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ポリネシア各地の賛美歌相互関係に対する曲名比較 の有効性
著者 安田 寛
雑誌名 奈良教育大学紀要. 人文・社会科学
巻 60
号 1
ページ 91‑94
発行年 2011‑11‑30
その他のタイトル The Effectivenes of Comparing the Tune Names of the Hymns Between the Different Regions in the Polynesia
URL http://hdl.handle.net/10105/8196
1. はじめに
ポリネシアの各地の賛美歌の相互関係を明らかにする 方法の一つとして、賛美歌曲名(tune name)を比較す るという方法の有効性を検証することが本研究の課題で ある。管見によれば、曲名の比較によって太平洋に伝わっ た賛美歌の相互関係を明らかにしようとする研究は、拙 稿の他には見あたらない(1)。
ところで、歌謡文化の宣教化とは、それまでの伝統歌 謡がキリスト教賛美歌に置き換えられて行くことを意味 し、脱宣教化とは、賛美歌を伝統歌謡の様式にしたがっ て演奏したり、さらには作り直したりすることや、賛美 歌から新たな歌謡を作り出すことを意味する。日本の近
代歌謡の根を形成し、台湾、韓国、中国の近代歌謡に決 定的影響を与えた唱歌が誕生した基盤は、近代化、西洋 化にあると考えるのが普通であるが、唱歌とは実は脱宣 教化であったという見方によって、太平洋全域の宣教化 と脱宣教化のコンテクストの中に唱歌を位置づけること が、本研究をその一部とする研究の究極の課題である。
アジア・太平洋地域の歌謡文化の宣教化と脱宣教化の 過程を明らかにするには、意外なことに「捕鯨」という 経済的視点を導入しなければならない。19世紀の太平洋 の基督教布教という宗教活動は、現在の石油産業に匹敵 する捕鯨産業という経済活動と密接に関係していたと推 察されるからである。アジア太平洋における捕鯨活動の 進展と賛美歌の伝達活動との関連性を調べる最初の手順
ポリネシア各地の賛美歌相互関係に対する曲名比較の有効性
安 田 寛 奈良教育大学音楽講座
(平成23年5月6日受理)
The Effectivenes of Comparing the Tune Names of the Hymns Between the Different Regions in the Polynesia
Hiroshi YASUDA
(Department of Music Education, Nara University of Education) (Received May 6, 2011)
Abstract
The goal of this study is to verify the effectiveness of comparing hymn tune names to clarify the relationship between Polynesian hymns. The case selected for verification is an early Samoan hymnal.
For comparison, four regions--Samoa, Tahiti, Cook Islands, and New Zealand--are selected.
Samoan tune names are examined with a focus on how much they match with the tune names in the other three regions. The test results were as follows. Samoa and Cook Islands are most closely related. 53 percent of tune names were common to both areas. Samoa and Tahiti is also closely related. 40 percent of tune names were shared. Samoa and New Zealand are remotely related. Only 9 percent of tune names were common to both areas. The history of Christianity in Samoa supports this result.
From the above results it is concluded that comparing the tune names of the hymns between the different regions in the Polynesia is an effective method for clarifying the relationship between Polynesian hymns.
Key Words hymn,: tune name, Polynesia
キーワード:賛美歌、
賛美歌曲名、
ポリネシア Bull. Nara Univ. Educ., Vol. 60, No. 1 (Cult. & Soc.), 2011
として、アジア太平洋における地域間の賛美歌の関係を 明らかにする必要がある。
そのための最初の有効な手段がアジア太平洋の各地に 伝わった賛美歌の曲名を比較することであると考え、そ れを検証する。
2.方 法
調査対象となる母集団は、ポリネシアの賛美歌の歌唱 に使われた曲のすべてである。言うまでもないが、その 歌唱はほとんど記録されていない。歌唱に使われた賛美 歌曲を知る事が出来るのは、楽譜が印刷されていない場 合は賛美歌集に記載された賛美歌曲名である。この賛美 歌曲名のことを tune name と言う。
ところで、賛美歌曲名はつねに記載されているとは限 らない。逆に、当時のたいていの賛美歌集は楽譜無しの 歌詞のみが印刷されたもので、賛美歌曲名が記載されて いるものは少ない。ここにこの調査の最初の困難がある。
この困難さのために、収集出来るデータ(賛美歌曲名)
にかなりのばらつきを生じる結果となる。それにも関わ らず賛美歌曲名による地域間の比較が地域間の賛美歌の 相互関係の解明に有効であるのか、有効であるならどの 程度有効なのかをここで検証することに本研究は意味を 見出している。
調査対象地域として、サモア、タヒチ、クック諸島、
ニュージーランドの4地域を選んだ。フィジーとトンガを 除いたのは次の消極的理由からである。この両地域に関 しては初期の賛美歌集が入手出来なかったか、出来ても 賛美歌曲名を特定出来なかった。
4地域の賛美歌集から合計643の賛美歌曲名を収集し、
この賛美歌曲名の内、地域間で共通する賛美歌曲名がど れくらいの割合であるのかを地域間で比較検討した。な お賛美歌では同じ曲名に別の名前が付けられたり、名前 が変化したり、複数の名前がある場合があるが、今回は、
これらは無視した。つまり、賛美歌曲名が違うものは、
明らかに同一曲と判断出来るもの以外は違う曲であると して処理した。
この比較検討のために使用した賛美歌集は以下のもの である。
サモアの賛美歌集
O Pese, e faalelei ai, ma talotalo, ma faamanu atu ai i le Atua moni. (1841). Samoa: Printed at the Mission Press.
タヒチの賛美歌集
E mau himene, oia hoi te parau haamaitai i te Atua.
(1831). Huahine: Leeward Mission Press.
ラロトンガ(クック諸島)の賛美歌集
Buzacott, A. (1843). E aronga imene, koia oki te tuatua akameitaki i te Atua. Rarotonga: Printed at the Mission Press.
E buka imene ei akapaapaa anga i te Atua. (1853).
Rarotonga: Mission Press.
Gill, W. (1855). E au imene ei akapaapaa anga i te Atua:
I te reo Rarotonga. Lonedona, Beritane: I neneiia e Misi Gilo, i te neneianga [a] Misi Clowes.
Gill, W. (1869). E au Imene ei akapaapaa anga i te Atua:
I te reo Rarotonga. Lonedona [i.e. London: I neneiia e Clowes and Sons.
E au imene ei akapaapaa anga i te Atua i te reo Rarotonga. (1872). Lonedona [London: Clowes and Sons.
London Missionary Society. (1881). E au Imene ei akapaapaa anga i te Atua: I te reo Rarotonga. Lonedona, Beritane: I neneiia na te taiete nenei tuatua meitaki.
マオリ(ニュージーランド)賛美歌集
Harding, R. C. (1883). He himene mo te karakia ki te Atua. Nepia [i.e. Napier, N.Z.: Na te Haaringi i ta ki tona Whare Perehi Pukapuka.
He Himene mo te karakia ki te Atua. (1896). Poneke: Na te Haaringi i ta ki tona whare perehi pukapuka.
Society for Promoting Christian Knowledge (Great Britain). (1905). He hmene m te karakia ki te Atua:
Hymns in the Mori language. London: Society for Promoting Christian Knowledge.
Presbyterian Church of New Zealand. (1933). [Service book]: Presbyterian Maori service book : for the use of Maori members and adherents : including eight general orders of service and others for special occasionas, the 安 田 寛
92
略 記 地 域
S サモア
T タヒチ
R クック(ラロトンガ)
M ニュージーランド(マオリ)
表1 地域の略記
sacraments and ordinances of the Church, family prayers and a series of Bible readings for use in the home, a selection from the Psalms (in metre) and hymns. Christchurch: Presbyterian Bookroom.
3.結 果
4つの地域を相互に比較した結果は、地域間で共通す る賛美歌曲の割合はかなり少ないという結果になった。相 互に共通する曲名は24パーセントに過ぎなかった。残り の76パーセントはそれぞれの地域に特有な賛美歌曲であっ た。
次に、サモアの53の賛美歌曲名を基準にして、それが 他の3地域の賛美歌曲名とどれくらい一致するかを比較し た。その結果が次のものである。
共通する賛美歌曲が最も多かったのはクック諸島の賛 美歌で、53パーセントの曲が共通であった。
次に共通する賛美歌曲が多かったのはタヒチの賛美歌 で、40パーセントの曲が共通であった。
ニュージーランドの賛美歌とでは共通賛美歌曲は極め て少なく、共通曲はわずか9パーセントにしか過ぎなかっ た。
4.考 察
4地域全体の曲名を地域相互に比較した結果から導か れる推定は、4地域の賛美歌は相互関係が極めて少ない ということになる。しかしこの推定が事実をどの程度反 映しているかについては考慮しなければいけない点があ る。
まず、4地域間で賛美歌曲名の数、つまりデーター数 に偏りがあり、特に、クック諸島とニュージーランドの データが多く、サモアとタヒチのデータが少ないという ことが、共通する賛美歌曲の割合が以外に小さいという 結果に影響を与えていることは明らかである。
したがって、4地域全体の曲名を地域相互に比較した 結果の数値から導かれる、4地域の賛美歌は相互関係が 極めて少ない、という推定は事実をあまり反映していな いと考えられる。
そこで次に、サモアの53の賛美歌曲名を基準にして、
これが他の3地域のものとどれくらい共通するかを比較 した。その結果から、サモアの賛美歌はクック諸島とタ ヒチの賛美歌と関係が深いと推定出来る。また、ニュー ジーランドの賛美歌とは関係が極めて薄いと推定出来る。
ところで比較される曲名データが増えれば増えるほど、
比較する曲名データ(この場合、サモアの賛美歌曲名)
中に共通曲が増える可能性が高くなるのは自然の理であ る。したがって比較されるデータが最も多いクック諸島 表2 地域共通賛美歌と非共通賛美歌
割合 曲数
24%
152 共通賛美歌数
76%
491 非共通賛美歌数
100%
643 計
表3 サモアとクックとの関係
割 合 曲数小計
曲 数 地 域
40%
21 21
S
17 STR
7 SR
3 SRM
53%
28 1
STRM
3 ST
7%
4 1
SM
100%
53 53
計
表4 サモアとタヒチとの関係
割 合 曲数小計
曲 数 地 域
40%
21 21
S
17 STR
3 ST
40%
21 1
STRM
7 SR
3 SRM
20%
11 1
SM
100%
53 53
計
表5 サモアとニュージーランドとの関係 割 合 曲数小計
曲 数 地 域
40%
21 21
S
3 SRM
1 SM
9%
5 1
STRM
17 STR
7 SR
51%
27 3
ST
100%
53 53
計
表6 各地域の曲名数が全曲名数に占める割合 全曲名数に占める割合 賛美歌曲名数
地 域
7%
53 サモア
16%
121 タヒチ
45%
343 クック諸島
32%
244 ニュージーランド
とは共通する割合が高くなることは当初から予想出来る。
しかし次にデータが多いニュージーランドとの比較では、
この予想に反して共通する割合が極めて低い数値を示し た。また、タヒチとの比較では、比較されるデータがや や少ないのにも関わらず、共通する割合は高い数値を示 した。
このことから、比較対象データ数にかなりばらつきが あるにも関わらず、共通する割合が示している数値は関 係を示す概数として採用出来るものであると考えること が妥当である。
次に、賛美歌曲はかなり長い間安定していて、大きな 変化を示さないということがある。つまりこれによって、
比較対象となる賛美歌集の多少が、共通する割合の数値 にあまり影響しないということが考えられる。
そうすると、共通する割合の概数が示す地域間の賛美 歌の相互関係は事実をおよそ反映していると推測される。
この推測を裏付けるために、サモアのキリスト教化の 歴史的経緯についてここで簡単に触れておく。
サモアのキリスト教化は1830年にやって来たロンドン 宣教会のウイリアムズ(Reverend John Williams 1796- 1839)によってはじめられた。これ以前に、1828年にト ンガを基盤にしていたメソジスト宣教師 Peter Turmer がサモアを訪問したが、彼はそのとき宣教を行わなかっ た(2)。
サモア宣教以前にウイリアムズは1827年4月に Raiatea から Rarotonga に移り、現地語を習得し聖書の翻訳に 従事した。また、宣教のための船 Messenger of Peace を 建造した。この船でウイリアムズは1830年5月24日に Raiatea を出発し、さらに西の海域の島々を目指して宣教 の航海を敢行した(3)。
この航海でトンガに到着したとき、ウイリアムズは、
ロンドン宣教会とメソジスト宣教会との宣教地域につい ての協定についてはじめて知った。ロンドン宣教会はこ れまで通りタヒチをそして新たにサモアの開拓に従事し、
メソジスト宣教会は引き続きトンガとフィジーの開拓を 引き受ける。これによってウイリアムズはフィジーを訪 問する彼の最初の企図をキャンセルし、サモアに直接行 くことにした(4)。
1830年8月2日にサモアに着いたウイリアムズはタヒ チとラロトンガ出身の8人の現地宣教師を連れていた(5)。 1830年10月27日にサモアを去って、サモアの人々に福音 を説く現地宣教師をより多く獲得する期待をいだいてウ イリアムズはラロトンガを目指した(6)。
1832年の終わりにウイリアムズは、再びサモアを訪れ、
その後、ラロトンガに戻った。そこで彼は Pitman と Buzacott と一緒に新約聖書のラロトンガ版を完成し た(7)。
以上のように、サモアの賛美歌がラロトンガ(クック
諸島)の賛美歌と最も多くの共通曲を持っているという、
曲名の比較の結果を歴史的経緯が裏付けている。
さらに、比較に用いたサモアの賛美歌を編集したのは ウイリアムズと一緒に新約聖書のラロトンガ語への翻訳 に従事した Buzacott, Aaron(1800-1864)であるという ような、賛美歌集の書誌学的研究によっても比較結果を 裏付けることが出来る。
1836年に発行されたサモアの最初の賛美歌集では、一 つひとつの賛美歌の歌詞を表すのにクック諸島の言葉
’imene(song)が使われている。また、標題にはサモア 語とクック諸島の言葉が混在して使われている。1841年 の第2版では、’imene はサモア語の pese(song)に変 えられている(8)。
こうした書誌事実が示しているのは、クック諸島の賛 美歌とサモアの賛美歌との近い関係である。
5.結 論
賛美歌曲名が明らかにならない場合が少なくないとい う限界があるが、太平洋地域に伝わった賛美歌の相互関 係を明らかにする手段として賛美歌曲名の比較は有効で あるという見通しを得ることが出来た。今後は他の事例 でさらに検証を続けることが必要になる。
それによって有効性が確証されれば、曲名が分かって いる場合は、この方法は賛美歌相互の関係の概略を最初 に掴む方法としては有効であり、手軽であるという利便 性を持つ。
キリスト教宣教の歴史を背景にした賛美歌集の書誌研 究という時間のかかる本格調査に先立つ予備調査として 有効であり、この予備調査の結果を、本格調査で補完する ことで、賛美歌相互の関係を明らかにすることが出来る。
注
(1)安田寛(2008)19世紀と20世紀初期の日本と韓国の賛美 歌とオセアニアの賛美歌との関係、奈良教育大学紀要
(人文・社会科学) 57 (1) , 141-144.
(2)Meleisea, M., & Meleisea, P. S. (1987). Lagaga: A short history of Western Samoa. Suva, Fiji: University of the South Pacific, p. 60.
(3)ROSE, H. J., & Wright, T. (1850). A New General Biographical Dictionary, projected and partly arranged by H. J. Rose. [Vol. I. edited by Henry J. Rose, vol. II.-XII.
by T. Wright.]. 12 vol. London, 1850. pp. 503-504.
(4)Gray, J. A. C. (1980). Amerika Samoa. New York: Arno Press. p. 34.
(5)Tuiasosopo, K. M. (2005). Pese ma v‘iga i le Atua: The sacred music of the Congregational Church of Jesus in Smoa = ‘o le ‘Eklsia Fa‘apotopotoga a Is i Smoa, p. 21.
(6)Tuiasosopo, K. M., op. cit. p. 20.
(7)ROSE, H. J., & Wright, T., op. cit. p. 504.
(8)Tuiasosopo, K. M., op. cit. p. 45.
安 田 寛 94