キーワード:方言、LINE、スタンプ、都道府県、全国分布
要 旨
「方言」に関連するLINEスタンプ(方言スタンプ)に現れる地域名を調査した。
その結果、方言スタンプに現れるのは「沖縄」「九州(とりわけ福岡)」「近畿」である ことがわかり、従来指摘されている「イメージ濃厚方言」に偏っていることが確認され た。一方、これまでに報告ある小説・マンガ・ドラマのコンテンツに共通していた、「首 都圏・関西圏が多く出現する」といった傾向とは大きく異なることもわかった。方言ス タンプにおいて九州方言・沖縄方言が多く出現するのは、90年代以降に顕在化した、九 州方言・沖縄方言の高まりにかかわることが推測される。
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.はじめに田中ゆかり(2011.09;2016)において、あるコンテンツにおいて露出度の高い方言は、
ステレオタイプと結びつきやすい傾向にあることが指摘されている。そこで分析されて いるコンテンツは、文学作品1)、マンガ、テレビドラマである。
本報告では、上記の分析結果と対比することを目的に掲げ、LINEスタンプに現れる 方言の分布調査を行うこととした。田中ゆかり(2011.09;2016)で分析されている、社 会に広く流布するコンテンツ類ではなく、コミュニケーションツールとして一般化して いる2)LINEに用いられるスタンプ3)に着目することで、現代における方言ステレオタ イプの一端をうかがい知ることができるのではないか、と考えたためである4)。
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.調査概要LINEのスタンプの収集にあたっては、LINEスタンプをアーカイブしているサイト「ス タリコ」にて掲示されている、「LINEスタンプ「方言」の完全一覧」を参照した。
データを取得するにあたっては、1,000点分のLINEスタンプ一覧に表示されているタ イトル・説明(一覧画面に表示されている分)を対象にした。このように収集したLINE
方言 スタンプからみる 方言 コンテンツの 全国分布 林 直 樹
〈研究ノート〉
方言 方言 全国分布
スタンプを、以下、「方言スタンプ」と呼ぶ(図1参照)。データの取得日は2017年6月14日、 情報の入力はデータ取得以降随時行った。
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.分析データ上記のような方法によって収集した方言スタンプは計1,000点となったが、以下のよ うなスタンプは分析対象から除外した。
1) 特定地域の方言を使うことが目的となっておらず、さまざまな「ことば」をアーカ イブしているようなもの(例:方言スタンプ名「が・ん・ば・っ・て! 3」、説明文「人 気の応援しまくるパンダさんの第3弾はときどき英語や方言も話すよ!」):90点 2) 1,000点の中に重複して出現するもの:103点
図
1
:LINE
スタンプ「方言」の完全一覧例57
よって、本報告の分析対象は1,000件から1)、2)を差し引いた807点となる。
4
.分析観点807点の方言スタンプを、本報告では「方言スタンプで現れる地域はどこか」という 観点から分析していく。基本的には都道府県を基準として地域の分類を行っていくが、
方言スタンプに「関西弁」「九州弁」といった表記しかなく、都道府県が特定できない場 合は、「近畿」「九州」といった地域ブロックに分類した。例えば、図1の右上、「【たか】
の関西弁の名前スタンプ」という方言スタンプは、「大阪」「京都」「兵庫」といった関西 圏の特定府県の表記がないため、「近畿」ブロックに分類した。地域ブロックは、全国 を12に分けた田中ゆかり・前田忠彦(2012)の区分を踏襲した。
なお、方言スタンプに複数の都道府県・地域ブロックが明示されている場合は、出現 した都道府県・地域ブロックをすべてカウントした。例えば、「Baby Baer ʻ訛ってるウ シ ʼ」スタンプは、説明文に「東北地方や北関東の方言で可愛く伝えます。」とあること から、東北ブロック、北関東ブロックどちらも1件分としてカウントした5)。
以上の観点からの分析により、出現する地域の多寡からLINEスタンプにおいて現れ やすい「方言」を知ることができると考える。
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.調査結果5.1
.LINE
スタンプ出現点数LINEスタンプの出現点数を地域別に示したのが図2である。図中に[B]とあるものは、
地域ブロックであることを表している。
まず、都道府県単位で全体の傾向をみると、最も出現点数が多いのは沖縄(87点)、
次いで福岡(64点)・熊本(35点)・宮城(34点)・静岡(34点)・長崎(34点)であった。
宮城・静岡を除くと、九州・沖縄ブロックの多さが目をひく。
地域ブロック単位に目を向けると、出現数が多い地域として近畿ブロックを指摘でき る。地域ブロックとしての出現数がそのブロック内の都道府県よりも多いのは近畿ブ ロックのみである。これは、「関西弁」という表記が多く、具体的な都道府県名が記載 されなかったことに起因すると考えられる。
一方、出現数が少ない都道府県は、神奈川・滋賀(各1点)、栃木・千葉(各2点)、和 歌山・奈良(各3点)となった。これらの県は、首都圏・近畿といった二大都市圏の外 縁に位置する。
図2の結果をブロックごとに再集計し、地図上に表したのが図3である。ここでは、
図2で示した47都道府県と8つのブロックにおいて、同一ブロックの出現数をすべて合 算し、コンテンツ出現数を濃淡で表した。色が濃いほど出現数が多いことを表す。
図3において出現する点数が多いのは、九州(212点)・近畿(132点)・東北(117点)・ 沖縄(87点)・東海(81点)といったブロックである。それに対して出現数が少ないのは、
方言 方言 全国分布
図
2
:都道府県・地域ブロック別LINE
スタンプ出現点数 55図
3
:方言スタンプのブロック別出現数方言 方言 全国分布
首都圏(16点)とその外縁に位置する北関東(18点)である。北海道も26点と首都圏・ 北関東に次いで出現数が少ない。
また、出現数が多いブロックの周辺に位置するブロックは、出現数があまり多くない ことがわかる。具体的には、東北・東海に近接する甲信越(42点)、近畿・九州に近接 する四国(43点)といった地域である。東日本であれば東北、西日本であれば近畿・九 州と、それぞれの地域によって「方言」として強く意識されやすい地域があり、そのブ ロックと隣接する地域はイメージが薄い可能性を示唆している。
以上から、方言スタンプにおいては九州方言・東北方言・関西方言・沖縄方言の出現 数が多いことがわかった。これは、田中ゆかり(2011.09;2012;2016)で「方言ステレ オタイプの強い方言」と、友定賢治(1999)で「イメージ濃厚方言」と指摘されている方 言とほぼ一致している。
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.先行研究との比較ここで、先行研究におけるコンテンツの分布と具体的に比較する。田中ゆかり(2016: 106-109)に記載されている三つのコンテンツの都道府県別点数分布を図4として以下に 引用し、本報告と比較する。
図
4
:文学作品(左)・マンガ(中)・NHK
連続テレビ小説(右)における作品点数(田中ゆかり,
2016
:106-109
)53
図4の傾向性を図2と比較すると、方言スタンプにおいて東京を中心とする首都圏は あまり出現していないことがわかる。また、首都圏・関西圏よりも九州・沖縄が多くみ られることも、方言スタンプの特色のようである。
方言スタンプにおいて首都圏の出現点数が少ないのは、「方言」らしい語彙や音声の 要素が少なく、とりわけ若年層において方言が「ない」と意識されていることによると 考えられる。また、従来のコンテンツよりも九州・沖縄が多いことについては、九州方 言イメージが変容し、九州方言を「気に病まなく」なった結果、「かわいい」ものと認識 されるようになった近年の傾向や、90年代以降における沖縄方言の価値の上昇が影響し た結果とみることができそうである6)(田中ゆかり,2015;2016.09)。
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.おわりに本報告では方言スタンプの使用から、「方言」が意識されやすい地域についてみてき た。本報告では、方言スタンプにどのような方言が現れるのか、あるいは作成主体は何 なのか、といったことを取り扱わなかった。例えば行政が主体となっているものであり 当該地域を外部に周知することを目的としているスタンプか、それとも個人が作成した ものであり当該地域居住者への使用を目的としているスタンプか、といったことや、方 言を使用するシリーズかそうではないか、といったことである。これらによって、方言 の使われ方やイメージの打ち出し方は大きく変わることが予想される。本報告は方言ス タンプに現れる方言の分布把握に留まったため、このような観点も取り入れて分析する ことを今後の課題としたい。
付記
本研究は、報告者が分担者を務める科学研究費補助金基盤研究(C)15K02577「ヴァーチャル 方言研究の基盤形成と展開(研究代表者:田中ゆかり)」によるものである。
参考文献
磯貝英夫(1981)「日本近代文学と方言」藤原与一先生古稀御健寿祝賀論集刊行委員会編『方言学 論叢Ⅱ 方言研究の射程』三省堂.
井上史雄(2007)「方言の経済価値」小林隆編『シリーズ方言学3 方言の機能』岩波書店.
総務省(2016)『平成28年度情報通信白書』総務省.
田中ゆかり(2010)『首都圏における言語動態の研究』笠間書院.
田中ゆかり(2011.06)「言語意識による地域の分類と類型化の試み」『語文』140, pp.128-113.
田中ゆかり(2011.09)『「方言コスプレ」の時代―ニセ関西弁から龍馬語まで―』岩波書店.
田中ゆかり(2012)「イメージ語からみた方言ステレオタイプ―山形県三川町調査・首都圏大学 生調査・全国方言意識調査から―」『語文』142, pp.106-92.
田中ゆかり(2015)「「ステレオタイプ度」と「ヴァーチャル度」:「九州弁マンガ」を事例として」
方言 方言 全国分布
『国語学研究』54, pp.1-16.
田中ゆかり(2016)『方言萌え!?―ヴァーチャル方言を読み解く―』岩波書店.
友定賢治(1999)「「つくられた」方言イメージと共通語イメージ」佐藤和之・米田正人『どうな る日本のことば』大修館書店,pp.97-100.
参考
URL
スタリコ LINEスタンプ「方言」の完全一覧 http://www.line-tatsujin.com/list_s/k00029/popular_1.html
注
1)磯貝英夫(1981)を井上史雄(2007)が視覚化したもの。
2)総 務 省(2016)http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h28/html/nc132220.html のデータを参考にした。20代以下・30代・40代・50代では、Facebook、Twitterといった他 のSNSに比べて、最も使用する割合の高いツールとなっている。年代が下がるほど使用率 が高いのも特徴である。
3) LINEにおいて使用される、イラストやイラスト付きのメッセージのこと。「LINEの代名詞」
と言及されることもあり(ITmedia http://www.itmedia.co.jp/mobile/articles/1308/15/news005.
html)、LINE利用者の中では一般的なコミュニケーション方法となっている。
4)田中ゆかり(2016)はLINEスタンプを「かわいらしいイラストとその土地らしさが広く日 本語社会において共有される、ある意味わかりやすい各地のヴァーチャル方言との組み合 わせ」と位置づけている。
5)都道府県レベルで複数域に言及があったスタンプは「新潟・長野」(1件)、「奈良・和歌山」(1 件)、「福岡・佐賀」(3件)、「福岡・長崎・熊本・大分・宮崎」(1件)、地域ブロックレベル で複数域に言及があったスタンプは「東北・北関東」(1件)であった。
6)ただし、近年における文学作品・マンガといったコンテンツの出現点数を分析していない ため、このような理由により九州方言・沖縄方言の出現点数が増加したとは言い切れない。
他のコンテンツとの比較は今後の課題としたい。
(はやし なおき、本学若手特別研究員)
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