先住民カジノ経営のポリティクス
著者 野口 久美子
雑誌名 同志社アメリカ研究
号 49
ページ 65‑86
発行年 2013‑03‑19
権利 同志社大学アメリカ研究所
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000013170
拡大する「母なる大地」
−土地の信託化をめぐる先住民カジノ経営のポリティクス−
野 口 久美子
Ⅰ はじめに
2011 年、アメリカ合衆国(以後、合衆国)における新たな先住民カジノの設立 を制限する法律が、連邦議会に提出された。その一つが部族カジノ適正法案(Tribal Gaming Eligibility Act、以後、「カジノ適正法案」)である。1 現時点(2012 年 9 月 5 日)では可決に至っていないが、法案提出の背景には、近年の先住民部族によ るカジノ経営とその成功、カジノを設立する可能性がある先住民保留地の増加、
そしてそれに対して生じた周辺社会からの心理的、経済的危機感が存在する。
1988 年 10 月 17 日に制定されたインディアン・カジノ規制法(Indian Gaming Regulatory Act、以後、「カジノ法」)2の修正案として作成された同法案は、近年、
先住民カジノを有する(もしくは設立予定である)地域において大きな論争を巻 き起こしている。
本稿ではまず、カジノ適正法案成立に至った先住民カジノ産業の発展の歴史と 現状及び、先住民カジノ産業に対するアメリカ社会からの反応を紹介し、次にカ ジノ収益金を用いた部族の土地拡張策と、それに対する自治体の反応について、
カリフォルニア州トュールリヴァー・インディアン部族(Tule River Indian Tribe、以後、トュールリヴァー)の事例を分析する。その上で、本稿では、カ ジノ適正法案の背景にある先住民保留地の拡大という現象を、先住民部族史、さ らにはアメリカ史の中でいかに解釈できるか、その一考察を提示する。
Ⅱ 先住民のカジノ文化からカジノ法まで
先住民の賭博(gaming)文化には長い歴史がある。例えば、部族は富の分配
1 S. 771. Tribal Gaming Eligibility Act, 112th Congress, 2011-2012.
2 The Indian Gaming Regulatory Act of 1988(25 USC §2701-2721).
や循環を目的として、また、祝祭や儀式として賭博を行ってきた。具体的には、アー チェリーやボールゲーム、そしてフープ・アンド・ポール(hoop and pole)と いう、機敏さや強さを競う身体的競技への賭け事、ダイスや推理ゲーム、貝合わ せのような偶発的条件下での賭け事などである。3 賭け事は、神話にも頻繁に登 場するアメリカ先住民の社会生活の一部である。
一方、先住民社会において、利益追求を目的とするカジノが開始されたのは、
20 世紀後半である。1970 年代の末から 1980 年代初頭にかけて、フロリダ州やカ リフォルニア州などの先住民部族は、経済活動の一環として、より高い賭け率の ビンゴ場経営に乗り出した。合衆国における先住民部族は、連邦政府による強制 移住政策や過去に結ばれた条約の一方的破棄、保留地産業の欠如や部族人口の減 少などにより、現在でもその多くが貧困に直面している。孤立した、土地資源の 少ない保留地に住む先住民部族にとって、ビンゴ場の経営は経済を活性化しうる、
非常に魅力的な産業であった。初期投資の低さに比べ、利益が得やすいという利 点もある。
先住民部族は、合衆国の建国以来、「主権国家(sovereign nation)」としてそ の法的、政治的立場を承認されてきた。部族は、連邦政府が信託統治する保留地 内において、一定の自治機能と税制免除を保証されている。ビンゴをはじめとす るカジノ経営は部族自治の名の下に、保留地内における自由な経済活動の一環と して行われてきた。
しかし当初より、先住民のカジノ経営は、部族とそれらが存在する州との間に 大きな軋轢を生んだ。例えば、最も初期の例としてフロリダ州セミノール部族
(Seminole Tribe、以後、セミノール)によるカジノ経営がある。フロリダ州では、
他の多くの州と同様に州の民法と刑法において、その種類や規模を規定しつつカ ジノを合法化してきた一方、先住民カジノをその規制下に置くことは無かった。
何故ならば、州法は連邦政府の先住民政策に準じるものであり、部族に一定の自 治権を承認してきたからである。しかしながら、セミノールが保留地で高額のビ ンゴ場経営を始めると、フロリダ州はその規制に乗り出し、最終的には反発した セミノールとの訴訟へと発展した。州の規制に対するセミノールの告訴に対し、
連邦裁判所は、州の規定は部族に適用できるものではなく、よって部族は州法を
3 Eve Darian-Smith,
(Belmont: Wadsworth Cengage Learning, 2004), 56-57; Kathryn Gabriel,
(Boulder: Johnson Books, 1996), 1-30.
犯してはいないと判断を下している。4
セミノールによるビンゴ場経営と、それに対する連邦政府の支持は、後に多く の部族がビンゴ場経営に乗り出すきっかけとなった。一方で、部族に対する州権 の行使が正当か否かを主な焦点とする、部族と州との係争は続いた。なかでも、
後に先住民カジノが大いに発展したカリフォルニア州の事例を見てみよう。同州 では、二つの部族、ミッション・インディアン・カバゾン・バンド(Cabazon Band of Mission Indian、 以 後、 カ バ ゾ ン ) と モ ロ ン ゴ・ バ ン ド(Morongo Band、以後、モロンゴ)は、カリフォルニア州リヴァーサイド・カウンティに ある保留地にビンゴ場とカードクラブを設立した。カリフォルニア州では、慈善 団体によるビンゴや競馬、州政府が運営する宝くじなどがあり、カジノ経営が州 法の規制の下に合法化されていた。部族は、保留地においても州法の規制を適用 しようとしたカリフォルニア州を告訴し、訴訟は最高裁判決、
(1987)に至っている。5
この裁判において、カリフォルニア州が部族によるビンゴ経営を取り締まるた めの法的根拠としたのは、連邦議会が州の部族に対する刑法上の権限を認めてい る連邦議会法、PL280 の存在である。州は、たとえ保留地に対する権限を欠いて いるとしても、PL280 によって、ビンゴに対する州法の規制を保留地に適用する 権限があることを主張している。6 これに対し、最高裁は、もしカリフォルニア 州があらゆるカジノを州法で禁止しているのであれば、先住民カジノは州法違反 となり、刑法上で処理できるとした上で、同州が、州のロッタリーやビンゴを認 めている以上、それは州法によるカジノを違法としておらず(規制しているのみ)、
よって、部族によるビンゴ場経営そのものは州法違反ではなく、PL280 の適用外 となる、としている。
また、 に帰結した一連の判決は、1830 年代初頭の最高
4 Seminole Tribe of Florida v. Butterworth, 658 F. 2d 310, 314-15(5th Cir. 1981). 同判決について は、Nancy J. Bride, “Seminole Tribe v. Florida: The Supreme Courtʼs Botched Surgery of the Indian Gaming Regulatory Act,” 24(1998), 149-163.
5 California v. Cabazon Band of Mission Indians, 480 U.S. 202(1987).同判決については、Ralph A.
Rossum,
(Lawrence: University Press of Kansas, 2011)参照。
6 PL280 とは、保留地内における重犯罪を州の司法管轄下におくとする法律。連邦終結政策
(Termination)の一つとして、先住民部族に対する連邦責任を縮小する一方、部族自治に対す る州法の適用を広げる目的がある。(Act of August 15, 1953, ch.505, 67 Stat.588-590, codified as amended at 18 U.S.C. §1162, 28U.S.C.§1360 and other scattered sections in Titles 18 and 28, US Code), Kenneth R. Philp,
(Lincoln and London: University of Nebraska Press, 1999)参照。
裁判決(マーシャル判決)を引き継ぎ、現代における先住民の部族主権を改めて 確認している。1832 年の判決で、最高裁のジョン・マーシャル(John Marshall)
判事は、先住民部族は国家内国家として州権に制限されるものではないと述べ た。7 California v. Cabazon は、先住民カジノに司法上の正当性を与えるとともに、
今日における各部族のカジノ産業の発展を準備したといえるであろう。以後、
1988 年に、ビンゴやカードゲームを提供するカジノを経営する部族は、全米で 80 部族(総収益約 110,000,000 ドル)に及び、2010 年までには、239 部族(総収 益 26,725,000,000 ドル)に至っている。8
は、部族が州による規制に左右されずカジノ経営をする ことができるという、司法上の解釈を述べたものである。他方、先住民カジノの 急増を背景として、数年にわたり議論されてきた先住民カジノへの連邦政府と連 邦議会の立場を明確にしたのがカジノ法である。9 同法は 1988 年 10 月 17 日、部 族の自活と経済発展を奨励すると共に、連邦政府の先住民政策予算の削減を目指 したロナルド・レーガン(Ronald Reagan)大統領によって調印された。10 カジ ノ法は、「部族の経済発展、自活、強力な部族政府の発展」をめざし、かつ、先 住民部族によるカジノ運営に一定の法的規制を加えるために、以下の内容を提示 した。まず、カジノを設立できるのは、1988 年時点において連邦からの承認を 受けている部族に限定すると定めたうえで、先住民カジノを以下三つの種類(第 一種、第二種、第三種)に分類している。第一種は、 最低限の掛け金で行われる ソーシャルゲームや、先住民カジノの伝統的形態を含み、主に部族の儀式や祝祭 時に行われるものである。続いて第二種は、ビンゴや、それに類似したカジノ(例 えば、プルタブ、ロット、パンチボードなど)、そしてカードゲーム(例えば、ポー
7 Worcester v. Georgia, 31 U.S.(5 pet.)515(1932).
8 Alan Meister, , 2012 edition(Newton, MA: A
Casino City Press Publication, 2012), 5, 23.
9 カジノ法の法制定史については、Robert N. Clinton, “Enactment of the Indian Gaming Regulatory Act of 1988: The Return of the Buffalo to Indian Country or Another Federal Usurpation of Tribal Sovereignty,” 42(2010), 17-97; Sindney M. Wolf, “Killing the New Buffalo: State Eleventh Amendment Defense to Enforcement of IGRA Indian Gaming
Compacts,” 51,(1995), 74-87;
カジノ法の先行研究では、主に、同法がカジノ経営を合法化することにより、部族自治を促進し たか否かについて焦点が当てられている。Steven Andrew Light and Kathryn R.L. Rand,
(Lawrence: University Press of Kansas, 2005)等。
10 レーガン時代の先住民政策については、Samuel R. Cook, “Ronald Reaganʼs Indian Policy in Retrospect: Economic Crisis and Political Irony,” 24-1(1996), 11-27 参照。
カーなど)等である。最後に、第三種に分類されるのは、第一種と第二種に分類 される以外のすべてのカジノ(例えば、スロットマシーン、ビデオや電子カジノ、
クラップス、ルーレット、賭け金表示型カジノ、ブラックジャック等)である。
さらに、カジノ法は、以上の三種のカジノに対する管理規制の所在を明らかに した。第一種については、部族が自主的に管理し、さらに第一種よりも掛け金が 高くなる第二種については、カジノ法の成立に伴い、連邦政府主導で設立された 全国インディアン・カジノ委員会(National Indian Gaming Commission、以後、
カジノ委員会)と部族の両者が規制するものとした。最も高額な掛け金を伴う第 三種のカジノは、部族とカジノ委員会によって規制されることに加え、部族が州 との契約によってカジノ場を運営すべきこととされた。11 そして同法は、カジノ の収益金について、以下、5 つの用途にのみ使用できると明記している。1)部 族政府の運営やプログラムの資金、2)部族の成員のための一般的福祉活動、3)
部族経済発展の促進、4)慈善団体への寄付、5)地方自治体への資金援助。12 カジノ法は、先住民保留地で行われるカジノ経営が合法であり、州は司法上の 絶対的な権限を行使できないという最高裁判決を前提とした上で、先住民カジノ に対し、一定の規制を提示している。つまり、カジノ営業の条件として、その収 益金で部族の自治・自活を担い(故に、連邦政府、さらには、合衆国国民の保留 地に対する金銭的負担を軽減し)、近隣コミュニティーのための援助資金を捻出 すること、さらに、第二種と第三種については、連邦による監視下で行われ、特 に第三種については、州政府からの承認を得るべき点を明記している。
Ⅲ 先住民カジノの収益金
カジノ法の制定後に起こった、先住民カジノの急速な発展について予期した者 はいなかったであろう。現在、565 の連邦承認部族のうち、42 パーセントに当た る 239 部族が実際にカジノ法の下でカジノを営んでいる。1988 年において約 121,000,000 ドル(ほとんどが第二種のビンゴ)であった先住民カジノの総収益は、
2007 年には約 26 倍以上の約 26,333,000,000 ドルに跳ね上がっていた。その額は、
2010 年には、合衆国全体におけるカジノ産業からの歳入の 44 パーセントを占め、
ラスベガスでの商業カジノとほぼ同程度にまで成長していた。13(図 1)
一方、すべての部族がカジノを運営しているわけではなく、現在でも 58 パー
11 Indian Gaming Regulatory Act, 25 U.S.C. Section 2703, 2701.
12 Indian Gaming Regulatory Act, 25 U.S.C. Section 2702.
13 Meister, , 2.
セントの部族はカジノを持たない。また各部族間の収益差も大きい。全米で、20 の巨大なカジノ施設からの収益が、先住民カジノの全収益の 50 〜 60 パーセント を占め、最も巨大なカジノを運営するコネティカット州のマシャンツケット・ピー コート部族(Mashantucket Pequot Tribe、以後、ピーコート)と、モヒガン部 族(Mohegan Tribe)は、2010 年にそれぞれ約 1,000,000,000 ドルの収益を上げ る一方、ほとんど収益を上げない部族もある。また、州別の先住民カジノの収益 を比較すると、先住民カジノ施設は全米 28 州で展開されているが、収益額上位 2 州がその収益全体の 38 パーセントを、上位 5 州が 61 パーセントを占めること からも、その規模には大きな地域差があることが分かる。14
しかし、過去 20 年間以上にわたる先住民カジノの拡大と、その存在が膨大な 収益を生んでいることは明白である。収益金の用途は多岐にわたり、医療・教育 施設の建設、健康保険や奨学金の設置、上下水道の整備、新たな土地の獲得、住 居施設の拡充などの諸政策に充てられている。さらに近年の統計によると、カジ ノを所有する部族の約 32 パーセントが、収益金を部族成員個人に割り当ててい る。(分配金は、一定の高収益を上げている部族に限定され、その額は、カジノ 施設からの収益と、分配する部族成員数によって大きな開きがある)。この状況は、
先住民社会においてカジノ産業が「新たなバッファロー(New Buffalo)」と表 現される所以である。かつて、バッファローが先住民の食料のみならず、生活全
14 Ibid.
121 300 489 720 1,632 2,595 3,417 5,455 6,301
7,451 8,495
9,801 10,959
13,158 15,131
17,410 19,932
22,909 25,227
26,333 26,649 26,395 26,727
1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 Calender Year
Gaming Revenue ($Millions)
図1 先住民カジノ収益金の年別推移 出典:Casino Cityʼs Indian Gaming Industry Report, 2012 Edition.
般にわたる必需品を賄ったように、カジノ産業での収益は、経済的のみならず、
あらゆる日常的サービスを提供するまでになった。
また先住民カジノによる収益は州や近隣自治体のみならず、カジノ施設を持た ない部族に対する福祉政策、雇用創出、寄付としても役立てられている。全国カ ジノ報告書によれば、先住民カジノ産業によって、国内で新たに約 70,600 件の 雇用(約 29,200,000,000 ドルの賃金)を生み出している。また、収益金は部族の 施設や利益とは直接関係のない、一般の公共施設や商業施設、例えば、近隣の美 術館、銀行、ダム、農園、ホテル、レストラン、食料品店などへの寄付や投資に も使用されている。収益を上げるカジノ施設が保留地外の近隣の自治体へもたら す経済、福祉的利益は大きい。15
また、カジノ法では、第三種に分類されたカジノ施設の運営について、州と部 族との事前契約が条件とされており、それに従って、州政府に対する収益の還元 が行われる。例えば、カリフォルニア州では、アーノルド・シュワルツネッガー
(Arnold Schwarzenegger)前州知事時代の 2007 年 6 月に、州内でカジノ営業 に成功をおさめている部族と州との間で、収益の 25 パーセントを州に還元する ための契約が交わされた。16 さらに、カジノ産業で収益を上げた部族は、カジノ を持たない、もしくは持っていても収益率の低い、経済的貧困状態にある部族に 対する経済支援も行っている。例えば、カリフォルニア州で第 2 位の収益を上げ るモロンゴは、感謝祭に貧困層である部族に寄付を行い、またトュールリヴァー は、収益金を近隣の部族、チュバチュラバル(Tubatulabal)の連邦承認プロセ スのための資金援助に充てている。このように、カジノによる収益金は、部族か ら近隣社会、さらに部族から部族へといった福祉支援の流れを生み出している。17 最後に、カジノ産業での成功が、先住民カジノに対する賛否に関わらず、地域 レベル、州レベル、さらには連邦レベルにおける先住民部族の政治的発言権を高 めている現状も指摘しておかねばならない。カジノからの収益金を政党への寄付 金に充て、部族をホワイトハウスにまで影響力を持つ一大政治勢力としたピー コートの事例はその最たるものである。18 また、カリフォルニア先住民カジノ協 会(California Nation Indian Gaming Association)のように、カジノ場を運営
15 Ibid., 3.
16 Rossum, , 174-75.
17 Alexandra Harmon,
(Chapel Hill: University of North Carolina Press, 2010), 257; Vern Vera, interview by author, September 15, 2012, Tule River Reservation.
18 Kim Isaac Eisler,
(Lincoln and London: University of Nebraska Press, 2001).
する部族によって構成される非営利団体が、設立された先住民カジノの保護と発 展を目的とする互助関係を作り出している。19 これらの団体が、連邦、州、地方 自治体レベルにおいて、一つの政治勢力となっていることも無視できない。
先住民カジノの経済的成功と地域社会への還元を肯定的にとらえる動きがある 一方で、アメリカ社会における先住民カジノへの反応は多様である。そもそも合 衆国におけるカジノ産業は、大恐慌後の経済復興のためにネバダ州が合法化した のを契機として、1930 年代から 40 年代には、ラスベガスの巨大カジノ施設が建 設され、その後急速に発展していった歴史がある。20 1978 年には、ニュージャー ジ州がカジノを合法化し、ニューヨークなどの大都市から近いという地の利を活 かして成功をおさめると、以後 1998 年までに、さらに 9 州がカジノの合法化に 踏み切った。非先住民カジノは 2002 年までに 11 州で設立されており、さらにそ の数は、2005 年に 28 州にまで増加した。21
しかし、ネバダ州を除く多くの州でカジノ産業が限定的発展に留まっているよ うに、カジノ設立地周辺の治安の悪化、騒音被害に加え、倫理的反対など、合衆 国市民からのカジノ産業自体への風当たりは依然として強い。22 合衆国に限らず、
カジノ依存症や法外なカジノ投資など、人間の日常生活に及ぼすカジノの精神的、
経済的な負の影響は、娯楽としてのカジノのもう一方の側面として指摘できよう。
このようなカジノ産業全般に対する批判に加え、先住民カジノに対する近隣住 民やアメリカ社会からの批判も多い。カバゾン、モロンゴやセミノールの事例か らも明らかなように、先住民カジノが州法や自治体の法律に抵触する場合、さら に州や自治体が運営するカジノ場との利害対立がある場合には、地域社会からよ り大きな反発が予想される。また、元来多くの保留地では成員の失業率が高く、
よって、時間的余裕のある部族成員が、アクセスのよいカジノ場へ通うことによ り、彼らの常習的カジノ行為を助長している。さらには、カジノからの歳入を分 配金として配る部族では、成員の健全な勤労意欲を低下させ、結果として低就業 率や放蕩生活をもたらしている点も指摘できる。加えて、カジノの設立とその運 営に技術アドバイザーとして一般企業が介入することにより、カジノが設立され ている、あるいは、今後の設立予定の保留地が、利権の宝庫となっていることも
19 California Nations Indian Gaming Association, http://www.cniga.com/index/php, Accessed September 5, 2012.
20 Eugene P. Moehring, (Reno and Las Vegas:
University of Nevada Press, 2000).
21 Darian-Smith, , 54-55; National Indian Gaming Association, Gaming Facts, http://indiangaming.org/library/ Aaccessed on October 6, 2012.
22 Craig Lambert, “Trafficking in Chance,” (July-August, 2002), 32-41.
事実である。カジノの設立準備金や収益金の用途をめぐる部族(部族政府)内、
もしくは部族と企業における金銭スキャンダルが後を絶たない現状は、部族が オーナーとなりつつも、最終的にその経営を部族外の組織に頼らざるをえない点 でも、一大産業としての先住民カジノ経営の困難さを物語っている。23
また、経済活動としてのカジノ産業に、依然として消極的な態度を貫いている 先住民部族も多い。アレキサンダー・ハーモン(Alexander Harmon)は『リッチ・
インディアン( ) 』において、カジノによる経済的成功が、先住民 アイデンティティに与える影響を述べた興味深い研究を提示している。ハーモン は、裕福(リッチ)なインディアンが、先住民コミュニティーの中での「正当性」
を失う傾向にあるという歴史的見解を提起している。部族の中には、経済発展よ りも特定の先住民らしさを象徴するもの(富の蓄積に対する拒否感や部外者に対 する保留地の閉鎖性等)を重視する傾向が強い。24 また、カジノ産業の成功に伴い、
収益金を分配するために部族内における成員規定を厳格化する部族もあり、利益 主義と収益金をめぐる「利己的」態度は「非先住民的」である、とする見方もあ る。25
Ⅳ “Reservation Shopping” と反カジノ論争:トュールリヴァーの事例
以上のように、カジノ法以後の先住民カジノ産業の発展によって、先住民部族 の経済環境は新たな時代に入った。カジノは、多くの先住民にとって「新たなバッ ファロー」となったことに加え、その影響力を部族内からアメリカ社会における 様々な分野で増大させた。その中でも、特に近年注目されているのは、部族によ る土地の購入と保留地の境界線の拡大である。部族によるカジノ経営が生み出す 経済的利益は、部族内の自活や福祉の充実のみならず、先住民の歴史の中で失わ れてきた最大のもの、つまり「土地」の獲得に充てられている。カジノの発展が 保留地の拡大にどのようにつながり、アメリカ社会でいかに受け止められている のか、以下では部族による土地の信託化申請に焦点をあてつつ、その仕組みを分 析する。
図 2 は、1988 年以降、連邦政府によってカジノ経営のために信託化された土地 の年別件数を示している。信託地とは、合衆国が個々の先住民や部族のために所
23 Vern Vera, interview by author, September 15, 2012.
24 Harmon, 249-79.
25 Bob Carson, “Membership in Indian Tribes becomes Increasingly Important, Divisive Issues,”
, February 17(2002).
有している土地である。26 これらは、いわゆる「先住民保留地」の法的表現であり、
信託地では部族が自治権を行使し、またそれが存在する州の税制から免除される などの特権を持つ。先住民が連邦信託地を獲得する手段はいくつかあるが、1934 年のホイラー・ハワード法(Wheeler-Howard Act、通称 Indian Reorganization Act、以後、再組織法)が制定されてから現代に至まで、同法の第 4 条、第 5 条 の規定下において、最も多くの信託地が設立されてきた。再組織法は、内務長官 の監督下において部族を再組織すること(それにより連邦承認部族に承認される こと)を定めており、部族のために新たな土地を購入し、信託地とする、もしく は、部族が獲得した土地を信託化する権限が内務長官に与えられている。
信託地を設置(もしくは拡大)するための請求は、部族によって行われる場合 が多く、その理由は 2 つに大別できる。先ず、連邦承認を求める部族、もしくは 自治・自活のために十分な土地基盤を持たない部族が、内務長官に土地の購入と 信託化を求める事例(ケース A)である。この場合、連邦政府が新たに特定の 部族を承認する過程の一つとして行われる場合が多い。次に、連邦承認部族が、
独自に入手した土地について連邦の信託化を求める事例(ケース B)である。近 年、部族が、その経済活動による収益を新たな土地の購入に充てる行為について、
「リザベーション・ショッピング(Reservation Shopping)」という言葉で揶揄さ れるほど、部族の購入地は急増している。これらの購入地の信託化はケース B に含まれ、カジノを含む保留地での経済活動の拡大を目指すために要求される場
26 Wheeler Howard Act(so-called Indian Reorganization Act), 48 Stat. 984, June 18, 1934.
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 Year of Approval
Number of Approved Application
図 2 先住民カジノ設立予定地として受理された信託地申請件数の年別推移 出典: United States Department of the Interior, Bureau of Indian Affairs, Office of
Indian Gaming Management, as of December 31, 2011.
合が多い。
連邦政府は 1998 年から 2007 年までの間に、先住民カジノ用地として、約 84,000 エーカーの土地を信託化している。1990 年以降、信託地は継続的に承認 されており、特に 2008 年、2010 年、2011 年については、より顕著な増加となっ ている(図 2)。信託地化された保留地は部族の自治下に入り、州やカウンティ からの干渉は制限される。つまり、その一つがカジノ運営である。見方を変えれ ば、カジノ法では先住民カジノの設立が保留地(連邦信託地)に限定されている ことから、先住民によるカジノの運営には信託地が必要になるのである。
カジノ法施行以後、部族による新たな信託地の獲得は、カジノ経営と直接的に 関連付けて議論されてきた。つまり、部族が連邦承認のために新たな保留地を求 めるケース A であれば、その信託地がカジノ設立地としての潜在的可能性を持っ ている場合、部族は以後設立される自分たちの保留地(信託地)にカジノを設立 することが予想される。連邦承認部族が新たに獲得した土地(非信託地)の信託 化を求めるケース B の場合は、部族がさらなる経済発展をめざし、新たに信託 化された土地に将来的にカジノを設立、もしくは(すでにある信託地から)移転 することが予想される。保留地は大抵、市街地から離れた辺鄙な土地にある一方 で、カジノの設置には立地条件の良さ、すなわち大都市部からのアクセスの良さ が大きな条件となる。よって、多くの部族が既存の保留地の境界を超えて(広げ て)カジノの設立を望むことは、想像に難くない。27 勿論、信託地の拡大が、そ のまま先住民のカジノ施設の拡大を意味するとは限らない。農業、牧畜業などの 広大な土地を必要とする産業の拡大、水道設備の充実、住宅施設の拡大といった、
カジノ以外の用途で信託化を求める場合もある。しかし、ケース A、B のいずれ にしても、近隣住民は、信託地(保留地)の設立と先住民カジノ産業の拡大とを 関連付けることが容易である。そのため、カジノ経営に反対する近隣住民や州は、
先住民部族のための土地の信託化について強く反発してきた。
2000 年代に入ると、先住民カジノへの反対は、信託地拡大に対する危機感と相 まって大きくなった。つまり先住民カジノに対する世論は、部族と州、地方自治体、
連邦政府間における、先住民カジノ産業と部族自治の法的位置づけに焦点が充て られたカジノ法前後の議論から、信託地の拡大に関連する議論へと変化していっ たのであった。この時期、カジノ産業の成功を背景に、部族による保留地の拡大 に対するアメリカ社会の危機感が次第に表面化するようになったのである。
27 “Indian Tribes Increasingly Looking beyond Reservation Borders for Casinos,”
June 6, 2004.
この危機感に対し司法の側から一つの判決が下されたのが、最高裁判決
(2009)である。1991 年、ロードアイランド州のナラガンセッ ト(Narragansett)が、保留地近くの 31 エーカーの土地を部族成員の居住地区 として購入し、連邦政府による信託化を申請した。1998 年、連邦政府は土地の 信託化に同意し、内務長官がナラガンセットの信託化を進めることになったが、
これに対して州が告訴したのである。最終的に、2009 年、最高裁は内務長官が ナラガンセットに信託地を提供することはできないとの判断を下した。28 その理 由としては、信託地獲得の根拠となっている再組織法はその適用が同法の成立日、
つまり 1934 年 6 月 14 日以前に連邦承認部族の認定を受けている部族に限定され ており、1983 年まで認定を受けていなかったナラガンセットは、新たな信託地 拡大の権利を持たないとするものだった。ここにナラガンセットは新しい土地の 獲得を断念せざるをえなかった。
それ以前にも、再組織法以後に連邦承認された部族に対し、信託地が付与され た事例があるにも関わらず、 は改めて再組織法における信託 地申請の原則を強調することになった。同判決は、土地の購入と信託化を必要と する部族に、仮にそれがカジノ設立目的ではなくても、以後厳しい向かい風となっ た。
一方、 に対して、行政は異なる反応を見せている。2011 年 6 月、内務省のラリー・エコ・ホーク(Larry Echo Hawk)インディアン副局長 は、今後も、内務省が積極的に部族所有地の信託化を支援する意向を明らかにし た。図 2 で信託地の承認数が毎年一定数確保されていることからも分かるように、
近年のオバマ政権下でも、部族所有地の信託化については継続的に承認する方向 をとっている。土地を巡るアメリカ社会の反発をうけながらも、2000 年から現 在に至る先住民カジノの発展の背景に、連邦政府の先住民カジノ産業に対する支 援体制がある点は重要である。
では、アメリカ社会からの信託化批判が強まった 2000 年代以降、部族と近隣 自治体との間で土地の信託化をめぐるやり取りが如何に行われたのか、その概略 をトュールリヴァーとトューラリー・カウンティ(Tulare County)を事例にみ ていく。トュールリヴァーは、カリフォルニア州中部に位置する、トュールリ ヴァー保留地に居住する先住民部族である。29 同部族は、カジノ法が成立した 8 年後の 1996 年、保留地内にイーグル・マウンテン・カジノ(Eagle Mountain
28 Carcieri v. Salazar, 555 US. 379(2009).
29 Tule River Indian Tribe, http://www.tulerivertribe-nsn.gov/trt-intro-animation.html, Accessed October 6, 2012.
Casino)を設立した。以後、カジノによる収益金は順調に増加し、主に部族内部 における福祉、教育、住居事業と、土地の購入資金に充てられてきた。表 1 は、
トュールリヴァーが所有する土地と信託地の一覧である。A は、1873 年(同年、
行政措置により保留地の境界を修正)に設立された信託地(保留地)56,000 エー カーであり、B、C は、部族が 1988 年に連邦政府より購入した保留地外の(信 託されていない)土地、80 エーカーと 79 エーカーである。これらはカジノ設立 以前に部族が保有していた土地である。加えて、D 〜 H は、部族が 1996 年以降、
カジノでの収益金を用いて保留地外に購入した土地、計 2,207 エーカーである。
2004 年、トュールリヴァーはさらなるカジノ産業の発展をめざし、イーグル・
マウンテン・カジノの移転計画を立ち上げた。現在のカジノは、近隣の街から保 留地へと砂漠に伸びるハイウェイ 190 号を車で 40 分ほどの地点にあり、設立当 初より交通の不便さが指摘されていた。またカジノ客による保留地内の居住地区 への無断侵入や、飲酒問題、交通事故や犯罪等、カジノによる保留地内の治安悪 化などが問題視されていた。そのため、部族は現在の地点から部族の所有地の中 でも比較的都市部に近い、所有地 B への移転計画を立てた。部族はこの土地の 半分となる 40 エーカーに、宿泊施設やショッピングモールを備えた一大カジノ リゾート地の設立に乗り出したのである。
この部族所有地 B は、保留地の境界外のポータービル市にあり、カジノの設 立には市街地により近いという地理的好条件を持つ一方で、土地の信託化がなさ れていない。部族はその土地の入手直後の 1998 年より 7 年にわたり、信託化の ための手続きを行ってきたのだが、当時、部族所有地の信託化に対する反発がア メリカ社会全体で活発化していたため、連邦政府による回答が半ば棚上げにされ ていた。30 交渉が長引く具体的理由としては、以下の二点が挙げられる。一点目に、
先住民が所有する土地の信託化にあたって、州以外にもカウンティや市レベルで
30 Vern Vera, interview by author, September 20, 2012.
Land Acres Purpose Trust/ Non-Trust A 56000 Reservation Trust
B 80 Casino Non-Trust
C 79 Grocery Store Trust D 1797 Housing Non Trust E 375 Housing Non Trust F 20 Preservation Non-Trust
G 7 Parking Non-Trust
H 10 Grocery Store Non-Trust 表 1 トュールリヴァーの保留地/所有地一覧
の同意が必要とされたことである。連邦政府による部族所有地の信託化過程にお いて、州を含む地方自治体が介入することはできない。また、たとえそれらの土 地にカジノ(第三種)を設立する予定であっても、カジノ法による設立に介入で きるのは州政府のみである。しかしながら、部族が、保留地内やそれに付随して いる土地ではなく、実際の保留地から離れた都市部に所有する土地の信託化を求 める場合、問題の土地が属する自治体では、土地が信託化され、将来的なカジノ が設立されることに対する心理的な負担は大きい。よって、連邦政府は、自治体 の意見を信託化過程の中で重く受け止める傾向にある。31
例えば、トュールリヴァーが申請している土地が属するトューラリー・カウン ティは、信託化への反発から 2011 年 2 月 7 日、内務省に対して信託化請求に対 する異議申し立てを提出している。32 同カウンティは反対理由として、信託化さ れれば当該地からの税収が望めなくなること、かつ当該地にはカジノが設立され る可能性が高いこと、さらに部族や連邦政府がカウンティからの意見収集を十分 に行っていないことを挙げている。よって、カウンティは部族が信託化を求める 土地の利用目的を明確化することを求めた。33
確かに、保留地とそれをとりまく自治体間での歴史的軋轢(差別や部族自治へ の干渉など)のために、部族が自治体に対し土地計画開示について閉鎖的である ことは否めない。40 エーカーの土地の信託化について、元トュールリヴァー部 族議員ヴァーン・ヴェラ(Vern Vera)氏のコメントは、多くの示唆を与えてく れるであろう。ヴェラ氏は、部族議会の閉鎖性を指摘しつつ、部族と周辺地域と のコミュニケーション不足を問題視する。部族が購入地の使用計画を開示し、そ れに対する意見を積極的に出し合うことによって、部族、カウンティ、州のいず れにとっても利益となるような解決策を見出すことができると、問題提起してい る。34
ヴェラ氏の発言の背景には、これまでトュールリヴァーがカジノ経営からの利 益の一部を近隣自治体の慈善活動や福祉、経済活動を援助する目的で利用してき た経緯と実績がある。ヴェラ氏の発言には、部族が利益を追求することに加えて、
近隣のコミュニティとの協力関係を築いていくことが、カジノの成功の条件であ
31 Ibid.
32 Letter from Tulare County Counsel to The Board of Indian Appeals, U.S. Department of the Interior, February 7, 2011.
33 “State Appeals Tribe Land Trust Decision,” , February 24, 2011. これに対し、トュー ルリヴァー部族の部族議会議長ライアン・ガーフィールド(Ryan Garfield、当時)は、2011 年 時点で、当該地の用途に対して明確な回答をしていない。
34 Vern Vera, email communication with author, March 3, 2011.
るとの経営理念が見てとれるのである。そこには、カジノをめぐるカウンティと の関係を、「対立」としてのみとらえるのではなく、両者が利益を得る方向を模 索しようとする、部族側の長期的展望をみることができるであろう。
部族と地域住民の交渉が長引いたもう一つの理由は、カウンティが申請中の土 地と部族との歴史的関連性の立証を求めている点である。これに対して、部族側 が実際いかなる対応をとったのかを、次章でみていく。
Ⅴ 信託化論争から部族史研究へ
部族による土地の信託化の要請を受けて、トューラリー・カウンティーが出し た歴史的関連性の立証要求に対し、部族はその歴史的リソースの欠如故に、非常 な困難に直面した。ここで、カリフォルニア先住民の歴史について概観しておこ う。
ヨーロッパからの最初の移住者と考えられているスペイン宣教師が上陸した 1770 年当時、現在のカリフォルニア州にあたる全域は、約 500 におよぶ小部族 の先住民が居住していた人口密集地帯であったと言われている。35 その後、18 世 紀から 19 世紀にかけて、カリフォルニアの先住民部族はヨーロッパからもたら された疫病や飢饉により人口が急激に減少し、さらにゴールドラッシュによる移 民の流入により社会崩壊に直面していた。1850 年の州設立以降、カリフォルニ ア州における連邦先住民政策は、同州と先住民部族との土地条約の締結によって 開始された。この交渉は、連邦議会がカリフォルニア州における先住民政策のた めに計上した予算により 1851 年から 52 年にかけて行われ、最終的に、州内に居 住する 126 の部族と連邦政府との間で、土地に関する 18 の条約が締結された。
これらの条約は、当時、州内の約 30 パーセントの土地を先住民保留地として確 保していた条約であったが、それらはカリフォルニア選出議員の激しい抵抗にあ い、連邦上院議会で最終的に否決された。この結果、同州の先住民部族は条約に よる土地の補償もないまま、止めどなく流入する移住者により、不当に居住地を 奪われることになったのである。36
35 Barry M. Pritzker, (Oxford:
Oxford University Press, 2000), 112.
36 18 の非批准条約については、George Harwood Phillips,
(Norman and London: University of Oklahoma Press, 1997); California Legislature, Journal of the Assembly, 3rd sess., March 22, 1852, 396-97.
一方、先住民と移住者との争いを解決するため、連邦議会は 1860 年までに議 会法の下で 4 つの保留地を設置している。この保留地は連邦政府が個人所有者か ら借り入れた借用地や余剰地などに設立され、土地は先住民の所有にはなってい ない。37 多くの先住民は見知らぬ土地への移住を拒み、移住に抵抗している。
1880 年に録られた統計によれば、カリフォルニア州の先住民人口は、16,642 人 であり、そのうち、最終的に 4 つの保留地に集められた 4 つの保留地先住民の人 口は 5,064 人である。およそ 3 分の 1 の先住民が保留地に集まった一方で、多く の先住民が保留地を嫌って離散していった。38 さらに、この時設立された保留地 とは、移住に従った複数の異部族が共存する場となったのである。
以上の歴史的経験から、カリフォルニア州の先住民部族の多くにとって、部族 史の体系的な整理は非常に困難な試みである。かつて、疫病の広がりにより多く の人口を失い、また部族と連邦政府との条約(18 の条約)が不当に破棄され、
短期間で土地の大半を失った部族にとって、18 世紀から今日までの部族史は人 口減少と部族の解体、保留地における部族成員の再統合の歴史である。それに加 え、ゴールドラッシュによる移住者の急増や南北戦争による混乱のため、カリフォ ルニア州における連邦先住民政策が制度化したのは 1870 年代であり、先住民に 対する体系的な調査が行われるのは、20 世紀初頭まで待たねばならない。つまり、
カリフォルニア州の先住民は、すでに 19 世紀中期には連邦先住民政策の管轄下 に入っていながら、それらに関する公文書は 20 世紀に至るまで非常に限定的に しか残されていないのである。
本稿で扱うトュールリヴァー保留地の前身である、トュールリヴァー・ファー ム(Tule River Farm)も 1850 年代中頃に設立された。トュールリヴァー保留地 の主な構成員は、ヨクート(Yokuts)と呼ばれる先住民グループである。ヨクー トとは、カリフォルニア州中部のサンホワキンバレー(San Joaquin Valley)一 帯に居住していた先住民の総称で、ヨクート語を話す言語グループを指す。スペ インと最初の継続的接触が始まった 18 世紀中期までに、ヨクートは、約 50 の部 族に分かれ、政治的、経済的、社会的に独立した生活を営んでいた。39 トュールリ ヴァー・ファームは 1856 年、そのヨクートの一つの部族であるコイェイティ
(Koyeti)の居住地(現在のポータービル市内)に設立された。現在係争中の 40 エー
37 Phillips, 183-90.
38 カリフォルニアの先住民人口については、Sherburne Cook,
(Los Angeles: University of California Press, 1976).
39 Alfred Kroeber, (1925; reprint, New York: Dover
Publications, 1976), 474.
カーの土地は、このコイェイティのかつての居住にあるとされている。
話を信託化に戻そう。土地の信託化に関するトューラリー・カウンティの条件 に対して、トュールリヴァーは迅速に土地と部族との歴史的関連性を立証するた めの手続きに入っている。つまり、同部族は、自分たちが現在係争中である 40 エー カーの土地が、保留地の前身であるトュールリヴァー・ファームの一部である点 を立証しようとした。それまで、体系的な部族史研究が行われていなかったトュー ルリヴァーは、カリフォルニア州立大学のプロジェクトチームと共同で、オーラ ルヒストリーと連邦政府の公文書の収集にとりかかり、2004 年、その結果をま とめた報告書は、トュールリヴァー・ファームと現在の保留地の歴史的関係性を 立証することとなった。40
以下は報告書の概要である。設立当初、様々なヨクート部族と周辺の部族から、
トュールリヴァー・ファームにはおよそ 350 人の先住民が集められ、最盛期の 1864 年には 800 人まで増加している。つまり、ヨクート語と保留地を共有する 超部族的な集団が、トュールリヴァー・ファームの人口を形成していたのである。
その後、同地が連邦政府によって借り上げられていた私有地であったことから、
1873 年の大統領の行政命令によって隣接した 4,800 エーカーの土地が新たに連邦 政府によって買い上げられ、同地は新トュールリヴァー保留地として、連邦先住 民政策の一つの管轄区となった。この土地はヨクートの部族の一つである、ヨロ ムネ(Yowlumne)の土地に設立されている。1873 年の時点での保留地人口は、
地元先住民のヨロムネとトュールリヴァー・ファームからの移住者を含め 374 人 であり、その後、飢饉やさらなる保留地からの離散により人口は減少し、1884 年代までに 150 人前後で定着した。現在のトュールリヴァーは、この新トュール リヴァー保留地に居住していた複数部族が 1934 年の再組織法によって統合され、
連邦政府の承認を得た政治組織である。よって、現在のトュールリヴァー保留地 の成員は、その前身としてのファームからの移住者であり、両者の成員の文化的、
社会的関連性は高いことが明らかになった。つまり、トュールリヴァー部族が新 たな信託地として要求している 40 エーカーの土地は、その成員がかつて強制移 住や保留地政策で失った「母なる大地(Mother Land)」であったのである。保 留地の前身であるトュールリヴァー・ファームの一部であるとして、報告書は部 族と係争中の 40 エーカーの土地の政治的、歴史的、文化的関連性を明らかにした。
トュールリヴァーによる信託化申請は、現在、州とカウンティからの応答を待っ
40 Gelya Frank,“Final Report, Tule River Tribal History Project,” presented to the Tule River Tribal Council, April 8, 2005.
ている状態である。
以上にみてきたような、トュールリヴァーの信託化請求に対するトューラリー・
カウンティーからの反発は、特異な事例ではない。例えば 2011 年、連邦議会には、
自治体の反発を背景に、新たな信託地の設立を規制するための 2 つの法案が提出 された。それらは、アリゾナ州のジョン・マケイン(John McCain)上院議員と ジョン・カイル(John Kyl)上院議員による、保留地外における土地獲得のため のガイドライン法案(The Off-Reservation Land Acquisition Guidance Act)41と、
ジョン・カイル上院議員とカリフォルニア州のダイアン・フェインスタイン
(Dianne Feinstein) 上 院 議 員 に よ る、 カ ジ ノ 適 正 法 案(The Tribal Gaming Eligibility Act)である。前者は、部族が第三種のカジノ施設を設立する場合に 地元自治体からの承認を必須とするための法案であり、後者は、信託化のために は、部族が申請する土地と部族との「物理的、直接的、歴史的関連性」を立証す ることを必須とする法案である。
特に、カジノ適正法案では、歴史的関連性を提示するため、以下の 5 つの条件 が提示されている。まず、1)土地は、現在の保留地もしくは部族成員が十分な 人数で居住する地域から、25 マイル以内であること、2)部族は当該地と部族と の間に、1988 年から現在に至るまでの期間、一定期間の関連性もしくは当該地 における継続的な存在を立証するべきこと、3)その土地は入手後 5 年以内に、
連邦政府によって信託地として承認されなければならないこと、4)部族は上記 以外の土地に、カジノを設立してはならないこと、そして 5)当該地ではインディ アンの独自の言語が使用されてきていなければならないことである。
そもそも保留地は、先住民が過去の連邦政府政策において失った元来の居住地 の一部を、連邦政府が先住民の居住地として補償するという目的の下に設立され ている。このカジノ適正法案は、「先住民のための信託地制度」の本来の意味に 戻り、土地を信託化(補償)するためには、その土地が元来「部族の居住してい た土地」であるということが前提となるため、何の関連性もない土地に対して部 族が信託化を求めることはできないという点を明示したと言える。
しかしながら、多くの部族にとり、土地と部族の歴史的関連性を立証すること は困難を伴う。例えば、連邦政府による条約の反古、土地の強制的な略奪、強制 移住や都市移住政策などの下で、19 世紀前半までにほとんどの部族は、本来の 居住地からの強制移住を強いられてきた。そのため、部族組織の崩壊、言語の消 滅、部族成員の減少、さらには連邦政府による管轄制度の度重なる再編によって、
41 S. 1424: Off-Reservation Land Acquisition Guidance Act, 112th Congress, 2011-2012.
連邦史料に「部族」としての記載がなされていない。つまり法案は、連邦政府の 諸政策によって土地を奪われた部族に補償するという、保留地設立の本来の意義 に立ち返ると同時に、それらの諸政策のために、土地を奪われたことを「立証で きない」部族を排除している、という大きな矛盾を示しているのである。
19 世紀後半から 20 世紀中期までの連邦政府の先住民政策は、過去に締結され た土地条約を破棄し、土地と部族成員とを切り離すことによる、先住民の「同化」
を積極的に推進してきた。その結果、多くの先住民は土地資源を失い、合衆国内 における経済的な最底辺層を成すに至った。1934 年の再組織法は、過去の連邦 先住民政策の失敗の結果生み出された先住民の貧困を救済する目的を持ってい た。しかし、カジノ適正法案で提示された歴史的関連性の立証義務は、再組織法 による条件(内務長官の権限を重視)と比べて、連邦政府による土地信託化を明 らかに困難にしている。つまり、カジノ適正法案は、連邦政府の同化政策によっ て崩壊の危機に直面してきた部族に対して、「崩壊以前の部族体制を立証するこ とができなければ」土地の信託化を不可能とするという、非常に矛盾した条件を 提示していることになる。
これらの立法は、先住民カジノの拡大に反発する団体によって、大きく支持さ れていく。例えば、カリフォルニア州における反カジノ団体「Stand up for California!」は、「カジノ規制法への支持」と題する手紙を公表し、「先住民カジ ノがどこにでも設立できるというのは、全く誤った考えである」と、信託化のた めのより厳格な基準の設立を求めている。42
Ⅵ まとめ
本稿では、合衆国における先住民によるカジノ産業の発展過程を追ってきた。
その作業は、部族、地方自治体、連邦の法的関係をあぶり出し、また、部族の経 済発展が、保留地の拡大、さらには、「土地と部族」の歴史解釈へと結びついて いく過程を明らかにしてきた。カジノ問題は先住民政策の遺産でありながら、現 代における部族自治と部族史(さらには部族アイデンティティ)の混迷を象徴す るテーマである。
先住民カジノ問題は、その発端から、アメリカ帝国主義下における先住民の歴 史的経験なくしては理解できない。先住民部族は合衆国の成立と拡大の中で、「母
42 Letter from Cheryl A. Schmit, Director, Stand Up for California!, to Senator Feinstein(April, 8, 2011).
なる大地」からの強制移住と土地の喪失を経験してきた。合衆国による部族から の土地略奪は、条約締結という大義のもとに継続されたが、この過程で結ばれた 多くの条約は、批准されないか、批准されても遵守されることはなかった。よっ て、条約締結を根拠とした国家内国家という法的地位と、それに基づく部族自治 への一定の配慮は、アメリカ帝国主義下における部族の苦境に対する、連邦政府 の最低限の責任であり贖罪である。最高裁判決とカジノ法以後の先住民カジノ産 業の発展は、そのような部族自治体制を生み出した合衆国史の負の歴史的基盤の 上に可能となった。
ゆえに、1980 年代以降の先住民カジノに関する議論は、部族と州および連邦 政府間における、先住民カジノ産業と部族自治の法的位置づけが問題となった。
その結果、部族によるカジノ経営は、この部族自治体制の下、州から干渉される ことのない経済活動として、連邦政府と最高裁により承認されてきたのである。
先住民カジノは、その設立以来今日までに大きな経済的成功を収め、部族の社会、
経済、福祉の向上や、文化活動に充てられてきている。
2000 年代に入ると、先住民カジノへの関心は、カジノ設立の前提となる信託 地の拡大に対する議論へと移っていった。アメリカ社会は先住民部族に対し、信 託化する土地と部族との歴史的関連性を科学的に立証する必要性を提示した。そ れは、記述した歴史を持たないカリフォルニア州の多くの部族にとり困難な課題 であるが、同時に、部族の歴史を現代に伝えるための研究を活性化させるきっか けともなったのである。先住民部族にとり、それはまさに自分たちの歴史を探る 試みであり、「母なる大地」を取り戻す挑戦でもあったのである。
※ 本論文は、平成 24 年度科学研究費補助金(課題番号:23820069 /研究課題「カ リフォルニア州トュールリヴァー部族の形成過程に関する研究」)の成果の一部 である。
Expanding “Mother Lands”:
The Politics of Indian Gaming and Land Trusteeship
Kumiko Noguchi
The Indian Gaming Eligibility Act (IGEA) was submitted to the 112th U.S.
Congress in 2011 to restrict the expansion of gaming. Subsequently, the IGEA would amend the Indian Gaming Regulatory Act (IGRA), enacted on October 17, 1988, by requiring tribes to show a direct, aboriginal connection to lands they desired to take into trust for gaming purposes. Prior to the passage of IGEA, the Indian gaming industry enjoyed significant economic success. This new wealth enabled many tribes to purchase “mother lands,” or lands that were historically connected to the tribes. At the same time, however, those non-Indians living in the vicinity of newly developed gaming facilities feared economic competition and the impact of gaming culture on local life.
First, this paper describes the enactment of the IGRA and the subsequent court cases that clearly enhanced Federal and Tribal superiority over States in the power struggle to limit tribal sovereignty and economic self-rule‒relative to gaming on Indian reservations. This paper also illustrates how the IGRA transformed the IGEA, following increasing tribal requests to take land into trust for gaming purposes. Examining the Tule River Indian Tribe in California, which initiated Indian gaming on its reservation in 1996 and attempted to transfer its casino to purchased lands eight years later, this paper describes how Tulare County officials reacted to the tribeʼs request for land to be taken into trust status for future gaming purposes.
The successful Indian gaming industry‒particularly in California, Florida and other states‒enables tribes to support themselves with gaming revenue, often referred to as the “new buffalo” among some Indians and non-Indians.
Some tribes use their new wealth to purchase “mother lands,” but can do so only if they can prove a historical relationship to the land in the case the tribe plans to use that land for gaming. This led to more stringent federal regulation
of Indian gaming. As a result, tribes are currently writing their histories to prove such connections. Finally, this paper analyzes how the successes of the Indian gaming industry led to the re-creation of the Tribeʼs history and how modern legislation‒through its attempt to curtail Indian gaming‒actually assisted tribes to enlarge their “mother lands.”