生徒の個を生かす実践的な授業とは
-全体から個へ-
文学部文学科英米文学専修 12AM131X 小室 雪菜
1.はじめに
教育実習先を選ぶにあたって、選択肢である 中学校と高校のうち、中学校を選んだのには、
以下に述べる私なりのこんな理由がある。私自 身、公立中学から進学校である高校に入学した 際に、同じレベルの入学試験を突破した生徒が 同じ教室で机を並べて勉強するため、クラスか ら落ちこぼれないように毎日小テストの勉強に 明け暮れていた。主要科目の小テスト前の休み 時間にはほとんどの生徒が着席して、単語帳や 授業プリントを広げて呪文を唱えるように、必 死に頭の中に暗記事項を詰め込めるだけ詰め込 む。これまで真面目に授業を受けているだけで、
まるで「優等生」というようなどこか勉強しづ らい雰囲気が漂う中学校生活を過ごしてきた私 にとって、全てが一変したように感じられた。
このように、高校はある程度、生徒の学習レベ ルが揃っており、家庭の経済事情などがほぼ同 じである上、教師によって教え方や進み具合な どやり方が違ったとしてもさほど問題はない。
一方、公立中学校は学区内に住む子ども達が多 く通い、義務教育で授業料無償ということもあ り、色々な家庭環境を持った生徒が学校の門を くぐる。中には給食費未納の家庭、親からネグ レクトを受けている子ども、生まれつき発達障 害を持った子どもが 40 人の学級に 2 人以上居
てもおかしくないというのが現実である。子ど もごとに異なった学習能力や彼らを取り巻く家 庭環境があるにも関わらず、決められた学習指 導要領に沿って、ただ単に「教える」だけでは 教育の格差はますます広がる一方ではないだろ うか。進学校の高校に進めば、入学当初から大 学受験を視野に入れた教育を受け、とにかく決 められた学習量をやりこなす毎日に追われ、自 分の努力次第では最終的に良い大学に入ること も出来る。しかし、受験のための勉強を続ける だけでは、「本来伸ばさなければいけない力」
や「楽しさ」を見失うことになるのではないだ ろうか。元々中学校で英語に苦手意識を持つ子 は、高校で引き続き勉強しようとは思えないの ではないだろうか。確かに中学校で既に英語を 勉強してきた高校生を教えるほうが、教える側 としては多少気が楽である。しかし、全員が英 語を同じスタート地点で始められる中学校を実 習先として、あえて選択することで、生徒に とって英語学習の最初の入り口を広げ、英語と の出会いを楽しいものにしたいというのが、私 にとって、当初中学校を選んだ理由である。そ こで、この教育実習を通して学んだ生徒との向 き合い方や、授業の成果点や反省からどのよう な英語の授業作りが望まれるのかをまとめてい きたい。
2.39 通りの個性を受け入れる
今回、実習先になった中学校は自分の母校で はなかったため、実習の前年度に授業見学に足 を運んではいたものの、見知らぬ土地の学校で 実習をすることに少なからず不安を感じるとと もに、本当に自分が教壇に立って 40 人近い生 徒を教えることが出来るのだろうかという焦り や緊張感を抱えたまま、実習初日を迎えること になった。私が実際に授業をする学級は中学1 年の 8 クラス中 5 クラスで、担当学級はその うちの男子 21 人、女子 18 人、計 39 人のクラ スであった。指導教諭はもちろん英語科であっ たが、担当学級の担任教諭は国語科であったた め、実習中は二人の教諭の指導を受けることに なり、担当教科の英語の指導案の書き方や授業 テクニックを学ぶ一方で、担当学級ではもう一 人の担任教諭がどのように生徒と向き合ってい るのか、学級運営をしているのかをより近くで 見ることが出来た。実習初日から翌日に迫った 体育祭の練習・準備に関わることになった私は 担当学級と顔合わせをして間もなく、大縄跳び のクラス練習を担任教諭とともに手伝うことに なった。多くの生徒がリズム良く順調に飛んで いくなか、縄の中に飛び込めずに足がすくんで しまっている子が居たのだが、よく見ると後ろ にいる生徒が、その子が縄に入るタイミングを 教えてあげるようにその子の背中を優しくポン と叩いてあげているのだ。それを見ていた私に 担任教諭は、縄に飛び込めずにいた生徒は発達 障害を持った生徒で、このクラスには他にも学 習面で発達障害を持った生徒が数人、不登校の 生徒が一人いることを話した。クラスにとって、
制限時間内に縄を飛んだ回数で得点を稼ぐ競技
で、飛べない生徒が居ることで全体がつまずい てしまうことは確かにハンディーキャップなの かもしれないが、その子が飛べた場合に通常の 1 点にプラス 1 点の得点を加えてあげるなどの 措置を学校としてとり、後ろにいる生徒は自然 とその子をサポートしてあげるクラス作りをし ていた。大事なのは飛ぶ速さや回数ではなく、
「全員が飛べる」喜びを共有してほしいという 担任教諭の意図が指導の節々に感じられた。そ の他にもたとえば、必ず朝と帰りの学活では日 直が前に立って司会をするのだが、発達障害の ある生徒に対して担任教諭は初めから「出来な い」と決めつけて特別扱いをするのではなく、
本人のペースで「できることはやる」というス タンスで見守ってあげていた。生徒が自分の力 で少しずつ達成することで、「昨日までできな かったこと」を今後、その問題に直面しても「で きるかもしれない」という行動力に変えること が生徒の成長に繋がるのではないだろうか。
3.道徳の授業から見える自己の確立と他者理 解の育成
道徳の授業では、全員が黒板を正面にして机 を並べるのではなく、互いの顔が向かい合わせ になるように、コの字型に机の隊形を変えるこ とで自分の意見を相手に伝えやすく、聞きやす い環境を授業の最初に整えていた。道徳の教科 書に登場する登場人物の行動に対して「賛成」・
「反対」・「どちらでもない」のいずれかの立場 を軸にそれぞれの議論を展開していく。担任教 諭は必ずどちらの立場で意見を持ったのか生徒 に挙手させ、黒板に書いた生徒ごとの意見の横 に、発言した生徒の名前が記されたマグネット
も貼っていく。このマグネットには二つの意味 があるのではないかと私は考える。一つは、既 に発言して黒板に貼ってある生徒のマグネット 以外は教師の手元に残るため特定の生徒にばか り当たることがないということ。もう一つは自 分の名前を提示して、自分の意見をしっかりと 伝えるためである。現代のネット社会では自分 が誰であるかを明示しなくても良いため、言葉 が周りに与える影響力がどれほど大きいかとい うことを考えなくても簡単に自分の考えを不特 定多数の人間に情報として流すことができる。
自分の正体を明かさなくても容易に発言できる 社会は必ずしも良いといえるものではなく、場 合によっては子ども自身がネット上の書きこみ からイジメや犯罪の当事者となってしまうこと も否定出来ない。また、ある登場人物の行動に 対して「賛成」の立場をとった生徒がクラスで 一人しかおらず、その意見に対してどよめきの 声が上がるという場面があったが、担任教諭は その意見を決して否定することはなかった。「確 かに○○さんの言うように、・・・という解釈 も出来るね」と他のクラスメイトにも分かりや すいように意見を要約してあげる、あるいは「そ こに気付くことができたのは素晴らしい」とい うように他者と異なる意見を持つことが恥ずか しいことではないと分かってもらうことが重要 なのである。今回、授業時間の都合により、私 自身が道徳の授業を持つことはなかったが、生 徒に自分の意見に自信を持たせるとともに、他 者を受け入れ、自分の意見を相手に理解しても らうための相互学習として、改めて道徳の時間 が不可欠であり、この学習スタイルを英語の授 業にも取り入れることが出来るのではないかと
感じた。
4.生徒をやる気にさせる授業とは
― “Perform” と “Inspire” の重要性―
中1の 4~5 月頃の英語というと、アルファ ベットの書き取りや教科書の単元も Lesson1・
2 あたりを扱うため、教師目線での英語学習レ ベルとしては高いものではないため、担当学年 が判明した当初、実習自体に不安はあるものの 指導内容に関しては内心ほっとする自分がい た。しかし、指導教諭の言葉でこの学年を持つ ことがどれほど重要であるか気付かされた。そ れは「授業が一番難しい学年は中1である」と いう一言だった。なぜなら、私が「1. はじめ に」で述べた中学校を選んだ理由とも繋がる が、「何でもスタートが大事であり、出会いが 悪いとその先を決めてしまう」からである。つ づけて指導教諭は「授業は、始め・中・終わ りのどれが大事だと思う?」と私に質問を投 げかけた。導入はあくまでウォーミングアッ プに過ぎず、中盤に授業の中心を持ってくる ため、「中」ではないかと私は考えたが、答え は「始め」である。ただ教科書を読み、座って いるだけでも苦痛な中学生にとって、50 分授 業のうちの冒頭の 5 分はその後の 45 分が面白 い授業かつまらない授業となるか判断する貴重 な時間なのである。研究授業の講評会である先 生が仰っていたのが、「教師と生徒の表情は鏡 の関係である」ということだった。教師の顔 が強張れば、生徒の表情も硬くなるし、教師 の “facial expression” が豊かであれば、生徒は 授業の楽しさを直に感じ取ることだろう。授業 の中でどれだけ生徒の注意・関心を引く工夫を
凝らすかが今後の学習の伸び代を決めていくた め、私は授業の中でイラストや写真、アクティ ビティに使用するカードなど飽きがこないよう な教材作りや声の出し方に努めた。授業見学を していた時に、ある生徒が「英語の授業は何を 言っているのかよく分からないから嫌い」と不 満を漏らしていた。それは最近、2009 年に文 部科学省が新しく定めた高等学校学習指導要領 で高校の英語の授業を英語で行うことが基本と なり、日本の英語教育が大きく変わろうとして いることからも、実習先の英語の授業も「オー ルイングリッシュ」とまではいかないが、極力 英語で指示を出したり、質問を投げかけたりす るようにしていた。しかしながら、英語を苦手 としている生徒もいる教室内で一方的に「オー ルイングリッシュ」を押し付けても、彼らの英 語力が上がることは無いだろう。私は、授業作 りをするにあたって全員参加型の双方向での communication 重視の授業を目標とした。たと えば、授業で “How many~?” という英文をター ゲット・センテンスにしたい場合、彼らにとっ てまだ未習内容であっても授業の前半で、“How many legs do you have?” と一人の生徒に質問 すれば、たとえ単語が分からなくても教師の
“body language” や “perform” つまり身ぶり手 ぶりによって、「足のことだな」「いくつあるの かを聞いているのかもしれない」とある程度予 測することが出来る。ここで重要なのは、与え られたいくつかのヒントを拾って推測し、自分 から communication 活動に関われるかという ことである。自分が生徒の立場に立った時に「生 徒にとって分かりやすい授業とはどんな授業だ ろう」と考えたときに授業の狙いが明確であり、
学習の必然性が感じられることだと考えた。ま た、当初行っていた 6 人グループでのアクティ ビティも 4 人でのアクティビティに変更するこ とで、一人に回ってくる頻度を増やし、よりグ ループの役割に入っていけるようにした。グ ループ内の生徒1人がお題に沿って解答を設定 した上でヒントを出しながら、グループのメン バーに推理させるようなクイズゲームをしたあ とに、今度はクラス全員の前でクイズを出題す る人を募った。すると、英語が苦手だと言って いた生徒が挙手をしたのだ。Communication 活動は英語が不得意だと絶対的に壁になるとい うのではなく、自分のアイデアや個性を表現す るための場所であり、機会である。一方で机間 巡視をしていると、やり方に行き詰まっている 生徒が居る。そういった時にヒントとなるワー ドを与えたり、「こういう言い方があるよ」と いうように、生徒が英語を積極的に使いたくな るような指導で、“inspire” してあげたりするこ とも授業のまわし方の一つである。教科書の内 容にとらわれた教え方ではなく、生徒の個性や オリジナリティーを生かした授業づくりが出来 たのではないかと考える。反省点としては、英 語が苦手な生徒を意識するあまり、文法説明や 日本語に訳すことに丁寧になりすぎてしまった ことである。45 ~ 50 分間という短い時間の中 で、「読む・聞く・話す・書く」という 4 つの 技能を達成しながら、教師自身の英語を話す機 会や説明よりも、生徒が英語を話す機会を増や すことを配慮しながらの授業はなかなか大変で はあるものの、生徒がやる気になるような授業 を作る上で、固定的なものではなく日々の授業 に飽きさせないような「変化」を生むことも教
師の腕が試されるところである。
5.おわりに
初日から教師という仕事が想像以上に激務で あると感じた私は内心、果たして三週間、自分 の体力と精神力が持つのだろうかと不安視しな がらも「自分のやり方次第でこの三週間はいく らでも良い方向に変わるかもしれないし、怠れ ば無駄な三週間になってしまうはずだ」という 決意のもと、生徒の特徴や部活動などを思い浮 かべながら、クラス名簿表を覚えた。休み時間 や放課後の部活見学で、練習に勤しむ生徒に対 して名前を呼ぶなど積極的に話しかけること で、次第に授業内での生徒の目の色も変わって きた。ここで分かったことは、生徒は教師自身 が思う以上に教師のことをよく見ており、最初 こそ慎重に関わることで「どういう先生なのだ ろうか」ということを知ろうとしているという
ことである。また、クラスごとの特色など全体 像を掴み、それから生徒個人に直接関わってい くというような「全体から個」を意識した指導 方法は英語の授業を行う上でも留意したことだ が、授業以外の指導方法としても重要なことだ と考える。たとえば、翌日の行事の持ち物を確 認するときに全体で確認した後、今度は個人を 当てることでより認識も高まる。そして、生徒 の登校時間前の朝掃除や朝と帰りのホームルー ム、班ごとの(その日最も輝いていた人を一人選 ぶ)MVP 記録表への毎日のコメント、体育祭や 遠足の引率など、実習生という立場でありながら も生徒一人ひとりの一教員として、多くの役割 に携われたことで、学校には色んなニーズを持っ た生徒がいるということ、進みゆく今後の英語 教育の方向性を認識し、生徒を引きつけるため の工夫を常に持ち続けることが生の授業をする 教師にとって欠かせないことであると感じた。
歴史は、面白い。
~授業実習で伝えたかったこと~
法学部 法学科 4 年 12EA413M 山田 健
1.はじめに
「鎌倉幕府を開いたのって、誰だっけ?」
大学 1 年次、同級生にそう問われたことがあ る。答えは、もちろん「源頼朝」である。小・中・
高どの段階の社会科の授業でも登場するビッグ ネームであるが、彼は「頼朝」の存在を記憶に とどめていなかった。
歴史、なかでも日本の中世史の面白さに惹か れ、史跡や博物館に出かけたり、史料(もちろ ん翻刻されたもの)や論文を読んだりして休日 を過ごしていた私にとっては、このように問わ れることは大きな「サプライズ」であったが、
その後に彼が言った一言に、私はさらに驚かさ れた。