核分裂生成物の崩壊特性の解析解
Analytic formula for aggregate fission-product properties
親 松 和 浩
*Kazuhiro OYAMATSU
要 旨
原子力の利用に必要な核分裂生成物の特性の基準値作成に資するために、崩壊熱と遅発中性子放出率について数学的 に厳密な議論を行い、行列表示を用いることによって見通しの良い解析解を求めた。崩壊熱や遅発中性子放出率の表 式は、核分裂核種の性質である核分裂収率と、核分裂生成物核種の崩壊データ(崩壊定数、分岐比、崩壊エネルギー)
の2つの部分にきれいに分離できること、複雑であるのは崩壊データに関する部分であることを示した。
キーワード:原子力 核分裂 核分裂生成物 原子核崩壊 放射線
1.はじめに
原子核分裂によって約千種類の核種が作られる。それらは核分裂生成物核種と呼ばれ、そのほとんどがb崩 壊に対して不安定である。そのため何回かのb崩壊を繰り返し、その度にb線、g線及びニュートリノを放出 して、安定原子核に遷移する。核分裂生成物全体からのb線、g線によるエネルギー放出は崩壊熱と呼ばれる。
非常に不安定な原子核ではb崩壊の際に中性子を放出する場合もある。この中性子は、核分裂時に放出される 中性子(即発中性子)よりも後で、数秒のタイムスケールで放出され、遅発中性子と呼ばれる。
核分裂生成物の特性評価は、原子炉の運転、廃棄物の保管・運送および処理・処分の全ての段階で必要であ る。そのため 0.1 秒から 1000 年のタイムスケールで行う必要がある。
本稿では、核分裂生成物全体からのb線、g線によるエネルギー放出(崩壊熱と呼ばれる)や遅発中性子放出 を計算する総和計算法と呼ばれる計算法の数学的な形式解について議論する。
時刻tにおける核分裂生成物核種iの生成量をNiptとする。崩壊熱や遅発中性子放出の計算ではこの生成 量が分かっていればよい。生成量Niptの計算では、核分裂の履歴(原子炉の運転履歴に対応する)によって初 期条件が定まり、核分裂核種の分裂の仕方(核分裂収率)と核分裂生成物の崩壊特性によって時間変化が決定 される。また、いくつかの核種の生成量には、原子炉の運転履歴に依存する中性子捕獲よる小さな効果がある。
しかし、本稿では、我が国や米国の原子力の崩壊熱評価基準[1,2] と同様に、核分裂生成物の基本性質のみを扱 い、中性子捕獲の効果については無視する。
核分裂の履歴は核分裂を引き起こす中性子照射の条件と等価である。本稿では、3つの典型的な照射条件(瞬 時照射、無限照射、有限照射)について考えることにする。2節では核分裂生成物の生成と崩壊による熱放出 と遅発中性子放出の総量を、3節では生成と崩壊の方程式と照射条件を、4∼6 節ではそれぞれ瞬時照射、無限
原著
* 愛知淑徳大学人間情報学部 oyak @ asu.aasa.ac.jp
照射、有限照射の場合の崩壊熱と遅発中性子放出率について議論する。7節では放射線防護の観点から必要と なるエネルギースペクトルについて定義とと崩壊熱との関係を議論する。8節で本稿のまとめと今後の研究の 方向性を述べる。
2.核分裂生成物の生成と崩壊による熱放出と遅発中性子放出の総量
ここではまず瞬時照射後の核分裂生成物の特性を議論する。具体的には、時刻t/0で核分裂が1回起きた 場合である。
2.1 核分裂収率と分岐比
一回の核分裂である核種が生成する量を独立核分裂収率という。核種iの独立核分裂収率をyiと書く。核 分裂では2つの核種が生成されるとして独立核分裂収率の和を2に規格化する。
6iyi/2 p2.1
核分裂生成物核種iは一回の核分裂によってyi直接生成される。これだけでなくb崩壊による生成崩壊を 考慮する必要がある。核種iの生成量は自分自身のb崩壊によって減少し、他の核種jのb崩壊による生成に よって増加する。ただし、他の核種jのb崩壊では、100%核種iが生成する訳ではなく、i以外の核種が生成 する場合もある。核種jのb崩壊で核種iが生成する確率をbjiと書く。核種jの崩壊の分岐比の和は1に規 格化する。
6ibji/1 p2.2
また、核分裂後に核種iが生成される累積生成量を累積核分裂収率といいYiと書く。
Yi/yi+6
j bjiYj p2.3
この式を以下のように変形すると、独立核分裂収率を累積核分裂収率と分岐比で定義する式になる。
yi/Yi,6
j bjiYj p2.4
以下の便利のために、核分裂収率のベクトルと分岐比の行列を定義する。独立核分裂収率と累積核分裂収率 のベクトルをそれぞれy、Yとし、以下のように定義する。
y/
z
yyyM12, Y/z
YYYM12 p2.5ただし、Mは核分裂生成物核種の個数である。また、分岐比の行列Bを以下のように定義する。
B/
z
bb1M012 bb 2M210 bbM1M20 p2.6式p2.5とp2.6のベクトル及び行列表示を用いると、式p2.4は
y/pI,BY p2.7
と簡単に書ける。ただし、Iは単位行列である。式p2.7を形式的に解くと、以下のように累積核分裂収率を独 立核分裂収率と分岐比で表すことができる。
Y/pI,B-1y p2.8
ただし、pI,B-1は行列I,Bの逆行列を表す。
2.2 崩壊熱放出の総量と全遅発中性子放出数
崩壊熱は単位時間あたりの熱放出量で定義されるが、ここでは崩壊熱の無限に長い時間までの時間積分、す なわち崩壊熱の総量Etotalについて考える。また、同様に遅発中性子に関しては無限に長い時間までに放出さ れる総量、全遅発中性子放出数ndも考える。
核種iの1崩壊あたりの平均放出エネルギーをEiと書くと、崩壊熱放出の総量Etotalは
Etotal/6
iEiYi p2.9
となる。崩壊によるエネルギーとして考慮するのは、b線とg線である。平均放出エネルギーEiとしてb線 あるいはg線のエネルギーだけを考えて、別々に分析することもできる。
核種iの1崩壊あたりの遅発中性子放出確率をpniと書くと、全遅発中性子放出数ndは、
nd/6
ipniYi p2.10
と書くことができる。なお、pniとは核種iの崩壊で遅発中性子放出をする分岐比そのものであり、分岐比デー タの一部分である。
崩壊熱の総量と全遅発中性子放出数のこれらの表式では累積核分裂収率を用いているが、行列表示を使って
式p2.7を利用すると独立核分裂収率を用いて表すことができる。そのために、核種の平均放出エネルギーと
遅発中性子放出確率のベクトルを以下のように定義する
E/pE1 E2 EM p2.11
Pn/ppn1 pn2 pnM p2.12
これらを用いると
Etotal/EY/EpI,B-1y p2.13
nd/PnY/PnpI,B-1y p2.14
と書くことができる。
なお、崩壊熱放出の総量Etotalと、全遅発中性子放出数ndへの核種iからの寄与(Etotaliとndi)を計算する には平均放出エネルギーと遅発中性子放出確率のベクトルを以下のように対角行列で置き換えて計算すれば良 い。
z
EEEtotalMtotal1total2/z
EEEM12YYY12M/z
E 001 E002 E00MY=z
E 001 E002 E00MpI−B-1y p2.15z
nnndMd1d2/z
pppnMn1n2YYY12M/z
p 00n1 p00n2 p00nMY=z
p 00n1 p00n2 p00nMpI−B-1y p2.163.核分裂生成物の生成と崩壊の方程式
冷却時刻tにおける核分裂生成物核種iの生成量をNiptとする。核種iの崩壊定数をliと書くと、Niptは 次の微分方程式の解である。
d
dtNipt/,liNipt+6
jibjiljNjpt+fptyi p3.1
fptは冷却時刻tにおける核分裂率(単位時間あたりの核分裂数)であり、本稿では次の3つの場合を考える。
ただし、T>0とする。
瞬時照射 fpt/dpt p3.2
無限照射 fpt/
10 pt?0pt>0 p3.3有限照射 fpt/
010 t?,T,T?t?0t>0 p3.4dptはディラックのd関数である。瞬時照射はt/0で1回の核分裂、無限照射はt?0でのみ単位時間あたり 1回の核分裂、有限照射は,T?t?0でのみ単位時間あたり1回の核分裂がある場合である。fptに対する条 件を照射条件と呼ぶのは、核分裂を引き起こす中性子照射と等価であるためである。また、核分裂(中性子照 射)はtC0のみで、t>0では核分裂なし(で冷却)とするため、tを冷却時刻と呼ぶのである。
4.瞬時照射後の核分裂生成物の崩壊熱と遅発中性子放出率
4.1 瞬時照射後の核分裂生成物核種の生成量瞬時照射の場合、t>0での生成量Niptを計算するためには、初期条件を
Nip0/yi p4.1
として、
d
dtNipt/,liNipt+6
jibjiljNjpt p4.2
を解けば良い。
生成量に関しても行列表示を用いると簡単に形式解を求めることができる。生成量ベクトルNptを
Npt/
z
NNNM12ptptpt p4.3崩壊定数の行列 Λ0を
Λ0/
z
l 00 01 l02 l00M p4.4と書くと、M本の微分方程式p4.2をまとめて
dtdNpt/pB,IΛ0Npt p4.5
と書くことができる。式p4.1に対応する初期条件は
Np0/y p4.6
である。式p4.5-6は形式的に解くことができてその解は
Npt/exp pB,IΛ0ty p4.7
となる。ただし、行列Aの指数関数は
exppA/I+A+1 2A2+1
3A3+1
4A4+… p4.8
で定義する。
4.2 瞬時照射後の崩壊熱と遅発中性子放出率
瞬時照射後の冷却時刻tにおける崩壊熱(単位時間あたりのエネルギー放出量)は
Ppt/6
i EiliNipt p4.9
となる。行列表示では、
Ppt/pE1 E2 EM
z
l00 01 l02 l00Mz
NNNM12ptptpt p4.10となる。これに、式p4.7を用いると
Ppt/EΛ0exp
pB,IΛ0ty p4.11となる。
瞬時照射後の時刻tにおける遅発中性子放出率(単位時間あたりの遅発中性子放出数)は
ndpt/6
ipniliNipt p4.12
となる。行列表示では
ndpt/ppn1 pn2 pnM
z
l00 01 l02 l00Mz
NNNM12ptptpt p4.13となる。これに、式p4.7を用いると
ndpt/PnΛ0exp
pB,IΛ0ty p4.14となる。
個々の核種からの崩壊熱、遅発中性子放出率への寄与は式p4.11とp4.14で平均崩壊エネルギーと遅発中 性子放出確率のベクトルを対角行列で置き換えれば良い。
z
PPPM12ptptpt/z
E 001 E002 E00MΛ0exppB,IΛ0t
y p4.15
z
nnndMd1d2ptptpt/z
p 00n1 p00n2 p00nMΛ0exppB,IΛ0t
y p4.16
5.無限照射後の核分裂生成物の崩壊熱と遅発中性子放出率
5.1 初期条件:無限時間照射中の生成量式p3.3の無限照射の場合、t?0では d
dtNipt/0なのでNipt/Nip0となり、
0/,liNip0+6
jibjiljNjp0+yi p5.1
となる。行列表示では
0/,Λ0Np0+BΛ0Np0+y p5.2
となる。これを解いて式p2.8を用いると累積収率を用いた簡単な式を得る。
Np0/
pI,BΛ0-1y/Λ-10 pI,B-1y/Λ-10 Y p5.3したがって、各成分も簡単に
Nip0/Yi/li p5.4
と表される。
5.2 無限照射後の核分裂生成物の生成量
無限照射後の核分裂生成物の生成量は、微分方程式p4.2を、初期条件を式p4.1の代わりに式p5.4として 解けば良い。行列表示では式p4.7のyを Λ-10 Yで置き換えれば良く、
Npt/exp
pB,IΛ0tΛ-10 Y p5.5となる。
5.3 無限照射後の崩壊熱と遅発中性子放出率
式p4.11とp4.14でyを Λ-10 Yで置き換えれば良く、以下の式で与えられる。
Ppt/EΛ0exp
pB,IΛ0tΛ-10 Y p5.6ndpt/PnΛ0exp
pB,IΛ0tΛ-10 Y p5.7また、それぞれの核種からの寄与も同様に
z
PPPM12ptptpt/z
E 001 E002 E00MΛ0exppB,IΛ0t
Λ-10 Y p5.8
z
nnndMd1d2ptptpt/z
p 00n1 p00n2 p00nMΛ0exppB,IΛ0t
Λ-10 Y p5.9
で与えられる。
6.有限照射後の核分裂生成物の崩壊熱と遅発中性子放出率
6.1 有限照射後の核分裂生成物の生成量式p3.4の場合、つまり照射時間Tの後、冷却時刻tでの核分裂生成物の生成量の行列表示Nptを考える。
前節の無限照射の場合の生成量をNptと書くと
Npt/Npt,Npt+T p6.1
で与えられる。したがって、式p5.5から
Npt/
exppB,IΛ0t,exppB,IΛ0pt+TΛ-10 Y p6.2となる。
6.2 有限照射後の崩壊熱と遅発中性子放出率
有限照射後の崩壊熱Pptと遅発中性子放出率ndptは、無限照射後のものをそれぞれPpt、ndptと書くと、
生成量の場合と同様に
Ppt/Ppt,Ppt+T p6.3
ndpt/ndpt,ndpt+T p6.4
と書けるので、
Ppt/EΛ0
exppB,IΛ0t,exppB,IΛ0pt+TΛ-10 Y p6.5ndpt/PnΛ0
exppB,IΛ0t,exppB,IΛ0pt+TΛ-10 Y p6.6となる。同様にして、それぞれの核種からの寄与も次のようになる。
z
PPPM12ptptpt/z
E 001 E002 E00MΛ0exp
pB,IΛ0t
,exp
pB,IΛ0pt+T
Λ-10 Y p6.7
z
nnndMd1d2ptptpt/z
p 00n1 p00n2 p00nMΛ0exp
pB,IΛ0t
,exp
pB,IΛ0pt+T
Λ-10 Y p6.8
7.エネルギースペクトル
放射線防護の観点ではb線やg線のエネルギースペクトルも重要になるため、定義を簡単に議論しておく。
冷却時刻tにおける、全核分裂生成物からの崩壊エネルギーEの(b線またはg線のいずれかの)単位時間 あたりの強度をXpE,tと書く。XpE,tにエネルギーEをかけてエネルギーで積分したものが崩壊熱Pptであ る。
Ppt/
E
0dEEXpE,t p7.1全核分裂生成物からの強度XpE,tは、個々の核分裂生成物核種からの寄与の総和として表すことができる。
XpE,t/6
icipEliNipt p7.2
ここで、cipEは核種iの崩壊エネルギースペクトルであり、これを用いて核種iの平均崩壊エネルギーは
Ei/
E
0dEEcipE p7.3と表される。
前節までと同様にして、各照射条件での生成量を用いてXpE,tを計算することができるが具体的な表式は省 略する。
8.まとめ
本稿では、原子力利用の様々な段階で必要になる核分裂生成物からの崩壊熱と遅発中性子放出について行列 表示を用いて議論した。
具体的には、核分裂生成物全体からのb線、g線によるエネルギー放出(崩壊熱)や遅発中性子放出を計算す る総和計算法の数学的な形式解を、瞬時照射、無限照射、有限照射の場合について示した。いずれの照射条件
でも、UやPuなどの核分裂核種の性質である核分裂収率と、核分裂生成物核種の崩壊データ(崩壊定数、分岐 比、平均崩壊エネルギー)の2つの部分にきれいに分離でき、複雑であるのは崩壊データによる部分である。
本稿で議論した、無限照射と有限照射の計算では、中性子捕獲の効果を考慮していない。しかし、この効果 は実際の原子炉の動特性評価では無視できない。そこで、特に動特性に関わる遅発中性子放出率については中 性子捕獲効果を取り入れることが必要である。しかし、この効果は核分裂生成物核種の性質だけでなく原子炉 の燃焼条件にも依存するため複雑である。そのため、基準値とその不確かさの評価の指針を考える上でも、中 性子捕獲に関する見通しの良い簡便な方法を開発することが望ましい。
著者はかつて、瞬時照射後の崩壊熱の形式解を利用して“ハイブリッド法”と呼ばれる崩壊熱の半経験的評 価法を開発した[3]。今後は中性子捕獲効果も考慮した“ハイブリッド法”を開発し、原子炉での測定データをフ ル活用して、崩壊熱や遅発中性子基準値の精度向上を図り、原子力の安全利用に貢献したい。
参考文献
[1]「原子炉崩壊熱基準」研究専門委員会、「崩壊熱の推奨値とその使用法」、(社)日本原子力学会、1990 年7月.
[2] American Nuclear Society, “ANSI/ANS-5.1-2005 : Decay Heat Power in Light Water Reactors”, American Nuclear Society, 2005.
[3] K. Oyamatsu, H. Takeuchi, M. Sagisaka and J. Katakura : New Method for Calculating Aggregate Fission Product Decay Heat with Full Use of Macroscopic-Measurement Data, Journal of Nuclear Science and Technology 38, 477-487, 2001.
受付日 2010 年 11 月 30 日