公正価値会計モデルの制度構築
著者 今田 正
雑誌名 同志社商学
巻 58
号 6
ページ 1‑14
発行年 2007‑03‑15
権利 同志社大学商学会
ドウシシャ ダイガク ショウガッカイ
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000007361
公正価値会計モデルの制度構築
今 田 正
はじめに
蠢 企業結合会計にみる公正価値概念の機能 蠡 公正価値測定の体系化
蠱 公正価値の一般化 蠶 公正価値制度化の試み
おわりに
は じ め に
公正価値会計は
1980
年代以降,資産・負債アプローチの下で,資産・負債の諸会計 領域において会計基準に組み込まれてきた。公正価値測定の制度構築はIASB
およびFASB
において共同プロジェクトとして展開されているが,その舞台の一つが厳格な公 正価値報告を求めた「企業結合会計プロジェクト」であっ1
た。そこではパーチェス法へ の一元化を契機に,無形資産・のれん等企業(価値)評価と結びついた取得資産・負債 の全面的な公正価値評価(full fair value approach)の導入が図られており,公正価値会 計の典型モデルの一つをなしている。また注目されるのは,この企業結合会計プロジェ クト(フェーズ蠡)に連携して「公正価値プロジェクト」が進められ,それは
FASB
よ りFAS
第157
号『公正価値測2
定』として表わされ,「公正価値ヒエラルキー」が提示さ れたが,これは公正価値の理論的体系化の試みの一つである。
ただ,これら公正価値測定の基準化は,新たな資産・負債領域への適用の拡大として ではなく,現行諸会計基準に盛り込まれた公正価値測定に概念的一貫性と実務上の適用 指針を提供することにあり,制度化の一つのステップにすぎない。IASBによって更な る資産・負債一般の公正価値測定の基準化とそれを支える概念フレームワークの構築が 取り組まれている。総じて,これら公正価値会計の制度構築はノーウォーク合意(The
Norwalk Agreement)に沿って,FASB
とIASB
の共同になるコンバージェンス・プロジェクトとして企業結合,収益認識,財務諸表の表示,概念フレームワーク等において 多面的に展開されていることが特徴的である。
────────────
1 A. M. King,Fair Value for Financial Reporting,John Wiley & Sons, Inc., 2006, Preface.
2 FASB, Statement of Financial Accounting Standards No. 157,Fair Value Measurements,September, 2006.
(205)1
そこで以下,これらの動向を整理し,その方向性とその意味するところを検討するこ ととする。
Ⅰ 企業結合会計にみる公正価値概念の機能
1
企業評価の論理まず,公正価値会計の特徴を企業結合会計プロジェクト(フェーズ蠡)の到達点(FASB 公開草案『企業結合──FASBステイトメント第141号の改
3
訂』──以下,新基準案という)を 基に検討しておこう。
ここでの企業結合会計の要点は,取得した企業総体の価値をその公正価値で測定し,
また取得した資産および引受けた負債をすべてその公正価値で認識・測定し,その純資 産の公正価値と取得した企業の交換価額との差額をのれんとして計上することにある。
すなわち,企業結合会計の枠組みは,取得日現在の被取得企業の公正価値の
100% が認
識され,支払われた対価の公正価値をもって測定されるというのがその原則である。だ が問題は,とくに100% 以下の持分の取得による企業結合の場合に,支払われた対価が
被取得企業の総体としての公正価値を表しているかどうか必ずしも保証されないことで ある。このような場合,公正価値の見積もりはマーケット・アプローチあるいはインカ ム・アプローチによった評価技法を用いて測定されるということであ4
る。すなわち,現 行基準も取得原価を支払対価の公正価値によって測定することにおいて異なるところは ないが,新基準案は,企業の取得の会計が(取得)原価の配分としてではなく,(被取 得)企業総体の評価とその割付けという枠組みにおいて組み立てられているのである。
この割付けとは,取得した識別可能な資産および負債を公正価値で測定し計上するこ とであるが,これらには企業結合前には被取得企業において認識されていなかった資産 および負債が含まれることである。結合を契機に,衢)契約または法的権利に基づくも の,衫)識別基準を満たすもの,はのれんから分離して積極計上されることになる。こ のような(特許,商標,研究開発費のように)ほとんど市場性を有しない無形資産の認識 計上を支えているのが公正価値測定に他ならな
5
い。すなわち,この分離可能性とは測定 可能性をいい,それは市場価格以外の測定方法も合理的な測定とする公正価値概念に依
────────────
3 FASB, Exposure Draft, Proposed Statement of Financial Accounting Standards,Business Combinations, a re- placement of FASB Statement No. 141, June, 2005.
4 100% 以下の取得の場合,取得持分の支払対価が100% 持分の対価の算定基礎を表わしているかどうか
である。表わしている証拠がる場合は,支払対価を持分比率で割り返すことによって持分の総額(100
%分)を算定できる。だが,支払対価に支配プレミアムが含まれる場合にはその保証はない。その場合 は評価技法を併用して公正価値見積りを確かめることになる。
5 G. J. Benston, M. Bromwich, R. E. Litan and A. Wagenhofer,Worldwide Financial Reporting; The Develop- ment and Future of Accounting Standards, Oxford University Press, 2006, pp. 26−27.
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2(206)
拠しているからである。
また,この公正価値をもって測定するということは,持分の全額が取得されていない 資産および負債についても全部公正価値によって計上することをいう。のれんについて も非支配持分帰属ののれんを含めて,すなわち「被取得企業の総体としての公正価値が 識別可能な資産および負債の純資産公正価値を超える額」として認識計上されるのであ る。このことは,この全部のれんにはのれんから分離して認識する規準を満たさない自 己創設無形資産など非支配持分に相当する自己創設のれんをオンバランスさせる意味を 有している。
2
無形資産・のれんの減損と公正価値の機能以上のように,企業結合を契機とする無形資産の認識拡大は全面的に公正価値概念に 依拠して可能となった。その認識された無形資産とのれんは,原初認識以降,減損テス トされるが,このテストもまた「公正価値に基づいた減損モデ
6
ル」が適用されるのであ る。
まず,認識した無形資産はその耐用年数が有限の場合は償却され,減損レビューが適 用される。無
!
形
!
資
!
産
!
が不確定の耐用年数(indefinite useful life)を有する場合は,償却 の対象とされず,毎年減損テストに供されるのである。
また,の
!
れ
!
ん
!
は償却されず,レポーティング・ユニット(reporting
7
unit)において毎
年減損テストがなされ8
る。のれんの減損テストは
2
段階において行われ,その第1
段階 では,レポーティング・ユニットの公正価値とのれんを含むその帳簿価額とが比較され る。そしてレポーティング・ユニットの簿価がその公正価値を超える場合は,第2
段階 へ進む。第2
段階において,当該ユニットの公正価値が未認識の無形資産を含めてすべ ての資産および負債に配分され,その残余がのれんの想定公正価値(implied fair valueof goodwill)とされる。こののれんの想定公正価値とその簿価が比較され,簿価が想定
公正価値を上回っている場合,その差額が減損損失となる。すなわち,のれんの想定公 正価値はレポーティング・ユニットの公正価値から認識された純資産公正価値と未認識 の無形資産を控除したものとして算定される9
が,この算定構造まさに先にみた全部のれ んのそれと同じである。さらに,これらレポーティング・ユニットの公正価値の決定は 当該ユニットが売買されるとした場合の市場価格を基礎としながらも,多様な評価技法
────────────
6 FASB, Statement of Financial Accounting Standards No. 142, Goodwill and Other Intangible Assets, June, 2001, par. B 129.
7 レポ一ティング・ユニットは事業セグメントと同一または事業セグメントより一つ低い水準(構成部分 という)による(Ibid.,par. 30.)。
8 Ibid.,par. 18.
9 Ibid.,par. B 135.
公正価値会計モデルの制度構築(今田) (207)3
に拠るとされるのであ
10
る。
以上のように,公正価値は個別資産・負債は勿論,純資産グループまた企業実体の会 計モデルにおいて適用され得ることをみた。企業結合会計もまた交換価値から出発して 企業価値の多元的・主観的評価に至るという点において公正価値会計の機能を最もよく 具現した会計モデルであるとみられるのである。すなわち,企業結合会計は公正価値測 定の論理に支えられており,取引に基づかない自己創設の無形資産・のれんの認識計上 も市場を仮想する公正価値概念を介して可能であった。
Ⅱ 公正価値測定の体系化
これら企業結合会計における公正価値会計の全面的導入に係って注目されるのは,そ れを支えるものとして,このプロジェクトを契機に公正価値測定の基準化が併行して進 められたことである。その成果は先の
FASB
によるFAS
第157
号(以下,「基準」とい う)として表されたが,現在における公正価値概念を代表するものとしてその特徴を整 理しておこう。まず,「公正価値は,測定日における市場参加者間の通常の取引において資産の売却 について受取られ,負債の移転について支払われる価格である」と定義され
11
る。この定 義における公正価値の属性には従来どおり交換価格の概念が維持されている。その交換 価格とは市場参加者が基本市場(principal market)において資産を売却し負債を移転す る通常の取引における価格であるとされる。
公正価値は特定の資産・負債についてのものであり,測定は資産・負債に固有の属性 を考慮に入れる必要がある。また資産・負債はその会計単位に従って個別の場合もあれ ばグループの場合(たとえば,資産グループ,レポーティング・ユニットあるいは企業実体)
もあるとす
12
る。また「通常の取引」とは強制された取引でないことを意味し,「資産の 売却あるいは負債の移転取引」とは当該資産を保有するか,負債を負う市場参加者の観 点からみた仮想上の取引である。かくて,公正価値測定の目的は資産の売却について受 け取り,負債の移転について支払う価格,すなわち出口価格として定義されるのであ
13
る。
公正価値測定は,資産の売却・負債の移転取引は基本市場において行われ,それがな い場合は当該資産・負債にとって最も有利な市場(the most advantageous market)にお
────────────
10 村瀬儀祐「のれん・無形資産減損会計における公正価値概念の制度効果」加藤盛弘編著『現代会計の認 識拡大』森山書店,2005年,第6章,104ページ参照。
11 FASB,op. cit.,par. 5.
12 Ibid.,par. 6.
13 Ibid.,par. 7.
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4(208)
いて行われることを仮定す
14
る。また公正価値測定は市場参加者による資産の高度かつ最 適使用(highest-and-best-use)を仮定する。そして,これが公正価値測定の評価前提(valu-
ation premise)を決定する。高度かつ最適使用が使用目的であれば「使用としての評価
前提」(市場参加者によって他の資産グループと共に利用される当該資産を売却するとした場合 の現在の取引価格)で,また交換目的であれば「交換としての評価前提」(当該資産を単独 に売却するとした場合の現在の取引価格)を用いて決定されるとす15
る。だが,使用あるい は交換としての評価前提に拘らず,公正価値測定は市場参加者が資産の価格設定に用い る仮定に基づいて決定されるとし,あくまでも市場価格において論理化される。
さらに,「基準」は公正価値測定の評価技法としてマーケット・アプローチ,インカ ム・アプローチおよびコスト・アプローチを用意する。マーケット・アプローチは市場 取引より生ずる価格およびその他の適合的情報を用いる。インカム・アプローチは現在 価値法といった評価技法を用いる。コスト・アプローチは資産の用益能力を現在取替え るのに必要な金額,すなわち取替原価を用いる。そしてこれら評価技法が単独に,また 多元的(レポーティング・ユニットを評価するようなケース)に用いられるのである。
かくて,「基準」の最大の特徴は,以上の諸要素を前提に公正価値見積りがヒエラル キー化され,投入されるインプットに応じて
3
つのレベルに階層化されたのであ16
る。こ こで,インプットとは広く市場参加者が資産・負債の価格決定において用いる仮定を指 し,観察可能なインプット,また企業独自の仮定を反映する観察不能なインプットに区 分され,そのうち,公開市場価格を優先するのである。
まず,レベル
1
のインプットは,報告企業がアクセスできる同一の資産・負債に関す る活発な市場における公開市場価格である。レベル
2
のインプットは,レベル1
の公開市場価格以外で資産・負債について直接ま た間接に観察可能なインプットである。そのインプットとは次のごときものである。a
.活発な市場における類似の資産・負債の公開市場価格b
.活発でない市場における同一または類似の資産・負債の公開市場価格c
.資産・負債について観察可能な公開市場価格以外のインプット(金利,イールド・カーブ,ボラティリティ等)
d
.観察可能な市場データのコラボレーションから得られたインプットレベル
3
のインプットは,資産・負債に関する観察不能なインプット,すなわち,市 場参加者が当該資産・負債の価格形成に用いるだろう仮定についての報告企業独自の仮 定を反映するインプットである。このように企業固有の仮定を用いたモデル価格によ────────────
14 Ibid.,par. 8.
15 Ibid.,par. 12.
16 Ibid.,par. 22.
公正価値会計モデルの制度構築(今田) (209)5
り,マーケット・アプローチ,インカム・アプローチ,コスト・アプローチに基づいた 評価技法が単独に,また多元的に適用され見積もられるのである。
以上のように,「基準」は公正価値見積りに用いる指標によって客観性を相対化して ヒエラルキ一化したのである。その論理は個々の取得原価よりも市場価格(あるいは取 替原価)の方がより実際の価値を反映あるいは代替し,財務報告目的に適合的であると いうものである。しかしそれは,シュミュレートされた市場価格(simulated market
17
price)
であり,仮定の取引であって,それ自体主観的なものとならざるをえない。それは市場 価格を反映したものであるとする仮構によって実際の取引価格(たとえば,企業の買収価 格)を合理づける働きを果たしているものとみられるのである。
Ⅲ 公正価値概念の一般化
1
公正価値会計批判以上,FAS第
157
号においては,公正価値測定は特定の資産・負債に適用されるも のであるとされ,資産・負債一般の測定基準を規定したものではない。また公正価値を あくまでも市場価格として規定し,「企業にとっての価値」概念を排したのである。で は,その市場価格は個々の資産・負債の実際の市場価格であろうか。本来,mark to mar- ket
は資産・負債を期末における実際の検証可能な市場価格をもって評価し,評価差 額は直接損益とすることであるが,この取引に基づく市場価格がない場合にfair
value
が代替として用いられるのである。すなわち,公正価値の目的は企業による実際の市場取引がない場合に可能な限り市場の特性をシミュレートすることにあ
18
る。
公正価値とは,当該資産・負債を保有する市場参加者の観点からみた仮想の取引にお いて成立する価格である。したがって,それは出口価格であり,すべての資産・負債に ついて出口価値目的が適用されるのである。それは測定対象たる資産・負債の特定,評 価前提の選定,基本市場の決定,測定技法の決定と,多くの仮定とその判断から構築さ れている。
このように公正価値測定は仮構的なものであり,多くの批判を呼び起こさずにおかな い。たとえば,Watts, R. S. はいう。「こんにち,会計基準は財務報告に新たな検証不能 という見積りをもたらした。企業結合会計基準は
FAS
第141
号において,かつては個 別に計上されることのなかった検証不能な無形資産価値の計上を要求し,またFAS
第142
号においては企業総体の評価を,またのれんの減損テストに関連して企業価値の部 分的価値の評価を要求した。企業価値またのれんの評価というのは極めて主観的なもの────────────
17 M. Backer,Current Value Accounting, Financial Executive Research Foundation, New York, 1973, p. 29.
18 G. J. Benston, et al.,op. cit.,p. 262.
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6(210)
であ
19
る」と。
また,井尻教授等はいう。「公開草案『公正価値の測定』は公正価値の信頼性度合に 基づくヒエラルキーを提案したが,その特徴は経営者の見積り・予測指標を強調するな ど主観的なものであ
20
る。」「公正価値測定は市場価格を強調する。だが,それが実際の交 換取引に基づくものであれば事実であるが,市場価格による再評価は仮定の取引に基づ く予測に過ぎない。なぜなら,すべての公正価値評価は当の報告実体自体は交換に携わ っていない仮定の取引(would-be transactions)に基づく予測という特質を有してい
21
る」
と。
さらにまた,Benston, G. J.等はいう。「市場においてすべての資産(自己創設ののれん も含めて)および負債はすべての取引者にとって同じ価格で取引できること,また利益 は期末と期首の純資産の現在価値(市場価値ないし公正価値)の差額(経済的利益とよばれ る)として定義されるが,これは概念的に正しい。しかしながら,貸借対照表上のすべ ての項目についての価値が客観的に測定できるものではない。」「IFRSのもとでも,建 物や設備の公正価値が見積もられることはあっても,すべての資産が定期的に再評価さ れ,また固定負債が再評価されるわけでもない。また,被取得企業の資産・負債はその 公正価値で(買収価格の内訳として)計上されるが,それは取得企業の歴史的原価に加算 されるのである。したがって,公正価値が用いられるとしても,その金額は期末におけ る純資産の経済価値とは等しくならない。かくの如く,利益測定における公正価値ある いは資産・負債アプローチは現在一貫した概念アプローチとして達成されていないし,
また達成されるとは思わない。実際,公正価値の大部分は客観的に決定された検証可能 な金額でもなく,それらの中には経営者の判断により操作可能性な見積りから導かれた ものがある。そのような見積りは信頼性ある会計システムに用いることはできないし,
監査もできな
22
い」と,このようにいうのである。
このような批判のもと,井尻教授等は,取引を 事実 (fact)と 予測 (forecast)
に区分する財務諸表のマトリックス表示を提唱し,また
Benston, G. J.
等は,実際の市 場と取引に基づく歴史的原価法に検証可能な信頼しうる価格に基づいた再評価を加味し た財務諸表が好ましいと主張するのである。いずれにしても,これらの批判は公正価値 測定の特性を指摘したものに他ならない。────────────
19 R. S. Watts, Conservatism in Accounting Part蠢: Explanations and Implications,Accounting Horizons, Sep- tember 2003, p. 218.
20 J. C. Glover, Yuji Ijiri, C. B Levine and P. J. Liang, Separating Facts from Forecasts in Financial Statements, Accounting Horizons,December 2005, p. 267.
21 Ibid.,p. 280.
22 G. J. Benston, et al.,op. cit.,pp. 261−262.
公正価値会計モデルの制度構築(今田) (211)7
2
公正価値の一般化の試みでは,以上のような批判のもとで公正価値の制度化が影響されたかといえば必ずしも そうではない,継続した制度構築が取り組まれている。実際,公正価値測定の基準化は
FASB
とIASB
との共同プロジェクトであるが,FAS第157
号の公表によって制度的に 確立したわけでない。IASBにおいてはFASB
基準をベースに最終基準を確立すると し,構築の途上にあるのである。そこでそのプロセスの一つに,カナダ会計基準委員会(Canadian Accounting Standards
Board)の協力を受け,IASB
によって表された『討議資料:財務会計の測定基礎−初期認識における測
23
定』(以下,「討議資料」という)がある。これは公正価値の位置づけに ついての
IASB
の今後の方向性を示唆してお24
り,以下,検討を加えておこう。
ま ず,「討 議 資 料」は 資 産・負 債 の 初 期 認 識 に お け る「測 定 基 礎」(measurement
bases)の可能性として次の項目をあげ
25
る。
・歴史的原価:資産はその取得時に取得に要した対価の公正価値で記録される。負債 は債務の発生時その債務の発生と交換に受け取られた対価の公正価値 で記録される。
・カレントコスト:再生産原価─保有資産と同一の資産と取替えるうえで最も経済的 な現在原価
取替原価──保有資産と同等の生産能力ないし用益潜在力を有す る資産と取替えるうえで最も経済的な現在原価
・正味実現可能価額:通常の取引における見積り売却価格から履行また売却に必要な 見積り費用を差引いた価額
・使用価値:資産の継続的使用およびその除却から生じると期待される将来キャッシ ュ・フローの現在価値
・公正価値:知識を有し自発的な非関係当事者間の取引において資産または負債が交 換される価額
・餝奪価値:企業が,もしある資産が餝奪されたとすれば被るだろう損失額。それは 測定日における取替原価と回収可能額とのより低い方をいい,回収可能 価額は使用価値と正味実現可能価額とのより高い方をいう。
「討議資料」は,まず資産・負債の初期認識の測定基礎の選択基準として目的適合性 と信頼性をあげる。目的適合性については,市場価値測定目的か,企業固有の測定目的
────────────
23 IASB, Discussion Paper,Measurement Bases for Financial Accounting −Measurement on Initial Recognition, November, 2005.
24 Ibid.,p. 6.
25 Ibid.,par. 69.現在価値については,むしろこれらの測定基礎の見積りに用いられる測定技法であるとす
る。
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8(212)
かの区分を用いる。信頼性については,その属性に表示上の忠実性,中立性および検証 可能性を上げるが,それらの基礎に表示上の忠実性を置く。すなわち,測定基礎の信頼 性はそれが表示せんとすることとの関係において評価されるとするのであ
26
る。
その結果,「討議資料」は資産・負債の初期認識に関して公正価値が最も目的適合的 であるとする。それは公正価値が市場価値の基本的特質を表わしていることによるとい う。かくて,公正価値測定の目的は資産・負債の市場価値を反映することにあり,もし 観察可能な市場がない場合は市場が存在したとしたら成立するだろう市場価値を見積も ることである。すなわち,公正価値をもって測定し,もしそれが信頼性をもって測定で きない場合はその代替法を適用するという枠組みのもとに,以下のような
4
段階からな る公正価値見積りのヒエラルキーを提示したのであ27
る。
では,このヒエラルキーにおいて各測定基礎は如何に規定されるであろうか。
まず,公正価値は資産・負債が交換される価額として定義され,出口価値あるいは入 口価値として特定しない。企業にとって最も有利な市場価格が選択されるべきであると い
28
う。
歴史的原価について,資産の基本的特質が企業に流入すると期待される将来経済便益 を代表しているという属性に会計測定の第一義的な狙いがあるとすれば,歴史的原価は
────────────
26 Ibid.,p. 11.
27 Ibid.,pp. 12−13.
28 Ibid.,pars. 89, 90.
第1表 初期認識における測定のヒエラルキー
公正価値の見積り
レベル1 初期認識における測定対象たる資産または負債の同一あるいは類似の資産または負債に ついて観察可能な市場価格が存在し,そして,市場で取引されている資産または負債と測 定対象のそれとの間に差異がある場合は市場の期待に沿って信頼できる修正が可能である 場合である。
レベル2 レベル1の条件を満たす観察課な市場がない場合で,初期認識の測定対象となる資産ま たは負債についての市場価格を見積もるための認められたモデルないし技法が存在し,ま たそのモデルや技法のすべての重要なインップトが,市場参加者の意思決定の基礎となる と期待される観察可能な市場価格または信頼性をもって測定可能な現象を反映している場 合である。
公正価値の代替法
レベル3 カレントコストの見積り:公正価値が信頼性をもって見積もることができない場合:
(a)資産の初期認識についてその金額が信頼性をもって見積もることができ,かつ回収 可能性が合理的な程度に期待できる場合は,カレントコストで測定すべきである。
(b)負債の初期認識についてその金額が信頼性をもって見積もることができ,かつ負債 額を表示していることが合理的な程度に期待できる場合は,その現在支払額で測定 すべきである。
レベル4 企業固有の期待に大きく依存するモデルないし技法による:レベル1, 2あるいは3の 条件を満たさない場合は,資産・負債の当初認識は認められたモデルないし技法を基礎に 測定されねばならない。信頼できる市場データが得られない場合に応じて測定モデルない し技法は信頼性をもって見積りできる企業固有のデータを用いるべきである。
公正価値会計モデルの制度構築(今田) (213)9
この属性を有しない。その点,公正価値は市場価値として自立しており,歴史的原価は 公正価値が測定できない場合の代替可能性と考えるべきである,とい
29
う。
カレントコストについて,公正価値は市場の観点から取替原価の特質を取り込んでい る。資産の市場価格は当該資産の生産能力や用益潜在力の最高かつ最適利用についての 市場の知覚を反映している。資産の生産能力や用益潜在力概念は公正価値の基礎であ り,すべての資産は期待現金創出力の現在価値と考えることができ,資産のカレントコ スト(負債の現在支払対価額)は公正価値の代替として用いられるべきである,とい
30
う。
正味実現可能価額について,(資産の)売却価格は市場における最高かつ最適利用で はないという点において公正価値の適合的測定ではない。また正味実現可能価額はその 取引費用分だけ公正価値と異なり,しかもそれは企業固有の解釈によっている,とい
31
う。
使用価値の測定目的は資産が生み出すと期待される見積り純キャッシュ・インフロー の現在価値を測定することであが,これは公正価値とはかなり異なったものとなる。使 用価値と公正価値との基本的違いは使用価値が企業固有の測定目的であり,経営者の予 測による金額であることにある。使用価値は公正価値より目的適合性において劣り,公 正価値の適切な代替法とはならないとい
32
う。
では,餝奪価値と公正価値との関係はどうか,設例によってみよう。
(a)信頼性をもって測定できる資産の公正価値が
100
であるとする;(b)資産の取得に要する取引費用が
5
とすれば,取替原価は100
プラス5
で105
とな る;(c)資産を売却する取引費用が
3
とすれば,正味実現可能価額は公正価値100
から3
を差し引いた97
となる。市場の観点から,使用価値は市場の期待を反映した期待将来キャッシュ・フローの現 在価値であり,それは
100
である。資産の餝奪価値はその取替原価(105)と回収可能 価額(正味実現可能価額97と使用価値100との高い方の額の100)との低い方として決定さ れる。かくて,餝奪価値が市場の期待を基礎に測定されるとすれば,資産の餝奪価値はその 公正価値である。餝奪価値は企業の経営者が市場価格に込められた期待とは異なる期待 を有する場合にのみ公正価値と異なる。上例で,もし経営者が資産の使用価値が
100
以 上,たとえば150
とすれば,餝奪価値は取替原価105
になる。このことから,企業固有 の仮定と期待を反映する餝奪価値は公正価値に比べ目的適合性に劣る。しかし,餝奪価────────────
29 Ibid.,par. 303.
30 Ibid.,par. 359.
31 Ibid.,par. 369.
32 Ibid.,pars. 379−381.
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10(214)
値は公正価値が信頼性をもって測定できない場合,取替原価(あるいは歴史的原価),正 味実現可能価額および使用価値の選択の合理的な決定枠組みとしての利点を有してい る,とい
33
う。
以上から「討議資料」の結論は,資産・負債の初期認識に関してその公正価値が信頼 性をもって見積もることができる場合には公正価値をもって,もしそれが見積もること ができない場合は代替となる測定基礎が選択されるという枠組みの下で,公正価値を会 計測定の中心に位置づけ,測定のヒエラルキーとして提示したのである。それはすべて の資産・負債を対象とする点において,先にみた
FAS
第157
号に比し,その枠組みを 拡大したのである。Ⅳ 公正価値制度化の試み
1
概念フレームワークの転換公正価値会計の構築は会計基準のみならずその基盤たる概念フレームワークに支えら れねばならない。IASBと
FASB
との共同による概念フレームワーク・プロジェクトは その第1
弾として,討議資料『財務報告のための概念フレームワークの改善に関する予 備的見解:意思決定有用性財務報告情報の報告目的および質的特性』(以下,「予備的見 解」とい34
う)を表わしたが,これは従来の概念枠組みを質的に転換させるものとなって いる。
「予備的見解」は,財務報告目的について,漓外部財務報告の目的は現在および潜在 的投資家またその他の者が投資,与信その他資源配分の意思決定を行うにあたって有用 な情報を提供することである。その目的のために,滷財務報告は現在および潜在的投資 家またその他の者が企業の将来キャッシュ・フローの金額,時期および不確実性を評価 するうえで助けとなるような情報を提供すべきである。そのため財務報告は,澆企業の 経済的資源とこれら資源に対する権利,およびそれらの資源と権利の変動の効果に関す る情報を提供すべきである,と規定す
35
る。このように,財務報告目的を企業の純キャッ シュ・フロー創出能力の評価に有用な情報の提供に置く点で従来の枠組みと大きな変化 はない。
つぎに,情報の質的特性に関しては,「目的適合性」(relevance)と「忠実な表示」(faith-
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33 Ibid.,pars. 397, 398.
34 IASB, Discussion Paper,Preliminary Views on an improved Conceptual Framework for Financial Reporting : The Objective of Financial Reporting and Qualitative Characteristics of Decision-useful Financial Reporting
Information, July, 2006.このプロジェクトの全体は8つのフェーズ,すなわち,A.目的と質的特性,以
下Hまでに区分して計画されている。
35 Ibid.,pars. S 2, S 3, S 4.
公正価値会計モデルの制度構築(今田) (215)11
ful representation)を配置する。
目的適合性については,情報は意思決定にとって目的適合的でなければならない。適 合的情報とは過去,現在また将来の取引または事象がもたらす将来キャッシュ・フロー の効果を評価し(予測価値:predictive value),またそれらの以前の評価を確認ないし修 正する(確認価値:confirmatory value)ことを助けることによって意思決定において差 別化ができることをいう。また適時性(timeliness)も目的適合性の一つであ
36
る,とい う。
忠実な表示については,情報は意思決定にとって有用であるためには,それが表示せ んとする現実の経済現象の忠実な表示でなければならない。忠実な表示のためには,情 報は検証可能性(verifiability),中立性(neutrality)および完全性(completeness)を必 要とす
37
る,とする。
特徴的なことは,従来の「目的適合性」と対概念であった「信頼性」が,その構成要 素であった「忠実な表示」概念に置換されていることである。すなわち,「忠実な表示
──表示せんとする経済現象と財務報告における会計的測定または記述の間との一致
──は,情報が意思決定−有用性であるために必須なものである。現実の経済現象を忠 実に表示するためには,会計表示は完全性,中立性を必要とする。さらに,検証可能性 はこの測定または記述に重大な誤謬や偏向がなく,それが意図する表示が信頼できるこ とを保証する必要がある。したがって,忠実な表示は従来の概念フレームワークの信頼 性に含まれたすべての特質を包括している」という。また「忠実な表示を高めるために は,財務報告の目標は現実の経済現象やそのあらゆる変動を忠実に表示することが強調 されることになる。たとえば,公正価値の表示は価値が変動すれば変わるべきであり,
またその変動はそのボラティリティの程度を反映すべきであ
38
る」と,忠実な表示をもっ て公正価値測定が論理化されるのである。
このように目的適合性が描写されるべき経済現象の識別にあるのに対して,忠実な表 示はその適合的現象とその表示の最適一致を求める。ここでは,会計情報の質的特性 は,従来の目的適合性と信頼性という主観と客観とのトレード・オフ関係としてではな く,忠実な表示は目的適合性に従属した関係として主観性への質的転換が図られてお り,公正価値会計の概念的基礎を提供しているのである。
2
表示体系の転換公正価値会計構築のいま一つの制度側面は,公正価値評価の導入に伴う評価損益の処
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36 Ibid.,par. S 57.
37 Ibid.,par. S 8.
38 Ibid.,par. BC 2.28.
同志社商学 第58巻 第6号(2007年3月)
12(216)
理であり,それは財務諸表上の表示の問題に帰結する。評価損益の 受け皿 ともいう べき業績表示の制度化に関して注目されるのは,2006年
3
月,IASBより公開草案『IAS 第1
号財務諸表の表示の改定;表示の見直39
し』(以下,「公開草案」という)が業績報告プ ロジェクトの一環として表わされたことである。IASB業績報告プロジェクトは
2001
年9
月以来,損益計算書のマトリックス形式モデルの開発プロジェクトとして進められ てきたことは周知のごとくである。しかし,同プロジェクトは見直しが決定され,2004 年4
月からIASB
とFASB
との共同になる財務諸表全般に広げた「財務諸表の表示プ ロジェクト」として開始されている。その財務諸表体系の見直しの一環としての「公開 草案」は,特に損益計算書の改変が提示されているところに特徴がある。その基本は,持分変動を衢)株主による持分変動(owner changes in equity)と衫)株 主によらない持分変動(non-owner changes in equity)に区分し,前者については,株主 持分変動計算書(statement of changes in equity)に表示し,後者については,(現行の持 分変動計算書から分離して)一つまたは二つの計算書様式からなる認識収益費用計算書
(statement of recognized income and expense)に表示するとしたことである。これに加え て,財政状態計算書(statement of financial position)およびキャッシュ・フロー計算書
(statement of cash flow)をもって財務諸表体系として提示したのである。
その要点は総認識収益費用(total recognized income and expense)なる概念を導入し たことにあるが,その計算書様式としては(a)単一の認識収益費用計算書によるか,
(b)二つの計算書様式により,第
1
の計算書では「損益」(profit or loss)の構成項目を 表示し,第2
の計算書では,その損益の表示から始めて,「その他の認識収益費用」(otherrecognized income and expense)項目を表示するのであ
40
る。その他の認識収益費用に含ま れる項目は次のごときものであ
41
る。
(a)固定資産の再評価剰余金の変動額
(b)外貨換算差損益
(c)売却可能金融資産の再測定損益
(d)キャッシュ・フロー・ヘッジ損益
(e)年金の保険数理上の損益
さらに,その他の認識収益費用の項目に関して注目されるのは,これらの未実現損益 項目がその実現をまって損益に再分類調整(reclassification adjustment:いわゆる リサイ クル )されることを規定したことでる。すなわち実現損益が損益に計上される一方 で,その他の認識収益費用から控除する形式で総認識収益費用が表示されるのであ
42
る。
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39 IASB, Exposure Draft,Amendments to IAS 1 Presentation of Financial Statements : A Revised Presentation, March, 2006.
40 Ibid.,par. 81.
41 Ibid.,par. 7.
公正価値会計モデルの制度構築(今田) (217)13
以上からも知れるように,総認識収益費用はアメリカの包括利益あるいはイギリスの 総認識利得損失に相当し,認識収益費用計算書の表示形式は総じてアメリカの
FAS
第130
号に規定する包括利益計算43
書に(リサイクルの考え方も含めて)同じであり,当面,
公正価値測定の整合性が図られたのである。
お わ り に
以上,公正価値測定の制度化は,企業結合会計に代表される基準化の進展の分析にも みたように,概念また表示といった多面的に再構築がなされている。公正価値の概念構 築の特徴は,すべての測定属性を財務報告の意思決定−有用性目的に従属せしめ,公正 価値を軸に会計測定一般を体系づけんとするところにあるとみられる。すなわち,公正 価値目的をその市場価値の測定として規定することによって資産・負債の最も適合的測 定とし,他の測定属性についてはその代替法として位置づけ体系化するところにある。
その立論は,会計測定目的を将来キャッシュ・フローの見積りにおき,その情報の質的 特性の基本に目的適合性と信頼性を配置する。だが,公正価値測定は信頼性において限 界性を有することは公正価値批判として縷々みたとおりであり,まさにそれへの対応こ そ公正価値測定再構築の焦点といってよい。その一つが,信頼性を相対化して公正価値 測定を(信頼性の程度に応じた)ヒエラルキーとして体系化し,広義化を図ることであ る。いま一つは,信頼性概念自体を転換することである。すなわち,測定の信頼性はそ れが表示せんとすることの忠実性において判断されるべきであるという忠実な表示を強 調し,目的適合性に従属せしめたのである。すなわち,公正価値見積りの信頼性はそれ が市場価値を忠実に表示しているかどうかという忠実な表示の問題として論理化された のである。しかもそれが概念フレームワークにおける「信頼性」概念の「忠実な表示」
概念への転換をもって制度的に裏打ちされたのである。
さらに,公正価値測定をいかに整合的に導くかの基盤は表示制度である。すなわち,
公正価値評価導入に伴う評価差額等の 受け皿 をいかに用意するか,IASBは全面的 公正価値評価を想定した損益計算書モデルの開発アプローチに換えて,損益計算書を認 識収益費用計算書へ改変し,当面の公正価値会計の制度,実務状況に対応したほぼアメ リカの包括利益計算書方式を コンバージェンス の名において提起しているとみられ るのである。
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42 Ibid.,pars. 92−93. ただ,2006年10月,IASBとFASBのジョイント・ボード・ミーティングにおい
て,長期的なゴールとして,その他の包括利益から当期損益へのリサイクリングを禁止することに同意 している。
43 FASB, Statement of Financial Accounting Standards No. 130,Reporting Comprehensive Income, June, 1997, Appendix B.
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