論文の内容の要旨
氏名:大 島 朗 生
博士の専攻分野の名称:博士(芸術学)
論文題名:サイコドラマにおけるパフォーマティビティの研究
筆者は臨床心理学を専門とし、対人援助に従事している。被援助者は、自分の思いや考えているこ とを語ったり、行動で表したりすることで変化していく。言葉や行動で十分に自分を表現できるよう に支援していくことが重要だと考えるようになっていった。「表現すること」の重要性を意識するよう になっていた折、サイコドラマに出会った。サイコドラマは、Moreno, J. L. (1889~1974)によっ て創始された、即興劇の形式を用いた集団療法であり、「表現すること」を重視している。サイコドラ マは「言葉」と「行動」という異なったレベルの「表現すること」を重視しており、「パフォーマンス」
の意義を考察する手掛かりを有している技法だと考えるに至った。
本論考では、「パフォーマティビティ」という概念に注目した。パフォーマティビティが、日常から 非日常までを貫いている基礎的な概念であり、アイデンティティの再構築に寄与し得る概念であるこ とを明確にすることを目的とする。具体的には、次の 3 つの視点からパフォーマティビティという概 念の重要性を明らかにし、パフォーマティビティという概念からサイコドラマを再構成することで、
サイコドラマが持つ可能性を拡大可能か検討することを目的としている。
① 「パフォーマティビティ」という概念を明確化し、「パフォーマティビティ」にまつわる課題を 整理して明確化する【第 1 章・第 2 章】
② 「パフォーマティビティを賦活させる」という観点から、サイコドラマを再構成することによ って、サイコドラマの可能性が拡大可能か検討する【第 3 章・第 4 章】
③ 「パフォーマティビティを賦活させるサイコドラマ」を実験的に実践して、その効果について 明らかにする【第 5 章】
①と②を明らかにするために、主に文献研究の手法を用いて、「パフォーマティビティ」について明 らかにした。サイコドラマにおける「パフォーマティビティ」について検討を加え、従前のサイコド ラマを越えた可能性の拡大を論理構築した。
③を明らかにするために、サイコドラマ体験者の生の語りを活かすことを考慮し、「ナラティヴ」と いう観点を採用した。「パフォーマティビティを賦活させるサイコドラマ」を実験的に実施し、その体 験者の感想を分析の対象とした。シングルケースデザインや質的事例研究という手法を用いることで、
「パフォーマティビティを賦活させるサイコドラマ」の効果を検討した。
本論文は、6 章から構成されている。
第 1 章は「サイコドラマを芸術の観点から考察する意義」である。サイコドラマを芸術という観点 から考察する意義を明らかにした。「第 1 節 パフォーマンス(performance)とパフォーマティビテ ィ(performativity)」では、パフォーマティビティという概念を明確にした。「第 2 節 サイコドラ マとパフォーマティビティ」「第 3 節 パフォーマンス学とパフォーマティビティ」では、パフォーマ ティビティという概念が、サイコドラマやパフォーマンス学でどのように扱われているかを明らかに した。「第 4 節 サイコドラマとパフォーマンス学」「第 5 節 サイコドラマをパフォーマンス学の視 点から考察する意義」では、サイコドラマを日常生活に開かれた演技性というものを探求している「パ フォーマンス学」の概念を用いて整理した。「パフォーマティビティ」という概念を導入することによ って、「振る舞うこと」という原点に立ち戻ってサイコドラマを考察することの意義を明確にした。
第 2 章は「パフォーマンス学と対人援助の技法」である。対人援助の現場において、「パフォーマテ ィビティ」という概念がどのように取り扱われているかについて明らかにした。対人援助の現場にお いて、“振る舞うこと”や“振る舞いを修正すること”がどのような効果をもたらすのかについて明確 にした。「第 1 節 カウンセリングにおけるパフォーマンス学 ‐PRESENCE という概念からの一考察」
では、“振る舞い続けること”が持つ意義について、「援助者が存在し続ける」という基本的な態度が
極めて重要であることを明らかにした。「第 2 節 サイコドラマとパフォーマンス学」では、演劇的手 法であるサイコドラマと、振る舞いの学問であるパフォーマンス学の関係について「パフォーマティ ビティ」という観点から明確にした。「第 3 節 カウンセリング現場での課題とパフォーマンス学」で は、カウンセリングの現場で生じる課題に対して、“振る舞うこと”を意識することが重要であること を明らかにした。「第 4 節 カウンセラーの養成とパフォーマンス学」では、カウンセラーという「ロ ール」をより明確なものにするために、クライエントの“振る舞いを修正すること”が果たす教育的 な側面について明らかにした。“振る舞うこと”に対して教育的にかかわることが、パフォーマティビ ティでもあるということを明確にした。
第 3 章は「心理療法におけるパフォーマティビティ」である。「第 1 節 心理療法におけるパフォー マティビティ」では、心理療法におけるパフォーマティビティについて論考を深めたうえで、サイコ ドラマという技法の特徴を明らかにした。「第 2 節 パフォーマティビティを修正する試み ‐ロール プレイを使って“ムカつく”“キレる”を防ぐ」では、学校現場において“ムカつく”“キレる”とい う衝動的な行動を防ぐために、どのように“振る舞い”を修正していけば良いかということについて 明確にした。衝動的な行動を防ぐために、サイコドラマをどのように用いていけば良いかについて試 案を提示した。
第 4 章は「サイコドラマにおけるパフォーマティビティ」である。サイコドラマは演劇的な手法で あり、演劇的な展開方法が定式化されている。「パフォーマティビティ」という観点から、サイコドラ マにおける演劇的な方法論を整理したのが本章である。「第 1 節 サイコドラマにおけるウォームアッ プの重要性」では、サイコドラマを展開させていくために必要なウォームアップの意義と方法論につ いて明らかにした。「第 2 節 サイコドラマに関する覚え書き ‐ヴィニエットという技法について」
と「第 3 節 サイコドラマにおける自己表現 ‐自分を素直に表現する」では、パフォーマティビテ ィという観点から「ヴィニエット」や「スパイラル・セオリー」の展開のさせ方について明確化する ことを試みた。
第 5 章は「パフォーマティビティを賦活させることを意図したサイコドラマの実験的研究」である。
筆者の考える「パフォーマティビティを賦活させることを意図したサイコドラマ」を実践し、その効 果を検討した。「第 1 節 サイコドラマワークショップにおけるパフォーマティビィティ」では、筆者 が過去 5 年間「佐藤綾子のパフォーマンス学講座(SPIS)」において実践してきたサイコドラマの概要 を整理し、「パフォーマティビティを賦活させるサイコドラマ」の意義を明確にした。「第 2 節 パフ ォーマティビティを賦活させる技法としてのサイコドラマ」では、サイコドラマワークショップの展 開を詳細に検討することで、サイコドラマという技法がアイデンティティの再構築に寄与することを 明らかにした。「第 3 節 サイコドラマワークショップの可能性」では、パフォーマティビティを賦活 させることを意図したサイコドラマを体験することによって、自己発見を伴う「気付き」が得られる ことを明確にした。サイコドラマワークショップという営みが「生きる意味の再確認」をもたらし、
自分の来し方行く末を振り返る際に役立つことを明らかにした。
第 6 章は「演じることが持つ可能性」である。「第 1 節 芸術と振る舞い」「第 2 節 パフォーマテ ィビティを賦活させるサイコドラマとは何か」によって、「表現し続けること」を意味する「パフォー マティビティ」が、単に「振る舞うこと」ではなく、「生きることそのもの」を指し示していることを 明確にした。
一連の論考を通じて、次のような結論を得た。
① 「パフォーマティビティ」の本質は「表現し続けること」である。
「パフォーマティビティ」とは、単に「表現すること」を意味する用語ではない。表現することに よって、自分を呈示し、より良い自分として錬成し、自分自身を再構築していくという一連のプロセ スを意味する用語である。パフォーマティビティの本質は、一回性ではなく連続性にある。
② 「パフォーマティビティを賦活させるサイコドラマ」とは、「何者かになるための方法論」では なく、「さらに自分らしくなるための方法論」である。
「パフォーマティビティ」の本質は模倣ではなく創造にある。「まだ現実化していない自分自身」を 現実のものにしていくために、我々は絶えず振る舞い続けている。パフォーマティビティの本質は「生 きることそのもの」と密接な関係があり、さらに自分らしくなるための営みだといえる。
③ 「パフォーマティビティを賦活させるサイコドラマ」によって、「アイデンティティ」の整理が
効果的に行われる。
「パフォーマティビティを賦活させるサイコドラマ」を体験することで、従前のサイコドラマを越 えた新たな気付きを得ることができるということを提案する。「演じること」によって「自己発見」が もたらされ、「自己発見による気付き」を通じて「自己強化」がなされ、「さらに新しい自分を創造す ること」によって「自己表現」に至る。この「自己発見」「自己強化」「自己表現」のプロセスは、ア イデンティティの再構築のプロセスでもある。
本論考では、パフォーマティビティを考察するにあたり、舞台演劇の視点からだけではなく、“日常 生活における演じること”に注目している学際的な学問であるパフォーマンス学の視点を導入するこ とを試みた。その結果、「パフォーマティビティ」とは「演じること」が有している可能性そのもので あり、「自分自身を再発見するために行う、不断の努力のプロセス」であることが明らかになった。想 定した何者かになるために振る舞うのではなく、自分自身を表現し続けることにより、まだ見ぬ可能 性としての自分自身に出会うプロセスがパフォーマティビティの本質である。一連の論考を通じて、
「パフォーマティビティ」という概念が、アイデンティティの再構築に寄与する鍵となる概念である ことが明確になったと考えている。