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購買力移転説

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購買力移転説

その他のタイトル Buying‑Power Transfer Theory

著者 木村 滋

雑誌名 關西大學商學論集

巻 10

号 2

ページ 113‑144

発行年 1965‑06‑30

URL http://hdl.handle.net/10112/00021567

(2)

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賠償金の支払︑資本移動などの貨幣的トランスファーがそれと同額同方向の輸出超過という実物的トランスファー

ーをもって完了する過程を考究するいわゆるトランスファー理論は︑貿易不均衡がいかなる過程を経てその均衡を

回復するかを論ずる貿易均衡機構論とは本質的に同じものとみなし得る︒

ところでこのトランスファー理論あるいは貿易均衡機構論の学説史ほ︑古典学派の物価ー正貨流出入機構

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から購買力移転説

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へ︑さらにケインズ的所得

理論的国際均衡論へと進展するが︑ここでは購買力移転説を考察する︒

購買力移転説とは一言で述べれば︑購買力移転←術要変動←貿易変動の過程を根幹とする理論であり︑付随的に

は需要変動←部分価格水準変動←交易条件変動←貿易変動の過程を含むが︑これはこの理論にとって不可欠の部分

ではない︒さらにここに言う購買力とはいかに定義されるかと言えば︑オリーンは

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またはその同義語たる"

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定期間における総貨幣所得と流動資本のフローとの合計に︑山この国の居住者が外国で所有する生産要素から生ずる所得︑

図莉規海外借入れ︑③信用膨脹額︑を加え︑山外国の居住者がこの国で所有する生産要素から生ずる所得︑図

購買力移転説︵木村︶

購 買 力 移 転 説

(3)

14 

③ 

と定義し︑またイヴェルセソは

﹁特定の国にかんして使用されたこの用語︹貨幣的購買力︺は一定期問において利用可能とされたる貨幣的購買力のフU

す。•…••生産は購買力の自然的源泉であるが、しかしそれは銀行の信用政策によって人為的に安更され得る。換酋すればそれは、

山このの居住者によって所有された︵これらの生産要素が国内にあると海外にあるとを問わず︶生産要索からの総貨幣所得莉紺叩

を含む︶ブラス②この期の年賦償還額

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プラス③純対外借入れ︵もしくはマイナス純対外投衰︶プ

ラス山信用膨脹︵もしくはマイナス信用収縮︶より構成される﹂

と定義する︒

さてわれわれは以下において︑まず購買力移転説の先駆者を︑次いで古典派的な価格調整機描に沿ぅケインズと 購買力移転説に立つオリーソとの間にドイッ賠依金問題をめぐって展開された有名なケインズ

11

オリーン論争を回

顕し︑最後にオリーソと並んでその完成者と目されるイヴェルセンの購買力移転説を考察する︒

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ここで一再う窃恐抑硲以ナ平とは珀本金・預金等の流~

動性資金を指すものと解すべきであろう︒

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購買力移転説の咽矢はバステープルの一八八九年の論文である︒彼の思考は

J.S・ミルの一方的支払の調整過

程にたいする批判に現われている︒ミルの調整過程は︑物々交換制の場合には綸出品を以前より安く差し出しこれ によって輸出増加︑輸入減少をもたらして一方的支払に必要な輸出超過をつくり出す以外に方法なく︑この結果は

(2) 

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(4)

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をつくり出す︒この結果もまた交易条件を支払国に不利化する︑と言うものであった︒ と物価の下落︑受取国の貨幣最の増加と物価の騰貴をもたらし︑これが輸出入に影替し︑必要な支払国の輸出超過 交易条件を支払国に不利化する︒他方貨幣制の場合には︑貨幣で行なわれた一方的支払は︑支払国の貨幣批の減少 これにたいしてバステープルは

物々交換制の湯合﹁AB

0万クォークーの債務を負い⁝⁝Bは一五万クォークーを需要するとすれは︑そのうち一〇

万クォークーをBは貸納の形で受取るであろうから︑Bは五万クォークーだけを交換という方法で獲得しなければならない︒B

この比較的小盈をョリ一層有利な条件で得るであろうことは疑をいれない︒その限りにおいてのみ`︑ルの所信は実際に正当化され

る︒しかしながら彼は重要な制限を落としている︒B

は 一

0万クォークーを只で得たのであるから︑それがために一附よく買入れ

ることができる︒すなわちBの所得額は大となっている︒したがってBがョリ大なる分拭︑たとえば二0万クォークーを得ようと

欲して︑そのうち︱0万クォークーを買入れるかも知れないということは可能である︒この術要の増加は交易条件をB

1 4 1  

しめ︑その屎りにおいてA

西

貨幣制の場合﹁貨幣蘇が餃権国で増加し債務国で減少すると断定する点においてミルが正しいかどうかも疑わしい︒貨幣所得額

は疑もなく前者においてヨリ大となるであろう︒しかしこの増加額は債務国にたいして有する債権によって得られる輸入品の購入

に喪されることがある︒⁝⁝そこで追加的貨幣を用いる余地は存しないし︑また物価水準は債権国においては債務国におけるより

も翡くなるであろうと結論されない︒前者の住民はヨリ大なる貨幣所得を有しているから︑価格の変化がなくともヨリ多くを購入

し︑したがって必要な輸入超過がもたらされるであろぅご

と述ぺる︒つまりバステープルは購買力移転に基づく需要状態の変化︑すなわち所得効果に着目したのである︒ミ ルでは交易条件は受取国に有利︑支払国に不利となるのにたいして︑バステープルでは所得効果のいかんに応じて 交易条件はいずれの方向にも変化し得るわけである︒

購只力移転説︵木村︶

(5)

116 

購買力移転説︵木村︶

パステープ

に次いで購買力移転説の思考を述べたのは︱ーコルソンである︒彼は一八九七年の著害において︑たl k

とえばイギリスが鉱油の一大発見によって新規輸出が生じたとして︑そのために攪乱された貿易収支の均衡が物価

ー正貨流出入機構によって回復されるとする主張に反論する︒新規輸出品は一︑二の国に限らず商業世界全体に送

られるので外国の一般物価の下落は微々たるものであり︑またイギリスに流入した金も銀行準備に繰入れられ流通

に無影響たり得べく︑物価に腹接影響しないかも知れない︒新規輸出が一国と爾余の世界の一般物価水準の変動を

通じてのみ継続的に可能とされるという考えは﹃焼豚は大火の連続によってのみ得られる﹄

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ローソクから鉱油への消費需要の転換が自国と外国で生じ︑外国が他の輸入品に代えて鉱油を輸入するか︑国内品

に代えて鉱油を輸入するとすれば︑前者の場合には消費が変わるだけて貿易額に影響なく︑後者の場合にはイギリ

スの鉱油供給者にトランスファーされた貨幣は︑輸入の増加にあてられ鉱油の新規輸出額に見合うか︑国内品の消

役増加にあてられ︑そのために他の輸出品生産から国内品生産への転換が行なわれ︑

ことなく貿易の均衡が回復されると述べる︒ いずれも一般物価に影密する

Inルソンは貢納金支払の湯合について︑ミルの説ほ物価の騰貴は通貨盤の実際上の増減によって起こる

と想定し︑銀行や信用についての考慮が払われていないと批判するが︑さらにミルのこの単純な仮定のもとでも︑

与えられた解決は可能ではあるが唯一のものでも最もありそうなものでもないとして次のような調整過程を述べる︒

←幣がその国に送られたならばーーそれだけ多く支出し得るから︑ヨリ多くの輸入品を購入しまたこれまで翰出していた品を

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117 

その後二十年を経て︑タウシッグは一九一七年の論文で

﹁正貨移動が全然行なわれないという可能ではあるが事実は殆んどありそうにない例は︑アメリカの借主が彼等の使用し得る貨

幣あるいは請求権をイギリスにおいてイギリス品を一度に購入するのに使用する場合である︒⁝⁝かかる場合︑イギリスからアメ

リカヘは全く送金は行なわれないであろう︒イギリスの財貨は貸付けの直接的結果としてアメリカヘ輸出され︑外国為替は全く影

1 9 1  

と述べるとき︑イヴェルセンも指摘するように︑貸付国の購買力が貸付相当額だけ借入国にトランスファーされ︑

それが自動的に貿易差額をもたらす湯合を認めているのである︒しかしながらかかる場合は稀有であって︑

﹁多くの場合︑外国借入金の一部︑普通はその大部分が借入国それ自身における消費に必要とされるであろう︒この場合︑繰返

して言うが︑金本位制のもとでは︑貸付国から借入国への正貨流出が生じるに相違ない︒﹂

として︑通常の場合には伝統的な物価ー正貨流出入機構が作用することを主張する︒

ヴィクセルは一九一八年の覚書で︑金本位制のもとで自由貿易を行なっている二国を想定して 境を接する二国間で運送費を無視し得るとき︑同一財の価格の差異︑物価水準の差異は存在せず︑かかる場

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消喪するであろう︒かくのごとくして貢納に等しい支払国からの輸出超過は一般物価の変勁なくして実現し得るのである︒しかしながらこの結果をもたらすために貨幣が一国から他国へ実際に送られると仮定する必要はない︒最初の送金の場合に政府ぱ手形を買求めるであろう︒それと同時に︑両国の消喪力の変化のため︑この追加的需要に見合うに足る手形の過剰が存在するであろう

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このニコルソンの調整過程においては︑支払国で︑受取国宛手形の需要が生ずるときには既に租税賦課の結果とし て︑消費ならびに生産の転換が行なわれていることが前提されなければならないという若干の時間的無理が惑じら

(7)

118 

動し︑ヨリ少祉の商品が借入国から貸付国へ移動する︒⁝⁝これらの貿易状態の変動を促すものは両国の物価の相違に見いだされ

るのではなく⁝⁝一方の国における商品需要の増加︑他方の国における需要の減少が主として上述の変動を呼び起こすに十分であ

と述べるとき︑明らかに購買力移転説が含意される︒また

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と述ぺてまさしくクウシッグが問題とした点を全く問題としない態度については︑ヴァイナーやイヴェルセンのよ

うに︑国内品の購入の増加が輸出可能品の減少に端くからという推論を補う必要があろう︒さらにヴィクセルは︑

一様な規模で継続的に行なわれる借入れの初期の段階において

1他の事情にして等しい限りーいくぷんヨリ多低の貨幣を必要とし︑その結果貨幣の移動が開

始せしめられる︒したがってある揖の金が貸付国から借入国へ自動的に移動するということがきわめてありそうなことである︒⁝

と述べる︒この湯合の金移動は商品取引産の増加の結果としての貨幣の取引需要の増加が誘因となっているわけで あろうが︑クウシッグは﹁貨幣の供給がョリ大となるのでなければ︑ヨリ多くの貨幣がそれらの商品にたいして提 供されることはできない﹂●してヴィクセルを﹁隠喩的かつ不得要領﹂と批判する︒しかし︑リカードの﹃通貨過 剰の原馬﹄はヴィクセルの隠喩さを補うかも知れない︒借入国の財の増加・貨幣蕪不変は貨幣の相対的稀少性を高

め︑金移動を招くという説明はつく︒

②太洋を隔てて存在する二国の場合には︑財の価格は運貨と保険料との高さだけ差異を生ずる︒いま借入開始 前には両方向における運賃・保険料が相等しいとすれば両国の平均物価水準は同じであるが︑アメリカのイギリス

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119 

からの借入開始後はそうではない︒

﹁イギリスからアメリカヘと往路は満載されるが掃路は空もしくは不十分な積荷しか得られない船舶の増加は一方向の鍮送費を

送られる商品の価格差は以前より減ずる︒したがって輸出入品ともアメリカでは価格騰費の傾向を示し︑イギリスでは価格低下の

傾向を示す︒⁝・・・したがって一般物価水準はアメリカでは上昇し︑イギリスでは低下するであろう︒それゆえ︑両国が金本位制に

あれば︑ある址の金がーー前の場合よりは大なるーー'借入れの初期段階でイギリスからアメリカヘと移動するであろう︒しかしこ

の流入はアメリカの物価騰費の結果であって原因ではない︒﹂

と述ぺる︒しかしこの説明にも問題がある︒

まず第一に︑ヴィクセルは国内品と国際品の価格の変動がつねに平行的であるかのように扱っている︒そのため

﹁輸出入品ともアメリカでは価格騰貴の傾向を示し︑イギリスでは価格低下の傾向を示す﹂ことになるのであろう が︑問題は右のつねに平行的であることの理由が説明されなければならないことである︒

第二に︑ヴィクセルの言う︑アメリカの物価水準の上昇︑イギリスの物価水準の下落がイギリスからアメリカヘ の金移動を迎く根拠はどこにあるのか︒多分︑取引最のみならずその価格上昇の結果︑取引価額の増加がヨリ一閣 大なる貨幣の取引需要を高めるためと推察されるが︑物価騰貴にかんする限りは︑リカードの﹃通貨過剰の原理﹄に よれば︑むしろ金移動の方向はこの逆ではなかったのではないか︒

ホランダーは一九一八年のクウシッグ批判論文で︑リカードの立場に立ち

﹁リカードの時以来﹃正貨が債務支払のために外国へ輸出されるのは︑それが過剰である湯合︑すなわちそれが最も低廉な輸出可能の貨物である場合のみである﹄ョリ節潔に言えば﹃鋳貨が輸出されるのはそれが低廉なためである︒鋳貨の輸出は不利な貿易差額の結果ではなくしてむしろその原因である﹄ということが論ぜられてきた︒﹂

購買力移転説︵木村︶

(9)

120 

と言う︒それではホランダーはどのような調整機構を説くかと言えば︑借入れはロンドソのニューヨーク宛為替の

需要増加したがってその相場騰貴︑ニューヨークのスクーリング為替の供給増加したがってその相場下落をひき起

こす︒しかしながらこの相場変動は金輸出入点内で行なわれ︑正貨の現送は生じない︒そしてこの為替変動が貿易

変動をもたらし︑比較生産費の系列において比較的低廉な商品が貸付国から借入国へ移動する︒その結果︑貸付国

の商品輸出はその貨幣薩を相対的に過剰ならしめ︑リカードの﹃通貨過剰の原理﹄によって金が流出するのである︒つまり彼が構想する機構は、古典学派の物価—正貨流出入機構たる貸付け↓為替変動↓金移動↓物価変動↓貿易変

動の過程とは異なり︑貸付け←為替変動←貿易変動←貨幣の相対価値変動←金移動の過程である︒金を引渡すとい

う約束をもつ貸付けの場合をさておき︑金は貸付けに伴い為替変動←金移動という速効性をもって移動するもので

はないわけである︒

ところでホラソダーは金移動後の効果についてはクウンシッグとは違った説明をする︒すなわち彼は金本位制の

二国間の金を引渡すという約束をもつ貸付けを想定し︑金移動の効果を次のように図式化する︒

1︑金流出1︑金流入2︑物価下落2︑物価騰貴3︑輸入減少・輸出増加3︑輸入増加・輸出減少4

︑財の減少

4︑財の増加 と述べ︑さらにこのことから

二六

(10)

121 

5︑物価騰毀

右の過程を経て究極的には︑為替相場ぱ再び乎価に戻り︑二国間の貿易の均衡︑国際需要の均等も回復される︒彼

は言う︑﹁この継起過程をクウシッグ教授も同意されることと思う﹂と︒しかし出年はからんやクウシッグはその同

意を拒絶する︒

ホラソダーにたいするタウシッグの答弁で彼はまず︑ホランダー教授は正貨の移動は流通媒介物とその国で交換

される財の砒との間の割合が変化した場合にのみ行なわれると信じている︒たとえば︑金生産の増加︑紙幣の発行︑

その国で交換される財の盤の減少︑これらは一般物価水準を変え︑通貨の過剰を喚起し正貨移動をひき起こすであ

ろう︒しかし正貨移動はこれらの場合に限らない︒たとえば︑貿易関係をもつABB

A

財にたいする需要曲線が左方にシフトしたとせよ︒A国はもはや従前の価格でもってB国へ従前の量を輸出できず︑

その差額は正貨の現送で支払わざるを得ない︒かく需要条件の変動だけでも金は移動し︑それは新しい貿易均衡が

.達するまで続く︒かくしてA国では物価は騰貴したまま︑B国では物価は下落したままという結果となる︒このよ

うに予め通貨の過剰が存在せずとも正貨移動の生ずる例は年々の外国旅行者支出・移民送金・借入れにおいても見

られる︒さらに︑為替相湯の金輸出入点内の変動はさして大きくなく︑したがって必然正貨の移動を伴う︒ことに

一時的ではなく永続的な変化の結果として生ずる送金の場合は然りである︒なお︑ホランダー教授の図式の中の5

の物価騰貴︵貸付国︶︑物価下落︵借入国︶は誤りである︒継続的な貸付けの場合において新しい均衡が設定される

とき︑貸付国への商品輸出はその輸入を規則的に超過し︑もはや正貨の移動はなく︑物価は貸付国で永久的にヨリ

低く借入国で永久的にヨリ高く︑ホランダーの図式5のような逆転ほ存しない︒ただ逆転は借入れが永く続いて利

子が年々の借入れを超過するにいたる場合にのみ生ずるものであると述べる︒

購買力移転説︵木村︶ 5︑物価下落

(11)

122 

(8)  (7)  (6)  (5)  (41  (3)  (2) 

以上からわれわれは︑ホラソダーはリカードの通貨過剰の原理の立湯︑クウツッグはミルの物価ー正貨流出入機 構の立場に立ち︑この立湯の対立が両者の論争に明白に現われていることを認識できるのである︒われわれはリカ

ードを購買力移転説の先駆者とすることに同意しがたいことをかつて述べたが︑ホラソダーについてもまた然りで

さて以上でわれわれは購買力移転説の先駆者たるバステープル︑ニコルソソ︑ヴィクセル︑さらには古典派にた

てこもる批判者としてのクウシッグ︑あるいはリカードを継承するホランダーについて︑彼等の主張と論争を考察 してきた︒その後購買力移転説はドイッ賠償金をめぐるケインズ

11

オリーン論争の角逐を経て︑オリーン︑イヴェ

ル七ソの著書で大成されるのである︒

購買力移転説の先駆者についての研究の指針を与える文献は

Iv er se n, I bi d ,  1 9 3 6,   PP .2 24 9 ,  P P. 24 35 8.  

松井栄一﹁いわゆる近代的トラソスファー理論について﹂国民経済雑誌第七二巻第四号︑二=︱│四0

頁 ︒

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S .   Mi ll :  Pr in ci pl e  of  P o l it i c al   E co no my ,  P eo pl e' s  E di ti on ,  1 88 8 P,   P. 37 98 0.  

3

西

ミルは正貨移動の結果生ずる貨幣所得の相対的変動を述ぺると解されるが︑購買力移転説に言う購買力移転は金の移動を

必ずしも必要としないことに注慈すべきである︒

Ba st ab le ,  I b id , P P   . 14 ‑

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F. W. Taussig: "International Trade under Depreciated Paper, Contribution to Theory" in Quarterly Journal of Economics, Vol. XXXI, May 1917, No. 3, P.392. Iversen, Ibid, P.226. Taussig, Ibid, P.394. K. Wicksell: "International Freights and Prices" in Quarterly Journal of Economics, Vol. XXXII, Feb. 1918, 

No. 2, P.405. Ibid, P.406. J. Viner: Canada's Balance of International Indebtedness 19001913, 1924, P.285. Iversen, Ibid, P.230. 

Wicksell, Ibid, PP.4056. Taussig: "International Freights and Prices, Note and Memoranda" in Quarterly Journal of Economics, Vol. XXXII, Feb. 1918, No. 2, P.411. 

托写滋'涅寄11111~Wicksell, Ibid, P.407. D. Ricardo: "High Price of Bullion", 1811, Ricardo's Economic Essays, Gonner, 1923, P. 12. 令豆恕米笛,:,‑‑Rl‑‑'.<.isen(裟惑しヒ縄嵌'回ギ寓゜Ricardo, Ibid, P.11. 令豆留回回嵐゜

J. H. Hollander: "International Trade under Depreciated Paper, Economics, Vol. XXXII, Aug. 1918, No. 4, P.677. Ibid, PP.6778. 

Ibid, PP.6789. 4.!:,‑‑R‑'.<.Qla5縄廷'*写癌,i, 声街11回嵐゜

Hollander, Ibid, PP.6812, P.687. 器竺~:!;::..lJ迄べ囲e匡匿み俎怜赳罪祁栄心翁4叫峠差心F抵字囲茶哨怜赳語や匙

ベ匝茶怜蕗菰裟要Q窃ぐロ110:,\-',-,@'招社母垣以座心ヤ掌裟!a:=:~(Q袋誤110:,1-1..-,,,短・<t(l茶ぶ兵心兵竺,¥JQ心心匡 Criticism" in Quarterly Journal of 

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E:(-R~塩器(*記)II~ 爵︵苓忌

(13)

124 

一九一八年︱一月︱二日の休戦条約成立後半歳を経て一九一九年六月二八日ヴェルサイユ平和条約が調印され︑ここに第一次大

戦はその幕を閉じたのである︒平和条約の第八篇の賠償にかんする規定においては︑連合諸国の蒙った一切の担害の全額賠侃の克

任がドイツ側にあることを原則とするも︵第二三一条︶︑ドイツの資源が永遠に減少すべきことを考廊して完全な賠依をなすに十

分でないことを認め︵第二=三条第一項︶︑賠償範囲は普通人民およびその財産についての一切の損害に限定した︵第二=三条第二

項︶︒かくのごとく条約は賠償義務の範囲にかんする慄準を定めたにとどまり︑賠伯総額︑その連合諸国への分配割合︑支払方法

等は賠償委員会で決定するものとした︵第二三三条︶︒さて︑賠慣委員会が一九ニー年五月一日を期限とする賠恨総額の決定の作

業にいざ取りかかると︑賠供の基礎となる損害額の計箕上の困難や英仏両国の立見の開きなどのため作業は仲々はかどらず︑ため

にイギリスのロイド・ジコージが一九二0年三月のサン・レモの英米仏伊四国首相会議でその政治的解決を提議し︑六月︑英仏以

外にイクリー︑ペルギー︑日本という国々を加えていわゆるプローニュ賠償支払計画の協定をみた︒その内容は総額二︑六九〇低金マルクを四二年間で支払う計画(最初の五年問は年――10~、次の五年問は年六〇低、残り三二年間は年七0低)であった。また連合諸国への分配案は同年七月のスパー協定で、フランス五0鉛、イギリスニニ%、イクリ'10~、ペルギー八%、日本とボル

トガル併わせて一ーー形、残りの六•五彩はギリシア、ルーマニア諸国と決められた。しかし政治的独断を排し学者の公乎な寇見を参

(29) (28)

11

オリーン論争

国が金本位制で金移動の物価に及ぽす効果に限って考察する︒

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木村滋︑前掲︑ニ一ー八頁︒ 購買力移転説︵木村︶

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(14)

125 

酌するために招集した連合国専門家会議では︑各国自体の利益よりもヨーロッパ全体の回復を主眼とし︑賠償金は強いて取らない

ようにすぺしという意見の傾きをもつにいたり︑問題は全く停頓してしまった︒そこで一九ニー年一月︒ハリーの最高会議で賠償総

額一︑三二0億金マルクに減じ︑四二年問支払で︑確定年金以外に輸出総額のーニ%の徴収金を課すことに決定し︑このことをド

イツに通告したが︑三月︑ドイツはこの案を拒絶したので連合国はドイツのライン右岸のルールオルト︑デュイスプルグ︑デュッ

セルドルフを占領した︒ロイド・ジ曰ージも政治的解決に手を焼き︑問題は再び賠償委員会に移り︑同年五月︑委員会は総額一︑

0億金マルクを決め︑支払方法としては公債で行なうこと︑第一種の公債は︱二0位を一九ニー年五月に発行し引渡す︑第二

種の公債は三八0億を同年︱一月に発行し︑第三種の公債は残りの八二0億でその発行時期はドイツの支払能力に応じて将来適宜

に発行する︒これらの利息は年五グタとするなどを決定し︑以上の支払計画実行の先決問題として次の三条項を定めた︒山毎年ニ0億金マルクを正貨で賠償委員会に支払う︒②輸出総額の二五%を正貨で払渡す︒③輸出総額の一%を将来の第一︳一種公債の利

子の積立金として払渡す︒ドイツはこの決定祖を同月︱二日承諾した︒この賠償支払計画はロンドン協定案と呼ばれるものである︒

ドイツは一九ニ︱年八月に第一回の賠償金一0位金マルクを︑一一月に輸出税の第一回の払込みを行なったが︑早くも︱二月一四

日支払延期を諮求してきた︒これにたいして委員会は一九二二年三月に︑同年の支払確定金額を七・ニ億金マルクと決定し︑加え

てドイツ国内で新税を起こし収入増を図ることや資本の海外流出防止などの猶予条件を付け︑財政干渉を行なった︒その後︑ヨー

ロッパの経済復興を議する四月一0日からのゼノア会議中に︑ドイツはロシアと単独に協定して賠償権の相互放棄︑最恵国待遇︑

経済上の必術品の相互供給などを取決めたいわゆるラッパロ条約を四月一六日に突然発表し︑そのためロイド・ジョージの面目を

浪す一方フランスの態度を硬化させた︒さらに六月ニ︱日のドイツのラテナウの暗殺以後マルク相場が急激に悪化し︑賠依支払が

困難となり遂にドイツはニカ年の支払猶予を申出てきた︒この支払猶予を議する八月八日からのロンドン会議も︑寛大なイギリス

と武力制裁も辞さないというフランスとの間の意見の相違から瓦解した︒賠償委員会は一九二二年︱二月二六日︑ドイツからの木

材の引渡しが決定通りになされていないことを︑また翌年一月九日︑今度は石炭の引渡しが満足にいっていないことを発表した︒

これを楯にフランスは一月一0日ルール占領を実行した︒これにたいしてドイツはサボクージュ︑ストライキなどの消極的抵抗で

(15)

126 

反発した︒︑そしてまたフラソスのルール経営も思わしくなく︑遂に一九二三年︱一月末︑アメリカの参加のもとに米人ドーズを委

員長とする賠償委員会第一専門委員会が創設され︑その報告田が一九二四年四月賠恨委員会に提出された︒世に言うドーズ案であ

ドーズ案はイソフレーショソによって崩嬢に瀕しつつあるマルクの安定策を計るとともに︑財政の許す範囲で賠似支払の履行を る ︒

計るもので︑総額一︑三二〇低金マルクの軽重には触れず︑取りあえず一九二四ーニ九年の五カ年の年次支払額と財源を決める︒

支払額は第一年度一〇憶︑第二年度︱ニ・ニ億︑第三年度︱二箆︑第四年度一七

. .  

五低︑第五年度二五低の金マルクである︒特に

重要な点は︑マルクで調達された賠償金をいかにして受取国に引渡すかを規定する引渡条項

(T ra ns fe rC la us e)

であり︑このた

め引渡委員会が創設された︒同委員会は米︑英︑仏︑伊︑ベルギーの五カ国から委員を出し︑その権限は新しくドイツに設立した

発券銀行︵ライヒス・パソク︶に預けられた賠償金を国外に持出する方針を決めることで︑このマルク預金を為替に換箕して国外

に持出すにあたって︑余計に持出すとマルクの下落を招き問題が生ずる︒そこで同委員会は通貨の不安定をきたさない程度におけ

る最大限の送金の確保に努め︑賠償金支払がこの送金額を超えるとき︱

1 0

億を限度として預金とし︑さらにこれを超えるならばド

イツ国内の餃券買入れに資金を使用し︑賠慣債権者の手に蓄甜される一切の資金が五〇低に逹したら︑当年度の賠依金支払を実際

上送金為替の取組める程度に減額する︒したがっていかなる場合でも連合国はドイツにおいて五0億以上の骰権をもつことができ

ないわけである︵第一窮門委員会報告困第一篇第ニ二︒第六付属古第四︑第一0

︒ )

さてドーズ案実施の五カ年間は所定の賠償支払は実行されたが︑それは主として外国よりの借入れと保有証券の売却に依存する

ものであった︒ところでドーズ案は五カ年問の暫定案であるから︑賠償を最終的な形にするため一九二九年六月七カ国の専門委且

によっていわゆるヤソグ案がまとめられ︑八月および翌年一月のヘーグ会議によってヘーグ協定が成立し︑九月からャソグ案が実

施されることとなった。その内容は、一九1一九年九月一日ー一―-0年一一一月末を第一年度として七•四二億、第三七年度の二四・ニ八

億を最高とし︑第五九年度︵一九八七年︶の八・九七憶をもって終る総額一10七・三五億金マルク︵フラソス約五九五位︑イ

ギリスニ︱二位︑イクリー一六九億︑その他︶︑他にアメリカの餃権約︱︱

1 0 億︑ドーズ案による外阻約一五憶︑その他を加えて︑ 購買力移転説︵木村︶

参照

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