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社会契約:言語と理論

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Ⅰ.はじめに:社会契約・再論 1.社会契約論の二つの機能 2.〈結合契約〉と〈統治契約〉

3.《二重》契約 の急進性

Ⅱ.社会

1.「社会」の原義 2.社会と国家

Ⅲ.契約

1.「契約」の原義 2.契約と抵抗権 3.革命の制度化

Ⅳ.むすび:『統治二論』と戦後日本 1.戦後日本の精神

2.ブルジョア《民主主義》革命

3.戦後日本と「ブルジョア民主主義革命」

Ⅰ.はじめに:社会契約・再論

1.社会契約論の二つの機能

「社会契約(Social Contract, Contrat Social, Gesellschaftsvertrag)」と、とくに「社会契約論(説)」 によって設立される政府あるいはそれによって形成される国家とは、もはや政治学の重要概念と なって久しいだけでなく、先人たちによって、とくに〈新たな政府〉の設立を説明するための原理 として唱えられ、かつ人々にもそのように受け取られてきた。今日、我々は、この理論とこれに纏 わる以上の事情とを、もはや常識として受け止め、顧みることはしていない。本稿において、筆者 は、まず、「社会」と「契約」という語の原義の確認する作業から始めて、あらためて「社会契約」

の意味を問い直す手がかりとする。それは、この作業によって、この理論に対して抱かれてきた先 入見や誤解の排除、および理論の修正に一定の貢献をするであろう、と判断に基づく。次に、この作 業は、結果として、以上の文脈において典型的「社会契約論」者と見なされてきたジョン・ロックと、

それが提唱されるとされてきた著作である『統治二論』1)における理論の独自性とその意味とを、い ま一度問いなおす作業にも行き着くであろう。

たしかに、「社会契約論」が政治学における重要な概念となってきたのは、この理論がいくつかの

〈政治の実際〉の場面で果たしてきた機能の《実践》性によるからであった。その《実践》性とは、

社会契約:言語と理論

鈴 木 朝 生

(2)

この理論の機能が、政治権力の交代、あるいは政治権力の空白状態から、新たに設立されるべき政 治権力~政府の〈正統性〉の弁証という目的のために唱えられてきたという事情を指す。実際に、

理論としての「社会契約論(説)」は、これまでの歴史において、いくつかの国における政治の実践 家・実務家たちや、彼らの行動の正統性を弁証しようとする理論家たちによって援用・引照されて きた。

この場合、そこには、新たな政府~政治権力設立の《主導権》が、あくまで「社会」あるいは、

〈人民〉の側にある以上、現に設立された政府~政治権力に対して牽制を継続する機能についてはも ちろんのこと、新たに設立されようとする政府~政治権力をも、その設立に先んじてなお牽制を継 続する機能をも含まれている。《正統性》という観点からすれば、政治権力交代そのものの根拠は、

一にかかって、当該政治権力が〈社会〉あるいは〈人民〉と締結した契約の内容を、よく遵守し履 行しているか否か、についての判定に置かれており、その判定権もまた、いうまでもなく「社会」

の側にある。

しかし、あらためて「社会契約」とは一体何を指すのか、とその意味内容と定義を問われると、

まずその核心を構成する二つの概念、すなわち、「契約」の《主体》としての「社会」と、その《行 為・手続き》としての「契約」とに対してすら、必ずしも明確な説明を与えられいまま置き去りに されている、という指摘もまた、あながち的外れではないであろう。

以下に示すように、「社会契約」の意味内容を曖昧にさせている原因は、何よりもまず、「社会」

と「契約」との語について、後世に原義から派生した意味を含め、その一部に過ぎない意味を..........

、あ. たかもその意味のすべてであると受け取って疑わない

........................

、我々の

...

速断と誤

....

解とにある

.....

。我々は、「社会」

と「契約」とを、常日頃、以下のような意味を持つ語として使っている。すなわち、「社会」とは、

人々が構成し日々活動している《実体》であって、かつ一国内に成立する「一国社会」、あるいは小 さな、あるいは相対的に狭い人間関係によって構成されるのではな...

い.

「大・社会」、それと並んで、

人々が構成する個々の共同体の絆から一旦解放され、共同体が崩壊した後に成立した、人間関係が

「全面化した社会」、また、その結果として人々が「均質(均等あるいは等質)化した社会」、あるい は「没個人・没個性化した社会」、それ故人々が、取り結ぶべき絆を断ち切られた挙句、「孤立化し た社会」、論者によっては「大衆(化)社会」である。しかし、Ⅱ. に示すように、こうした実体と しての「社会」のイメージに基づく意味は、おそらくは、後世生じたこの語の意味の一部に過ぎな

.............

い.

。にもかかわらず、我々は、その一部の意味をこの語の意味のすべて、とは言わないまでも、そ の他の意味についてほとんど意に介さないほどに、圧倒的大部分を形成する意味である、と信じて 疑っていない。その一方で、我々が抱きがちな先入見に基づく「契約」の意味としては、「契約」と は、「契約書」という「書かれた文書」の存在を当然の前提とし、そこに書かれた契約内容に対する 当事者同士の承認、その後の「署名・捺印」による契約の締結と「契約書」の取り交わし、その契 約内容に盛られているであろう「違反に対する救済措置・賠償」など、具体的な一連の行為である、

と受け取る半解に基づく牢固としたそれがある。

我々は、その邦語訳語としての「社会」と「契約」という日本語の持つ、意味の限定性や偏向を そのまま受け容れた結果として、我々が、いまなお、この語の持つ本来の意味や、剰余の意味を、

意識の外に取り残してきたために、その当然と結果として「社会契約」の意味と、それが果たす役 割について曲解してきたし、その事情はいまなお変わっていないのではないか、という問題提起に 対しては、決して完全にこれを無視できない。当然のことながら、このような曲解が何故起きるの か、その原因を想像すれば、「社会契約」に限らず、というより、この語においてもまた、ヨーロッ

(3)

パ各語と日本語の訳語との間に起きる落差という、ありきたりではあるが、我々が決して逃れるこ とのできない、したがって、本来ならば絶えず意識の内側に置いていなければならない問題に帰着 するのである。

いうまでもなく、「社会契約」とはヨーロッパ起源の概念である。以下では、「社会」については

Ⅱ. において、また「契約」についてはⅢ. において、その語源と原義とをヨーロッパ各語に尋ねる 作業によって、上記の曲解や誤解を修正する試みがなされるであろう。

2.〈結合契約〉と〈統治契約〉

ロックが『統治二論』の「第一論文」において、名指しで批判の対象として呼び出していたフィ ルマー流の〈族長〉論も、政治権力の〈正統性〉という観点からみれば、その理論的一変種と見な すことのできる〈王権神授説〉こそ、「社会契約論」の対抗理論であった。しかしながら、さらに、

J. N. フィッギス(John Neville Figgis)によれば、その〈王権神授説〉でさえ、中世を通じた、〈皇 帝権〉と〈教皇権〉との闘争という文脈に置きなおすと、逆に〈教皇権の至上性〉を主張する理論 に対して、〈皇帝権の神授権・神聖性〉を擁護する、対抗理論でもあったのである1)

これら三理論には、その正統性の論証の意図こそ三者三様異なるところに置かれているものの、

いずれも、理論そのものが実際の政治権力と権力者に近いところで展開され、したがって、その提 唱者・論者自身もまた、政治権力にかなり近いところにその身を置いている、という共通点がある。

しかしながら、その上で、かりに前二者を一括して「社会契約論」と比べると、その対抗・緊張関 係にもかかわらず、「社会契約論」との間には、なお顕著な相違・落差があることがわかる。すなわ ち、前二者が、〈教皇権〉であれ〈皇帝権〉であれ、連綿と続く時間の《連続》性に権威の〈正統性〉

の根拠を置くのに対し、社会契約論には、断絶すなわち、〈契約〉という人々の〈作為〉によって、

政治権力が新たに打ち立てられたか、さもなくば以前の政治権力の崩壊あるいは倒壊の後、政治権 力の空白状態から、政治社会が新たに形成され、さらにそこから政治権力があらたに打ち立てられ た、という《刷新》あるいは《革新》のモーメントがある点において、大きく異なっている。

ところで、J. W. ガフ(J. W. Gough)は、この「社会契約」についての先駆的業績として今なお 無視しえない、の『社会契約(The Social Contract: A Critical Study of its Development.)』2)に おいて、「社会契約という名称は、しばしば二つの異なった種類の契約を取り扱う」3)と述べて、「社 会契約」には、その理論の構成上、〈結合契約〉と〈統治契約〉の二つの要素がある、と主張してい る。ガフは、その一方を、‘Gesellschaftsvertrag, pacte d’association’、すなわち、狭義の...

「社会契 約」、「社会」を構成するための「結合契約」(以下では、この狭義

..

「社会契約」を「結合契約」とい う用語で統一する)と呼び、他方を、‘Herrschaftsvertrag, Unterwerfungsvertrag, pacte de

gouvernement’、すなわち支配―服従関係を構成する「統治契約」(これについては、「支配契約」

の訳語も見られるが、以下では「統治契約」という訳語で統一する)と呼んで、「社会契約」とは、

この双方の「契約」を構成要素とする、としている。ガフが、このように主張する根拠は、それぞ れの「契約」が別個の〈起源〉を持つという点にある。すなわち、〈統治契約〉が中世〈前期〉にそ の起源を有する4)一方、〈結合契約〉は中世〈後期〉にその起源を有し5)、したがって、本来別個 の時期にそれぞれの観念が発生した、とするガフの主張については、議論それ自体としては説得的 ではあるものの、しかし、双方を統合した「社会契約」と比較した場合、〈結合契約〉と〈統治契約〉

の双方とも、あくまでもそれぞれ単独の理論として........

みた場合に限れば........

、理論としての有効性を持ち

(4)

えているとは全く言えない。

すなわち、まず、ガフが典型的事例として挙げている「結合契約」とは、1620年にメイフラワー 号(Mayflower)から上陸した、ピルグリム・ファーザーズ(The Pilgrim Fathers)による「信約

(covenant)」である。エイヴォン・プロジェクト(Avalon Project)編集責任者によれば、そのタ

イトルは‘Mayflower Compact : 1620.’あるいは‘Agreement Between the Settlers at New Plymouth : 1620.’であるが6)、‘Compact’にせよ‘Agreement’にせよ、「合意」を意味する点 では相違はない。加えて、たしかに、この『文書』の本文中において使われている「契約」に相当 する語を探せば、それは、これに署名した、信仰を同じくする当事者間の「信約(covenant)」で ある。Ⅱ. において詳論するとおり、少なくとも、当事者間の

.....

「契約

..

(contract)」ないし、それに 類する語ではない........

ことは確かである。全文を引用するならば、以下のとおりである。

「神の名において、アーメン。以下に署名した我々は、グレイト・ブリテン、フランスおよびア イルランドの神、国王、信仰の守護者、等々の恩寵によって、崇敬する君主である国王ジェイ ムズの忠実な臣民である。神の栄光とキリスト教信仰の振興および国王と国の名誉のために、

ヴァージニア北部に最初の植民地を建設するために航海を企て、開拓地のより良き秩序と維持、

お よ び 前 述 の 目 的 の 促 進 の た め に 、 神 と 互 い の 者 の 前 に お い て 厳 粛 に か つ 互 い に 契 約

〔covenant〕を交わし、我々みずからを政治的な市民団体に結合する。これを制定することに

より、時々に植民地の普遍的利益にもっともよく合致し、便益をもたらす考えられるように、

公正で平等な法、条例、制定法、規約や役人を、立法し、制定し、構成し、それらに対して我々 はふさわしい服従と従順を約束する。上記の証として、君主にして国王ジェイムズのイングラ ンド、フランス、アイルランドの11年目、スコットランドの54年目の統治年11月11日、ケープ コッドで我々の名前をここに署名する。西暦1620年。」

なお、原文は以下の通りである。

Mayflower Compact : 1620

Agreement Between the Settlers at New Plymouth : 1620

IN THE NAME OF GOD, AMEN. We, whose names are underwritten, the Loyal Subjects of our dread Sovereign Lord King James, by the Grace of God, of Great Britain, France, and Ireland, King, Defender of the Faith, &c. Having undertaken for the Glory of God, and Advancement of the Christian Faith, and the Honour of our King and Country, a Voyage to plant the first Colony in the northern Parts of Virginia; Do by these Presents, solemnly and mutually, in the Presence of God and one another, covenant and combine ourselves together into a civil Body Politick, for our better Ordering and Preservation, and Furtherance of the Ends aforesaid: And by Virtue hereof do enact, constitute, and frame, such just and equal Laws, Ordinances, Acts, Constitutions, and Officers, from time to time, as shall be thought most meet and convenient for the general Good of the Colony; unto which we promise all due Submission and Obedience. IN WITNESS whereof we have

(5)

hereunto subscribed our names at Cape-Cod the eleventh of November, in the Reign of our Sovereign Lord King James, of England, France, and Ireland, the eighteenth, and of Scotland the fifty-fourth, Anno Domini; 1620.

我々は、英語の‘covenant’の語を一見しただけで、ただちに宗教改革以降、ピューリタンたち が頻繁に使用した用語と速断し、これについて神との間で交わされた「旧約」から転じて、日本語 訳語として「信約」という訳語を連想しがちが、以下にODE7)が示すように、まずこの語の一般 的意味は、何よりもまず当事者間の「合意」であり、仮に日本語で通例この語に対し、神との間で 交わされた「信約

..

」という語を当てる場合の、神学上の意味という特殊な用例についてでさえ、あ くまで「神と民との関わり合いをもたらす合意..

」を意味するにすぎないだけでなく、そもそも、〈統 治者〉と〈被治者〉の間の《合意》の意味などそこにはない。それは、以下のようにこの語の語源

(-ORIGIN)を中世英語から古フランス語、さらにラテン語の ‘convenire’ の ‘assemble, agree, fit’, from con‐ ‘together’ + venire ‘come’ という意味まで遡れば明白なように、その語源はあくまでも

「合意」である。

covenant /ˈkʌv(ә)nәnt/

▶noun an agreement.

◾<Law> a formal agreement, contract, or promise in writing, especially one undertaking to make regular payments to a charity.

◾<Law> a clause in a contract drawn up by deed.

◾<Theology> an agreement which brings about a relationship of commitment between God and his people. The Jewish faith is based on the biblical covenants made with Abraham, Moses, and David.

▶verb

[no obj.] agree by lease, deed, or other legal contract:

◾[with obj.] <Brit.> undertake to give (a sum of money) regularly to charity by means of a covenant.

covenantal adjective covenantor noun -ORIGIN

Middle English: from Old French, present participle of covenir ‘agree’, from Latin convenire (see CONVENE).

from Latin convenire ‘assemble, agree, fit’, from con‐ ‘together’ + venire ‘come’.

理論上は、実際にこの「盟約」に署名した人々は、文書中において、国王ジェイムズ1世の自ら に対する統治を明確に認め、あくまでジェイムズへの服従を前提としているばかりか、翻って、ジェ イムズとの〈統治契約〉を新たに交わすという意図も文言もまた、見当たらない以上、この文書中 に「統治契約」の要素はそもそも求めるべくもない。

さらに、ガフは、これを「国家の起源」である、とも述べている8)。たしかに、この文書は、新

(6)

大陸という、自らの政府や政治権力の存在しない空白状態、ガフによれば「自然状態」に置かれた 中での、アメリカという国家建国の起源の一つには数えられよう。また、なるほど信仰を同じくす る者たちの〈共同の関係性〉は、どれほど数が限られた者たちの間であろうと、「社会」に相当する と考えることも可能である。しかし、それは、のちの「独立革命」のような、〈社会契約〉の政治的 実践の局面における、旧体制と新体制との交替・更新の機会に立ち会って、あらためて交わされる

「契約」とは異質のものである。その証拠に、これに署名した人々は、この文書の本文中において、

それ以前と変わらずジェイムズを自らの統治者として認めているのである。

後述の議論との関連において注意すべきは以下の点である。すなわち、もしかりにガフに同意し て、あえてこれを「社会契約」、すなわち、信仰を同じくする者同士という意味での「社会」を形成 するための「契約」と見なす根拠を探すならば、それは有形の「文書」に対する、当事者たちの「署 名」という〈行為〉とその記録であろう。とくに、我々の間には、「契約」という日本語から連想す る意味として、それがもっぱら「署名」という〈行為〉によるものだと、速断して受け取られる先 入見は根強く続いている。たしかに、我々の「社会契約」の形成に、ある種の偏向性を与えている ものがあるとすれば、それはこの契約対象となる有形の「文書」の存在と、それに対する「署名」

という行為の実行と、であることはまちがいない。したがって、ガフの指摘の貢献は以下にある。

すなわち、とくに前者において、「社会契約論」が唱えられるはずの場面においては、実際に、上記 の、契約当事者の署名がなされた

.............

、‘Mayflower Compact : 1620’と銘打たれた《契約文書

....

》の実

..

在を指摘した......

こと自体である。というのは、こうした文書こそ、社会契約理論に謳われるはずの重 要な理論装置としての、人々による社会《契約》行為が実際になされたという事実の有力な証拠と なるからである。

他方、ガフが「統治契約」の実例として挙げているのは、名誉革命に際してジェイムズ2世が破っ たと非難された「国王と民衆との間の始原契約〔original contract〕」と呼ばれる「契約」である9)。 この「始原契約」こそ、国王と民衆との間に交わされた「統治契約」に相当する、というのである。

もちろん、この「始原契約」なるものは、実体としての「契約」が存在したか否かについては定か ではなく、そのこと自体を問うことがないような、あくまで、名誉革命に復古的性格を見出す立場 に立てば〈建国神話〉に類するものであろう。たしかに、ガフが、前者「結合契約」の事例とは逆 に、それが神話であると主張する根拠となるような、特定の〈文書〉の存在を指示しているわけで はないこと自体は、ガフの研究の最大の弱点ではある。しかしながら、逆にあえてガフの研究の貢 献を指摘すれば、これが〈統治契約〉の典型的事例を提供しているにとどまらず、名誉革命という 政治体制転換の決定的場面において、その推進主体となった人々が、国王による、この「統治契約」

の《破棄》という行為を実際にありとした上で、その〈不当性〉を革命という行為の〈正当化〉の 根拠であると主張した点にある。しかし、なおその上で、それが「統治契約」だとしても、それで ははたして革命の推進主体となった「人々」が、その前提として当然存在すべき、〈統治契約〉の主 体である「社会」を形成し、その上で「社会」を形成すべき「契約」、すなわち、狭義の「社会契約」、

「結合契約」を結んだか、と言えば、その存在については、ガフの研究ではなお言及されていないの である。

そこで、名誉革命を正当化した文書を探すならば、その一つは『権利の章典(Bill of Rights,

1689.)』10)であろう。しかし、不思議なことに、『権利の章典』においては、「契約」の締結ない

し合意、またその後の「契約」破棄とそれに対する非難や、さらには、たとえば抵抗権の発動の正 当化等、少なくとも理論としての「社会契約論」の理論的構成や「社会契約論」的発想・観念、慣

(7)

用句を探し当てることは、ほとんどまったくと言ってよいほどできない。その一方で、この名誉革 命期に、「革命」のような政治体制転換の決定的場面と、新たに打ち立てられた政治権力~政府を正 当化するための理論としての社会契約論とその唱道者と言われてきた著作とその著者としてただち に想起されるのは、従来ジョン・ロックと『統治二論』であると言われてきた。この点は、とくに、

ロック自身が、名誉革命の翌年、1690年発行の『統治二論』の「緒言〔The Preface〕」において、

自らの著作が「わが偉大な王位復位者、わが現国王ウィリアムの王座を確立…〔中略〕…すること を証明するのに…〔中略〕…十分であろう」11)と、この著作と自らが名誉革命の《実践性》と近い ところにあることを認めるとともに、公言してさえいただけに、我々の速断を許すのである。それ 故、問題はロック『統治二論』において「始原契約」を含めた「契約」およびその破棄のモーメン トが見出せるか否か、にあるが、これについては、Ⅲ.の3.において詳論されるであろう。

3. 《二重》契約 の急進性

2.に述べた〈結合契約〉と〈統治契約〉における性質とその理論単独の限界性を踏まえた上で、

ここに言う「社会契約論」の急進性とは、政治社会の設立を行う〈結合契約〉と、正当な政治権力 の設立を行う〈統治契約〉との《二重性》にある。「社会契約論」を構成する理論装置に分解して見 ていくと、〈結合契約〉の前提には、政治権力の存在しない状態、すなわち「自然状態」が存在して おり、そして、その状態から「契約」という作為によって「政治社会」が形成され、そののちに「国 家」、「政府」あるいは「統治(者)」が設立されて、「政治社会」との間で「契約」が取り結ばれる。

「社会契約論者」の中でも、この「二重契約」説をもっとも典型的に提示したのは、いうまでもなく、

ザムエル・プーフェンドルフ(Samuel Pufendorf)である。たしかに、プーフェンドルフは、「…二 つ の 合 意 〔Duo … pacta〕 が … 〔 中 略 〕 … 一 致 す る 〔concurrunt〕」と 述 べ て 、「 政 治 社 会 」

〔sociotatem … civilem〕すなわち、国家を構成する際に交わされる契約の《二重》性について言及

している1)

「社会」と「契約」という、それぞれに語源を異にする語の形成する概念が結合して「社会契約」

という一個の独立した概念へと《変容》し、それ自体独自の意味を持つことによってはじめて、「社 会契約」という語が〈政治権力の正統性の弁証〉という独自の機能を持つようなる。〈結合契約〉に よって「社会」が形成され、その「社会」が〈統治契約〉によって「国家」ないし「政府」を設立 するという行為が、あくまで《一連の手続き》によってなさ..

れてはじめて......

、「契約」の《二重性》に よる「政治権力」の《正統性》が担保される、というのが、理念型としての「社会契約」が成立す る要件であった。

この「社会契約論」の〈急進性〉は以上に留まらず、〈抵抗権〉の発動において最も発揮される。

すなわち、政治権力を設立したのは、あくまで順序としてそれ以前になされた、〈結合契約〉の主体 としての「社会」の側にある以上、政府~政治権力の側に何らかの契約違反、あるいは不履行のあっ た場合における「社会」の側からの《抵抗権》の主張である。たしかに、プーフェンドルフみなら ず、ヨハンネース・アルトフシウス(Johannes Althusius)もまた、自らの「社会契約」理論の中 に《抵抗権》論を組み入れていた2)

ところが、ここで後述のⅢ.の2.および3.との関連においてとくに注意をしなければならないの は、ロックの理論の特徴は、プーフェンドルフ流の「二重契約」説を、さらに超えたところにあっ たという点である。ロック理論をそれ以外の「社会契約論(説)」者の理論と比べるとき、以前の諸 理論を超える《急進性》が発揮されるのは、その《革命権》の主張である。しかも、ロックは、そ

(8)

れまでの諸抵抗権理論の理論的限界を見据えた上で、それを乗り越えて抜け出たところに、この《革 命権》論を設定したとさえ言える。それは、ロックの理論が、通例「社会契約論(説)」と呼ばれな がらも、実際にその理論装置上最も重要な概念とは、正確には、「契約

..

」と訳される

.....

‘contr..... a.

ct..

’で

. はなくて....

、契約の性質として、ある意味においてそれとはまったく対立する........

、あるいは相容れない..........

概念としての

......

、〈統治契約

....

〉に

. 対応

..

する

..

「信託

..

〔trust.....

〕」をその特徴とする

........

、というところにある。

これは、単に訳語の問題に留まらない重要性を孕んでいる。その重要性とは、前者が、当事者間の 関係において「双務的」であるのに対し、「信託」とは、これとは全く逆の機能を果たす「片務的」

である点にある。「片務的」であるとは、すなわち、「合意」によって当事者たちが〈社会〉に結合 し、そうした後に、〈社会〉は、政府~政治権力設立に際して、彼らに対し、その設立の目的を自ら の「生命・自由・および財産の保護・保全」であると明らかにした上で、一方的に....

「信託..

」すると...

ころにある

.....

。当然のことながら、この《一方性》と、その結果として、信託された内容、すなわち、

「生命・自由・および財産の保護・保全」の《義務》が政府~政治権力の側にしか課せられていない............

。 逆に言えば、後者は、前者から「信託」された目的の達成を、履行すべき「信託」の内容として一 方的に「受託」させられ、かりにもしその目的を達成できない場合には、信託違反、ないし信託の 不履行として、信託は社会の側から一方的に破棄され、受託者はその地位・職務を離れることが《制 度化》されているのである。そうである以上、この「信託」が破棄、撤回された瞬間に、ただちに 政府~政治権力の交代、すなわち、《革命》が遂行されるのである。

この、ロックの「信託」概念の持つ、際立った特徴としての《片務性》について指摘し、それを イギリス法に特有の概念である、と断言したのは、アーネスト・バーカーが、オットー・フォン・

ギールケの『ドイツ団体法(Das deutsche Genossenschaftsrecht.)』の第4分冊に当たる『近代の 国家学説および団体学説(Die Staats- und Korporationslehre der Neuzeit : Durchgeführt bis zur Mitte des Siebzehnten, für das Naturrecht bis zum Beginn des Neunzehnten Jahrhunderts

(Das deutsche Genossenschaftsrecht von Otto von Gierke, Bd. 4.)』におけるギールケ本人による

「脚注」3)に対して、このギールケの著作の部分訳に当たる『自然法と社会理論、1500年~1800年

(Otto Gierke, Natural Law and the Theory of Society, 1500 to 1800, By Otto Gierke ; With a Lecture on The Ideas of Natural Law and Humanity by Ernst Troeltsch ; Translated With an Introduction by Ernest Barker.)』の中の、さらにバーカー自身が付け加えた「訳注」4)において、

である。この論点は、後述するⅢ.の3.において詳論されるであろう。

しかしながら、先の『統治二論』の「緒言」におけるロック本人の言にもかかわらず、『統治二論』

が書かれた時期は、実際には「名誉革命」のそれを遡る、「排斥法危機(The Exclusion Crisis)」

の頃である可能性が色濃いというロック研究の成果を勘案するならば、むしろ、ロックの「社会契 約論」が政治的実践にごく近い場所で援用された事例として意識しなければならないのは、「名誉革 命」ではなくてむしろ「アメリカ独立革命」において、である。そこにおいては、理論家であるだ けではなく、自らが革命の実行者でもある、いくつかの「文書」の作成者たちが、ロックの理論を かみ砕いて、それ故当然の結果として、ロックの名前については一切言及することなく、しかし、

明確にロックの理論を援用することによって、社会契約論的語彙を使用し、それのみならず、実際 に植民地に自らの、自らによる「社会」を形成し、そしてその「社会」を構成する人々が、「契約」

によって政府を設立し、新しく「国家」を建設したのである。その意味において「アメリカ独立革 命」は、理論としての「社会契約論(説)」が実際に動員され、また実際の行為としての〈結合契約〉

によって「社会」が形成され、〈統治契約〉によって政府が設立されて、その行為・行動の正統性を

(9)

弁証された、明確な歴史上の一事例である。

「アメリカ独立革命」の正統性を弁証する意図に従って、相互にごく近い時期に著された二つの「文 書」、すなわち1776年6月12日の『ヴァージニア権利の宣言(章典)(Virginia Declaration of Rights. Virginia Bill of Rights.5)と、同年7月4日の『独立宣言(The Unanimous Declaration of the Thirteen United States of America.6)の、それぞれの作成者が眼目として援用した論点を併記 するならば、ロック理論の中でも、以下の①~③の三点である。

①ロックにおける政府設立の手続きたる「信託」と、その目的たる「生命・自由・および固有 権の保全」の内で、「固有権」あるいは「所有」は、『ヴァージニア権利の宣言』においては、

「固有権(所有)の取得と所有、幸福と安全の追求および獲得」と、またさらに『独立宣言』

では「幸福の追求」と言いかえられているものの、しかし、いうまでもなくここでの、政府 設立の目的についての用語法は、ロック理論を援用している。

②政府~政治権力設立の根拠は、被治者との「同意(consent)」にある、とした点。

③政府が上記の設立の目的に背いた場合、これを交替させるのは、被治者側の権利である、と した〈革命権〉の主張である。

まず、『ヴァージニア権利の宣言』においては、起草者は、

①「財産獲得と保有の手段を伴う、生命・自由の享受と、幸福と安全の確保〔life and liberty, with the means of acquiring and possessing property, and pursuing and obtaining happiness and safety〕」が「固有の権利〔inherent rights〕」である

②為政者は人民の「受託者〔trustee〕」であること。この文書には、『独立宣言』に見られるよ うな「革命」権への言及こそなされていないが、Ⅲ.の3.に詳論するとおり、「信託」の持 つ機能を考えれば、当然政府~政治権力交代は含意されている

③人民の代表者の「同意〔consent〕」のない、あらゆる法の停止と法の執行の権力は、人民の 権利に対する侵害であり、また行使されるべきではない

と述べている。

A DECLARATION OF RIGHTS made by the representatives of the good people of Virginia, assembled in full and free convention which rights do pertain to them and their posterity, as the basis and foundation of government.

Section 1. That all men are by nature equally free and independent and have certain inherent rights, of which, when they enter into a state of society, they cannot, by any compact, deprive or divest their posterity; namely, the enjoyment of life and liberty, with the means of acquiring and possessing property, and pursuing and obtaining happiness and safety.

Section 2. That all power is vested in, and consequently derived from, the people; that magistrates are their trustees and servants and at all times amenable to them.

(10)

Section 3. That government is, or ought to be, instituted for the common benefit, protection, and security of the people, nation, or community; of all the various modes and forms of government, that is best which is capable of producing the greatest degree of happiness and safety and is most effectually secured against the danger of maladministration. And that, when any government shall be found inadequate or contrary to these purposes, a majority of the community has an indubitable, inalienable, and indefeasible right to reform, alter, or abolish it, in such manner as shall be judged most conducive to the public weal.

Section 4. None of mankind is entitled to exclusive or separate emoluments or privileges from the community, but in consideration of public services; which, not being descendible, neither ought the offices of magistrate, legislator, or judge to be hereditary.

Section 5. That the legislative and executive powers of the state should be separate and distinct from the judiciary; and that the members of the two first may be restrained from oppression, by feeling and participating the burdens of the people, they should, at fixed periods, be reduced to a private station, return into that body from which they were originally taken, and the vacancies be supplied by frequent, certain, and regular elections, in which all, or any part, of the former members, to be again eligible, or ineligible, as the laws shall direct.

Section 6. That elections of members to serve as representatives of the people, in assembly ought to be free; and that all men, having sufficient evidence of permanent common interest with, and attachment to, the community, have the right of suffrage and cannot be taxed or deprived of their property for public uses without their own consent or that of their representatives so elected, nor bound by any law to which they have not, in like manner, assented for the public good.

Section 7. That all power of suspending laws, or the execution of laws, by any authority, without consent of the representatives of the people, is injurious to their rights and ought not to be exercised. …

The committee draft was written chiefly by George Mason, and the final version was adopted by the Virginia Convention with significant amendments by Robert C. Nicholas and James Madison on June 12, 1776.

さらに、『独立宣言』においては、

①「生命・自由・および幸福の追求〔Life, Liberty, and the Pursuit of Happiness〕…〔中略〕

…を確保するために政府〔Governments〕が打ち立てられた」こと

②その正当な権力は被治者の同意〔the Consent of the Governed〕に由来する

③「信託」という用語への言及こそないものの、それは「絶対的な専制」という「統治を打倒 し、将来の安全のために保障を用意するのは、権利であるとともに、かつ義務である」とし て、政府交替の〈革命権〉の主張に言いかえられていて、この権利に基づき、「グレイト・

ブリテンの国王」に対して「独立革命」が行われたこと、しかも、この「権利」は今後もな お保持されることが明確に謳われている。

(11)

Documents from the Continental Congress and the Constitutional Convention, 1774-1789 In Congress, July 4, 1776. The unanimous declaration of the thirteen United States of America.

IN CONGRESS, JULY 4, 1776.

THE UNANIMOUS DECLARATION OF THE

THIRTEEN UNITED STATES OF AMERICA.

WHEN, in the Course of human Events, it becomes necessary for one People to dissolve the Political Bands which have connected them with another, and to assume, among the Powers of the Earth, the separate and equal Station to which the Laws of Nature and of Nature’s GOD entitle them, a decent Respect to the Opinions of Mankind requires that they should declare the Causes which impel them to the Separation.

We hold these Truths to be self-evident, that all Men are created equal, that they are endowed, by their CREATOR, with certain unalienable Rights, that among these are Life, Liberty, and the Pursuit of Happiness.--That to secure these Rights, Governments are instituted among Men, deriving their just Powers from the Consent of the Governed, that whenever any Form of Government becomes destructive of these Ends, it is the Right of the People to alter or to abolish it, and to institute new Government, laying its Foundation on such Principles, and organizing its Powers in such Form, as to them shall seem most likely to effect their Safety and Happiness. Prudence, indeed, will dictate, that Governments long established, should not be changed for light and transient Causes; and accordingly all Experience hath shewn, that Mankind are more disposed to suffer, while Evils are sufferable, than to right themselves by abolishing the Forms to which they are accustomed.

But when a long Train of Abuses and Usurpations, pursuing invariably the same Object, evinces a Design to reduce them under absolute Despotism, it is their Right, it is their Duty, to throw off such Government, and to provide new Guards for their future Security.

Such has been the patient Sufferance of these Colonies; and such is now the Necessity which constrains them to alter their former Systems of Government. The History of the present King of Great-Britain is a History of repeated Injuries and Usurpations, all having in direct Object the Establishment of an absolute Tyranny over these States. To prove this, let Facts be submitted to a candid World.…

以上の二つの「文書」に示された〈信託〉と〈政府設立の目的〉についての論点は、日本国憲 法との関連性において、Ⅳ.において論じられるであろう。

(12)

Ⅱ.社会

1.「社会」の原義

本節の目的は、「社会」という日本語に相当する原語の意味を探る作業によって、今日我々が理解 しているこの語の意味との間に生じる齟齬を確認することにある。その際の論点は四つある。

①本来「社会」という訳語の原語は、今日の意味とは違い、もっぱら人と人との間の《関係性》

を意味し、しかも、その《関係性》とは、自他を区別する以上、他とは違う、しかも、関係の 緊密性を持つがゆえに、相対的に狭い集合体を指していた。

②古典古代から、おそらくは近代における、かなり後の時期に至るまで、アリストテレスの

‘κοινωνία πολιτική’のラテン語訳の一つである‘societas(civilis)’をその典型的事例とし て、「社会」という訳語の原語は、〈国家〉と同じ《集合体》を、別の側面から言い表していた。

③ところが、「社会」とは、ある種の人間の〈関係性〉の意味を残しつつ、その意味は後退する か、さもなくばその中に埋没する形で、ある時期以降、〈国家〉からは相対的に自立して独自 のメカニズムで動く、人びとが構成する《実体》であるとも受け取られるようになった。

④しかし、それは、いうまでもなく、後世「社会」の語に付加された、意味の一部を構成するに すぎない。そうであるにもかかわらず、我々はそれをあたかも「社会」の意味のすべてである..................

かのように

.....

受け取っていて、いまなお疑おうとしていない。

今日、我々は「社会」という言葉を、「広い」領域、空間、人間関係を意味する言葉として使って いる。実際、我々は、しばしば、「社会」という語を、「国家」に対応する言葉、すなわち、国家か ら相対的に自立・独立した領域でありながら、なおかつ「国家」が主権・領土(領海・領空)・国民 という要件を備えたという意味で《実体》であると理解して疑わないように、当然「社会」につい てもそれがそこにおいて人々が活動する《実体》としての領域の意味で使っている。ここで言う活 動とは、たとえば、国家が介入すべきでない領域としての、個人の権利や自由、あるいは財産であ るとか、あるいはそれを産み出す自由な経済活動や労働を含む市場における交換・交易、さらには 個人の信仰に基づく宗教活動などを指す。たしかに、こうした「社会」とは、いいかえれば「一国

(内)社会」、「大・社会」、人々の関係が「全面化した社会」、その成員である人々が「均質(等)化 した社会」、「大衆」の登場および選挙権拡大による大衆民主政治の成立を前提とする「大衆社会」

でもある。そこに想定される人々の典型とは、独立あるいは孤立した一人一人の人間である。

ところが「社会」に相当する語に上記①の意味が見出せる以上、それとして自立した領域として の「社会」が現れる以前には

....

、いわば前「社会」とも呼ぶべき人間関係が存在していたことは想像 に難くない。そこにおいては、成立後の全面化した「社会」とは対照的に、人々が諸々の緊密な《関 係》によって取り結ばれる〈共同体〉、あるいは、人によっては〈団体〉と呼ぶ集団に属していたで あろう。人々を結合していた《関係》、一人一人が所属していた《関係》の総体とは、往々にして一 つとは限らず、複数の《関係》である場合もあったであろう。この両者を比較対照させるならば、

「一国(内)社会」、「大・社会」、「全面化した社会」、その成員である人々が「均質(等)化した社 会」とは、そうした人々を結合していた諸《関係》、人々を結ぶ

.....

《絆

》が断ち切られたのちに成立す

.............

る.

「社会」である、ということになる。そこでは、一人一人は、教養を備えた、尊厳ある自立した

「個人」として現れる場合もあれば、お互いが孤立化・没個性化した「大衆」として現れる場合もあ る。

(13)

そこで、Oxford Dictionary of English, Third Edition.(以下では、これをODE と略記する)に 手がかりとすると、‘society’の意味として以下のように列記されている。中でも注目すべきは、

あえて「社会」の意味の内、広い「社会」を意味すると受け取れるのは、下記の内1の太字の意味 内容だけにすぎないという点、およびその「語源(ORIGIN)」である。すなわち、ODEは、英語 である‘society’の語が使われていた16世紀中葉においてすでに、‘companionship, friendly

association with others’という「狭い」、したがって何よりも「緊密な人間関係」を意味する言葉

として使われていて、しかもその事情は、さらに遡って、英語の本来の語源であるラテン語

‘societas’においても同じである、と記しているのである。

‘society

▶noun(pl. societies)

1 [mass noun] the aggregate of people living together in a more or less ordered community:

◾ the community of people living in a particular country or region and having shared customs, laws, and organizations:

◾ [with adj.] a specified section of such a community:

◾ (also high society) the aggregate of people who are fashionable, wealthy, and influential, regarded as forming a distinct group in a community:

◾ [count noun] a plant or animal community

2 an organization or club formed for a particular purpose or activity:

3 [mass noun] the situation of being in the company of other people:

ORIGIN

mid 16th cent. (in the sense ‘companionship, friendly association with others’): from French société, from Latin societas, from socius ‘companion’.

そこで、このODE の指示に従って、societas’の用例を、Lewis& Short のA Latin Dictionary 1) に尋ねるならば、語源のラテン語において、なおさらこの語の持つ、さらに「自他を区別する」と いう意味での「狭い」関係性の含意は濃厚になる。すなわち、Ⅱ. における特殊な意味ももちろん のこと、この辞書の編者は、以下に引用するとおりI. におけるこの語の意味を「共通の目的のた めの結合」であって、「単なる集合ではない」と断じている。

sŏcĭĕtas, ātis, f. id.,

I. fellowship, association, union, community, society (implying union for a common purpose; cf.: conjunctio, consociatio; and not a mere assembly; cf.: circulus, coetus;

conventus, sodalitas; freq. and class.).

II. In partic.

A. A copartnership, association for trading purposes.

2. In concr., a company or society of the farmers of the public revenue:

B. A political league, an alliance, confederacy:

(14)

ここで念のため、後述のマルクス、エンゲルスの用語法との関連のためにも、ドイツ語の「社会」

に相当する‘Gesellschaft’の語源とその意味とを確認しておくならば、Dudenの『語源辞典(Duden, Das Herkunftswörterbuch. Etymologie der deutschen Sprach.』は、‘Gesellschaft’の語源は、

中高地ドイツ語の‘Geselleschaft、さらに古高地ドイツ語の‘Gisellischaft’であり、その意味内 容は‘Vereinigung mehrerer Gefährten, Freundschaftliches Beisammensein, Freundschaft, Liebe, Gesamtheit der Gäste, Handelsgenossenschaft.’であるとしているが、案に違わずというべ きか、これらの語の意味内容は、いずれも〈相対的に狭くかつ緊密な人間関係〉を意味している点 で一致している。これに続けて、この『辞典』の編者は、「15世紀以降、この..

語. は.

人間..

の社会...

的. 秩. 序にも関連

.....

づけられ

....

(Seit dem 15. jh. wird das Wort auch auf die soziale Ordnung der

Menschheit bezogen.)」2)と断言しているが、この『辞典』に従えば、「社会」に担当するドイツ

語の、「全体社会」、「全面化した社会」という今日我々が抱いている意味への〈接近〉は、すでに 15世紀には始っていたと考えるのが妥当である。

では、さらにその綴りから判断して、‘Gesellschaft’とは明らかに語源を異にするであろう、し かも、むしろ‘societas’に近い、ドイツ語で同じ「社会的-」を意味する形容詞の‘sozial’につ いて念のために確認しておくならば、この『辞典』は、「形容詞は、18世紀に対応するフランス語

のsocialから借用され、同じ意味のラテン語のsocialisに立ち戻る。根底に残存するラテン語の

socius、すなわち、『同類(形容詞)、同志、同伴者、参加者(名詞)』は、おそらく本来の意味とし

て相応である。(Das Adjektive wurde im 18. jahrhundert aus entsprechend französisch social, das auf gleichbedeutend lateinisch socialis zurückgeht, entlehrnt. Das zugrunde liegende Stammwort lateinisch socius gemeinsam (Adjektiv); Genosse, Gefährte, Teilnehmer (Substantiv)《gehört vermutlich mit einer ursprünglichen Bedeutung.) 3)」とも解説している。

さて、今日、我が国においては、「社会契約論(説)」において「社会」が行う〈行為〉として の「契約」とは、まずもって民法において定義されている。これまでの行論の手順に従って、明治 維新以降の日本への移入という文脈において眺めてみると、この民法についても、その起源をたど れば、フランス民法であり、さらに遡ればローマ法に行き着くことは、いまさら確認するまでもな い。そこで、次章Ⅲ. において「契約」について検討するのに先立ち、「契約」の主体である「社 会」についても、〈ローマ法におけるその定義〉を確認しておくならば、‘societas’の語は、ここ においてもまた再び、以上に述べたラテン語の意味を当然のこととして引き受けつつ、しかし、我々 が今日この語から連想するイメージとはまったくかけ離れて、それよりははるかに限定されかつ特

...........

殊な意味しか持たない..........

という事実を目の当たりにするのである。アドルフ・.バーガー(Adolf Berger)は、『ローマ法百科辞典(Encyclopedic Dictionary of Roman Law.)』において、ロー マ法における‘societas’の意味について、以下のように述べている。

「Societas

利益と損害とを共有する目的で、二人以上の間で締結された、共同(提携)契約である。単 純な合意〔consensus〕から共同提携者〔socii〕間の契約関係が発生する。締結の意図はaffectio

societatisと呼ばれる。実際に、それはconsensus以上のものを意味しないので、それが古典期

に始められたか、それ以降の時期のものかについて違いはない。共同提携者は、共同事業に対 して、金銭・物資・諸権利・第三者への要求・個人的専門技能や労働を負担する。…したがっ て、利益と損害における共同提携者の取り分は同意(agreement)によって固定される。Societas

(15)

はいかなる法的人格をも持たない。…Societas は当事者の合意〔dissensus〕によるか、共同 提携者の一人の死によるか、破産によるか、片務的撤退によって解散する。共同提携者間の論 争は、一方の共同提携者による他方の共同提携者に対抗する行為〔actio pro socio〕によって決 着する。…Societas の起源は、自らの父親の相続人、すなわち、filii familiasの間での資産の

共同体〔CONSORTIUM〕まで遡るが、父親の相続人は、共通の祖先という起源によっては縛

られない人々の間での、共同の所有および共同の事務処理のためのモデルとして役立つ。

Societas は、しばしば団体(共同体)〔collegium, corpus〕の意味で現れる4)

バーガーの主張の要点を列記すると、

①‘societas’とは、人間の〈関係性〉を意味する。

②それは、自覚的に(作為によって)形成された、ごく狭い〈人間関係〉である。

③その〈人間関係〉は「合意」によって形成される。

④当事者によって、確固とした〈利益〉が共有される。

⑤したがって、〈利益の共有〉と〈非共有〉とによって、明確に自・他が区別される。

⑥‘societas’は、‘collegium’または‘corpus’と互換的である。

バーガーにしたがうならば、ローマ法におけるラテン語の用語法において、すでに上記の意味は先 取りされていたことが確認できる。すなわち、意外なことに‘societas’においては、英語の‘society’ よりもさらに「狭く、しかもそれ故に緊密な人間関係」を指す意味だけにしか限定されて使われて................

いない

...

のである。この点を踏まえた上で、我々は、古典古代におけるその典型的用例を探すならば、

以下に示すように、それを実際にキケローの『義務について(De Officiis.)』の一節において見出 すのである。しかも、注目すべきは、このキケローによる‘societas’の用例は、単に「狭く、し かもそれ故に緊密な人間関係」という意味のみならず、それに加えて、今日我々が使用している、

国家からは相対的に自立した領域という意味とは全く正反対の

............................

、〈国家〉と同一体としての「社会」

を指す意味の語であると同時に、それは〈国家を構成する複数の要素〉を指す限りにおいてそのよ うに使われている、という点である。

さらに、キケローによる国家=社会という認識について、キケローの他のテキストに勝る『義務 について』の一節の重要性は、この一節において、キケローがそれと言及せずに依拠しているのが、

明らかにアリストテレスの『政治学』における国家の構成(要素)についての認識であるという点 にある。我々は、ここにおいて、ラテン語とそれに相当するギリシア語という観点からすると、キ ケローにおいて、国家を構成する‘societas’とは、アリストテレスにおける‘κοινωνία’である、

つまり「社会」とは「共同体」を指す意味である、という興味深い事実にも行き当たるのである。

この、ギリシア語の、ラテン語への変遷について、アリストテレスの『政治学』の最初のラテン語 訳者と言われる、メルべケのギョーム(Willem van Moerbeke, Gulielmus de Moerbecum)以降、

『政治学』における‘κοινωνία πολιτική’のラテン語訳の用法を追跡したドミニク・コラ(Dominique

Colas)は、以下のように記している。少なくとも言葉遣いとしては、メルべケのギョームにおい

ては、アリストテレスの‘κοίνωνία πολιτίκή’は‘communitas politica (communicatio politica), civilis communitas’とされ、さらにトマス・アクィナスにおいては、これを‘communicatio politica, civilis communitas’されたのが、ローマのジャイルズ、すなわちアエギディウス・ロマーヌス(Giles of Rome, Aegidius Romanus, Egidio Colonna)においては‘societas civilis, civitas’、さらにレオ ナルド・ブルーニ(Leonardo Bruni)においては、‘societas civilis’へと統一されて以降、ギリシ

(16)

ア語の‘κοίνωνία πολιτίκή’はただちにラテン語の‘societas civilis’と翻訳され、そして遂には、

そのラテン語に相当する英語としては、ルイ・ル・ロイ(Louis Le Roy)による1568年の『政治学』

のフランス語訳を、「匿名の訳者」が、1598年にさらに英語に重訳した際に用いた‘civill societe’ が最初である、と結論付けられている。それ故、コラに従えば、逆に‘civil society’の原語とは、

遡ればアリストテレスにおける‘κοίνωνία πολιτίκή’である、ということになる5)

キケローは、『共和国について(De Republica.』の複数個所において、「国家〔res publica, civitas〕」 とは「社会〔scoietas, coetus〕」である、と繰り返し断言している6)。少なくとも、キケローにおい て「社会」とは、「国家」から自立した領域を指すのではなくて......

、「国家」を別の側面から言いかえ た場合の語にすぎない。そして、このキケローの用法は、A Latin Dictionary.における、本来のラ テン語の意味とみごとに一致するのである。

まず、『共和国ついて(De Re Publica.)』において、キケローは、‘civitas’は‘societas’であ ると定義し、「…国家〔civitas〕は法による市民の結合〔iuris societas〕以外の何物であるか…」

と明言している7)。さらに、キケローは、‘socitatis’を‘rei publicae’であると言いかえてはい るものの、『義務について(De Officiis,)』の一節において、この、同じ命題を繰り返している。し かも、上記の他のテキストと比較した場合の、このテキストの特色は、キケローが、その名前や著 作には言及してこそいないのものの、この「国家=社会」説を唱えるに際して典拠としているのこ そ、まちがいなくアリストテレスの『政治学』における‘κοίνωνία πολιτίκή’の定義である、とい う点である。

「ところで、人間の社会〔socitatis〕にはいくつかの段階がある。すなわち、一切限定のない社 会を出発点とすると、次に来る社会は同じ民族〔gentis〕、生国〔nationis〕、言語〔linguae〕 によるものであり、これらは人間をきわめて強く結びつける。それよりさらに密接なのは同じ 市民によるもの〔civitatis〕である。というのは、市民はお互いに多くのものを共有している

〔communia〕からである。すなわち、中央広場〔forum〕、神殿〔fana〕、道路〔porticus〕、法 律〔viae〕、権利〔leges〕、裁判〔iura indicia〕、選挙〔suffragia〕、さらには、知己や友人関 係があり、また、多くの人が多くの人と経済的関係を交わしている〔…multisque cum multis res rationesque contractae.〕。 し か し 、 な お 緊 密 な 結 束 は 親 族 の 社 会 〔societatis

propinquorum〕によるものである。社会は、あの人類全体の無限定〔immensa〕のところか

ら始まって、最後はこの小さく狭いところ〔extinguum angustumque〕へ行きつく。という のも、生物は共通の本性としての生殖欲を持っているのであるから、社会の第一〔prima

societas〕は他ならぬ夫婦の契りにおいて、第二は子供とのあいだに生じ、第三はすべてを共

有する同じ一つの家〔domus〕である。それはまた都市の根幹〔principium urbis〕であり、

いわば、国家〔rei publicae〕の苗床である。これに続くのが兄弟の結束であり、そのあとが従 兄弟と又従兄弟の結束である。彼らはもはや一つの家に収まりえなくなると、他の家へ、あた かも植民市へ向かうように、出て行く。続いて、婚姻と姻戚関係があり、これからまた親族が 増える。そのように一族〔propinqui〕が増え、子孫を重ねることが国家〔rerum publicum〕 の起源である。血のつながりは好意と愛着とで人々を結び合わせる。というのも、同じ祖先の 記念像をもち、同じ宗旨に従い、共通の墓地をもつことには大きな意味があるのである8)。」

この文章から明らかなのは、キケローが、アリストテレスの名前や著作に言及せず、しかし明確に

(17)

依拠しているのは、アリストテレスにおける「村〔κώμη〕」こそ、キケローによって「都市〔urbis〕」

と言いかえられてはいるものの、いくつかの「家〔οἰκία〕」が「村」となり、いくつかの「村」が

「国家」、「国家共同体〔κοίνωνία πολιτίκή〕」となる、というアリストテレスによる、国家の構成と その諸要素についての定義である9)

アリストテレスにおける‘κοίνωνία πολιτίκή’とは、正確には、「国家という

...

共同体」を意味す る。すなわち、それは、「国家」とは「共同体」であり、かつ同じ人間の集合体であるという意味で ある。しかも、それが「共同体〔κοίνωνία〕」であることの担保は、当然のことながら、それが共 同体である所以そのものとしての《共同性》、すなわち、「家」とういう共同体、さらに「村」とい う共同体におけるのと同じ、人間関係の《共同性》に求められていることは言うまでもない。そし て、キケローが踏襲したのこそ、明らかにアリストテレスによる、この国家に共同性を見出し、国 家を共同体と見る「国家=社会」説である。しかも、キケローがわざわざ‘res publica, civitas’

と‘scoietas, coetus’とを分けて使った理由は、と言えば、それはアリストテレスが‘κοίνωνία

πολιτίκή’に託した意味を熟知していたからに他ならない。というのは、キケローの言う‘res

publica, civitas’とはアリストテレスの‘πολιτ-εία’を意味し、さらに‘scoietas, coetus’とは、

ただちにアリストテレスにおける‘κοίνωνία’を意味するからである。したがって、アリストテレ スとキケローの言説の重なる部分に着目すれば、「家」、「村(都市)」そして「国家」とは、いずれ も例外なく「共同体」を意味する。

2.社会と国家

今日我々は「社会」について、それを「大・社会」、「全体社会」、「一国社会」、「全面化した社会」

であると理解して疑っていない。だが、前述の1. における「社会」観と比べたとき、それは、あ くまでも「社会」観の一つにすぎないという事実は、虚心坦懐に認めなければならない。それが「も のの見方」の一つにすぎない以上、それは同時にまたイデオロギーでもあり、なおかつある《歴史 認識》に基づくものにすぎない。1. において、「国家」と「社会」とは同一の人間集合体を意味し、

後者はその中で人々が取り結ぶ《関係性》に他ならない意味であることを確認したが、本節では、

そのように論じた人々の議論とは全く正反対の、「社会」とは「国家」とは全く別の集合体であり、

かつ「国家」からは分離独立している、という認識がどのようにして発生したのか、それが登場す る理由とその背景について、手がかりを探ることとする。

上記の《関係性》としての「社会」と対照させた場合、今日我々が抱いている、「大・社会」、「全 体社会」、「一国社会」、「全面化した社会」としての「社会」がそれと決定的に違う点の一つは、ま さにその《関係性》を《関係性》たらしめている所以としての、かつて人びとを結びつけたであろ う《絆》が、至る所でほとんど形跡を残さないまでに断ち切られた後に現れるという点である。そ れでは、国家内に相対的に自立した、「大・社会」、「全体社会」、「一国社会」、「全面化した社会」の 像とは、一体何を契機としてその姿を現すのか。もとより、こうした《実体》としての「社会」と は、我々を含めた、ある観察者が採用する「社会」に対する見方、「社会」観の一つに過ぎない。そ れが、ある種の価値判断や先入見に基づくとするならば、それをもたらすイデオロギーとは何か、

これらの問いは、なお禁じ得ない。それ故、《歴史認識》すら当然イデオロギーの一つである以上、

以上の「社会」観の転換が基づく契機は、まずもって封建制から「近代社会」へのそれという《歴 史認識》に求められるであろう。そして、この変化をもたらす転換点とは、いうまでもなく「産業 革命」と「ブルジョア革命」とである。現在では修正を余儀なくされているトインビー・テーゼに

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