目次
.良心現象に関する研究の意義と課題
.良心の概念史の概要と諸問題
カントの良心論の概念史的意義と課題
ショーペンハウアーの良心論の概念史的意義と課題 ハイデッガーの良心論の概念史的意義と課題 ボンヘッファーの良心論の概念史的意義と課題
.良心現象に関する研究の新たな方向性 関係性において自己を問う 戦国時代のキリシタン武将たち 茶道
能
.卒都婆小町と良心 老残と本来的良心 良心現象と価値観 能の自己運動
.精神の自己塑像としての良心現象
.良心現象に関する研究の意義と課題
周知のように,良心現象に関する思索は,何らかの統一的解釈への到達を
老残のゆくえ
卒都婆小町と良心
キーワード:良心,茶道,能,能の自己運動,精神の自己塑像
齋 藤 かおる
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得ぬまま,古より今日に至るまで,連綿と営まれ続けている。それは,一面 において,良心という概念が時代と密接に結びついていることを意味する。
そして,そうであってみれば,良心の概念史の検証と,良心現象に関する研 究の更なる深化・組織化・明確化を志す取り組みは,個人にとっても社会に とっても,本質的に,明日へと向かうことに資する「今」を積み重ねてゆく ための努力,明日へと向かうレジリエンス(resilience)の確かさを増して ゆくための重要な努力だと言える)。
古より様々な思索者たちによって紡がれてきた良心論の多くは,人間存在 の生の道徳性の一つの理想を守るための困難極まる闘いのような様相を呈し てしまっていることが殆どであるし,専ら主観における「私」の道徳性の頑 強さ(hardiness)への関心に終始した結果として,一定の理論的成果に到 達しているようでありつつも,現実の社会的連関から遊離した迷宮へと踏み 込んでしまっていることが殆どである。従って,良心論の新たな方向性を探 究してゆくためには,専ら主観における「私」の道徳性の頑強さへの関心に 終始してきたことの妥当性の検証が必要であるし,現実の社会的連関から遊 離した迷宮への踏み込みに歯止めをかけるような,何らかの出口を見出すこ とが必要である。
以下,そのような必要性を踏まえつつ,良心の概念史における近現代の重 要な流れを概観し,良心論の新たな方向性を見出してゆくための考察を進め る。具体的には,近現代の流れの概観から明らかになる良心論の諸問題の確
)レジリエンスという概念自体もまた,良心論との連関において深化・明確化され 得ると考えられる。なぜならば,良心現象とレジリエンスは,それぞれ主体の生 と命の現実,すなわち個々の人間存在の生と命が脆く不完全であり社会も苦悩に 満ちているという現実を共有しつつ,互いに「他者」を挟んで相補的関係を成し ているからである。良心現象は,主体が「他者」との出会いの継続を通して何ら かの自己解体を為してゆく現象であるし,レジリエンスは,主体が「他者」との 出会いの継続を通して何らかの自己回復を為しつつ,新たな自己生成を遂げてゆ く概念だからである。そして,良心現象は,その進みゆく方向として何らかの自 己回復と新たな自己生成を想定するし,レジリエンスは,何らかの自己解体の経 験を前提するからである。
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認と検証を経て,その諸問題と切り結び得る日本史上の経緯を考慮しつつ,
日本の伝統文化の思想的底流として在り続けてきた能の複合的精神性(曲・
作者・演者・観客の総体としての,能という芸道の精神性)に注目し,一つ の曲の考察を通して良心論の出口を見出してゆく可能性の探究に努める。ま た,それによって,良心現象に関する研究におけるレジリエンスという概念 の重要性の捕捉にも努める。
.良心の概念史の概要と諸問題
カントの良心論の概念史的意義と課題)
カントの良心論は,いわゆる啓蒙主義の時代,すなわち神が絶対的存在で はなくなった時代における良心現象に関する思索の,到達点と限界を示して いる。
カントは,著書『人倫の形而上学』において,良心の自律,良心と行為す る主観の一次的関係,そして良心の不可謬性を主張している。つまり,悩み 多き啓蒙主義の時代の良心論の縮図を悩み抜いて,主観の主体性の主張に到 達している。そして,その到達は,結果として,カントを境に良心の概念史 を二分割しているのであって,そこに『倫理学講義』から『人倫の形而上 学』に至るカントの良心現象に関する思索の概念史的意義もある。
けれども,その主観の主体性というカントの到達点は,そのままカントの 良心論の限界であり,近代の良心論の限界でもある。なぜならば,カント は,主観の在り方に注目することで良心の不可謬性を確保しているのだが,
逆に言えば,主観の在り方に注目することでしか,良心の不可謬性を確保で きていないからである。超越者を主観の内なる法廷へと取り込むことによる 超越者の内在化は,とりもなおさず超越者の超越性そのものの原理的否定で
)齋藤かおる「カントの良心論の展開 その概念史的意義と限界」『愛知 第 号』神戸大学哲学懇話会, 年を参照。齋藤かおる「カントにおける悪と人 間の主体性」『悪の意味』新教出版社, 年を参照。
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もあるからである。
ショーペンハウアーの良心論の概念史的意義と課題)
カント以降の良心の概念史,すなわち良心論における近代の幕開きから現 代に至る流れにおいては,カントの批判者として知られ,良心論におけるハ イデッガーの先駆者としても知られるショーペンハウアーに着目しておく必 要がある。
ショーペンハウアーは,著書『道徳の基礎』において,カントの良心論を 批判しつつ,良心現象が個々の行為の道徳性ではなくて「私」という在り方 を糾す現象,しかも「私」自身に由来する何らかの力が発動されるような現 象であることを主張している。つまり,良心現象への問いを全面的に主観に おける「私」の在り方への問いへと操舵することで,カント以前には見当た らなかった良心現象に関する思索の領野を拓いているのであって,そこに ショーペンハウアーの思索の概念史的意義もある。
けれども,ショーペンハウアーにおいても,その新たな領野の開拓が,そ のまま彼の良心論の限界になっている。なぜならば,なるほど個々の行為 は,その行為の根底においては,主観における「私」という在り方と深く緊 密に関わっているであろうが,だからと言って,そのような方向性の観点だ けを手がかりとして良心現象を読み解くことが正しいことにはならないから である。様々な個々の行為の道徳性が,その行為の主体である「私」の道徳 性を保証するわけではないのと同様に,主体である「私」の道徳性もまた,
その「私」が為す様々な個々の行為の道徳性と直結するわけではないからで ある。
)齋藤かおる「良心現象における超越性の行方 ハイデッガーとボンヘッファーを 手がかりに」『愛知 第 号』神戸大学哲学懇話会, 年を参照。
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ハイデッガーの良心論の概念史的意義と課題)
カントは良心現象における「私」に注目しているし,ショーペンハウアー は良心現象における「私」という在り方の全体に注目しているが,両者とも 良心現象における「私」の手に負えなさの根拠を問い詰めることまでは(お そらく意図的に)していない。つまり,カントもショーペンハウアーも,い かに良心現象が現象するかについては論じても,なぜ良心現象が現象するか については論じていない。そして,そのような良心の概念史の流れは,必然 的に,そのような流れ自体を一つの問題系として浮かび上がらせることにな る。ハイデッガーの良心論は,そのような近代的良心論の流れを受けて登場 したものである。
ハイデッガーは,著書『存在と時間』において,人が良心現象において経 験する声なき警告を,その具体的内容としては何も持たない,ひたすら沈黙 において自己を可能的本来的自己存在へと促す「呼びかけ」だと主張してい る。つまり,良心現象の超越性の根拠を,主観における「私」へと「私」自 身が関係するという,関係性としての「私」の存在論的実存論的構造に設定 している。そして,そのような設定は,近代的良心論の流れの中で殆ど閉ざ されたままになっていた,良心現象に対して「なぜ」と問う局面を,新たに 拓いているのであって,そこにハイデッガーの思索の概念史的意義もある。
けれども,ハイデッガーにおいても,良心現象の超越性の根拠を「私」の 存在論的実存論的構造に設定するという到達点が,そのまま彼の良心論の限 界になっている。なぜならば,ハイデッガーの良心論においては,神を見上 げる思考枠に別れを告げたカント以降の良心論の難点,すなわち主観におけ る「私」へと集中してゆく過程で棚上げしてきた「他者」の不在の問題が,
決定的になっているからである。もはや「他者」が,そこから現存在の構造 を取り出すための一契機に過ぎぬものとして措定されるに至ってしまってい
)齋藤かおる「良心現象における超越性の行方 ハイデッガーとボンヘッファーを 手がかりに」『愛知 第 号』を参照。
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るため,現実の社会的連関において「私」がどうあり,どうなるのかという 問いへの答など見出し得ないことになってしまっているからである。
ボンヘッファーの良心論の概念史的意義と課題)
ボンヘッファーは,著書『倫理』において,同時代人であったハイデッ ガーと同様に,近代的方向性,すなわち主観における「私」という在り方へ の問いをめぐって良心現象を捉え,良心現象が特定の行為に向けられている 現象ではなく特定の存在に向けられている現象であることを主張している。
そして,良心の「呼びかけ」が自己における自己自身との一致の危うさへの 警告として響いてくるときの,その自己における自己自身との一致の内実に 関する問題提議によって,ハイデッガーが新たに拓いた局面における問題に 関する思索をさらに深めている。つまり,ボンヘッファーは,ハイデッガー が言うところの可能的本来的自己を取り戻すことの具体的内実を問うことに よって,良心現象の社会的連関における出口の必要性を主張しているので あって,そこにボンヘッファーの思索の概念史的意義もある。
けれども,ボンヘッファーにおいても,カント以降の良心論の難点である
「他者」の不在の問題が(ボンヘッファーの意図に反して)棚上げされたま まの形で残ってしまうため,良心現象の社会的連関における出口の必要性の 主張という到達点が,やはりそのまま彼の良心論の限界になっている。なぜ ならば,ボンヘッファーが提示する出口の確保の鍵が,キリスト教信仰に拠 る神概念だからである。それが,いかに従来の「神」の超越性とは全く無関 係な,認識論的超越性への成人化(キリスト教神学のポストモダン的転回)
を経ている概念であっても,信仰を持たない人々からすれば,新種の「機械 仕掛けの神 deus ex machina」に他ならないからである。
)齋藤かおる「良心現象における超越性の行方 ハイデッガーとボンヘッファーを 手がかりに」『愛知 第 号』を参照。
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.良心現象に関する研究の新たな方向性
関係性において自己を問う
古から連綿と続いてきた良心現象に関する思索の歴史は,様々な展開を見 せてはきた。けれども,壮大な認識論的存在論と存在論的認識論の錯綜の範 疇内での,ある種の無責任な思考の多様性の披歴の歴史,という在りようを 孕んでもきた。別言するならば,それは机上や祭壇から学者や聖職者が定義 するばかりで,日々の現実生活への適用に際しては誰も(学者も聖職者も)
責任を取らない類のもの,と評されても仕方ないような側面を持ち続けても きた。
カントが論理的説明に窮する問題については実践理性に委ねつつ,純粋理 性の可能性の限界を見定める努力を積み重ねたことは,パラダイム転換の時 代における哲学的業績であっただけでなく,良心の概念史にとっても必要な 過程であったし,ボンへッファーがヒトラー暗殺計画への関与へと積極的に 踏み出したことも,究極の神学的挑戦であっただけでなく,良心の概念史が 散乱させてきたある種の限界(無責任さ)の回収作業の端緒の具体的な形で もあった。けれども,いかにカントの内なる道徳法則が満天の星のように輝 いていたにしても,いかにボンヘッファーの人徳が牢獄の看守たちからすら も敬愛されるほどに輝いていたにしても,そしてそれらが称賛されるべき眩 しい事実であったにしても,そのような事実が彼らの学問的業績の内実と精 緻に整合しているわけではないのであって,結局のところ両者ともに良心現 象の根拠と妥当性への問いを存在論的認識論の局面へと閉じ込めたままにし ていることは否めない。
では,なぜ,そうなっているのであろうか。古からカントを経てハイデッ ガーやボンヘッファーに至るまで,なぜ良心の概念史は,そのような,いわ ば老残の姿を見せているのであろうか。それは,一つには,良心現象を関係 性から生じる力学的現象と捉える視点が希薄なことに起因していると考えら
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れる。近現代以降の良心の概念史の流れからも明らかなように,顕著な
「私」への集中と,その結果としての迷走は,良心現象の根拠と妥当性に何 かしら神的(絶対的)なものを前提してしまっていることの表裏である。良 心という言葉を成す「共に知る」という古代ギリシア以来の構造を,根本的 には疑うことなく,掘り崩さないままにきた,西欧言語文化圏における思索 の伝統の傾向性の表裏である。そして,そうであってみれば,求められる試 みは,内在でも超越でもなく関係性に注目する視点からの,良心現象の再考 察である。良心現象の主体である「私」や「私の他者」や「私にとっての絶 対者」それぞれへの集中ではなく,それらの関係性から生ずる力学的構図へ の適度な接近関係という局面からの,良心概念の再構築である。平易に別言 するならば,そもそも良心とは他者と共に知ることなのかという問いを掲げ つつ,関係性において自己を問う人間的営為のありようを捉え直してゆくこ とである。
戦国時代のキリシタン武将たち
個人と社会の様々な利益(保身)追求が共時的に錯綜する社会状況は,い つの時代にも,どこの文化圏域においても見受けられることであり,例えば ヘーゲルやヤスパースといった人々(闘争や限界状況といった概念を考え抜 いた人々)に実際に会えたところで,その錯綜を解きほぐす現実的妙案など 提示されようもないであろうと思われる類のことである。そして,その錯綜 を解きほぐせないことを承知しつつも,思考の方向性を変えられないところ が,ある意味で,西欧言語文化に牽引されてきた良心の概念史の老残の姿で もある。
けれども,現実社会において良さ(善さ・好さ)を求めてゆく個人の生と 命いうものは,決して宙に浮かんで空を掴むように描いてゆけるものではな く,その共時的錯綜のなかで一つの選択肢を掴み続けて筋道(論理と倫理)
をつけてゆくことでしかありえない。そして,そうであってみれば,先人た
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ち,とりわけ共時的錯綜に直接的に晒されていた人々(机上の成果によって 生活を営めたわけではない人々)の思索と行動(決断)の在りようの捉え直 しは,大いに有意なことである。日本史においては,そのような捉え直しの ための興味深い時代として,共時的錯綜が宗教的葛藤をも巻き込んでいた戦 国時代(戦乱争乱が頻発し不穏な社会情勢が続いた 世紀末期から 世紀 初期にかけての時代)などを挙げることができる)。
茶道
真に拘り,善を志し,美に憧れるのは,人間の常である。けれども,虚偽 に黙し,不善に絡まり,醜行に塗れるのもまた,現実の人間の常である。で は,そのような人間の常の振幅が大きく拡がった時代,例えば戦国時代にお いて,難しい社会的立場と重い社会的責任を背負っていた武将たち,とりわ け「殺さず,愛す」という平易明快な思想信条をも併せて背負っていたはず のキリシタン武将たちは,そのような人間の常の振幅の大きな拡がりに,一 体どのように折り合いをつけていたのであろうか。彼らは,そのような人間 の常の振幅の拡がりに,何らかの形で折り合いをつけてゆくための具体的な 手がかりを,持ち合わせていたのであろうか。
周知のように,戦国時代の武将たちが日常において大切にしていたのは,
まずもって茶道や能の嗜みである)。フーベルト・チースリク神父(Hubert Cieslik S. J.)は,いわゆる利休七哲の一人でありキリシタン武将であった高 山右近による「数奇は真にその道を貫く者にとって,修徳と潜心のための大 きな助けとなる」という言葉を引きつつ,また先行研究を踏まえつつ,キリ シタン武将にとっての茶道を「人格形成を目的にする修養の方法」であり
)戦国時代という時代区分の括り方には,様々な意図や立場からの諸説がある。本 稿は,主に武将たちの内面的葛藤,とりわけキリシタン武将たちの内面的葛藤に 関心を寄せる立場から,大枠で 世紀末期から 世紀初期と捉える。
)武士と茶道については,西村貞『キリシタンと茶道』全国書房, 年を参照。
武士と能については,宮本圭造「武家手猿楽の系譜 能が武士の芸能になるま で」『能楽研究 』法政大学能楽研究所, 年を参照。
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「常に自分自身をみがきつづける生涯の道」と考察している)。そして,利休 および利休七哲の思いを汲むことに心を砕きつつ,また茶道における「市中 の山居」「和敬清寂」「一座建立」という三概念をキリスト教的観点や仏教的 観点からも捉えつつ,キリシタン武将たちにとっての茶道における一致を
「一種の神秘的な絆」であり「上を指して神に通じる縦の方向」へと立体化 されてゆく「横のつながり」と考察している)。
この修養という概念で括ってゆく,キリシタン武将にとっての茶道に関す るチースリク神父の考察は,もちろんキリスト教的伝統に沿う解釈上の含み を基本的枠組として提示しつつ,加えて主体が良心現象における葛藤を超え て何らかの選択を為す方向へと進み得る前提を見定めてもいるし,更にその 選択を成す方向性に付随し得るある種のレジリエンスの獲得の可能性の地平 を見定めてもいる )。
チースリク神父が「上を指して神に通じる縦の方向」と表現する次元を
「精神軸(高さ軸/深さ軸)」と言い換えつつ解釈するならば,その「精神軸」
という次元と,そこにおける神への人間の問いかけは,異なる次元としての
「空間軸(ヨコ軸)」における「一種の神秘的な絆」と交差することによっ て,より活きたものになってゆくということである。それが重要なことであ る。そして,その「一種の神秘的な絆」へと,人間同士の「横のつながり」
を磨き上げてゆくことが,茶道という「修養」であり,茶室は「一種の聖 堂 )」として機能するということである。それも重要なことである。茶道と
)フーベルト・チースリク『キリシタンの心 The Spirit of the Early Christians』
聖母の騎士社,聖母文庫, 年, 頁を参照。
)チースリク『キリシタンの心』 頁を参照。
)チースリク神父が,高山右近や黒田如水といった人物たちの身の処し方のみなら ず,イエズス会士の身の処し方をも茶道との関連において捉え直そうと試みてい るのは,とても意義深く興味深いことである。チースリク『キリシタンの心』第 六章「キリシタンと茶道について」を参照。
)チースリク『キリシタンの心』 頁。なお,キリスト教(カトリック・イエズ ス会)の内部にいるチースリク神父が茶室を「聖堂」に譬えるのは,もっともな ことであるが,岡倉天心のような人物もまた「西洋の諸君,われわれを種にどん
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いう「修養」における「一種の神秘的な絆」は,神を問い神に問う主体の精 神性の在りようを整えつつ,ときに自省と祈りと黙想に沈潜する「荒野」と しての地平を拓きもする茶室を構成しつつ,主体が何らかの決断を為してゆ く(自らの時間軸上の選択肢を自ら掴んでゆく)ための前段階を整えること の内実として収斂してゆくということである。
日常性において非日常性を知る「市中の山居」は,主体に慢心を戒めつ つ,個として在ることの自省を促す。鳥虫花草にすらも心を傾ける「和敬清 寂」は,主体に生と命の軽視を戒めつつ,自然の調和と不条理の受容を促 す。行為の突出を控える「一座建立」は,主体に特定の価値観への執着を戒 めつつ,共時的かつ相対的な社会性の継続的再創造を促す。そして,それら は,個人と社会の様々な利益(保身)追求が共時的に錯綜する社会状況こ そ,人間がその生と命を全うしてゆくべき環境世界であることへの,ある種 の深い統覚として集約され得ることであるし,その統覚の向こうで主体の主 観の主観的主体性が何らかの挫折を覚える際の退避所として展開され得るこ とでもあってみれば,チースリク神父の考察は充分に妥当なものである。茶 道は,戦国時代のキリシタン武将たちが良心現象と切り結ぶような何らかの 特別な決断へと進んでゆく際に,精神的前提(基盤)を整えることに資する ような,また挫折時の退避所を備えることに資するような,修養の道の一つ であったと考え得る。
では,そのように茶道を通して見出し得るような修養の具体的展開,すな わち関係性において自己を問う共時的努力の積み重ねを通して整い得るよう な主体の精神性は,そこからどのようにして一つの(選択的)決断,すなわ ち関係性において自己を問う通時的努力へと移行し得るであろうか。例えば 当時の武将たちにとって茶道と同様に大切な嗜みであった能に,何らかの可
なことでも言ってお楽しみなさい」とか「キリスト教の宣教師は与えるために行 き,受けようとはしない」などと述べつつも茶室を「聖堂」と呼んでいること は,な か な か 興 味 深 い こ と で あ る。岡 倉 覚 三『茶 の 本』岩 波 書 店,岩 波 文 庫, 年,第一章「人情の碗」,第四章「茶室」を参照。
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能性を見出せるであろうか。
能
戦国時代のキリシタン武将たちの日常については,フランシスコ・ザビエ ルやルイス・フロイスらの記録が少々伝えているところであるが,それらの 記録からは,やはり茶道と同様に能もまたキリシタン武将たちの日常におい て大切な嗜みだったのであろうことがうかがえる )。
能に関して注目すべきことは,何と言っても詞章を読み,詞章を謡い,能 役者による舞台を観て,自らも舞台で舞うという,能を嗜む主体にとっての 四つの局面が,主体において通時的に集約されることである。読み,観ると いう曲解釈を通して,主体は,作者とともに演目の再創造に携わることにな る。また,謡い,舞うという曲解釈を通して,主体は,シテやワキとして演 目を(疑似的にではあるが)生き,番組を生きることになる。そして,その ように,能の嗜みにおいて主体が人間の生と命の一つの姿をを通時的に生き る(生ききる)ということ ),それが重要なことである。それが,良心現象 に関する戦国時代のキリシタン武将たちのありようを考察するうえで,とて
)ルイス・フロイス『ヨーロッパ文化と日本文化』岩波書店(岩波文庫),
年, 頁を参照。チースリク『キリシタンの心』 頁を参照。なお,
既に一定の古典化をみつつあった当時の能とは一線を画すような,何らかの意味 合いにおける「キリシタン能」が存在したことも,推測されるところであるが,
それが明確に「キリシタン能」と呼び得る形式と内容を持つものであったかどう かについては,判断が難しく,考証の継続と展開を必要とする。主要な考証資料 は,まずは一六〜一七世紀のイエズス会宣教師たちによる「日本報告」となる が,この「日本報告」の考証上の諸問題,すなわちヨーロッパにおける翻訳・編 集・出版をめぐる諸問題(スペイン語やポルトガル語やイタリア語によるもので ある「日本報告」の原本が,意図的な改変や削除を経て,ラテン語などで『報告 集』として出版されたこと)については,パトリック・ラインハート・シュウェ マー氏(Patrick Rheinhart Schwemmer)による解説がある。シュウェマー
「『キリシタン能』再考:イエズス会日本報告の原本から」『能楽研究 第 巻』
法政大学能楽研究所, 年, ( ) ( )頁を参照。
)そのように,四つの局面が集約されてゆくことには,主体自身が生きている現実 の共時性の多局面が弁証法的相克を経て通時性へと収斂されてゆくことの,一つ の類比的雛形として経験され得ることである。そしてそれは,能を嗜む者である
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も重要なことである。以下,いわゆる四番目物に分類される『卒都婆小町』
を手がかりに,能の嗜みが関係性において自己を問う主体の通時的努力に資 する可能性を考察する。
.卒都婆小町と良心
老残と本来的良心
さて,世阿弥( 年頃〜 年頃)によって骨格輪郭を形成された能 の,五番立の四番目物は,他の区分では括れない曲すべてを纏めて包含して いるような様相を呈してもいるものの ),基本的には,愛する者との別離に よる苦悩狂乱や,この世の出来事や不条理への葛藤怨念が吹き荒れる曲など を括っている )。つまり,ある意味で,最も人間的な物語展開を持つ曲を 括っている。そして,そのような意味あいにおける典型的な曲の一つが,観 阿弥( 年〜 年)の作であり世阿弥の手も入っている『卒都婆小町』
である )。
戦国時代のキリシタン武将たちの内面的葛藤としての良心現象,すなわち 生き方の大原則としての「殺すな,愛せ」というキリスト教の教えと,主君 や家や家臣や領民を守るための戦への出立との間の葛藤の,その成り行きの 構造としての良心現象を考察する観点から言うならば,この小町の物語は,
ならば当然のこととして承知している「命には終りあり,能には果てあるべから ず」(世阿弥『花鏡』奥段)という世阿弥の教えとも重なることである。世阿弥
『風 姿 花 伝・花 鏡』小 西 甚 一 編 訳,た ち ば な 出 版,タ チ バ ナ 教 養 文 庫,
年, 頁を参照。
)「四番目物」能の演目と鑑賞,能楽,舞台芸術教材で学ぶ,文化デジタルライブ ラリー(独立行政法人日本芸術文化振興会)を参照。
https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc9/play/program/gobandate/
yonban01.html
)「曲の種類」能楽事典,能楽を知る(公益社団法人能楽協会)を参照。
https://www.nohgaku.or.jp/encyclopedia/whats/program.html
)『卒都婆小町』檜書店, 年。「卒都婆小町」『観世流謡曲百番集』檜書店,
年 , 頁。『卒都婆小町』の概要については「卒都婆小町」曲目解 説,能楽事典(銕仙会)を参照。
http://www.tessen.org/dictionary/explain/sotowakomachi
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いわゆる「後ろ向きの良心」の複合的なありようが「前向きの良心」のさら なる彼方へと集約されてゆく物語である。知性と教養に裏打ちされた巧みな 弁舌でもって,論理的には堂々たる自己保身を為し得るにもかかわらず,そ れでもなお解放されることなく苦悶にまみれる小町の魂が,何かしら精神性 の高み(深み)へと移行してゆく(移行してゆくように感じられる)物語で ある )。
まず,前場(曲の前半)において,小町は,卒都婆に座して老身を休める 姿を高野山の僧から見咎められるものの,まったく動じることなく僧に応答 し,手際よく僧を論破してゆく。そして一転,後場(曲の後半)において,
小町は,僧に自らの来し方への哀惜や悔恨を語り,彼女を恨んで彼女に取り 憑く深草少将の怨霊との混然たる狂乱の様相を呈し,ある種の唐突な跳躍の ようにも感じられる場面展開を経て,悟りへの希望とともに霧散してゆく。
片山幽雪師の言葉を借りつつ言うならば「何か別の世界に入ってゆくような 広がり )」の中へと抱き取られてゆくのである。
この物語の構造を,良心現象の考察とのかかわりにおいて捉えるならば,
まずは二つの事柄に注目する必要がある。一つは,前場の小町の姿言動は,
彼女自身の本来的良心(良さを求める魂)のありようを具現してはいない
)弁証法哲学や実存主義哲学や仏教思想をも視野に入れておくことも,能と世阿弥
(また広く日本の伝統芸能全般)にかかわる思索において有意であることについ ては,草薙正夫『幽玄美の美学』塙書房,はなわ新書, 年, 頁以下など を参照。
この小町の物語の流れに関しては,とりわけ『三道』などに見受けられる世阿 弥の能作論上の志向(幽玄の探求を永遠の希求へと繋いでゆく志向)の弁証法的 傾向性の反映をみることで,考察の進むところがある。世阿弥『風姿花伝・三 道』竹本幹夫訳注,角川ソフィア文庫, 年, 頁以下を参照。但し,その 際,精神的にも現実的にも能を生きることで自らの人生を作っている世阿弥なら ではの,いわゆる時計の時間には収まりきらないけれども思弁にも陥りきること のない,主体の在りようと物語の展開の作り込み方の繊細な含みに,留意する必 要がある。吉村貞司氏の言葉を借りつつ言うならば,能においては「時間も空間 も人間的」(吉村貞司『沈黙の美』毎日新聞社, 年, 頁)だからである。
)片山幽雪/宮辻政夫/大谷節子『無辺光 片山幽雪聞書』岩波書店, 年,
頁。
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(具現してはいないどころか隠している)し,その本来的良心の解放や平安 に直結するところもない,ということである。つまり,この物語の小町を見 つめる限りにおいてではあるが,良心現象は,理屈(筋道,論理と倫理)の みならず価値観とも共にゆく,ということである。そして,もう一つは,後 場の小町の感情の氾濫と,それに続く何かしら目には見えない怒涛のうねり の奔流が,不思議な高揚感や納得感をも惹起しつつ,ある種の唐突な跳躍の ようにも感じられる場面展開を経て終幕へと解消されてゆくことである。
良心現象と価値観
前場の小町の,見事に高野山の僧を論破する,隙のない知性と教養は,あ る種の世俗的「武装」を完遂する瞬発力としては十分に機能し得ている。け れども,その時点では,それは,まさに,ある種の世俗的「武装」という形 で,彼女自身の本来的良心(良さを求める魂)のありようを隠すことにおけ る瞬発力として機能し得ているということであって,その本来的良心を支え る精神性としては整っていないし,その本来的良心の解放の方途の方向性を 探る精神性としても整っていない。
このことは,理詰めのみでは良心現象を構成できないことを示している。
もちろん,前場の小町が隙のない知性と教養の瞬発力でもって提示してみせ る考え方は,高野山の僧にとっては宗教的にも,理屈(筋道,論理と倫理)
的にも,世俗的にも妥当性と誠実性を備えたものであり,それゆえにこそ
「眞に悟れる非人なりとて僧ハ頭を地につけて三度禮し給へば )」という地 謡へと繋がってもいるはずのものである。つまり,僧(また他者一般)に とっては,小町の内面における良心現象の反映を想う(深読みする)に十分 なものである。けれども,小町自身にとっては,そうではないのである。僧 が(それも「高野山」の僧が)小町への深い敬意をもって三度も地に伏して くれるような状況に至ってすら,そこに彼女自身の本来的良心が納得する良
)「卒都婆小町」『観世流謡曲百番集』 頁。
老残のゆくえ 163
さ(善さ・好さ)はないし,彼女自身の本来的良心が求める良心現象の形も 出口もないのである。そして,それは,本来的良心の本来性が,主体の主観 の主観的主体性の一様態としての価値観から切り離せないということでもあ る。
往時の美貌や華やかな暮らしへの小町の愛惜は,決して単なる自然的摂理 としての自らの老いへの慨嘆との表裏ではなく,自らの来し方の生き方次第 で避け得たかもしれない自らの老残の現実の具体的ありようが,彼女自身の 価値観とはまったく相容れないという,悔恨と無念の錯綜によって織り上げ られている逃げ場のない(出口の見えない)苦悶との表裏である。自らの来 し方ではあっても,過去は,変えられない。それが,自分一人の過去ではな く,互いの若さゆえの思慮の不足に不運が掛け合わされた,深草少将との恋 愛事件も絡んだ過去ともなれば,尚更どうしようもない。そして,その「ど うしようもない過去」が自らの価値観とはかけ離れているという現実に,自 らの良心が耐えきれないこともまた,どうしようもない。小町は,そのよう に入れ子状に錯綜してゆく「どうしようもない過去」によって掻き立てられ る「後ろ向きの良心」の複合的なありように苦悶し,そのように苦悶する
「今」からの解放の方途を見出せないことにもまた苦悶し,苦しんでいるの である。
では,そのように苦悶する小町の「今」が,この物語に幕を引く「これに 就けても後の世を。願ふぞ眞なりける。砂を塔と重ねて黄金の膚こまやか に。花を佛に手向けつゝ悟りの道に入らうよ )」という地謡に舞う姿へと繋 がってゆくことを,どのように解釈・評価し得るであろうか。
能の自己運動
後場の小町の感情の氾濫は,理詰めで僧を論破し得る彼女の,その理詰め 自体にすらも彼女自身が耐えきれないことを思い遣るならば,当然のことで
)「卒都婆小町」『観世流謡曲百番集』 頁。
164 桃山学院大学社会学論集 第 巻第 号
ある。人間が時間的存在者として生きているということ,命を保持している ということが,一つの切れ目ない時間軸上に存在するということである以 上,記憶というものは,どこまでも追いかけてきて,自らの時間軸上から逃 れようのない孤独な主体を,その変えようのなさをもって苛みもする。そし て,主体が時間的存在者として生きている「今」もまた,時々刻々と,その 変えようのなさへと組み込まれてゆき,その変えようのなさを複合化させて ゆく。小町の苦悶は,そのような時間軸(タテ軸)上にあることの「病」で あり,人間が時間的・個別的存在者であることの「病」である。また,その ような時間軸上にあることの「病」をめぐって,他者との間に何らかの信頼 感に基づく共有関係を見出せずにいるという,空間軸(ヨコ軸)上にあるこ との「病」であり,人間が空間的・社会的存在者であることの「病」であ る。
ところで,この物語の終幕間際の,ある種の唐突な跳躍のようにも感じら れる場面展開における小町の姿には,カントの良心論やボンヘッファーの良 心論を思い起こさせるところがある。と言うのも,カントもボンヘッファー も,それぞれの良心論の展開において,ある種の飛躍を提示しているからで ある )。けれども,踏み込んで注視するならば,カントやボンヘッファーの 飛躍と小町の跳躍は,似て非なるものである。なぜならば,カントやボン ヘッファーの飛躍は,特定の局面における主体性の断念であるのに対して,
小町の跳躍は,主体性の行使だからである。何かしら魂の奥底から吹き上げ てくる風に乗って舞い上がるような,人間として良く(善く,好く)ありた いと望み,願い,求める意思の,主体的かつ具体的な形の提示だからであ る。
カントもボンヘッファーも,良心現象の根拠と妥当性をめぐって神的(絶
)齋藤かおる「カントの良心論の展開 その概念史的意義と限界」『愛知 第 号』を参照。齋藤かおる「良心現象における超越性の行方 ハイデッガーとボン ヘッファーを手がかりに」『愛知 第 号』を参照。
老残のゆくえ 165
対的)な何かを(カントは暗暗裡に,ボンヘッファーは明確に)前提してし まっていることの表裏として,良心論の展開にある種の回避を組み込んでし まっている。そして,その結果として,彼らの良心論においては,行為の妥 当性が,どこまでも神的(絶対的)な何かによって保証されることとなり,
人間は,常に自らの良心現象の妥当性を神的(絶対的)な何かに問い合わせ つつ生きる存在へと切り縮められてしまう。良さを求める魂の営為は,生を めぐる選択から,生をめぐる問い合わせへと切り縮められてしまう。けれど も,小町(小町の人物造形を通して表現される,この物語の世界観・人間観 の,良心論的展開)の場合は,そうではない。この物語の終幕間際の小町 は,何も回避してはいないのである。小町は,何らかの条件付きで悟ろうと するのではなく,ありのままの自己のすべてをもって(深草少将にも取り憑 かれたままで)悟ろうとしているのである。この物語の終幕間際の小町が感 じさせる,ある種の唐突さは,何も回避しない,条件付けしない,ありのま まの生と命の丸ごとのようにして,悟ることへと自らを投げかけてゆく,そ の小町の姿の全身全霊さの表裏なのである。
では,そのように小町が「これに就けても後の世を。願ふぞ眞なりける。
砂を塔と重ねて黄金の膚こまやかに。花を佛に手向けつゝ悟りの道に入らう よ」という地謡に舞いつつ,何かしら目には見えない怒涛のうねりの奔流の 中から「何か別の世界に入ってゆくような広がり」へと抱き取られてゆく,
ある種の唐突な跳躍のようにも感じられる終幕への流れを,良心現象を考察 する観点から,どのように捉え得るであろうか。小町の感情の氾濫と,それ に続く怒涛のうねりの奔流が,不思議な高揚感や納得感をも惹起しつつ,終 幕へと解消されてゆくことを,良心現象を考察する観点から,どのように解 釈し評価し得るであろうか。そのあたりの諸問題と向き合うことに関して は,味方健師による以下のような考察が,重要な手がかりとなる。
仏体色相の忝き卒都婆を朽ち木だと思って腰をおろし,それを傲然と正
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当化して見せた老残の小町が,少将との執拗なせめぎ合いをも,さらり と捨てて,「砂を塔と重ねて」仏道に入ろうと,「砧」の〈キリ〉にも通 う気味あいで,慇懃・敬虔にトメるのは,「卒都婆小町」一曲のみごと な昇華であった )。
この昇華路線は,以後,いよいよ高きを求めてゆく。もちろん,これ は,「卒都婆小町」を手がける役者たちと,享受するひとびとの真摯な 作業とともにあるにちがいないが,いいようによっては,先述のごと く,能の,そして「卒都婆小町」という作品の自己運動でもあった )。
この味方師の考察が「自己運動」という概念によって提示しているのは,
おさまりの付きづらい人生の終幕間際の錯綜にかかわる舞台演出上の諸問題 への対処や,いわゆる北山文化の動勢にかかわる諸問題との対峙 )も含め,
作者・演者・観客すべてが,ある意味で巻き込まれ,混然一体となって一曲 の終幕へと収斂されていった,という方向性の(包括的かつ現象学的視点か らの)ことであろうと考えられる )。そして,そうであってみれば,この味 方師の考察は,能の理念と作品にかかわるところを超えて,広く良心現象全 般の哲学にかかわるところにおいても,とても重要なものである。
前述したように,老残の小町の苦悶は,人間が時間軸(タテ軸)上にある
)味方健『能の理念と作品』和泉書院, 年, 頁。
)味方健『能の理念と作品』 頁。
)世阿弥が北山文化の最盛期と言われる足利義持の時代の「特有の風潮……きわめ て洗練された文化的雰囲気」の動勢の中で「能の本質について十分な認識を持っ ている者を理想的な観客とし,能を『知らざる』者から区別する」方向へと進み 至ったことや,そのことをめぐる諸問題については,高野敏夫『世阿弥 まなざ しの超克』河出書房新社, 年, 頁, 頁を参照。
)この味方師の考察は,世阿弥の「出来場を忘れて能を見よ,能を忘れて為手を見 よ,為手を忘れて心を見よ,心を忘れて能を知れ」(世阿弥「花鏡」『風姿花伝・
花鏡』小西甚一編訳,たちばな書店,タチバナ教養文庫, 頁)という文言の 中に世阿弥自身をも包み込んでゆくという点で,世阿弥の思想の(ある意味で世 阿弥を超えてゆく)本質的展開でもある。
老残のゆくえ 167
こと,時間的・個別的存在者であることの「病」であり,空間軸(ヨコ軸)
上にあること,空間的・社会的存在者であることの「病」だと言える。そし て,それゆえに,この小町の物語は,そのような時空的存在者であることの
「病」の物語だと言える。けれども,悟りに向かって小町が自らの本来的良 心(良さを求める魂)を解放してゆく流れに,作者・演者・観客すべてが,
参与しつつ巻き込まれてもいる(自覚的な介入が自覚を超えた全体像の一部 分を成してもいる)ならば,この小町の物語は,取りも直さず,ひとりの人 間の,その生と命を全うしてゆく現実における,自らの時間軸(タテ軸)と 空間軸(ヨコ軸)への肯定的意識の回復の物語でもある。ある種の「病」を かかえていた(交差を見失っていた)主体の時間軸と空間軸が,あらためて 自覚的に交差し始める,その時間軸と空間軸の主体の魂のレジリエンス
(resilience)の物語でもある。また,それゆえに,この小町の物語は,例え ば戦国時代のキリシタン武将たちのような,非常に深刻な内面的葛藤(良心 現象)と切り結ばねばならない主体の,その自らを問う努力において,主体 を巻き込みつつ,共時的にも通時的にも主体の手がかりとなってゆく物語で もある。
.精神の自己塑像としての良心現象
老残からの小町の解放を,能の「自己運動」と見るならば,そこに,良心 の概念史の迷走からの出口も見えてくるのだが,さらに踏み込んで確認して おきたいのは,やはり主体の在りようである。地謡が告げるところの,小町 の「砂を塔と重ねて黄金の膚こまやかに」為す姿であり,また小町の「花を 佛に手向けつゝ悟りの道に入らうよ」と語る姿である。そして,そのような 姿に,言わば主体による精神の自己塑像のような,良心現象の出口へと至る 流れを見出し得ることである。
もし,従来の良心論(主に西欧言語文化に根ざす良心論)の展開を,何か しら神的(絶対的)なものに問い合わせつつ,正しい選択肢(正しいと評価
168 桃山学院大学社会学論集 第 巻第 号
され得るように思われる選択肢)を探し求めて主体が主体自身を彫り削って ゆくような,主体による精神の自己縮減に例えるならば,小町の物語に触発 されつつ構成する良心論の新たな展開は,通時的存在かつ共時的存在として の人間の在りようの構図から力学的に発生する圧力 )が,背後の支援力へと 変化もする,ある種のうねりの中から,一つの選択肢を主体的に掴んでゆく 主体が主体自身を作り進めてゆくような,主体による精神の自己塑像なので ある。
また,およそ能が「現実そっくりの舞台装置と対照的で……そこにはセッ トと称せられるほどのものはほとんどなく,あったとしても,象徴に近く簡 単で……演者が人物であり,同時に場所であり,時間でなければならな い )」ような「もっとも不可能な状態で,しかも可能以上を演じようとす る )」ものであり「演者は心理であり,行動であり,同時に舞台装置,ある ときは照明さえも演じきってしまわねばならない )」ところに「演技の極 限,劇の極致を見る )」ものであるならば,そもそも能そのものが,その総 体として,予め彫り削って縮減を極めたところから始める自己塑像的芸道で あって,能が良心現象の出口を問う主体の手がかりとなってゆくのは当然の ことなのである。
茶道や能は,これまでも,そのものとして様々に注目され考察されてきた し,日本の伝統文化と他文化との対比という文脈においても様々に注目され
)例えば,後場の小町が物着で風折烏帽子をつけることなどは,それが「少将の霊 が憑くわけではない」(岩崎正彦『能楽演出の歴史的研究』三弥井書店,
年, 頁)ことや「現実の社会で男子が烏帽子をかぶる習慣のあった時代に は,本来烏帽子をつけることのない女がこれをつけた場合,その異形性は今より もずっと強い印象を与えたはずである」(同上, 頁)ことを踏まえるならば,
通時性と共時性の交差の力学という観点からも演出意図や演出意図を超えた効果 を考察し得る事柄である。
)高野敏夫『世阿弥 まなざしの超克』 頁。
)同上 頁。
)同上 頁。
)同上 頁。
老残のゆくえ 169
考察されてきたが,茶道や能の精神性を手がかりとして良心概念やレジリエ ンス概念の考察究明を試みてゆく(また逆に良心概念やレジリエンス概念を 手がかりとして茶道や能の精神性を読み解いてゆく)方向性は,さらなる多 様な可能性のうかがえるところであり,その方向性を見据えつつ,茶道や能 を中心に日本の伝統文化にかかわる基盤的思索を深めつつ,良心概念やレジ リエンス概念を問い続けてゆくことが,さしあたり今後の重要な課題とな る。と言うのも,言語的概念を駆使した精神性の表出を必ずしも重視しない 日本の伝統文化にこそ,言語的概念による新たな(そして豊かな)表出の可 能性を見込めるはずだからである。
翻って,そのような茶道や能の精神性を手がかりとする考察の可能性を踏 まえつつ,さらに深めつつ,西欧言語文化圏の学問と宗教に深く根差してき た良心の概念史の老残としての,良心現象の根拠と妥当性をめぐる主体の主 体性の喪失と,それに伴う良心論の迷走を,引き続き西欧言語文化的伝統の 文脈に沿いつつ問い続けてゆくこともまた,今後の重要な課題である。と言 うのも,どの言語文化圏にも,言語的概念が孕む様々な不足や危険性を超え て,なお拓き得る思索的領野があるはずだからである。
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Giving serious consideration to the phenomenon of conscience has continued from ancient times to the present day without reaching any unified interpretation. It means, in a sense, that the concept of conscience is inextricably linked to the times. And if that is the case, the efforts to verify the conceptual history of conscience and to further deepen, organize, and clarify research on the phenomenon of conscience are essentially important efforts both for individuals and for society. The efforts accumulate the
“now” that contributes to the future and increase the certainty of resilience toward tomorrow.
Most of the conscience theories that have been spun by various thinkers since ancient times have taken on the appearance of a difficult struggle to protect one of the ideals of the life morality of human beings. As a result of all the interest in the hardiness of “I”ʼs morality in the subjectivity, it seems that a certain theoretical result has been reached, but it has been released from the actual social connection, and most of the time they have stepped into the labyrinth. Therefore, in order to explore a new direction of conscience theory, it is necessary to verify the validity of the fact that we have always been interested in the hardiness or stubbornness of “I”ʼs morality in the subjectivity. It is necessary to find some kind of exit that will put an end to the stepping into the labyrinth that has been released from the social connection.
Based on such a need, we will give an overview of the important trends of modern times in the conceptual history of conscience and proceed with
Conscience and Sotoba Komachi
Caterina Caoru Saito
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consideration for finding a new direction for conscience theory. Specifically, after confirming and verifying the problems of conscience theory that become clear from the overview of the conceptual history of conscience, we will focus on the events in Japanese history that are deeply related to these problems. Then, we consider the complex spirituality of the art of Noh, which has continued to exist as the spiritual undercurrent of traditional Japanese culture.
We explore the possibility of finding the exit of the theory of conscience through the consideration of a work of Noh, Sotoba Komachi.
We will also give attention with keen interest to the importance of the concept of resilience in the consideration to the phenomenon of conscience study because the concept of resilience and the phenomenon of conscience are complementary to each other.
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