パロデイによる権利侵害と著作権法における判断手法
─政治的、差別的パロデイに関するEU司法裁判所の先決裁定とドイツ著作権法における学説と判例の動向─
158 Ⅰ EU司法裁判所のDeckmyn裁定 EU司法裁判所による2014年 ₉ 月 3 日のDeckmyn裁定については、日本でも すでにその詳細が紹介されているので(4)、ここでは概要を示すことに留めたい。 [事案の概要] ベルギーの極右政党(Vlaams Belang)の党員であるDeckmyn(ディクミ ン)氏(被告)は、2011年 1 月、Ghent(ヘント)市主催の新年会において、 自らをその編集者と記したカレンダーを配布した。カレンダーの表紙には、明 らかに(当時の)ヘント市の市長と見られる人物が、背中にプロペラを装着し、 白いチュニックを着て広場の上を浮遊しながら硬貨をばらまき、それを広場に いる人々が拾い集めている様子が描かれていた(「本件描写」;図 2 参照)。本 件 描 写 は、ベルギーの 著 名 なコミック 作 家Vandersteen(ファンデルステー ン)氏が1₉₆1年に作成した漫画雑誌 “Suske en Wiske”の表紙の『熟慮せず 乱暴に施す慈善家(De Wilde Weldoener)』(5)と題する描写(「原描写」;図 1 参 照)に似ていた。原描写では、漫画の登場人物が背中にプロペラを装着し、白 いチュニックを着て広場の上を浮遊しながら硬貨をばらまき、それを広場にい
GRUR 2015, S.337.[(注50)参照]
パロデイによる権利侵害と著作権法における判断手法 159 る(ヨーロッパ系の白人とみられる)人々が拾い集めている様子が描かれてい た。これに対し本件描写では、原描写の漫画の登場人物がヘント市の市長に置 き換えられ、硬貨を拾い集めている人々が、ヴェールを被った人物や非ヨー ロッパ系の有色人種に置き換えられていた。 Vandersteen氏の相続人ら(原告)は、本件描写とその頒布は原告の著作権 を侵害するとして、Deckmyn氏らをブリュッセル第一審裁判所に提訴し、同 裁判所は本件描写の利用の差止めを認めた。これを不服とし、Deckmyn氏ら は、本件描写はベルギー著作権法22条 ₆ 項(6)により権利の例外と認められている パロデイに該当する政治的カリカチュアであると主張して控訴した。これに対 し、原告は、本件描写はパロデイの要件を満たしておらず、また、硬貨を拾い 集める人々をヴェールを被った人物や有色人種に置き換えたことにより、差別 的メッセージが伝えられている等と主張した。 このような状況のもとで、ブリュッセル控訴裁判所は、訴訟を中断し、EU 司法裁判所に、次の 3 つの質問を提示して先決裁定を求めた。 ブリュッセル控訴裁判所が提示した質問 ︵1)「パロデイ」の概念は、EU法の自律的な(autonomous)概念か? ︵2) そうであるとするならば、次の条件を満たし、または、次の特性に適合し なければならないか? ① それ自体のオリジナルな特徴(original character)を示すこと[オリジ ナリティ]。 ② そのような特徴が、合理的にみて、パロデイが原著作物の著作者(the author of the original work )によるものとはなり得ないように示すこと。 ③ そこでの批判が、原著作物、または、別の事柄や他の人物のいずれに向け
164 容に判断される傾向にあったが、「すでに20世紀初頭には、裁判所はパロデイ 事件を自由利用というキーワード(Stichwort)を用いて検討していた」とい う歴史的事実が指摘されているのである(15)。 『自由利用』の規定は、現著作権法においては、次のように定められている。 「他人の著作物を自由利用することによって創作された独立した著作物 (ein selbststaendiges Werk) は、利用された著作物の著作者の同意を得
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176 高まったと思われるからである。 Deckmyn裁定が提起したこれらの問題は、わが国にも同じように当てはま る課題である。インターネットを通じて活発な意見交換がなされるわが国にお いても、パロデイの名を借りた新たな態様の侵害は容易に想定されるところで ある。そのような侵害に対する著作権法の規定が欠缺している場合に、著作権 法と憲法との関係をどのように捉え、そのような侵害にどのように対応してい くのかは、わが国においても検討されるべき重要な課題であり、Deckmyn裁 定とドイツにおける裁定をめぐる議論とはその検討の有用な手掛りになると思 われる。 注
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制限をめぐる欧州司法裁判所の判断」、EU法研究第 3 号/201₇年 8 月、10₅頁以下などがある。 ( ₅ ) 判決文には、この題名は粗く翻訳すると「強制的な慈善家」(roughly be translated
as “The Compulsive Benefactor”)となるとあるが、子供向け雑誌の表紙の題名としては 違和感があり、ベルギー・ルーヴァン大学の Frank Gotzen名誉教授に照会したところ、 「強制的な慈善家という訳は適当でなく、『熟慮しないで何でもあげてしまう慈善家』と いうような意味であろう」と答えられた。 ( ₆ ) ベルギー著作権法22条 ₆ 項には、適法に公表された著作物について権利侵害を主張で きない場合に、公正な慣行を考慮したカリカチュア、パロデイ、パスティシュが挙げられ ている。 ( ₇ ) Loewenheimは、EU司法裁判所の回答には、「謎をかけている(Raetsel aufgeben)」 ような表現があると指摘している。Loewenheim, “Altes und Neues zu Parodie und Plagiat” in FS fuer Fezer, 201₆, S.₇₉2f.
( 8 ) 情報社会指令前文(31)には、「保護される目的物の様々なカテゴリーの権利者の間の、 および様々なカテゴリーの権利者と利用者の間の権利および利益の公正なバランスは、確 保されなければならい。……」と記されている。
( ₉ ) 人種、出身種族に係わらず個人間を平等に扱う原則(the principle of equal treatment between persons irrespective of racial or ethnic origin)を実施する2000年 ₆ 月2₉日理事 会指令(2000/43/EC)
(10) EU基本権憲章(Charter of Fundamental Rights of the European Union)は21条に おいて差別の禁止を規定している。
(11) LUG:1₉01年 ₆ 月1₉日の文学及び音楽の著作物の著作権に関する法律 KUG : 1₉0₇年 1 月 ₉ 日の美術と写真の著作物の著作権に関する法律 (12) UrhG: 1₉₆₅年 ₉ 月 ₉ 日の著作権及び隣接権に関する法律(著作権法)
(13) パロデイの適法性の判断に、『自由利用』の規定を用いることに反対する学説もある。 例えば、Platho Die Parodie: Eine “freie Bearbeitung”nach §23 UrhG, GRUR1₉₉2, S.3₆0ff. (14) Allfeld, Das Urheberrecht an Werken der Literatur und der Tonkunst, 1₉02,S.134f.:Vgl. Hefti, “Die Parodiebehandlung in der Bundesrepublik Deutschland”, FILM UND RECHT 11/1₉₇₆, S.₇42ff;Hess, “Urheberrechtsprobleme der Parodie”, 1₉₉3, S.1₇f.
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(1₆) 旧法では、「独立した著作物」という語の代わりに「独自の創作物(eigentuemliche Schoepfung)」という語が用いられていたが、両方の語は同一の意味であると解されてい る。Vgl. Vinck, “Parodie und Urheberschutz”GRUR 1₉₇3, S.2₅1,2₅2; Hess, a.a.O.(14) S.14f. (1₇) 上野達弘「ドイツ法における翻案─『本質的特徴の直接感得』論の再構成─」著作権 研究No. 34, 200₇, 30頁参照。 (18) 上野上掲(1₇)30頁、本山雅弘「ドイツ法におけるパロデイ」著作権研究No. 3₇, 2010, ₅0頁参照)。なお、パロデイの適法性の論拠を権利の制限または例外に求める2001年EU 情報社会指令をドイツ著作権法に置換する際には、24条 1 項の自由利用の規定の解釈を 通じて対応できるとして、改正の必要はないと判断された。Vgl. Schricker/Loewenheim/ Loewenheim, Urheberrecht, ₅.Aufl., 201₇, §24.Rn.24
(1₉) Kohler, “Das literarische und artistische Kunstwerk und sein Autorschutz”18₉2,; Vgl.Hefti a.a.O.(14), S.₇42ff.; Hess a.a.O.(14)S.1₆f.
(20) Kohler, a.a.O.(1₉) S.112ff. (21) Hefti, a.a.O.(14)S.₇43f. (22) Hess, a.a.O.(14)S.1₇f. (23) BGHZ 2₆,₅2 (24) BGHZ 2₆,₅2,₅₇ (2₅) Hess, a.a.O.(14)S.18f. (2₆) Loewenheim a.a.O.(18), §24 Rn2, 上掲上野(1₇)30頁参照。 (2₇) Loewenheim a.a.O.(18), §24, Rn.8, 上野上掲(1₇)30頁。 (28) このことは 現 著 作 権 法 の 立 法 理 由 書 に「完 全 に 独 立 した 新 しい 創 作 物(voellig selbststaendige Neuschoepfung)」 と 記 されていることとも 一 致 する。Loewenheim a.a.O.( ₇ )S.₇₉0f.。立法理由書(UFITA 4₅, S.2₆₆)は、自由利用について、「他の著作 物に依拠して創作されたものであっても、それが完全に独立した新たな創作物であれば、 元の著作物の著作者の同意を得ることなく自由に利用できる」と記している。
(2₉) Loewenheim, a.a.O.(18), §24 Rn10.;上野上掲(1₇)30頁以下。
(30) Ulmer, “Urheber-und Verlagsrecht”, 1 Aufl. 1₉₅1, S.1₆2f. 上野上掲(1₇)31頁。 (31) Ulmer, a.a.O.(30)S.1₆2f.
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(33) Stuhlert, a.a.O.(1₅)S.22f.
(34) GRUR 1₉₇1, ₅88, 本山上掲(18)43頁も参照。
(3₅) Nordemann, Anmerkung von Disney-Parodie Entscheidung, GRUR 1₉₇1,₅88,₅₉1 (3₆) Platho, a.a.O.(13)S.3₆1f.
(3₇) Vinck, a.a.O.(1₆)S.2₅3f. ただし、Vinckは判決の結論には反対していない。 (38) BGH GRUR 1₉₉4, 20₆
(3₉) BGH GRUR 2003, ₉₅₆
(40) BGH GRUR 1₉₉4, 20₆.208 ここでは、「それは 絶 対 という 訳 ではなく(zwingend ist dies jedoch nicht)、自由利用は他の場合にもあり得る。」とも述べている。
(41) Gies-Adler事件については、上野上掲(1₇)34頁参照。 (42) GRUR 2003, ₉₅₆,₉₅₇
(43) v.Becker, a.a.O.(1₅)200₉, S.10f. ;SchrickerはBGHのこの説示を高く評価している。 Schricker, Anmerkung ueber Gies-Adler Entscheidung JZ ₆ /2004 S.310f.
(44) 本稿1₆₆頁参照。
(4₅) Loewenheim,a.a.O( ₇ )S.₇₉2f., ; Ungern-Sternberg, “Verwendungen des Werkes in veraenderter Gestalt im Lichte des Unionsrechts” GRUR 201₅, ₅33,₅3₇.
(4₆) Haedicke, “Beschraenkung der Parodiefreiheit durch europaeisches Urheberrecht?” GRUR Int.201₅, ₆₆4,₆₆₇.
(4₇) Specht und Koppermann, “Vom Verhaeltnis der §§14 und 24 UrhG nach dem “Deckmyn” Urteil des EuGH”, ZUM 201₆, S.1₉ff.
(48) Unseld, die Anmerkung in EuZW 2014, ₉14, ₉1₅.
(4₉) Riesenhuber, “Anmerkung zu EuGH : Parodie als eigenstaendige Kategorie des Unionsrechts” LMK 2014, 3₆301₉.
(₅0) von Becker, “Die entstellende Parodie, Das EuGH-Urteil “Vrijheidsfonds/ Vandersteen” und die Folgen fuer das deutsche Recht”, GRUR201₅, 33₆,33₉.
(₅1) Haedicke a.a.O.(4₆) S. ₆₆4f. (₅2) GRUR 201₆, 11₅₇.
(₅3) Lotte, „Anmerkung zu BGH, Urteil vom 28. Juli 201₆-Ⅰ ZR ₉ /1₅ auf fett getrimmt”, ZUM 201₆, ₉₉1, ₉₉2.
(₅4) Unseld, a.a.O(48),S.₉14.
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Schricker, 200₅, S.4₅₆ff.