境界の思考者 ミラン・クンデラ
著者 安永 愛
雑誌名 翻訳の文化/文化の翻訳
巻 7
ページ 35‑48
発行年 2012‑03‑31
出版者 静岡大学人文学部翻訳文化研究会
URL http://doi.org/10.14945/00006592
境界の思考者
ミラン・ クンデ ラ
は じめに
2010年、フランスのガ リマール社 より、
ミラン・クンデ ラ (1929‑)の作品 が、全2巻のプ レイアー ド叢書 として出版 された1。 クンデラは、文学の殿堂 と して特別な位置を与 え られているプレイアー ド叢書入 りした唯一の現存作家で ある。チ ェコに生まれ、 プラハ に学び作家活動 をするも、著述の内容が問題 と なって祖国か ら弾かれ、後半生はフランスに居 を定め、フランス語表現の作家 として生きてきたクンデ ラの軌跡 を思 うとき、 この殿堂入 りは二重の意味で感 慨深いものがある。ひ とつは亡命作家であ り外国人作家であるクンデ ラが、フ ランスの文学的権威 の最高位 に祀 り上 げられた ことに対 して。 も うひ とつ は、
自らの作品をプ レイアー ド叢書 に収めるとい う仕草が(自らの創造活動 に終止 符 を打つ仕草 に思われてな らない ことに対 してである。何かまだ書いて くれ る のではないか、との期待 は消 え去 らないのだが、クンデ ラは80歳を超 えている。
彼 としては自らの仕事の総括 をしておきたかったのだろ うか。 タンデ ラは、 自 作品のプレイヤー ド叢書入 りに関 し、友人である西永良成 に 「まるで生 きなが らにして埋葬 されたみたいだ2。」 と照れた ようにもらした とい う。読者 としては 一抹の寂 しさを覚えるが、研究者 としては、クンデラの軌跡の全体像 を総括す ることが許 される時が来たのだ と捉 えたい。
そこで本論文では、 タンデ ラの著述 に偏在する 「境界」のテーマについて考 察 していきたい。クンデ ラの作品3においては、何 らかの理 由で人がある境界線
l Milan Kundera Oι πυ″ 二z Gallimard,2011.
2ミ ラン・クンデラ著、西永良成訳、『出会い』、みすず書房、20H年、275頁。「訳者あ とがき」 よ
3筆り。者はチェコ語 を解 さないため、残念なが らクンデ ラの初期のチェコ語による詩作品を視野 に収 めることができない。対象 とするのは、彼 自身「詩か ら小説へ と改宗 した」と語 る『冗談』(1968) 執筆以降の著作である。 クンデ ラには、 自らの作品の帰趨 を厳 しくコン トロール下に置 こうとす
愛
を踏み越 えて しま う、踏み越 えぎるをえない、あるいは境界の外へ と排除 され るモメン トが凝視 されている。境界の踏み越 えは、往々にして何 らかの危機を 抱 え込み、困難な選択 を迫 る。クンデ ラは作家を「実存の地 図を描 く者4」 と定 義 しているが、 クンデ ラの作品 には、随所 に境界への凝視があ り、実存的な選 択 によつて、あるいは歴史や運命のめ ぐりあわせ によつて、境界を踏み越 えて い く人間の姿が、痛切 さと共 に描かれている。確かに、「境界」は実存の姿を映
し出す特権的な装置なのである。
一口に「境界」と言 っても、クンデ ラの作品に現れ る「境界」は多様である。
集団や共同体、そ して国家は、境界 を形作 るものの代表例であるが、意味 と無 意味の境界、現実 と夢の境界、そ して生 と死の境界 といつた、 より抽象的な境 界、いわば意味論的、実存的な境界 も描かれている。 クンデ ラ自身、チ ェコス ロヴァキアの共産党か ら弾かれ、祖 国 とい う共同体の外へ とはみ出 していつた 人間であ り、「境界」とその踏み超 え とい うモチァフはまた、彼 自身の生の軌跡 自体 を端的 に示す もので もある。「亡命作家」とは、クンデ ラ自身はあま り好ま ない レッテルなのだが5、 しか しこの レッテルの由来である国境 とい う境界の踏 み越 えのみな らず、空間的 にも意味論的 にも多様な 「境界」のモチーフをクン デ ラのテクス トか ら取 り上 げ精査す ることによつて、彼 の 「境界」の思考 とで
もい うべきものを明 らかにしていきたい。
1.『冗談』ル ドヴィークの軌跡
クンデラが初めて世 に問 うた長編小説『冗談』(1968)は、戦後の共産党支配 下のチ ェコを舞台 とし、 自らが過 ごした青春時代が色濃 く反映 されている。 こ の小説の構想のきっか けとなつたのは、クンデラ自身かつて過 ごした とのある 炭鉱地区に住む知人か ら1961年に聞か された、ひ とつの痛 ま しい逸話である。
それは、恋人 に贈 ろ うと墓地で花 を盗んだために、逮捕 され投獄 された若 き労
る傾 向があ り、プラハの前衛サークル に属 していた叙情詩人時代の作品については 自らの作品 と しては認めない、 との姿勢を見せてお り、プレイヤー ド叢書 にもそれ らの作品は収録 されていな い。 しか し、プレイヤー ド入 りによつてクンデラがもはや歴史的存在 となろ うとしている今、ク ンデラ自身の思いに縛 られることな く、彼の叙情詩人時代 と小説家時代を繋 ぐものは何か、ある いはその断絶 と転換の意味について考察す ることが、ひ とつの課題 となつてきているよ うに思わ 40ιれる。
%υ″ 二p.666.
5自作品の刊行 にあたつてかかげる著者 プロフイールの文言 として、「亡命作家」とい う言葉が用い られていたが、ある時期か らクンデ ラは、文言を 「1929年、チ ェコス ロヴアキア生まれ、1975年 よリフランス在住。」 との簡潔なフレーズに変更 している。
働者の話だつた。 タンデ ラは、 この若 き労働者のことがど うして も忘れ られな かった6。 このイ メージに様々な要素が付随 していき全体 を成 し、1965年にタン デ ラは作品を完成 させている。罪の軽 さに比 して不条理 に重い投獄 とい う事実。
当た り前 の 日常 と自由、そ して尊厳 を奪い取 る暴力が、正義の名のもとにふる われて しま う現実。なぜ、 この若 き労働者は、境界の外へ と送 り込 まなければ な らなかったのか。彼 を監獄へ と送 り込んだ力の正体 は何なのか。友人か らこ の若 き労働者の話 を聞か されて、クンデ ラは言葉 を失 うしかなかったであろ う。
そ して、これ らの問いに答 えるために、この悲惨な現実 に言葉 を与 えるために、
おそ らくタンデ ラはこれだけの長編 を必要 としたのである。
『冗談』は、主人公ル ドヴィークが青年部主催のキャンプに出かけた学生仲 間の恋人マルケータにおふ ぎけで送つたたわいもない葉書の文面が問題 とされ、
マルケータとの仲 を裂かれた上、大学か ら追放 され、兵役ついで鉱夫生活を経 て、長年の回 り道の末大学の研究職 につ き、かつての仲間たちに再会 し復讐す るとい う、実 に苦い物語である。共産主義 とい う理想の下 に集 う若者たちの連 帯感が、個人を排斥 して省みない冷酷 さに反転 してい く恐 ろしさが圧倒的な筆 致で描かれている。
「楽天主義は人類のアヘンだ !健 全なる精神はバカの臭いがする。トロツキー 万歳!7」 これが、ル ドヴイークの人生 の暗転のきっかけとなつた葉書の文面で ある。ル ドヴィー クには、そもそも共産党を批判 しよ うな どとい う意図はなかっ た。彼 に とってみれば、恋人マルケー タが、 自分か ら何 日も離れているのに、
寂 しさな どお くびにも出 さず、ひたす ら党の青年部主催のキャンプの楽 しさ、
党に吹き込まれた 「革命」へのオプテ ィ ミスティックな展望 を葉書 に書 き連ね てきたのが許せなかつただけなのだ。 しか し、党の青年部 には、その よ うな説 明を口にできるよ うな雰囲気はな く、党の方針 に照 らしての正否のみが問われ る硬直 した場 となつて しまっていた。党員たちの真面 目さ、社会主義への忠実 さゆえに、ル ドヴィークは暗黒の歳月 を送 ることになったのである。ル ドヴィー クは こうして、党の外、境界の向こう側へ と意図せ ぎる 「越境」 を果た して し ま う。
この小説で久 り出されて くるのは、共産主義が、何 を是 とし何 を否 とす るか の境界であ り、その境界の不動、非人間的な厳格主義、理想が抑圧へ と転化す u (Note de l'auteur), La Plaisanterie,version d6finitive, Gallimard, coll. (Du monde entier),
1983.
7 Op.cit., Oewure I, p.2I4.
る様相が次第 に浮かび上がつて くるのである。
葉書の文面 が問題 とされた ことで、ル ドヴイークが経験することになる兵役 や鉱夫生活は、当時 としては恵まれ特権的である と言い うる 「大学生」の世界 とはかけ離れている。ル ドヴイークは「大学生」の世界 も知ってぃるか らこそ、
こ うした世界の中で生 きてい くことの困難は大きなものになる。「大学生」は、
む しろこ うした世界で、弱者 となつて しま う。ル ドヴイークは過酷な肉体労働 の合間に、無学で貧 しい可憐な少女 と出会 う。大学の仲間たち と共 にいる時に はさほ ど意識 され ることのなかつた 自らのエ リー トとしての部分は、 この少女 との関係 においては何の意味 も持たず、む しろ余計な代物 と化 して しま う。
このよ うに、『冗談』においては、境界の内側 と外側 を行 き来す る主人公が登 場することで、根本的な矛盾や確執が浮かび上がって くるのである。
2.国境の向 こう側
小説『 冗談』は、党批判的 とみな されて発禁処分 とな り、タンデ ラはプラハ 大学映画音楽学部の講師の職 をも追われ ることになつた。当時、クンデ ラはチェ コス ロヴァキア作家同盟事務局長の重責 にあ り、それだけに『冗談』は許 しが たいスキャンダル とされたのである。職 も、チェコ語の読者 も失つたクンデ ラ は、貯金を取 り崩 した り、雑誌の占い欄のゴース トライターをや った りして細々 と暮 らす。その ころ、フランスの レンヌ大学か ら世界文学を教 えないか との話 があ り、それ に応 える形でクンデ ラは1975年にフランスに居を移す。1979年 に はチェコス ロヴアキアの国籍 を剥奪 され、1981年には フランスの市民権 を取得
している8。
1980年に発表 された『笑い と忘却の書』は、クンデ ラのチェコか らフランス ヘの事実上の亡命の、その荒々しい心の傷のようなものが感 じられる作品であ る。あるモチーフを提示 し、それ を繰 り返 し形 を変 えなが ら小説 に鎮めてい く、
いわゆる「変奏形式の技法9」 力`明確 に打 ち出されたクンデラの初めての作品で ある。 この作品には、フランスの地方都市 に亡命 した と思 しきタ ミナ とい う中 年女性が登場す る。 タ ミナ は夫 とともに、旅行 を装 って祖国を後 にしたが、フ ランスで夫は数年前 に病死 し、タ ミナは場末のカフェで ウェイ トレスをして暮
フランソフ・ ミッテランが大統領 に就任 してす ぐに取 り決めたことのひ とつが、 タンデ ラにフラ ンス国籍を与 えることだつた とい う。
クンデラ小説の「変奏」的技法 についてはt西永良成長「小説作法 としての変奏」『ユ リイカ』19"
年、2月号、青土社 116‑118頁および拙論 「実存 の幾何学― ミラン・ クンデ ラと音楽」(東大比 較文学会『比較文学研究』第66号、1994年、15‑20頁を参照のこと。
らしてい る。 タ ミナ は確 か な未来 を夢 見 る こ ともで きず、最愛 の夫 のイ メー ジ も、共 に過 ご した 日々 も、次第 にその細部 が記憶 か ら失われ てい きつつ あ り、
世界 と自分 を結 びつ ける よす が をな くな って しまった と感 じてい る。故 国の実 家 に残 してお いた 夫 との生活 が記録 され た手帳 を取 り戻す こ とに、唯― の救い を求め よ うとしてい る。 この手帳 の悲喜劇 的 な奪還劇 が、 タ ミナ の物語 のひ と つ の筋で あ る。 タ ミナ の物語 には、痛切 きわ ま りない境界が立 ち現れ る。 タ ミ ナ が夫 とも に祖 国 を後 に しな けれ ばな らなか った事情、 そ して時 を経 て も帰 国 す る気 になれ ない、 そ の事情 につ いて は、以下 の よ うに書かれ てい る。
国で は、 大 はみなか ら裏切 られ た。 国 に帰れ ば、 自分 もまた夫 を裏切 る こ とにな る と彼女 は考 えていたのだ。
夫 が だ んだ ん下級 のポス トに更迭 され てい って、 と うと う職場 か ら追 われ た とき、夫 を擁 護 して くれ よ うとす る者 はひ と りもいなか つた。夫 の友人た ちで さえ擁護 して くれ なか ったのだ。 もちろん人 々が心 の底 で は夫 の味方 を して い るのだ とは、 タ ミナ にもわか って いた。彼 らが沈黙 した のは、 ただ怖 か った か らだ。 しか し、彼 らが ま さし く夫 の味方だ つたか らこそ、 自分 たち の恐怖 を余計 に恥 じて いたのだ。だか らたまた ま街頭 で出 くわす よ うな とき、
彼 らは夫 に気づ かな いふ りを した。彼 らの心 のなかでそんな恥ず か しさの気 持 ちが 目覚 めない よ うに とい う気遣 いか ら、夫婦 は進 んで人 々を避 ける よ う にな った。す る と程 な く、伝染病 患者の よ うに見 られ る よ うにな った。ふ た
りがチ ェ コス ロヴァキ アか ら去 った とき、大 の元 同僚 た ちは公 開声 明書 に署 名 した が、 それ は大 と同 じよ うに、 ただ 自分 た ちも職場 を失 う羽 目にな らな いためだ った にちがい ない。だが、彼 らは ともか くそ うしたのだ。 そ して、
そ の こ とに よって 自分 た ち と二 人の亡命 者 との間 に溝 を うが つたのだ。 向 こ うに戻 つて そ の溝 を こえ よ うとい う決心 はタ ミナ には ど うして もつ か なか っ たので ある Ю。
ここには、夫 が職場 を追われ た理 由は記 され ていないが、 当時 のチ ェコス ロ ヴァキア に しば しば見 られ た、「危 険思想 の持 ち主」とされ ての更迭 であ る と理 解 され る。 夫 を見捨 てた知人や 同僚 た ちは、 こ とさら冷酷 な タイ プの人 間たち なので はな くて、共感 の思 い も、羞恥 とい つた感情 も持 ち合わせ てい る人間た
ЮOク.θグ′.′ θθπυた 五p1015.
ちである。ただ職 を失いた くない、 とい う当然 といえば当然の 自己保存の論理 によつて、夫の更迭 を座視 し、あまっさえ追認の声明にまで署名 したのである。
ここに恐ろしさがある。「否」を唱える人間を許容 しない こと、あるいは 「否」
とい う勇気を持ち得 ない こと。その ことがいかに非情な ことなのか、いかに冷 酷な ことに転化 し うるのか。上記の引用 には思想統制下 にある社会 の根本的な 矛盾 と恐怖が、シンプルな言葉 に凝縮 されている。
3.「子供の島」一境界の向 こう側
クンデ ラは、 自らの亡命 の事態 について多 くを語 らないが、 このタ ミナ とい う女性が、幾分か 自らを反映 した登場人物であると明か してい る。筆禍 による 事実上の国外追放 とい う痛 ましい経験が、タ ミナの物語の構想のきつかけになつ たのは疑い得ない。 タ ミナ をめ ぐる物語の中で、プラハの名は出て くるが、彼 女が暮 らすフランスの町の名前 は示 されない。わかるのはフランス西部 の地方 都市nだとぃ ぅことだけである。タ ミナ にとつては、未亡人 として生 きる現在の 方が漠 としてお り、夫 と過 ごした 日々の方が強い リア リテイーを帯びているの である。過去 にとらわれ、生の リア リテイーを感 じることのできないタ ミナは、
現実 と夢の境、そ して生 と死 の境界を引き寄せて しま う。 クンデ ラは、小説 に おける 「真実 らしさ」の要請 に縛 られ ることな く、遊戯的な虚構 を持ち込んだ り、理性の検閲の届かない夢のイメージを展開 させた りす る作家であるが、 ミ レナの物語 には、子供ばか りが暮 らす「子供の島2」 なる不可思議な トポスが現 オしる。
この唐突な トポスの出現 について、語 り手 クンデ ラは、「たぶ ん父が断末魔の 苦 しみ にあえいでいた 日、外 は子供たちの声 によって歌われ る楽 しげな歌 にあ ふれていたか らだろ うか?13」 と、だけ述べている。ヤナーチ ェク音楽院院長 を つ とめ、ベー トーヴェン研究 に後半生を捧 げた音楽学者であつた父クンデラが 最後の力を振 り絞 り死 と闘 う病室 に、赤いネ ッカチーフをして歌い踊 る、 ピオ ニール協会の子供たちの祝祭を報 じるテ レビの音声が、隣の敷地の民家の開け 放 った窓か ら入 り込 んで くる。そんな場面 をクンデラは「子供の島」のエ ピソー ドとパ ラレル に置 く。父の臨終の場面 においても、「子供の島」のエ ピソー ドに
11クンデ ラが最初 に移 り住んだのは、フランス西部のレンヌ市である。タ ミナの物語 とも一致する が、物語は 「レンヌ」 とい う具体名を必要 していない。
12/bグd,p.1085.
B ttJグι解.
おいて も、子供は無垢であ りつつ、あるいは無垢 ゆえに、手 に負 えない、たち の悪い存在 に転化 している。 タ ミナは 「子供の島」で、子供たちか ら不条理な 命令 を下 され、 自分が女性 の成熟 した体 を持 っていることが、何か後 ろめたい ことで もあるかの よ うに感 じさせ られて しま う。子供たちは、 タ ミナ を異物視 すると共 に、好奇心の餌食 ともし、擬似集団 レイプの よ うなことにまで及ぶ。
子供たちはタ ミナの体 を散 々お もちゃ にした挙句、彼女 を網で閉 じ込めて身動 き取れな くして しま う。
タ ミナがなぜそんな 目に遭わなければな らないのか、その答はない。 この島 は「無意味 さの王国14」 と名指 されている。そ こで、性 は愛 との絆 を失 つて無意 味化 され、好奇心 と喜び とい う原初的な ものに引き戻 されている。夫の死後、
ずつ と性交渉 を持たないできたタ ミナが、ほ とん どゆきず りの男性 に身を委ね てしま う場面 に切 り込む よ うにして、「性の無意味 さの王国」である「子供の島」
のエ ピソー ドが置かれているのは、無論、偶然の ことではないだろ う。 タ ミナ は、こ うして夫の死後、愛 とは無縁 の性交渉 を持つ ことによつて、「無意味 さの 王国」を垣間見て しまったのである。「子供の島」は、それまでの彼女 の人生の 彼岸 にあるものだった。 タ ミナは、境界の向こ う側へ と踏み越 えて しまったの である。 この境界の踏み越 えは、死の境域 に接す る。 タ ミナは 「子供 の島」か ら自力で泳いで逃 げよ うとす るが、精魂尽 き果て、水の下へ と消 えてい くので あった。 この一種の白昼夢、悪夢 と思 しき 「子供の島」 におけるタ ミナの象徴 的な死 は、彼女が実存的な彼岸へ と渡 つていった ことの現れであるよ うに思わ れる。
4口 「輪」 と「列」
本論の1.2において見てきた とお り、タンデラの小説 には、集団や共 同体の外 へ と弾かれる人間の姿 とい うのが、その排除のシステムの透徹 した観察の言葉 とともに描 き出 されている。 しか し、 タンデ ラの作品においては、 こ うした排 除のシステムのみな らず、集団や理念 といったものが人を結びつけ、人 を惹 き つける力も見事 に描 き出 されている。 こ うした集団性の魅惑、それへ の郷愁 と い うものも描かれていることが、 クンデラの作品世界 を厚みあるもの にしてい るよ うに思われ る。本節では、クンデ ラ作品における、集団性の魅惑 とそ こか らの離反 とい うテーマに焦点をあてたい。
14 fι″″,p■ 093.
クンデ ラは『笑い と忘却の書』(1980)の第三部 「天使たち」において、以下 の よ うに、作家 自身の声 を響かせている。
私 もまた、輪のなかで踊つた ことがある。それは1948年、私の国では共産 主義者たちが勝利 を得たばか りで、社会党やキ リス ト教民主主義の学生 と手 を取 った り、肩 を抱いた りして、その場でツーステ ップ、前 にワンステ ップ、
一方 に右足 をぴ ょん、そ して他方 には左足 をぴ ょん、 といつた具合だった。
そんな ことを私たちはほ とん ど毎 日や つていた。 とい うのも、 旧い不正が糸L された とか、新 しい不正が行われた とか、工場が国営化 された とか、何千 も の人々が監獄 にいつた とか、医療費が無料 になつた とか、タバ コ屋が押収 さ れ ることになった とか、古株 の労働者が生 まれて初めて、没収 された別荘で の体暇 に出発 したな どと、私 たちはつねに、なにかしらの記念 日や出来事や らがあつて、それ を祝わねばな らず、顔 に幸福の微笑み を絶やす暇な どなかつ たか らだ。それか らある日、私 は言 ってはな らない ことを口にして、党か ら 除名 され、輪のそ とに出なければな らな くなつた・ 。
戦後 のチェコス ロヴアキアの共産主義社会 の祝祭的な熱気が、寓話的なタッ チで描写 されてい る。常識的判断 においては芳 しい事 も芳 しくない事 もひつ く るめてt上記の描写 においては 「祝祭」 として受 け止め られているのである。
不思議 な高揚感、意地悪 く言 うな ら痴呆的な多幸感が当時の社会 を覆 っていた とい うことだろ うか。能天気な時代の描写が続いただけに、最後 の二行の 「そ れか ら」で始 まる、自らの顛末 を語 る一文は、読者 の胸 に深 く差 し込んで くる。
輪の中で踊 つていた (すなわち集団の高揚感・陶酔感の中にあった)タ ンデラ が、言 つてはな らない ことを口にして (筆禍 によつて)、 輸の外 に (国外 に)弾
き出 された とい うわ けである。 しか し作者クンデ ラは、集団への郷愁 の ような ものを隠 さない。
その ときに私 は、輪のもつ魔力の意味を理解 した。列を離れた ときなら、
まだ しも戻 ることができる。列は開かれた組織だ。 しか し輪は閉 じているの で、いったん立ち去 る と帰れない。惑星が環状 に動 き、惑星か ら離れた石が 遠心力によつて容赦な く運ばれ遠 ぎかってい くのは、偶然ではないのだ。ひ
15fゎグd,p.998.
‑42‑
とつの惑星か ら引き離 された隕石の ように、私 は輪の外 に出て しまい、今で もまだ、落 ちるのをやめていない。旋回 しなが ら死 んで しま う定めの人々が いれば、墜落の果て にぺちゃんこになつて しま う人々 もいる。そ して、後者 の人々 (私もそのひ とりだが)は、失われた輪への、遠慮がちな郷愁の よう な ものをつね に心の底 に宿 している。それ とい うの も私 たちはみな、万物が 環状 に回っている宇宙の住人だか らだ馬。
自らが出ていか ぎるを得なかつた「輪」。そ して、その 「輪」への郷愁。自ら を弾いた ものであるはずの 「輪」をただクンデ ラは憎悪の対象 として見ている わけではないのだ。この よ うな「輪」の魅力を知っているか らこそ、その「輪」
の残酷 さの認識 も際立 って くる。 クンデ ラは これ に続 く文章 の中で、チ ェコの シュール レア リス ト、
ミラダ・ホラーコヴアー とサヴィス・カ ラン ドラが反国 家的策謀の罪で絞首刑 になつたま さにその時、チェコの若者たちは輪 になつて 踊 りに熱狂 してた、 と書いている。彼 らは絞首刑の ことを知 っていなが ら、い や知つていたか らこそ、踊 りに熱狂 していたのだ とクンデラは書 くr。 なぜな ら、
踊 りは、生の無垢 さの象徴であ り、絞首刑 になったシュル レア リス トらの罪深 さ、腹黒 さに対置 され るものだったか ら、 と。人間には 「輪」へのやみがたき 希求があること、また 「輪」の熱狂が、他方で容易 に残酷 さに転化 して しま う
ことを述べた、震撼すべ き記述である。
「輪」は求心力を持 つた集団の象徴であるが、「列」もまた集団のひ とつのメ タファーである。「輪」よりは離脱の 自由があるにして も、個人的選択の問題は 入つて くる。 この ことについては、1984年 に完成 された長編『存在の耐 えられ ない軽 さ』 において、サ ビナ とフランツとい う男女のすれ違 いが描かれ る第三 部の中の 「理解 されなかった ことばの小辞典」 と題 された断章 の 「パ レー ド」
の項8で述べ られている。サ ビナは、自立心の強いボヘ ミアン的な芸術家であ り、
フランツはジュネープの篤実かつ左翼的な大学教授である。
サ ビナ にとって、パ レー ドとは我慢のな らないものである。「こぶ しを上に突 き上 げ、ユニ ゾンを区切 って同 じシラブルを叫ぶ人たちの行進」 についてサ ビ ナは 「すべての 占領や侵略の背後 に潜む、 より根源的で、 よ リー般的な悪」の 姿を写 してい る、 と考 えている。それ に対 し、研究室や図書館で過 ごす 日々を
乃 グルF7z
r乃ググθz
18 rιグd,pp.1218‐ 1219
息苦 しく感 じているフランツにとつてパ レー ドとは、仲間 との連帯感 を味わえ る高揚の場である。フランツは、政治的大義 を掲 げ、カ ンボジア戦争反対の ヨー ロッパ知識人たちの組織す るパ レー ドに参加す ることになる。
フランツは、左翼の知識人 として幾分戯画的 に描かれているが、サ ビナは、
集団 に背 を向け、力強 く自分の思 う美 を見つ め よ うとす る、危険な挑発性 さえ 有 した独立不覇の女性 として造形 されている。彼女 は 「美 とは裏切 られた世界 であるJ」 と定義 し、「美はメーデーの行進の舞台裏 にか くれている。それを見 出そ うと望むな ら、われわれは舞台装飾の幕 を破 り捨てなければな らない20」 と 考 える人間である。
サ ビナ とフランツは異質な者同士惹かれ あ うのだが、「列」 に加わることと、
そ こか ら離れ ることについて、二人の考えは最後 まで平行線 をた どる。 フラン ツのカ ンボジアでのパ レー ド参加 を描いた頁は、「大行進」と題 されてお り、ヨー ロッパ知識人の政治的ナイーブさが、迫力を持 つて戯画的 に描かれている。
「列」に加わることと、そ こか ら離れることと。 ここにも境界をめ ぐるクリ ティカルな問題が描写 されている。
5口『存在の耐え られない軽 さ』 トマーシュの選択
『存在 の耐 えられない軽 さ』は、プラハの春 とその挫折 の記憶を背景 として、
トマーシュとテ レザ、 トマーシュの元愛人であるサ ビナ とフランツの、二組の 男女 を中心 として展開 される物語である。トマーシュは腕利 きの外科医 にして、
生来の ドン・ファン として独身生活を謳歌 していたが、チェコの寒村出身の素 朴な女性サ ビナ に出会い、彼女を受け止め、共 に生 きてい くことを選択する。
医者 として業績 もあげ、ジュネーブの病院の名誉 あるポス トにもつ くが、ジュ ネーブにな じめないサ ビナ を慮 ってプラハ に戻 る。その ころ、
トマーシュはオ イディプス王の悲劇 を引いて、「知 らなかつたのだか ら、罪はない」と主張する 党幹部 を椰楡 した記事 を書 くが、文書の撤回を求めた上司 に従わなかつたため に、
トマーシュは病院 を辞 し、郊外の診療所 に移 る ことになる。だが、記事撤 回拒否は、それだけでは済まされず、医師の職業その ものまで手放 さぎるを得 ない事態 となる。
トマーシュは窓の清掃人 に身を落 とし、更 には田舎の農村ヘ の移住を選ぶ。選択は、すべてサ ビナ との幸せ を求めての ことであった。
トマーシュが医師の職 を失 う事態 を招 こ うとも、文書の撤回に応 じなかつた
19 fbグd,p■228.
20乃 グJι窺.
のはなぜなのか。
トマーシュの この重大なはずの決断 は、ほ とん ど違巡 な く、
何かただ汚い ものを避 ける生理的な反応の よ うな素気な さで下 され る。 この と き トマーシュは明 らかに、実存的な境界を踏み超 えている。外科医 とい う職業 が、彼のもっ とも深い内的願望 に結 びついていた ものであったこと、 また外科 医 とい う職業のあ りよ うが以下の よ うな冴 えわたつた表現で描かれているだけ
に、 この境界の踏み越 えは一層痛切 に感 じられ る。
外科は人間が神 と接する極限の極限にまで、医学の基本的命令法を引っ張 つ てぃ く21。
彼が初めて麻酔で眠 らせていた男の皮膚 にメスを入れ、 きっぱ りとした態 度で、む らのない正確な動 きで、 さっと切 り開いた とき、(上着、スカー ト、
カーテ ンといった生命のない生地の一片であるかの ように)束の間だが、 と ても強い神への冒涜の感覚を経験 した。メスで患者の肉体 を切 り裂いた とき、
自分 自身が神になったかのよ うな、その涜神的な感覚に魅了 された22。
トマーシュは、エ リー ト医師だが、世間的な良識の裏 をか くことをゲームの ように楽 しむ よ うな、不敵なものを持 った人間である。外科医の職 は、ある意 味で腕がすべてであって、政治家の よ うに社会的、対人的なイ メージに煩わ さ れることはない。彼 を外科医の職へ と導いたのは、上の引用 に見 られ る とお り、
社会的な文脈 においては日外 しがたい類いのものであ り、医師の職業的威信 と いつた ことは、
トマーシュにとつては璽余の ことで しかないのである。
トマー シュは、文書の撤回を当然のごとくにみな している周囲の人たちの薄汚れた視 線 に驚 く。
トマーシュが撤回声明を書 く事を皆が願い、その ことを誰 もが喜ぶ ようなのである。誰 もが トマーシュの臆病 さ願 ってお り、
トマーシュの勇気を 賛嘆 しようとする者はいないのだ。
トマーシュを取 り巻 く人々については、以 下のように書かれている。
これ らの人々は、
トマーシュに彼が これまで知 らなかつた独特の笑い、秘 密の陰謀へ の加担 を示すお どお どした微笑みを彼 に見せた。 これは売春宿で 鉢合わせ を した二人の男の照れ笑いである。い ささが恥ずか しい と思い、同
21 fι′d,p■294.
22乃 ノαθ772.
時 に二人の恥ずか しさがお互い さまであることを喜び、その二人の間 には何 か兄弟に似た よ うなつなが りが生ずる23。
思想統制下 にあって、お互いの不 自由や 自己抑制をたがいに同志 として忍び 合お うではないか との、微温的かつ沈滞 した空気が、
トマーシュには本能的 に 耐 え難い ことなのだった。その よ うな不条理 に耐 えてまで、医者の職 に固執す ることは、弾む よ うな生の本質 を、生 きる世界そのものを、 自由の根源 を蹂躙 することであると トマーシュには感 じられたのではないか。 こ うして、
トマー シュは社会的 には明 らかな退却の道 を辿 ることになるのだが、彼の この決定的 な選択、実存的な踏み越 えは、『 存在の耐 えられない軽 さ』の物語 を導 く、重要 なモ メン トとなつている。
6.境界の彼方に
クンデ ラは11989年のチ ェコス ロヴアキアにおけるビロー ド革命 によるいわ ゆる (正常化〉の後 も、故 国へ帰国す るとい う道を選ばなかった。 クンデ ラの 帰国を多 くの人が期待 したが、クンデ ラ自身はもはやフランスでの生活 も20年 近 くを閲 し、翻訳者の手 を借 りなが らも、チ ェコ語ではな くフランス語 を自ら
の作品のオ リジナル として発表す るスタイルが出来上がつてきていた。 クンデ ラにしてみれば、ひ とかたな らぬ苦労の末 にチェコか ら移住 し、フランスでの 生活を作 り上 げてきた とい うのに、また、パ リか らプラハ に移住す る、 とい う のは考えがたい ことなのである。移住はも う一回で結構だ21、 とクンデ ラはある インタビユーで答えている。
フランスヘの移住 にともなって、 クンデラの作品には:チェコでもフランス でもな く、「ヨー ロッパ」とい う広漠たる文化概念が次第 に形を取 るよ うになつ てきている25.ク ンデ ラによれば、「ヨー ロッパ」 とい う視点か ら眺めた とき、
ハプスブル ク家の伝統 を継 ぐ中欧 ヨー ロッパは、正統なるヨー ロッパの担い手 であ り、チ ェコはまさにそのひ とつであつて、共産圏のチェコ、東側諸国のチェ コとい うのは、歴史的には さして重要性 を持ち得ない切 り口である:ク ンデ ラ は、 ヨー ロッパの文化を継承す る者 としての誇 りを、時に過剰なまで にじませ
"fろ″d,p■283.
解0ク.θグ′,Oπυπ tt p.1196.
力 このテーマに関しては、拙論 「寓話 としての 〈ヨーロッパ〉一 ミラン・クンデラをめぐって」(成 城大学フランス文化研究会『AZUR』 第3号、2002、 45‑59頁)で論 じている。
ている。 ヨー ロッパの精神 と、複数 の価値観が裁定 され ることな く交響する小 説 とい うジャンルは、 タンデ ラの思考の中では分かちがた く結ばれている。
クンデ ラは、チエコに帰国するで もな く、か といつて移住先のフランスー国 の文脈のみに依存す るで もな く、「ヨー ロッパ」とい うものを自らのテーマ とし て掲 げることによって、フランス移住後 を作家 として生 きてきた ように思われ る。国境の踏み越 えは、チ ェコか ら、フランスヘの単なる移動 には終わ らなかつ た。「ヨー ロッパ」とい う両者を止揚 しうる理念を、熾烈に生きることにつながつ たのである。
クンデ ラにとって亡命 とは、確か に強い られた ものであったが、この苦境は、
彼 を ヨー ロッパ作家 としか呼ぶ ほかない存在 に鍛 え上 げた。 また、翻訳 を介 し ても作品がその生命 を失わないためのひ とつの技法 として、「変奏」とい う小説 技法が亡命後 に生まれて くる。 この よ うにタンデ ラは、苦境 を創造性 に転化 し てきたのである。 クンデ ラは、国境 とい う境界線の彼方、あるいは歴史の彼方 を見ている26人間なのだ と思われ る。フランスで もチ ェコでもない、どこかを、
あるいは 日付のない時を。プレイヤー ド叢書の作品解説 を執筆 したフランソワ・
リカール によれば、 クンデラはアイスラン ドに別荘 を持 っているとい う。 この 人踏尽 き果てる周縁 の地でひ とときを過 ごす クンデラのことを思 うと、ある種 の感慨が沸いて くる。遠望の視線 を持つためには、距離を持 たなければな らな いのだろ う。
クンデ ラは、故国を離れ、異郷 を生活 と創造の場 にし、亡命 を創造的なモ メ ン トに変 えてきた作家 ヴェラ 。リンハル トヴァーやス トラヴインスキー らに対 し、心か らのオマージュを捧 げている。 ヴェラ・リンハル トヴァーは 1960年 代 のチ ェコで最 も敬愛 されていた作家のひ とりであつたが、1968年のソ連のチ ェ コ軍事介入の後、彼女は祖国を去ってパ リに行き、フランス語で執筆を始めた。
「当然なが ら未知だ とはいえ、あ らゆる可能性が開かれ る彼方への」解放の出 発 に変 えることができた、 と自らの亡命生活 について述べ る リンハル トヴァー に、クンデ ラは全面的 に賛意 を示 している27。 そ して、共産主義 国か ら亡命 した 芸術家たちが、共産主義終焉ののち母国に帰国 しなかったのは、亡命の持つ可 能性 によるのだ、 とクンデ ラは示唆 している。「ヴェラ・リンハル トヴァーによ
26クンデラには18世紀の小説家 ヴィヴィアン・ ドゥノンの『明 日はない』に発想 を得た小説『緩や か さ』ια″η′ι%/(1994)や、 ドニ・デ ィ ドロに想を得た『 ジャックとその主人』/rt̀̀πιS ιノSθπ πα′′π(1969)があ り、その他の作品 においても、小説の時間 と過去 とをオーバーラップさせる ことをしば しば試みている。
" fbブて工,p.1131.
る解放 としての亡命」と題 された短いエ ッセイの中でクンデラが深い共感を持つ て引 くリンハル トヴァーの以下の言葉は、まことに説得力に満ちたものである。
作家はまず もって 自由な人間であ り、みずか らの独立 を守 るとい う義務が、
ほかのいかなる配慮 にも優先すべ きなのです。そ して今、わた くしは単 に権 力の乱用 によって課 され る非常識な束縛 だけではな く、祖国に対す る義務 と い う感情 に訴 える制限一好意的なものだけに、 よけいに裏 をか くことが難 し い制限一の ことも話 しているのです28。
クンデ ラは リンハル トヴァーについて、「彼女がフランス語で書 くとき、彼女 はそれでもチ ェコの作家なのだろ うか?」 と自問 し、「そ うではない。彼女はフ ランスの作家 になるのだろ うか?そうでもない。彼女 は彼方 にいる29。」 と答え を導き出 してい る。おそ らく、 リンハル トヴァーに関す る言葉は、 クンデ ラ自 身 にもそのまま返ちて くるのではないだろ うか。
「自国語の守護者」、あるいは「ひ とつの言語の囚人」といつた作家にまつわ るステ レオタイプを否定す るかのよ うな「彼方で生 きる作家30」 とぃ ぅ表現は、
リンハル トヴァーの覚悟 を語 る言葉であ り、また、 クンデ ラのそれでもあるだ ろ う。
おわ りに
以上 に、クンデ ラの小説作品におけるい くつかの 「境界」のモチーフについ て考察 を加 え、最後 には、 クンデラの亡命作家 としての生の軌跡 と重なる リン ハル トヴアーに捧 げられたクンデラのオマージュを取 り上げた。まことに、ク ンデラの作品の中には、空間的、集団的、実存的、意味論的な「境界」のモチー フが多数見 られ る。本論文ではその ごく一部 しか取 り上 げることができなかつ たが、小説 を「実存の実験室」 と捉えるこの檸猛なる人間の探求者 クンデ ラの 切 り込む ようなまな ぎしについて、い ささかな りとも伝 えることができたな ら ば、幸いである。
繋 動″″ι%
29/bグ′,p.1132.
30動 ブル2.
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