磁気記録
——
直近
40
年の進歩と将来
——
中村
慶久
†a)Progress of Magnetic Recording in the Previous 40 Years and the Future
Yoshihisa NAKAMURA
†a)あらまし 磁気記録は1898 年の Poulsen の発明から始まる.1940 年ごろに独日米で前後して交流バイアス 法が発明されて磁気テープを使う録音機が生まれて,本格的な実用期に入る.1956 年ごろのほぼ同時期に VTR とHDD が生まれ,更に音声や映像がディジタル化され,1990 年代から HDD の記録密度が飛躍的に向上した. あらゆる情報をストレージできる磁気記録の役割は情報爆発時代になってますます不可欠なものになっている. 本論文では,1 世紀以上に及ぶ磁気記録の歴史で,直近 40 年の進展の経緯を振り返る.中でも,およそ 35 年前 に日本で垂直磁気記録方式が提案され,実用に至った経緯について,実際にそれに携わった筆者の視点から述べ, 今後の展望についても述べる. キーワード 磁気記録,VTR,HDD,垂直磁気記録,情報ストレージ
1.
ま え が き
筆者の手元に,昭和36(1961)年11月発行の電気 通信学会雑誌の「磁気記録特集号」がある.その序で当 時の高木昇編集長は以下のように書いておられる[1]. 「有線,無線通信技術において,信号を蓄積記録して おき希望の時刻に再生利用する技術は極めて重要であ る.信号記録の方法としては,機械的方法,光学的方 法,磁気的方法あるいは静電的方法などがあるが,こ れらのうち磁気記録技術は現在最も広い応用の分野を 有している.(中略)この記録技術の進展は再生信号 の特性が優れており,記録された媒体の取り扱いが容 易であること,保存性がよいことなどによるが,さら に近来記録の高密度化,安定化の研究が進められ,そ の結果今後益々多角的な応用が期待される」.今から 47年以上も前のこの文章は今でも通用する. 磁気記録は,今日ハイテクと呼ばれるものの中で も古くから始まったものの一つである.今から110 年も前の1898年,デンマークの電信技術者であっ たValdemar Poulsenが,電話の伝言を残す,ある いは口述筆記用として発明したのが始まりといわれ †公立大学法人岩手県立大学,岩手県Iwate Prefectural University, 152–52 Sugo, Takizawa, Iwate-ken, 020–0193 Japan a) E-mail: [email protected] る[2, Chap. 3].しかし米国では,その更に10年前 の1888年,米国の機械技師Oberlin Smithが雑誌 “Electric World”に磁気記録のアイデアを論文にして 載せたのが最初で,「Valdemar Poulsenはこれを読ん で実験し成功した」ともいわれている.真偽のほどは 分からない[2, Chap. 2]. 日本では,東北大学名誉教授で伝送工学が専門の 永井健三博士が,遅延装置への応用を目的に,1932年 ごろから磁気記録の研究を始めた[3].その第一報が, 昭和9年2月発行の電信電話學会雜誌第131號に「磁 氣録音法と其應用に就て」と題して発表されている. 永井博士は,その信号品質の改善を図る様々な実験の 中から1938年に交流バイアス法を発明し,昭和13年 3月発行の電氣通信學会雜誌第180號に「磁氣録音に 於ける交流吹消法に關する實驗的考察」と題して発表 するとともに,特許も取っている.この特許があって, 1950年に東京通信工業(後のソニー)が国産初のテー プレコーダを市場に出せた[4].このことが今日の日本 の磁気記録産業の原点になっており,永井博士が日本 の磁気記録の父としていわれているゆえんでもある. 本論文の表題に「直近40年の· · ·」とつけたのに は,1世紀以上にも及ぶ磁気記録技術の長い歴史の中 での最近40年という意味がある.この期間は,筆者 が卒業研究として磁気記録を学び始めてから今日ま でのそれとほぼ符合している.この間に磁気記録技
図 1 4ヘッド型 VTR の磁気テープ及びヘッド走査部と 現在の DVC カセットテープ
Fig. 1 A magnetic tape and a head scan assembly for the Ampex Quardruplex Video Recorder in comparison with a current DVC tape cas-sette. 術が飛躍的な進歩を遂げた.図1は,筆者が研究室 に配属された昭和37(1962)年当時の放送用4ヘッ ド型VTRの磁気テープと磁気ヘッドアッセンブリー を,今の家庭用ディジタルVTRのテープカセットと 比較した写真である[5].初期のビデオテープは幅約 5 cm(2 inch)で,直径60 cm程度のリールに巻いて おり,その重さで腰を痛めた放送局員もいたと聞い ている.一方,1957年にIBMが初めて市場に出し
たIBM350型磁気ディスク装置は,RAMAC( Ran-dom Access Method of Accounting and Control)と 呼ばれ,これも約60 cm(24 inch)径ディスク50枚 で構成されていた.記録容量50,000 Character(約
5 MByte),記録密度3.1 bit/mm2(2000 bit/inch2) であった[2, Chap. 18].最近の垂直磁化方式による2.5 型HDDは,63.5 mm(2.5 inch)径ディスク2枚で構成 され,記録容量320 GByte,記録密度250 Gbit/inch2 (387.5 Mbit/mm2)である.記録容量で64,000倍, 1 bitの占有面積は125,000,000分の1に縮小した. この間に磁気記録は,磁気テープを用いる録音・録 画のアナログ時代からHDDに様々な情報をストレー ジするディジタル時代に変わった.磁化方式も長手か ら垂直に切り換わった.以下に,筆者が見聞し体験し てきた磁気記録技術の変遷と今後について述べるが, 独断と偏見が含まれることをお許し頂きたい.
2.
アナログ磁気記録の時代(
1960
年代)
2. 1 VTRの誕生と成長 VTRが放送用として初めてAmpexから発表され たのは1956年である.筆者が磁気記録を学び始めた 1962年ごろは,日本でテレビ放送が開始されてほぼ 10年がたち,カラー化も始まり,VTRを導入して磁 気録画時代を迎えようとしていた.当初のVTRはま だ白黒で,音声の300倍近い5∼6 MHz帯域のテレ ビ信号を様々な工夫でできるだけ少ない磁気テープ の中に押し込めようとしていた.その一つが,直径 約50 mm(約2 inch)のドラムに90◦間隔で四つの ヘッドを取り付け,38 cm/s(15 inch/s)で走行する 約50 mm(2 inch)幅の磁気テープの幅方向に,毎秒 240回転で縦に順次走査させることであった.これによ りヘッドテープ間相対走行速度38 m/s(1500 inch/s) を実現させ,広帯域なビデオ信号の記録を可能にし た[2, Chap. 11]. この方式では4個のヘッドの4回転の走査で,つ まり16トラックで1フィールド(画面)が構成され るように書き込まれるため,トラックごとに画質のば らつきが出ないよう調整するのが難しかった.このた め,1個のヘッドの1走査で1フィールドを継ぎ目な く書き込める斜め走査方式が開発された.この方式はRCAのE. Mastersonが1950年に発明し,Ampex
が4ヘッドVTRと並行して開発を進めて,1956年 に2ヘッドで約50 mm(2 inch)幅テープに記録再生 するものを初めて試作した[2, Chap. 13].日本では, 1954年ごろから2 inch幅テープを回転ドラムに巻き 付け,1ヘッドで記録再生するものの開発が東芝で始 まり,1959年に試作機が公開され,1960年には2ヘッ ド方式によるものが日本ビクターから発表された[4]. 日本のVTR技術あるいは産業を不動のものにした のは,1968年の松下電器によるアジマス記録方式の発 明で,これにより記録密度が飛躍的に高められた.更 に1975年,これでカラー信号を入れる方式をソニーが 導入し,小型軽量化を図ったものが「ベータマックス」 の商標で売り出された[4].これに対して日本ビクター は,カセットサイズを若干大きくして2時間記録を可 能にしたVHS方式を開発した.いわゆるβ対VHS の開発競争時代に入ったが,これが1970年代の飛躍 的なVTRの発展につながることになる[4]. 2. 2 日本のディジタル記録の始まり 日本におけるディジタル信号の磁気記録の研究は, 我が国で本格的に電子計算機の研究が始まった1950 年代から電気試験所(現産業技術総合研究所)や日本 電信電話公社(現NTT),及び関連企業などにおいて 次々に始まった[6].当初,電子計算機の主記憶装置に
磁気ドラムが使われていたが,1960年代に磁気コア メモリに替わり,更に1970年代には半導体メモリに 主役の座を奪われた.一方,大量のデータを保存する 外部記憶装置には比較的早くから磁気テープ装置が使 われていたが,磁気コアメモリに主役を譲った磁気ド ラム装置も,磁気ディスク装置が本格的に使われるよ うになるまでは外部記憶装置として使われていた. 筆者が磁気記録の研究を始めた1960年代初めごろ, ディジタル磁気記録の研究は電電公社の電気通信研究 所で盛んに行われていた印象がある.当時の電気通信 学会でディジタル磁気記録に関する研究を盛んに発表 していたのを記憶している. 電電公社では,1960年代に電子計算機を用いる自 動料金会計方式を開発し,更に電子交換機の開発へと 進展させたが[7],そのために大容量ファイルの開発が 必須であった.当初は磁気テープ装置が使われていた が,高速性が要求されて1960年代末から磁気ドラム 装置の開発が進められ,導入された.一方,1957年 にRAMACの愛称で初めて市場に出た磁気ディスク 装置は,当時は,「磁気ディスクには将来性がない」と 断定する意見すらあって[8],電電公社における磁気 ハードディスク装置の開発も1971年にIBM3330が 発表されてからであった.これを参考にして開発した 100 MByte容量の磁気ディスクパック装置が導入され たのは1974年ごろであった[7]. その後のディジタル時代への移行とHDD(Hard Disk Drive)の広範囲な利用状況を考えると,このこ ろの日本のディジタル記録はまだほんの黎明期という べきであろうか. 2. 3 磁気記録研究会の発足 1964年2月,日本で最初の磁気記録シンポジウム が東北大学電気通信研究所で開かれた[9].米国におい て1940年に交流バイアス方式を発明し,米国の磁気 記録の父と呼ばれたMarvin Camrasを,日本の磁気 記録の父である永井教授が招き,それまでほとんど交 流のなかった録音録画のアナログ記録と計算機のディ ジタル記録の研究者・技術者が初めて一堂に会した. そのとき,同じ磁気記録でありながら使う言葉が違い, 相互の研究内容を理解しがたいことが話題になった. その結果,一緒に議論する場が必要であることが提案 され,同年11月,電気通信学会に磁気記録研究専門 委員会が設置され,12月に第1回目の研究会が開催 された. 1960年代に磁気バブルメモリや光磁気ディスクの 研究開発が盛んになり,1970年ごろには「磁気記録は もう限界か」をテーマにシンポジウムが開かれたこと もあった.しかし,その後も永々と研究会を続け,そ の間,垂直磁気記録を実用に供するなど,日本だけで なく,世界の磁気記録技術を引っ張ってきた. 2. 4 当時の磁気記録理論 当時の磁気記録再生理論では,磁気テープの長手成 分の磁界と磁化しか考慮していなかった.テープの磁 性層が長手方向に磁化容易になるようにつくられて いたことと,磁性層の厚さが記録ヘッドの空げき長に 比べて比較的薄かったためである.これを基本に,既 に1950年代に,正弦波信号が書き込まれている磁気 テープから読み出される再生ヘッドの信号電圧につい て解析され.ヘッドとテープ間の分離によるスペーシ ング損失や再生ヘッドの空げき長によるギャップ損失 については,実験でも証明され,公知のものになって いた[10]∼[12].また,磁性層が厚いと裏面の磁化の 寄与が表面に比べて弱まり,厚み当りの再生電圧は全 厚が寄与するとした場合よりも相対的に減るとし,こ れを磁性層厚み損失と定義していた. 線形的な解析が可能な再生損失に対し,磁性体の非 線形性を使う記録時の解析は難しかった.線形解析が 可能な磁気ヘッドの磁界分布は既に求められていた が[11], [13],これから磁性層内の磁化分布を定量的に 求めるまでには至っていなかった.1958年ごろから, 東北大学では当時の岩崎俊一助教授が高密度記録用磁 気テープの設計論を組み立て,Fe-Co-Ni合金粉末塗 布テープの研究を進めていた[14].厚さδ,幅wの磁 気テープ磁性層に記録波長λの正弦波信号が書かれて いる状態を,(λ × δ × w)の微小磁石が交互に極性を 変えて並んでいる状態に置き換え,その自己減磁率の 計算から,λを短くするにはδをできるだけ薄くし, 減った磁束量を補うために塗布する磁性粒の飽和磁化 を大きく,かつそれにより増大する減磁界の影響を抑 えるため保磁力を増大させること,を高密度記録の基 本コンセプトとして提案している.当時主流であった フェライト系の磁性粉では限界があるため,飽和磁化 の大きなFe-Co-Ni系の金属磁性粒が選ばれた.これ は1978年に米国の3M社が世に出したFe系メタル テープのきっかけとなったものである.当時から,磁 性層を更に薄くできる金属磁性薄膜テープを真空蒸着 やめっきで作製する研究も開始されていた[15]. 当時の磁気テープは,γ-Fe2O3の針状磁性粒を厚さ δ = 12 μmに塗布することが標準で,この薄層化によ
る高密度化には限界があった.このためVTRでは,記 録波長に応じて最適信号電流値を選ぶことで高密度記 録を実現していた.これに対し書込みデータの誤りが 許されないディジタル信号の記録では,記録密度にか かわりなく記録層を飽和磁化できる一定電流値で書き 込むため,1966年に市場に出たIBM2314型磁気ディ スク装置では,スピンコート法を導入してδ = 2 μm を実現していた. 同じころ,D. E. Speliotisらは,マイラフィルム上 にCo-PやCo-Ni-Pを無電解メッキで被着させた磁気 テープで,磁性層の磁気特性と記録特性との関係を調 べ[16], [17],読出しパルスの振幅Ep及びパルス半値 幅W50と,磁性層の厚さδ,残留磁化の大きさMr, 保磁力Hcとの間に, Ep∝ (Mr· δ · Hc)1/2 (1) W50∝ (Mr· δ/Hc)1/2 (2) の関係が成り立つことを実験的に明らかにしていた. これについては,以後,様々な研究者たちが追実験や 理論解析で確かめ,その後の磁気ディスク設計指針の 一つになった. 2. 5 記録減磁損失の解明 そのような背景のもと,大学院に進学した筆者に与 えられたテーマは「短波長磁気記録機構の研究」で あった.当時のVTRは,前述のように放送用という こともあって,極めて大型で,画質も不十分であった ため,コンパクトで高画質なものを実現する,つまり 格段に短波長(高密度)な信号を記録できるようにす ることが課題であった.そのためには高密度化を妨げ ている要因を明らかにする必要があった. 図2は,磁気記録の短波長化を妨げている理由を端 的に示している当時の標準的な磁気テープの記録再生 特性である[18].記録ヘッドに加える信号電流に対す る再生ヘッドの読み出し電圧を,図2 (a)は記録波長 λを,図2 (b)は磁気テープの磁性層厚δを,それぞ れパラメータにしてプロットしたものである.図2 (a) に示すように,記録波長が長いときは,信号電流を増 すと再生電圧も増し,飽和する.しかし波長が短くな ると,再生電圧は小さな信号電流でピーク値をとった 後,急激に減少する.図2 (b)は,短波長信号におけ るこの現象が記録層δの厚いほど顕著であることを示 しており,このことからも磁性層を薄くすることが望 まれた.これらは記録条件に依存し,高密度記録特性 を著しく阻害することから,記録減磁損失と呼ばれて (a) (b) 図 2 磁気テープの短波長記録再生特性の (a) 記録波長及 び (b) テープ磁性層厚み依存性
Fig. 2 Dependence on (a) recording wavelengths and (b) tape magnetic layer thicknesses in record-ing and reproducrecord-ing characteristics at short wavelength. いた. 筆者は,このように再生電圧が急激に減少する理由 を,書込み時の非線形な磁化過程を追跡してテープ磁 性層内の磁化分布を求めるモデル実験[18]や解析など で調べた.その過程で「信号電流を増すと厚さ数μm の磁性層内で閉磁路を形成し,磁束が磁性層外にもれ なくなる可能性がある」と予測するに至り,詳細に測 定し直した.その結果,同図の特性曲線上に示される ように,再生電圧がゼロになるディップ(谷)点が生 じることを確かめた.このことが後述する垂直磁気記 録の研究につながった. 磁性層内で閉磁路を形成するメカニズムを理論的 に証明するには,非線形な磁気記録では計算機シミュ
レーション以外にない,と筆者は考えた.磁性層を構 成する磁性粒の磁化機構を導入し,長手だけでなく膜 面に垂直な成分も考慮できるベクトル的な手法を導 入して書込み過程を調べ始めた.当初は機械式の電 動計算機を駆使しながら手計算で始めた.その中で, 磁化に伴う反磁界(減磁界)の影響を正しく考慮する には,ヘッド磁界とそれによる磁化,及びその分布状 態に伴う減磁界との三者間にセルフコンシステント (Self-consistent)な関係が成立しなければならないこ とに気づき[19],1965年ごろからこの概念を計算機シ ミュレーションに導入することを試みた[20].1968年 にこの考え方を岩崎教授がINTERMAGで発表して 以来[21],セルフコンシステント磁化は磁気記録理論 に不可欠な概念として世界的にも認知された.また多 くの同僚や後輩の協力を得て,磁性層の閉磁路の形成 とディップ点の存在を理論的定量的に証明できた[22].
3.
ディジ タ ル 化 時 代 に 向 け て(
1970
∼
1980
年代)
3. 1 録音・録画のディジタル化 1960年代後半から1970年代は,磁気テープや磁気 ヘッド,機構系,信号処理系などVTRの要素技術の 改善や新技術の導入が活発に行われ,日本のアナログ VTR技術が大きく進展した.VHSとβの競争で技術 は一段と進化し,1980年代の8 mmビデオへと発展 して,「日本製VTRを持った人たちが世界中を歩い ている」といっても過言でないほど世界を席巻するよ うになり,産業的にも成功した.ヨーロッパのある企 業の方から,「日本の企業は儲けないうちに次々と新 製品を出す」と皮肉めいていわれたほどである. 家庭用だけでなく放送用も小型化が進んで,重い テープリールを運ぶことから解放された.画質もカ ラーで高品位映像(ハイビジョン)を記録するほど 格段に改善された.日本企業の研究開発の旺盛さが, VTRのディジタル化への道をひらいた.その先駆的 な役割を果たしたのがNHK放送技術研究所である.学生時代,筆者は「PCM(Pulse Code
Modula-tion)が信号変調方式の中で最も雑音に強く,理想的 である」と教わった.1970年ごろ,NHK技研でPCM による磁気録音を実現した話を聞いて感動した覚え がある[23].1964年ごろから研究を開始し,その成 果をもとにマルチトラックヘッドやヘリカルスキャン VTRの機構を使ったものが開発されている.この技
術は1987年にDAT(Digital Audio Tape-recorder)
として市場に出て,その後のディジタル録音技術の基 本になり,高音質な携帯型録音機としてプロにも愛用 された. 一方,映像のディジタル化もNHK技研で1970年 代後半から研究が開始され[24],1979年からは民間企 業と共同で本格的な実用機器の開発が行われた.これ が,1985年のコンポーネント信号による放送用D-1 型VTRの実用化,更に1986年のコンポジット信号 用D-2型や1990年代の各種放送用D-VTR( Digital-VTR)の開発へと次々につながって,小型軽量化と高 性能高機能化が急速に進んだ[25, 6章].この技術が, 1993年に設置されたHD(High Definition)ディジタ ルVCR(Video Cassette Recorder)協議会での議論 を経て,今日の家庭用D-VCR(Digital VCR)につ ながった.これらの基本技術はコンピュータ用のデー タストリーマとしても利用され,特に欧米で普及して いる. この技術開発にあたって,VTR関連企業は高密度 記録を追求して新技術に果敢に挑戦し導入していた. 例えば,1960年代に通信用として開発されたPartial Response方式は,HDDでは1990年代に採用され, 飛躍的な記録密度の向上に貢献した信号処理技術であ るが,D-VTRでは1970年代の開発当初から検討さ れ,一部の製品で採用されている[25, 4章].磁気テー プについてもCo-γ-Fe2O3やFe系メタル粉などを塗 布したものを積極的に導入し,家庭用ではCo系の蒸 着薄膜テープも導入している.磁気ヘッドについても, HDDで固執していた高周波用Ni-Znフェライトに対 し,透磁率の高いMn-Znフェライトを早くから採用 していた. 3. 2 HDD技術の揺籃期 1990年代以降の飛躍的な発展に比べて,1970∼80 年代はそれに向けての揺籃期といえよう.磁気ディスク はアルミ基板上にγ-Fe2O3塗料をスピンコートしたも の,磁気ヘッドはフェライトスライダにヘッドヨーク部 を取り付けたものか,スライダ基板にNi-Znフェライ トヘッドを埋め込んだものであった.とはいっても年に 25%ずつ記録密度を向上させ,要素技術を着実に進展 させていた.例えば,1971年に市場に出たIBM3330 型ディスクドライブは塗布厚1.2μm,ヘッド浮上量 1.2μm,面記録密度1.2 kbit/mm2(0.8 Mbit/inch2) であった.しかし1973年にウィンチェスター型とし て市場に出たIBM3340型ディスクドライブでは,潤 滑剤付きディスクと低加重フェライトスライダを採
用して,ヘッド浮上量を0.5μmに低下させ,面記録 密度を2.5 kbit/mm2(1.6 Mbit/inch2)に倍増させ て[2, Chap. 18],その後のヘッドディスク系の設計に 大きな影響を与えたといわれている.更に1979年に 市場に出たIBM3310型では,塗布厚を600 nm程度 に,ヘッド浮上量を300 nmにそれぞれ減少させ,面 記録密度を5.9 kbit/mm2(3.8 Mbit/inch2)程度にま で向上させた[26]. 記録密度を高めるにはディスク磁性層の薄膜化が必 須である.スピンコートによる磁性塗料の塗布方式で は薄膜化に限界があるため,保磁力が高く残留磁化の 大きなCo-PやCo-Ni-P膜を無電解めっき法で作製 することが盛んに研究された.それと同時に磁性層の 磁気特性や厚さなどをいかに設定すべきか,が議論さ れていた.筆者らがセルフコンシステント磁化の考 え方を提案し,1968年にINTERMAGで報告して以 来,この考えを導入した解析が盛んに行われた.中で もWilliamsとComstockが1971年に発表した手法 は[27],磁気ディスク磁性層の設計ツールとして広く 使われることになった.同様な手法は,筆者も1970 年に簡便な図的解法として磁気録研究会で発表し[28], 一定の評価は得たが,日の目を見なかった. 一方このころ,光(熱)磁気記録の研究が盛んで, 筆者らの研究室でもCo系面内磁化膜での可能性を検 討していた.筆者は簡便な計算機シミュレーション法 を開発して,磁気ヘッドによる磁界書込みとレーザに よる熱書込みの違いを調べていた[29].1974年のこ とである.レーザの熱分布よりヘッドの磁界分布の方 が高密度記録に適していることを確認したが,同時に Co系面内磁化膜への高密度記録については限界を知 ることにもなった.図3がその一例である.記録媒体 の残留保磁力HCRを高め,更にヘッドとディスク間 のスペーシングDを狭めると,面内磁化膜の磁化転移 幅WT,MINは減少する.しかし一定値に漸近し,ゼロ にはならない.これは減磁界が転移幅を狭めるのを抑 制するためであり,筆者は,磁化転移を急しゅんにす るためには面内磁化ではなく垂直磁化方式を採用すべ きである,とこのとき強く感じた. 3. 3 回転磁化を垂直に 磁性層内で磁化分布が閉磁路を形成することを,筆 者は計算機シミュレーションで理論的に明らかにしよ うとした.一方,岩崎教授は直接確認しようと,磁気 テープの走行方向にカミソリの刃を入れ,磁性層断面 に磁性コロイドを滴下させて磁束分布を顕微鏡で観 図 3 面内磁気記録の磁化転移幅
Fig. 3 Magnetic transition width in longitudinal magnetic recording. 察した[30].また閉磁路の存在を確かめるために様々 な実験を行った.図4は,その一連の実験の一つであ る[31]. 閉 磁 路 を 形 成 す る 記 録 電 流 で ,厚 さ 12μm の γ-Fe2O3テープにデータ“1”を数ビット連続させた 信号(図4 (a))を書き込み,まずテープ磁性層断面の 磁束分布を磁性コロイドで観察した(図4 (b)).ここ でも閉磁路を形成している様子が見られる.岩崎教授 はこれを回転磁化モードと呼んだ.次に膜面に垂直に 外部から磁界を加え,その前後の再生電圧波形を観察 した(図4 (c)).外部磁界を印加する前は閉磁路の形 成でパルス列の両端以外はパルスが見えないが,外部 磁界を印加すると中間のパルスも見えるようになった. これは閉磁路の長手磁化成分が切れて,外部磁界と同 じ向きの磁化だけが残るためである.特に,膜面に垂 直な方向から10◦程度傾けて外部磁界を加えた場合に 最も高い電圧が測定されている.これは回転磁化モー ドがベクトル的なヘッド磁界分布を反映して膜面に対 して10◦程度傾いているためである.この結果は,長 手配向している磁気テープでも垂直磁化成分で磁化が 残せ,再生ヘッドで読み出せることを示している. このことが,以後,岩崎教授が垂直磁気記録の研究 に力を注ぐことになる始まりになった.筆者も,上述 のように磁気記録に垂直磁化方式を導入すべきである と考えていたところでもあり,以後,これを実現する 研究に携わることになった.岩崎教授は,1975年7月, 回転磁化あるいは垂直磁化モードで高密度記録を実現 させるため,産学協力の「磁気記録懇談会」を日本学 術振興会に発足させた.現在も続いている磁気記録第
(a) A write signal waveform
(b) A bitter pattern of circular magnetization mode
(c) Reproduced waveforms before and after the transformation to perpendicular magnetization mode
図 4 回転磁化モードの垂直磁化モードへの変換 Fig. 4 Mode transformation from circular to
perpen-dicular magnetization. 144委員会の前身である.ここでの議論が,その後の 垂直磁気記録の研究開発の上で大きな力になった. 3. 4 垂直磁気記録の誕生と成長 垂直磁気記録の実験は,回転磁化モードから変換さ れた垂直磁化を検出することから始まった.このため まず単磁極構造のヘッド(図5)を試作した[32].長さ 20 mm,幅2 mm,厚み10μm程度の方形スーパパー マロイ(Cu-Mb-Ni-Fe)薄板に2000ターンのコイル を巻き,その先端で検出するものである.このヘッド で,長手配向γ-Fe2O3テープに垂直磁化で書き込む ことも試みた.しかし十分に書き込めないため,磁気 テープの裏側に厚い軟磁性板を置いて,鏡像効果で発 図 5 最初の垂直磁気記録用単磁極形ヘッド Fig. 5 First prototype single-pole type magnetic
head for perpendicular magnetic recording.
生磁界の増大を図った.これでも思うように改善でき ないため,拡大モデルヘッドでその理由を調べた.そ の結果,軟磁性薄板に直接コイルを巻く方法ではコイ ル部分が先に飽和し,ヘッド先端が十分磁化されない ためであることが明らかになった[33]. そこで筆者は,単磁極ヘッドを先端から磁化する 方法として,磁気テープを挟んだ反対側に励磁用の 磁極を置くことを思い付いた.これにより,長手配向 γ-Fe2O3テープでも垂直磁化で十分飽和記録できる ようになり,これを補助磁極,テープの磁性層側のも のを主磁極と呼び,この構造を補助磁極励磁型単磁極 ヘッドと呼んだ.磁気回路の常識では,効率良く動作 させるには閉磁路構造が良いとされている.補助磁極 励磁型ヘッドは開磁路構造であり,常識から外れる. このため当初はかなりの違和感があったようである. 媒体を挟む構造には実用上の異論もあり,片側から励 磁する構造が種々提案された[例えば34].しかし当時 は補助磁極励磁型に比べてあまり良い結果が得られな かったと記憶している.これは,主磁極を先端から励 磁する点が不十分だったためで,以後,先端励磁は, 書込み用単磁極ヘッドの基本設計指針になっている. 垂直磁気記録を行うには,記録媒体の膜面に垂直な 磁界を発生する書込みヘッドと同時に,膜面に垂直に 磁化しやすい記録媒体が必要である.偶然の機会から, 後者についても大きな前進があった.3. 2で述べたCo 系面内磁化膜を用いた光(熱)磁気記録の実験のため, 当時,大内一弘助手らが材料探索を行っていた.その 中にCo-Crスパッタ膜があった[35], [36].面内磁化膜 としての磁気特性は不適であったが,強い垂直磁気異
(a)
(b) (c)
図 6 最初のフレキシブル垂直磁気ディスク実験装置 Fig. 6 First prototype experimental apparatus for
flexible perpendicular magnetic disks. (a) A bird’s-eye view, (b) A configuration of a Head-Disk Assembly, (c) A configuration of an auxiliary-pole exciting type single-pole head.
方性をもっていることが分かり,単磁極ヘッドと組み 合わせて記録実験を行った.その結果,γ-Fe2O3テー プに比べて格段に高密度まで書き込めることが確認で きた[37]. 上述した日本学術振興会磁気記録第144委員会で は2か月ごとに研究会を開き,大学や企業の発表する ホットデータに基づいて様々な議論が行われた.その 中に更に大きな前進を生んだ一つのヒントがあった. いわば鏡像効果を記録メディアにもたせることである. つまりCo-Cr垂直磁化層と基板との間に軟磁性層を 付着させた二層構造の記録メディアである[38].これ によって補助磁極励磁型単磁極ヘッドの記録感度を約 一けた向上させただけでなく,読出し電圧も約一けた 向上させ,実用レベルのものが実現できた.以来,二 層膜媒体と単磁極形ヘッドと組み合わせて垂直磁気記 録の実験に本格的に取り組むことになったが,このと き,今日実用になっている垂直磁気記録の基本形態が 既にでき上がっていた. 記録再生特性の測定装置についても大きく前進した. それまではプラスティックフィルムベース上に磁性層 をスパッタ法で被着させ,これを磁気テープ幅に切り 取ってγ-Fe2O3テープ間に挟み込み,磁気テープ装置 で測定していた.これを連続的に安定に測定できるよ うにするため,フレキシブルディスク状で測定する装 置を試作した(図6)[39].1979年のことである.補 助磁極型単磁極ヘッドが記録メディアを挟む構造であ るため(図6 (c)),記録メディアの全厚を100μm程 度に抑える必要があったための苦肉の策であった.し かしこれにより,実験室レベルではあったが,大げさ にいえば当時の長手磁化方式を凌駕する記録密度特性 が日々更新された.
4.
面内か,垂直か(
1980
∼
1990
年代)
4. 1 垂直磁気記録の夏から冬 垂直磁気記録の実用的な有効性を示すため,記録再 生特性だけでなく静止画像の記録や音声のディジタル 記録なども試みた[40]∼[42].それらの成果が注目さ れ,特に垂直磁化方式によるフレキシブルディスクド ライブ(Flexible Disk Drive:FDD)を実用化しようとする気運が高まり,1980年代前後には,多くの企 業が様々な形で製品開発にまで参入してきた.単磁極 ヘッドを記録メディアの片側からアクセスできるもの に替えたり[34],ノイズの少ない二層メディアを作製 したり,など実用化への努力が払われた. 一方,垂直磁化方式によるHDDの開発も垂直磁 気記録が提案された当初から試みられていた[43]. 1987年に東京で開催されたINTERMAGの展示会で は,5.25 inch径ディスクによるプロトタイプの垂直 HDDが三菱電機から出展されている[44].また米国 のCenstor社も1996年まで開発を続けていた[45]. そのような熱気の中で,米国から「垂直磁気記録は 従来の面内磁化方式と変わらない」との論調が発信さ れた[46].日本でも一部から批判的な見方も出て,そ の後も根強く残ることになった.最大の根拠は,「単 磁極ヘッドの垂直磁界分布がリングヘッドの長手磁界 分布と変わらないか,むしろなだらかである」など, いわば線形的な電磁界解析に基づくものであった.筆 者らは,閉磁路構造のリング型ヘッドに比べ,開磁路 構造である単磁極形ヘッドでは,媒体軟磁性層だけで なく記録層とも必然的に生じる磁気的相互作用を有効 に生かすことが重要で,これによりヘッド磁界強度を 強め,分布を急しゅんにして,優れた高密度記録特性 が得られる,と実験に基づく体験的な非線形電磁界論
を主張した[47],しかし,なかなか理解してもらえな かった. 技術的にも時期尚早であった.FDDとしての信頼性 を確保できなかったことが大きな理由である.プラス チックフィルムベースに硬い二層金属膜を被着させた フレキシブルディスクは可撓性に劣り,またヘッドを 接触させての長時間の摺動でディスクが傷み,それが またヘッドを傷めるなどで,結局,多くの方々の様々 な努力にもかかわらず,長期間の使用に耐えるものが できなかった.垂直磁化によるHDDについても,二 層膜と単磁極ヘッドの組合せでは,書き込まれたデー タが外部からの漏えい磁界で消されることや単磁極 ヘッドとの接触で媒体の軟磁性層から雑音が誘導され る[45]などのことが指摘され,二層膜と単磁極ヘッド の組合せでは実用化できないとする雰囲気も急速に広 がった.結局これもHDDとしての開発意欲を失わせ ることになり,1980年代後半には多くの企業が垂直磁 気記録の研究から離れ,開発を断念した. 1980年代後半から1990年代前半にかけては熱気も 冷めて,これまで一緒に頑張っていた研究開発仲間が 次々と去り,学会での発表論文も激減して,垂直磁気 記録にとっては正に冬の時代であった. 4. 2 面内HDDの急進 これに対し面内磁化を用いるこれまでのHDDは, 記録密度は急速に増す準備を着々と進めていた.まず 実現されたのが,1979年製のIBM3370に初めて導 入された薄膜磁気ヘッドである.Al2O3-TiC基板の 上に磁極材のNi-Fe膜やコイルになるCu膜,絶縁膜 などを積層させ,半導体の微細加工技術を応用して ヘッドに加工した後,基板ごとスライダ加工される. 高周波特性が格段に改善され,スライダが小型化さ れて,スペーシングが300 nm程度に低減され,面記 録密度を12 kbit/mm2(7.7 Mbit/inch2)に持ち上げ た[2, Chap. 18]. 1980年代に入って薄膜ディスクも実用化された. アルミ基板上にCo系金属薄膜を無電解めっきやス パッタ法で被着させた磁気ディスクは,特に日本で比 較的早くから試みられ,1982年には実用化されてい る[7], [26].磁性層は200 nm以下に薄膜化されたが, 磁化転移領域がのこぎり状になり,これが大きなノ イズ源になることが課題であった.1985年,Belkら は各種金属薄膜メディアのノイズ特性を詳細に比較 し,Co-Cr膜のノイズがそれまで最も小さいとされて いたγ-Fe2O3塗膜に比べても小さいことを報告した 図 7 各種金属薄膜媒体のノイズ特性 [53] Fig. 7 Noise characteristics of various metal thin film
magnetic recording media.
(図7)[48].私見だが,このことが特に米国で,Co-Cr の面内磁化膜を磁気ディスクにする努力を後押しし, 1980年代後半に,膜厚30 nm程度,保磁力1000 Oe 以上のCo-Cr-PtやCo-Cr-Ta面内磁化膜が磁気ディ スク材として実用化させるに至った[2, Chap. 18],と 推測している.γ-Fe2O3塗膜のノイズが小さいのは微 細磁性粒からできているためであるが,Co-Cr系膜は それよりも小さな磁性結晶粒からなっている.このこ とや周辺技術の改善によって,1980年代末までに,記 録密度は更に124 kbit/mm2(80 Mbit/inch2)にまで に押し上げられた. 1990年代に入ってHDD技術は更に飛躍的に進展し た.前半は年率60%,後半は年率100%で面記録密度が 向上し,21世紀に突入したころには15.5 Mbit/mm2 (10 Gbit/inch2)にも達した.それに貢献したのは
1990年ごろから採用されたAMR(Anisotropic Mag-neto Resistive effect:異方性磁気抵抗効果)を用いる 読出しヘッドとPRML(Partial Response Maximum Likelihood)信号処理方式とである.PRML方式は, 記録過程で生じる符号間干渉を積極的に利用してもと の信号を再生するPR方式と,波形に雑音が含まれて いても最も確からしいデータ系列を再生するML(最 ゆう)復号方式の一つであるビタビ復号法とを組み合 わせたものである[49].これまでなら読み出せなかっ たSN比でもデータが検出できるようになり,飛躍的 に高密度化を進めた. 一方AMR効果は,軟磁性薄膜の電気抵抗がその磁
化状態で変わることを利用するもので[50],これによ り読出しと書込みを一体化させた複合薄膜ヘッドが実 用化された.それまでHDDでは,書込みと読出しを 同じ電磁誘導(Inductive)形ヘッドで兼用させていた が,高密度化が進むとともに兼用することの矛盾が顕 在化してきた.空げき後端での磁界分布の急しゅんさ が書込み分解能を決め,空げき長が読出し分解能を決 めるので,原理的には両者を分離して別々に用いるの が望ましい.読出し分解能を高めるために空げき長を 狭めると,相対的に媒体との距離が遠くなり,空げき 後端の磁界分布がなだらかになって書込み分解能が低 下するからである.この悩みを打ち破ったのがAMR ヘッドの採用であった.記録と再生ヘッドをそれぞれ 独立に最適設計できるようになっただけでなく,イン ダクタンスも低く,ディスク周速に関係なく高い読出 し電圧が得られるため,ディスク磁性層の薄膜化を一 段と進め,高密度化を加速させた.
1997年に導入されたGMR(Giant Magneto Re-sistive effect:巨大磁気抵抗効果)を用いるヘッドが, それを更に進めた.GMR効果は,薄い強磁性層を薄 い非磁性層の間に挟んで多層化させた膜に平行に電 流を加え,その幅方向に磁界を加えたとき,強磁性層 間の磁化の向きが平行か,反平行かで,電気抵抗が 大きく変わることを利用したものである[50].AMR よりも抵抗変化が極めて大きく,読出しヘッドの感度 を一段と高めた.電子の移動である電流と電子の回 転(スピン)である磁化との相互作用にかかわる現象 は,スピンエレクトロニクス(Spin-electronics)ある いはスピントロニクス(Spintronics)と呼ばれる新し い学問分野を生んだ.これを原理とする新たな磁性 デバイスの誕生が期待され,2005年ごろからスピン 依存トンネリングに基づく超高感度なTMR(Tunnel Magneto-Resistive effect)読出しヘッドが実用化さ れている[51]. 4. 3 垂直HDDの開発 二層記録媒体と単磁極ヘッドとの組合せへの不信の 嵐の中で,それまでの実験からこの組合せに絶対の自 信をもっていた筆者は,1988年ごろから,ガラス基 板に二層膜を付着させたハードディスクの実験に切り 換えた.単に記録媒体を入れ換えただけで,実験装置 も磁気ヘッドもFDDの実験で用いたものをそのまま 用いた.大学では浮上用のスライダが作製できないた め,単磁極ヘッドの主磁極先端がディスクに自重で当 たるように工夫した[52].“案ずるより産むがやすし”
(a) A bird’s eye of a magnetic head part
(b) Error-rate characteristics
図 8 1.5ターン薄膜コイル励磁型薄膜単磁極浮上ヘッド Fig. 8 Prototype thin film single-pole floating head
with a 1.5 turn thin film coil.
で,FDDで得られていたビット間隔50 nm以下での 超高密度記録再生実験も比較的短時間に再現できた. 最大の成果はディスク用の浮上型薄膜単磁極ヘッド を試作したことである[53].わずか1.5ターンのコイ ルで主磁極の先端部を直接励磁する理想的な構造の単 磁極ヘッドを設計し(図8 (a)),当時縦型AMRヘッ ドを開発していたソニー仙台の協力を得て試作し,浮 上スライダに搭載した.1997∼1998年のことである. ディスクには,当時日本ビクターが試作していた三層 構造のものを用いた[54].これは,Censtor社が指摘し た軟磁性層に起因するノイズを抑制するため,軟磁性 裏打ち層の下にSmCoのピニング層を敷いて軟磁性層 を単磁区化させたものである.方法こそ異なるが,こ の考えは現在の垂直ハードディスクの常識になってい る.これらを組み合わせてエラーレートを測定し,当
(a) A micro-HDD with a 500-yen coin size HD
(b) Remote LAN terminal for a personal server using micro-HDD
図 9 垂直磁化方式を採用した超小型 HDD とユビキタス パーソナルサーバ
Fig. 9 A prototype micro-HDD based on perpendic-ular magnetic recording and a ubiquitous per-sonal server. 時の特性の良い面内磁気ディスクと比較しても極めて 優れたものが得られることを確かめた(図8 (b))[55]. このころ,面内磁化方式によるディスク磁性層の薄 膜化が一段と進み,それに伴って大きな問題が指摘さ れつつあった.磁性層を構成する磁性結晶粒が小さく なり,熱緩和(Thermal relaxation)あるいは熱揺ら ぎと呼ばれる現象により書き込まれたデータが失わ れる懸念が生じたことである[56].これを抑制するた
めにAFC(Anti-ferromagnetically Coupled)メディ アあるいはSFM(Synthetic Ferri Media)と呼ばれ
る新構造のディスクが提案された[57].磁性層の間に Ruなどの薄い反強磁性層を挟んで記録層を多層化し たもので,Ru層を介して最上層の磁性層の磁化を下 層の磁性層に逆極性で転写し,いわば回転磁化モード で磁化を安定化させて熱耐性をもたせようとするもの である.一方で,記録層を薄くせずに高密度化が可能 なことや,上述した筆者らの実測結果もあって,垂直 磁化方式に期待して,これによるHDDを開発する機 運が一挙に高まった. 1995年,日本にも産学で磁気記録研究を推進する ための情報ストレージ推進機構SRC(Storage Re-search Consortium)が結成された.既に1991年に 結成され実績を上げていた米国のNSIC(National Storage Industry Consortium)をモデルにしたもの
である.更に1996年にはNEDOの超先端電子技術 開発促進事業の中に磁気記録が取り上げられ,遅れて いる日本のHDD技術の研究開発を,62 Mbit/mm2 (40 Gbit/inch2)の実現を目標に5年計画で促進させ るプロジェクトがスタートした.これはGMRヘッド だけでなく,垂直磁気記録によるHDDなど,その後 の日本のHDD技術の躍進に多大の効果を与えた予想 以上の成果を上げた.その一つが,垂直磁気記録によ るHDDで,52.5 Gbit/inch2(81 Mbit/mm2)以上 の記録容量が実現できることを2000年5月に日立製 作所が初めて発表した[58].以後,垂直磁化方式によ るHDDの開発が,陰に陽に各社で活発に進められる ことになった. 図9は,筆者らが文部科学省の支援を頂き,日立 の協力を得て2002年に試作した垂直磁化方式による 10 GByte容量の超小型HDD(図9 (a))と,それにハ イビジョン映像をストレージして,無線LANでPCな どにつなげるユビキタスパーソナルサーバ(図9 (b)) を試作したものである.
5.
情報爆発を受け止めるストレージ技術
(
2000
年∼)
5. 1 情報ストレージ技術の新たな展開 情報化社会の急激な進展,また記録装置(デバイ ス)の飛躍的な進歩とともに,記録しておきたい情 報,永久保存したい情報が爆発的に増え,アーカイブ (Archive)という言葉も多用されるようになってきた. 情報を一時的ないしは長期に保存,保管しておく装置 の必要性,重要性がますます増して,記録装置を情報 ストレージ装置と呼ぶことも一般化してきた. 情報ストレージ媒体もそれとともに変遷した.録音 録画時代の当初は磁気テープであったが,電子計算機の 主記憶であるICメモリの大容量・高速化,及びHDD の超大容量化とともに,補助記憶装置であったHDD がストレージ媒体側にまわり,耐衝撃性を高めた可換型,モバイル型も普及してきた.レーザを熱源とする 書換え可能な可換記録媒体,いわゆる光ディスクも実 用になり,熱磁気効果を使うMO(Magneto Optical) ディスク,熱による相変化を使うCD(Compact Disk) やDVD(Digital Versatile Disk)も生まれ,普及し ている.半導体のフラッシュメモリも急速に記録容量 や性能及び市場を延ばし,SSD(Solid State Drive)
としてHDDの市場を脅かす勢いである.これらの詳 細は他に譲るが,情報爆発時代を迎えたといわれる今 日,情報ストレージ技術が活躍する場はますます広が りつつある.電子計算機の進歩により,演算素子と一 体で使われる記憶素子にはますます高速な処理応答が 要求されている.これはストレージ装置やデバイスに も求められているが,むしろ小型で大記録容量,つま り高記録密度化が際限なく要求されている. アナログ信号の録音や録画,計算データの一時記憶 であった記録装置が,ディジタル化の進展により,デー タも音声も映像も一緒に2値信号で取り扱えるように なり,いわゆるマルチメディア時代になった.それぞ れの特性や特徴を生かすには同じ扱いというわけには いかないが,すべての情報を磁気ディスクや光ディス ク,フラッシュメモリなどにストレージできるように なった.その結果,家庭ではパーソナルコンピュータ とテレビ受像機,通信回線が同じストレージ装置につ ながってホームサーバになり,放送局ではVTRの代 わりに大容量高速HDDからなるサーバを駆使して, 録画はもちろん,編集や送出まで行われるようになっ ている.また計算機センタは膨大なデータの処理と保 存のためのデータセンタとして,社会生活に不可欠な ものになっている.その結果,これらで消費される電 力が無視できないほどになり,グリーンICTの実現 のため,その低減が課題になっている.今後,ますま す高密度化を図り,ビット当りのコストと消費電力の 低い,小型で超大容量なストレージ装置を実現するこ とが,この面でも求められている. 5. 2 HDDの現状と動向 様々なストレージ装置やデバイスが開発された中で, 依然として中心的な役割を果たしているのがHDDで ある.磁気テープ装置についていえば,記録容量や価 格,そして実績と信頼度の点で,特にアーカイブメディ アとして,これからも不可欠なものである,と筆者は 信じている.しかし残念ながら,市場が次第に狭まっ ていることも事実である.光ディスク系は,電子計算 機との親和性に劣り,特に欧米での普及に勢いがない. データセンタとネットワークとが充実してくると役割 を終える可能性があるともいわれている.フラッシュ などの半導体メモリ系は,開発意欲も盛んで,まだま だ大容量化が可能であると喧伝されているが,技術的 にはさほど余裕はない.開発費も馬鹿にならないため 低価格化も難しい. 技術的な難しさはHDDも同じである.垂直磁化方 式によるHDDは,2005年に東芝が最初に市場に出し た[59].日立GSTがすぐにそれを追い,更に世界最大 の市場占有率をもつSeagateが追従した.2009年末に はほとんどのHDDが垂直磁気記録に移るといわれて いる.2008年11月時点で市場に出ているものの最大面 記録密度は587 Mbit/mm2(379 Gbit/inch2)である. 45.7 mm(1.8 inch)径ディスク2枚で構成される1.8型 HDDで250 GByte容量のものが,東芝から市場に出さ れている.開発レベルでは,日立GSTが記録メディア の磁性層を工夫して946 Mbit/mm2(610 Gbit/inch2) を[60],TDKがDTM(Discrete Track Media)[61]
を使って1245 Mbit/mm2(803 Gbit/inch2)を,それ ぞれ実現している. 若干注釈すると,現在の磁気ディスクは記録層を スパッタ装置で製膜しているが,その磁性膜は直径 10 nm以下の微結晶粒の集合体である.垂直磁化方式 では,理論的には1ビットを数nm以下の磁化転移 幅で書ける[62].しかし粒径がこれより大きく,かつ 結晶粒の位置や磁気特性にばらつきがあるため,転移 位置やトラック端が揺らぎ,実測値は理論予測よりは るかに広がっている[63].この揺らぎは磁性粒間に静 磁気相互作用が働くと更に大きくなり,隣接トラック にも影響を与える.磁化転移の揺らぎやトラック端の 揺らぎはノイズ源にもなり,高密度化を更に著しく妨 げる[64].これを抑えるため,記録層の結晶粒の大き さや磁性,粒界の厚さなどを細かく制御し,また磁気 ヘッドの磁界分布を鋭くするなどの工夫で,連続媒体 の高密度化を測ったのが,上述の日立GSTの結果で ある.これに対し,それらの工夫の上に,隣接トラッ ク間の干渉を防ぐため,間に溝を掘ったDTMを使っ てSN比を向上させ,高密度化を実現したのがTDK である.これらは数年後に市場に出ると思われるが, 1.8型HDDで想定すると,前者で400 GByte,後者 で530 GByte容量のものが可能になる. 5. 3 新たな挑戦 HDDの高密度化は,磁性粒の大きさと位置と磁気 特性をそろえ,磁性粒間の相互作用をできるだけ小さ
くして磁化転移の揺らぎを抑えることで可能になる. これをスパッタ法による製膜だけで実現できればよい が,なかなか難しい.高面密度記録のために磁性結晶 粒を小さくしすぎると,以前に面内磁化方式で遭遇し たような熱緩和の問題が生じ,磁化が反転しやすく なってデータが失われる. 熱緩和の指標は,磁気異方性定数をKu,磁性粒の 体積をV,ボルツマン指数をk,絶対温度をT で表す と,KuV/kT で与えられ,これをできるだけ大きく することが望まれる.したがって高密度化のために磁 性粒のV を小さくするには,Kuつまり保磁力を高く する必要がある.しかし磁気ヘッドで磁化反転させに くくなり,書き込めなくなる.これには磁気ヘッドの 磁界発生能力を高める必要があるが,既に限界に近い 材料が使われており,これ以上は難しい.つまり,結 晶粒を小さくして低SN化と高密度化を実現すること と,熱緩和により記録情報が失われないように記録層 の保磁力を高めること,高保磁力の記録層でも十分書 き込めるようにヘッドの書込み能力を高めること,と は三すくみの状態である.今以上に格段の高密度化を 図るには,このトライレンマ(Tri-lemma)から抜け 出す必要がある. このため,トラック間だけでなくビット間も溝で 切ったBPM(Bit Pattern Media)が実験的にも調べ
られている[65].微細に切り出されたそれぞれのドッ トに1ビットずつ書き込むため,磁化転移やトラッ ク端の揺らぎを抑えられるだけでなく,ビットごと の体積が大きくなり,Kuをさほど大きくする必要も ないと期待されている.しかし,例えば1 Tbit/inch2 (1550 Mbit/mm2)以上の超記録密度を実現するには, 1ビットの占有面積を25× 25 nm2以下にしなければ ならない.10 nmの溝で区切って15× 15 nm2の微細 ドットを磁気ディスク上に並べ,これを安価に量産し, かつ使いこなす技術を開発することはなかなか難しい. 一方,高Kuディスクが使える方法として,エネル ギーアシスト記録が提案されている.これには熱アシ スト記録(HAMR:Heat Assisted Magnetic Record-ing)とマイクロ波アシスト記録(MAMR:Microwave Assisted Magnetic Recording)が提案されている.前 者は,書込み時に磁気ヘッドの微小磁界領域に近接場 光を当てて記録層の温度を上げ,磁性粒のスピンを反 転させやすくして弱い磁界で書き込もうとするもので ある[66].既に実験的にも様々な試みがあるが,近接 場を発生する光ヘッドと磁界を発生する磁気ヘッドを 一体化させて量産する技術と,これらによる熱分布と 磁界分布の急しゅんさが実用化のかぎである. 一方,MAMRでは,マイクロ波で磁性粒を磁気共 鳴させ,スピンを揺さぶりながら保磁力よりも小さな 磁界で磁化反転させる[67].そのためには,磁気ヘッ ドにマイクロ波磁界の発信素子を組み込む必要がある が,MAMRの提案者であるJ.-G. Zhuは,このため に,注入電流をスピン分極させるための垂直磁化層と, 高飽和磁気モーメントの磁界発生層と垂直磁気異方性 層とを交換結合させた振動スタック層,及びそれらの 間の金属中間層とで構成されるスピントルク駆動オシ レータを提案している.これにより従来法では書き込 めない高Ku膜でも1 Tbits/inch2を優に超える超高 面記録密度が実現できることも計算機シミュレーショ ンで示している.しかし,保磁力200 Oe程度の磁性膜 をマイクロ波で磁化反転させた実験結果の報告はある が[68],数千Oeの垂直磁気記録層での実験や,スピ ントルク駆動オシレータでマイクロ波を発信できるこ とを確かめた報告もまだない.これらが確認できなけ れば熱アシストよりも実現しやすい方式とはいえない. 次世代の高密度記録方式については,このように 様々な提案があるが,いずれが本命か,まだ定かでは ない.
6.
む す び
筆者が卒業研究で磁気記録を選んだとき,「テープ レコーダで今更何を研究するの?」といわれた.しか し現在もまだ磁気記録の研究は続いており,更なる高 記録密度化と,安心して情報をストレージできる媒体 やデバイス,システムの研究開発競争が世界中で繰り 広げられている. 「開発研究が基礎研究を生む」とよくいわれるが,比 較的厚い磁性層に記録していたVTRの高密度記録化 の研究から垂直磁気記録が生まれた.これにより100 年以上続いた磁気記録が更に命を延ばした.これは, はじめから磁性層の薄い媒体を使っていたHDDの世 界からは生まれなかった.RAMACが生まれる直前 の1955年ごろ,A. S. Hoaglandは,筆者らのいう単 磁極型ヘッドに似たプローブヘッドで書き込むことを 提案しているが[69],日の目を見なかったし,媒体は 垂直磁化膜でもなかった.HDDの世界で育った,特 に欧米の研究者や技術者には,筆者らの考えている垂 直磁気記録の神髄は今でも理解してもらえないようで ある.垂直磁気記録が実用になった今,垂直磁化方式を ベースに次の高密度化技術を求めて新たな基礎研究の 競争が始まっている.「連続媒体を使う今の方式でど こまでいけるか?」,次は「DTMか,BPMか?」,エ ネルギーアシストは「HARMか,MAMRか?」,い わば「どれが,どこに,先に駆け着くのか?」は,今 はまだ全く見えていない.いずれも,記録層の製膜メ カニズムや書込みと読出しの原点にまで立ち帰って, シミュレーションだけでなく実験も積み上げて,一歩 一歩前進する以外に近道はない. これまでに提案されている次世代磁気記録の方法は, 研究開発のトレンドからいえば5年後くらいには実 現されていなければならない.学と産が本気になって 協力し,官もどこまで我慢して研究開発に支援を続け られるかが,競争の激しい磁気記録の分野で,世界を 牽引できる地位に日本が今後もいられるか,のかぎで ある. 文 献 [1] 高木 昇,“磁気記録特集号について,”信学誌,vol.44, no.11,(目次裏),Nov. 1961.
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