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独占禁止法における「公共の利益」

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(1)

独占禁止法における「公共の利益」

に関する一考察

大 橋 敏 道

はじめに〜分析の視角

独占禁止法(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)では、い くつかの条文( (平成 )年改正後は 条 項、 条 項、 条)にお いて「公共の利益」という文言が用いられている

( )

。周知の通り、この文言 をめぐっては、主に 条 項(私的独占)・ 項(不当な取引制限)の解釈 において過去に熾烈な論争が展開され、石油価格カルテル刑事事件・最高裁 判決

( )

が出た後も、長らく宣言的規定説(後述Ⅱ参照)が通説的地位を占め てきた。しかし近時、いわゆる正当化事由説(後述Ⅲ参照)の登場後、宣言 的規定説にも若干後退あるいは退潮が見受けられ、そのことが「公共の利益」

をめぐる議論状況に混沌をもたらしている。本稿は、「公共の利益」要件の 制定過程、及び同要件に関する宣言的規定説と正当化事由説の主要二説の比 較検討を通じて、同要件の解釈をめぐる議論状況の若干の交通整理を試みる ものである。

なお、「公共の利益」は上記の通り、独禁法中の 条文に登場するものの、

福岡大学法学部教授

(2)

主要な学説はなぜか 条 項・ 項のそれに焦点を当ててきたため、本稿も 議論の中心は両項における「公共の利益」となる。これら 条 項・ 項の 各要件について、最近の文献では、「他の事業者の事業活動を排除し、又は 支配することにより」( 項)、「相互にその事業活動を拘束し、又は遂行す ることにより」( 項)を行為要件、「一定の取引分野における競争を実質的 に制限する」( 項・ 項共通)を市場効果要件または弊害要件と分類する ものが多い

( )

。けだし秀逸でかつ実務上も有用な分類と言えようが、本稿で はあえてその分類を用いず、便宜的に、従来、行為要件と呼ばれてきたもの を、独禁法の制裁(排除措置命令等)を増加させるベクトルに働くものとし て「積極要件」、「公共の利益に反して」と「一定の取引分野における競争を 実質的に制限する」を独禁法の制裁を減少させるベクトルに働くものとして

「消極要件」と呼ぶこととする(同様に、 条の「公共の利益を保護するた め」も、消極要件に分類できる。)。

「行為要件」、「市場効果(弊害)要件」という分類は、独禁法違反の成否 に関与する要因が行為と市場効果(弊害)のみであるという誤解を招きやす いが、後述するとおり、「公共の利益」について議論するに際しては、行為 と市場効果(弊害)以外の要因=競争外要因について論者が明確に意識する ことが必要であり、かつ「公共の利益」要件について従来指摘されてきた問 題は、同要件が消極要件であるが故のものであると考えるからである。

Ⅰ.「公共の利益」要件の登場と変遷

A.原始独占禁止法( )の制定過程

原始独占禁止法の制定は、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が

年 月に日本政府に提示した、いわゆる「カイム氏試案」

( )

が直接の契機で

あったが、「公共の利益」(public interest)要件は、日本側担当者と GHQ

(3)

が交渉する過程において、日本側が提示したものであることが明らかにされ ている

( )

。いわば、日本主体の純日本的要件とも言えるわけであるが、日本 案を子細に検討してみると、日本側が「公共の利益」を、後年論争となる私 的独占と不当な取引制限の分野に限定したものとしてではなく、実体規定・

手続規定を問わず、独禁法全体に通底する概念として使用している点が特徴 として浮かび上がってくる。

年 月 日付の商工省「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する 法律案」では、私的独占と不当な取引制限の定義について次のように規定し ていた

( )

(傍点は筆者)。

第二条 この法律において、不当な独占とは、農業、工業、鉱業、商業、

金融業その他の事業(以下事業という。)に業として従事する者

(以下事業者という。)が、自己の事業に関して、一定の地域を 継続して支配する目的のもとに、その同業者の事業の活動の全部 又は大部分を、当該地域から排除している状態であって、公

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をいう。

第三条 この法律において、取引の不当な制限とは、事業者が、自己の 事業のためにする目的のもとに、生産、販売又は供給に関する方 法の採用、数量の決定、経路の選択その他自己の又は他人の事業 の自由な活動を制約し、又は支配してゐる状態であって、公

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をいう。

さらに、競争当局である独占禁止委員会の判断と政府の他機関のそれが対 立した場合の調整規定として、第 条をおいていた

( )

(傍点は筆者)。

第三十五条 政府は、独占禁止委員会の認定、確認又は命令が、公

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は、当該認定、確認又は命令のあった

日から三十日以内に、独占禁止委員会に対して、異議の申立をな

すことができる。

(4)

第二項 独占禁止委員会は、前項の異議の申立に対して、決定をなさな ければならない。

第三項 第一項の規定による異議の申立があったときは、独占禁止委員 会の命令は、その執行を停止される。

その後の 年 月 日付の「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関す る法律(試案)」では、主要な実体規定である共同行為(原始独占禁止法 条の前身)や不正な競争方法(不公正な競争方法)にも「公共の利益」要件 が挿入されている

( )

(傍点は筆者)。

第六条 事業者は、共同して左の各号の一に該当する行為をなしてはな らない。但し、独占禁止委員会において、当該行為をなそうとす る者の申立により、その行為を公

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ものと認め て許可した場合はこの限りではない。

(一号〜四号省略)

第十四条 事業者は、不当に自己の事業能力を拡張し又は競争者の事業 活動を排除し若しくは支配する目的を以て、競争手段として左の 各号の一に該当する方法(以下不正な競争方法という。)を用い てはならない。

(一号〜五号省略)

六、 前各号に掲げるものの外、不当に競争者の事業活動を妨げて公

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競争手段

GHQ 側は日本案全体に対して様々な注文をつけているが、「公共の利益」

については、「大雑把且つ定義が不可能な文 言(loose and ill-definable

terms)」であると反対の意を表している

( )

。特に共同行為に関しては、GHQ

担当者自らが「公共の利益に適合する場合」の箇所を削除している

( )

。この

ことは、GHQ が共同行為について不当な取引制限とは区別して、外形的事

情からのみ判断して違法とする「完全に」違法な「共同行為」としようとし

(5)

たものとも考えられる

( )

が、その背景には、「公共の利益」が独禁法の適用 を減少させる消極要件であることを認識していた点があるというべきであろ う。

また手続規定に関して、協議の過程でいったん「政府は独占禁止委員会の 裁定が、公共の利益に反すると認めたときは、裁判所に出所することができ る。」という日本案が提示されたのに対し、GHQ 側がこれに難色を示したた め

( )

、関係官庁等は委員会に対して意見を述べ、又は事件関係人として審判 手続に参加できるという方式に変更された

( )

かくして成立した原始独占禁止法においては、私的独占( 条 項)、不 当な取引制限( 条 項)、不公正な競争方法( 条 項 号)、株式保有の 制限( 条 項、 条 項、同条 項)、合併の制限( 条 項)、審判手続 の開始( 条 項)、関係公務所・公共団体の意見の陳述( 条)、審決の取 消・変更( 条 項)に「公共の利益」要件が盛り込まれた。ところが、日 本側は多大な労苦を乗り越えて法案を成立させたにもかかわらず、肝心の「公 共の利益」概念の内容については統一的解釈が存在しなかったとされてい る

( )

。これは、ある意味、一般条項であるがゆえの必然とも言えようが、立 法直後の諸資料を通観すると、「公共の利益」に、単なる「自由競争経済秩 序」あるいは「競争によってもたらされる消費者厚生の増大」以上の意味、

つまり競争外要因を読み込む見解の方が多数であると言える

( )

。この背景に は、制定当時の日本の疲弊した経済状況からの脱却と復興が焦眉の急であっ たことがあり

( )

、原始独占禁止法の目的規定( 条)に国民経済の「健全な 発達」が盛り込まれていることと平仄を合わせる関係にあると考えられる

( )

「公共の利益」の内容とともに重要なのは、立法関係者たちが「公共の利

益」の判断権者についてどのようにとらえていたかという点である。原始独

占禁止法の条文における「公共の利益」は、そのほとんどが公正取引委員会

を判断権者としているが、 条においては公取委以外の「関係のある公務所

(6)

又は公共的な団体」が判断権者とされている。この点に関して、法案の提案 理由説明では「委員会の審決のいかんは公共の利益に重大な関係があります ので、関係官庁等は委員会に対して意見を述べ、または事件関係人として審 判手続に参加することができることといたしました。」と説明されている

( )

。 また、立法直後の解説書等においても、公取委以外の官庁が「公共の利益」

の代弁者たることが当然視されている

( )

。このことは、立法関係者たちが「公 共の利益」に「競争によってもたらされる消費者厚生」以上の意味や競争政 策外的考慮を含意していたことの補強証拠たりうる(他の官庁も競争政策を 実施することがありうるとはいえ、第一義的には競争政策以外の政策の実施 者である。)とともに、「公共の利益」が公取委を含む官庁の判断(特に不作 為)の単なる免罪符に堕し、官庁の裁量をコントロールする観点からは桎梏 となる危険性を制定当初からはらんでいたことを表すものと言える。

B.その後の条文の変遷

. (昭和 )年改正

上記の通り、原始独占禁止法で多用されていた「公共の利益」要件は、そ の後の独禁法の歴史において漸減するという経緯をたどることになった。ま ず 年改正では、企業結合規制の緩和とともに 条 項、 条 項・ 項、

条 項から「公共の利益」要件が削除された

( )

年改正の背景は、日本の生産復興と国際収支の赤字解消のための外資 導入と、持株会社整理委員会の保有する株式等の証券消化が政治課題となる 中で、独禁法の国際契約の認可制や株式保有原則禁止の規定が障害となった ことにあるとされている

( )

。改正の要点は、株式取得(旧 条)、社債取得

(旧 条)、役員兼任(旧 条)の機械的禁止の規定が、「会社法的規定」で

あるとして削除された点と、国際契約や企業結合の認可制を届出制に変更し

た点であった

( )

。この過程で「公共の利益」要件が消滅した詳細な理由は不

(7)

明であるが、改正当時の解説書は企業結合に関する「第四章の規定がすべて 予防的規定であり、公益違反と否とを問わず競争の制限となる一定の行為を 禁止するというたて前をとっているからである」

( )

と述べており、ここから は競争制限によって損なわれる利益と公共の利益とは異なる概念であるとい う認識を持っていることがうかがえる。

. (昭和 )年改正

年の改正は、「現行実体規定の骨格」

( )

を構成したとも評される大規 模な改正であったが、その一環として行われた不公正な取引方法の導入の過 程で、「公共の利益」要件が削除された。これにより、私的独占と不当な取 引制限の定義規定を除いて、実体規定からは「公共の利益」が姿を消すこと となった。

改正前の不公正な競争方法( 条 項)が 号から 号までの法定違反類 型を掲げ、 号で「公共の利益に反する」ものを公取委が新たに指定すると いう追加主義方式を採用していたのに対して、改正後の不公正な取引方法(

条 項)は、 号から 号までの類型のうち、公取委の指定したものが現実 の取締の対象となるという具体化主義方式を採用した

( )

(同時に、旧法には 含まれていなかった経済力の濫用( 号)、競争者の取引妨害等( 号)が 含められた。)。

「公共の利益」要件が削除された理由ないし背景については、昭和 年

月 日付の独占禁止法改正案要綱第 の が、「公正取引委員会があらたに

不公正な競争方法を指定する従来の準立法的制度を改め」ると述べている

( )

また、改正当時の公取委事務局による解説書(以下、公取委昭和 年解説と

略)は、「従来とかく問題のあった委任立法的な追加指定制度をやめて、不

公正な取引方法の範囲を法第二条第七項に法定し」たと述べている

( )

。さら

に別の関係者、出雲井正雄による解説書(以下、出雲井昭和 年解説と略)

(8)

は、「旧法第七号の公正取引委員会の準立法規定を削除し、かわって、すべ ての不公正取引方法について公正取引委員会の具体的な指定を必要とするよ うに改めて、その不当な拡張解釈を阻止している。」とより明確に記述して いる

( )

。このことから、「公共の利益」は公取委の裁量を拡大しすぎる点に 問題があって廃されたこと、 条 項の規定は公取委の裁量に枠をはめる意 図があったということが言える

( )

.その後の改正

実体規定に比べて、手続規定上の「公共の利益」要件(審判手続の開始(

条 項)、関係公務所・公共団体の意見の陳述( 条)、審決の取消・変更(

条 項))及びそれに類似する「公益」要件(審判の公開( 条 項)、関係 公務所、公共団体の参加( 条))はその後も長く残ったが、まず (平 成 )年改正での事後審判化に伴い、審判開始の規定が独占的状態に関する 場合に限定され、 (平成 )年改正では審判手続自体の廃止に伴って、

手続規定からほぼ全ての「公共の利益」、「公益」要件が消滅した。 年改 正後の手続規定で残っている「公共の利益」は、 条の公務所等の意見に関 する規定中のみとなる。

Ⅱ.宣言的規定説

A.登場

前記の通り、原始独占禁止法では、「公共の利益」要件が、後年の論争の

中心となる私的独占や不当な取引制限のみならず、広く違反行為の認定(株

式保有、合併、不公正な競争方法)や重要手続の進行(審判手続の開始、公

務所等の意見、審決の取消・変更)に関して公取委が考慮すべき要因として

規定されていた。「公共の利益」の内容については、定義規定もなく不明確

(9)

であったが、立法関係者らは「自由競争経済秩序」以外の競争外要因をこれ に読み込んでおり、その根拠を、目的規定( 条)の「国民経済の民主的で 健全な発達」に求めていた

( )

。この見解は、従来「国民経済全般の利益」説

( )

などと紹介されてきたが、本稿ではその意図をより明確にするため「競争外 要因考慮説」と述べることにする。また、この説において、すでに立法直後 の時点から、「公共の利益」の解釈が 条のそれと連動するという、後の学 説・判例に見られる構図の一が現れている点も注目に値する。 「公共の利益」

と独禁法の目的の連動性は、必ずしも条文から一義的に導き出されるもので はないが、立法関係者らの見解が後世に影響を与えたと考えるのが適切であ ろう。

しかしながら、独禁法の当の執行機関である公取委は、特に私的独占と不 当な取引制限における「公共の利益」について、立法関係者とは異なる見解 を早期からとっていたとされている

( )

。初期の重要審決である合板入札談合 事件審決

( )

では、談合の参加事業者が、談合による落札価格が低廉であって 国家に損失を与えるものでないから本件は公共の利益に反しないと主張した のに対して、公取委が

「自由競争の確保を眼目とする独禁法第一条の規定の精神に違反し、入札 制度の美点を害するものであるから、その行為自体、公共の利益に反す るものと認めるのが相当であり、協定価格の内容が妥当であるか否か、

事業者が不当な利益を得たか否か、又は国家に損失があったか否か等の 事項は、必ずしも公益違反の有無を判断する基準にはならない。」

( )

と述べて、公共の利益に競争外要因を読み込むことに消極的態度を示したの は、その具体例の一つである

( )

。さらに前掲 年独禁法改正に関する公取 委昭和 年解説

( )

は、「公共の利益に反して」の文言について、

「ただ法文に規定されたような方法によって競争を実質的に制限すること

は、公共の福祉に反するが故に、これを制限するものであることを明ら

(10)

かにして憲法上の原則との調整を図ると共に、独禁法の運用は常に公共 の利益に観点に立ってなさるべきであり、私人間の紛争の解決又は個人 の権利義務の確定の如きことは、独禁法の直接の目的ではないとの趣旨 を訓示的に宣言しているものと解して差し支えない」

( )

とより明確に表明している。同書が「宣言」という表現を用いたことが、公 共の利益=自由競争経済秩序と解する見解が「宣言的規定説」

( )

と呼ばれる ようになったゆえんであり、また、その後の六十有余年に派生したさまざま な学説上のバリエーションにかかわらず、宣言的規定説の骨子は公取委昭和

年解説の時点から現在に至るまで変化はないと考えてよい。

なお同書の対象である 年独禁法改正においては、事業者団体規制(

条)、適用除外カルテル(不況カルテル( 条の )、合理化カルテル( 条 の ))、不公正な取引方法など、多くの重要な規定が導入された。これらに 関して、競争外要因考慮説に立つ出雲井昭和 年解説

( )

は「改正後の独占禁 止法の基本的態度は、(中略)わが国経済の安定と発展に必要な場合には、

例外としてかなりひろく事業者の独占的行為を認めようとするもの」

( )

であ り、事業者団体による一定の取引分野における競争の実質的制限を禁止して いる 条 項 号「においても、とうぜん『公共の利益に反して』というこ とが言外に含まれていると解すべきであ」

( )( )

るとしている。ともあれ、

年独禁法改正の時点で、宣言的規定説の骨子と、その後の論争の主たる争点 と構図が確定したということが言えるであろう。

B.意義

.政治的意義〜競争政策の唱導と公取委の組織防衛

宣言的規定説は、その後、東京高等裁判所レベルでも承認され

( )

、通説と

しての地位を占めることとなったが、同説の役割ないし意義については、法

律的側面とともに、競争政策の唱導や啓蒙

( )

、あるいは公取委の組織防衛

( )

(11)

といった政治的側面から語られることが常であった。しかし、宣言的規定説 がはたして競争政策や公取委防衛に有効であったかについて、客観的に検証 することは困難であると言わざるを得ない。

もっとも、公取委の審決数の大幅な減少が、昭和 年度から昭和 年度の いわゆる「独禁法冬の時代」のみならず、昭和 年度から昭和 年度および 昭和 年度から平成元年度にかけても見られる

( )

ことから判断すると、競争 政策の命運は、宣言的規定説のような法解釈による厳格化ではなく、外的要 因によって左右される

( )

とも考えられる。

そうであるとすれば、逆に近時においては「独禁法や公取委の地位が向上 し」

( )

、「独禁法は名実ともに経済憲法にふさわしい位置付けを与えられつ つある」

( )

と言うのもまた早計であろう。タクシー適正化・活性化特別措置 法の 年改正

( )

に見られるように、外的要因による競争政策の後退は、現 在においても間々生じることだからである。

.法律的意義〜公取委の裁量の統制

宣言的規定説の退潮とともに近似の文献からは消えているが、往時の文献

でしばしば述べられていた法律的意義が、公取委の裁量の統制である。この

論点は、既に公取委昭和 年解説において「違法と適法との限界点について

までも余りに広範な弾力性を認めることは、法的安定性の理念からも望まし

くない」

( )

として言及されており、 年独禁法改正において、「公共の利

益」要件を含んだ不公正な競争方法の規定が廃された一因も、この点にあっ

た(前記Ⅰ−B− 参照)。また他の文献においても、宣言的規定説以外の

立場をとると「公正取引委員会に過大な裁量権を与えることになり、公正取

引委員会の準司法機関としての性格からみて妥当ではない」

( )

と述べられて

いる。すなわち、宣言的規定説はもともと、「公共の利益」に藉口した被審

人の雑駁な主張を封じるという、公取委を利する側面とともに、公取委自身

(12)

の裁量をも縛るといういわば両刃の剣的性格を有していたわけである。従っ て、宣言的規定説が公取委の裁量統制に有効であったか否かを検討すること は、法律学的には同説の政治的意義よりも重要と言える。

判例上、公取委の裁量は、競争政策の実施

( )

、事件の取捨選択

( )

、適用法 条の選択

( )

、勧告と審判の選択

( )

、排除措置命令の内容

( )

や時期

( )

について 認められている。一方、「公共の利益」は要件であるので、該当条文の解釈 や要件の認定において、公取委の要件裁量がどの程度認められるのかという 議論になる(もちろん、純然たる私訴の局面においても 条 項や 項の「公 共の利益」の解釈が争点となることはあり得るが、公取委の判断の司法審査 という点には無関係であるし、私的独占や不当な取引制限の現実の事件数に おいても公取委案件の方が圧倒的多数であるので、ここでは後者にフォーカ スを当てる。)。

要件裁量自体がそもそも認められるのかという問題については、既に景品 表示法についてこれを認めた判決

( )

があり、競争政策の専門官庁としての公 取委の性格に鑑みれば、独禁法についてもある程度認められるべきであろう。

しかしながら、行政庁の裁量には自ずから限界があることは言を俟たず、そ の限界を明らかにすることも、独禁法学の一つの重要な使命である。そして 宣言的規定説とは、公取委が 条 項あるいは 項の「公共の利益」に競争 外要因を読み込んで違反無しとした場合、裁量権の逸脱になるという主張と 読み替えることができる。

ただし、 条 項・ 項の「公共の利益に反して」は、本稿冒頭で述べた

ように、公取委の制裁を減少させる消極要件であるため、かりに公取委が同

要件あるいは(正当化事由説が主張するように)「一定の取引分野における

競争を実質的に制限すること」に競争外要因を読み込んで違反無しとした場

合、法的処分が行われない=公取委の不作為という結果を招来する。この不

作為の違法を法的に追及することは、現実的にも理論的にも非常に困難であ

(13)

ると言わざるを得ない。

C.公取委の不作為をめぐる判例

過去に公取委の不作為が争点となった事案は、三類型に分けられる。その 第 は、独禁法 条 項を根拠として公取委の不作為を追及するケースであ るが、ヱビス食品企業組合事件

( )

において最高裁は、

「同法 条 項は、被上告人公正取引委員会の審査手続開始の職権発動を 促す端緒に関する規定であるにとどまり、報告者に対して、公正取引委 員会に適当な措置をとることを要求する具体的請求権を付与したもので あるとは解されない。(中略)これを要するに、被上告人は、独占禁止 法 条 項に基づく報告、措置要求に対して応答義務を負うものではな く、また、これを不問に付したからといつて、被害者の具体的権利・利 益を侵害するものとはいえないのである。したがって、上告人がした報 告、措置要求についての不問に付する決定は取消訴訟の対象となる行政 処分に該当せず、その不存在確認を求める訴えを不適法とした原審の判 断は、正当である。また、独禁法 条 項に基づく報告、措置要求は法 令に基づく申請権の行使であるとはいいえないのであるから、本件異議 申立てに対する不作為の違法確認の訴えを不適法とした原審の判断も、

結局正当である。」

( )

と述べて、これを退けた。

第 の類型は、公取委の不作為を理由に国家賠償を請求するケースである

が、豊田商事事件

( )

において大阪高裁は、公務員の規制権限行使の作為義務

を否定する公取委の反射的利益論を退けたものの、「公務員の権限不行使が

職務上の法的作為義務に違反するか否かは、権限の根拠となる法令のみなら

ず、慣習・条理等をも斟酌し、具体的な事情の下で当該公務員に権限が付与

された趣旨・目的に照らし、その不行使が著しく不合理であるかどうかに

(14)

よって決せられるべきであ」

( )

るから、本件諸事情の下では、「その権限不 行使が条理に照らし著しいものであるとまではいいがたく、結局、鈴木課長 ら公取委の担当者には、前記規制権限不行使の違法性はない」

( )

として、被 害者らの国家賠償請求を退けた。

第 類型で見られるとおり、当事者あるいは第三者が、公取委の不作為や 不問決定を取消訴訟や不作為の違法確認訴訟に持ち込んだとしても、行政事 件訴訟法上の処分性や原告適格という入口論に終始して、独禁法の実体要件 の審理にまで至らない可能性が非常に高い。 (平成 )年の行政事件訴 訟法改正で導入された義務付け訴訟(行訴 ⑥)においても、法律上の利益

(行訴 の ③)または法令に基づく申請(行訴 の ②)を要件としてい るため、原告適格が否定される場合がほとんどであろう。一方、第 類型の 国家賠償請求訴訟においては、原告は「権限不行使の前後にわたる一切の事 情」

( )

の立証を迫られるため、立証のハードルが極めて高く、提訴インセン ティヴを持つ者は極めて少ないことが想定できる。すなわち、かりに「公共 の利益」の解釈において公取委の裁量権の逸脱があったとしても、独禁法違 反無しという公取委の結論に対して司法審査が行われる可能性は、事実上、

極めて低いと言ってよい。従って、宣言的規定説は、独禁法違反ありとする 公取委の判断を正当化することはできても、独禁法違反無しとする公取委の

(誤った)判断を正すことができなかったので、公取委の裁量統制の理論と しては全く役割を果たしてこなかった、あるいは役割を果たす場を与えられ てこなかったと言える。

公取委の不作為が裁判上の争点となった第 の類型は、独禁法違反無しと

いうネガティブクリアランスを内容とする公取委の法的処分に対して、第三

者が行政訴訟を提起するケースである。この場合、公取委は処分という作為

をしているが、独禁法に基づく制裁を求める側からすれば、制裁が行われて

いないので「不作為」ということになる。

(15)

第 類型のリーディングケースである主婦連ジュース訴訟

( )

では、公取委 による公正競争規約の認定に対して一般消費者の不服申し立て適格が認めら れるかが争点となったが、最高裁は、

「景表法の規定により一般消費者が受ける利益は、(中略)同法の規定の 目的である公益の保護の結果として生ずる反射的な利益ないし事実上の 利益であって、本来私人等権利主体の個人的な利益を保護することを目 的とする法規により保障される法律上保護された利益とはいえないもの である。」

( )

と述べて、これを否定した。一方、JASRAC に対する排除措置命令を取り 消した公取委の審決に対して競争者が審決取消訴訟を提起したイーライセン ス事件

( )

において、東京高裁は

「独占禁止法の排除措置命令等に関する規定(同法 条、 条 項、 条)

は、第一次的には公共の利益の実現を目的としたものであるが、競業者 が違反行為により直接的に業務上の被害を受けるおそれがあり、しかも その被害が著しいものである場合には、公正取引委員会が当該違反行為 に対し排除措置命令又は排除措置を認める審決を発することにより公正 かつ自由な競争の下で事業活動を行うことのできる当該競業者の利益を、

個々の競業者の個別的利益としても保護する趣旨を含む規定であると解 することができる。したがって、排除措置命令を取り消す旨の審決が出 されたことにより、著しい業務上の被害を直接的に受けるおそれがある と認められる競業者については、上記審決の取消しを求める原告適格を 有するものと認められる。」

( )

と述べて、審決を取り消した(なお、本件では公共の利益は争点になってい

ない)。本判決での原告適格に関する判旨は、重要論点ではあるが、本稿で

は紙幅の都合により分析を省略する。しかし、いずれにしても審判制度廃止

後は、私的独占あるいは不当な取引制限に該当しないという内容の法的処分

(16)

は考えにくく、第 類型はレアケースにとどまるであろう。従って、ここに おいても宣言的規定説が公取委の裁量を統制できる可能性が極めて低いとい う点は変わらない。

D.公共の利益に関する最高裁判決

年独占禁止法改正以降、通説としての地位を占めていた宣言的規定説 に対して、 年の石油価格カルテル刑事事件・最高裁判決

( )

は、次のよう に述べて異なる見解を示した。

「独禁法 条 項にいう『公共の利益に反して』とは、原則としては同法 の直接の保護法益である自由競争経済秩序に反することを指すが、現に 行われた行為が形式的に右に該当する場合であっても、右法益と当該行 為によって守られる利益とを比較衡量して、『一般消費者の利益を確保 するとともに、国民経済の民主的で健全な発達を促進する』という同法 の究極の目的に実質的に反しないと認められる例外的な場合を、右規定 にいう『不当な取引制限』行為から除外する趣旨である。」

( )

本判決は、その抽象的かつ多義的な表現もあって、多くの議論を呼んでき た。本稿では紙幅の都合により、その全てを紹介することはできないが、お おむね、宣言的規定説に立つ論者が本判決に言う「例外的な場合」は極めて 限定されると縮小解釈する一方

( )

、宣言的規定説と異なる立場に立つ論者は 本判決を一定程度評価する傾向にある

( )

本判決の特徴は、二つある。その第一は、公共の利益の判断に関して独禁 法 条の目的規定を判断基準とする、立法関係者の見解に由来する古典的な 判断枠組みに従っている点である。しかし、独禁法 条の目的規定はもとも と多義的に立法されており

( )

、論者によって解釈が分かれうるものである。

そしてそのことが、本判決についての多様な解釈を許す最大の理由になって

いると考えられる。第二の特徴は、存在する要件(「公共の利益に反して」)

(17)

には、他の要件(「一定の取引分野における競争を実質的に制限する」)と異 なる独自の意味を持たせるという姿勢である。本判決が投げかけたこの問題 に関しては、主要学説である宣言的規定説、正当化事由説のいずれもが、ま だ明確な答えを出せていないと言っていいであろう。

最高裁は、 年の水道メーター談合事件決定

( )

で、再び公共の利益につ いて判断を示した。本件では、中小企業者と大企業者が競合する場では自由 競争を抑制することで中小企業者の育成を図ることが公共の利益に沿ってい るから、本件談合の合意は独禁法の究極目的に合致するという上告人の主張 に対し、最高裁は、

「本件合意の目的、内容等に徴すると、本件合意は、競争によって受注会 社、受注価格を決定するという指名競争入札等の機能を全く失わせるも のである上、中小企業の事業活動の不利を補正するために本件当時の中 小企業基本法、中小企業団体の組織に関する法律等により認められるこ とのある諸方策とはかけ離れたものであることも明らかである。した がって、本件合意は、『一般消費者の利益を確保するとともに、国民経 済の民主的で健全な発達を促進する』という私的独占の禁止及び公正取 引の確保に関する法律の目的(同法一条参照)に実質的に反しないと認 められる例外的なものには当たらず、同法二条六項の定める『公共の利 益に反して』の要件に当たる」

( )

と述べて、これを退けた。本判決でも、前記の石油価格カルテル刑事事件判 決と同じく、「公共の利益」に独自の意味を持たせて、独禁法 条の目的規 定を基準に判断する枠組みが維持されているため、最高裁は、独禁法上のカ ルテル認可制(旧 条の 、旧 条の )の廃止は 条 項の公共の利益の 解釈に変更をもたらさないという見解であると考えられる

( )

一方、両判決とも、結論としては公共の利益に反するとしたものであり、

条 号に関して事業者団体の価格協定が「制限しようとしている競争が…

(18)

(中略)…他の法律により刑事罰等をもって禁止されている違法な取引…(中 略)…又は違法な取引条件…(中略)…に係るものである場合に限っては、

…(中略)…特段の事情のない限り、独占禁止法第 条第 項、第 条第 項第 号所定の『競争を実質的に制限すること』という構成要件に該当せず、

したがって同法による排除措置命令を受ける対象とはならない」

( )

と述べた 大阪バス協会事件審決が存在するものの、 条 項・ 項の公共の利益に反 しない例外的な場合に該当するとした判決は、現在まで最高裁レベルでも下 級審・審決レベルでも存在しない。従って、判審決のみを見る限り、宣言的 規定説論者の主張するとおり

( )

、公共の利益に反しない例外的な場合は極め て限られるという印象を受ける。

しかしながら、前記Ⅱ−B及びCで述べたように、 「公共の利益に反して」

は消極要件であるから、かりに公取委が公共の利益に反しないと判断した場 合、その事案が判審決に現れる可能性は極めて低い(それはすなわち、公共 の利益に関する公取委の判断に、十分な司法審査が及んでいないということ を意味する)。従って、判審決のみを議論していたのでは「公共の利益」の 全体像は見えないわけであり、この点を犀利に指摘したのが、次に紹介する 正当化事由説である。

Ⅲ.正当化事由説

A.各説の紹介

.正当化理由説(白石説)

現状、正当化事由説の定義について学界上の定式があるとはいえないが、

本稿では、石油価格カルテル刑事事件・最高裁判決以降に出された日本遊戯

銃協同組合判決

( )

、前掲大阪バス協会事件審決の説明として登場し、条文上

の論拠は論者によって区々に分かれるが、結論として私的独占に該当しない

(19)

排除及び支配、ならびに不当な取引制限に該当しない共同行為を認める学説 の総称として用いる。以下では正当化事由説のうち、代表的なものを紹介す る。

最も体系的に正当化事由説を展開されているのが、白石教授の正当化理由 説である。白石説の最大の特徴は、従前論争が展開されてきた私的独占や不 当な取引制限のみならず、不公正な取引方法をも含めて、独禁法に違反しな い場合として「正当化理由」という上位概念を措定するところにあり

( )

、そ の条文上の根拠は、 条 項・ 項においては大阪バス協会事件審決に倣っ て競争の実質的制限の縮小解釈に、 条 項においては公正競争阻害性に置 いている

( )

正当化事由説の肯綮は、正当化事由の有無をいかにして判断するかである が、白石説では、目的と手段の両面において正当であるか否かを判断基準と している

( )

。そして正当な目的とは、反競争性という弊害を起こしてでも達 成すべきであると法が判断するものであり

( )

、審判決、ガイドライン、公取 委の相談事例の分析から、正当な目的の具体例には、不適格な商品役務・不 適格な事業者の排除

( )

、知的創作や努力のためのインセンティブ確保

( )

、物 理的・技術的・経済的な困難

( )

、効率性向上・競争促進効果

( )

、公共性

( )

、 業績不振の他の供給者の救済

( )

、他の法令等に従った行為

( )

が含まれるとす る。一方、手段の正当性の判断基準は、正当な目的を実現するために合理的 に必要とされる範囲内のものと言えるか否かであるとしている

( )

白石説の第 の特徴は、前記Ⅱで述べたように、従来の学説が独禁法 条

の目的規定の解釈から演繹的に公共の利益に反しない場合を導出していたの

に対して、審判決にとらわれず広範な事案から帰納的に正当化事由を探究し

ている点にあり、同説の登場によって、公共の利益をめぐる論争は新フェー

ズに突入したと言って過言ではない。

(20)

.「保護に値しない競争」説

従来、宣言的規定説を支持してきた論者の中からも、正当化事由を認める 見解が現れている。その一つである「保護に値しない競争」説によると、独 禁法 条の目的に照らして目的の合理性とその目的達成の方法の相当性が認 められる行為によって、形式的に「競争の実質的制限」または公正競争阻害 性がもたらされたとしても、そのような競争は実質的に独禁法上保護に値し ない競争であるとして、「競争の実質的制限」または公正競争阻害性の要件 を満たさないと解釈できるとする

( )

。そして、合理的な目的で方法が相当で ある行為の例として、環境保全や安全確保のための自主規制、他の法律によ り刑罰付きで禁止される行為、効率性の向上をもたらす企業結合や排除行為、

業績不振企業を救済する企業結合を上げている

( )

.ハードコアカルテル・非ハードコアカルテル分離論

この説は、主に不当な取引制限の正当化事由をめぐる説であるが、カルテ ルをハードコアカルテル(反競争効果が明確で、これを補うような競争促進 効果ないし正当化事由を持ち得ないことが外見上明らかなカルテル)とそれ 以外の非ハードコアカルテルに分類し

( )

、特に後者のうち、社会公共目的の 共同行為は、通常、競争制限効果が無く、そもそも自由競争秩序を侵害しな い

( )

とするものである。

B.正当化事由説の課題

.正当化される目的の選別

正当化事由説は、現状の公取委の法運用や区々な審判決を統一的に説明す

る理論としては最も優れており、筆者も基本的にこの見解を支持するが、同

説にはいくつかの未解決の課題があることも否めない。その第一は、競争制

限が正当化される目的をいかにして選別するか、その選別基準が必ずしも明

(21)

確でない点である。

石油価格カルテル刑事事件・最高裁判決以前の、競争外要因考慮説と宣言 的規定説の論争は、競争制限行為がその目的によって正当化されるか否かを 主題としたものであったし、競争制限行為はその目的によって正当化されな いという宣言的規定説の主張は、正当化される目的の選別基準としては(選 ばれるものがないわけであるから)非常に明快であった。

一方、正当化事由説で正当とされるさまざまな目的のうち、社会公共目的

( )

、 他の法令等の遵守

( )

、環境保全や安全確保のための自主規制

( )

などは明らか に競争外要因であるから、正当化事由説は競争外要因考慮説の一つである。

従って、目的の選別基準が重要となるが、正当化事由説ではその基準として、

前掲水道メーター談合事件最高裁決定

や前掲日本遊戯銃協同組合判決

が採用した「目的の合理性(正当性)・手段の相当性」基準があげられてい る

。しかしながら、目的・手段の二段階に分けて審査する手法は、憲法 判例や行政法判例など司法の場では広く用いられているものであるとはいえ、

経済学者を含めて反競争効果についての緻密な研究が行われている独禁法分 野に限っては、司法的な「合理性」「相当性」という基準はやはりルース過 ぎ、本来は競争政策上好ましからざる行為が合法とされる危険性は否定でき ないところである。

さらに厄介なのは、ある事案について正当化事由ありという判断が司法の 場でなく公取委段階で行われた場合、正当化事由は消極要件であるから、当 該事案が司法の場に持ち出される可能性は極めて低く、公取委の判断につい ての司法審査が事実上行われないという問題である(正当化事由説の論者は、

事業者団体ガイドライン、リサイクルガイドライン、企業結合ガイドライン

といった公取委のガイドラインの事例を正当化事由の具体例としてあげるこ

とが多いが、公取委のガイドラインは司法審査を経たものではなく、審判決

と同等の法的重みを持つものではない)。従って、公取委の裁量統制という

(22)

観点からは、現在の正当化事由説は、宣言的規定説と同じく十分な機能を果 たしていないと言える。

.正当化される目的の拡大による「競争の実質的制限」の希釈化 前記の通り、正当化事由説で合理性(正当性)ありとされるさまざまな目 的の中には、競争に関連するものと、社会公共目的や他の法令等の遵守、環 境保全や安全確保などの競争外要因の 種類が含まれるが、現在の正当化事 由説は両者を区別せず、どちらも 条 項・ 項の「競争を実質的に制限す ること」の縮小解釈で正当化事由ありとの結論を導いている。

しかしながら、たとえば環境保全のために明らかに競争を制限しているに もかかわらず、「競争を制限していない」とするのは、文理からの乖離が大 きすぎる上に、 条 項の「競争」の定義にも反する。また、競争外要因を 安易に「競争の実質的制限」要件に持ち込むことで、同要件の縮小あるいは 希釈化を招き、ひいては競争政策自体の後退を招くおそれも(司法や学説が 公取委の裁量統制に貢献していない現状では)否定できないところである。

解釈論としては、競争制限行為はあるけれども、競争外要因により正当化さ れると解する方が、整合性がとれる

.「公共の利益に反して」要件の位置づけ

石油価格カルテル刑事事件・最高裁判決が宣言的規定説に対して突きつけ

た課題は、「存在する要件(=公共の利益に反して)には独自の意味を持たせ

るべき」というものであった。この課題に対しては、最新の正当化事由説も

正面から答えてはいず、迂回していると言わざるを得ない。正当化事由説の

論者は、 条 項・ 項と 条 号との文言上の齟齬を理由に、「公共の利

益」ではなく「競争の実質的制限」要件に正当化事由を読み込む手法をとっ

ている

わけであるが、「競争の実質的制限」要件の縮小解釈にも難点があ

(23)

ることは上記の通りである。

筆者の見解としては、各条文の文言の齟齬は (昭和 )年改正におけ る競争外要因考慮説と宣言的規定説の対立に由来するものであって(前記Ⅰ

−B参照)、やはり「正当化事由」という不文の要件が 条 項・ 項、

条 号及び独禁法第 章の規定中に存在すると解するのが妥当であると考え る。そして、正当化事由の中には競争関連要因のほかに競争外要因も含まれ るが、 条 項・ 項の「公共の利益に反して」は、競争外要因によって競 争制限行為が正当化される場合があることを、独禁法中最も重い刑罰が科さ れる重大な違反行為である私的独占と不当な取引制限について、特に確認す る趣旨で置かれた規定であると解するのが相当である。また、このように解 することで、 (平成 )年改正法中、 条 項・ 項以外に唯一、公共 の利益という文言が用いられている 条とも、解釈の整合性がとれると考え る( 条の「公共の利益」も、公取委以外の公務所が担当する、競争政策外 的な諸要因と考えられる)。

おわりに

本稿では、独禁法分野で多年論争の的となってきた「公共の利益」につい て、まず原始独禁法の制定過程をたどることで、日本側立法関係者たちが同 要件を多用し、その中に競争外要因によって競争制限行為が正当化されると の意味を持たせていたことを明らかにした(Ⅰ−A)。そして、その後の法 改正において、競争外要因考慮説と宣言的規定説の対立の中で多くの「公共 の利益」要件が削除された結果、後代の法解釈を煩わせることとなる条文間 の文言の齟齬が生じたことを示した(Ⅰ−B)。

次に、通説であった宣言的規定説について検討し(Ⅱ)、政治的意義(競

争政策の唱導と公取委の組織防衛)、法律的意義(公取委の裁量統制)の両

(24)

面において十分な成果を上げたとは言えないことを指摘した。特に、「公共 の利益」の消極要件としての特性から、同要件に該当する可能性のある多く の事例が審判や裁判の場に現れないこと、そのため、「公共の利益」の判断 に関して公取委の裁量権の濫用があったとしても、それについて司法審査を 行うことが事実上きわめて困難であることを、公取委の不作為をめぐる判例 を検討することで明らかにした(Ⅱ−C)。

最後に、近時の有力説である正当化事由説について、現状の公取委の法運 用や審判決を統一的に説明する理論としては最も優れており基本的に支持で きるものの、①正当化される目的の選別基準が不明確である、②「競争の実 質的制限」の縮小解釈は文理から離れすぎており、同要件の希釈化を招く、

③ 条 項・ 項に現に存在する「公共の利益」要件の位置づけが不明確で ある、の 点の問題点が存在することを指摘した(Ⅲ)。なお、③の点に関 しては私見を提示している。

宣言的規定説、正当化事由説のいずれを支持するにせよ、「公共の利益」

の消極要件性から、競争制限行為が正当化されるケースが司法の場に登場す る可能性は低く、そのことが法解釈の不透明性の原因となっている。背景に は、独禁法関連訴訟、特に私訴が少ないという構造的な問題があるため、立 法的な解決も含めて今後の検討が必要であると考えるところである。

( )さらに 年改正以前は、「公共の利益」に類似する「公益」要件が用いられている条文 が つ存在していた( 条、 条の )。独禁法の英訳では、どちらも「public interest」と されていた。cf.http://www.jftc.go.jp/en/legislation̲gls/amended̲ama09/amended̲ama09̲

08̲2.html

( )最判昭和 年 月 日刑集 巻 号 頁。

( )たとえば、根岸哲=舟田正之著『独占禁止法概説(第 版)』 頁、 頁(有斐閣、

年。以下、根岸=舟田・概説と略。)、根岸哲編『注釈独占禁止法』 頁、 頁〔川濱昇執筆〕

(25)

(有斐閣、 年)、白石忠志『独占禁止法(第 版)』 頁、 頁(有斐閣、 年。以 下、白石・独占禁止法と略。)。

( )公正取引委員会事務総局編『独占禁止政策五十年史(下巻)』 頁以下(公正取引協会、

年)。

( )公正取引委員会・競争政策研究センター共同研究『原始独占禁止法の制定過程と現行法 への示唆』〔泉水文雄・西村暢史執筆〕 頁( 年。以下、共同研究Ⅰと略。)。なお文献 の引用については、新字体、現代仮名遣いで統一した。

( )共同研究Ⅰ 頁。

( )公正取引委員会・競争政策研究センター共同研究『原始独占禁止法の制定過程と現行法 への示唆−公取委の組織、司法制度、損害賠償、刑事制度−』〔泉水文雄・西村暢史執筆〕

頁( 年。以下、共同研究Ⅱと略。)。

( )共同研究Ⅰ 頁、 頁。

( )同 頁。

( )同 頁。

( )同 頁。

( )共同研究Ⅱ 〜 頁。

( )同 頁。

( )共同研究Ⅰ 頁、平林英勝『独占禁止法の歴史(上)』 頁(信山社、 年)。

( )橋本龍伍『独占禁止法と我が国民経済』 頁(日本経済新聞社、 年)、商工省企画 室『独占禁止法の解説』 頁(時事通信社、 年)、石井良三『独占禁止法 付・経済力 集中排除法』 頁(海口書店、 年)。なお、高瀬恒一=鈴木深雪=黒田武監修『独占禁 止法制定時の回顧録』 頁〔磯部靖発言〕(公正取引協会、 年)も参照。

( )橋本・前掲 頁、商工省企画室・前掲 〜 頁、高瀬ほか・前掲 頁〔両角良彦発言〕。

( ) 年 月 日の衆議院石油配給公団法案外 件委員会における独占禁止法案提案理由 説明が、目的規定( 条)について「この法律の運用にあたっては、単に取締のための取締 に堕することなく、要は国民経済の繁栄をはかり、国民生活をゆたかにすることにあること を、常に念頭に置かなければならないのであります。」(公取委事務総局・前掲注( ) 頁)

と述べている点が、当時の政治課題としての経済復興の重要性を如実に示していると言えよ う。

( )公取委事務総局・前掲注( ) 頁。

( )橋本・前掲注( ) 頁、商工省企画室・前掲注( ) 頁、石井・前掲注( ) 頁。なお 条は、全く文言を変えずに 年改正法 条に受け継がれている。

( )なお関連条文の新旧を比較したものを以下に掲げる(傍点は筆者)。

(26)

(改正前第 条)

金融業(銀行業、信託業、保険業、無尽業又は証券業をいう。以下同じ。)以外の事業 を営む会社は、他の会社の株式(議決権のない株式を除く。以下同じ。)を取得してはな らない。

② 前項の規定は、会社(商品の売買を主たる事業とするものを除く。)が、左の各号に 該当する他の会社の株式の全部を所有することとなる場合において、その会社の株式の取 得について公正取引委員会の認可を申請し、公正取引委員会が、当該株式の所有が一定の 取引分野における競争を実質的に制限することにより公!!!!!!!!!こととなること がないと認めて認可したときには、これを適用しない。

原材料、半製品、部分品、副産物、廃物若しくは事業活動に必要な物資その他の経 済上の利益(資金を除く。)の供給について継続的で緊密な関係にある会社又は特許 発明若しくは実用新案の利用関係にある会社

他の会社の株式を所有していない会社

③ 前項に規定する場合の外、株式を取得しようとする会社(現に存する会社の株式を取 得しようとする場合には、株式を取得しようとする会社及びその株式を発行する会社)が、

その株式の取得が左の各号に掲げる要件を備えていることを明かにした場合には、その会 社の全部を所有することとならないときでも、同項に規定する他の要件を備えているとき には、同項と同様とする。

必要な資金を調達するために発行される株式の取得であること

申請会社において株式を引き受ける外、資本の取得が事実上困難である場合の株式 の取得であること

株式の取得が不公正な競争方法に因るものでないこと

取得しようとする会社と競争関係にある会社が株式を所有していない会社の株式の 取得であること。但し、商品の売買を主たる事業とする会社の株式の取得については、

取得しようとする会社以外の会社が株式を所有していない場合に限る。

(改正後第 条)

会社(外国会社を含む。)は、直接たると間接たるとを問わず、国内の 又は 以上の 他の会社の株式又は社債を取得し、又は所有することにより、これらの会社間の競争を実 質的に減殺することとなる場合又は一定の取引分野における競争を実質的に制限すること となる場合には、当該株式又は社債を取得し、又は所有してはならず、又、不公正な競争 方法により、国内の他の会社の株式又は社債を取得し、又は所有してはならない。

② 金融業(銀行業、信託業、保険業、無尽業又は証券業をいう。以下同じ。)以外の事 業を営む会社(外国会社を含む。)は、自己と国内において競争関係にある国内の他の会

(27)

社の株式又は社債を取得し、又は所有してはならない。

③ 前項の規定の適用については、金融業以外の事業を営む会社(外国会社を含む。以下 本項において親会社という。)とその子会社との間には競争関係があるものと解してはな らない。(第 条並びに第 条 項及び第 項の規定の適用についても同じ。)この場合に おいて子会社とは、左の各号の全てに該当する国内の会社をいう。

事業活動に必要な原材料、半製品、部分品、副産物、廃物等の物資その他の経済上 の利益(資金を除く。)の供給を受け、又は事業活動に必要な特許発明若しくは実用 新案を利用することに関し、親会社と当該事業活動の主要部分について継続的で緊密 な関係にあることにより当該親会社に従属している会社

親会社により株式の相当部分が所有されており、又は所有されることとなる会社 親会社により株式を取得される際又はその直前において、当該親会社と国内におい て競争していない会社

④ 金融業以外の事業を営む国内の会社であつて、その総資産(最終の貸借対照表により、

且つ、未払込株金、未払込出資金又は未払込基金に対する請求権を除いたものとする。以 下同じ。)が 万円を超えるもの又は金融業以外の事業を営む外国会社は、国内の他の会 社の株式又は社債を所有する場合(株式又は社債の有価証券信託において、自己を受益者 とする場合を含む。但し、株式については、自己が議決権を行使する場合に限る。)には、

公正取引委員会規則の定めるところにより、毎年 月 日現在及び 月 日現在において その所有し、又は信託をしている株式又は社債に関する報告書をそれぞれ 日以内に公正 取引委員会に提出しなければならない。

(改正前第 条)

何人も、相互に競争関係にある 以上の会社の株式を所有することにより、一定の取引 分野における競争を実質的に制限することにより公!

!

!

!

!

!

!

!

!

こととなる場合には、

その株式を取得してはならない。

② 何人も、相互に競争関係にある 以上の会社の株式を各会社の株式総数の 分の を超えて所有することとなる場合には、その株式の取得について公正取引委員会の認可を 受けなければならない。

③ 会社の役員は、その会社と競争関係にある他の会社の株式を取得してはならない。

④ 会社の役員は、その就任の際、就任する会社と競争関係にある会社の株式を所有して いる場合には、その旨を公正取引委員会に届け出なければならない。

⑤ 公正取引委員会は、前項の届出があつた場合において、一定の取引分野における競争 を実質的に制限することにより公!!!!!!!!!こととなる虞があると認めるときは、

その全部又は一部の処分その他必要な措置を命ずることができる。

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