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全文

(1)

資本構成高 度化 に ともな う第 Ⅰ 部 門の 不均等発展 の論証 につ いて

花田 功一

は じめに

本稿 は資本の有機的構成高度化 ( 以下本稿では簡単に資本構成の高度化 と呼 ぶ)にともなう第 Ⅰ部門の不均等発展の論証の問題を解明す ることを課題 とし ている

周知のように,この間題 はレーニンが

1893

年に書いた 「いわゆる市場間題 に ついて

において,マルクスの表式に技術進歩要因,つまり,資本構成高度化 要因を導入 したいわゆるレーニ ン表式を展開 し,その帰結 として , 「さきに説

明 したマルクスの研究か らひさだ しうる唯一の正 しい結論 は,資本主義社会で は生産手段の生産 は消費手段の生産よりも急速 に増大する,ということであろ う」(レーニ ン全集第

1

巻,大月書店,

8

4 頁,傍点‑ レーニン,以下 レーニ ン全 集か らの引用 は

IB4

のように略す)という,いわゆ る第 Ⅰ部門の不均等発展

の結論を引き出 したことに端を発 している

長い間,レーニン表式,及び,この結論 は疑問の余地のない もの と考え られ てきf =が,高須賀義博氏が表式の数学的展開を通 じて レーニ ンの議論 に疑問 を 投 げかけられて以来,レーニンを擁護す る立場か ら様々な高須賀批判が展開 さ れてきている

しか し,それ らの批判のほとんどが数学的論証 に目を奪われ る あまりレーニンの意図を正 しく体現 したものになってお らず,したがってまた, 第 Ⅰ部門の不均等発展の論証に も全 く成功 していないのである

ところで,高須賀氏の レーニ ン批判 は主に 「いわゆる市場間題について」 に おけるレーニン表式に向けられているのであるが,レーニンは決 してそこでだ 原稿受領 日

198

8年

5

月1 0日

〔2 5〕

(2)

け資本構成高度化 にともなう第 Ⅰ部門の不均等発展を論証 しているわけではな く,その後書かれた 「 経済学的 口与ン主義の特徴づけによせて

(1897

年 ),及 び 「ロシアにおける資本主義の発展

」(1899

年)において もご く簡単 にで はあ るが 「いわゆる市場間題 について」におけるのと基本的に同 じ視角か ら第 Ⅰ部 門の不均等発展を論証 している。 したがって,第 Ⅰ部門の不均等発展の論証 の 問題を解明するためには,それ らの著作における論証 について も検討を加えて

みる必要があると思われる

そこで,本稿では,まず

,

「いわゆる市場間題 について」におけるレーニ ンの 論証を検討 し,続 いて,そこでの我々の レーニン理解が

,

「 経済学的 ロマン主義 の特徴づけによせて」,及び

,

「ロシアにおける資本主義の発展」のそれぞれ に おけるレーニンの論証 と矛盾 しないかどうかを検討 してゆ くことに したい。

1

「いわゆる市場間題について」における レーニンの論証について‑その 1‑

本節では 「いわゆる市場間題 について

におけるレーニンの論証 について検 討す る。

これについてはすでに述べたように,高須賀義博氏の有力な レーニン批判 が あり,それに対す る反論が行われてきたという経緯があるので,まず,高須賀 氏の レーニン批判の内容を確認することか ら始めことにす る。

高須賀氏の レーニン批判 は次の文章に凝縮 されていると言 ってよいであろう。

「だが,今までのわれわれの考察にもとづけば,資本の有機的構成 が高度化 す る場合です ら,両部門の成長率には一定の自由度があって,必ず しも第

1

部 門の優先的発展 [本稿における第 Ⅰ部門の不均等発展 と同 じ‑引用者 ]が必然 的であるとはいえない し,また レーニンの表式が第

1

部門の優先的発展 を表現 しえたのは,資本の有機的構成の高度化によるのではな く,蓄積率 についての 特定の仮定に依存 していたのであった。 レーニンもいうように

,

『表式は,個々

の諸要素が理論的に解明されているとき,その過程を図解す るにす ぎない』が,

レーニンの拡大再生産表式分析では,その基軸 ともなるべき蓄積率の水準 と動

(3)

資本構成高度化にともな う第 Ⅰ部門の不均等発展の論証 について

27

向が 『理論的に解明 』されていないために,その 『図解 』か ら得 られる結論 が 一般性を持 たないのである

1)

このように氏 は,資本構成が高度化す る場合で も, 「 両部門の成長率 には一 定の自由度があ」 り,第 Ⅰ部門が不均等に発展す る場合 も,第 Ⅱ部門が不均等 に発展す る場合 も,両部門が均等に発展す る場合 もありうるのであ り,どち ら になるかは蓄積率によって決まるのであって,レーニ ン表式において,第 Ⅰ部 門が不均等 に発展 したのは単に蓄積率がそ うなるように定め られていたか らに す ぎない,と批判 され るわけである

しか し,そ もそも,資本構成が高度化す る場合で も , 「 両部門の成長率には一 定の自由度があ」 る,と言え るであろうか。まず,この点 をもう一度 よ く考 え てみる必要があるよ うに思われる

たとえば ,資本構成が高度化す るにもかかわ らず,両部門が均等 に成長す る とした場合,これはいかなることを意味す るであろうか。

拡大再生産では

Ⅰ(Ⅴ+mv+mk)

Ⅱ(C+mc)

と交換 され るか ら,

Ⅰ(Ⅴ+mv +mk)

が第 Ⅱ部門の成長を基本的に

2)

規定す ることになる。そ こで,もし,毎 年

Ⅰ(C+mc)

Ⅰ(Ⅴ+mv+mk)

とが同 じ比率 で増大すれば,第 Ⅰ部門 と第 Ⅱ 部門 は均等 に成長す ることになるわけである。 ところで,レーニ ン表式 にお け るように蓄積部分の資本構成だけが高度化す ると仮定 した場合 に は,

m

cにた いす る

mv

の比率が低下す るか ら,

Ⅰ(Ⅴ+mv+mk)

Ⅰ(C+mc)

と同 じ比率で 増大す るためには,以下の表式例のように,

Imk

Imv

(Im

cに対す る) 比率の低下を補 うよ うに増大 しなければな らない。 ( ただ し,この表式例 の場 合には,第 Ⅱ部門の方がよ り速 く資本構成が高度化す るので,

Ⅰ(Ⅴ+mv+mk)

の増大率 は

Ⅰ(C+mc)

の増大率を上回 ることにな っている

。 )

1

)

高須賀義博 『再生産表式分析 』,新評論

,1968

,142

頁。

2)

「 基本的に」 とい うのは,第 Ⅱ部門の成長 は

Ⅰ(

Ⅴ十

mv+mk)

によってだ けではな

く,第 Ⅱ部門の資本構成高度化の程度 によって も規定 されるか らであ る

以下 の叙

述ではこの要因は無視 して議論を進める。

(4)

[資本構成が高度化するにもかかわ らず両部門が均等に成長する蓑式 ]

3)

第 1 年度

Ⅰ 4000C+1000v+1000m‑6000(66.67%)

Ⅱ 1500C+ 750v+ 750m〒3000(33.33%) 5500C+1750v+1750m‑9000

Ⅰの蓄積額

‑386.7‑348mc+38.7mv(mc/mv‑9/1)

蓄積率

‑386.7/1000‑38.67%

Ⅱの蓄積額

‑182

. 4

‑152mc十30

.

4mv(mc/mv‑5/1)

蓄積率

‑182

. 4 /

750‑24.32%

Ⅰ 4000C+1000v+348mc+38.7mv+613.3mk

Ⅱ 1500C+ 750v+152mc+30

.

4mv+567.6mk

IlOOOv+38.7mv+613.3mk‑Ⅱ1500C+152mc‑1652

2

年度

Ⅰ 4348C+1038.7v+1038.7m‑6425.4(66.67%)

Ⅱ 1652C+ 780.4v+ 780

.

4m‑3212.8(33.33%) 6000C+1819.1v+1819.1m‑9638.2

Ⅰの蓄積額

‑309

.

4‑294.7mc

14.7mv(mc/mv‑20/1)

蓄積率

‑309

.

4/1038.7‑29.79%

Ⅱの蓄積額

‑146

.

4‑130.7mc+15.7mv(mc/mv‑25/3)

蓄積率

‑146

. 4/

780

.

4‑18.76%

Ⅰ 4348C+1038.7v+294.7mc+14.7mv+729.3mk

Ⅱ 1652C+ 780.4v+130.7mc+15.7mv+634.Omk

l1038.7C+14.7mv+729.3mk‑Ⅱ1652C+130.7mc‑1782.7

第 3年度

Ⅰ 4642.7C+1053.4v+1053

.

4m‑ 6749.5(66.67%)

Ⅱ 1782.7C+ 796.1v+ 796.1m‑ 3374.9(33.33%) 6425.4C+1849.5v+1849.5m‑10124

.

4

Ⅰの蓄積額

‑232

.

4‑223.8mc+ 8.6mv(mc/mv‑26/

1)

蓄積率

‑232.4/1053.4‑22.06%

Ⅱの蓄積額

‑110.3‑100.3mc+

1

0.Omv(mc/mv

‑1

0/1)

蓄積率

‑110.3/ 796.1‑13.86%

Ⅰ 4642.7C+1053.4v+223.8mc+ 8.6mv+821.Omk

Ⅱ 1782.7C+ 796.1v+100.3mc+10.Omv+685.8mk I1053.4V+8.6mv+821mk‑Ⅱ1782.7C+100.3mc‑1883

4

年度

Ⅰ 4866.5C+1062.Ov+1062.0m‑ 6990.5(66.67%)

Ⅱ 1883.Oc+ 806.1v+ 806.1m‑ 3495.2(33.33%) 6749.5C+1868.1V+1868.1m‑10485.7

年度

Ⅰ(C+mc)

( 増分) ( 増大率)

Ⅰ(Ⅴ+mv)

3)

この表式では,第

1

年度の各数値 ,及 び,各年度 ・各部門の

mc/mv

は レーニ ン表

式の場合 と同 じにしてある

(5)

資本構成高度化にともな う第 Ⅰ部門の不均等発展の論証について

%%224810

++

76481

++

7

4

0385362000111

%%827864

+

+

78439222

++0754264346

123 %%17958211

++

076119

++

mk3393617282

皮 年

123

Ⅰ(Ⅴ+mv+mk)Ⅱ(C+mc) 1652.0 75 96 13 %%

++730030日HHH

++

70237811

29

こういうわけで,資本構成が高度化するにもかかわ らず,両部門が均等 に成 長す るためには,第 Ⅰ部門の資本家の消費が

Imv

Imc

に対す る比率 の減少 を補 うに足 りるだけ増大 しなければな らないのである。資本構成が高度化する にもかかわ らず,第 Ⅱ部門が第 Ⅰ部門の成長を上回るとした場合にはさらにいっ そう第 Ⅰ部門の資本家の個人的消雫が増大 しなければな らない。 しか し,こう したことは現実的であろうか。 もし,こうしたことが常に可能であるとい うな ら,つまり,労働者の消費の ( 不変資本 に対す る)相対的減少分 を資本家 の個 人的消費の増大が埋め合わせるか埋め合わせて余 りあるかす ることができると

いうな ら,全般的過剰生産恐慌 は起 こりえないということになるであろ うし, 一方での生産力の無制限的発展 と他方での労働者の消費制限はあって ち,それ

は 「 恐慌の究極の原因」ではないということにもなるであろう

したが って, 全般的過剰生産恐慌の発生を認め , 生産 と消費の矛盾」がその 「 究極の原因」

であることを認めるか ぎり,労働者の消費の ( 不変資本に対する)相対的減少 分 は資本家の消費の増大によって埋め合わせることがで きないということ,し

たがって,全体 としての個人的消費の動向は労働者の消費が決定す るとい うこ とを認めなければな らないのである

このことを認めるな らば,資本構成が高度化す る場合には第 Ⅰ部門の不均等 発展以外 にはありえないし,それは改めて表式を展開 しな くて もマルクスの表 式か らすでに明 らかなのである。なぜなら,マルクスの表式によ って,拡大再 生産における価値 ・素材補填の運動,とりわけ,

Ⅰ(Ⅴ+mv+mk)‑Ⅱ(C+mc)

となることが解明されているか ら,資本構成高度化にともなう全体 としての個

人的消費の不変資本に対する減少 によって,

Ⅰ(Ⅴ+mv+mk)

Ⅰ(C+mc)

(6)

対 して減少 してゆ くとすれば,Ⅱ(

C+mc)

Ⅰ(C+mc)

に対 して減少 してゆ く のであ り,したが って,第 Ⅰ部門が第 Ⅱ部門よ りも急速 に拡大 して ゆ くはかな いか らである

したが って,資本構成高度化 にともな う第 Ⅰ部門の不均等発展 を論証す るためには,改めて表式を展開 しな くて もマルクスの表式か らすで に 明 らかなことを一つの表式例で 「 図解」 しさえすればよいのである

我々は,レーニ ンは以上のような考え方に立 って自らの表式を展開す ること によって,資本構成の高度化 にともな う第 Ⅰ部門の不均等発展を論証 しよ うと したと考える

この ことは,レーニ ンが自 らの表式を展開す るに先立 って次 の ように述べていることか ら十分言 いうるのではないか と思われる

「この変化 [

/

C の値の逓減一引用者 ]を表式のうちに取 り入れると,消費 資料 に くらべての生産手段のよ りい っそ うの急速 な増大がえ られ ることは, すでに自明の ことである。それに もかかわ らず,第‑ には,はっきりさせ るた めに,第二 には,この前提か らお こりかねない誤 った結論を未然 にふせ ぐため に,ここで この計算をおこな うことも,よけいなことではない と,私 に はお も われる

」(Ⅰ‑80

,傍点一引用者)

蓄積率に関 して言えば,レーニ ンが自らの表式で第 Ⅰ部門の蓄積率

‑50%

で 一定 というマルクス表式の仮定をそのまま借用 したのは,上のような考 え方 に 立 って第 Ⅰ部門の不均等発展 を表現す るのにその蓄積率がち ょうど適 していた

か らにす ぎないと考え る

以上のようなわけで,資本構成が高度化す る場合で も, 「 両部門 の成長率 に は一定の自由度があ」 る,という高須賀氏の考え方 は全 く誤 りであると言 わな ければな らないのであ り,このような高須賀氏の レーニ ン批判 は,結局 ,表式 の数学的展開のみに目を奪われ,資本構成高度化にともな う生産手段額 と個人 的消費額 の関係 の変化 ,及び,それが両部門の成長に及ぼす影響 につ いて考察 す ることを怠 ったことか ら出て きた ものにす ぎないのである 占

以上 ,高須賀氏の見解 とそれに対す る我々の批判的見解 を述べて きたが,初

めに述べたよ うに,高須賀氏の見解 に対 してはすでにこれまでに様 々な批判 が

展開 されて きている。本節で は,以下,それ らの中か らここでの議論 とかかわ

(7)

資本構成高度化にともな う第 Ⅰ部門の不均等発展の論証について

31

りの深い高木彰氏 と滝田和夫氏の見解を検討 してお くことに したい。

行論の都合上まず,滝田氏の見解か ら見てゆ くことにする

氏 は高須賀氏の見解を次のように批判 されている

高須賀氏の見解 は 「 蓄積率不変の条件をなん ら考慮せずに導かれたものであ る。‑‑ しか し,資本の有機的構成高度化が第 Ⅰ部門の優先的発展 [本稿での 第 Ⅰ部門の不均等発展 と同 じ‑引用者 ]の要因たりうるか否かは,第 ' Ⅰ部門蓄 積率不変の前提の もとで考察 されねばな らない。有機的構成高度化が部門構成 に及ぼす影響を検討するには,他の要因を動か したのではその検討 はで きず, 他の要因を不変 としては じめてその検討が可能になるのである

4)

こうして氏は,第 Ⅰ部門の蓄積率を一定 とした うえで, 「 資本 の有機的構成 高度化のもとで,第 Ⅰ部門蓄積率が

t

期か ら

t+

1 期にかけて不変 に とどまると,

t

期の蓄積率 [比 ?]や第 Ⅰ部門蓄積率の値が ど うあろ うとも

,t+

1 期 の蓄積 率比‑‑紘

,t+

1 期か ら

t+2

期にかけて資本の部門構成‑‑を不変 に保っ蓄積 率比‑‑より大 となり・ ・ ‑・ . ,・ ‑‑資本の部門構成 は

t+

1 期か ら

t+2

期 にかけて 上昇すること

5)

を複雑な数式を使 って論証 され

6)

,次のよ うな結論 を引 き出

してお られる

「したがって,資本の有機的構成高度化のもとでは,第 Ⅰ部門蓄積率が毎期 不変 にとどまる限 り,初期の蓄積率比や不変に保たれる第 Ⅰ部門蓄積率 の値 の

いかんにかかわ らず,資本の部門構成 は第

2

期以降一貫 して上昇を続けてゆ く のである

7)

以上が滝田氏の見解であるが,氏の数学的論証の当否 は別 として

8)

,何 よ り

も問題なのは,レーニンは単に 「 有機的構成高度化が部門構成 に及ぼす影響を

4)

滝田和夫 「 拡大再生産表式 と第 Ⅰ部門の不均等発展」 『一橋論叢 』,第

7

9巻 第

3

号,

5)1 諾 ・ 1 3 7 2 ::

6)

同上

,100102

貢。

7)

同上,

102

貢。

8) 氏の数学的論証の問題点については,浅利一郎 「資本の有機的構成高度化 にともな

う第 Ⅰ部門の不均等発展 について‑表式分析における資本蓄積の動態把握 の方法 と

関連 して

」 『法経研究 』 ( 静岡大),第2 7 巻第2 号,1 97 9 年,8‑ 9 貢参府。

(8)

検討」 しようとしたのではないということである。言 うまで もなくレーニンは, 資本構成が高度化すれば必然的に第 Ⅰ部門の不均等発展が生 じるということを 明 らかに しようとしたのである

したがって,この レーニンの意図に沿 お うと す るな らば,滝田氏 は進んで第 Ⅰ部門の蓄積率を一定 とす ることの理論的意味

を明 らかにしなければな らないのであるが、氏 はそれをされ七いないのである

したがって,氏の数学的論証が仮 に完全に正 しいものであったとして も,氏の 論証 は何 らレーニ ンを擁護 していることにはな らない し,また,高須賀氏に的 を得た反論を していることにもならないのである

この第

1

部門蓄積率‑一定 という前提に積極的意義づけを与えてお られるの が高木彰氏である。

氏 は 「 社会的総資本における生産力の発展 は,個別資本における価値増殖の 衝動 によって必然化せ しめられる特別剰余価値の追求を目的 として行われる新 技術の導入を通 して,産業循環の一周期において,結果 として達成 されてい く

ものである」g ) とされ,「 再生産表式において,拡大再生産の長期的な発展軌道 を問題にす る場合 は,蓄積率 は,絶えざる変動におけるもの としてで はな く, 一定値を取 るものとして想定 されねばな らない。それは,産業循環の一周期 を 結果 として考察す るという方法的限定によるものである」1 0 ) とされている

このようj =氏 は,レーニンの第 I部門の蓄積率‑一定 という仮定 は,長期的 に貫かれる生産力の発展過程における両部門の関係を問題にす るために必然的 にとられた措置であるとされ,そ うした考えの うえに立 って氏 は第 Ⅰ部門の蓄 積率‑一定 という前提のもとでの第 Ⅰ部門の不均等発展を一般式によって論証

しようとされているのである

。 ll)

しか し,はた して,レーニンの第 Ⅰ部門の蓄積率‑一定 という仮定 に氏のよ うな意義づけを与え うるであろうか。はた して,長期的な過程を考察す る場合

9)

高木彰 『 恵嘘 ・産業循環の基礎理論研究 』,多賀出版

,1986

,287

頁。

10)

同上

,28428

5貢。

ll)

同上

,285289

貢。なお,氏の数学的論証の問題点については,浅利,前掲論文

,9 12

頁参照。

(9)

資本構成高度化にともなう第 I 部門の不均等発展の論証について 3 3 には蓄積率‑一定 と仮定 しなければならないであろうか。我々はむ しろ,長期 的には蓄積率はしだいに上昇 してゆ くと考えなければな らないと思 う

なぜな ら,資本主義が発展するに したがって剰余価値童 はしだいに増大 してゆ くので あり,その場合 もし蓄積率が一定であるとす ると,資本家の個人的消費額 が剰 余価値量の増大に比例 して増大 してゆ くことになるが,それは資本家の強 い蓄 積欲だけを考えてみて も非現実的であると思われるか らである。たとえば,刺 余価値が1

00

で蓄積率が50%だとす ると,蓄積額 は

50

で資本家 の個人的消費額 も

50

であるが,剰余価値が

2

倍の2

00

になった ときに,資本家 の個人的消費額 も2 倍の1

00

になると考えるのは一般的に言 って非現実的であ り,それよ りも 少ないと考えるのが現実的であろう

したが って,こ‑ の場合には蓄積率 は

50%

以上に上昇すると考えるのが妥当であろうと思われる。

氏 は 「 勿論,産業循環毎に常 に同 じ蓄積率に平均化 されるとは限 らないので あり,そのような保証 はなにもないといえよう

しか し,第 Ⅰ部門蓄積率が上 \ 昇傾向にあると想定すれば,それは,いずれ は1

00%

に到達す るものとされね ばな らないのである」1 2 ) と心配 されているが,蓄積率が しだいに上昇 してゆ く とすればその極限において1

00%

に達す るか らといって,上昇 その ものをどう

して も否定 しなければならないということはないと思われ る。

以上のようなわけで,長期的な過程の考察の場合に時蓄積率を一定に しなけ ればな らないという氏の見解 は誤 りなのであ り,したがって,レーニ ンが第 Ⅰ 部門の蓄積率を一定 としたのは,長期的な過程を考察 しようとしたためだ とす

る氏の見解 もまた誤 りであると言わなければならない。

レーニ ンはたとえば

,

生産の (したが ってまた国内市場 の)発展が,主 と して生産手段の増大によるということは,逆説的であるかのように見 え る し, 疑 いもな く矛盾である

これが,本当の 『生産のための生産 』,す なわち,そ

れに照応する消費の拡大のない生産の拡大である」( Ⅲ‑ 3 3)と述べ,資本構成 高度化にともな う第 Ⅰ部門の不均等発展 は 「 恐慌の究極の原因」 としてゐ 「 生 産 と消費の矛盾」その ものだとしているが,このことからもわかるように,レ‑

12)

同上

,289

貢。

(10)

ニ ンは長期的な過程を考察 しよ うとしたのではな く,『資本論 』第

1

巻第

7

篇 のいわゆる資本蓄積論を土台 として,現実 の資本蓄積の過程を,競争や信用 を 捨象 して一般的に考察 しよ うとしたと考えなければな らないのである

レーニンが第 Ⅰ部門の蓄積率

‑50%

で一定 というマルクス表式の仮定 をその まま借用 した理由について言えば,それは,先に も述べ たよ うに,単 に

,50%

で一定 としたマルクス表式 の第 Ⅰ部門の蓄積率が,資本構成高度化にともな う 全体 としての個人的消費の不変資本に対す る比率の低下 に もとづ く

Ⅰ(Ⅴ+mv

+mk)

Ⅰ(C+mc)

に対す る比率の低下による第 Ⅰ部門の不均等発展 とい う先 に明 らかに した考え方を第

1

年度か ら表式で うま く表現 しうるものであったか らにす ぎず

,50%

,あるいは,一定 ということ自体に特別 な意味が あ ったわ け ではないのである

以上,高須賀氏の レーニ ンに対す る数学的批判 に対 して,表式 の精撤 な数学 的展開によって反論 しよ うとされた滝田 ・高木両氏の見解を検討 して きたが, 両氏 は意図 した数学的論証 自体 に成功 されなか っただけでな く,レーニ ンの意 図か らさえ遠 く離れて しまったのである

すでに述べたように,資本構成高度 化 にともな う第 Ⅰ部門の不均等発展 は,資本構成高度化 にともな う生産手段額 と個人的消費額の関係の変化を考えれば改めて表式を展開 しな くて もマルクス 表式か らすでに明 らかな ことなのであ り,レーニ ンはそのすでに明 らかな こと をマルクス表式の諸前提 を使 った一つの表式例ではっきりさせようとしたにす ぎないのである

だか ら,両氏が行 ったような複雑な数学的論証 などは レーニ ンにとっては初めか ら全 く無縁な ものだ ったのである。

2

「いわゆる市場問題について」における レーニンの論証について‑その

2‑

レーニ ンは 「いわゆる市場問題 について」において,いわゆるレーニ ン表式

を展開 し , 「このように,生産手段のための生産手段 の生産 が もっとも急速 に

増大 し,それについで消費手段のための生産手段 の生産が増大 し,消費手段 の

生産 はもっとも緩慢 に増大す ることがわかる

」(ト83)

という結論を述べた後,

(11)

資本構成高度化 にともな う第 Ⅰ部門の不均等発展の論証 について

35

「 不変資本 は可変資本よりも急速に増大す る傾向を もつ,とい う法則 に立脚す れば,『資本論 』 第二巻におけるマルクスの研究がな くて も,この結論にたっ す ることがで きるであろう

生産手段が もっとも急速に増大す るという命題は,

この法則を社会的総生産に適用 して言いかえた ものにす ぎない」 ( 同上 ) と述 べているが,本節ではこの レーニンの文言を検討 してみることに したい。 そ う すれば,前節で述べたことがいっそうはっきりす ると思われる

「 不変資本 は可変資本よりも急速に増大する傾向をもっ」 という法則を 「 社 会的総生産に適用」すれば,表式論がな くて も,生産手段 の最 も急速 な増大, つまり,第 Ⅰ部門の不均等発展を帰結す ることがで きるというわ けであ るが, まず

,

「 不変資本 は可変資本よりも急速 に増大す る傾向を もっ」 とい う法則 杏

「 社会的総生産に適用」するということは,社会的総資本 の平均構成 における 可変資本の不変資本 に対す る比率の低下か ら社会的総生産物における可変資本 の不変資本に対す る比率の低下を帰結す るということであろう

しか し,そ う すると,どうして

,

『資本論 』第二巻におけるマルクスの研究がな くて も」

第 Ⅰ部門の不均等発展を帰結することがで きるのであろうか。 このことは前節 で述べた,社会的総生産物における可変資本の不変資本に対す る比率の低下 に ともなって個人的消費総額の不変資本に対す る比率 も低下するという考え方を 導入 して くれば容易に理解できるものとなる

なぜな ら,もし,可変資本 の不 変資本に対す る比率が低下 して も,個人的消費総額の不変資本に対する比率が 低下せず,個人的消費が全体 としては不変資本 と同 じ速度で増大 した場合には, 消費手段生産が生産手段生産 に遅れなければならない理由はないが,もし,可 変資本の不変資本に対する比率の低下にともなって,個人的消費総額の不変資 本に対する比率 も低下するとすれば,それにともなって不変資本の素材的要素 を生産する第 Ⅰ部門 も個人的消費の素材的要素を生産す る第 Ⅱ部門より急速に 増大す るはかないか らである

というのは,個人的消費総額の不変資本 に対す る比率が低下するのに第 Ⅱ部門の方が第 Ⅰ部門より急速に増大すれば,当然, 生産手段の不足,消費手段の過剰が生 じて しまうか らである

こうして,上の レーニンの文言 は資本構成高度化 にともなう可変資本の不変

(12)

資本に対す る比率の低下にともなって個人的消費総額の不変資本に対す る比率 もまた低下す るという考え方 にもとづいて叙述 されたと考えれば容易に理解で きるわけであるが,それだけでな く,上の レーニンの文言 はそうした考 え方 に 立 って書かれたと考える以外にはないのである。なぜな ら,レーニ ンは 「 不変 資本 は可変資本 よりも急速に増大す る傾向をもつ,という法則に立脚すれば

,

表式論がな くて も,したがって,蓄積率の問題を何 ら考慮 しな くて も,第 Ⅰ部 門の不均等発展 という結論に達することができると述べているのだからである

こういうわけで,上の レーニ ンの文言を理解するためには,レーニ ンは可変 資本の不変資本に対す る比率の低下にともなって個人的消費総額の不変資本に 対する比率 もまた低下すると想定 していたと考えなければな らないのである

そうだとすれば,そこで引き出されている 「 生産手段が もっとも急速 に増大す るという命題」を

,

「『資本論 』第二巻におけるマルクスの研究」 を使 って完 全に論証 しようとした レーニン表式において も当然 こうした考え方が貫かれて いると考えなければな らないのである

こうして,前節での我々の主張 の正 し さは上の レーニ ンの文言によって も確かめ られることになるのである0

ところで,浅利一郎氏 は 「いわゆる市場問題 について」における上の レーニ ンの文言 を手がか りに して第 Ⅰ部門の不均等発展の独自な論証を試みてわ られ るoそこで,堺にこの浅利氏の論証を検討 してみることに したい。

氏は,先の レーニンの文言か らして

,

「レーニンにとって 『理論的 に解明 』 されている要素 は 『資本論 』 第

1

巻第

7

編で明 らかにされている 『不変資 本 は可変資本より急速に増大す る傾向をもつ という法則 』 す なわ ち資本 の有 機的構成高度化だけ

」1

3 ) であって,この資本構成の高度化 は 「特別剰余価値 の 獲得をめ ぐる諸資本の競争をテコとして,恐慌 ・産業循環をとお して長期的, 平均的に貫徹す る資本蓄積の一般的法則 として把えれば,資本蓄積 は長期的 に はつ らぬかれている」1 4 ) ことであるとされ,さらに

,

「 再生産表式論がな くて も この結論に達す ることができるという意味 は,再生産表式の枠組みすなわち社

14)

同上

,21

頁。

13)

浅利 ,前掲論文

,20

頁。

(13)

資本構成高度化にともなう第 Ⅰ部門の不均等発展の論証について

37

会的総資本の把握の枠組みを不必要 とす るということではな く,各期にわた っ て表式で 『図解 』 しな くて もよいということである」1 5 ) とされた うえで,次 のように問題を設定 されている。「この出発点 にたてば,問題 は次 のよ うに設 定できる

すなわち,資本の有機的構成高度化の もとでの社会的総資本把握 の 枠組み‑再生産表式における両部門は,その時系列的展開における関係 として ではな く,む しろ資本蓄積の長期的貫徹のもとでいかなる関係におかれ るか と いうことである。 」1 6 )

こういうわけで,氏 は,両部門の長期的な関係を表わす次の式 をひきあいに 出され,以下のような結論を下 されている

。2 ( 〟

/

( / a

2(" (1+禦

手 記

≦Q(i

) ≦

(5)

11

α 1(" =Y…

α 1(,, (

1 +

・ ‑

.

÷

)

w ハ り γ2(∫) 1+r

芋 (i

)

a

f(t,

‑r

, Q ( ∫ ,

Wl(I,/W2(〟 で

門構成 , r " , ‑C "∫ )

I ; (

,

)で資本構成

,r

( * E )

‑Mc

HH/

M

u i ( i )で限界資本構成,mは 剰余 価

なお, i ( ‑1,

2

)

は 部

門, (i) は期間を示すO

「(5)

か ら資本の有機的構成高度化がっ らぬかれていくと (‑‑),部門構成 の存在範囲の下限が長期的には上昇 してい くことによって,第 Ⅰ部門の不均等 発展がっ らぬかれていくことになるのである

」 17)

以上のように,氏 は先の レーニンの文言か ら,レーニンは,資本構成 の高度 化が実現 されてゆ く資本蓄積の長期的な過程を視野に置いてお り,また,各期 にわたって表式で 「 図解」する必要 はないと考えていたとされ,そうした解釈 にもとづいて,部門構成の存在範囲の下限が長期的には上昇 してゆ くとい うこ とか ら第 Ⅰ部門の不均等発展を論証 しようとされているのである

しか し,はた して,そうした先の レーニ ンの文言の解釈や氏の論証 はほん と うに レーニ ンの意に沿 った ものと言えるであろうか。

今,両部門の長期的な関係を表わす上の式のうち,問題の左辺 の方 について

15)16)

同上

,21

頁。

17)

同上

,22

貢。

(14)

af

.

(i

)=

r

伯) 1

見てみると

了 …

1+γi(t,+m l十

王 上空 であ るか ら

,ri

' t ' が上昇 してゆ

γi

(

i

)

けば, α= )は上昇 し,したが って,なるほど,部門構成の下限‑

C, ‑ ( i )

は上昇してゆく

o

ところで,ri ( i ) =∇言 ;であるか ら,。i ( "=

a 2 ( i )

1 ‑ α 1 ( ハ

1

Vi(i

) + M

i(i)

C

)

( ただ し,

M

は剰余価値)である。 したがって,部門構成の下限を上昇せ しめ る

α

HHの上昇 は結局

Ⅵ (

∫ ) +

り の低下か ら生 じていることになる

C i

(

i)

これは死んだ労働に対する生 きた労働の比率の低下を意味す るのであるが, それは特殊資本主義的なものではな く,超歴史的なものである

したが って, 結局,浅利氏の場合,第 Ⅰ部門の不均等発展 は特殊歴史的 もので はな く,超歴 史的な傾向 としてのそれにす ぎないということになるのであ る

氏 は 「レーニ ンが問題に したのは,マルクスの再生産表式論と同様に,恐慌 ・ 産業循環 をとお して,ときには資本蓄積の中断や縮小 さえもともないなが らも 長期的には貫徹す る資本蓄積の進展 と,その下での両部門の関係であ り

,」 18)

「 第 Ⅰ部門の優先的発展 〔 本稿での第 Ⅰ部門の不均等発展 と同 じ‑引用者 〕の 法則を,拡大再生産の一般的 ・超歴史的傾向に解消す ることはどレーニ ンか ら 離れることはない」' 9 ) と言われているが,氏自身の論証 は第 Ⅰ部門 の不均等発 展を超歴史的な傾向に解消 して しまっているのであ り,氏自身が全 く 「レーニ

ンか ら離れ」て しまう結果になっているのである。

さらに,それだけでな く,前節の終わ りで も述べたように, レーニ ンは資本 構成高度化 にともなう第 Ⅰ部門の不均等発展 は 「 恐慌の究極の原因」 としての

「 生産 と消費の矛盾」そのものだとしているのであ り, したが って, レーニ ン は長期的な過程ではな く,現実の資本蓄積の過程を,競争や信用 を捨象 して一 般的に考察 しようとしたのであ り,その意味で も,氏は 「レーニンか ら離れ」

18)

関 恒義編 『 現代の経済学 ( 上 ) 』,青木書店

,1978

,117

頁。

19)

同上

,120121

頁。

(15)

資本構成高度化にともなう第 Ⅰ部門の不均等発展の論証について 3 9 て しまっていると言わなければな らないのである

こういうわけで,先の レーニ ンの文言 の氏のような解釈や,それに もとづ い て行われた氏の論証 は,レーニ ンの意図に沿 っているとはとて も言 いが いので あり,この ことか らして も,先の レーニ ンの文言 は我々が解釈 したよ うに理解 す るはかないのではないか と思われる

3

経済学的 ロマン主義の特徴づけによせて」 における レーニ ンの論証 について

以上, 「いわゆる市場問題 について」における第 Ⅰ部門の不均等発展 に関す るレーニ ンの論証 について,我々の理解を述べるとともに,諸氏 の見解 を検討 して きた。第 Ⅰ吾即日の不均等発展の論証 についてはこの論文が主要 なものであ り,したが って,従来の論争 も主 にこの論文をめ ぐって行 われて きたが,は じ めに述べたように,レーニ ンはそ こでだけ第 Ⅰ部門の不均等発展の論証 を行 っ ているのではな く

,

「 経済学的 ロマ ン主義の特徴づけによせて」,及び

,

「ロシア における資本主義の発展」において もごく簡単 にではあるが,その論証 を行 っ ている

そこで,以下では今まで述べて きた我々の見解が上の二つの著作 にお けるレーニ ンの論証 と敵醇をきたさないかどうかを検討 してみることにしたい。

本節では,まず

,

「 経済学的 ロマ ン主義の特徴づ けによせて」 における レー ニ ンの論証 について検討す る

レーニ ンは第

1

章 「ロマ ン主義の経済理論」の第

5

節 「 資本主義社会におけ る蓄積」において次のように述べている

「 周知のとお り,資本の発展法則 は,不変資本が可変資本 よりもい っそ う急 速 に増大す ること,すなわち,新 たに形成 される資本 のますます多 くの部分が, 生産手段を製造す る社会経済部門にむけられ るということにある。したがって, この部門 は,消費資料を製造す る部門よりも,必然的により急速 に成長す る。」

(Ⅱ‑138)

この文章の後半 の 「 新 たに形成 される資本のますます多 くの部分が,生産手

段を製造す る社会経済部門にむけられ る」 とその部門が不均等に発展す るとい

(16)

うレーニンの主張が正 しいかどうかを確かめるために,余剰生産手段 ( ‑追加

生産手段)の各部門‑の配分に関する以下の表を見てみよう

マルクス蓑式 ( いわゆる 「 出発蓑式

」)

1

年度 第

2

年度 第

3

年度 余剰生産手段 ( ‑追加生産手段)

500 600 660

第 Ⅰ部門への配分額 と配分比率

400 80% 440 73.3% 484 73.3%

第 Ⅱ部門

100 20% 160 26.7% 176 26.7%

レーニン蓑式

1

年度 第

2

年度 第

3

年度 余剰生産手段 ( ‑追加生産手段)

500 550 550

第 Ⅰ部門への配分額 と配分比率

450 90% 500 90.9% 517.5 94.1%

第 Ⅱ部門

50 10% 50 9.1% 32.5 5.9%

このように,第 2 年度以降両部門が均等に成長するマルクス表式では第 3 年 度以降追加生産手段の両部門への配分比率は第

2

年度 と同 じになってい㌻ る

れに対 して,第 Ⅰ部門が不均等に発展 してゆ くレーニン表式では追加生産手段 の第 Ⅰ部門‑の配分比率が絶えず増大 している

したがって,追加資本 のます ます多 くの部分が第 Ⅰ部門に向けられれば第 Ⅰ部門が不均等に発展す るという

レーニンの主張 は間違いないわけである

では,資本構成が高度化するとなぜ

,

「 新 たに形成 され る資本 のます ます多 くの部分が,生産手段を製造する社会経済部門にむけられ」第 Ⅰ部門が不均等 に発展す ることになるのであろうか。

この肝心な点についてはレーニンは何 も述べず,両者を 「 すなわち」 とい う 言葉でつなげて,それが説明 も要 しない程 自明のことであるかのように叙述 し ている

これについては,レーニンが実際に上のことは説明 も要 しない程 自明 のことと考えていたことによるのか,それ とも特別な説明が必要だが何 らかの 理由で説明を省 こうとしたことによるのか,という±っのことが考え られるが, やはり,我々は前者によると考えるのが素直な理解ではないかと思 う

なぜ な

ら,前節で見たように,レーニン自身

,

「 生産手段が もっとも急速に増大すると

いう命題 は

,

「 不変資本 は可変資本よりも急速に増大す る傾向を もつ,とい う

(17)

資本構成高度化にともなう第 Ⅰ部門の不均等発展の論証について

41

●■■■●●●●●●●■■■■●I■■■■●

法則」を , 社会的総生産に適用 して言いかえたものにす ぎない」,とはっきり 述べているわけであるし,そこで説明 したように,この レーニ ンの文言 は,餐 本家の個人的消費の増大 は資本構成高度化 にともなう労働者 の消費の不変資本 に対す る比率の低下を補 うことがで きず,したがって,資本構成 の高度化 にと

もなって全体 としての個人的消費 も不変資本に対 して減少 してゆ くという立場 に立っな らば,全 く正 しいものであるか らである。

こういうわけで・前節 までの我々の見地に立つな らば・レ「ニ ンが ここで・

資本構成高度化 にともなって,追加資本のより多 くの部分が第 Ⅰ部門に配分 さ れ第 Ⅰ部門が不均等に発展 してゆ くということを説明 も要 しない程 自明のこと

として叙述 していることも十分納得できることになるのである

ところで,ここでの レーニ ンの主張に対 しては,たとえば,高木彰氏の 「し か し,技術的進歩がお こなわれるということと,『新たに形成 され る資本 』が どの生産部門により大 きく振 り向けられことになるのかということとは,全 く 別のことである

前者 は,生産財の物理的連関性に関わることであり,後者 は, 資本蓄積の動態に関わることであり,第 1 部門蓄積率の累積的増大を前提 に し て帰結 されることである

・ 技術的進歩 ということの中には,そのような資本蓄 積の運動状況を規定す る契機が内包 されているわけではない」2 0 ) とい う批判が

ある。

このように高木氏は,技術的進歩 は資本蓄積の運動を規定する契機を含 まな いとい う立場か らここでの レーニンの主張を批判 されるのであるが,技術的進 歩‑資本構成高度化は総不変資本 と総可変資本の比率を変化 させるのであるか ら,当然それぞれの素材的要素を生産す る生産手段生産部門 と消費手段生産部 門の比率を変化 させざるをえないのであり,その変化 は具休的には資本蓄積 の 運動によって もたらされるのであるか ら,技術的進歩 は資本蓄積の運動 を規定 する契機を十分含4, でいると言わなければならないのである. したがって,こ

こでの レーニ ンの主張 は上のような非難を受 けるべきものでは決 してないので ある

20)

高木,前掲書

,281

貢o

(18)

氏が上のような レーニ ン批判を行われる根底には高須賀氏 と同様な考え方が 横たわっているように思われる

つまり,資本構成が高度化 して も表式上 は両 部門の成長 には一定の自由度があるか ら,追加資本がどちらの部門によ り多 く 振 り向けられるか,したがって,どちらの部門が不均等に発展す るかば何 も言

えない,という考え方である

しか し,このような考え方 は,今 まで述 べて き たように,労働者の消費が全体 としての個人的消費の動向を,したがってまた, 消費手段生産の動向を決定するということを見逃すという基本的な誤 りの上に 成 り立 っているにす ぎないのである。

4

「ロシアにおける資本主義の発展」における レーニンの論証について

本節では,続いて

,

「ロシアにおける資本主義 の発展」 における レーニ ンの 論証について検討す る

レーニンは第

1

章 「ナロー ドニキ経済学者の理論的誤 り」の第

6

節 「マルク スの実現理論

において次のように述べている。

「われわれが関心をもつ国内市場の問題について,マルクスの実現理論か ら 出て くる主要な結論 は,つ ぎのとお りである

資本主義的生産の,したが って また国内市場の発展 は,消費資料の増大によるよりも,む しろ生産手段 の増大 によって行われる。いいかえれば,生産手段の増大 は消費資料の増大を しの ぐ のである。実際に,われわれは,消費資料 ( 第二部門)のなかの不変資本が, 生産手段 ( 第一部門)のなかの可変資本 +剰余価値 と交換 されることを見た

.

しか し,資本主義的生産の一般的法則によると,不変資本 は可変資本よ りも急

速に増大す る。 したがって,消費資料のなかの不変資本 は,消費資料 のなかの

可変資本 と剰余価値 よりも,急速に増大 しなければならず,また生産手段 のな

かの不変資本 は,生産手段のなかの可変資本 (+剰余価値)の増大 を も,消費

資料のなかの不変資本の増大をもしのいで,もっとも急速 に増大 しなければな

らない。 したがって,社会的生産の うち生産手段 を製造す る部門 は,消費資料

を製造する部門よりも急速 に成長 しなければな らない

」(Ⅱ⊥3

1 )

(19)

資本構成高度化 にともなう第 I 部門の不均等発展の論証 について 4 3 ここでは,レーニ ンはこの文章のす ぐ前のところで説明 している単純再生産 表式を念頭に置いて資本構成高度化にともなう第 Ⅰ部門の不均等発展を論証 し

ようとしているが,両部門の発展の問題 は拡大再生産の問題であるか らそれを 単純再生産表式を用 いて説明できるとす るのはやや奇妙であると言わなければ

な らない。

しか し,それはともか く,ここでは,資本構成の高度化 とともに第 Ⅰ部門 の 生産物のうちで第 Ⅱ部門 と交換 される部分が第 Ⅰ部門のその他の部分に比べて 減少 してゆ くことか ら第 Ⅰ部門の不均等発展が導 き出されている

今 これを拡 大再生産表式に適用 してみると,拡大再生産表式では第 Ⅱ部門 と交換 され る第

Ⅰ部門の生産物は

Ⅰ(Ⅴ+mv+mk)

であり,他の部分 は

Ⅰ(C+mc)

であるか ら, ここで レーニンが主張 しようとしていることは,結局のところ,資本構成高度 化 とともにⅡ(

C+mc)

と交換 される

Ⅰ(+mv+mk)

Ⅰ(C+mc)

に対する比率 が低下するか ら第 Ⅰ部門が不均等に発展するということであると言 ってよいと 思われる

しか し,それではなぜ,資本構成の高度化 とともに可変資本 +剰余価値が不 変資本に対 して,したがってまた,Ⅰ(

Ⅴ+mv+mk)

Ⅰ(C+mc)

に対 して減少 す るのであろうか。 これについては何 も語 っていないが,レーニ ンは,資本構 成の高度化にともなう可変資本の不変資本に対す る減少 と可変資本 +剰余価値 の不変資本に対す る減少 とを,したがってまた,事莱上,Ⅰ

(Ⅴ+mv)

Ⅰ(C+m c)

に対する減少 と

(+mv+mk)

Ⅰ(C+mc)

に対す る減少 とを全 く同 じこと であるかのように叙述 している

とすれば,やはり,レーニ ンは,資本構成 の 高度化による労働者の消費の不変資本に対する減少 とともに個人的消費の全体 も不変資本に対 して減少 してゆ くという考え方を持 っていて,ここで もそ うし た考え方にもとづいて,可変資本 +剰余価値の不変資本に対す る減少を (した がって,事莱上,

Ⅰ(+mv+mk)

Ⅰ(C+mc)

に対する減少を),したが って また,第 Ⅰ部門の不均等発展を叙述 していると考えるのが素直な理解で はない かと思われる

こうして,ここでの レーニンの論証 も第

1

・第

2

節で述べた我々の レーニ ン

参照

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