調査・研究活動(27号)
雑誌名
アジア・アフリカ文化研究所研究年報
巻
27
ページ
182-213
発行年
1992
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00011227/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja調 査 ・ 研 究 活 動
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︿ モ ン タ ナ だ よ り ﹀ アメリカ合衆国に於ける東南アジアの留学生 研究員 田 公 丸 米 一 、 は じ め に 一 九 九 二 年 の 秋 学 期 か ら 、 モンタナ大学の経営大学院と経営学部で本格 的に授業を担当してまず驚いたことは、 アジアからの留学生が多いことで あ っ た 。 筆 者 が 担 当 し た 科 目 が 、 ﹁ ア ジ ア に お け る 日 本 の 海 外 直 接 投 資 ﹂ (大学院)と﹁アジア諸国の経営環境﹂(学部三・四年生) で 並 ハ に ア ジ ア に 関する講義であったことも影響したかもしれない。それにしても大学院で は八名中アメリカ人は四名で、インドと中国が各一名、 ドイツが二名、学 部では二九名中マレーシア一四名、 日本一名、ジボティ一名でアメリカ人 学生は半数以下である。種々の国籍の院生達と講義内容の議論をすること は、非常に有意義であるが、学部の留学生の場合には色々と問題がありか な り 悩 ま さ れ た 。 以 下 、 アメリカにおける留学生の実体とモンタナ大学の 留学生について述べることにする。 二、アメリカにおける外国人留学生 一九九一/九二年度のアメリカ合衆国の受入留学生は、四一九、五九O /¥ 名である。国際比較可能な一九八九年のUNESCO
の統計によれば、世 界の留学生の合計が約一一O万名で、受入国の第一位はアメリカで三八万 七千名、第二位はフランスで一四万四千名、以下西ドイツ九万二千名、 ソ 連七万五千名、イギリス六万三千名、カナダ三万二千名、オーストラリア 二 万 五 千 名 、 アメリカ合衆国が そして日本が第八位で二万四千名である。 いかに多くの留学生を受け入れているかを知ることができる。 一 九 七 O 年 に は 十 四 万 四 千 名 、 一 九 八 O 年 に は 三 十 一 万 二 千 、 一九九O年には四十万 七千名と年々の増加を続けている。因みに日本の場合は、一九七O年に四、 四 四 七 名 、 一 九 八 O 年 に は 六 、 五 四 三 名 で 、 一九八九年には二三、八二ハ 名と大きく増加したがアメリカに比較すれば規模は小さい。 アメリカ合衆国の受入留学生の国籍を一九九一/九二年でみると、(一) 中国(留学生全体の一0・二%)(二)日本(九・七%)(三)台湾(八・ 五 % ) ( 四 ) イ ン ド ( 七 ・ 八 % ) ( 五 ) 韓 国 ( 六 ・ 一 % ) ( 六 ) カ ナ ダ ( 四 ・ 六%)(七)香港会一・一%)(八)マレーシア合70%)(九)インドネ シア(二・四%)(一O)パキスタン(一・九%)(一一)タイ(一・八%) とカナダを除いてアジアからの留学生が五O%以上を占めている。 一 九 五 0年代から一九六0年代にかけて、 アメリカ合衆国の受入留学生は(一) カナダ(二)台湾(三)インド(四)イラン(五)日本の順であったが、 一九七0年代から一九八0年代にかけてイラン、 台 湾 、 、 マレーシア、香 港、中国が上位の座を占め今日にいたっている。 一九九O/九一年と一九 九一/九二年の比較で留学生の増加率の大きな順にみると、インド一二・ 七%
ト ル コ 一 一 ・ 八 % 、 日本一一・二%、韓国一0・一%であるが、 マ レ 1 シ ア 、 フィリピンはそれぞれマイナス七・一%、 マイナス七・五%と減 少 し て い る 。 留 学 生 の 勉 学 分 野 を み る と 、 一 九 六
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年代から一九八0
年代にかけて工 学部門が全体の二二%から二七%を占めていたが、 一 九 九 一 年 に は 経 営 学 部門が二O%を越えて首位になり工学部門は一八%と低下している。数 学・コンピュータ科学部門は一九八五年以降一O%を越えたが、九
九 年には八・七%と若干低下している。社会科学部門は 九 六0
年代には 四%i一五%を占めていたが、 一 九 七0
年代から低下し一九九一年には 七・六%である。時代の要請が厳しく反映していると言える。 留 学 生 の 就 学 レ ベ ル を み る と 、 一九九一/九二年度には大学院レベル四 五 ・ 六 % 、 学 士 レ ベ ル 三 五 ・ 二 % 、 短期大学レベル二・八%、 そ の 他 七 ・ 四 % で あ り 、 一 九 七0
年代末から一九八五年にかけて大学院の割合が 三 五 % を 割 っ た が 、 ほぼ大学院四五%、学部四七%の割合を保っている。 就学機関を公立、私立の別でみると、 一 九 九 一 / / 九 二 年 度 は 留 学 生 の 六 四・七%が公立機関で学び、私立三五・一二%である。勉学の分野別での公 立機関の割合をみると農学部門九コ了二%、工学部門七二・六%、数学・ コンピュータ科学部門七0
・ 二 % 、 自 然 科 学 ・ 生 命 科 学 部 門 六 九 ・ 八 % 、 教育学部門六七・九%、保健科学部門六三・O%、経営学部門五七・四%、 社会科学部門五四・九%、人分科学部門四九・一二%、美術学部門四七・八 % で あ る 。 留 学 生 を 性 別 で み る と 、 一 九 九 一 / 九 二 年 度 は 男 性 六 三 ・ 七 % 、 女 性 一 六・三%であるが、この割合は一九五0
年代の男性七七%、女性二三%か ら、女性が年々増加を続け今日に至っている。二年制の短期大学では女性 の割合は四六・五%と高くなっている。既婚・独身の別でみると、学部で 調査・研究活動 は九一ニ・七%が独身、六・三%が既婚であり、大学院では、独身六八・九 % 、 既 婚 = 二 ・ 一 % で あ る 。 留学生の学資についてみると、個人・家族の資金援助によるもの六六・ 二 % 、 アメリカの大学奨励金一九・O%、自国政府・大学の奨学金五・二 %、アメリカの民間のスポンサーによるもの二・三%等となっている。 留学生の入国の査証は、 一九九一//九二年度は八四・六%が司58
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が 五 ・ 八 % と な っ て い る 。 留学生の受入機関の地域的分布と留学生数についてみよう。全米を七地 域に分けて一九九一/九二年度の実数でみると、北東部二五・一%、中西 部ニって二%、南部一九・五%、太平洋岸一八・一%、南西部一0
・ 一 % 、 山 地 部 三 ・ 六 % 、 そ の 他0
・四%であるが、これらの割合には年々若干の 変化が見られる。例えば一九五0
年代から一九八0
年 代 に か け て 北 東 部 、 中西部の割合が減少し、南部、太平洋岸が増加している。 ア ジ ア の 留 学 生 の地域的分布は国によって若干の差異が見られる。日本の留学生は太平洋 岸 に 一 一 ゴ 了 七 % 、 北 東 部 二 一 了 一 二 % 、 中 西 部 一 九 ・ 二 % 、 南 部 三 了 四 % 、 山地部七・五%、南西部四・七%であるが、中国の留学生は中西部二七・ 九%、北東部二七・二%、南部一八・二%、太平洋岸一三・二%、南西部 九・四%、山地部四・O%である。太平洋岸に多くの留学生を送り出して いるのは、インドネシア四O%、香港四0
・ 七 % で あ る 。 アメリカ合衆国の州別の一九九一//九二年度の留学生数を多い順にみる と、カリフォルニア州五五、六七九名、 ニ ュ ー ヨ ー ク 州 四 三 、 八 一 七 名 、 /¥調査・研究活動 テ キ サ ス 州 二 七 、 マサチューセッツ州二二、六三九名、次いで 一 五 七 名 、 イ リ ノ イ 介 、 フ ロ リ ダ 州 、 ミ シ ガ ン 州 の 順 で あ る 。 ペ ン シ ル ベ イ ニ ア 州 、 留 学 生 の 少 な い 順 に 挙 げ る と 、 アラスカ州、南ダコタ州、パ 1 モ ン ト 州 、 モンタナ州(九四五名) モ ン タ ナ 州 の 場 合 、 一 九 九 O / 九 一 年 度 で あ る 。 の七七四名に比較して二二・一%の増加である。全米の留学生の増加率が 一 九 九 一 / 九 二 年 度 は 三 ・ O % で あ る か ら 、 モンタナ州は大きな増加を見 たことになる。留学生の国籍別でみると、多い順ではニューヨーク州(一 七 七 国 ) 、 カ リ フ ォ ル ニ ア 州 ( 一 六 八 国 ) 、 コ ロ ン ビ ア 特 別 区 ( 一 六 五 国 ) 、 フロリダ州(一五九国)、テキサス州(一五九国)で、少ない順ではアラス カ 州 ( 五 二 国 ) 、 南 ダ コ タ 州 ( 六 三 国 ) 、 モンタナ州(六八国) で あ る 。 留 学 生 の 多 い 大 学 を 順 に 挙 げ る と 、 ロ ロ 日 ︿
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巳 ぐ 角 田 洋 司 ( 一 五 ・ 六 % ) で あ る 。 三、モンタナ大学の外国人留学生 モンタナ州における外国人留学生は一九九一//九二年度で九四五名であ るが、ここ数年大きな増加率を示している。モンタナ大学についてみよう。 1¥ 四 一 九 八 九 / 九0
年 度 の 外 国 人 留 学 生 は 二 五 O 名 で 、 一 九 九 O / 九 一 年 度 二 九 四 名 、 一九九二/九三年度五三O名と 一 九 九 一 / / 九 二 年 度 三 九 五 名 、 増 加 し て い る 。 一 九 九 O / 九 一 年 一 九 八 九 / 年 度 の 女 子 留 学 生 は 八 七 名 、 度 一 O 八 名 、 一 九 九 一 / / 九 二 年 度 一 五 O 名 で 著 し い 増 加 を 示 し て い る 。 九 九 一 / / 九 二 年 度 の 学 部 ・ 大 学 院 の 登 録 は そ れ ぞ れ 二 五 四 名 、 二 一 三 名 でz
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七 四 名 で 、 独 身 一 三 三 名 、 既 婚 八 二 名 で あ っ た 。 薬 就 学 分 野 は 経 営 学 部 門 一 O 八 名 、 学・保健部門三三名、教育部門二八名、通信放送部門二六名、生命科学部 円 二 一 名 、 コンピュータ・情報科学部門二一名、数学部門一八名、社会科 学部門一七名、視聴覚演芸部門一四名であった。 一九九一/九二年度の在 学生数は九、三O一名であるから、留学生の占める割合は四・二%、 九 九二/九三年度は在学生数は一O、八O九名であるから、留学生の占める 割 合 は 四 ・ 九 % で あ る 。 一九九一/九二年度の国籍別留学生数は、カナダ九九名、中国六O名、 日 本 五 九 名 、 マ レ ー シ ア 四 八 名 、 イ ン ド 二 三 名 で あ っ た が 、 一 九 九 二 / 九 三年度のアジアからの留学生は大幅に増加し、 マレーシア九三名、日本七 五 名 、 イ ン ド 二 三 名 、 台湾二ハ名と五三O名中三O一名と 中 国 五 二 名 、 ょ っ こ 。 ふ J ふ / マレーシアからの留学生の急増は特に経営学部の教師の大きな注 目 を 集 め た 。 モンタナ大学は州立大学であるため、州の住民学生は授業料 が安く実際の教育コストの二O%に当たる一、O一七ドル(一九九二/九 三年度)を支払えばよいが、州外の住民は教育コストの六七%に当たる三、 三八四ドルを支払わねばならない。財政難の州政府は一九九五/九六年度 には州外の学生の負担を九七%に増加し、州住民学生の負担は二四%にする予定である。州が教育コストの一部を負担して開発途上国からの留学生 を教育することは素晴らしいことではあるが、それにしでもあまり英語力 のないマレーシア人留学生を何故多量に入学させたのであろうか。中間テ ス ト は 、 一番良く出来る学生もマレーシア人留学生で、零点の学生もマ レ l シ ア 人 留 学 生 で 、 そして多くのマレーシア人留学生は一
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点満点で 二O
点以下という結果をもたらした。このテスト結果を早速経営学部長、 副部長、経営学科長に報告したところ、多くの教師から同様の苦情がでて いるとのことであった。 毎週金曜日一二時から昼食を食べながらの研究会に、議題として留学生 を取り上げ、留学生の英語教育を担当している責任者に来てもらい、実体 を説明してもらった。モンタナ大は TOEFL 四九O
点から入学でき、四 九Oi
五二四のクラスと五二五i
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のクラスに分け、きっちりと教育 しているとのことであった。問題は留学生の意欲によるわけで、個人間で 大きな差をもた 3 りしているとのことであった。 マレーシアでは基本的にマレ l 人優先を前提とするプミプトラ政策の枠 組みのなかで、教育機会、雇用機会、奨学金の給付、種々の許認可事項、 土地所有等あらゆる分野でプミプトラに優先的な種族割当制度や特権の賦 与を行なってきた。大学への入学も中国系マレーシア人には狭き門で、 メリヵ、イギリス、オーストラリアの大学へ入学するものが所得の向上と 共に増加している。 ほとんどが中国系マレーシア人留学生と思っていた が 一 人 の マ レ l 人が筆者のクラスにいた。非常に真面目でかつ優秀だっ た。多くの長い名前を持ち、研究室にやってきたときに尋ねたらやはりあ る州のサルタンの親戚のものだった。筆者がインドネシア誰りのマレ l シ 調査・研究活動 ア語を喋りだしたので、彼はびっくりしそして笑いながらマレーシア語で 会話を続けた。最終評価の段階で何人かのマレーシア人留学生に D や F を つけざるをえなかったが、 一人の中国系のマレーシア人留学生と一人のプ ミプトラ留学生には A を与えた。二人とも去る一二月末に無事卒業し、筆 者の推薦状を携えて帰国した。 ア 一 八 五調査・研究活動 主要受入国に於ける外国人学生数とその国籍 (1989) 受け入れ国 外国人学生数 Ja(%pa) n China M(%) a(l%ay) sla HonσE6K) orlE Ko(r%ea),R. I(%) ndia U.(%) S.A. United States 386,851 82.5 72.4 43.1 48.9 63.9 80.2
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France 143,640 2.8 2.4 0.3 0.3 5.2 0.7 16.6 Germany, F.R. 91,926 3.7 3.0 0.2 0.0 11.6 2.0 19.0 U.S.S.R. 74,737 0.0 0.1 0.0 0.0 0.0 5.4 0.1 United Kingdom 63,223 2.5 1.7 20.2 30.3 1.2 3.2 22.8 Canada 32,144 0.2 0.0 0.0 4.7 0.1 1.3 13.0 Australia 25,447 0.7 1.2 23.8 12.3 0.8 0.7 1.6 ]apan 23,816.
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15.7 3.6 1.9 15.1 0.4 4.2 Switzer1and 20,914 0.2 0.5 0.0 0.0 0.1 0.2 2.1 Italy 20,199 0.0 0.0 0.2 0.0 0.0 0.2 1.9 Austria 17,306 0.7 0.5 0.0 0.0 0.8 0.2 1.7 Vatican City 11,000 0.1 0.0 0.0 0.0 0.4 2.2 1.6 主 要20国 の % 93.8 98.3 94.7 98.6 99.8 98.3 90.3 主 要50国の合計 1,085,878 32,609 80,179 29,528 20,699 30,601 29,498 22,356 表 1 資料:UNESCO,Sωtistical Yearbook1991より。 主要国の大学生数と外国人留学生の割合 (1988) 受け入れ国 外国人留学生 大学生数 外 国 人 留 学 生 の % United States 366,354 13,322,576 2.7 France 125,574 1,477,084 8.5 Germany, F.R. 9,1276 1,686,725 5.4 U.S.S.R. 115,300 5,097,000 2.3 United Kingdom 63,223 1,113,341 5.7 Canada 28,622 1,308,533 2.2 Australia 18,207 420,845 4.3 ]apan 20,373 2,588,470 0.8 Switzerland 14,462 125,158 11.6 Austria 16,580 192,700 8.6 表2 一 八 六 資料:表 1と同じ。アメリカ合衆国における外国人留学生の国籍 国 籍 留学生数 全留学生数に占める割合(%) 1. China 42,940 10.2 2. ]apan 40,700 9.7 3. Taiwan 35,550 8.5 4. India 32,530 7.8 5. Korea, Rep. 25,720 6.1 6. Canada 19,190 4.6 7. Hong Kong 13,190 3.1 8. Malaysia 12,650 3.0 9. Indonesia 10,250 2.4 10. Pakistan 8,120 1.9 11. Thailand 7,690 1.8 12. Germany 7,570 1.8 13. United Kingdom 7,470 1.8 14. Mexco 6,650 1.6 15. France 5,580 1.3 Total 275,800 65.6 表3 調査・研究活動 資料:Institute of International Education, Open Doo何 1991/92,p. 20. 外国人留学生の学習就浮分野(1991/92) 学習就学分野 留学生数
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2年(制%大)学 4年(制%大)学 公(%立) 私(%立) Agriculture 8,120 2.0 0.9 2.1 2.8 0.4 Business&
Management 84,560 20.1 26.3 19.4 18.2 23.5 Education 12,700 3.0 1.4 3.2 3.2 2.7 Engineering 74,150 7.7 8.9 18.7 20.2 13.3 Fine&
Applied Arts 21,490 5.1 5.4 5.1 3.9 7.3 Health Sciences 17,100 4.1 5.3 3.9 4.0 4.1 Humanities 15,760 3.8 1.5 4.0 2.9 5.2 Mathematics&
Computer Sciences 36,670 8.7 7.6 8.9 9.7 7.1 Physical&
Life Sciences 37,030 8.8 1.5 9.7 9.7 7.3 Social Sciences 31,710 7.6 2.5 8.2 6.5 9.4 Others 36,080 8.6 23.5 6.8 8.8 8.3 Intensiv巴EnglishLanguage 17,450 4.1 6.4 3.9 4.2 4.2 Undec1ared 26,770 6.4 8.6 6.1 5.9 7.2 Total 419,590 100.0 100.0 100.0 100.。
100.0 表 4 一 八 七 資料:Institute of International Education, Open Doors1991/92, pp. 28-30.調査・研究活動 台湾北部のタイヤル族に関する調査研究 研究員 谷 房 男 口 期 一九九二年三月二九日
1
四月三日 間 調査地 台湾大学歴史系、中央研究院民族研究所、 中華民国 台北市 鳥来(ウライ)村落 台北市近郊の鳥来郷公所(村役場)において台湾における山地民族(高 山族)、とくにタイヤル族に関する資料の収集をした。同時にタイヤル族の 個人の家庭を訪問し、村の近況や生活状況などについて聴き取り調査をし た 。 また、台湾大学歴史系教授鄭欽仁氏、中央研究院民族研究所元教授劉技 高氏を訪ね、タイヤル族に関する研究状況やタイヤル族の近況などについ て伺うとともに、最近の問題点等について意見を交換した。 アジアの教育改革と課題 研究員 比 嘉 佑 典 研究員 大 越 公 平 期 一九九二年三月四日i
八日(比嘉) 間 一九九二年三月二O
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二五日(大越) 八 九調査・研究活動 調査地 沖縄県那覇(沖縄国際研究セ ン タ l におけるアジア諸国と の教育交流に関する調査) 沖縄国際センター ( O E D 邸 宅
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は、昭和六O
年二月に竣工、同年四月に開所してい る。設立の趣旨は、 アセアン五ヶ国の ﹁人造り﹂センター設立の要請(日本政府 に)にもとづき、その人造り強力構想の 一環として行うことを目的としている。 沖 縄 は 、 アセアン諸国と地理的に近く、 気候、文化の面でも多くの共通点を有し ているので、その利点を生かして、各国 からの研修員受人事業を実施するセンターとして-設立された。現在ではア セアン諸国に限定することなく、世界各地域の開発途上国から広く研修員 を受け入れているという。田口定則氏(所長)の説明によると、平成三年 一 六O
二名にのぼるという。 三月末日現在までの研修員受入数は、沖縄支部の受入実績を含め八七ヶ国 建物の規模は、敷地面積三三、0
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平米、建築面積五、ニO
一 平 米 、 延 床 面 積 一O
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平米と、比較的大きく、本館、厚生棟、宿泊棟、研 の 建 築 様 式 で 、 修別館、厚生施設等の諸施設から成り、沖縄赤瓦を使った建物は沖縄独特 ひときわ目をひいた。田口所長自ら案内を引き受けて下さ り、特に研修施設を中心にいろいろ説明していただいた。研修コlスが数 九。
多くおかれており、 コース名をあげると、①情報処理要員養成コ 1 ス ( マ B A システム・エンジニア、 ネ 1 ジメント)②情報処理要員養成コ l ス ン・システム設計④情報処理同コ!ス、 同 コ 1 ス③情報処理同コ l ス の A オンライン・システム設計 B オンライ A データベース・システム設計 B データベース・システム設計、⑤情報処理要員養成コ l スのインストラ ク タ lコ
l ス 、 シニア・プログラマーコ!ス、さらに、パーソナル・コン ト ワ ! ク 等 が あ り 、 さ ら に 、 ピ ュ l タ・プログラミング A B コ!ス、パーソナル・コンピュータ・ネツ サウンドスライド制作コlス、 ビデオ制作 コース、視聴覚技術コ 1 スがおかれている。語学研修もさかんで、 沖縄国際センター全景 専修 A-B コ l ス な ど も あ る 。 そ の 他 、 ハイテク以外に、航海 技 術 コ 1 ス 、 サトウキビ栽培コ! ス、公衆衛生技術コ l ス、熱帯農 林資源の有効利用コ!ス、海洋保 全 コ l ス、臨床看護事務コ 1 ス 、 森林土壌コ l ス、植物検疫コ l ス、個別研修等のコ l スが設置さ れ、いろいろな技術開発研修が行 われている。日本の国際協力事業 団 ( J I C A ) の中でも、研修員 受人事業実績は、他のセンターに 比較してきわめて高いとのことで あ っ た 。 日本語 植物検疫(ミパエ類殺虫技術)コース受入数上位5ヶ国 1 . タ イ 239人 2.インドネシア 221人 3.フィリピン 165人 4.マレイシア 138人 5.エジプト 72人 ちなみに、平成三年度の実績をみてみると、 コース(講座)が二六コ l ス。受入人数七四名(女子二一名)、国別には、タイ、インドネシア、中国、 香 港 、 マ レ ー シ ア 、 スリランカ、パキスタン、韓国、 フィリピン、ネパ l ル 、 ケ ニ ア 、 リベリア、ギニア、 ト ル コ 、 エ ジ プ ト 、 シ リ ア 、 ス l ダ ン 、 イエメン、ジヨルダン、パラグァイ、ブラジル、コロンビア、アルゼンティ ン、キューバ、ヴェネズエラ、 ペ ル l 、 パ ナ マ 、 ホンデュラス、ボリ、ヴィ ア 等 で あ る 。 昭和五七年以来、これまでの沖縄国際センターの実績は、次の図の通り である。受入数上位五ヶ国を見ると、タイ、インドネシアが圧倒的に多い。 さいわいなことに、われわれの海外研究調査国がインドネシアであったた 調査・研究活動 め、インドネシアの状況について、いろいろ聞く機会を得た。インドネシ アも研修に熱心な国の一つで、沖縄国際センター研修生たちが中心にな り、研修後もインドネシアに﹁沖縄友の会﹂を結成して、交流をはかつて いるとのことであった。ちょうど、筆者がセンターを訪問した時、インド ネシアの女性の研修生を紹介してもらった。われわれの、インドネシア各 職業技術高校の現状報告に、彼女はいろいろアドバイスしてくれた。彼女 は、当日、日本語スピーチコンテストに出場するというので、充分情報交 換できなかったことは残念に思う。 沖縄国際センターの事業の特色の一つに、福利厚生事業がある。単に研 修のみを行うのではなく、研修員に日本、沖縄の歴史や文化を紹介し、ま た、日本人の考え方等を理解させるとともに、地域との交流をも深めてい る。平成二年度に行った福利厚生および地域住民との交流に係る事業は一 二二件もあったという。 サッカー大会、バレーボール大会等のスポーツ活 動、生花、茶道教室等の文化活動、 ホームスティ、ホ 1 ムピジット、とり わけ地域の各種行事への参加は好評で、 エ イ サ l 大会からスポーツ行事も 含めて、地域住民との交流は研修員にとって思いで深い国際交流の場に なっているという。ちなみに、行事(交流)名をあげると次のとおりであ る -研 修 員 講 和 依 頼 ・ 団 体 ホ 1 ム ス テ ィ ・ 茶 道 教 室 ・ サ ッ カ ー 大 会 運 メ九 岨 、 祝 賀 会 浦 添 市 制 周 年 記 動 ム、 Z三王
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-洋 食 講 習 会 & 帯 着 用 デ モ ス ト レ 1 シ ョ ン -福 建 省 代 表 団 の 夕 食 会 ア一
大 会 ノf Jレ コ二 ヤ ア ア イ イ ス ス チ フ -ホ l ム パ ー テ ィ (タイ国研修員) -高 校 生 と の イ ン タ ビ ュ ー 会 九調査・研究活動 -浦添市てだこまつり・生花講習会・ホ 1 ムパーティ・サッカーゲ 1 ム ボ ー リ ン グ 大 会 ・ 絵 画 印 象 派 観 賞 ・ カ ラ オ ケ 大 会 -全 国 ラ ジ オ 体 操 の 集 い ・ は ご ろ も 祭 り カ チ ャ l シ l 大 会 -ホ l ムパーティ (タイ国研修員)・納涼まつり・カラオケ大会鑑賞 -世 界 ウ チ ナ ン シ ュ 大 会 パ レ ー ド ・ 沖 縄 芝 居 英 語 劇 ・ 茶 道 教 室 -浦 添 市 出 身 海 外 移 住 者 レ セ プ シ ヨ ン -夏季パ ス ツ ア l -石嶺地域福祉まつり 今回の沖縄国際センター訪問は、﹁アジアの教育改革と課題﹂(私学振興 財団学術助成)の一環として行ったが、同センターの存在は、研修教育を 中心に、各国の研修員を受け入れて、科学・技術・文化の向上をめざす事 業を行っており、その特色は﹁教育の国際交流﹂ともいうべきものであっ た。国際化社会の進行の中で、あらためて教育の国際化がさけばれている が、同センターの研修・教育事業は、単に技術者・技能者養成にとどまら ず、アジアの国々、 ひいては国際社会の中の研修・教育交流のあり方に、 一つのモデルを提供しているといえるだろう。 (アジアの教育改革と課題) 韓国の進路指導・職業指導の現状と課題 研究員 辰 雄 土 口 田 期 一九九二年三月二八日
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二二日 H I ・ e -Hi 調査地 大韓民国 ソウル市 九 韓国の進路指導・職業指導の現状と課題の把握のため前回と同様に韓 国・ソウル市を訪問視察し、関係資料の収集を行った。今回は崇実大学校 (ソウル特別市銅雀区上道一洞一一)に金光沫教授・政策科学大学院院 長と崖仁書教授・産業工学科をたずねて、最近の韓国の教育問題、経済の を説明して貰った。 景気の動向を聴き、韓国の学生や若年労働者の意識と行動について、概略 また、資料として、崇実大学の関係資料をいただくことができた。特に、 進学と学位取得については、 韓国における大学進学及び大学院進学の現状についても話を聴き、大学院 アメリカの大学の方式とほぼ同じで、博士号 の取得は、日本の大学のような論文博士の制度は無く、全て、課握博士に よって学位を取得することになっている。 つぎに、韓国では、国立ソウル産業大学人文科の李謹鍾教授とお会いし が、今回は、日程的にも短期間で た。ソウル産業大学はソウル特別市撞原区孔陵洞一七二番地に所在する あったので、 また李教授のスケ ジュールの都合もあって、直接大 学を訪問することは出来なかっ た 。 しかし、李教授のご厚意で、新 羅ホテルでの昼食会に招待を受け たり、国防部福祉保建局局長の要 職 に あ る 李 泰 植 空 軍 少 将 やd
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代表理事 韓国外国語大学校(ソウル市東大門)キャ ンパスで日本語学科崖副教授と一緒に李容泰氏等にお会いするなどすることができた。二人は、いずれも李教授 が昔し高等学校の教師をしていた時の教え子であり、師弟関係は現在まで 続いている。われわれ日本の教師にとっては誠にうらやましい限りであ る
。
また、今回は、韓国外国語大学校にも訪問をした。大学校は、 ソウル特 別市東大門区里門洞二七O番地に所在し、韓国でも有明な大学である。大 学では、李康櫛総長をはじめとして、朴元錫法科大学教授、崖昌性教授(東 洋 語 大 学 ) 、 崖在詰副教授 ( 東 洋 語 大 学 日 本 語 科 ) 、 李寅泳日本語主任の 方々にお会いし、韓国の大学教育と学生のキャンパスライフについて話を 聴き、大学校舎を案内していただいた。 韓国では三月には、 ツ ツ ジ 、 レンギョウの花がそれぞれピンクと黄色に 咲き乱れ大学のキャンパスの裏山は、散索するのに適した絶好のコ l ス で ある。訪問した三月は、韓国の大学は丁度、新学期で教授も学生も一年の スタートということもあって大変に活気に満ちていた。 韓国の学校は、日本の学期とは異なり、第一学期i
一 一 一 月 か ら 七 月 ( 夏 休 みは七月中旬1
八月まで)、第二学期i
九月から十二月末(冬休みは十二月 末1
二月まで)の二学期制で、辛業式は二月下旬頃になっている。 国民学校、中学校、高等学校は、年間三十四週(一週五日半)の授業日 数となっている。就学率をみると、幼稚園が三二・O%、国民学校が一O O%、中学校が九六・九%、高等学校が八七・六%、大学・専門大学は三 八・一%となっている。 また、進学率は中学校九九・八%、高等学校九五・O%となっている。 韓国の場合、高校九十業生の進路として、 一九九O年資料によると、卒業者 調 査 ・ 研 究 活 動 数七六一、九二二名のうち進学三三了一%、就職三三・八%、兵役0・四 %(三、二四四名)、無職一二・五%、不詳二0・0%となっている。 なかでも大学進学にともなう浪人(再修生)の増加がみられ、浪人生の 比率が三三・五%となっている。こうした大学入試の激化により韓国の進 路指導、就職指導は多大の影響を受けている。こうしたことから、既に韓 国教育部では一九九O年に高等学校教育の改善方策をまとめ、これに基づ いて目下、改善に取り組んでいるところである。 今 回 の 調 査 で 、 韓国の教育改革の動向を、 聴き取り調査に あ る 程 度 、 よって把握することができた。 なお、本調査にあたっては、 一部日本私学振興財団学術振興資金の助成 を 得 た 。 アジアの教育改革と課題ーーその理念と実醸 1 1 所 長 恩 田 彰 期 一九九二年三月二一日1
二三日 間 調査地 京都 仏教大学 日本私学振興財団学術振興資金助成による研究所共同研究﹁アジアの教 育改革と課題﹂第二、グループの創造性の教育に関する研究の一環として異 文化交流の創造性への影響について研究者との学術交流することを目的と して、第二回国際仏教文化交流研究会議(京都の仏教大学主催)に参加し た。この研究会議では浄土教(法然仏教)に関して、ドイツのマlルブル 九調査・研究活動 ク 大 学 、 アメリカのヴァ l モント大学、ホンコン大学と仏教大学等の研究 者たちが発表し、交流を行なった。テーマは、法然浄土教における仏と凡 夫との関係、仏教の予言的要素、法然の日本仏教における意義、法然の三 昧発得、法然は異端者か?、法然の念仏における民間信仰と大衆仏教との 接点、法然浄土教における仏と衆生へのエートス的方法について発表され 討議が行われた。筆者は仏教とくに禅と浄土教の修行法を分析して、それ らの智慧すなわち創造性の開発との関係について、その示唆を求めて参/加 した。外国の研究者が主として日本人の研究や日本の文献資料の翻訳に基 づいて研究しているとはいえ、宗教学や禅学などの綿密な、しかも客観的 な、比較文化的な方法に基づき、今までのわが国の宗学とはちがった新し い視点から研究がなされていることに感銘を覚えた。今まで日本の文化、 価値観、宗学を中心に論じられてきた研究が、こうした外国人研究者の異 なる文化、価値観、 アプローチによる異文化交流に基づく研究によって、 創造的研究を生み出していることを発見した。筆者は討論の時に、念仏が 三学(戒、定、慧)を具えており、膜想の一つのシステムとして、仏教で いう智慧すなわち創造性を開発する意義について意見を述べた。ホンコン 大 学 の 富 山 門
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己目博士は、私の意見に賛意を示してくれた。そのほか一 九九O
年の京都における国際応用心理学会議のシンポジウム﹁心身の健康 への東洋的アプローチ﹂で筆者の発表﹁禅、セルフコントロールと創造性﹂ を聞いてくれた、臨床心理学専攻のω
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博士とも話し合った。ま た日本の研究者数人の人たちと交流ができ、今後の研究の方向を見出すこ とができたことは大変有意義であったと思う。 九 四 中国・各種学校の視察 研究員 生 人 清 針 共同研究﹁アジアの教育改革と課題ーーその理念と実際││﹂のうち、 中国を分担して、以下の如く視察、資料収集を行なった。視察等に当って は、武漢市を調査拠点とし、交通中継地である上海市を第二調査地となし、 調査目的を﹁初等、中等教育の現状把握﹂に暫定的に置いた。すなわち、 現在の中国を動かすエネルギーは﹁改革・開放﹂であるが、それに応じて 起った変化は特に経済に於いて顕著である。経済の過熱ぷりは各地の﹁小 商品市場﹂の盛況に伺い得るが、それは社会生活の様々な分野に影響を及 ぼしている。そのようなとき、特に、教育環境はどのように変化している か。それを基礎教育、生涯教育、老人教育、職業教育において見ょうとした。 第一回調査(平成三年度) 川期間。平成四年三一月十四日1
二 十 二 日 。 川調査目的。﹁都市部における基礎教育﹂。 同訪問先。華中理工大主品等教育研究所、同大学附属幼稚園、小学校、 中 "'-4 ザー 校 華 中 師 範 大 学 高 等 教 育 研 りU ::t"L 所 湖 北 省 教苦
学 研 η b プし巧
川訪問先斡旋者および研究協力者。金志彊(上海社会科学院青少年研究 所々長)、挑啓和、陳俊森、陸躍峰(華中理工大学)、肖輝(湖北大学)。 第二回調査(平成四年度) 川期間。平成四年九月一日1
十日川調査目的。﹁農村部(湖北省及び上海市郊外)及び都市部の基礎教育の 実 際 と 教 員 養 成 に つ い て ﹂ 。 (3) 訪 問
者
湖 北芸
育 委 員 会 湖 北毒
事
学 研 究 所 湖 北 教 育 学 院 武 漢 第五
中 学 武 昌 実 験 学 湖 北富
安 県 教 育 委 員 A 黄 山 郷 紅 安 一中、列宇小学。上海市嘉定県(現在、区)黄渡郷中心小学、中村小学、 宝山中学、陸氏養豚場(中心小学の労働教育実習場)。 川研究協力者。金志輩、陳建強(上海社会科学院)。徐秀姿(上海甘泉中 学)。瀞心超、高長野(湖北省教育科学研究所)。曽慶宏(湖北省教育委員 会 ) 。 周 建 ( 華 中 理 工 大 学 ) 。 第三回調査(海外研究費による) 川期間。平成四年十一月二十一日i
二 十 九 日 。 川 調 査 目 的 。 ﹁ 老 人 教 育 、 職 業 教 育 ﹂ 。 川訪問先。武漢老人大学漢陽分校、武漢老年大学、広州軍園林兵営。武 漢 招 生霊
公
室 武 漢 女 子 中 等 職 業 専 業 学 校最
属 幼 稚 園 武 E3 Eヨ 実 験 中 学。湖北教育学院。湖北労働庁。能源部中南電力設計院。上海甘泉中学。 上海普陀職業技術中学校、普陀少年宮。 同研究協力者。挑啓和、陳俊森、陸躍峰、周建(華中理工大学)。陳建強 ( 上 海 社 会 科 学 院 ) 。 徐 秀 姿 ( 上 海 甘 泉 中 学 ) 。 現在、中国各省は国家教育委員会の提示した﹁全国教育科学 H 八 五 μ 規 則重点課題﹂に応じて、各省の教育の実態に基き、﹁経済・科学・教育一体 化﹂をめざす﹁教育発展戦略﹂を作成中のようである ( ζ れ 迄 に 、 上 海 、 湖北省が完成)。﹁湖北省教育発展戦略﹂(一九九二年、武漢大学出版社、主 調 査 ・ 研 究 活 動 編李輝軒)には、教育に及ぼす人口増加の圧力、教育制度の合理化、教育 の質量両面の発展目標、教育養成と師資向上等々のことが採りあげられ、 その指標が一不されているが、特に教育投資と利用効率が大きな問題であ り、中国現代教育の諸問題は経済問題であるとの感を深くする。 中国の教育について経済問題を抜きにしては語れないというのが実感で ある。﹁改革・開放政策﹂は経済発展を市場競争に委ねるため、各企業単位 は従来の如き﹁鉄鍋﹂(親方日の丸)は許されず原則として﹁自立﹂が要求 されており、各企業は各自の営業をなしながら、それとは別に各種工場、 園場、養豚場等を経営しその利益を以って企業経営を円滑ならしめている ところである。それは中国の根幹をなす人民解放軍ですら様々な形で利潤 をあげており、教育機関も例外ではない。大学より幼稚園に至る各級機関 は各々、国・省・市・県・村より支給される学校経営費は人件費のみ(或 は、人件費にしか満たぬ額)であり、それ以上に要する経費については自 らの努力において調達せねばならず、各校とも数種の工場・餐庁(料亭)、 農園等を経営しその利潤を以って経費に当てている。従ってその工場の成 功・不成功、利潤の有無、高低が学校施設設備の質、量に直接反映するこ とになる。例えば工場経営に成功している黄渡郷中心小学には顕微鏡が五 十台あるが、その五十メ l ト先の中村小学は農業をやっており顕微鏡は数 台しかない。又、教員に関してもボーナス等の面で格差が生ずる。従って 大学以下、各級各類の学校にあっては﹁利潤追及﹂が現今第一の目標であ る。教育は二の次になり、﹁前経後教﹂と批判されもする。しかし、農村部 では、この種の工場、農園、養豚場等を利用しての﹁労働教育﹂もなされ、 職業教育の一端をなしているようでもある。 九 五調査・研究活動 社会の諸分野での経済の過熱は収入面での格差を広げつつあるが、教員 にとっては圧倒的に不利で離職者も多いようである。﹁教師的生活待遇偏 低、実際困難多、許多中小学教師不安心教学、骨幹教師流失厳重﹂といわ れている。離職者の増加に伴なって教員の資質も低下し、必要な資格を欠 く者も増加している。教員資格の正規化を計るための﹁在職培訓﹂﹁校長培 訓﹂、又、地方に多く見られる民間採用の﹁民弁教師﹂の公弁化が教員改革 の急務の一つである。 ﹁改革・開放﹂の進行は二つの意味で﹁職業教育﹂を活発にしている。そ の一つは、従来の中等教育が進学教育に重きを置いて来たことへの反省で つまり大学に進学せず地方に就職する者こそが地方の活性化に有用 であるとの観点からの﹁地方人材養成﹂のための各種職業教育の充実であ あ る 。 る。その二は、各企業内での﹁技術教育﹂である。その目的は新人の養成 と在職者の技術向上にある。 生涯教育も重視されて、成人教育と老人大学に大別できる。成人教育は 各企業内に設置される業余学校、戸長学校によるもの、また在職のまま、 あるいは短期間通学を要する、あるいは通信教育等の諸形態による各種教 育を社会人に斡旋し、試験を行ない、資格を認定し、成績等の記録を保管 する﹁招生考試﹂の制度がある。老人教育は村、町、区、市の規模で老年 学校、老人大学が設置されており、各企業内にも分校が設けられている。 その規模に応じてコ!ス数に異同はあるが、武漢老年大学(本部)は三七 コース開講されている。 その程度については ﹁ 家 電 コ 1 ス ﹂ 終了者はカ ラ l テレビの製作をなすということで伺い得ょう。 以上のような諸状況を視察すると共に、各種飼料を収集した。 中国と周辺民族の交流と変遷 一 九 六 台湾のタイヤル族と海南島襲族の比較研究(予備調査) 研究員 研究員 研究員 期 一九九二年八月九日
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一 五 日 間 調査地 中華民国 台北市 桃園県 台湾北部の山地である桃園県復興郷三光村と羅浮村において、タイヤル 族の社会変化に関する聴き取り調査を行った。詳細は 別掲﹁タイヤル族の社会変化﹂(二七五O
頁 ) 参 照 。 谷 大 口J
11 林 居 男 正 彦 隆 夫調査・研究活動 韓国の進路指導・職業指導の現状と課題 研究員 cr 仁3 辰 雄 田 期 一九九二年九月一日
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七日 間 調査地 大韓民国 ソウル市、釜山市ニ
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九調 査 ・ 研 究 活 動 アジア・アフリカ文化研究所の研究計画に基づく共同研究﹁アジアの教 育改革と課題ーその理念と実際﹂(日本私学振興財団学術研究振興資金 助成)の調査の一環として、韓国の進路指導・職業指導の現状と課題の把 握 の た め 、 ソウル市と釜山市を訪問した。 ソウル市では、高等学校への訪問視察を事前に依頼しておき、韓国外国 語大学を訪問し、李康嚇総長、朴元錫教授、金胤享教授(企画調整処長)、 崖在詰副教授と会談した後、崖副教授の案内で、学校法人大元学園大元外 国語高等学校(ソウル市特別市城東区中谷洞山三
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十八)を訪問視察する ことができた。高等学校では、申興南校長、鄭元保主任教師と会談し、高 等学校の現状についての話をきくとともに、学校の新聞、教育計画などの 諸資料を収集することができた。 この大元外国語高等学校は、韓国ソウル市でも進学校で、一九九一年に、 ソウル大学に九三名の合格、延世大学に七五名、韓国外国語大学に七O
名 、 梨花女子大学に五O
名の合格者を出す程の有名進学校である。 学校の教育目標は、﹁知・仁・勇﹂で、教育の三大重点として、第一は進 学指導教育、第二は外国語会話教育、第三は人間性醇化教育をあげている。 なお、日本の和歌山市に在る星林高等学校とは姉妹校の関係にある。中 国とは台北市の協和工商高等学校と協定している。韓国の進学指導の現状 と課題についての調査を行ってきたが、この問題に関しては、別途、韓国 の進路指導の現状と課題というタイトルで論文をまとめる予定なので、こ こでは省略することにする。 釜山市では、釜山女子大学の崖教授の計らいで研究室の助手を努めてい る学生の案内で釜山市を見学することができた。街に出て、さまざまな人。
聞を発見し、その人についての生活や職業行動をきき、また、名所史跡や 人々の集う場所に出掛けることができて、その国や市の状況、経済状態、 伝統文化、地理的条件、生活習慣、といった社会諸科学に関する問題を踏 まえて教育が成り立っているので、その国の教育を理解するには、たびた びの訪問視察が必要であることを改めて実感した次第である。 東アジアの社会変動と伝統文化の社会人類学的研究 研究員 橋 統 古 同 研究員 松 本 誠 研究員 清 7.1< 浩 昭 川期間 一九九二年七月一三日i
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日(高橋) 七月二二日i
一六日(松本) 調査地 愛媛県北宇和郡津島町 高橋と清水は一九八九1
九一年に﹁志摩の伝統文化と社会変動﹂につい て社会人類学的調査を行い、その成果の一部を公表したが︹﹁志摩の文化伝 統 と そ の 変 信そ, 合 L _ R守 東 洋 大 A斗ι英
A 斗ι ナ 院 紀 要 ι= 社 ム:、z:;;; A並与 寸二 研'
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プし 化 第2
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集 一「 志 摩 ム、 7 浦の隠居制覚書﹂﹁東洋大学アジア・アフリカ文化研究所・研究年報﹄第部 号︺、それにひきつづき、宇和地方において同様な視点と方法で調査を行う ことにし、松本を加え、 一九九一年八月に愛媛県北宇和郡津島町において 予備調査を実施した。 志摩に次いで宇和を調査することにしたのは、宇和地方が地勢・風土はもとより、民俗的諸事実(文化伝統)に志摩と共通するものが少くないこ と、及び志摩も宇和も文化領域としては西南臼本に属し、社会人類学的に 同様な視点から考察すべき諸問題がいろいろあると考えたからである││ このことについては﹃東洋大学アジア・アフリカ文化研究所・研究年報﹄ 第初号(二二二頁﹀でも触れたが、本誌本幻号の研究例会の項を参照され
- 也 、 。
ι 7 ' E -w さて、先の予備調査で集中調査の対象地域として津島町の下灘地区)(海 岸部)と御槙地区(山間部)を選定し、この両者を比較しながら考察をす すめることを決め、次いで一九九一年一一月と一九九二年三月にも、高橋 が単独でそれぞれ予備調査を継続して万全を期した。この第二、第三回の 予備調査では、事実上、本調査の段階に入っていたから、以下の本年度の 調査は、第三回の本調査と云ってもよいと思う。 かくて、七月のこの第三回の本調査では、下灘地区の最大の伝統行事で ある﹁由良祭・押舟﹂の参与観察を中心に高橋と松本が共同で実施した。 但し、松本は韓国出張などの所要のため、この参与観察のあとすぐに帰京 し、後半は高橋が単独で御槙地区の農耕儀礼﹁虫送り﹂の参与観察を行っ た。なお、虫送りでは、過疎化による伝統行事の衰退を克服するために設 けられた﹁郷土芸能保存会﹂の活動が甚だ印象的であった。ω
期間 一九九二年八月九日i
一 九 日 ( 高 橋 ) 前半は下灘地区の盆行事のうちで﹁施餓鬼﹂の参与観察を中心に、高橋 アンデラ が単独で針木及び浦知集落について集中調査を実施た。ここでは、﹁庵寺﹂ が、檀那寺の代替ないし補助的機能を担っており、共同体運営の要とも なっている実態を考察することができた。後半は御槙地区の﹁盆踊り﹂を 調査・研究活動 中心に、同じく高橋が単独で参与観察を行ったが、ここでは、先の﹁虫送 り﹂にも増して、﹁郷土芸能保存会﹂のバックアップが顕著であった。 川期間 一 九 九 二 年 一O
月三O
日1
一一月五日(高橋、清水) 今回は下灘地区には集中調査を行うほどの伝統行事はなかったが、これ まで﹁真珠養殖﹂に較べて実態を把握できにくかった﹁ミカン栽培﹂につ いて、かなり立入った聴きとり調査と実地調査を行うことができた。御槙 地区では、御槙神社の﹁秋祭り﹂について、参与観察を実施したが、大正 一五年(一九二六)の合杷以前の金比羅・拝高・天満の三神社の存在が六O
余年後の今日でもまだ尾をひいていたのは、共同体としての統合過程と 伝統行事の関係を考える上で、極めて興味ふかいことであった。 以上の第三i
五回の本調査を通じて、下灘地区と御槙地区が、村落構造 及び生業構造において、かなり対照的な相違を示しているだけでなく、伝 統行事にもそれがさまざまに反映している諸事実を考察することができ た。これらの調査の成果は、次年度に正式に報告論文のかたちで公表する つ も り で あ る 。 アジアの教育改革と課題 研究員 直日 倉 内 史 期 一九九二年九月二日i
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日 間 調童
北京 上 海 中 国 九月二日北京着、七日まで滞在。視察・訪問先はつぎの通り。調 査 ・ 研 究 活 動 北京市化工局職工大学、北京有機化工廠技工学校、中国科技経営管理 大学、北京師範大学外国教育研究所、崇文区文化館、北京市成人教育 学 会 、 以 上 六 機 関 ・ 学 校 。 九 月 七 日 上 海 着 、 一
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日まで滞在。視察・訪問先はつぎの通り。 上海第二工業大学、上海電視大学の二カ所。 なお北京では、国家教委教育改革室韓民研究員、北京市成人教育局賀向 東副局長から教育改革の動向について聴取した。また上海では、上海市政 府教育衛生弁公室郭伯農秘書長と市の成人教育計画につき意見交換した。 な お 、 本 調 査 に あ た っ て は 、 一部日本私学振興財団学術振興資金の助成 を 得 た 。 ﹃ 華 陽 国 志 ﹄ 訳 注 研 究 会 ﹃華陽国士官巻十中について、研究会および合宿を通して各節の担当者の 原稿整理および発刊作業を行った。 合宿研究会 一九九二年八月二七日1
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日 、 一O
月二四日i
二 五 日 、 二月二一1
二 三 日 参 者 谷日開男、山内四郎、北候祐勝、菊池良輝、飯塚勝重、 加 小林降夫各研究員一
一
東アジアの社会変動と伝統文化の社会人類学的研究 研究員 松 本 誠 期 一 九 九 三 年 二 月 三 日1
七 日 日 司 F l 調 査 地 八丈島 中之郷における二月三日の節分、六日の初午の民俗行事を中心に同地区 のムラ組織、家族・親族組織に関する観察・聞き取り調査を行うと共に、 永郷大越アロエ園における八丈島観光協会・八丈町主催﹁へルシ l フ ェ ス タ︿アロエ&アシタパ﹀泊八丈島明﹂のイベントを訪ね、居合わせた役員 の 方 々 か ら 話 を う か が っ た 。 節分は、豆まきに先立って行われる独特の唱え言、 ﹁ フ ン ク サ 、 フ ン ク サ 、 カ マ ッ タ ソ l ロ l i -L ( イ エ の 繁 盛 を 祈 る ) 、 厄 年 の 男 女 が 自 宅 に ﹁ 身 近、親戚、隣近所﹂を招いてのご馳走をし(厄を分ける)、また夜中に他人 に気づかれずに自らの職業に関する品物と厄年の数の大一旦を辻に落とす (厄を落とし、他人に拾ってもらう)などの特徴ある仕方をみた。 初午は稲荷神の小嗣を屋敷庭に杷っている家(多くはない)で、当日は 旗を立て、供物を棒、げ、餅配りをする。予祝儀礼の性格が窺えた。 前回に続き、地区における多姓の一つについてイエ関係を聞き取りし た 。 ヘ ル シ l フェスタは従来、観光客を呼ぶ催しの空白期間であった冬季の 新しい目玉として企画されたもので、昔からのアシタパと今や八丈島で多く栽培されているアロエの宣伝が中心である。ビニールハウス内で各種ア ロ エ の 紹 介 、 アロエベラの刺し身、島焼酎の接待(週末にはアシタパのて んぷらなどアシタパ・アロエ料理と豚汁も振る舞われる)、 ア ロ エ 石 鹸 ・ アロエクリーム等の販売、キダチアロエとアシタパの苗の無料提供その他 のプログラムがあった。アロエの加工法について韓国の済州島に視察団を 送ったという。高齢化の急激な進展に対して、島内に夢のある、付加価値 の高い働く場の新たな創造が目前の問題と察せられた。 昨秋、インフルエンザにより学級閉鎖の伝えられた八丈島であるが、中 之郷地区では暮から二月初までに、七人が亡くなり葬儀が続いた。物故者 の中に以前、話をうかがった方も含まれており、墓前にお参りした。八丈 島の墓地は故人を弔う人が供えるので、年中、椅麗な花が絶えることがな L