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(1)

北 海道の雪氷 No 21(2002)

モ レー ン堰 き止め氷河湖の形成機構 に関する一考察

山田知充 (北大低温研

)坂

井亜規子・ 内藤望 (名大地球環境研)

1.同

目 の設 定

ヒマラヤ 山脈東部 山域の南北斜面 に流れ 降 りて いる大規模な谷氷河の末端 には、近 年の地球温 暖化の影響 による水河の急速な融解 によ って、モ レー ンで堰 き止め られた 氷河湖が次 々と形成 され、拡大を続 けて いる。モ レーンはダムの堤体 と しては非常 に 不安定なため容易 に決壊 し、氷河湖決壊洪水 (Glac al Lake Outburst Flood,GLOF)

と呼ばれ る洪水 を引き起 こす。ネパ ールの例 では1964年以来3年に1度以上の頻度で 発生 し、下流域の 自然やインフラ、人々の暮 らしに甚大な被害をもた らしている。

モ レー ン堰き止め水河湖は岩屑で覆われた大 きな谷氷河の氷舌 と呼ばれ る舌 のよ う に伸 びた消耗域の末端 に形成 さて いる。 同 じ気候条件下 にあ り、同 じよ うな形態 を持 つ氷河で も、氷河湖が形成 されて いるのは、今の ところ、その一部 にすぎない。なぜ 一部 の水河 にのみ水河湖が形成 されているので あろ うか

?未

だ氷河湖が形成 され て い な い水河 にも、将来氷河湖が形成 され得 るのであろ うか

?そ

れ とも、 ごく一部の特殊 な水河 にのみ氷河湖が誕生するのであろ うか?この疑間 に回答 を与えるための作 業仮 説を提示 してみよ う。

2.モ

レー ン堰 き止 め氷河 湖 はな ぜ 出来 る か

?

ヒマラヤの水河 は多量の岩屑を含んで いる点で 、アラスカや ヨーロ ッパの水河 に比 べて際立 った特徴がある。 ヒマラヤの谷水河涵養域は 6000mを超える峰々の急崚な斜 面 に囲まれ ている。斜面は凍結破砕帯高度 にあるため、多量の岩屑が生産 されて いる (例えば、Sh ra wa、 1992)。 急峻な斜面 に降る降雪は、絶えず雪崩 とな つて斜面の岩 屑を巻 き込みなが ら氷河 を涵養 して いる。氷河の涵養域 (堆積域

)に

は、多量の岩 屑 が内部 に取 り込 まれて いる。岩屑を含んだ氷河 は、斜面 を削 りなが ら流れ下 り、 多量 の岩層が下流 に運 ばれ る。消耗域 に達 した水河 は表面か ら融解 し、内部 に含 まれ て い た岩屑が析 出 して水舌表面を覆 い始める。流れ 降 りるにつれて表面 を覆 う岩屑は厚 さ を増す。 この様 に水舌表面が厚 い岩層 (デプ リ

)に

覆われて いる水河 をデ プ リ氷河 と 言 う。氷舌端 まで運 ばれたデ プ リは、氷河が融 け切 つて解放 され、氷舌末端 にモ レー ンを形成する。水舌の前面 に出来 るモ レー ンをエ ン ドモ レー ンまたはター ミナルモ レ ー ン、氷舌 の両側面 に出来るモ レー ンをサイ ドモ レー ンまたはラテ ラルモ レー ンと言 う。モ レー ンは、谷底か らの比高が数

10mか

300mに

も達する規模 にまで成長を遂 げ、 まるで城壁の よ うに切れ 目な く谷氷河 の水舌 を馬蹄形 に取 り囲んで いる。

モ レー ン堰止水河湖は、この様なデ プ リ氷河 にのみ形成 されて いる。モ レー ンは最 近の水河拡大期であ つた

1619世

紀の小氷期 と呼ばれる水河拡大期 に形成 された岩 、 礫、砂 、粘土鉱物 か ら成 る水河堆積物であ り、植生 はな く、まだ固結 して いな い新鮮 な岩屑が積み上が った、きわめて不安定な構造物 である。水舌を取 り囲んだモ レー ン が、天然のダムとな って氷河湖形成の場 を提供 し、決壊の主役 を演 じて いるのである。

ヒマラヤのデ プ リ氷河はこの 100年ほ ど前 か ら縮退 に転 じた。縮退する と氷舌 は薄 くな って行 く。即 ち氷舌表面 は低下する。表面が低下を続 けると、遂 には氷舌がモ レ

‑15‑

(2)

北海道の雪氷

 N021(2002)

― ンで 囲 まれ た 窪地 とな る。 行 き場 を 失 った水 が窪地 を 満た す こ と にな る。 これが モ レー ン堰 き止 め 氷河 湖 で あ る。 従 つて 、 末 端 に水 を通 さな いモ レー ンを氷 舌 前 面 に持 つ あ らゆ る水 河 の 縮 退 過 程 で モ レー ン堰 き止 め 水河 湖 は 形成 され る。 但 し、氷河湖 が 出現 す る か否 か は 、水 舌表 面 の 低 下速 度 が 速 いか遅 い か に依 つて お り、 表 面低 下 速 度 が速 い水 河 で は氷 河 湖 は早 く形 成 され 、遅 い水 河 で は未 だ 氷河 湖 の 形成 が 見 られ な い。

も っ と遅 い氷 河 で は 、 氷河 湖 が 形 成 され な い ま ま次 の拡 大 に転 じる こ と もあ ろ う。 地 球温 暖 化 は表 面低 下 速 度 を加 速 し、水 河 湖 の 形成 を 早 め て いる と考 え られ る。

3.デ プリ水河の表面低下

デプリで覆われた水河表面の上昇や低下、即ち氷河が厚くなつたり薄くなったりす

る の は :

① 水河の表面質量収支、

 b

② 氷河の動力学過程 による水厚の増減、 △h

で決 まる。bは水舌が消耗域 にあることか ら、負であ り、降 り積 もる雪の量を超 える 融解 によ って表面 は低下 して いる。水河 を横断面で区切 ったある体 積の水体 を考えた とき、上流側か ら流れて くる水の量か ら下流 に流れ去る水の量の差が正の時は圧縮流 とな り、上昇流 (湧昇流

)が

生 じて表面 は上昇する。負の時は伸張流 とな つて、下降 流 (沈降流

)が

生 じ、表面 は低下する。消耗域 は一般 に圧縮場 にあるので表面は上昇 し、 △hは正で ある。従 つて、

 b<0<△ hで

あ り、

 bの

絶対値が △

hの

それよ り大 きいと低下する し、小 さい と上昇 することになる (内藤望、2001)。

現在のモ レー ン頂部(crest)と 氷河表面 との比高は、水河が縮退 に転 じてか ら100年 ほどの間 に、最大比高部分で

60100mに

達 している。た とえ △

h>0で

あ って も、

 b

の絶対値が大きか ったため に表面 は低下 したのである。

表面低下速度 は氷舌表面の質量収支(主に融解速度)と湧昇流 との綱弓│きで決 まる。

氷河 によつて これ らにどのよ うな違 いがあるのであろ うか?

4.デ

プ リ氷河 の融解

氷河表面のデプ リの厚 さが

10mm以

内までは、融解を促進するが、これを超える と融解を抑制する。デプ リ氷河は、融解を抑制するに充分な厚 さのデ プ リを表面に載 せているため、融解が著 しく抑制 されている。デプ リがなければ、水河末端が上流ヘ と後退 していたであろう氷舌部分が、未だエ ン ドモ レー ンに接 しているのがデプ リ氷 河の大きな特徴である。

氷舌を覆 うデ プ リの厚 さは均―ではない。だか ら融解速度 も均―ではないため、水 舌表面には数

mか

ら 10数

mも

の大きな凹凸が形成 される。凹部 と凸部を結ぶ斜面勾配 は時間と共に大きくな り、斜面上のデプ リは凹部 に落下 し、氷が露 出 した氷壁が出現 し、一夏に 10mも の高速で融解する。凹部 には融け水が集まり、池が形成 される。池 はデプ リ域よ りも熱を効率的に吸収 し、その下にある水の融解を促進する。温まつた 池の水が氷河内水路 に流れ込んで水路を拡大 し、遂 には天丼が陥没 し、新た に池と氷 壁のセ ッ トが出現することもある (坂井亜規子、2001‑a)。 氷舌上の池は安定的に長期 間、維持されることはな く、できては消え、消えてはまた別の場所 に形成 されている。

デプ リ氷河氷舌表面 に形成 され る水崖 と池が氷河の融解を促進 している。そのため、

氷が厚さ

lmを

超えるデプ リに覆われるとほとん ど融解はな くなるが、実際のデプ リ

‑16‑

(3)

北 海 道 の 雪 氷 No 21(2002)

水河では、全体 と して平均 的なデ プ リの厚 さか ら期待 され る以上の融解が起 こって い るのである (坂井亜規子、2001‑b)。

デ プ リは融解 を抑制するが、氷崖 と池はその抑制効果 を薄めて いる。デ プ リの厚 さ が薄 い水河 ほど、また融解を促進 する池 と氷壁が多数分布 している水河 ほ ど融解 によ る表面の低下速度 は大 きい。

池 と水壁が発達 している水河 とそ うでな い水河があ り、 これ らの出現位置 と数密度 が どのよ うに決 まるのかはまだよ く分か つていな い。

5.氷

河 の表 面 傾 斜 と流 動

他の条件 が同 じで あれ ば、表面傾斜が急な氷河 ほ ど流 動速度 は大き く、経 いほど小 さい。流動速度 は氷河末端で は0とな る。だか ら、急な氷河 ほど末端 に向か うにつれ て流速の減る割合が大 きいか ら、強 く圧縮 され、上昇流 が大 き くな る。 これが融解 に よる表面低下を相殺するため、表面低下 に長 い時間が かかるであろ う。逆 に表面傾斜 が緩 く、流動が不活発な氷河 ほ ど表面低下 には有利で あ り、氷河湖が出来やす い。 ブ ータ ンのルナナ山域 とチ ョモ ラ リ山域の水河で は、水河の表面傾斜が 以下の水河 にのみ氷河湖ができて いる (Rey nolds,2001)と い う観察結果は、上の推論 を支持 し ている。

氷河の表面傾斜の緩急 は水河湖の形成条件の重要な一要素である。

6.水

浸 しの水 舌

ゆっく りと表面が低下 しつつあるデ プ リ氷河 に、氷河湖が いかなるタイ ミングで形 成 され るのであろ うか。その推論のため に、氷河流域 か らの排水 システム と水河 内地 下水 について考察 してみる。

これ までの観察 による と、全てのデ プ リ水河流域 には表流河川が見 られな い。デ ブ リ氷河集水域か らの融解水 と雨水 は、一旦氷河 内に張 り巡 らされている氷河 内水系 に 取 り込まれ、最終的 には水舌末端域で水河 上 に湧出 し、氷河 上の河川 とな つてモ レー ンの最低部 か ら排水 されている。 このよ うな水系を通 って排水 され る水量 は、集水域 面積が

776平

kmの

ツ ォー・ ロルバ氷河湖を例 にとると(Yamada,1998)、 年間およ そ1億 トンに達する。

多量の水が氷河の 中を通 って流下 し、モ レー ンを乗 り越 えて排水 されて いる とい う ことは、水河上の河 川やモ レー ン流 出日の水面 レベル よ り下部 にある氷体 内の空隙や ムーラ ン、ク レバス、水河底や氷河 内水路 、三又粒界等 が水で満た されて いる と考 え ないわけには行かな い。冬期 に表層数

mは

凍結するであろ うが、融解が始 まってか ら まもな く、水舌 は水浸 しにな り、その水面の連な りで ある氷河 内地下水面 は、下流 か ら上流 へ と緩 い動水勾配を もって分布 する ことにな ろ う。事 実、 ヒマラヤのヤ ラ氷河 やカムチ ャッカのカ レータ氷河、 シベ リアの

N031氷

河、パ タゴニア北氷陸の水原部 な ど、世界 中の水河で 、消耗域の裸氷体 を掘 削する と、地下 に水面が現れ る。モ レー ンに縁取 られたデ プ リ氷河水舌を掘削する と、地下水面が現れ るに違 いな い。地下水 に関する充分な情報 は未だな く、今後の観測を待たね ばな らな い。

7.氷

河 湖 の 形 成 仮 観

デ プ リ水河の氷舌表面が、動 力学的過程 による表面上昇 に打ち勝 って、融解 によ つ

‑17‑

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北海道の雪氷 No 21(2002)

て 低 下 を続 け 、表 面 が 遂 に地 下 水 面 まで 連 した 時 、氷 河 表 面 に池 が 安 定 して 存 在 し続 け る こ とが 出来 るよ うにな る。 水 面 が 地 下 水 面 に一 致 して しま った 池 は 、 もは や 消 え る理 由 は 無 い。 池 は長 期 に維 持 され る こ と とな る。 池 は効 率 よ く短 波 放 射 を 吸 収 し、

拡 大 の 一 途 を辿 る。 氷 河 湖 が 誕 生 した 瞬 間 で あ る。

氷 河 湖 の 形 成 が 開始 され る の は 、水 河 表 面 が 一 番 早 く地 下 水 面 に達 す る よ うな 場 所 で あ る 。 消 耗 域 で は上 流 ほ どデ プ リの 厚 さ は薄 いが 、気 温 が 低 い た め (融解 時 期 が 短 いた め)、 融解 速 度 は遅 い。一 方 、下流 ほ ど気 温 が 高 く融 解 には有 利 で あ るが 、デ プ リ の厚 さが 厚 くな るた め 、融 解 速 度 は減 少 す る。 そ の 中間 に、デ プ リの 厚 さの 割 には気 温 が 高 く、 融 解 によ る表 面 低 下 速 度 の 最 も大 き い領 域 が あ る。 一 方 、圧 縮 流 に よ る表 面 の 上 昇 速 度 に も、氷 河 の 流 動 方 向 に あ る分 布 を もつ。 両 者 の和 で 表 面 低 下 の 最 も大 き な 地 点 が 決 ま るの で 、 これ を予 測 す る こ とは それ ほ ど単純 で は な い。 と もか く、 水 舌 の 上 流 と末 端 との 間 の ど こか に 、表 面 低 下 速 度 の 最 も大 きな 領 域 が 出 現 し、 そ こ に 水 河 湖 が 誕 生 す る。

水 河 の 表 面 傾 斜 が 小 さ く、 平 坦 な ほ ど、 氷 河 表 面 レベ ル の 低 下 につ れ て 、 同 時 に広 範 囲 に池 が 地 下 水 面 に到 達 す る。 一 斉 に池 が 安 定 的 に維 持 され る よ う にな り、 時 間 の 経 過 と共 に拡 大 して互 い に繋 が り、池 か ら湖 へ と短 時 間 に成 長 す るで あ ろ う。一般 に、

水 河 表 面 は下 流 に傾 斜 して い る か ら、地 下 水 面 の 水 河 表 面 か らの 深 さは下流 ほ ど浅 く、

上 流 ほ ど深 い と考 え られ るの で 、表 面 傾 斜 が 急 な 氷 河 ほ ど、 一 斉 に池 が 出来 る こ とは 無 く、 池 か ら湖 への初 期 の拡 大 には不 利 で 拡 大 速 度 は遅 いで あ ろ う。

以 上 は これ まで に得 られ た 知 識 と観 察 結 果 を も と に して 、若 干 の 物 理 的 常 識 を 加 味 して描 いた 氷 河 湖 の 形成 機構 に関 す る作 業 仮 説 で あ る。 これ を検 証 す るた め に は 、 氷 河 湖 を持 た な いデ プ リ水河 と既 に水 河 湖 を持 つ 水 河 とを い くつ か選 択 し、比 較 しつ つ 観 測・ 観 察 す るの が近 道 で あ ろ う。 形 成 機 構 を量 的 に記 述 で きれ ば 、 あ る任 意 の デ ブ リ水 河 に水 河 湖 が形 成 され る か ど うか 予 測 可 能 とな る。 現 場 で の 観 測 には 困難 な 観 測 項 目もあ ろ うが 、今 後 の よ リー 層 の情 報 の 収 集 が 待 たれ る。

文 献

内藤 望 (2001):ネパ ール・ ヒマ ラヤ の近 年 の 水 河 縮 小 に関す る数 値 実験 的研 究。名古 屋 大 学 大 学 院理 学 研 究 科 博 士 論 文 主論 文

坂 井 亜 規 子 (2001a)ヒ マ ラヤ にお ける 岩 屑 に覆 わ れ た水 河 の 融 解 過 程 に関 す る研 究。

名 古 屋 大 学大 学 院 理 学 研 究 科 博 士 論 文 主 論 文

坂 井 亜 規 子

(2001b)岩

屑 に覆 わ れ た 水 河 の 融 解 過 程 。 雪氷 、63(2)、

191200

Shiralwa, T  (1992) Freeze― thaw activities and rock breakdown in the Langtang

Valley, Nepal Himalaya  f″ y′″ο″  Sc′  ″ο々ka′びο υ″アに,  15(1),  1‑12

Reynolds,  J  M  (2000) On  the  formation of  supraglacial  lakes  on  the

debris―covered glaciers  lAHS, 264, 153‑161

Yamada,T(1998)Glacier lake and its outburst flood in the Nepal Himalaya Data Center for Glacier Research, Japanese Society Of Snow and ice Monograph No  l  pp96

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参照

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