企業環境を考慮した組織化と政策的意志決定手法 : とくに自然環境をめぐって
その他のタイトル Organizing and Decision‑making Technique concerning about Business Environment Policy
著者 広田 俊郎
雑誌名 關西大學商學論集
巻 20
号 3‑5
ページ 229‑254
発行年 1975‑12‑25
URL http://hdl.handle.net/10112/00021067
( 2 2 9 ) 4 1
企業環境を考慮した組織化 と政策的意志決定手法
ーとくに自然康境をめぐって一
広 田
俊 郎
1 . は じ め に
最近,企業環境問題として様々な問題がクローズ・アップされてきた。生 産者としての企業が直面した石油資源,その他原料価格の高騰の問題,また 供給者としての,企業の買い占め,売り惜み行為に対する,消費者,政府な どの蓑境からの糾弾,また社会の一員として,企業は公害や環境汚染を防止 しようとするべきだとする議論など,多様な問題が現われてきている。
その中でもわれわれは,特に公害や環境汚染など自然環境問題を強く意識 しつつ,企業環境を考慮した組織化と政策的意思決定手法について議論をし たいと思う。しかしながら,それは問題の限定であると同時に,多様な環境 問題への第一歩であることを確認するために,企業環境という概念をめぐつ てまず議論を展開させよう。
近代経済学の企業理論においては,企業環境は,各種の市場や技術状態を
意味し,製品の需要曲線と,各種の生産要素の供給曲線および,生産関数と
して現われる。このような資源配分理論の一つの構成要素としての企業理論
ではなく,より現実に即した定式化を示して見よう。
4 2 ( 2 3 0 ) 企業躁境を考慮した組織化と政策的意思決定手法(広田俊)
それは,バーナード=サイモン理論と言われる近代組織論の立場である。
そこでは企業組織の構成員として,従来の思考法にとらわれず,株主や従業 員のみでなく,消費者,原材料取引業者や物流業者,などが含められてい
( I )
る。そしてそれらの相互作用,協動休系として組織が概念づけられた。この ことは,企業の組織的意思決定における環境,すなわち意思決定すべき対象 の関連の枠の中に,それらが入ってくるということを意味している。だか ら,株主や従業員などの内部環境と並んで,消費者,原材料取引業者,物流 業者などが,外部環境としてとらえられることになる。この議論で明らかな ように,企業環境という用語には,二種の使い方が考えられる。一つは,客 観的な企業環境で,文字通り企業を取り囲むものの総体から成るもので,企 業行動に,多かれ少なかれ,経済的,政治的,文化的,その他の影響を与え
( 2 )
るようなものである。
もう一つのとらえ方は,いわば企業の意思決定者によって主観的にとらえ
( 3 )
られた企業環境を問題にする仕方である。 バーナード=サイモンによって考
( 4 )
えられている企業環境とはまさにこの種のものである。そこでは,意思決定 の合理性は,個人のもつ知識の合理性によって制約されており,それを克服 するには,意思決定にもっとも関連のある一部の可変的要素とその結果のみ
( 5 )
を考慮に入れ,他の要因を考慮の外に除外することが必要であるとされる。
企業環境システムは,そのような関連的要因の封鎖システムとして,すなわ ち主観的構成物として考えられている。
このような立論の方が,企業行動の実証的分析にとっては,より有用なも のであると思われる。たとえば,環境破壊を行なって顧りみなかった企業の
(1) H.A.Sim 叩 〔 4 6 ]p . 1 1 , J . G . March & H . A . Simon ( 3 3 ] p . 9 0 , 参照 (2) 経済社会の動向や,科学技術の動向,国際経済瑣境の動向などを述ぺることに
よって企業環境論を構成していこうとするやり方は,ここにおける意味での客観 的環境に注目しているのである。
(3) 影山喜一 (25] 参照。
(4) J . G . March & H . A . Simon ⑬ 3 J p . 7 1 , 参照。
(5) 占部都美〔 5 6 Jp . 1 6 0 . 参照。
企業環境を考慮した組織化と政策的意思決定手法(広田俊) ( 2 3 1 ) 43 行動を説明するのには,企業が利潤極大という目標を掲げている限りでの不 可避的な結果であるとするよりは, 企業の意思決定の主観的躁境システム に,自然環境が位置づけられていなかったからだとする方が自然である。
だから,小論では,企業喋境のとらえ方について,それは主観的構成物で あるとする,後者の立場を取ることにする。それは,企業の行動を実証的に 解明しようとする場合のみならず,現実を出発点として,それからの前進,
改良を試みるための規範的議論にも有利であるからである。たとえば,主観 的にとらえられた企業環境を,操作的な限度内で,できるだけ客観的なもの に近づけるためのコミュニケーション・システムの整備の必要性の問題や,
現に企業に対して,住民運動や,消費者運動としての圧力がかかってきてい るため認識されだしているそれらの問題に対する考慮の重要性に反応できる ように主観的環境システムの枠を広げることによって,企業が好ましい政策
( 6 )
を取りうること,などを指摘できるからである。
一方,企業は実体的環境の中で生存している。企業はある産業の中に属 し,またその産業はまた他産業と投入・産出の関係を有している。だから企 業は,当該産業のみならず,他の産業とも間接的に関係を有している。その 他に,企業は,消費者や物流業者などとも関係を有している。企業がこれら の実体的客観的環境と調和を保ちつつ,自己の維持拡大を果しうるのは,そ の主観的にとらえられた環境イメージが正当なものであり,またそれにした がって適切な意思決定を行っており,またその意思決定を実行に移す能力を 持っているからである。
このような一連の能力を「環境適応能力」と名づけよう。このように「躁 境適応能力」とは,内部的な能率を達成しつつ,環境にうまく適応して,種
( 7 )
々の外部性や,問題状況をシステム的統合力をもって解決するものを言う。
(6) H . A . Simon ( 4 5 ] p . 1 8 5 . においても,能率の概念を,費用および成果の両面 で拡大することにより,自然痕境の問題などを取り扱おうとしている。占部都美
( 5 6 J p . 2 4 5 . 参照。
(7) バーナード流の用語でそれを表現するならば効率 ( e f f e c t i v e n e s s ) ということ
になる。
44 ( 2 3 2 ) 企業現境を考慮した組織化と政策的意思決定手法(広田俊)
このような「現境適応能力」をもって企業が環境に適応する仕方には,構 造的,組織的にそれを行う場合と,過程的,政策的にそれを行う場合とがあ る。前者は,環境適応の組織化であり,後者は,環境を考慮に入れた政策的 意思決定である。
前者に対応するものとしては,分権管理機栂によって変動する経済環境に 適応しようとする試みや,公害,環境汚染問題などについては,公害対策部 を設けたり,社長室にそれを取り扱う組織を設定したり,また社会監査を実 行できるようにすること,などの「内部的組織化」と,企業が環境と作りあ げているコミュニケーション・システムやその他のシステムの構造の変革を 図るような「外部的組織化」とが考えられる。
また,後者に対応するものとしては,解決したい現境問題に応じて評価基 準を設定したり,環境についての考慮をも目標の一つとして,多元的な目標を 設定できるような種々の計画手法を用いての政策的意思決定が考えられる。
本稿は,これらのうち, 「外部的」な環境適応組織化と,環境を考慮に入 れた政策的意思決定とを論じることとする。すなわち企業環境システムの構 造,組織の如何に応じて,どのような成果が生れるか,また逆に好ましい成 果を産むための企業現境システムの組織化とはどのようなものであるか,と いう問題と,政策的意思決定の手法の相異に応じて,どのように異なる結果 がうまれるか,また好ましい結果をもたらすための計画手法にはどのような ものがあるか,という問題に関して,特に自然環境をめぐって誤論しようと するものである。
2 . シ ス テ ム 的 干 渉 ( 外 部 性 ) と ゲ ー ム 状 況
まず最初に企業漿境システムの一例として二企業からなるシステムを考 ぇ,そこで外部性が存在するとき,ゲーム状況という形での一種の組織状態 が生ずることを示し,それがどのような成果をもたらすかを考察しよう。
デービス=ウィンストンは,企業が外部経済あるいは外部不経済をもたら
企業環境を考慮した組織化と政策的意思決定手法(広田俊) ( 2 3 3 ) 4 5 しているとき,政府は,課税と補助金の調節によって,私的使益と社会的使 益を一致させることによって福祉極大がもたらされるとする伝統的な議論に
( 8 )
ついて,この処方センがあてはまる状況とそうでない状況を述べた。
すなわち,彼らは技術的外部性を「分離可能な場合」 s e p a r a b l e "と「分 離不可能な場合」 n o n ‑ s e p a r a b l e "とに分け,前者の場合においてだけ,古 典的処方センが妥当するのだとする。
分離可能な場合
一般に, f ( ふ , X 2 ) は次のような場合に分離可能であるとされる。
f ( ふ , X 2 )=/1 (ゎ)+f 2 ⑯) ( 1) たとえば,二企業が存在し,それらが相互関連を及し合っている結果,そ れぞれの費用関数が,
C1 ( q 1 , q 2 ) = A 沼1•+B如 C2 ( q 1 , q 2 ) = A2q2'‑B 辺 1 '
ヽ ー ノ ︑ ー ノ
2 3
︵
︵ であるとする。
但し, q 1 ,のは,それぞれ第 1 企業,第 2 企業の生産量を示し, Ai,A 2 , B 1 , B2は係数を示している。
この場合,第 2 企業は第 1 企業に外部不経済を及している。それぞれの企 業の利潤極大条件は,価格 P を所与とすると, 費用関数が分離可能である から,
p=~=nA沼1n-l i J q 1
i J C 2
p = ‑=rA 辺 2 , ‑ 1
i ) の
ヽー︑ J
4 5
︵
︵
によって一義的に得られる。
この結果を,二人非ゼロ和ゲームとして論じてみよう。第 1 企業の利得を p1 ,第 2 企業の利得を圧とすると,
A=Pq1‑C1(q1, q 心 (6)
(8) 0 . A . D a v i s , A . W h i n s t o n ( 1 5 〕参照。
46 ( 2 3 4 ) 企業喋境を考蹴した組織化と政策的意思決定手法(広田俊)
A=Pq2‑C2(q1, q 心
となる。
この問題のゲーム状況的様相は,それぞれの利得が,他の行動によって規定 (7)
されているというところに現われている。分離可能な場合,利得はこのよう にゲーム的状況のもとにあるものの,利潤極大生産量は一義的に決定できる から,ゲーム論の用語で言うと優越する ( d o m i n a n t ) 戦 略 が あ る と い う こ とができる。
そのことをより具体的に示すために,二人非ゼロ和離散型ゲームをとり上 げて論ずることにしよう。利得が表 1 のよう 第 2 企 業 に与えられているものとする。
この場合,第 1 企 業 に と っ て の 優 越 戦 略 は , R2 である。なぜならば, 1>0.9,0 . 1>0
\ ー
1 ︶︑ーノ 1
2 .
Q 0
︐ ︐ ー
0 0
︵
︵
ヽ
` ノ
︑ ノ
l , °
Q .
︐ ︐ ゜ 0 1
︵
︵
︵
\
R i R z
第 1企業
というように,第 2企業が, Q 1 , Q2 のいず
れの戦略をとろうとも, R2 をとる方が利得が大だからである。 したがって 第 1 企業の採るべき戦略が R2 に一義的に決められることを意味し,それは
表ー 1
連続型ゲームにおいて,利潤極大条件によって一義的に解が決定され得たこ とと対応している。
また一方,第 2 企業の採るべき戦略も Q2 に一義的に決定されうる。
これらの戦略に具体的な状況を対応させて論じてみよう。たとえば, R 1 , Q 1 は,公害を出さないように配慮をする戦略とし, R 2 , Q パま,公害,環境 破壊に対する考慮を一切払わない戦略とする。そして,利得は表 1 で与えら れた通りであるとする。両者が,公害を出さないような配慮をした戦略をと れば,両者の利得はかなり高くなる。 P,=0.9, Pz=0.9, だが,両者の優越 戦略は,それぞれ R 2 , Q2 であった。すなわち,他企業の戦略が分らない以 上,公害に対して考慮を払わないという戦略の方が双方にとって好ましいも のとなってしまう。その結果, p1=0 ふ Pz=O.l という結果がもたらされ るが,それらは二企業のトータル・システムの最適状態ではない。
そこで,そのような最適状態をもたらすためには,どのような政策が必要
企業喋境を考慮した組織化と政策的意思決定手法(広田俊) ( 2 3 5 ) 4 7 かということが問題となる。それには,優越戦略が, トータル・システムの 最適状態を導くように,課税および補助金を設定すればよいのである。
連続的ゲームの場合について言えば, トータル・システムの最適状態を q 1 * , q 2 * とすると,
p+t1= i ~ct;';-q:u_ J C 1 ( q 1 , 釦 ) l q 1 *
p+t2=~,む) 1 i ) 卯 q 2 *
ヽ ー ノ
︑ ノ
8 9
︵
︵
となるように, t 1 とわ(正の t は補助金を示し,負のそれは課税を示す)を 定めれば良いということになる。
そして,離散型ゲームのときにおいては,第 1 企業の R1 という戦略につ いて, 0 . 2 の補助金を,第 2 企業の Ql という戦略についても 0 . 2 の補助金 を与えればよい。すなわち,公害を出さない
ような行動に補助金を出すことにすると,利 得表は表 2 のようになる。その表から明らか なように,それぞれの優越戦略は, R1 と QI になり,それによってもたらされる状態はト ータル・システムの最適状態と一致する。
分離不可能な場合
二企業の費用関数が,それぞれ q 1 とのに関して分離不可能な場合を考え よう。
第 2 企 業
\
︶
ヽ
j '
ノ
1 1 2 .
︐ ︐ Q ゜ 2 1
.
. 0 0
︵
︵
ヽー︑ヽノ 2
ー1 2
‑
.
. Q 1 O
表
, ︐ 1 1 1
︵
︵ (
\
R I
凡
第 1 企業
C1 ( q 1 , q 2 ) = A 囮 + B1 瞑 2 m C 2 ( q 1 , q 2 ) = A唄— B2q収1' そのとき,利潤極大条件は,
p = 尉 = nA1 応 + B 如
i J C 2
P==i'f=rA i J q 2 辺2 → +B 叩 ― 1 q l ' である。
( 1 0 ) ( 1 1 )
( 1 2 )
( 1 3 )
48 ( 2 3 6 ) 企業躁境を考慮した組織化と政策的意思決定手法(広田俊)
この式から明らかなように,利潤極大条件は,他企業の決定の結果に依存 している。ゲーム論的用語で言うなら,優越戦略が存在しない。これに対応 するような離散型ゲームを考えるならば,その利得表は表 3のように示され
る場合がそれに当る。 第 1 企 業
このような場合,第 1 企業と第 2 企業の最 適な意思決定は相互関連性を持っており, ト ータル・システムの最適解と一致するか否か は問題にしないとしても,均衡的な解は存在
\ ー