サービスの選好と自己効力感 : 提供者と消費者の 相互作用
著者 森藤 ちひろ
URL http://hdl.handle.net/10236/10079
氏 名 学 位 の 専 攻 分 野 の 名 称 学 位 記 番 号 学位授与の要件 学位授与年月日 学 位 論 文 題 目
論 文 審 査 委 員 (主査)
(副査)
森 藤 ちひろ
サービスの選好と自己効力感 ―提供者と消費者の相互作用―
博 士(先端マネジメント)
甲経営第3号(文部科学省への報告番号甲第386号) 学位規則第4条第1項該当
2011年9月7日
山 本 昭 二 宮 本 又 郎 佐 藤 善 信
教 授 教 授 教 授
名誉教授 中 西 正 雄
論 文 内 容 の 要 旨
本論文は、従来からサービスマーケティング研究で議論がされてきた、サービス提供者と消費者の関係に よってサービスに対する評価がどの様に変化するかという側面とその評価によって消費者がどの様にサービ ス生産に参加するのかという問題を医療サービスを事例として明らかにしたものである。
本研究は、我が国においてともすると医師の立場からの医師―患者関係の研究が多い中で、患者の立場か ら分析を行い医療機関の経営指針を提示するという方針で行われている。
1章では、問題の所在を明らかにして、医療サービスにおける医師と患者の相互作用を中心として研究が なされる理由が検討されている。森藤氏は、医療サービスにおいて QOL を治療効果の指標として捉えるこ とが一般化してきていることを指摘して、従来の病気を治すという行為だけではなく QOL を高める行為全 般に注意が払われる必要性を明らかにしている。
2章では、医療サービスがサービスマーケティング研究においてどの様に取り扱われて来たのかを検討し ている。その中で、医療サービスを提供する機関の分析とその特徴を取り上げて、その経営課題を提示して いる。
日本の医療機関は保険医療を中心としてその経営がなされており、報酬体系によって収入が左右される という実態がある。価格において大きな差別化が難しい現状では、 医療機関のなし得る努力としては、 医療 サービスの質を高めることで患者満足を高め患者の継続的な診療を生み出すことが想定されている。
3章では、本研究の根幹となる概念である期待と満足に関する研究をまとめている。森藤氏の実務的な関 心の背景には、医療の進歩に伴って患者は多くの病気が治るのではないかという過大な期待を持って医療機 関を訪れ、その結果が思わしくない場合に不満を持ち、最終的な治療成果も高まらないという事例がある。
そうしたことが起こりうる理論的な背景について Oliver の学説を中心にして詳細な検討を行っている。
この検討によって患者満足の持つ戦略的な重要性を指摘している。
4章は、3章の検討を受けて、医師患者関係が医療分野の研究においてどの様に取り扱われて来たのかを 明確にしている。標準的な4つのモデルを紹介しながら、Donabedian の医療の質構成モデルを使って、構 造、過程、結果という3つの要素の関係が医療行為から結果にどのように繋がるのかを説明している。そし て、Larson の医療的共感プロセス理論に自己効力感を取り入れ、医師患者関係と結果の関係について詳細
な検討とモデルの提示を行っている。
5章では、医療サービスへの患者の参加の程度を自己効力感という概念を導入して分析することを試みて いる。そのために本論文では、95名に上る患者へのインタビューを通して患者と医師の関係がどの様に構築 されているのかを慎重に検討している。実証研究の結果としては、高い満足を感じた患者が高い自己効力感 を感じて、QOL も高まることが示されている。
その結果を受けて、6章以降で仮説を導出し質問紙調査(839サンプル)によって実証研究を行っている。
6章では、サービスマーケティング研究で行われてきた顧客満足調査の仮説を下敷きにして仮説の導出が行 われている。質問紙調査では、クリニック、中規模病院、大学病院を調査し、医療機関横断的なサンプルを 元にして分析を行っている。結果としては、前述の通り医師―患者関係の高度化によって自己効力感が高ま り、治療結果が高まり結果として高い満足が得られるという好循環が得られることが示されている。
図表6-12 自己効力感と患者満足の仮説モデル(標準化係数)
6章では、構造方程式モデルによって、上述の仮説の検証が行われ、7章ではその結果を受けてより実践 的な示唆を得るための分析が行われている。6章の分析では、全体モデルで、仮説が検証された。しかし、
低満足群では特性的自己効力感から健康 QOL、患者満足へのパスが有意にはならず、患者の満足度が顧客 の治療への参加を促すことが示された。また、医師と患者の相互作用についても同様の検討がなされ、低相 互作用群では健康 QOL から患者満足へのパスは有意とならなかった。
7章では、6章の結果をより深く分析し、期待水準の高い患者では満足度が継時的に安定しないことが示 された。満足度と相互作用の関係は明確であって、長期に渡ってこの効果が持続することが示されたのであ る。これによって、仮説は概ね支持されたと結論づけている。
8章では、結論として次の3点が確認されている。こうした結論が8章でまとめられている。一つには医 師への評価が再診意図に影響するということであり、医師の役割の重要性が再確認されたことである。二つ 目は、自己効力感が高まることによって患者満足が高まることである。三つ目は、相互作用の高まりが、顧
客満足に影響しその効果が継時的に続くと言うことである。
これらの結果が明確になったことは、医療機関の経営にとっても重要な示唆を持つとしている。
論 文 審 査 結 果 の 要 旨
本研究の結果は広く多くの医療機関に有益な内容を含んでいると考えられ、理論的、実践的な意味で高く 評価される。本委員会としては、本論文が学位申請論文として相応しい内容を持っていると結論づけるもの である。
以下にその詳細を述べる。
本論文で取り上げられている研究は、森藤氏のクリニックの事務長としての経験に強く動機付けられてい る。医療機関において医師の役割は医療サービスの提供の上で重要であるだけではなく、組織の管理者とし ても重要な役割を負っている。その中でも医療サービス提供の中核としての医師の役割は患者から絶対的な 地位を占める場合があると考えられてきた。
しかし、近年では医療の高度化によりチームでの治療が必要となり、この変化に対応した組織作りが行わ れてきており、医師の役割の変化も大きくなってきている。その動きを受けた研究は医療活動の一環として は行われてきたが、その変化が医療機関に与える研究は我が国では十分とは言えない側面もある。
森藤氏の問題意識は1、2章に集約されている。サービスマーケティング研究の枠組みを踏襲しながら医 療機関の持つ特性を丹念な文献研究を元にして明らかにしている点は評価したい。この点は、既存研究では 明確に示されてこなかった点であると言って良いだろう。3章では、顧客満足概念の整理に取り組んでいる。
特にこの章で評価できるのは、期待について詳細な検討を行っていることである。医療サービスのように交 換当事者間の情報の非対称性が大きなサービスでは、ともすると高すぎる期待を持った患者の問題点が指摘 をされている。医療現場での経験から満足という患者の心的な状態を理解しようとした態度は評価されるだ ろう。
4章で行われている、医師患者関係の分類は、従来の枠組みを紹介しながらその問題点に言及し、5章の 定性的分析に繋げるための検討を行っている。そこでは、医療の質に医師患者関係が影響することを述べて おり、この点も従来のサービスマーケティング研究に資するところがあると考えられる。
5章で行われている定性的分析は患者へのインタビューを元にしてまとめられているが、そこで抽出され ている医師の評価軸、患者、医師の分類は、本研究の中核をなすものの一つである。開業医を対象に行われ たインタビューの解釈では、医師の経営者としての立場や経歴なども加味した分析を加えており、クリニッ クを経営する医師の意識の違いを明確に提示している。
6章では、以上の研究を受けてこれらの諸概念がどの様な関係にあるのかを主にアンケート調査を元にし て明らかにしている。その結果は、概ね仮説を支持するものであった。特に重要な仮説である自己効力感が 高まることで治療結果も高まり、患者満足も高まることは支持されたと言って良いだろう。しかし、患者満 足から再診意図には直接繋がることはなく、再診意図は医師への満足の方が大きな影響を与えていた。この 点は、新たな検討を次章以降でも行っている。
7章で展開された議論は、従来の仮説を補強するとともに医師・患者間相互作用と自己効力感の役割につ いて患者満足への影響を継時的に明らかにすることに成功している。これらの研究成果は、従来の研究の発 展に大きな貢献をなすものであり、実践的にも有意味なものである。
実証研究の手法は、構造方程式モデルと各種の多変量解析を組み合わせたものであり、十分に信頼性を持 つものであると考えられる。構造方程式モデルのフィッティングやパス係数の妥当性も理論的な検討と合致 するものであった。
残念ながら期待の計測において十分な結果が得られなかった部分があり、実証分析のモデル内に明示的に 取り込めなかったので、期待と満足に関する新たな患者分類を使っての追加的な検討をすることになったの は、本研究の課題であろう。とはいえ、この欠点は結論に大きな影響を与えるものでないと考えられる。