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熊本地震及び地区防災計画に関する 社会学的・行政学的考察

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熊本地震及び地区防災計画に関する 社会学的・行政学的考察

西 澤 雅 道 金 思 穎 **

筒 井 智 士 ***

目次

Ⅰ はじめに 背景 先行研究

本稿の位置付けと調査手法

Ⅱ 熊本地震について 熊本地震と共助 インタビュー調査概要

Ⅲ 地区防災計画制度について

町内会等を母体とした防災活動の歴史 東日本大震災と阪神・淡路大震災の教訓 災害対策基本法の改正と地区防災計画制度の創設

Ⅳ 結びに代えて

* 内閣府大臣官房付・福岡大学法学部准教授

** 前専修大学社会知性開発研究センター客員研究員

***前内閣府防災担当、東日本電信電話株式会社

(2)

Ⅰ はじめに 背景

年 月に発生した熊本地震 によって、熊本等で多くの死傷者が発生 し、死者・行方不明者は、 月時点で災害関連死の疑いのある方を含めて約

人である。

今回の熊本地震で有識者から指摘されているのは、行政や地域住民等の防 災意識、避難訓練、避難所の整備、備蓄、耐震化、帰宅困難者対策、事業継 続計画(BCP)等大規模広域災害が発生するたびに重要だとされてきた点に ついて、再び問題が発生しているということである 。

東日本大震災の教訓を踏まえ、災害対策基本法(災対法)が改正されてき たのに、何故このようなことが繰り返されるのか。例えば、地域コミュニティ の防災力の強化のために、地域住民や事業者によるボトムアップ型の自発的 な防災計画である「地区防災計画制度」が 年の災害対策基本法で導入さ れたが、そのような制度は、今回の熊本地震では活用されていないように思 われる。

その実態を探るため、筆者は、熊本市の市街地及び郊外で調査を実施した が、本稿では、そのうち、免震マンションで実施したインタビュー調査を踏 まえ、マンションコミュニティの現状と課題を中心に分析を行う。

先行研究

本稿では、マンションのコミュニティにおける防災活動に注目したが、最

気象庁は、一連の地震を「平成 年( 年)熊本地震」(The 2016 Kumamoto Earthquake)

と命名した。本稿では熊本地震とよぶ。気象庁( )参照。

年 月 日に福岡大学で開催されたシンポジウム「熊本地震を踏まえた地域防災力強化 の在り方 in 福岡」のパネルディスカッションでの加藤孝明東京大学准教授の発言参照。「地域 防災力を考えるシンポ」 年 月 日『読売新聞』朝刊参照。

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初に町内会等の一般的な地域コミュニティに関する災害研究等についても整 理する 。

地域社会学の災害研究では、今野( )の神戸市真野地区等を対象にし た阪神・淡路大震災後の事例研究で災害時における地域社会の役割が注目さ れ、コミュニティの防災活動の研究が発展した。地域コミュニティの防災活 動と福祉活動を接合した神戸市の「防災福祉コミュニティ」 について、コ ミュニティ論の観点から分析した倉田( )、震災前のコミュニティの成 熟が復旧・復興の速さに影響するとした奥田( )、災害対応への期待を コミュニティに過度に負わせることを批判した大谷( )、震災を踏まえ、

集中過密型の都市の脆弱性と都市の成長主義の限界を指摘した鈴木( )、

都市防災の歴史を災害と法律改正の関係も踏まえて分析した吉井( )等 がある 。そして、防災の観点から地域コミュニティと町内会等の関係につ いて分析を行った吉原( )、町内会等や自主防災組織のような防災コミュ ニティの基層組織としての役割について、東北の 都市で調査を行い分析し た吉原( )及び岩崎・鯵坂・上田・高木・広原・吉原( )第 章第

節もあるが、東日本大震災前の町内会等に係る分析を基にした研究である。

さらに、東日本大震災後の研究としては、災害想定を前提として街づくりが 進められた結果、住民自身の災害への備えが衰退し、想定外に対応できなく

本稿では省略したが、災害以外の地域コミュニティの基層組織に関する理論的・実証的な先 行研究については、金( a) 頁以下参照。

神戸市内全域 地区でコミュニティが結成されており、自治会、婦人会、事業者、消防団 等によって組織され、平常時の福祉的な活動を重視しつつ、災害時も活動できる組織である。

年に神戸市が『神戸市復興計画』第 章に「防災福祉コミュニティ」を近隣生活圏の安心 コミュニティとして位置づけたのがきっかけとなって広まった。倉田( ) 頁参照。

災害弱者との関係、町内会や自主防災組織との関係、ボランティアとの関係等に焦点をあて て、防災における地域コミュニティの在り方について研究したものとして、吉原( )があ る。なお、横田( )では、大震災は、コミュニティ機能の意義の再認識やコミュニティ研 究の発展につながったとしている。

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なったと指摘する田中・舩橋・正村( )及び田中( )等がある。

本稿の中心的なテーマである「地区防災計画制度」については、 年に 制度が創設されてから日が浅いことから、同制度に関する研究史になってし まうが、防災社会工学等の観点からの「地区防災計画制度」に係る研究とし ては、制度の制定過程を関係研究会の経緯、国会審議等を含めて、参与観察 的な立場から分析した金・西澤・筒井( )、西澤・筒井・金( )及 び西澤・金・筒井( )、同制度によって促進される共助という用語の法 的な位置づけについて、公助と対比させることによってその意義を明らかに するとともに、同制度の法設計の意義について考察を行った井上・西澤・筒 井( )及び西澤・筒井( c)、同制度の創設に関わった内閣府の担当 官による解説書である西澤・筒井( a)、内閣府が東日本大震災での支 援側及び受援側の双方に対して実施した調査 を踏まえ、同制度について論 じた守・西澤・筒井・金( )及び西澤・筒井( b)、同制度によっ て、防災活動をきっかけに、地域コミュニティ内の人間関係が良好になり、

また、防災活動と連携する形で防犯活動や福祉活動等の地域活動が活発化す ること、それらを通じたソーシャル・キャピタル の醸成や地域活性化・ま ちづくりの可能性について論じた内閣府( a)、川脇・奥山( )、Kaw- awaki( )及び布施( )がある 。そして、社会学の立場からの同制 度に関する研究としては、同制度は地域防災力強化の観点から地域住民に とって必要であるが、同制度をどこの地区でも実際に活用することが可能で あるのかという、必要性と可能性のギャップがあることを指摘し、その課題 を明らかにした西澤・筒井・田中( )、岩手県安渡町の計画づくりの過

年 月に内閣府は、支援側 , 人及び受援側 , 人に対してインターネット調査を行 い、支援側の誠意が受援側に高く評価されており、受援側の満足度が高いこと、ICT 等によ る情報発信が支援側及び受援側の双方にとって大きな役割を果たしたこと、東日本大震災後、

支援側及び受援側ともに支援活動への参加の意思を持つ者が増加していること等を明らかにし た。内閣府( b)参照。

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程等を参与観察的な視点から分析した大矢根( a)、原発防災に係る計 画づくりについて論じた大矢根( b)、日中の地域コミュニティにおけ る防災活動について、同制度の創設者に対するインタビュー調査等を踏まえ て、両国の地域コミュニティの防災活動について比較検討を行った金(

a)及び金( b)、マンションのコミュニティとの関係で同制度について 論じた金・筒井・西澤( )、金( b)がある。その他、ワークショッ プを通じた地区防災計画づくりに関する田中( )、事業継続計画(BCP)

及び地域継続計画(DCP)の観点から論じた磯打( )等がある。

ソーシャル・キャピタルを社会における人々の結びつきを強める機能を持つもので、個人に 協調行動を起こさせる社会の構造や制度とし、家族や血縁関係からコミュニティ等の地縁ネッ トワークまで多様な存在の総体とした Coleman( ) 頁以下、ソーシャル・キャピタル を人々の協調行動を促すことにより、その社会的効率を高める働きをする社会制度であると定 義し、信頼、互酬性・規範、ネットワーク等の要素から構成されているとした Putnam( )、

アメリカのコミュニティにおいて政治、市民団体、宗教団体、労働組合等に対する市民参加が 減少していることを実証し、ソーシャル・キャピタルが衰退しているとした Putnam( )、

先進 カ国を例にソーシャル・キャピタルや市民社会の性格の変化やその要因について論じた Putnam( )、人々のネットワークを資源としてとらえ、個々人に重点を置いてソーシャル・

キャピタル論を展開した Lin( )、信頼や互酬性をはじめとするソーシャル・キャピタル の維持・発展の在り方について解説した稲葉( )、政治経済的な立場からソーシャル・キャ ピタルを所有できるようなものではなく、人々の間の関係を意味するとした宮川・大守( ) 参照。なお、Aldrich( )では、ソーシャル・キャピタルが大きいほど災害復興が速いこ とを明らかにしたほか、Aldrich( )では、 年の関東大震災後の東京、 年の阪神・

淡路大震災後の神戸、 年のインド洋大津波後のインドのタミル・ナードゥ、 年のハリ ケーン・カトリーナ後のアメリカのニューオーリンズを例に、ソーシャル・キャピタルの豊か さが、被災した地域コミュニティからの人口・産業の移動を最小化し、コミュニティの復興を 促進すると述べた。

この他に、同制度と ICT の関係について論じた西澤・筒井・金( )及び金・筒井・西 澤( )、経済学的な立場から同制度について考察した川脇( )、工学的な立場から計画 作成について考察した加藤( )がある。

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本稿の位置付けと調査手法

従来の先行研究では、東日本大震災後の災害対策基本法の改正や「地区防 災計画制度」の創設といった地域コミュニティの防災制度やその実態関係に 焦点をあてた研究は限られている。また、熊本地震を題材として扱った研究 も、発災から時間が経過していないことから、ほとんど見られない。

そこで、本稿では、熊本地震の教訓を踏まえ、関係文献の調査、熊本市内 の免震マンションに居住する住民に対するインタビュー調査等を通じて、地 域コミュニティにおける共助による防災活動の在り方について考察を行った。

インタビュー調査(質的調査)に当たっては、事前リサーチで収集したイ ンフォーマント(情報提供者)の所属等に関する情報を踏まえつつ、質問項 目についておおまかな計画(インタビューガイド)を作成し、事前にイン フォーマントにそれを提示して、インタビューに臨んだ。そして、質問項目 についておおまかな計画を作成し、質問の流れに応じて柔軟に質問項目を変 えることができる「半構造化面接法」(unstructured interview)を採用した。

なお、本調査においては、インフォーマントから、当方より事前に提示した 各質問項目に対して、回答のアウトラインを示すペーパーの提出があった。

本インタビュー調査では、地域コミュニティにおける個々人の生活にまで 立ち入るものであり、インフォーマントのプライバシーに対する配慮が重要 になるため、事前に十分な説明(インフォームド・コンセント)を行い、信 頼関係(ラポール)を築いた上で、調査の進め方や情報の取扱い等について 同意を得たほか、調査の分析に当たっても、個人情報の取扱いに十分な配慮 を行い、人権の保護及び法令等の遵守に係る問題が生じないようにした。

Ⅱ 熊本地震について 熊本地震と共助

年 月 日夜に最大震度 を記録した熊本地震が発生した。熊本県益

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城町等では、家屋の下敷きになる等して死者や多くの負傷者が出たほか、高 速道路や新幹線も寸断された 。

熊本県災害対策本部によると、特に家屋等の倒壊による窒息死や圧死が多 かったといわれている。救出活動には、多くの自衛隊、警察、消防等が派遣 され、倒壊した家屋から多くの被災者を救出した。

さらに、 日未明には、熊本県を震源とする最大震度 の地震が発生し、

熊本、大分、福岡、佐賀、宮崎等で多くの死傷者が発生し、多くの地域で、

交通網やライフラインが寸断された 。特に、阿蘇地方では大規模な土砂崩 れが発生し、南阿蘇村の阿蘇大橋が崩落、東海大学阿蘇キャンパスの職員・

学生約 人と周辺住民約 人が孤立したほか、東海大学農学部の学生ア パートの崩落で学生が亡くなった。また、宇土市役所等の公共施設や避難所 が損壊した 。

一連の災害による死者・行方不明者は、 月時点で災害関連死の可能性の ある方を含めて約 人となっている。余震が継続し、大雨も続いていること から、被災者の避難生活が長期化する可能性もあり、また、現在は復旧して いるものの、一時は、熊本空港(阿蘇くまもと空港)が閉鎖され、九州新幹 線や九州自動車道が寸断されたことから、物流や人の流れに支障が生じ、不 慣れな地元行政の対応にも大きな問題があり、避難所の物資が不足する等大 きな混乱が起こった。

今回の熊本地震については、地元の行政や地域住民等の防災意識、避難訓 練、避難所の整備、備蓄、耐震化、帰宅困難者対策、事業継続計画(BCP)

「負傷者 千人超に、九州新幹線復旧のめど立たず」『読売新聞』 年 月 日参照。

日の地震の規模は 日の地震の規模を上回ったため、気象庁は 日の地震を本震、 日の 地震を前震と位置付けたが、「平成 年( 年)熊本地震」という名称については、一連の 地震について、熊本地震と引き続く地震活動としてとらえることとして、名称を変更しないこ ととした。

「熊本地震、死者 人に 千人孤立・ 万人避難」『読売新聞』 年 月 日参照。

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等のように東日本大震災以降に強く対策が求められてきた問題が、再び同じ ように発生している。特に、地元の行政及び地域住民等の災害を我が事とし てとらえ、それに備えるという予防的な感覚の欠如が、被害を拡大させたと 思われる。

一方、国においては、東日本大震災の教訓を踏まえ、例えば、地域コミュ ニティの防災力の強化のために、地元の行政と連携した形での、地域住民や 事業者によるボトムアップ型の自発的な防災計画である「地区防災計画制 度」を 年の災害対策基本法の改正で成立させ、 年より施行させる等 行政の支援だけに頼らない形で、地域コミュニティによる自発的な共助に よって、少なくても発災直後を乗り切れるような仕組みが作られたはずで あった。しかし、同制度については、 年度及び 年度に内閣府によっ てモデル事業が実施され、全国 地区で制度推進のための取組が実施されて いたが、九州では宮崎県で つの事業が実施されただけであり、熊本県では 取組が行われていなかった。

今回の熊本地震は、このように行政や地域住民の防災意識が弱く、「地区 防災計画制度」のような共助による防災活動が十分に実施されていなかった 九州地方を襲ったことになる。

熊本地震では、地元の行政による対応は極めて厳しい状況にあったが、そ れを心配して、積極的に支援したいというボランティアの動きがあった。全 壊・半壊の家屋の数とボランティアの人数の比率で比較すると、その規模は、

多くの学生等のボランティアが参加して「ボランティア元年」といわれた阪 神・淡路大震災並みの規模であるといわれている 。

南阿蘇村等では、避難所で村役場の職員の数が不足しており、十分な対応 ができないのを見かねて、中学生や高校生が自発的にボランティアを担うよ

年 月 日に福岡大学で開催されたシンポジウム「熊本地震を踏まえた地域防災力強化 の在り方 in 福岡」での室﨑益輝神戸大学名誉教授の報告参照。

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うになり、物資運搬、避難者への食事の配膳、高齢者等の体調急変に備えた 夜間見回り等を実施した 。

熊本市では、 月 日からボランティアの受け付けが始められた が、中 央区花畑広場に設けられた市の社会福祉協議会によるボランティアセンター には、受付開始前から , 人以上のボランティア希望者が長い列を作った。

ここでは、ボランティアを 人程度のグループに分け、被災者が求めている 支援内容を聞き取ったり、避難所、救援物資集積所等で物資の仕分けや清掃 への支援を担当するボランティアを募集していた 。ただし、余震が続く中 の作業であり、不慣れな事務局は大混乱していた。

インタビュー調査概要

ここで、熊本市中央区の被災地で実施したマンション住民に対する調査の 模様を紹介したい。対象となったのは、熊本県初の免震マンションである

「パークマンション水前寺公園」であり、情報提供者(インフォーマント)

は、福岡大学法学部西澤ゼミに所属する学生の父である小塩龍樹氏である。

同氏は、 年生まれの 歳であり、熊本大学法学部卒業後、同大学院で憲 法を専攻した後、 年に肥後銀行に入り、現在、同銀行監査部監査企画グ ループ副企画役を務め、また、同マンションの管理組合の理事長である。

インタビューは、 年 月 日(日)午前中に同マンションの小塩氏宅 を訪問し、約 時間にわたり実施された 。

「熊本地震 避難所支える中高生 「生まれ育った南阿蘇のため」」 年 月 日『産経新 聞』参照。

一方で、ボランティアに割り振る仕事が十分でない、ボランティアがやりたい仕事がない等 の需要と供給のミスマッチの問題も出ている。

「週末、私も助けたい ボランティアが長い列」 年 月 日『読売新聞』参照。

同調査では、同じマンションに住む他の地域住民に対してもインタビュー調査を実施したが、

詳細は別稿に譲るものとする。

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インタビューは、基本となる質問事項を決めておき、詳細は、その場でイ ンタビューの対象者にあわせて実施する「半構造化面接法」で実施し、調査 に当たっては、①質問項目作成、②事前説明(インフォームド・コンセント の徹底、ラポールの構築等)、③インタビュー調査の実施、④調査結果の再 構成、⑤メール等での追加情報収集、⑥確認依頼、⑦最終取りまとめ等の作 業を分担して実施した。具体的には、①及び⑦は金が、②〜⑥は西澤が、④ は筒井等 が中心になって担当した。

以下は、調査での同氏とのやり取りを再構成したものの概要である。

(当方)当マンションの特徴はどのようなものか。

(小塩氏)熊本市の中心部である中央区東部の水前寺公園近くに位置してお り、近隣には県庁等公共機関が多い。 年に竣工した 階建のマンション で、敷地面積 .㎡、建物延床面積 .㎡、鉄筋コンクリート造りで、

敷地内には大型の貯水タンクが設置されている。世帯数は 世帯だが、居 住者数は把握していない。熊本県で初めてマンションとして免震構造を取り 入れた点がウリとされている。

(当方)管理組合や自主防災組織の構成はどのようになっているか。

(小塩氏)管理組合は、総会や理事会があり、その下に修繕委員会がある。

総会は年 回開催しており、 人の役員で構成されている理事会は毎月開催 している。防災活動を行うための自主防災組織はない。

(当方)管理規約や防災計画はどのようになっているのか。

(小塩氏)管理規約を 年 月 日に制定(最終改正は 年 月 日)

したが、防災計画に特化したものはない。

(当方)管理組合と町内会等との連携はどのようになっているのか。

なお、林・金・西澤・筒井( )でも、本インタビュー調査をもとに、経済法や ICT の 観点からの考察を行っている。

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(小塩氏)管理組合の理事会の役員を町内会の会合に出席させているほか、

町内会の実施している廃品回収等の行事にも参加させている。

(当方)防災訓練等はどのように実施しているのか。

(小塩氏)地域の子供会(砂取校区)主催で火災避難訓練及び地震避難訓練 を実施している。息子も小学生の時に参加していた。

(当方)地域活動やコミュニティの活性化のための催しの実施状況如何。

(小塩氏)七夕飾りやクリスマスツリーを住人有志が準備しロビーに設置し て、短冊やクリスマスカードを住民が自由に飾り付けられるようにしてコ ミュニティの関係を作ろうとしてきた。以前は子供を対象にお正月に餅つき 大会もあったが、今は子供が少なくなったので、なくなってしまった。

(当方) 月 日前震及び 日本震の発災時の様子について教えてほしい。

(小塩氏) 日の前震の際には、息子 人に連絡を取るように妻と娘に指示 した上で、被害がなかったことを確認した。 日の本震の際には、停電でテ レビを見ることができなかったことから、福岡にいる息子に連絡を取り状況 を確認した。その後に、懐中電灯や毛布等を準備して、念のため、妻と娘を 連れて屋外の駐車場にある自家用車の中に避難した。マンションの室内は、

タンス等の転倒も少なく居住には問題なかった。

一方、震度 強等の余震が続いたため駐車場の自家用車に避難する住民、

砂取小学校に避難する住民も見られた。

マンションの管理組合の理事長としては、 日は外構部分の破損を確認し、

また、 日には夜明けを待ってマンションの外観全体を確認したが、その時 点でマンションの外壁には全く異常がなく、タイルの剥落もなかったことか ら、個人的には躯体には異常がないと判断した。

このほか、 月 日には、理事長及び修繕委員長を中心に館内放送をかけ

たり、エレベーター内に閉じ込められた人がいないか等の確認作業を実施し

た。 日には、持回り理事会により、修繕委員会に対して「地震による人的

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及び物的な被害の発生・拡大を防止するために、必要な措置を行う」権限を 理事会から委託することとした。 日には、理事長の判断により、自家用車 に避難した住民向けに 階のトイレ付きの集会所を解放したり、マンション の出入り口を解放したり、破損した階段への立ち入り禁止措置等を実施した。

当該マンションは、 世帯と世帯数が多く、管理組合として住民全員の 状況を正確に把握しきれていない部分もあるが、普段から互いに挨拶をして、

顔の見える関係があるので、住民が助け合って一緒に避難所に行ったり、住 民同士で安否確認等を行った。

(当方)帰宅困難者を受け入れたような事例はあるか。

(小塩氏)いずれも夜間に発生した地震であり、周辺の住民や帰宅困難者が 当該マンションに避難した事例は確認していない。

(当方)マンションにおける被害は比較的少なかったが、耐震(免震)の効 果についてどのように感じているか。

(小塩氏)当該マンションのウリであった免震構造の効果は、大変大きかっ た。熊本の市街地に関する報道では、地震発生時には、多くの建物で物が飛 び散っているが、わたしの部屋ではそのようなことはなかった。小さい本棚 や衣装ケースは倒れたが、それ以外では、棚から物が落ちるようなこともな く、また、ガラスや食器等にも全く被害はなかった。マンジョン全体でも、

ほとんど物が倒れなかった。

周辺のマンションの内部は揺れでかなり大きな被害を受けたそうで、同僚 等は、マンションの建物は無事であったものの部屋の中はメチャメチャに なったそうである。また、マンションの玄関扉がゆがんで開け閉めができな くなるような被害も多数出ている。

(当方)当マンションに親戚が避難されてきた例があるのか。

(小塩氏)当マンションは、免震構造で被害もほとんどないほか、居住に支

障がなく、安全であることから、住民が親族を呼び寄せて、一緒にマンショ

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ンで生活を継続している。

(当方)発災後に避難所に避難することは考えなかったのか

(小塩氏)当該マンションでは、我々のように駐車場の自家用車に避難した 住民が多数いた。また、避難所に避難した住民もいたが、私は、当該マンショ ンの耐震性に信頼を置いているため避難しなかった。一時的に避難所に避難 した住民も、避難所が混雑していて満足に寝られず、支援物資も十分に揃っ ていなかったことから、 日早朝に夜が明けると同時にマンションに戻って きた。

(当方)ライフラインが止まって、マンションでの生活継続に困難はなかっ たのか。ボランティアの支援や支援物資を受け取ったのか。

(小塩氏)他からの支援や支援物資は受け取っていない。 日の本震の際に も、当該地区は県庁の近くなので、電気も一時停電したものの、 時間程度 ですぐに復旧した。当該マンションには大型貯水タンクもあり、電気があれ ば水も出るので、マンションとしての断水はなく、水に不自由することはな かった。発災後に、念のため リットル入りポリタンクに水道水を確保した が、それを利用することもなかった。一方で、発災した 日やその翌日は新 鮮な食糧の確保が難しかったほか、周辺のガスの復旧には時間がかかった。

(当方)マンションにおける防災用品や備蓄はどのようになっていたのか。

(小塩氏)管理組合では、管理人室に防災用具一式を準備していたが、使う 必要もなかった。住民各々が懐中電灯や水や食料等を持ち寄って対応できた。

(当方)被災してからの生活の時系列的な変化を御教示いただきたい。

(小塩氏)発災後 週間は、ガスが復旧せず風呂に入ることができなかった。

週目に入ると、ガスも復旧し、余震が続いていたことを除けば普段の生活 に戻り、 週目(インタビュー時点)になると、当該マンションの住民は普 段通りの生活をしているが、余震に対する不安を抱えている。

(当方)市役所等行政の対応については、いろいろ不満も出ているようだ。

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(小塩氏)熊本市から「震災ごみは自由に捨ててよい」との指示が出て、大 量のごみが道路に山積した。市はあわてて、震災と関係のないごみを出さな いように訴えたが、一度行政が出した指示を変えるのは難しく、何十年も前 のブラウン管のテレビが大量にゴミ捨て場に放置されている。このようなこ とになったのは、ごみの量を事前に考えずに指示を出した市の不手際である。

一方、国土交通省九州地方整備局の担当官が、免震構造の有用性について 調査するため当該マンションに 月 日に実態調査に訪れた。今後は、事例 を収集し、研究を重ねて建築基準法の改正等に反映されるようであるが、こ のような事例を国民の安全・安心な生活のために役立ててほしい。

(当方)最後に震災を受けて感じていることを自由に述べていただきたい。

(小塩氏)「本震」と思っていた 日の地震の翌々日にそれを上回る「本震」

が発生する等全くの予想外で、現行の耐震基準では震度 で倒壊しないこと を基準としているが、震度 の地震が 回目にきたときに、既に 回目の震 度 で弱っていて、耐えきれなかった建物が多数あった。「想定外」として 片づけてしまっては進歩がないので、なぜ「想定できなかったのか」、その 原因を究明していくこと、その反省を踏まえて想定し直すことで行政が専門 家としての矜持を示すことになる。また、当該マンションは、他の建物と比 べ被害も少なく、室内も大丈夫であったため「安全」ではあるが、余震が続 く中で「安心」までは得られず、「安心」は人の気持ちの問題であるため難 しいと感じている。

Ⅲ 地区防災計画制度について

ここでは、本稿の検討の中心になっている「地区防災計画制度」について、

その背景を含めて、整理しておきたい。

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町内会等を母体とした防災活動の歴史

日本は自然災害が多いが、災害時に大きな役割をはたしてきたのが、町内 会等の地域コミュニティである 。

町内会等における防災活動のルーツは、日本の伝統的な地域コミュニティ である「むら」における相互の助け合いの関係にある。明治時代には、町村 制に基づき、町村の下に旧来の「むら」単位で置かれた区は、社会生活上、

自律的な一体性を保ち、地縁団体として、長くその機能を維持していた。

年 月の内務省訓令「部落会町内会等整備要領」では、町村の区等の 単位での地縁組織を行政制度として整備し、町内会等は、①全市町村に設置 され、②全戸を構成員とし(強制加入)、③市町村の補助的下部組織となる こと等が規定された。そして、町内会等は、戦時中には、物資配給等を担い、

統制経済が機能するに当たり大きな役割を担った。

戦後、GHQ は、町内会等の戦争での役割を踏まえ、 年 月の内務省 訓令第 号及び政令第 号により内務省訓令「部落会町内会等整備要領」を 強制的に廃止させることで、町内会等の制度を廃止させた。しかし、 年 の地方選挙では、町内会等の有力者が躍進したことから、再び GHQ の命令 でポツダム政令「町内会部落会又はその連合会等に関する解散、就職禁止そ の他の行為の制限に関する件」( 年 月 日)が出され、町内会等やそ の連合体の長の職にあった者が、関係する職に 年間就くことを禁止し、町 内会等の財産の処分等を規定し、町内会等の活動を強制的に禁止した 。

しかし、 年のサンフランシスコ条約締結に伴って廃止政令の効力が失 われ 、自然に地域コミュニティの住民によって町内会等の活動は復活した。

町内会及び地区防災計画制度については、金( a) 頁以下をもとにしている。なお災 害社会学からみたコミュニティ論や防災政策については、横田( )及び横田( )参照。

地方自治研究資料センター編( ) 頁以下参照。

ポツダム緊急勅令廃止により、町内会等を禁じていたポツダム勅令が失効し、町内会等が復 活した。岩崎・上田・広原・鯵坂・高木・吉原( ) 頁参照。

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この点について、「日本都市問題会議」では、①高田( )は、家族が 機能を減退させる中で、隣組は、都市の人々に家族とは別の拠り所を与え、

自治体と住民の間を媒介しているとし、②鈴木( )は、隣組や町内会等 のような制度を施行するのは文明の方向や都市発展の方向に逆行するとし、

③奥井( )は、都市化の進展によって町内の近隣集団・近隣社会は崩壊 に瀕しており、近隣の組織化を進めることが重要であるとし、④磯村( ) は、流動性の高い大都市では、町内会等・隣組は必要ないとし、個人の主体 性や自発性に基づく別のコミュニティを形成すべきとした。

その後の町内会等の形成過程をみると、前述のように、単一機能の集団が 融合して包括的機能を持つ町内会等へと発展しており、また、町内会等の廃 止に伴い生まれた衛生組合、自警団、募金組織等の単一機能集団も再度合体 している 。

地域コミュニティにおける防災活動は、数百戸程度の町内会等や複数の町 内会等で組織される小学校区を母体として組織された「自主防災組織」によ る自発的な防災活動が中心となっている。また、近年は、マンション単位で の数千戸(数千人)単位の町内会も出現しており、その防災活動にも注目が 集まっているが、「建物の区分所有等に関する法律」に基づきマンション所 有者によってつくられるマンション管理組合と任意団体である町内会等が 別々に作られる等煩雑な仕組みになっている 。

ここで、町内会等を母体にした自主防災組織について、災対法との関係を 中心に遡ってみると、 年のキャサリン台風、 年のアイオン台風及び 福井地震、 年の集中豪雨等(いわゆる「(昭和) 年災」)のような災害 の教訓を受け、 年の伊勢湾台風を契機として、災害対策の基本理念と個 別対策の総合化を図るため、 年に災対法が制定され、市町村長の責務と

岩崎・上田・広原・鯵坂・高木・吉原編( ) 頁以下参照。

なお、管理組合も町内会等も法人である場合もある。

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して「住民の隣保協同の精神に基づく自発的な防災組織」の充実が努力義務 として盛り込まれた(第 条第 項)。なお、当時は自主防災組織の芽生え の時期であり、その活動状況は明らかではないが、大都市の震災対策推進の 流れの中で、都市部の地震災害を想定して、自主防災組織づくりが進められ た。

伊勢湾台風以後は、大規模な災害がなかったこともあり、社会全体として、

防災に対する意識が弱まったが、 年に東京大学地震研究所助手であった 石橋克彦氏による駿河湾地震説(後の東海地震説)の発表をきっかけに自主 防災組織の結成が進み、地震だけでなく風水害を含めた災害全般に対策が広 がったほか、地方でも自主防災組織が作られるようになった。ただし、同説 と関係の深い静岡県等の活動カバー率は上がったものの、それほど変化のな い県もあり、地域間格差が存在した。

その後、東海地震が発生しなかったこともあり、再び防災に対する意識が 弱まっていたが、 年の阪神・淡路大震災で地域防災力の重要性が再認識 され、災対法の 年改正で、行政の配慮規定に自主防災組織の育成に関す る規定が盛り込まれた(第 条第 項、第 条第 項第 号)。そして、神 戸市の防災福祉コミュニティのような防災活動と福祉活動等との連携にも注 目が集まった。

その後も時間の経過とともに防災に対する意識が弱まったが、 年の東 日本大震災で再び共助による防災活動に注目が集まり、 年の災対法改正 では、都道府県防災会議の委員に自主防災組織のメンバーが加入できるよう になり(第 条第 項第 号)、 年改正では、新たに設けられた基本理 念に自主防災組織に関する規定が盛り込まれた(第 条の 第 号) 。

年代以降に、地方から都市部への人口流入によって、マンションが急激

消防庁( ) 頁、黒田( )、西澤・筒井( c)参照。

(18)

に普及したが、当時は、行政が主導して公団住宅等への入居を促進していた こともあり、行政からは、マンションは、都市計画と対立するものであり、

一般に人間関係が希薄であり、単身者等も多く、各々が自由な生活を好む傾 向があるので、そのような場所にコミュニティは育たないとか、既存の町内 会等との連携は難しいとみられていた。

そのため、マンションが法令等に登場するのは、 年代くらいまで待た なければならない。例えば、マンション標準管理規約、マンション管理組合、

マンション管理適正化法( 年成立)等が登場した。

そのような中で、兵庫県の加古川グリーンシティ等のマンションにおける 共助による防災活動に注目が集まった。約 , 人が住む加古川グリーンシ ティが完成したのは、 年であるが、 年の阪神・淡路大震災の教訓を 踏まえ、 年に加古川市からの呼びかけにより同マンションの自衛消防隊 及び防犯防災委員会が一体化され、加古川グリーンシティ防災会が設立され た。そして、その会が中心になって、積極的な地域活動や高度な防災活動を 展開し、全国的に有名になった 。

一方、都市化や少子高齢化の進展の中で、伝統的な地域コミュニティにお いても、マンションと連携した形での地域活動の強化の必要性が感じられる ようになった。例えば、東京都東大和市の団地では、 戸建てに住む比較的 裕福な高齢者の多い地域の伝統的な町内会等と隣接する比較的若者が多いマ ンションの地域コミュニティが連携して、防災活動に取り組む事例等もみら れるようになっている 。そして、防災活動が伝統的な町内会等と新しいマ ンションにおける地域コミュニティとのネットワークを繋げ、地域防災力の 向上へと導くことも指摘されるようになった。

同防災会 HP http://www.greencity.sakura.ne.jp/greencity̲bousaikai/参照。

内閣府( a) 頁参照。

(19)

東日本大震災と阪神・淡路大震災の教訓

年の阪神・淡路大震災では、 , 人以上の死者・行方不明者が出て おり、地震に伴うマンションを含む家屋の倒壊や火災によって亡くなった人 が多かったが、大規模広域災害であるため、行政が全ての被災者を救出する ことが難しく(公助の限界)、助かった人の大半は、家族や近隣住民等によっ て救出されていることが明らかになり、共助の重要性が強調されるように なった(図 参照) 。

また、 年に発生した東日本大震災では、 万 , 人以上の死者・行 方不明者が発生した。そして、本来災害時に被災者を支援すべき行政自体も 大きな被害を受けた。例えば、岩手県大槌町では町長以下の多くの職員が津 波によって亡くなった。そのため、行政が被災者を支援することが難しくなっ た(公助の限界)。このような厳しい状況の中で、生き残った住民等は、地 域コミュニティの人間関係を利用して、相互に助け合い、連携して避難した り、避難所の運営を円滑に行う等により危機を乗り切った。このような地域 コミュニティにおける共助の活動は、復旧・復興にも大きな役割を果たした。

また、釜石市は、昭和三陸地震( 年)やチリ地震( 年)等の津波 で大きな被害を受けた経験があったことから、海岸で大きな揺れを感じたと きは、肉親にもかまわず、各自一刻も早く高台に避難し、津波から自分の命 を守れという「津波てんでんこ」 とよばれる防災教育を実施してきたが、

こうした防災教育が効果を発揮し、例えば、全校児童の 割以上が下校して いた釜石小学校では、児童全員が無事に避難することができた。さらに、児 童の中には、自宅にいた祖母を介助しながら避難を行ったり、津波の勢いの

内閣府( a) 〜 頁参照。

「てんでんこ」とは各自の意味の方言である。釜石市では、小中学生に対する防災教育で、

地震発生時には、一刻も早く高台に避難し、津波から自分の命を守ることを教えていた。内閣 府( a) 頁参照。

(20)

強さを見て、避難してきたまわりの人々とともに、指定避難所よりもさらに 高台へ避難したりする例がみられたほか、小中学生の行動の影響を受けて、

地域コミュニティの人々の中にも一緒に避難をして助かる人が多く、自助だ けでなく、共助としても注目された(釜石の奇跡) 。

ただし、津波から自らの命を守るための小中学生の「津波てんでんこ」に 基づく自助の行動が、地域コミュニティ全体の避難につながったという点で、

結果的として共助の活動となった事例であり、阪神・淡路大震災におけるい わゆる互助的な共助とは、性格が異なっていることに留意する必要がある 。

なお、本稿で焦点をあてているマンションの問題については、東日本大震 災では、帰宅困難者に関しては、職場や帰宅路の近隣のマンションが避難場 所となる場合もあり、マンションと周辺コミュニティとの間で新しい共生の 形が生まれたという指摘もある 。ただし、エレベーターが停止して多くの 地域住民が長時間閉じ込められたり、断水のために、マンションの最上階ま で住民自らが水を運ばなければいけなかったりする等マンション特有の課題 も指摘されている。

自力で脱出 34.9%

自力で脱出 34.9%

近隣住民等 約 27000

(約 77.1%)

近隣住民等 約 27000

(約 77.1%)

消防、警察、

自衛隊 約 8000

(約 22.9%)

消防、警察、

自衛隊 約 8000

(約 22.9%)

家族 31.9%

家族 31.9%

友人・隣人 28.1%

友人・隣人 28.1%

通行人 2.6%

通行人 2.6%

救助隊 1.7%

救助隊 1.7%

その他 0.9%

その他 0.9%

図 阪神・淡路大震災における救助の主体(左)と生き埋め等の救助の主体等

(右)(左:河田( )、右:日本火災学会( )参照)

この他、内閣府が 年 〜 月に仙台市、大船渡市、気仙沼市で実施した「東日本大震災 の被災地における共助による支援活動に関するヒアリング調査」では、地域コミュニティにお ける共助が、被災者の生活の維持に大きな役割を果たしたことが判明しており、「①共助によっ て倒壊した自宅から救出された事例」、「②共助によって助け合って避難を行った事例」、「③共 助によって助け合って避難所の運営を行った事例」、「④共助によって隣近所の住民が助け合っ て在宅避難を行った事例」等が報告されている。内閣府( a) 〜 頁参照。

(21)

災害対策基本法の改正と地区防災計画制度の創設

ここで、日本の災害対策法令制度の歴史を振り返った上で、阪神・淡路大 震災及び東日本大震災の教訓を踏まえた共助に関する災対法の改正の経緯に ついて整理してみたい。

吉井( )等では、災害関係法令の制定過程を つの時期に分けている。

最初が、 年の南海地震等の教訓を踏まえ 、 年の「災害救助法」 の 制定により、被災者救助の仕組みが創設された時期である。 つ目が、その 後、大災害が頻発する中で、毎回、特別措置法がつくられていたが、 年 の伊勢湾台風を契機として集大成され、 年に災対法が制定された時期で ある 。 つ目が、東海地震の切迫性に関する東海地震説等の指摘と直前予 知の可能性を受け、災害対策の中心が風水害から地震へとシフトし、 年 に「大規模地震対策特別措置法」が制定された時期である 。 つ目が、阪

矢守( ) 頁では、「てんでんこ」は、一見自助のみを強調するかにみえるが、家族や コミュニティといった事前の社会の在り方、事後の人身の回復やその結集にも大きな意味を持 つものであり、実は共助の重要性を強調する要素を有していると指摘している。

都市防災美化協会・防災都市計画研究所( )第 章参照。

年の南海地震では、大津波によって、四国や紀伊半島が大きな被害を受けた。その際に は、救助水準に関する地域差、関係機関相互の連絡の不統一、罹災救助基金の資金不足等の問 題が明らかになった。吉井( ) 頁、吉井( ) 頁参照。

同法は、従来は都道府県に任されていた救助活動を国の責務とし、実際の救助を法定受託事 務として都道府県知事に行わせることとしたほか、具体的な救助内容及び水準の明確化、必要 な物資の収用、医療関係者、土木建築工事関係者、輸送関係者等の動員のような強い権限を知 事に与えている。吉井( ) 頁参照。

年のキャサリン台風、 年のアイオン台風及び福井地震、 年の集中豪雨(「(昭和)

年災」)等の教訓を受け、 年の伊勢湾台風を契機として、災害対策の基本理念と個別対 策の総合化を図ったのが同法である。吉井( ) 頁以下、吉井( ) 頁参照。

年の災対法制定後は、防災対策の進展と幸運が重なり、災害被害が顕著に減少していた。

そして、東海地震説がマスコミで大々的に取り上げられたことを受けて、 年に「大規模地 震対策特別措置法」が成立し、長期予知を踏まえ、被災予想地域を特定し、当該地域を強化地 域として地震防災対策を集中する仕組みが創設された。吉井( ) 頁以下、吉井( )

頁参照。

(22)

神・淡路大震災を契機として、 年に「被災者生活再建支援法」が制定さ れた時期である 。

吉井( )が整理した つの時期の後に、東日本大震災を契機として災 対法改正が行われているが、その特徴としてあげられるのは、阪神・淡路大 震災の発災前までは、行政の公助を中心に災害対策の仕組みがつくられてお り 、災対法では、国レベルの総合的かつ長期的な計画である「防災基本計 画」、地方レベルの都道府県及び市町村の「地域防災計画」等が規定され、

行政がトップダウン型で災害対策を行うことが前提とされていた 。一方、

阪神・淡路大震災及び東日本大震災後は、地域コミュニティにおける共助の 動きに注目が集まり、共助を促進するための関係規定が同法に盛り込まれた 。

以下では、地域コミュニティにおける共助の動き とその動きを促進する ための法制度である「地区防災計画制度」について、その制定過程を含めて 整理する。

まず、 年 月に発生した阪神・淡路大震災においては、倒壊した家屋 による圧死や火災による焼死が多く、救出された人の約 割が、地域コミュ ニティの人々によって救出されたが、このような事例を踏まえ、行政の対応 能力を超えるような大規模広域災害の発生に備え、地域コミュニティの中で 相互に助け合うこと、つまり共助による防災活動の重要性が強く認識される

吉井( ) 頁以下、吉井( ) 頁以下参照。なお、同法は、自然災害によって生 活基盤に被害を受けた被災者に対して、都道府県が相互扶助の観点から拠出した基金を活用し て被災者生活再建支援金を支給する制度である。

同 法 第 条〜第 条 参 照。中 村( )、倉 沢( )、倉 沢( a)、倉 沢( b)、黒 田( )参照。

同法第 章参照。

年の災対法改正では、第 条第 項で「自主防災組織」という用語が明確に定義され、

第 条第 項の住民等の責務の中に自発的な防災活動への参加が盛り込まれたほか、第 条第 項の行政による配慮規定の中に、自主防災組織の育成、ボランティアによる防災活動の環境 の整備等の自発的な防災活動の促進に関する規定が盛り込まれた。

(23)

ようになり 、例えば、神戸市では、地域コミュニティにおいて防災活動及 び福祉活動を組み合わせた「防災福祉コミュニティ」事業が開始された 。

また、研究者の間でも、このような教訓を踏まえた研究が進み、室﨑( ) では、災害に強い都市づくりの課題について述べる中でコミュニティレベル での防災計画づくりを強く推奨し、この計画づくりによる日常でのまちづく り、地域の NPO や企業とのつながりの構築等を提唱していた。これが後に、

「地区防災計画制度」の法制化やガイドライン作成に強い影響を与えた。

年 月に発生した東日本大震災でも地震や津波によって行政機能が麻 痺した状況において、岩手県釜石市の小中学校の児童や生徒が、高齢者を介 助しながら避難したり、児童や生徒の避難行動の影響を受けて、地域コミュ ニティの人々が一緒に避難する等共助による活動が重要な役割を果たした 。

共助による防災活動について検討するに当たっては、災対法と同法に規定され、消防庁が推 進してきた自主防災組織の変遷についても留意する必要があるが、同法制定時から、市町村長 の責務として「住民の隣保協同の精神に基づく自発的な防災組織」の充実が努力義務として盛 り込まれていた(第 条第 項)。当時は自主防災組織の芽生えの時期であり、どのくらいの 組織が活動していたかは、明らかではないが、その後の大都市震災対策推進の流れの中で、都 市部において、地震災害への対応を想定して、町内会を基盤として組織化が進められた。そし て、東海地震説をきっかけに同組織の結成が加速化され、地震だけでなく風水害を含めた災害 全般に対策が広まった。そして、地方においても同組織が必要であると認識されるようになっ た。その後一時低迷する時期もあったようであるが、阪神・淡路大震災では、地域防災力の重 要性が再認識され、同法の 年改正で、同組織を法律上で「自主防災組織」とし、行政によ る配慮規定の中に自主防災組織の育成に関する規定が盛り込まれた(第 条第 項、第 条第 項第 号)。その後、共助に関する関心が年々薄れていたが、東日本大震災で再び注目が集 まり、 年の同法改正では、都道府県防災会議の委員にも自主防災組織のメンバーが入るこ とができるようになり(第 条第 項第 号)、また、 年の同法改正では、新たに設けら れた基本理念に自主防災組織に関する規定が盛り込まれた(第 条の 第 号)。消防庁( )

頁、黒田( )参照。

内閣府( ) 頁、同( a) 〜 頁参照。

内閣府( a) 頁、同( a) 頁、内閣府( b)別冊 頁参照。また、都市づく りの関係者も防災という観点を重要視するようになった。立木( )参照。

内閣府( a) 頁参照。

(24)

また、地域コミュニティにおける共助が、被災者の生活の維持にも大きな役 割を果たした。例えば、地域コミュニティにおいて、①倒壊した自宅から共 助によって救出したり、②助け合って避難を行ったり、③助け合って避難所 の運営を行ったり、④助け合って在宅避難を行った例がみられた 。

このような地域コミュニティにおける共助の動きを受け 、災対法の改正 が行われ、共助については、まず、阪神・淡路大震災での教訓を踏まえ、

年の改正でボランティアに関する規定が追加された。また、東日本大震災で の教訓を踏まえ、 年の改正で、教訓伝承、防災教育の強化等に関する規 定が盛り込まれ、さらに、 年の改正で、「地区防災計画制度」の創設が 行われた 。

同制度の創設に当たって、モデルとなったのは 、伝統的な町内会等が中 心になった自主防災組織の取組のほか 、①阪神・淡路大震災の経験を踏ま え、地域の防災活動と福祉活動を組み合わせた神戸市の「防災福祉コミュニ ティ」 、②京都市の「身近な地域の市民防災行動計画」 、③大手町・丸の

内閣府( a) 頁参照。

なお、従来、地域コミュニティにおける地域防災を担ってきた消防団は、団員数が 万を切っ ているほか、 代以下の団員が 割を切る等団員の減少、平均年齢の上昇等が進んでおり、ま た、同様に地域防災を担ってきた自主防災組織についても、同様に社会の変化によって、その 活動能力が落ちている。消防庁( )参照。

同制度に関する国会や関係研究会での議論は金( a) 頁以下参照。

内閣府で、消防庁、国土交通省等とも連携して検討が行われる中で、町内会や自治会をベー スとした自主防災組織、過去の災害経験を踏まえ、地域コミュ二ティにおいて効果的な防災活 動を行っている神戸市及び京都市の事例、資金、人材、ノウハウ等を持つ事業者が中心となっ て帰宅困難者対策を行っている東京駅周辺防災隣組の事例が注目された。

消防庁( ) 頁以下参照。

内閣府( a) 頁、内閣府( b)別冊 〜 頁、内閣府( a) 頁、神戸市( ) 参照。神戸市内全域 地区でコミュニティが結成されており、自治会、婦人会、事業者、消 防団等によって組織され、平常時の福祉的な活動を重視しつつ、災害時も活動できる組織であ る。 年に神戸市が『神戸市復興計画』を作成したが、その第 章に「防災福祉コミュニティ」

は近隣生活圏の安心コミュニティとして位置づけられた。倉田( ) 頁参照。

(25)

市町村

・計画提案を踏まえ、市町 村地域防災計画に地区防災 計画を定める必要があるか 判断

・必要があると判断した場 合、市町村地域防災計画に 地区防災計画を規定

・ガイドライン改訂、優良事例 に関する情報の提供等

・地区防災計画の 素案作成

・計画提案

都道府県

・制度の普及促進、計画の策定 状況の取りまとめ等

地区居住者等 住民、事業者

( )

地区防災計画制度の狙いは、地域住民等が 地区防災計画(の素案)を作成し、それを市 町村(防災会議)が市町村地域防災計画の中 に規定することによって、地区防災計画に基 づく住民等の防災活動と市町村地域防災計画 に基づく市町村等の防災活動が連携して、地 域防災力の向上を図ることである。

地区防災計画制度の最大の特徴は、地域住 民や事業者が、自ら自発的に地区の防災計画 の素案を作り、それを、市町村(防災会議)

に提案するという計画提案という仕組みが採 用されていること(災害対策基本法第 条 の )。

この計画提案は、ボトムアップ型の一つの 要素であるとされている。また、地域住民等 が地区の特性に応じた計画を作ること、地域 住民等が実際に継続して実施していける計画 である必要があること等の特徴がある。

図 地区防災計画制度の仕組み(内閣府( a)・金( a)参照)

内・有楽町周辺の事業者が中心となり、帰宅困難者対策を行っている「東京 駅周辺防災隣組」の事例である 。

地区防災計画制度は、地域住民及び事業者が 、自らの地区の防災活動に 関する計画の案(素案)を作成し、それを市町村防災会議に提案(計画提案)

して、市町村地域防災計画の中に地区防災計画を規定させることによって、

市町村と地区の防災活動を連携させ、地域全体の防災力 を高めようとした。

従来の災対法に基づく防災計画制度は、国の「防災基本計画」、都道府県・

市町村の「地域防災計画」等のように、行政によるトップダウン型の仕組み を前提としたものであったが、この「地区防災計画制度」は、地域住民や事 業者(法人)が、自由に自らの防災計画の範囲である「地区」を決めること ができるという前例のないボトムアップ型の制度である(図 参照) 。

また、①地域住民を主体としたボトムアップ型の計画である点のほかに、

(26)

②各地域コミュニティの特性に応じた計画(地域性の重視)、③計画に基づ く訓練、評価・検証、見直しによる PDCA サイクルによる活動を重視した 計画(継続性の重視)という三つの特徴を有している。

この「地区防災計画制度」は、 年 月から施行され、内閣府において 年度及び 年度にモデル事業が全国 地区で実施されていた。しかし、

九州では、宮崎県の中山間地域の 地区 で実施されたのみであった。

内閣府( a) 頁、内閣府( b)別冊 〜 頁、内閣府( a) 頁、京都市消防 局( )参照。京都市では、災害による被害の未然防止及び軽減を目的に市内全域で自主防 災組織が結成され、町内会単位の「自主防災部」、「自主防災部」を概ね小学校区単位で束ねた

「自主防災会」が組織されている。そして、自主防災部では、町内版防災計画である「身近な 地域の市民防災行動計画」が作成されている。

東京駅周辺防災隣組( )、内閣府( a) 頁、内閣府( b)別冊 〜 頁参照。

年に帰宅困難者対策のために東京駅周辺防災隣組を設立し、千代田区より帰宅困難者対策 地域協力会として指定され、区と連携した帰宅困難者避難訓練の実施、まちの防災・防犯機能 の向上等に取り組んでいる。また、発災時の活動ルールを定めており、その活動は、「千代田 区地域防災計画」の中に盛り込まれている。

計画の作成主体については議論があったとされる。原田( )、佐々木( )、西澤・筒 井( c)、金( a)参照。

地域防災力の定義については、矢守( ) 頁では、被害軽減力を中心に捉える見解、

被災後の地域社会の回復力を中心に考える見解等もあるが、これらの諸要素が地域防災力に とって不可欠なものであることから、統合的に解し、防災活動によって災害による被害を軽減 し、被災後の速やかな回復を図る地域コミュニティの力のことと解する立場に立っており、本 稿でもこの説にならうこととする。鍵屋( ) 頁参照。また、社会学の立場から、雪、祭 り等に関する地域の共同した対応を踏まえ、地域コミュニティの防災力について論じているも のとして、田中( ) 頁以下参照。地域防災力の制度化の過程については、大矢根( )

頁以下参照。

地区防災計画を定めるには、地域住民等によって作成された計画の素案が、市町村防災会議 によって認定される必要があるが、認定に当たっては、計画の素案の作成主体に対して、法人 格を必要としておらず、法定計画としては珍しい。災対法第 条及び第 条の 、防災行政研 究会編( )第 章、災害対策法制研究会( ) 頁参照。

内閣府( b)、井上・山﨑・山辺・川田( )参照。

(27)

Ⅳ 結びに代えて

熊本地震の被災地では、行政関係者も地域住民等も、地震が発生しないと いう思い込みが強く、東日本大震災等の教訓を自分の問題としてとらえるこ とができていなかった。そのため、防災意識だけでなく、耐震化、避難所の 整備、避難訓練、備蓄等が著しく不十分であった。

その背景としてあるのは、東日本大震災の教訓が、これまで被災経験に乏 しかった熊本等九州では我が事して受け止められることがなく、行政も地域 住民も防災意識を持って十分な備えをしてこなかったことがあげられる。

行政関係者も地域住民も、想定外ということを理由にあげているが、もと もと熊本県の地域防災計画は、これよりも大きな被害を想定していたことは あまり指摘されていないようである。つまり、今回の災害は、決して想定外 だったわけではなく 、行政や地域住民が、災害を実際に発生することと考 えて、防災訓練を行ったり、建物の耐震化を進めたり、家具を固定したり、

備蓄をしたりというような、防災計画に応じて当然とるべき対策をとってい なかったことに大きな問題があるのではないか。

国が推進してきた「地区防災計画制度」についても、過去の災害経験を受 けて、法律改正を経て、災害対応に役立ちそうな共助の仕組みが作られたに もかかわらず、熊本をはじめ九州ではほとんど普及していなかった。制度を 推進する内閣府のモデル事業等の取組も九州では限られた地域でしか実施さ れておらず、取組として甚だ不十分であったように思われる。災害対策基本 法の改正に伴う地区防災計画制度の普及啓発が図られている中で、熊本地震 が発災したが、制度施行から 年目を迎える中で、普及啓発のスピードやそ の頻度、関係予算の状況等について、今後十分に検証を行う必要がある。

一方で、本稿のインタビュー調査の対象となった免震構造のマンションの

矢守( ) 頁、熊本県地域防災計画( 年度修正)参照。

(28)

住民は、耐震基準を満たした安全なマンジョンに居住していたため、まわり の建物が大きな被害を受ける中、地震の被害をほとんど免れ、避難所に避難 する必要もなく、自分のマンションでそのまま生活を継続することができた。

当マンションでは、日頃から居住するマンションの安全性に気を配り、地 域活動や防災活動の経験を積んでおり、今回の地震の際にも、地域住民が、

落ち着いて行動し、被害を最小限に抑えることができた。今後は、このよう な事例を分析し、地区防災計画づくり等を通じた地域防災力の強化を図って いくことが重要になると考える。

本稿執筆中にも被災地では余震が続いており、被災者の避難所での生活は 厳しいものとなっている。特に、今後注意すべきであるのが、災害関連死の 問題である。東日本大震災等でも、発災を契機として、地域コミュニティで のネットワークが壊れ、慣れない避難所での生活が引き金となって、高齢者 をはじめ多くの方が亡くなっており、今後は、行政が状況に応じた適切な支 援を地域コミュニティに行い、コミュニティが一体となって災害関連死によ る死者を一人でも少なくすることが重要になる。

最後に、復旧・復興に当たっては、今回の災害の教訓を踏まえ、災害に強 いまちづくりが求められる。その際には、行政によるトップダウンの復興で はなく、地域コミュニティを主体としたボトムアップ型の地域特性をいかし たまちづくりが求められており、そのための一つの制度として、「地区防災 計画制度」が活用できるのではないか。同制度は、新しい制度ではあるが、

既に、全国で先進的な取組が見られており、それらを参考に事前復興的な観 点から、防災計画づくりを進めていくことが求められる。

謝辞

本書の執筆に当たっては、地区防災計画学会の室﨑益輝先生(神戸大学名

誉教授)、矢守克也先生(京都大学防災研究所教授)、大矢根淳先生(専修大

(29)

学人間科学部教授)、加藤孝明先生(東京大学生産技術研究所准教授)、林秀 弥先生(名古屋大学大学院法学研究科教授)、井上禎男先生(琉球大学法科 大学院教授)、田中行男先生(一般財団法人関西情報センター専務理事)、堀 口浩司先生(地域計画建築研究所取締役副社長)、情報通信学会第 回大会 で御助言をいただいた稲田修一先生(東京大学先端科学技術センター教授)

をはじめとする多くの先生方から御示唆をいただいた。

また、被災地の調査では、インタビュー調査に御協力いただいたパークマ ンション水前寺公園管理組合の小塩御夫妻、福岡大学法学部西澤ゼミの大塚 有紗さん、石松優弥さん、小塩大暉さんにお世話になった。

なお、本稿は、公益財団法人江頭ホスピタリティ事業振興財団の研究助成 による研究成果の一部である。

御指導いただいた先生方に厚く御礼申し上げる。

参考文献( 音順)

・岩崎信彦・鯵坂学・上田惟一・高木正朗・広原盛明・吉原直樹編( )『増補版 町内会 の研究』御茶の水書房

・岩崎信彦・上田惟一・広原盛明・鯵坂学・高木正朗・吉原直樹編( )『町内会の研究』

御茶の水書房

・磯打千雅子( )「土器川流域における気候変動に適応した強靭な社会づくり DCP(地域 継続計画)策定プロセスにみる多様な地区防災計画展開の可能性」『地区防災計画学会誌』

・磯村英一( )「都市社会集団」東京市政調査会『都市問題』 巻 号

・稲葉陽二( )『ソーシャル・キャピタル入門:孤立から絆へ』中公新書

・井上禎男・西澤雅道・筒井智士( )「東日本大震災後の「共助」をめぐる法制度設計の 意義―改正災害対策基本法と地区防災計画制度を中心として―」『福岡大学法学論叢』 巻

・井上禎男・山﨑裕行・山辺眞一・川田伸一( )「中山間地における地区防災計画」『福岡 大学法学論叢』 巻 号

・今村晴彦・園田紫乃・金子郁容( )『コミュニティのちから― 遠慮がちな ソーシャ

参照

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