼をもって宗教の真価を評定せんとするは、余が宗教のた めに深く遺憾とするところなり。西洋はしばらくこれをおき、わが国の学者にして宗教を評論するもの、多くは 毫も宗教のなんたるを知らざる者にして、たまたまこれを知るも、ただ従来の宗教すなわち仏教、ヤソ教等の教 理の大綱いかんを知るのみにて、いまだその味を感ぜざる人なり。あたかも砂糖の白きを知り、その何元素より 成りたるやを知るのみにて、いわゆる砂糖の甘味なるのを知らざるに同じ。ゆえにその宗教を評するや、秋山郷 のろうそく談に類するなり。   ︵註︶ 秋山郷のろうそく談とは、信越両州の国境に苗場山と名つくる一帯の峻嶺あり。その深渓幽谷の間に   一部の村落あり。これを総称して秋山郷という。古来、他郷と交通結婚することなく、草根を食し、木皮を   着、宛然太古の民に似たり。世呼びて平家の遺民となす。余、かつてこれを故老に聞く。村内の一人出でて 33

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  市場に遊び、ろうそくをひさぐものあるを見、その形のすこぶる奇なるを喜び、これをあがないて帰村し、   村内の老翁を集めてこれをたずぬるに、一人としてろうそくのなんたるを知るものなし。よって、おのおの   その形につきて判断を下し、一人曰く、これ食品なり︵かまぼこ、はんぺんのごとく考えたるなり︶、よろ   しく醤油を加えて煮詰めたるのち食すべしと。また一人、これ野菜の原種なり︵大根かねぎのごとく考えた   るなり︶、よろしく畑に植えて繁殖せるを待ちて用うべしと。会するもの一同その説に従い、早速これを煮   詰めたるも食すべからず。よって地中に植え、その芽を出だすを待ち、数十日を経るも元のごとし。ついに   そのなんたるを発見することあたわざりしという。  加藤︹弘之︺博士といい巽軒博士といい、仏教の味もヤソ教の趣も感知せざりし人なれば、その宗教に対する意 見にいたりては表面外部の観察に過ぎず。ゆえにその評語は、秋山人のろうそくの形のみを見て、そのなんたる を評定したるに似たるあり。加藤博士の宗教は愚民の玩弄物のごとく解釈せらるるは、秋山人のろうそくを食品 と見たるがごとく、巽軒博士の宗教をもって倫理の門内に入れんとするは、秋山人のろうそくを畑の中に植え付 けたるに比すべし。ともに一笑に価するに過ぎず。余は、宗教の本領は不可知的界にあるものなれば、将来幾百 年を経過するも、永くその本領を守りてこそ、宗教の功能も必要もあるべけれ。もし、これをして方角違いの倫 理の畑へ植え込みたらんには、なんらの功用もなく、数年の後ついに自然消滅の不幸を見るに至らんのみ。倫理 は倫理なり、宗教は宗教なり、宗教を倫理に同化するは、倫理を宗教に同化すると、その不都合なる度において は同一なるべし。これ、余が巽軒博士の説に賛同することあたわざるゆえんなり。  近来学者中に、宗教は愚民にありて学者になしというものあれども、余輩その意を解するに苦しむ。学者も人 34

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甫水論集 間中の一人なれば、宗教心を固有しおるに相違なきも、種々の事情によりて、その発顕を認むること難きのみ。 余、その事情の一、二を列すれば、第一に、学者の指して通例宗教と称するものは、現今行わるる仏教またはヤ ソ教をいい、愚民のこれに対する奉信帰依の形式をいうのみ。これ、宗教の外観にして内実にあらざるなり。第 二に、学者は平素知力を使用して、道理の研究のみに従事せるをもって、情意の発達は知力のごとく著しから ず。しかして、宗教は知よりもむしろ情意の方に属するものなれば、学者には比較上宗教心の微弱なるべき理な り。第三に、学者は世間のことを観察するに、道理一方の眼をもってする風あれば、道理の範囲内に属するもの にあらざれば、その眼光に触れ難き事情あり。第四に、学者はその平素研究の結果として懐疑の念強く、ために 宗教の信仰を起こし難き事情あり。第五に、学者は学問上種々の事物に意を注ぎ、思想したがって複雑なれば、 思想の単純なるもののごとく宗教心の現じ難き事情あり。第六に、人の宗教心は得意のときより失意のとき、順 境にあるときより逆境にあるときに多く起こるものなるに、学者は多く順境得意のときにおいて、宗教心の有無 を判定せんとするの事情あり。これみな、宗教心の発顕に最も不利なる事情なり。しかれども、学者にしてもし 逆境にありて失意の重なりたる場合には、宗教心の内に動くは自然の勢いにして、古来その例に乏しからず。け だし、なにびとも昼間、思想の四方に向かいて活動せる間は宗教の感覚も微弱なるも、深夜、人静かなるに当た り沈思黙坐するときはいくぶんの宗教心ありて、その光を心天高き所に放つに至るべし。また、学者が不幸災難 に会し、人間の薄弱を感ずる場合には、多く﹁死生命あり、富貴天にあり﹂としてあきらめる風あるは、学者の 本領を脱して宗教心の一端を呼び起こしたるものなり。すなわち、あきらめるとは、人力のいかんともすべから ざるものなるを知り、これを人力以外に一任するを意味することにて、これ実に宗教の初級なり。これより一歩 35

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を進むれば、純然たる宗教となるべし。これによりてこれをみるに、学者に宗教心なしというは大なる誤りな り。学術は学者の独占するところにして、愚民とともに楽しむことあたわざれども、宗教は賢愚利鈍の別なく、 人をしてことごとく一味の安楽に住せしむるを期す。これまた、宗教と学術の相異なる一点なり。  以上は、宗教を思想道理の方面より評論したるものなり。換言すれば、知情意三者中、知の方面の観察なり。 もし、その純正哲学といかに相関するかを見るに、宗教の本領たる不可知的の関門は、吾人の倫理中、遠心性の 作用によるにあらざれば知るべからず。しかして、この作用によりてその関門に接触するものは、諸学中ひとり 純正哲学あるのみ。古来、純正哲学の進歩によりて、その関門の位置および門外の風光はようやく明らかに、今 日の不可知的は古代の不可知的のごとく暗黒なるものにあらず。ゆえに、将来の宗教も純正哲学とともに進むは 疑いなき事実なるべし。これをもって、学問の方面よりいうときは、宗教学は純正哲学の応用学と見て可なり。 その故に、純正哲学にて地定したる不可知的の門内に本領を定め、これを実際に応用して宗教の成立を見るに至 る。しかれども純正哲学と宗教とは、またおのおのその本領を異にす。純正哲学は思想の正面に城門を開き、 往々反面に進入するも、論理の力窮まりて自退自却するのやむをえざるに至る。これに反して宗教は論理によら ずして、信念信仰にもとつくものなれば、思想の反面に突進して、ここに安住するを得るに至る。もし、その安 住の状態を知らんと欲せば、宗教は知力以外に情意の両作用にもとづき、ただに絶待の存在を知るのみをもって 満足せず、その境遇に進入即到して、いわゆる神人冥合、心仏一体の妙趣を感知するに至らざるべからず。これ を禅家にて、本地の風光、本来の面目などと名つくるなり。この関内の風致は、道理、知力の寸尺をもって測定 すべからず、ただ信仰の一念をもってこれに接触するを得るのみ。元来、知力の性質は差別相対を離るることあ 36

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甫水論集 たわざれども、この神人冥合の境遇は、自なく他なく、自他の差別ともに浪亡して、なんともかとも名状すべか らざる無上の趣味を感知するのみなれば、これを言語道断、心亡慮絶という。なんぞ知力の及ぶところならん や。  学者が道理をもって推測せんとするは、あたかも寒暖計をもって物の長短を計らんとするがごとし。もし事実 をもって証明せよといわば、古今東西宗教を信じ、この地位に即到したる人を挙げて示すよりほかなし。もし、 なおこれを疑わば、その人自ら信仰の一念をもって、この点に到達して試むるよりほかなし。これ、すなわち宗 教の実験なり。すでに道理をもって知るべからざる境遇を道理をもって示さんとするは、畢寛不可能のことな り。なお、砂糖の味を分析によりて示せと命ずるがごとし。学者の注文の無理なること、推して知るべし。道理 の範囲にありては学者ほど鋭利なるはなきと同時に、信念の範囲にありては学者ほど愚鈍なるはなきに驚かざる べからず。学者は愚民が禁厭によりて病気を治せんとするを見てその愚を笑うがごとく、宗教家は学者が分析に よりて宗教の味を知らんとするの愚を笑うなり。畢寛するに、宗教門内に来たりては、学者は一個の稚児愚婦に 比すべきものなり。ここに至りてこれをみれば、加藤博士の宗教談も、巽軒博士の宗教論も、ともに秋山郷のろ うそく談のごとく、一場の嘆語に過ぎざるべし。巽軒博士は釈迦、ヤソの幾万の生霊を感化して、よく偉大の勢 力を死後数千歳の後に維持するは、ひとり倫理上の感化のごとく論ぜらるるも、これ大いなる見当違いにして、 その実行上においては倫理の感化なきにあらざれども、その教理としては人をして神人冥合、心仏一体の妙境に 至らしめ、無上の快楽を感知せしめたるによるは、疑うべからざる事実なり。  宗教の既往数千年間社会の人心を支配したるは、全くこの点にありて、将来数千年の後よく従来の勢力を維持 37

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し得るも、またこの点にほかならず。しかしてその倫理上の感化のごときは、宗教に付随したる一条件に過ぎざ るべし。けだし、宗教はその何種たるを問わず、人心を誘引して目的地に達せしむるには、世間の道徳を実践す るを要するをもって、倫理を布教の一大件として説ききたり、また世間も社会の道徳を維持する方便として、宗 教を利用するに至りたり。しかれどもその実、倫理は宗教の本領にあらざること明らかなり。ゆえに、余は将来 の宗教はますますその本領を守り、人事不如意、人生難侍の世にありて、賢愚利鈍、貧富、老若男女をして、な るべく平等一様に宗教の妙味を感得せしめ、苦患の世界を変じて安楽の浄国となし、絶望の人を導きて楽天の地 に至らしめんことを切望してやまざるなり。学術の力、果たしてよくこの目的を達し得るか。学術のよくすると ころは学術に一任して可なり、学術のよくせざるところは必ず宗教をまちて達せざるべからず。これを要する に、余がいわゆる宗教は、    思想の反面たる絶対不可知的の門内に本領を定め、人をしてこの境界に超入直達し、もって妙楽の心地に   安住せしむるもの をいう。しかして倫理のごときは、これに至るに必須の要件たるに過ぎざるなり。すなわち、宗教の本領は不可 知的、その目的は安心立命、その作用は信仰直覚、その方法は相対と絶対との一致契合なりと知るべし。これ、 宗教が学術の裏面に立ち、政治の陥欠を補い、道徳の根底を養い、もって世を益し人を利するゆえんなり。  仏教もヤソ教も自力宗も他力宗も、その説くところ往々氷炭相いれざることあるも、その精粋を抽出して較す るときは、いずれもみな、余が定むるところの原則の外に出でざるなり。しかるにわが国今日の宗教は、宗教の 本領を失い、国運の進長を妨ぐる点なきにあらず。例えば仏教現時の状況は、往々愚民の迷信を奇貨とし、禁厭 38

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甫水論集 祈薦ただ利を釣りて己を肥やさんことをつとめ、外観儀式の末に走り、宗教の本領いずれにあるを知らざるもの のごとし。故をもって、ときどき学術と衝突し、教育と抵触し、ややすればその進路を妨害せんとす。これに加 うるに宗教家たるもの、その布教に必須なる道徳の実を修めず、肉体の快楽を得るに汲々たるありさまあり。こ れ、余が宗教革新の急要を唱うるゆえんなり。しかしてその革新は、あえて異宗教を調合して新宗教を案出せん とするにあらず、また倫理の基礎の上に新宗教を建設せんとするにあらず。宗教は学術とその本領を異にする も、また互いに提携せざるを得ざるものなれば、百科の学理は広くこれを参考し、もしこれと抵触する点あら ば、たちまち修正を加え、世の文運に対行並進し、しかもその裏面にありて間接にこれを助成し、もって宗教の 本分をまっとうするを要す。故をもって、ときどき多少の革新を宗教の上に加うるの必要を感ずるなり。また、 宗教はその性質世界主義なるべきも、ひとたび国家の胎内に入れば、国家あることを忘るべからず。  ここにおいて、宗教に真実、方便の二門ありて相分かる。これを仏教にて世間、出世間の二門となす。その真 実門は宗教の本領にして、世界主義もしくは超世界主義を取り、宗教眼中に国家なしの一大見識を有せざるべか らず。その方便門は倫理に合し政治に関する部分なれば、社会主義もしくは国家主義を取り、宗教の力によりて 国運を進長するの方針を守らざるべからず。元来宗教は思想の反面にありて、不可知的を本領とし、かつこれに 直達即到せんとするものなれば、学術の方面あるいは世間の実際よりこれをみるに、あるいは消極的、厭世的、 退守的傾向を有し、万国競争の今日にありては、国運の進長に害ありて利なきがごとき観なきにあらざるも、方 便門にありては、決してしかるべき道理あるべからず。しかるに古来、仏教がインド、シナ、日本に弘通して厭 世の風を帯ぶるに至りたるも、当時東洋諸邦は厭世退守をもって必要となせる事情あればなり。今や列強相対し 39

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て雌雄を争い、優勝劣敗の間に国家の独立を維持せざるを得ざるときなれば、宗教は進取勇敢の気風を鼓舞し て、その急要に当たらざるべからず。これ、もとより宗教の本旨なり。なんとなれば、宗教は人力および人為の 薄弱を振起せんと欲し、不可知的の関門を開き、絶待無限の勢力をわが心田に注ぎたるものなればなり。この無 限の勢力を社会国家の上に応用すれば、いわゆる﹁精神一到何事不成﹂︵精神一到何事か成らざらん︶の結果を 見ることを得べし。かくのごとく時勢に応じて方針を変ずるは、また革新の一要件なり。  以上論ずるところによりて、余が革新の旨趣と巽軒博士の革新の意見と相異なるところあるは、すでに明らか なりと信ず。︵以上は、最初掲げたる三大条の第一に対する意見の説明なり︶  巽軒博士の宗教論に対して、余が意見を異にしたる第一条の説明は、すでに提唱しおわれり。これより第二条 の、   諸宗教を一括して総合的新宗教を構成すること、 に対する意見を弁明せんとす。  諸宗教の根底における契合点をとらえきたりて、総合的新宗教を開始せんとするは、余があえて否定するとこ ろにあらず。むしろその旨趣においてはいくぶんの賛同を表すといえども、その実際の成功においては大いに疑 うところなきあたわず。かつその方法手段にいたりては、余が解し難きところ多し。  第一に、巽軒博士が各宗教の長所短所を列挙して、いずれの宗教も長所あると同時に短所あれば、わが国将来 の宗教となすべからず。ゆえに、今よりこれらの宗教に代うるに新宗教をもってせざるべからずというがごとき 断案を下されたるは、余がその意を解するに苦しむところなり。博士のいわゆる短所ありとは、現時の宗教につ 40

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甫水論集 きて観察せられしもののみ。現時の宗教、もとより完全なるものにあらず。あるいは宿弊のその面目を蝕するあ り、あるいは外情のその発達を妨ぐる等ありて、完全を得べき宗教も、不完全にしてとどまることなしとせず。 これ宗教の罪にあらずして、これを弘通する人と、これを受用する社会との罪に帰せざるべからず。黄河の源流 必ずしも濁れるにあらず、流れて高原平野を通過するの際、泥土これに混じて水の本色を失わしむ。すでにその 本色を失うも、ひとたび泥土を分解し去らば、本来の清水に帰せしむべし。しかれども玉と瓦とは別物なり。玉 をみがきて光を発せしむべきも、瓦を磨して玉となすべからず。今日の宗教はその本質玉なりや瓦なりやは一疑 問なりといえども、外観一瞥もとよりその真相を知り難し。よくこれを判知するは、必ず琢磨の試験をまたざる べからず。今、巽軒博士の宗教論は、外面の腐蝕を一瞥して、たちまち瓦なりとの速断を下せるもののごとし。 現時の諸宗教、いずれも今日の大勢に適せざるところあるは事実とするも、この一事より推演してただちにこれ を全廃せざるべからずと断定するがごときは、大早計もまたはなはだしといわざるべからず。すでに長所ありま た短所ありとすれば、従来の宗教に改良を加え発展を与えて、その短所を除去し得るやいかんは、実に現今の問 題なり。しかしてこれを決するは、ひとたび改良発展を施したる後にあり。ヤソ教はいさ知らず、仏教のごとき は、数千年来なんらの改良も革命も見ずして今日に至れり。よしその間多少の革命ありたりとするも、わが国に おいては、鎌倉時代以後にいかなる変動起こりしか、徳川時代以後になんらの改良を加えたりしか。そのこれな きは、みな人の知るところなり。  果たしてしからば、少なくも数百年の間、わが仏教は第十六世紀前にローマ教然として、独立自尊の態度をと り、その間なんらの改良なきと同時に、種々の宿弊内に積みて今日に至れるは事実なり。しかしてわが明治の維 41

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新は、実に空前絶後ともいうべき大改革にして、百般の事物みなその面目を一変したるにかかわらず、宗教ひと り依然として旧態を存するは、その状あたかも四面みな散髪の中に、一人のチョンマゲを見るがごとき観あり。 ゆえに、もしこれをして今日の大勢に適応せしむるには一大改革を要するは、識者をまたずして明らかなり。し かるに、仏教が今日の時勢に適せざるかどをもってこれを廃滅せんとするは、あたかもチョンマゲの不都合なる かどをもってその人を殺さんとするにひとし。巽軒博士の宗教に対する論法の残酷なる、あに驚かざるをえん や。しかりしこうして、博士の見るところまた一理なきにあらず、余もその全分を排斥するにあらず。ただ、余 が博士と意見を異にする点は、将来の宗教を定むるに二途の方針なかるべからずというにあり。その方針とは、   第一に、従来の宗教に改良発達を加えて、世界の大勢に適応せしむること、   第二に、従来の宗教のほかに、別に学理に考えて新宗教を開立すること、 この二途あるをいう。しかして巽軒博士は、そのうち後者の方針を取られたるものなり。ゆえに、これもとより 余の許すところなれども、博士が前者の方針を蔑如して、後者の方針のほかに取るべき道なきがごとくに速断せ られたるは、余が賛同することあたわざる点なり。今、博士が従来の宗教の短所を挙示せられし中につきて余が 意見を述ぶるに、他教はしばらくこれをおき、仏教の短所の第一は経論広漠にして、その旨意を一握すること難 しというにあり。これ、果たして仏教の短所中、到底いやすべからざる不治症なるかは、余が大いに疑うところ なり。すでに現時にありても、幾千幾万巻の経論中、実際適用せらるるものは何百分の一に過ぎず。もし、今日 より一層選択取捨をその上に施さば、浄土宗、真宗は﹃浄土三部経﹄だけにて足るべく、天台宗、日蓮宗は﹃法 華︹経︺﹄八巻にて余りあるべし。もし、その上にさらに簡約を行わば、﹃阿弥陀経﹄一巻、﹃般若心経﹄一部、 42

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甫水論集 ﹃普門品﹄︹﹃妙法蓮華経﹄﹁観世音菩薩普門品﹂︺一編にても事足るべし。これ、今日改良の必要なるゆえんなり。 しかるに、蔵経の巻数をかぞえてただちに仏教を廃せんとするは、あたかも﹃ウェブスター字典﹄の字数をかぞ えて、その彩多なるに驚き、英語の学び尽くし難きに恐れて、廃学を主唱するに等しかるべし。ゆえに、この点 はたとい今日の短所とするも、将来永遠の短所にあらざるは明らかなり。  つぎに、第二の短所は厭世主義にして、第三の短所は禁欲主義なるも、この二者は帰するところ一にして、厭 世禁欲主義と合称して可ならん。この風はひとり今日において見るのみにあらず、三国伝来の歴史に徴してその 形跡あることは、十目の知るところなり。しかれども、仏教中よりこの主義を除き去らば、全教その生命を失う ほどの主眼なる点にあらざることは、また衆人の同じく認むるところなるべし。すでに真宗のごときは禁欲主義 を破り、日蓮宗のごときは厭世主義を変じたるも、やはり二宗ともに仏教なるにあらずや。また、仏教そのもの につきてこれをみるに、外面に厭世を示して内実非厭世なることは、大乗仏教の特色にして、かつその長所な り。天台宗において此土寂光と説き、真言宗において真如非外と説くがごとき、また浄土宗および真宗において 念仏衆生は弥陀の光明の中にあると説くがごときは、みな厭世主義を蝉脱したるものなり。もしこれに一段の改 良を加うれば、楽天主義とも愛世主義とも護国主義とも尊皇主義ともなるべし。いな、あえて改良を加うるをま たず、自然の勢いに任じても、禁欲厭世の風は漸々凋落し去るべし。けだし、従来の仏教が永くこの風を帯びた るは、当時の外情これを助成せるによる。すでに真宗のごときは七百年の昔に混俗宗となりたるに、今日なお僧 俗の別を存するは、時勢これが媒介となるによる。中古のヤソ教は一般に厭世禁欲の風を帯びたるに、新教の革 命以来その風を脱したるも、やはり時勢これを促せばなり。ゆえに、巽軒博士のいわゆる第二、第三の短所は、 43

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時勢の風潮をもって自然に仏教の体面より洗除し得るものなれば、その改良のごときは、朝飯前に茶盆を払うよ りもなお容易なり。  つぎに、仏教の教理が果たして今後の学術と並行し得るやいなやは一疑問なるべきも、今日の状態を見てただ ちに絶望の断定を下すは、大早計に過ぐるものといわざるべからず。必ずその教理の上に種々の研究工夫を加え てのち決すべき問題なり。かついずれの宗教も、世運の開進に伴って発達せざるものなし。そのうち、到底世運 に伴うことあたわずして、半途に命脈を損せしものなきにあらず。今日に存する二、三の宗教は、その根底に潜 伏せる勢力のいまだ全く発展し尽くさざるものあり。その余勢がいずれの点まで発展し得るかを試むるは、実に 今日にあり。もし、果たして従来の宗教に改良発達を加えて今後の学術と併行し、時勢に適応するを得せしむる に至らば、新たに宗教を開立する必要を見ざるのみならず、新宗教よりも実際上の便益多きは明らかなり。これ より論歩を転じて、新宗教開立に伴うべき困難と不利とを列挙せん。  巽軒博士の新宗教を主唱せらるる旨趣を見るに、もし諸宗教の根底における契合点を取りて、一切の宗教に共 通せる普遍的宗教を組織するに至らば、これもとよりだれの宗教ということなく、人類一般に適合するものなれ ば、仏教もヤソ教もみなこれに同化し去るがごとく論ぜらるるも、これ学者の迷夢に過ぎず。第一に、契合点と 認むるところ、衆説必ず一に帰するにあらず。例えば、甲は大我の声をもって契合点とするも、乙はこれを非と することあらん。よし甲乙ともにこれを是認するも、従来の宗教中、仏教はこれを斥して外道となし、儒教はこ れを排して異端となし、ヤソ教はこれを既してへーゼン︹ゴo①庄o旦となすは必然なり。しかのみならず、その 説、巽軒博士の主唱に出ずるとせんか、人これを呼びて、巽軒教といわんのみ、井哲宗といわんのみ。その本山 44

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甫水論集 は井上山巽軒寺といわずんば、必ず大我山内容寺といわんのみ。されば、従来の諸宗教より敵視冷遇せらるるの みならず、加藤博士、元良︹勇次郎︺博士、中島︹力造︺博士のごときも、決してその信徒に連なり、その檀家に加 わること万々あるべからず。わが国すでにかくのごとしとすれば、西洋諸国の人民をしてその教に帰化せしめん とするは、白色人種を変じて黄色人種とするよりもなお難し。もし、死後百世の後を期するとするも、だれあり てこれを保するものなきのみならず、あまり気長の話にして、人みな弥勒の出世をまつがごとき感あらん。  第二の難点は、学術と宗教とはその性質を異にするものあり。学術上の道理は、社会少数の者これを知り、多 数の者これを解せずしてあえて不都合なきも、宗教上の道理は、少数の人よりもむしろ多数の人をしてこれに帰 向せしめざれば、その用をなさざるべし。しかるに、学術研究の眼をもって諸宗教の契合点を看破し、これを抽 出総合しきたるも、かくして造り上げたる宗教は、あまり無味無色に過ぎて、人心と結合することあたわざるの みならず、人目を引くことすらなお難からん。余をもってこれをみるに、一切の歴史的関係と諸宗教の特殊性と を除き去り、その根底における普遍的契合点のみを集めて作りたる宗教は、あたかも味噌汁、醤油汁、スープ、 牛乳の特殊性を除きて総合的美味を作らんと欲し、これを蒸露して無味無色の水となしたがごとく、宗教として はさらに功用なきものならんと信ず。その一例はユニテリアン宗なり。これをほかの宗教に比するにすこぶる学 術的なるも、その学術的なるだけ、それだけ宗教の効力少なきを覚ゆ。かつ、宗教はその中に多少美術的趣味を 帯び、想像の元素を含み、これに加うるに人心に固有せる保守的精神によりて伝えらるるものなれば、純然たる 理論一偏の学術とは大いにその趣を異にす。したがって、古色蒼然たるところに人の信念を喚起しやすき事情あ り。ゆえに、学術上の道理をもって新たに製造したる宗教は、全くかかる事情を欠くものなれば、一般に普及す 45

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ること最も困難なるべし。その一例は、哲学者コントの新宗教につきて見るべし。これ、学術的宗教なり、古宗 教を廃してこれに代わらんとの目的をもって工夫せる新宗教なり。しかして、その宗教の無勢力なること実に驚 かざるを得ず。余、先年ロンドン滞在中、一日コントの教会所をたずね、これを市中の路地裏棚然たる所に得た り。その微々たるありさまは、余の一驚を喫したるところなり。書記然たるもの一名出でて応接せり。これ、そ の教会所を守るもののごとし。余に告げて曰く、毎日曜に教会を開く、よろしくその時に来たるべしと。信徒の 数を問えば、わずかに四、五十人なりといい、開教の年月を問えば、五十年になんなんとすという。これまた余 が驚きしところなり。その勢力なき、かくのごとし。今後新宗教起こるも、これと同一の運命に会せんことを恐 る。これ、従来旧宗教の勢力いまだ減ぜざるによるというも、新宗教が無味無色にして、しかも古色を欠くの一 事、これが主因なるべし。果たしてしからば、宗教を開立して旧宗教に代用せんとするの困難は、旧宗教を改良 して今日の大勢に適応せしむるの困難に、幾百倍するやを知るべからざるなり。  今、さらに数歩を譲り、旧宗教は老朽死に瀕し、復活の見込みなしとし、新宗教を開立するにあらざれば、到 底世界の大勢に適応することあたわずとするも、今より新宗教の設計に着手して、その成功を見るの日は幾年の 後なりや。けだし、十年、二十年の短歳月のよくするところにあらざるべし。しかして、建設は難く破壊はやす し。新宗教いまだ成らざるに旧宗教を破壊し去らんとするは、策の最も拙なるものなり。これを家屋にたとうる に、旧家屋の破損せるを見て、新家屋を建設せんとするに、わずかにその設計に着手して、いまだ落成の期何月 の後にあるを知らざるに、ただちに旧家屋を破壊し去るに同じ。必ずやその数月の間は、身を雨露にさらさざる を得ざる不幸を見るに至らん。ゆえに、新家屋を建設せんと欲せば、その落成を告ぐるまでは、できうるだけ旧 46

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